混沌ロード   作:剣禅一如

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第七話 奇跡

 モモンガがナザリックの外壁に左手を添え、能力を発動する。

 

「欲渦よ、全てを喰らい尽くせ!」

 

 モモンガの左手に発生した渦は、膨大な量の混沌を吐き出してナザリック地下大墳墓の地上表層部分を呑み込み、更に地下領域にすら侵食を開始し大墳墓全体を覆っていく。

 

 混沌の渦が大墳墓の全てを覆った感触がモモンガの左手に伝わる。大墳墓を端から粒子化し、左の掌の渦から箱庭世界へと送られている感覚がモモンガに分かる。その過程に於いて莫大な力が辺りに振り撒かれ、守護者達にも波動となって襲い掛かる。

 

「何と偉大な御方なのだろうね。モモンガ様に我々の如き矮小な存在がすがる事で御仕えさせて頂いているのだと、今まさに確信させて頂いた気持ちですよ」

 

 デミウルゴスは感動で止まらぬ涙を拭う事すら忘れて、主人の起こした奇跡とも言える光景に躯を震わせる。

 

「デミウルゴス言ウ通リダ、コレ程ノ御力ヲ見セテ頂ケレバ我ガ身ノ不甲斐ナサヲ実感スルナ」

 

 コキュートスは興奮を抑え切れずに顎をガチッガチッと噛み合わせ、己の主人の行う奇跡を複眼に灼き付け様と佇む。

 

 守護者達がそれぞれ主人の偉業に驚嘆している内に、次第に混沌の渦はその体積を減らしながらモモンガの左手に吸い込まれていった。

 

 モモンガは予め箱庭世界に目星を付けておいた、広々とした平野を思い浮かべる。するとそこに地面の土を押し退けて鎮座するナザリックの感触が、どういう理屈なのか集中するだけの事でモモンガにも伝わる。

 

(凄いな。事前に何となく出来るだろう感覚はあったが、出来て良かった。出来なかったら、恥を掻く処だったがな。しかし想像していたよりも凄過ぎだろう。随分と吃驚してしまったが、まあナザリック程の体積や質量を吸収させれば衝撃波とかが出ても当たり前だと考えるべきか)

 

 いざナザリックを吸収する際に渦に巻かれて霞の様に消えて無くなるのではと、モモンガは想像していた。変な力場が発生して波動が放出されるとは思ってはいなかったのだ。

 

 完全にナザリック地下大墳墓を吸収したモモンガは、守護者達に振り返る。

 

「まあ、私に掛かればこの程度の事は児戯に等しいと知れ。さて、次はお前達の番だ。そこに並んで立て、私が送ってやろう」

 

「「「はっ」」」

 

 モモンガの心配を続ける守護者達を順番に箱庭世界へ送ると、モモンガは誰も居ない夜の草原を振り返る。暫く眺める事で思う存分に夜空の星を満喫出来たが、不意に表情を引き締めると呟く。

 

「確かに俺のいた世界とは比べ物にならない程に美しい世界だ。だが待っていろ、どんな世界かは知らないが仲間の為にも未知のままにしては措けないからな。覚悟しておけ」

 

 覇王は炯々と底光りする瞳を異世界に向け、その身に左手を当てると漆黒の渦に呑まれて消え去った。

 

 モモンガは格好良い台詞を吐いたが、実は戦々恐々としている自分を鼓舞する為の儀式の様な物であり、あまり意味はなかったりもする。

 

 草原にはナザリック地下大墳墓があった場所に途轍も無い大きな穴が開いており、後に異世界人達に騒がれ後日【奈落の大穴】と呼ばれる事になる。

 

 

 

 

 箱庭世界へモモンガが移動すると守護者達が周辺の雑魚モンスターを狩っており、主人の姿を見付けて全員が駆け寄って来た。

 

「モモンガ様よくぞ御無事で、心配致しました」

 

 アルベドが泣きそうな顔で言うと、他の守護者達も安心したのか口々にモモンガの無事を喜ぶ。モモンガは守護者達が自分に対して過保護なのではとも思い、後で話し合いでもして緩和させねばと心のノートに記した。

 

「この雑魚モンスター達はいずれ計画的に狩ってナザリックの維持に費やされる予定だ。それよりも、お前達も疲れただろう。ナザリックに還って休もうじゃないか。4時間後に第9階層の円卓の間に集合してくれ、これからの事で会議を行う。良いか?」

 

「「「はっ、必ずや」」」

 

(今の気合い入れる処か? どうにも守護者達のテンションがおかしいな。なら俺の創ったNPCならどうなのだろうか? 俺の侘しさとかに付き合わせる為に、少し特殊な設定も盛り込んでいる筈だ。確か俺を愉しくさせて欲しいとか設定したのだったか。試して見るか)

