混沌ロード   作:剣禅一如

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第八話 鎖国

 食事の後は風呂にするかと、モモンガは大浴場へと向かった。

 

 二十畳程の広さの脱衣場でモモンガは神器級装備を脱ぐと、備え付けの籠に収め浴場への扉を開ける。

 

(随分と広いな、こんなだったか。確かリバーさんが設計したんだったか。凝り性だったからなあの人)

 

 大浴場は直径20メートル程の円形の湯船が出迎え、奥にはサウナや薬湯、打たせ湯や電気風呂などの色々な種類がある。

 

 モモンガは日本人のマナーを守って身体を湯で軽く流すと、畳んだ濡れタオルを頭に載せ円形の大湯船に漬かる。すると湯熱が肌に染み渡り、チクチクする感覚を覚えた。はぁ~とモモンガの口から吐息が漏れる。

 

 モモンガが鈴木悟であった時は、蒸気を立ったまま浴びるタイプの水分を再利用する循環式蒸気シャワーだった。それを考えれば随分と豪勢な風呂である。カビ臭い据えた匂いなども全くしない。するのは柑橘系の爽やかな芳香や清浄な水からのマイナスイオン、熱を帯びた水蒸気の暖かい薫りなど、モモンガにこれこそが真の風呂だと主張していた。

 

(やっぱり蒸気よりも湯船だよな。だって日本人だもの)

 

 ご機嫌なモモンガは鼻歌混じりでフンフンしながらも、これからのナザリックをどう導いて行くのかを色々と考えた。

 

 しかし風呂では裸になる所為なのか心まで開放的になり、いつか仲間の誰かに再会する事が出来るかも知れないとか、次第にモモンガは素の望みをつい考えてしまう。

 

(まあ結局の処、俺に出来る事なんてナザリックを維持して、仲間達が来てくれるのを待つだけだ)

 

 肩まで漬かりながら百まで確りと数え、モモンガは風呂から上がる。

 

 脱衣場に備え付けのフワフワの白いタオルに感動しながらもモモンガは身体を拭き。そして脱衣場の壁一面が鏡張りになっている面を向いた。

 

 フリチンの男性が鏡からモモンガを見ている。凄まじい迄の筋肉を纏う漢である。大胸筋の膨らみや上腕二頭筋の盛り上がり、後背筋の縄の様な寄り合わせ具合や僧帽筋の張り、6つに綺麗に割れた腹筋など、全ての調和と均整が取れている完璧な肉体だと言っても良いだろう。

 

(こういうのって、切れてる! 切れてる! とか音頭を取って褒めるんだよな。筋肉を愛しちゃってる人達は……)

 

 モモンガは何だか阿呆らしくなり、丈夫そうな肉体と厳つい顔だが格好良いと言える風貌な事に満足すると、脱衣場に備え付けのギルドの紋章付き黒色バスローブを羽織るとチラリと下の物を確認した。

 

(漢の物も何だかんだ言って、凄く大きく為ったのは嬉しいかも知れん)

 

 やはり漢には大きさは大事な事だと、モモンガは実感する。

 

 そして鏡面とは反対側の壁に設置された自販機を珍しがりボタンを何ともなしにモモンガが押すと、表面に汗を掻く程に冷えた500ミリリットルの缶ビールが排出される。ビールは排出されたのであって購入したのではないのは、ナザリックの維持費用の内訳、月額10000ユグドラシル金貨に含まれる為である。

 

(これが昔のビールか、ユグドラシルの備品として見たり昔話に聞いた事はある。だが実物として見るのは初めてだな。天然のホップだったか、ブループラネットさんが熱弁してたっけ。俺が飲んでたオイル臭い合成発泡酒とは違うらしいが、どう違うんだ? 昔は世のお父さん達を励ましていたらしいが……確かこの肉体なら精神耐性のオンオフも自由自在の筈、ちょっと酔いたいかもな)

 

 モモンガは、隣のフルーツ牛乳とコーヒー牛乳の瓶が並んだ自販機を眺めて迷う。風呂上がりのビールを止めてそちらにするかと。何故なら鈴木悟の呑んでいた合成酒とは、抽出した素のアルコールに添加物の味が付いた様な粗悪な物である。正に酔うだけの為に造られた、酩酊感を味わいたい人々の為の物である。

