混沌ロード   作:剣禅一如

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第三話 混沌

 モモンガが叫ぶと、渦巻いた形の黒曜石にしか見えなかった塊がドロリと液状化した様に形を失い、渦を巻き始める。モモンガの膝の上で瞬く間に拡がり並べたアイテムを巻き込むと、モモンガと玉座をも呑み込もうとする。

 

 黒々とした渦は縦に伸び竜巻の様になり、玉座とモモンガを触れた端から細かい粒子へと変えていった。

 

「なっ! なんだこれは! 助けてくれ! 誰かぁ」

 

 モモンガは混沌の渦の持つ圧倒的禍々しさに本能的恐怖を覚えるも躯には痛みを感じる事が無く、それがモモンガの渦に対する不気味さを増す。しかし即座に精神の沈静化が起こり、また恐怖を感じて沈静化と云うサイクルを繰り返す。

 

 遂に完全にモモンガと玉座とを呑み込んだ混沌の渦は、その場の全ての要素を融合させる。

 

 天地創造、真なる無、刻の超越者、人化の指輪、強欲と無欲レベル100充填済、モモンガに埋め込まれているモモンガ玉と呼ばれる〇〇〇〇オブモモンガ、諸王の玉座、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン、モモンガが身に纏う神器級装備品。

 

 現実の世界となった事でゲーム上の設定であるアイテムのみの縛りですら完全に意味を失い、アンデットである筈のモモンガ本人ですら融合させ、全く新しい何かを産み出そうと轟音を響かせ脈動と明滅を繰り返す混沌の渦。

 

 そして誰も知らない内に混沌の狭間で、世界の為には産まれてはいけない程の力を持つ者が誕生する。

 

 唐突に収束し始めた混沌の渦は役目を終えて、その場に産み出した肉体を残し人知の及ばぬ領域へと還っていった。

 

 その場に残されたのは、一人の男性である。

 

 裸のその男性は色黒の皮膚に、獰猛とすら呼べる鋼の筋肉を纏い横たわる。178センチはある身長に、白銀の短髪の巻き毛と彫りの深い顔付きを持っている。

 

 兎角、凄まじいまでの覇気を放つ男性である。

 

 そしてその肉体が僅かに震える。意識が戻り始めたのか、呻き声を発して瞼が開く。その炯々とした眼光が辺りを探る様に動き、漆黒の瞳が何者にも屈しない威厳を秘めて瞬く。もしも誰かと視線を交わせれば、一目で人の上に立つ魂を宿す存在だと相手に認識させるだろう。

 

 そして男性は立ち上がり辺りを見渡した。

 

(うん? 俺は確か渦に飲み込まれてそれから……まあ何かのバグだったのかも知れんが。ここは玉座の間だよな? 躯の調子も大丈夫みたいだし。それにしても気絶する様な危険な物を造りやがって糞運営が! 流石に後で抗議するべきか? だがユグドラシルの続編の事を考えるとな、あまり悪印象を与えても後々に影響……あれ?)

 

 不意にモモンガは、自分の肉体が骨だけで構成されていない事に気付いた。

 

「どういう事だ」

 

 モモンガは、慌ててGMコール、コンソール、強制ログアウト等々を試したが、全く機能していない事に気が付く。そして口が動き、嗅覚が利くなどの事実から様々な推測を繰り返し、暫定的にだがユグドラシルが現実になったと判断する。

 

(まさか、こんな事が現実に起こり得るのか。どんな妄想展開なんだか。しかし現状を鑑みると、それが一番しっくり来るんだよな残念な事に。いや、本当に残念なのか? あんな環境の世界で暮らしていくのを逃れられたのなら、喜ぶべきか。それよりも思い返してみれば混沌の渦も現実感が満載だったような、まさか!?)

