その後守護者達から各階層に異常無しとの報告をメッセージの魔法で受けたたモモンガは、ナザリックの入口である第1階層霊廟へと全員を集結させた。
(何これ……夜空ってこんなに綺麗なのか。知らなかったな、世界はこんなにも美しいって事を。ブループラネットさんはこの事を言っていたんだな)
当然の如くモモンガは異世界の夜空に魅了されフライの魔法で飛び立ちたかったが、跪く守護者達を魔王ロールで睥睨すると厳かに語り出す。
「皆、御苦労。幸いにもナザリック地下大墳墓には目立った変化は見受けられなかった。だが、いまだ予断を許される状況ではない。いつ何時、我々ですら敵わない敵対者が現れて攻撃を開始するかも知れないのだ。そこでだ、私はナザリックを一時的に異次元に隔離する事にした」
モモンガがそう言うと守護者達は当然意味が分からない為に首を傾げる。
「まあ分からないのも無理は無いが、私は体の中に異次元空間を創造して確保しているのだ。そこにナザリックを隔離し、敵対者の魔の手から護るつもりだと云う事だな」
アルベドが、呆然としそうな思考を纏めて発言する。
「モモンガ様にその様な御力が有るとは、このアルベド誠に感服致しました。ですが大丈夫なのでしょうか? ナザリック地下大墳墓程の質量を御身体の中に収めるなど、御身体に何か御負担が掛かるのではと愚考致します。もし可能であれば私の身体の中にナザリックを隔離して頂ければ、例えこの身が滅びようとも些かも構いません」
「アルベドよ、心配する必要はない。詳しい仕組みの説明は省くが、異次元空間が私の身体に負担を与える事は無い。何しろ私が自ら創造した空間なのだ。それを制御化に置いて空間の座標軸を体内に指定しているに過ぎない」
アルベドは己の主人の持つ神に比肩する程の能力に感嘆し、主人が大丈夫と言うならばと引き下がった。
「モモンガ様、頭脳明晰で在れと創造された私でも全く仕組みを想像出来そうに有りません。流石はモモンガ様です。己が無知蒙昧である事を恥じ入るばかりで御座います」
宝石で形成された瞳を潤ませて、デミウルゴスが己の主人の偉業を称える。
モモンガが当然の様に話をしている異次元空間だが、勿論モモンガにも仕組みなぞ欠片も理解出来ている訳がない。
守護者達がナザリックの各階層調査をしているのを待っていた間に、自室で意識の隅に存在する感覚を更に詳しく把握してみようとして判明した能力の一つである。
モモンガは、ワールドアイテムの天地創造が己と融合した結果発生した能力ではないかと思っている。それは己の身体の中に天地創造の設定通りの空間が出来ていると、確信出来る程の感覚をモモンガに与えていた為だ。
そこでどうやったら行き来を出来るのかを探ってみた処、どうやらモモンガの左手を対象に添える事で吸収して異次元へと取り込める事が分かる。そして右手を念じる事で取り出す事が出来るとも伝わってくる。
これは混沌の融合に依って、ワールドアイテムの強欲と無欲が変化したのである。そうなのかも知れないなどと、モモンガとしては想像するしかない事だ。
兎も角として使用方法さえ分かれば、後は実践して仲間と造り上げたナザリックを護る為に使用出来さえすれば良く、理屈などは犬にでも喰わせてやれば良いとモモンガは判断した。
試しにモモンガが己の胸に左手を添えて念じると、掌に漆黒の混沌の渦が発生しモモンガを瞬時に巻き込み吸収した。そして瞬間移動したかの様に、モモンガは何時の間にか馴染み深いユグドラシルの景色の中に立つ己を自覚する。