 

 モモンガは別に呑めない訳では無いが、酩酊感を得る為だけの酒は好きではない。ギルドの仲間とオフ会で呑むのならば話は別で、仲間と呑む酒は楽しみを増幅させる潤滑油の役割を果たしてくれると思っている。

 

(まあ、ナザリックで初めての風呂上がりのビールも乙な物だし、呑んでみるか)

 

 モモンガがプルトップを引くと、プシュッと泡が弾けて溢れそうになる。それを見てモモンガは慌てて口を付けて、一気に喉へと流し込んだ。

 

 モモンガは風呂上がりで喉が渇いていた。その為に最初に感じたのは、圧倒的な冷たさと泡が弾ける刺激が喉を灼きながらも潤す矛盾した感覚であった。

 

 だが、その矛盾が逆に心地よく息継ぎもせずにゴキュッゴキュッと一気に喉に流し込んで行く。息を止めたまま流れるビールの喉ごしだけがモモンガを満たし、キンキンに冷えたビールが弾けながら喉を通る感覚が堪らない。

 

 ビールの缶は傾いて底面を天井に向けた。

 

「プッハッ~この喉ごしは堪らんな」

 

 モモンガはすかさずビールの自販機から、2本目のビールを排出する。そして先程の様に勢いだけて呑まずに普通に味わいたく、ゆっくりと嚥下する。

 

(噂には聞いていたが、これ程の爽快感を味わえるとは思ってもみなかったな。今まで呑んでいた合成酒は何だったんだ)

 

 ビールを呑み終えたモモンガは、付属のマッサージチェアーに座るとスイッチを入れる。すると扇風機が自動的にモモンガに焦点を当てて風を送って来た。マッサージチェアーがモモンガの疲れて凝っているであろう部分を揉み解していく。モモンガの今の肉体には筋肉や筋などの凝りは無いのだが、これは多分に鈴木悟として疲弊していた部分への気分的な物である。

 

 リフレッシュ出来たモモンガは装備を整えると自室へと戻った。暫く経つと部屋の扉をノックされ応じると、全ての守護者達が円卓の間に集合した事をセバスによって報告される。

 

 円卓の間にモモンガが移動すると、守護者達は円卓に座らずに全員が床に跪いて待っていた。モモンガとしては、仲間の残していった守護者達に傅かれる事は、余り嬉しくは感じられない。守護者達はナザリックの身内であると云う意識もあるが、所詮は一般人でしかないモモンガの感性が悲鳴を上げるからでもある。

 

 モモンガが円卓の席に座る様に説得を試みるが、守護者達曰く畏れ多いとの事。ならばと一般メイド達の食堂の隣にある、至高の41人の専用ダイニングホールへ移動する様に指示を出した。

 

 ダイニングホールは100畳程の広さを持つ荘厳な部屋である。大理石の床に壁には精緻な彫刻が施され天井には水晶を磨き上げたシャンデリアが釣り下がる。部屋の中央部分には10メートル程の長テーブルが幾つも設置され食事を楽しめる様になっていた。ここですら守護者達は遠慮していたが、モモンガは敢えて命令する事で座らせる。

 

(面倒臭いな、もう少し砕けた態度に出来ないのかなコイツら)

 

 モモンガが上座に座り背後にはセバスとパンドラが左右に控える。左側にアルベド、アウラ、シャルティアと順に座らせ、右側にはデミウルゴス、コキュートス、マーレと続く。

 

 モモンガが、真剣な表情で集中する守護者達に向かって宣言する。

 

「それでは会議を始める。この箱庭世界が私の創造した世界である事は、お前達にも言った通りだ。そして箱庭世界はユグドラシルを見本として創造している。従ってモンスターが、自然にあちこちから涌き出ると云う仕様も遵守されている。現在は低級モンスターしか出現しない約20キロ四方の空間でしかないが、それを利用して狩りを行いナザリックの維持に必要な、ユグドラシル金貨、データクリスタル、珠にドロップするポーション作成に必須のゾリエ溶液の材料や低級の羊皮紙などを採取して貰うつもりだ。それらに依って資金が貯まれば、大図書館に納められた膨大な数の傭兵モンスター達をも戦力として投入出来る事になる。そして範囲が限定されている箱庭世界だが、私の魔力を注入する事で更なる拡張が可能だ。恐らくだが拡張ができた新たな空間には低級モンスターだけではなく、中級モンスターを出現させられるだろう。最終的には上級モンスターをも出現させられれば傭兵モンスター達をそれに宛がいナザリックの維持どころか戦力の充実が更に図れる事になる。ここまでは分かるな?」

