混沌ロード   作:剣禅一如

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第四話 邂逅

 モモンガは重厚かつ荘厳な扉に手を掛け、少しだけ隙間を作る。

 

 何故なら単純に怖いからだ。いきなり大きく開けて気付かれるよりは、気分的に負担も少ないのではと思っただけの事である。

 

(現実になったなら、NPCとかはどうなっているんだ? 凶暴になって襲い掛かってくるとかか? まさか現実に変わった影響で消滅してたりするのか? 何でこんな事になったのかすら見当も付かなければ対処のしようがないな)

 

 モモンガが隙間を覗くと、向こうからも顔が覗いていて隙間を通して眼が合ってしまう。モモンガは仰け反りながら後退して扉を閉めてしまった。

 

(うおっ、今のはアルベドか? どうやら消滅した訳じゃ無いようだ。凄い美人だったが、今のはかなり悪印象を与えてしまったかも知れないな。拙いが、どうする? 扉を開けて丁寧に挨拶からか?)

 

 モモンガからすればほぼ初対面の遭遇であり、慎重に成らざる得ない。何しろデータでしかない存在が動き始めた訳である。

 

 不気味な事は勿論だがモモンガとてナザリックには愛着があり、仲間に託されたとも云える存在とは仲良くはしたいと感じていた。

 

 モモンガが躊躇っていると扉が開き、アルベドが中に入って来た。そして跪いて口上を述べる。

 

「モモンガ様、如何致しました? 何か御用でしょうか?」

 

(入って来ちゃったよ、コイツ。俺にどうしろと?)

 

 アルベドの表情や仕草は、とてもデータとは思えない程の現実味に溢れていた。モモンガへの敬愛に溢れる瞳は喜びに輝き、愛想の良い笑顔を浮かべる。そして主人の命を待つ為に畏まる。

 

 だが何よりも雄弁に心情を語っているのは、アルベドの背中下部に生えている黒い翼である。まるで機嫌の良い犬の尻尾の様に上下していた。しかしアルベドは澄ました顔でモモンガの下知を待っている。翼はアルベド本体の厳粛な雰囲気とは真逆の反応を示していた。

 

(流石はギャップ萌えのタブラさんが造っただけはあるか。それに狂暴化もしてなさそうだ。もしもゴリラに変化してたら、今頃は生きた心地がしないだろうな)

 

 アルベドはモモンガと相対した時、何時もの様に強い忠誠心を覚えたと同時に別の感情をも体験していた。それはモモンガがアルベドの設定を弄った際に、【モモンガに惚れている】と入力した事で、モモンガに恋心を抱いた為に生じた感情である。

 

 本来の淫魔としての荒々しくも業の深いアルベドの基本設定とタブラの設定した複雑怪奇な情動に愛すると云う出口を与えれば、淫獣の様に噴き出して危険で病んだ状態になる可能性があった。だが緩やかに本性を噴出する様に惚れると云う設定を盛り込んだ事で、良い具合に収まったと云う訳である。

 

 その影響でモモンガを見たアルベドは戸惑っていた。

 いつもはナザリックの守護者統括である事への誇りで胸が一杯になる筈が、同時に胸の奥が甘やかで苦しく感じる事に。何故なのかと自問自答し、モモンガを主人としてでは無く一人の男性として認識してしまった事にアルベドは気付く。

 

 そしてそんな不敬な考えは守護者統括として赦されない考えだと、即刻にも棄ててしまわなければと必死で己を律しようとする。だが、心の何処かで“くふー”と誰かが囁いた声に気付けてはいなかった。

 

(兎にも角にも何とかなりそうだ。NPCの全てとは言えんがアルベドはこの様子だと大丈夫そうだな。ならアルベドに命令して他のNPC達に指示を出させればいいか。そうすれば、NPCに会う度に危険な博打を打たなくても済むだろう。素直に指示に従って集合する様なら少しは忠誠心があると考えられるか。ついでに外の情報も欲しい。ならばだ)

 

 モモンガは、様になっている魔王ロールだと思いたい態度で命令を下してみる事にする。

 

