混沌ロード   作:剣禅一如

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第九話 冒険者

 ナザリック地下大墳墓が存在していた草原から見ると、北にトブの大森林が拡がり更に北へアゼルリシア山脈が細長く縦に伸びている。そして草原の南にはスレイン法国があり、アゼルリシア山脈を挟んで西にリ・エスティーゼ王国が、東にバハルス帝国が存在する。

 

 山脈間を跨ぐ険しい行程を国家同士で行き来するには流石に困難を極める為、必然的にナザリックの存在した草原近辺が国家間の交易か盛んになる事になる。何しろ三國間の丁度中央部分に存在するのだから、これは当然だと言えよう。

 

 その草原の南南西側、法国と帝国の境目にリ・エスティーゼ王国に所属する城塞都市エ・ランテルはある。城塞都市と呼ばれるだけの事は有り、三重の城壁を備える巨大な都市である。

 

 そのエ・ランテルの一角、治安の良い富裕層が住まう地区に居を構える黄金の輝き亭と云う最高級と言える宿屋の一室で、木製のテーブルを挟み4人の男達が酒盛りを行っていた。

 

 彼等は王国全土に4組しか存在しないアダマンタイト級冒険者の内の1組だ。4組の内でエ・ランテルの冒険者組合に所属するのは2組、その一つがこの[変革の翼]である。

 

 酒盛りを行っているのは、[変革の翼]のメンバー達である。その内の一人の二つ名は六光のガゼフ、本名はガゼフ・ストロノーフ。そしてガゼフは随分と酒が入り、酩酊と言って良い状態になっていた。

 

「王国は既に腐り果てているんだ!  それもあの愚王が腐れ貴族共を御する事も出来ずに、放置してのさばらせているからだ!  そのせいで民は苦境に喘いでいる。何とかしなければ今に手遅れになると俺は思うが、どうだ?  お前らはどう思う?」

 

 怒号と共に、ガゼフが握った酒杯をテーブルに叩き付けた。中身の葡萄酒が衝撃で飛散して卓上を濡らす。

 

 端から聞けば酔っぱらいの戯言でしかないが、王国に4組だけしかいない人類最高峰のアダマンタイト級冒険者のリーダーの発言である事を鑑みれば、なかなかに危険な発言ではある。

 

 ガゼフと云う男は、民を慈しみ愛していた。その為ならば己の命すら喜んで投げ出す心意気すらも持ち合わせている事は、ガゼフの仲間もエ・ランテル所属の他の冒険者達や市民達にすらも周知されていた。

 

 従ってガゼフの人望は留まる事を知らず、エ・ランテルでは正しく英雄扱いされている。しかしエ・ランテルの上層部の重鎮達は王国とは敵対したい訳では無く、度々漏れ聞こえるガゼフの国家への不満の声を苦々しく思っていた。

 

 実際問題として王国の上層部の頂点に君臨する筈のランポッサ三世は、好き勝手に暴れる六大貴族と呼ばれる重鎮達の手綱を取れてはいない。これは200年前に、殊勲を立てた部下達に褒美として多大な領地と領地に於いての執政権を与えた初代が諸悪の根源だとは言えるのだが、だからと言って改革を巧く進められないランポッサ三世にも責任が無いとは言い切れないのである。

 

「分かってるよ、ガゼフ。こないだも六大貴族の威を借る狐が、何処ぞの農村で若く綺麗な村娘を手込めにしたって話を聞いたばかりだしな。誰かが何とかしなきゃならねえ……」

 

 男は唇を噛み締めて怒りを堪えていた。そして怒りを爆発させる代わりに、男の癖であるガリガリと頭を掻く動作を行った。男が悪逆な盗賊の遣いっ走りで風呂にもまともに入って居なければ周りに不潔だと思われたかも知れないが、アダマンタイト級冒険者であれば金に飽かせて当然の如く頭皮は清潔に保たれている。

 

 ガゼフの愚痴に返事をしたのは、同じアダマンタイト級冒険者である。パーティーでは主に斥候役を務め盗賊の技能を有する。二つ名を飛燕のザックと云う男である。ザックはまだ少年の時分に、幼馴染みのツアレニーニャ・ベイロンと云う女性を貴族の手で無理矢理に奪われている。

 

 それに奮起したザックは死に物狂いで習得した技能を用いて綿密な計画を立て、更には事が露見しない様に細心の注意を払い、件の貴族を闇から闇へ葬っていた。

 

 だが、問題は浚われたツアレの行方である。ザックは何とか彼女を見つけ出し、故郷でツアレの帰りを待ちながら魔法の修行を続けているツアレの妹にも会わせてやりたいと思っている。流行り病で既に妹を失い、ツアレの妹に己の妹を重ね合わせてしまうが故に。その為にアダマンタイト級冒険者の伝を色々と駆使して、ツアレを捜索している。

 

「お前らは、相変わらず過激だな。そんな事を他所で吹聴するんじゃないぞ。何と言っても俺達は良くも悪くもアダマンタイト級の冒険者だ。特にガゼフ、お前は自分の周りへの影響力を考えて発言しろ!  またエ・ランテルの偉いさん達の胃袋に孔を空けかねないぞ」

 

 2人を諫めたのは、二つ名を電光石火のブレイン。ブレイン・アングラウスと名乗る男で、ガゼフとは同村の幼馴染みだ。ブレインは幼い頃からガゼフと剣の腕を磨ぎ続けた。ガゼフは盾と剣を駆使する戦士タイプへ、ブレインは刀と呼ばれる南方の武器で戦う剣士へと、戦闘の方向性はお互いに別れたがガゼフとほぼ互角の腕を持った男である。