 

 ここ迄の話の段階で守護者達は、先程の異次元転移も含めて己の主人がどれ程に規格外の存在なのかと、既に驚嘆を通り越して唖然としそうになり、正しく己達が崇拝する神以外には思えなかった。只でさえ崇拝する主人ではあるが、事ここに至っては己が主人の凄まじい力を信じきれて居なかったとさえ思えたのだ。だからこそ己は主人の力を見せられた時に驚嘆したのだと、ある意味主人の力を疑っていたとも取れる不敬なのだと守護者達は感じていた。

 

「「「はっ、理解しております」」」

 

「よし、続けるぞ。私の箱庭世界は、恐らくワールドアイテムすらも弾き返す性能を備えている。そしてナザリックの自給自足が可能ならば、今の処は異世界に打って出るのでは無くナザリックを鎖国しようと思っている。勿論、不可視や不可知の能力を持つ斥候は異世界へ放つがな。その間にアルベドとデミウルゴスに、ナザリックの緊急時に於ける防衛体制と情報の伝達網を構築して貰う。アウラ、マーレ、コキュートス、シャルティアには、箱庭世界の低級モンスターに対して狩りをする際に、モンスターが湧く場所に低級のシモベ達を配置し、湧く瞬間を待って即座に殲滅及びドロップの運搬と云う作業班を組織して貰う。その間のナザリックの防衛及び警戒は、私とセバスそしてパンドラで充分だ。各守護者は存分に己の責務を果たして欲しい。ここまで終了した段階で更に箱庭を拡張するか検討する予定ではある。そして最終的にはアインズ・ウール・ゴウンが本格的に異世界へと進出する事になる。これが大体の大まかな流れになる。さて、質問はあるか?」

 

「「「いえ、御座いません」」」

 

「よし、お前達。早速だが明朝に作業に取り掛かってくれ」

 

「「「はっ!」」」

 

 アルベドがここで発言をする。

 

「モモンガ様、御提案が御座います。明朝と言わず今すぐに我々が作業に取り掛かると云うのはいかがでしょう。ナザリック地下大墳墓の為でしたら、我々は不眠不休で働いて御覧に入れます」

 

「アルベドよ、確かにお前達の忠義ならかなりの無理でも可能だろうと私は信じている。なんなら私の所有する疲労無効の指輪を貸し与えても良いだろう。だが、それは許す訳にはいかんな。私はお前達にも、もっと生を謳歌して欲しいと思っている為だ。あまり仕事の事ばかりでは無く、もっと己の為にも時間を使って欲しいと思っている。それに先程も言った通りナザリックの安全は既に確保されている。焦る事はない。良いな」

 

 これはモモンガの本心である。守護者達の忠誠の重さを緩和する為の一手なのだ。

 

「はっ、差し出がましく口を挟んでしまい申し訳御座いません。我々の事をそれ程に考えて下さり、感謝致します」

 

「分かってくれて嬉しく思うぞアルベド。もう夜も随分と更けた、解散して明日に備えて休んでくれ」

 

「「「はっ、失礼致します」」」

 

(まあ、湧く敵も雑魚ばかりだし、倒してドロップを回収するだけの簡単な御仕事だ。人海戦術で何とかなるだろう。情報の伝達網とか防御体制とかは俺よりも優秀な奴らに任せた方が良いだろうしな。理想は誰が監督しても過不足なく運営出来る体制だが、優秀な知恵を設定された二人なら容易く成し遂げるだろうがな。今は力と異世界の情報を蓄えるべき時だ。んあぁ~何だか眠くなって来たな。今日程の激動の日は経験した事はないから、やはり疲れて居るのだろう。自室のフカフカのベッドで寝るのが楽しみだ)

 

 ナザリック地下大墳墓はこうして鎖国への道を歩み始めた。そして再び立ち上がり異世界へ進出する時に、どんな影響を異世界に及ぼすのかは神のみぞ知る。


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