しかしそれは確かにユグドラシルの景色ではあるが、それは現実に変わったユグドラシルであった。所々の草木などの細部のディテールがゲームでは無く現実に変わった事を告げ、辺りを跳ね回る兎の様なモンスター達の息づく様な躍動感が、最早それはゲームでは無いと確信させる。
因みに兎の様なモンスターはユグドラシルで始まりの町で、初心者達が最初に降り立つ場所にしか出現しない低位のモンスターである。
そこでモモンガはファイヤーボールの魔法を放って兎を仕留めてみたが、何とユグドラシル金貨2枚と最下級のデータクリスタルをドロップした。
嬉しく思い更に仕留めてみればレアドロップの最下級羊皮紙をも落とす。更には暫く眺めて居ると、空間から自然にモンスターが湧く事も確認する事が出来た。
モモンガがフライの魔法で飛んでみると四方は遠くの地平線まで見通せるのだが、暫く飛ぶと第六階層に拡がる空間の様に見えない壁に阻まれる事になる。モモンガのユグドラシルでの経験から算出した目算ではあるが、20キロ平方程の空間である事も知れた。
しかし壁に阻まれるも、己が念じれば魔力を消費する事で空間を更に拡張出来る事が何故だか肌で感じられる。しかもモモンガの想念から情報を抽出して、それを元に世界拡張が出来る事すらも分かる。
低級モンスターどころか中級、上級モンスターをも想念に依って好きな比率で出現させられる手応えも感じられ、モモンガの懸念であったナザリックの自給自足の目処がこれで立った事になり頬が緩みそうになる。何しろ安心して拠点を設置出来るのだから。
モモンガには嬉しい誤算だが、今の処は充分な空間と雑魚モンスターからの消費アイテムの補充も得られる事さえ分かれば事足りる。空間拡張は後々にナザリックの体制が整ってからで充分に間に合うと、モモンガは判断した。
モモンガには知り得ない事だがワールドアイテムの混沌の渦に巻き込まれた際に、まず真なる無が虚無を、天地創造が空間と様々なソースの塊である有を、刻の超越者が時間を、そして無、有、時を混ぜ合わせる事で本当の意味での天地創造を成したのだった。
まあ、魔力というエネルギーをモモンガが消費しなければ拡がらないという世界ではある。
惑星ですらなく、何処まで行ってもずっと大地が続き、何処まで掘っても地面が続き、何処まで飛んでも空が続き、海を発生させても極論すれば凄く広大な湖としてしか定義出来なくなってしまう事になる。何しろ他が無限の広さを誇るが故に自然とそうなってしまうのだ。
惑星でもないのに何故か太陽は少しずつ移動するが、モモンガ自身が移動してから確認しても太陽の位置は相対的には変わらず、特に不便を感じない仕様でもある。
不完全な世界だとモモンガの常識が悲鳴を上げるが、常識とは何なのかと世界毎に考えれば、その世界ではそれが当然だと認識すれば基本的にはどうでも良い事ではある。
兎も角として、いつの間にか創造神に成った事も知らずにモモンガは上機嫌で右手に黒渦を発動してナザリックに帰還した。そして現在、守護者達に己の箱庭世界を自慢していると云う状況なのである。そしてデミウルゴスの賛辞にモモンガが応える。
「なに、ほんの戯れに世界を創造していた事が効を奏しただけの事。箱庭世界とでも名付けておこうか。さて、我が箱庭に誰が最初の歩を踏むのかな」
モモンガは、覇王の笑みで守護者達に左手を差し出して箱庭世界への渡り方を説明する。
「はい! はい! わらわが、一番にモモンガ様の世界に行くでありんす!」
シャルティアがピョンピョン跳躍しながら手を挙げて己が主人に訴えた。遅れて他の守護者達も主張するもモモンガがシャルティアに決めてしまう。特に淫魔は意気消沈して恨めしそうにシャルティアを眺めていた。
「シャルティアよ、痛くは無いのでな。心配は要らないぞ」