 

 

 

 

 

 

 ナザリックに帰還したモモンガは早速宝物庫に向かい、パンドラズ・アクターに命令する。授けられた知恵を使いアルベドやデミウルゴスと協力する様にと。

 

 かなりモモンガの精神に亀裂を入れてくれる息子ではあったが、何処か他の守護者達と違って盲目的にモモンガに仕えると云う感じでは無く、モモンガの事を分かった上で仕えている風にモモンガには感じられた。やはり己を慰撫させる設定にしておいて正解だったとモモンガは思う。

 

(うん、台詞や仕草、ドイツ語以外は完璧だ。あれ? 中身以外の外面は全滅と云う事か、昔の俺は何を考えていたんだか。はぁ~何だか疲れた。休むか)

 

 そしてモモンガは自室で寛いでいた。セバスの淹れてくれた紅茶を飲み、以前の世界では高級品であろう味を満喫する。

 

(旨いな紅茶、合成物とは一味違う。次は贅沢に100パーセントの果汁とかで行くか)

 

 兎に角ナザリック地下大墳墓の安全性は確保されたのだから、モモンガが弛緩してしまうのも無理はない事であった。箱庭の入口であるモモンガがここに居るのだから、ワールドアイテムを使用してすら突破は不可能なのである。

 

 もしもの事だが異世界の特別な技術などの余程の事が無ければ、安泰と言って良いとモモンガは判断する。既にワールドアイテムすら弾き返す防備を施しているのだから、未知の異世界技術を使って侵略を開始出来る程の勢力まで想定していては切りがないとも言えるからでもある。

 

 モモンガの腹の虫が盛大に鳴り響く。モモンガは我ながら現金な物だなと苦笑して部屋の扉を開くと、セバスに命じる。

 

「セバスよ、人間の肉体ではやはり空腹を覚える様だ。夕食を用意させてくれるか」

 

「はっ、直ちに準備させて頂きます。暫しの御猶予を頂けますか? 献立に御要望が御有りならば必ずや揃えて御覧にいれます」

 

 セバスの張り切り様に若干気迫されるが、モモンガは何とか返事を返す。

 

「それほど気負うなセバス、献立はコース料理などの凝った物で無くて良いが肉類を中心に頼む」

 

 異世界以前のモモンガの食生活は合成食を用いて、必要な栄養素を摂取する為だけの作業でしかなかったが、ナザリックが現実化した今ならば仲間と第9階層に設置したネタ施設が福音となるのだ。

 

 特に天然の肉類を食べられるのは、モモンガにとって驚異的な事柄になる。大量の合成穀物や植物を餌に育つ牛や豚などは、高級品過ぎて鈴木悟には正に夢のまた夢であったのだから。

 

「はっ、直ちに」

 

 セバスがやっと主人の世話を出来ると内心で感激しながら、シクススと云うメイドに食堂への連絡をさせた。

 

 メイドのインクリメントに依ってモモンガの自室のテーブルにクロスが掛けられ、ナプキンを胸元に装備し、食器類が配置され、ワイングラスにセバスがデキャンタから深紅のワインを注ぐ。

 

「12年前にたっち・みー様が作成した、無限のワインデキャンタです。この状態で熟成が進み丁度良い味わいになれば品質が変わらなくなります。ワインの銘柄は【ナインス・オウン・ゴール】と申します」

 

 セバスは誇らしげに、自らの創造者の造ったデキャンタを撫でる。

 

「ほう! それは素晴らしいデキャンタだな。たっちさんがそんな物を造ったとは初耳だ。楽しませてもらおうか」

 

 モモンガもモモンガで、たっち・みーが12年前に造ったと聞いて当時の旗揚げ直後を思い出し、染々とワイングラスを傾け深紅に彩られたワイングラスを透して過去へと想いを馳せる。

 

(年月を経るごとに熟成か……俺達には出来なかった事だ。更には丁度良くなってから品質が変わらないだと……理想的な事だと言えるが困難な事この上ないな)

 

 モモンガの顔が苦渋を飲んだ様に歪み、それを見てセバスが発言した。

 

「モモンガ様……私などには至高の御方々の事情は察せませんが、気落ちされませぬ様に、御身に触ります。私達が微力ながら精一杯仕えさせて頂きます」

 

「うむ、セバスよすまないな。心配させた様だ。許せ」

 

「畏れ多い事です。私は何も見ては居ませんでした。モモンガ様はたっち・みー様のワインを楽しまれていただけに御座います。メイド達も何も見てはいないそうです」

 

 モモンガが見ると、メイド達も頷いている。

 

(配下に気を使わせるなんて良くないな。特に仲間がナザリックを去った事をシモベ達に突っ込まれると俺も返答に困ってしまうか……。よし、向こうじゃ食えなかった飯でも食べて元気を出さないとな)