 

 ユグドラシルのレベル基準値では40レベル、異世界の難度と呼ばれる基準値では120程の腕前を誇る二人であり、正しく人類最高峰の英雄級を名乗るのに寸毫も不足の無い男達だ。

 

 ブレインは何時もこうして、ガゼフとザックが王国の現状について不満を洩らすのを諫める立場にある。それ程ブレインは王国の現状に不満が有る訳では無く、只々剣士としての己を極める為にしか興味を持てない自分を自覚していた。

 

 二人をブレインが諫めるのは、単純に二人の言動に煽られて周りの人間達が余計な事を考える事で、自分にも面倒が振り掛かるのを防ぎたいだけの事である。

 

「ブレイン。儂は王国の平民達の現状には興味を引かれんが、王国に儂達が何らかの動きを起こす事で王国が変わり、それが法国の教義の一助に成るのならば協力するのも吝かでは無いとは思っておるよ。だから、基本的には二人に賛成じゃ」

 

 最後の男は法国出身であり、幼い頃に母親が病を患った際に六大神の神官に救われた事で法国の六大神教に帰依した神官戦士である。二つ名を癒しのカジット、カジット・デイル・バダンテールと云う第4位階魔法まで扱える信仰系のマジックキャスターだ。

 

 因みにガゼフがタンク、ブレインがアタッカー、ザックがシーフ、カジットがヒーラー兼後衛遠距離アタッカーとして機能しているチームである。

 

 カジットはもし母親が死んでいれば、どんな暴走を始めていたのか分からない程の母親思いの男である。その分救ってくれた法国の教義に対しては、狂信者染みた面をも持ち合わせている。そしてこれまでの冒険者としての活動には、その宗教家としての顔を見せる事は無かった。ガゼフ達の王国への不満に我関せずの姿勢を取っていたのである。

 

 カジットは王国などは正直どうでも良いが、法国の人間至上主義の教義の邪魔になる様ならば、ガゼフ達に賛成する理由に成り得るのである。だがブレインにしてみれば、今までカジットが不干渉を貫いていた問題に首を突っ込んで来た事に仰天して声も出せない。

 

「それにスレイン法国から儂に接触があったと言ったらどうする?  法国は王国をこのまま帝国との戦争で弱体化させて帝国に喰わせる方針を固めておったが、儂達の事を小耳に挟んだ様で一度話を聞いてみたいそうじゃ」

 

 テーブルに凭れて物憂げにしていたガゼフが、カジットの言葉を聞いて身を乗り出す。

 

「本当か!  あの愚王を倒して、俺が構想している体制の国家に移行する事について法国は賛成出来るのか?  民の民による民の為の体制だと俺は信じている。だが、法国が目指す教義の為だけに踊らされるならば御免被るぞ。その辺りはどうなんだ?」

 

 ガゼフの構想とは、各分野を統括する長に依る合議制の事である。法国の宗教を軸とした物とは違いは有るが、極めて近い制度だと言える。カジットはガゼフの食い付き様に、辟易しながら答える。

 

「その辺りの擦り合わせを含めての接触じゃよ。焦るで無いわ。急いては事を仕損じると六大神も説いておるよ。なら話だけでも、通してみるか?  それならば仲介は儂に任せておけ、これも教義の為になるのならば正に本懐であるからの」

 

「頼む!  これも民の未来の為だ」

 

 嫌らしい笑みを浮かべるカジットが、ガゼフと法国の接触を請け負った。だが黙って居られないのが、ブレインである。法国との接触が合意に達して仕舞えば、王国は荒れる事になる。それも自分達を中心にだ。焦った顔で仲間の暴走を止めに入った。

 

「待て!  待て!  待て!  お前ら馬鹿な事を言ってんじゃないぞ!  王国を法国に売るつもりか?  売国奴に成ってどうするんだ」

 

 ザックが隣の席からブレインの肩を抱いて、焦る仲間を宥めた。

 

「まあブレインが心配するのは分かるが、まだ法国が王国を侵略する口実の為に接触して来たと決まった訳じゃ無いんじゃないか?  法国の話を聞いてみるだけの段階でしか無いぞ。それに法国は昔から侵略ってよりは、人間達で一致団結して亜人達に対抗しましょうって姿勢を崩して無いよな?  それ自体は考えてみりゃ可笑しな事じゃあ無いさ、3カ国の周りの国を見渡してみれば誰にだって分かる事だしな、だろ?  これは逆に王国を救う可能性がある話し合いになるとも限らないぜ」

 

「分かった。分かった。お前らが馬鹿な事を言い出さない様に、俺も祈っとくよ。頼むぜお前ら、俺は単純に剣士として刀を振ってりゃ満足な人間なんだよ。そこんとこを忘れんな、さもなきゃ俺にも考えがあるんだぞ」

 

「安心しろブレイン、俺達の未来は明るいさ」

 

 ガゼフは、民の為の国が朧気ながらも見えている様に微笑んだ。それを見てブレインは、幼馴染みと何処で道を違えたのか考えてしまう。願わくば法国との話し合いが穏便に成ります様にと祈る事しか出来なかった。

 

 部屋の隅に不自然な影が差している事に、メンバーの誰もが気付け無い儘に……。


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