モモンガが左手でシャルティアの左肩に触れると、吸血鬼は突然モモンガの左手の小指をしゃぶり倒す。
「モモンガヒァま、どうヒョ送ってくだヒァいで、ありんちゅぱっ」
モモンガはシャルティアの唇から即座に小指を抜くと、シャルティアの頭部を渾身の力で鷲掴みにして叫ぶ。
「逝ってこい!」
その瞬間にシャルティアの姿が歪み、漆黒の渦に飲み込まれていく。
「ありんちゅぅぅぅぅ」
ありんす吸血鬼の悲鳴が響き渡り渦が収まると、その場の全員が何かに疲れた様に肩を落とす。だが、スルースキル全開でモモンガは話を続ける。
「半分の人数が箱庭に行ったら私が迎えに行って還ってこよう。更には残りも還って来たら、ナザリックを向こう側へ送る。楽しみにしておけ」
全ての守護者とモモンガがナザリックを完全に離れる瞬間を作りたくは無い為に、半分づつの見学をモモンガが提案する。
「モモンガ様! アイツだけ別の空間か何かに隔離出来ませんか?」
アウラが半分本気で提案してくるが、モモンガとしてはそう云う訳にも行かないのだ。シャルティアか阿呆の子なのは兎も角として、そのガチビルドの戦闘能力は切り札の一つと言って良いのだから、それにモモンガの仲間が残していったNPCでもある。モモンガが嘆きながらも容認するのは仕方のない事なのだ。
「まあ、シャルティアの創造者であるペロロンチーノさんに免じて許してやろうじゃないか、ペロロンチーノさんは私が一番親しくしていた仲間なのだしな」
「そ、そうだよ、お姉ちゃん。ペロロンチーノ様はぶくぶく茶釜様の弟君なんだし、僕達にはシャルティアさんは従姉に当たる筈だよ」
マーレが、怒りでジト目の姉を宥める。まあモモンガに許してやろうと言われて怒り続けられる訳も無い。全員が箱庭へと一巡すると、遂にナザリックごと箱庭世界に送り出す事になった。
モモンガだけがナザリックの外側に回り左手を翳そうとすると、アルベドが堪らずに飛び出して来る。続けて他の守護者達もアルベドの意図を理解して馳せ参じた。
「モモンガ様がナザリックを箱庭に送ると、短時間と云えども御一人で草原に取り残されます。ここは私が御供させて頂きます」
「有り難う、アルベド。私の背後を頼むぞ。だが能力の関係上、私はどうしても最後に自分自身を送る形に成らざる得ないのだ。だが少しでも無防備な時間を減らす様に考えてくれて助かる」
覇王の笑みでアルベドを労うと、頬を染めてアルベドが俯く。他の守護者達にも労いの言葉を掛けてやる。
「モモンガ様の御役に立つのならば、それに勝る事は有りません。どうぞ、如何様にも御使い下さい」
アルベドから強引に迫って来られるよりも控えめな態度の方が効果的であった様で、モモンガがアルベドの姿にグッと来てしまった。
(アルベドは綺麗だし、凄く俺に尽くしてくれる理想的な奴だが。食事とかに誘っても大丈夫だろうか。だが、俺が設定を弄って惚れさせてしまったんだったな。そんなんで本当の関係だと言えるのだろうか? これは殆ど、アルベドの心を無理矢理に犯した様な物だとも言えなくも無いんじゃないか。しかし、それで責任も取らずに後は放置とかすれば、その場合も逆にどんな外道だ。アルベドにも俺のした事を説明して、場合に依っては流れ星の指輪を使用する選択も視野に入れないとな。勿体無い事だが、それが俺の罰だと考えれば良いか)
実際の処モモンガが設定を弄ってしまったのは、単純にアルベドの容姿に惹かれたからである。そして己に良く仕えてくれる健気な姿にも惹かれ始めた事で、モモンガの罪悪感が疼き始めたのだ。相手に偽りでは無く真から認めて欲しいとモモンガが考え始めたのは、何かの始まりであるのだと言えよう。