 

 ワインを口に含むと、ワインのもつ渋みと濃厚な旨みが程好い酒精と絹の様に滑らかな喉ごしを伴いモモンガを陶然とさせた。

 

 セバスと他愛の無い雑談(ありんす吸血鬼ちゅぱ事件)で時間を潰していると、手押しワゴンに載せられた料理がメイドのシクススに運ばれる。大皿には1キロ程はあるステーキ肉、浅いボウル皿には黄色いスープ、深皿には新鮮な野菜、丼には白い粒々など、それらがテーブルに配膳される。

 

 この時点で先程のモモンガの心の憂いは吹き飛び、食事への期待で胸を高鳴らせていた。まあ、無理もない事ではある。モモンガの知っている食事は、粘体チューブ形や固形の塊の合成食でしかないのだから。

 

「本日は肉類をモモンガ様が御所望されましたので、ヨトゥンヘイムのフロスト・エンシェント・ドラゴンの霜降りステーキをメインにさせて頂きました。スープはニブルヘイム産の南瓜ポタージュスープを、サラダはアルフヘイム産のマンドラゴの葉と黄金マッシュポテトを、至高の御方様方の魂の穀物だと御伺いしましたヘルヘイム産の白米をパンの代わりに御用意させて頂きました。デザートにはエクスプロージョンメロンのシャーベットです」

 

 セバスが立て板に水の如く話す献立を何となくで聞き流し、モモンガは己の大好物でもある合成米の粘体チューブをテーブルの上から探すが見付からない。

 

(チューブが見当たらないぞセバス、でも究極執事でも間違える事くらいはあるか。ん? ……えっ、マジか! ひょっとしてあの白い粒々って噂に聞いた本物の米じゃないのか……よ、よし喰おう。喰っちゃおう)

 

 モモンガは、ナイフとフォークでステーキを一口分に切り取り口に運ぶ。

 

「モモンガ様、肉が上等ですと塩と胡椒だけで充分な味付けなのだと料理長が話しておりました」

 

「うむ」

 

 肉に夢中で、御座なりな返事をモモンガが返す。

 

 モモンガが肉を噛み締めると、霜降りと言うだけあって濃厚な脂の旨味と甘味が口内で溶ける。そして柔らかくも噛み応えのある肉は、内包された滋養溢れる肉汁を弾けさせた。だが弾力を感じさせながらも、肉でありながら口内でサラリと溶けて無くなる。

 

 この段階でモモンガは肉の余りの旨さに目尻から涙が零れそうになるが、配下の前で泣く訳にはいかないと必死で我慢した。

 

 肉の余韻が口内に残っている内に素早く白米を口内に運ぶと、肉の濃い味を米の淡白で仄かな甘味が中和して、肉と米が融け合う相乗効果がモモンガの口内を幸せの塊に変える。

 

 肉と米の渾然一体の流れをサラダで浄化すべく、青々としたレタスに酷似した葉野菜を口内に投入すると、シャキシャキとした新鮮な葉野菜が口内の旨味を昇華させ、マッシュポテトを続けて投入するとシットリとした味わいが暴れていた旨味達を落ち着かせる。

 

 モモンガが仕切り直しの南瓜のポタージュをスプーンで口に含むと、ポタージュに含まれた乳性が優しく舌を包み込んで、肉を再び噛み締める為の準備を整えた。

 

 肉から米、米から野菜、ポタージュから肉のローテーションを繰り返すと、モモンガはあっという間に完食してしまう。最後にメロンのシャーベットが、味の交響曲で疲れた舌を冷やし、後味の果物の甘味が舌に彩りを添えた。

 

 モモンガは感動していた。産まれてから食べた物の中でも一番の食事だと確信を持って言える程の美味だと。

 

(こんな食事を俺はこれからも続けて良いのか? 誰かに怒られやしないのか? 固形やチューブの食事には、もう戻れる気がしないな)

 

「モモンガ様が御満足頂けた様で何よりです。食後は珈琲か紅茶、どちらが宜しいでしょうか?」

 

 セバスが背筋を伸ばしたまま、会心の一礼をする。モモンガの執事として、主人に食事を堪能して貰えた事は正に執事冥利に尽きるといった処である。

 

「珈琲で頼む」

 

「畏まりました」

 

 セバスの淹れた珈琲を寛いで啜るモモンガを、誇りに満ちた立ち姿でセバスは見守る。主人が己の奉仕に依って寛いでくれる事がセバスの究極の幸せなのだ。

 

(あ~旨かった。幸せだ。やっぱり人間は飯喰ってなんぼだな。アンデッドのままなら喰えなかった事を考えると、人化の指輪と融合して良かったと言えるかも知れんな)

 


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