「アルベドよ、セバスに連絡してくれ。大墳墓を出、周辺地理を確かめ、もし仮に知的生物がいた場合は交渉して友好的にここまで連れてこい。交渉の際は相手の言い分を殆ど聞いても構わない。行動範囲は周辺1キロだ。戦闘行為は極力避けろと伝えろ。後、メイドの一人も連れて行け。もしセバスが戦闘になった際は即座に撤退させ、情報を持って帰らせろとな」

 

「はっ、畏まりました」

 

 アルベドは一言も聞き漏らして堪るものかと集中力を発揮させて、モモンガの下知に応える。

 

「セバスについていく一人を除き、他のメイドたちは各階層の守護者に連絡を取れ。そしてここまで――いや第6階層、闘技場まで来るように伝言を伝えよ。時間は今から1時間後。それが終わり次第、メイド達は第9階層の警戒に入れとな。それとアウラに関しては私から伝えるので必要は無い」

 

「それでは、御命令の通りに致します」

 

 流石は守護者統括と呼ばれるだけは有るのだろう、一瞬で命令を整理し立ち上がると、モモンガに優雅に一礼をして去って行く。

 

(何とかなったが次が問題だ。アウラ達が駄目そうなら、時間短縮用課金アイテムを施した超位魔法で速攻潰す。更に移動中の他の守護者も奇襲して各個撃破と言った処かな。まあ大丈夫だとは思うが念には念をだ)

 

 モモンガは平凡な男であると言えるが、同時に慎重で用心深く思慮も深い。産まれた時代が違えば一廉の人物に成れた可能性すら持ち合わせている。だが今回の守護者達への警戒ばかりは全く不要な心配だったが。

 

 このあと闘技場に着いたモモンガは、アウラ達とほのぼのと歓談出来た事に安堵する。その際にフレンドリーファイヤーも解禁になった事が分かり、モモンガは更に気を引き締めた。

 

 そしてモモンガはアウラの用意した麦藁の案山子へ、さっそく魔法を試す事にする。自衛の手段は最優先事項だからだ。

 

(まずは、ファイヤーボールが良いか。でもカーソルもコンソールも無しに、どうやってやるんだ? 念じれば出来たりするのか?)

 

 試しにモモンガが念じてみれば、レプリカのスタッフの先に焔の玉が浮かび上がり射出された。焔の玉は瞬時に案山子へと向かう。そして、案山子に届くと爆炎を発して案山子を跡形もなく灰へと変えた。

 

(うむ、思ったよりも簡単じゃないか。これならゲームの時と大差なく使えるな)

 

 モモンガは暫く魔法の練習をすると、感覚的にはゲームの延長線上でしかない事を確信して安心した。更に混沌に巻き込まれたが為に以前の自分では出来なかった事が、今の自分なら出来る様になっているのではと考える。

 

 試しに今の自分に何が出来るのか意識の隅々まで探ってみると幾つかの異なる反応があり、では具体的に何が出来るのかをモモンガは自覚してみる。

 

 自分の現在の能力を確かめたモモンガは、余りの驚愕に沈静化のサイクルを繰り返して1分程だが固まった。

 

(ファッ?! 何だこれは?! こ、こんな事まで出来る様になったのか! 異常過ぎるだろうに……まあいいか出来れば色々と助かるのは確かだしな)

 

 確かにモモンガには色々と出来る事が増えてはいたが、己の余りにも非常識な能力に正直言うとかなり引いていた。しかし、これからの事を考えれば困る物ではないかと自分を納得させる。

 

 そしてレプリカのスタッフから炎の精霊を喚びアウラと闘わせて水を飲ませた。そして全守護者が揃った段階で忠誠の儀を受けると、その重さを感じて唖然とする事になる。

 

 そのあと現在のナザリック地下大墳墓の状況が、帰還したセバスの口から語られる。現在のナザリックは、広大な草原の真っ只中にいる事が報告された。近隣には精々が野生動物程度で脅威にすら成らない事も合わせて報告される。

 

 古参プレイヤーであるモモンガは、そんな地形はユグドラシルには存在しない事を知っている。ひょっとすると100年前に流行った異世界転移系の様な状況下かも知れないと思い。更に問題が増えたと頭を抱えたい処であった。

 

 兎にも角にも、それぞれの守護者にナザリック内部の異常を精査する事を命じる。

 

(分からない事ばかりだが、何とかコイツらとも上手くやっていけそうで良かった。後はもっとナザリック外の情報を集めないといけないか)


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