 

 そして想像するのも恐ろしく感じるが、自分が混沌の渦の中で様々なアイテムと融合したのでは? ともモモンガは思い至る。何しろモモンガが、自ら感覚として感じるのだから疑い様もない。自分の肉体から、膨大な程の【力】の感覚を感じるのだから。

 

(レベルキャップはどうしたんだろうか、100レベルを突破出来たのか? ……分からん)

 

 これは単純に現実の異世界において混沌の渦を使った事で、レベルキャップすらをも吹き飛ばしてしまっただけの事である。

 

 従ってモモンガの感覚が正しいのだ。だがもしも本来の100レベルでの現実化が成されても、どの程度に強く成るのかさえモモンガには判断が出来ないのでは比べようも無い。基準を確かめて実感する為の術を持っていない為に、モモンガも結局は保留にしてしまう。

 

(まさか、皆から預かったワールドアイテムすらも取り込んでしまったのか。したんだろうな多分。皆に申し訳無いな。でも誰にこんな事が予想出来る。いや、誰にも出来ないだろう。それに皆にとっては既にデータベース諸共に削除された数字の羅列でしかないか。そう考えればそれほど気に病む事でもないかな)

 

 残りの物品である諸々のワールドアイテム群や、諸王の玉座、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン、モモンガの一張羅である神器級装備品などについても、現実に成った場合にどういった具合に己に取り込まれたのか、当然モモンガには判断が付かない。

 

 そして玉座の間の鏡程に光沢を放つ大理石の柱に、今のモモンガの外見が映し出されている。それはモモンガにも覚えがある外装だった。ユグドラシルのクエストに登場する覇王キャラの外装である。実は運営が覇王キャラの持つ内部骨格をオーバーロードの外装に流用して手間を省いていただけの事であった。現実化した事に依ってデータとしては伏せていた覇王の外見が、人化の指輪の効果として顕在しているだけである。そればかりはモモンガにも何とか推測する事が出来た。

 

(まあ、格好いいって言えば格好いい外装だが、威圧感がなぁ)

 

 そしてモモンガは念じるだけで骨の躯に戻り、更には肉の躯へと戻る事も自由自在に行える事にも気付く。

 

 更には肉体の感覚が以前の鈴木悟の時と比べても人間として根本的に大差が無い事を、モモンガは確認する。寒さ、熱さ、呼吸などの感覚や三大欲求も普通に備えた人間だと。モモンガがまだ気が付かないでいるアンデット化による精神の沈静化も、この肉体には無い。

 

(アンデッドだけで無くて良かった。アンデッドだと飯も食えないみたいだし、更に眠りもしなさそうとかどんな拷問なんだかな。しかし一体どうしてこんな事に? あぁもぅ、分からんなぁ。取り敢えず考えるのを止めて現状は棚上げにするか。今はナザリックや世界自体の現状がどうなっているのかに注意した方が良いだろうしな)

 

 モモンガにはまだ知り得ない事だが、諸王の玉座はモモンガの体内に干渉し、ワールドアイテムで在った頃の桁違いの防御能力を余す処なく発揮させている。その為に今のモモンガにダメージを与える事は、非常に困難である。

 

 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンも、そのスペックでモモンガのステータスアップに貢献し、モモンガの総ステータスに対して10パーセント程の底上げを為している。

 

 強欲と無欲にあったレベル100充填済については、既にレベル100に達した為に上がり難いモモンガのレベルをレベルキャップ突破に伴い120まで上げていた。1から100まで一気に上げられる程の大量の経験値でも、100レベルからだと20レベル位にしかならない為である。

 

 そしてモモンガの一張羅である神器級装備品や決戦使用指輪群などは、単純に様々な耐性や無効化とステータスの爆上げに消費され、実質的にモモンガのステータスを更に10レベル分位はベースアップさせていたりもする。

 

 しかしモモンガはレベルに換算して40近くにもなるであろうスペックの圧倒的な爆上がりに、漠然としか気付けては居なかった。

 

 更には天地創造・真なる無・刻の超越者・モモンガに埋め込まれているモモンガ玉と呼ばれる〇〇〇〇オブモモンガなどのワールドアイテム群が、己にどの様な作用を引き起こしているのかも。

 

 流石に強くなったのでは? とは思ってはいるが元は一般のサラリーマンでしかないモモンガには判断が出来ず、然りとて現状のユグドラシルが現実になった場合の世界自体の強弱の基準値すらも霧の中では、仕方がないのかも知れないと云える。

 

 既にユグドラシルの世界ですら無いとは、モモンガには当然として知りようがない事でもある。

 

(取り敢えず、この玉座の間を調べる事からだ。それが終われば扉の向こう側か……確かアイツが立ってたよな)

 

 モモンガは玉座の間を調べて異常が無いと判断すると、扉の向こう側で待機しているであろう確率が最も高い、アルベドを確認する事にした。

 

 そして取り敢えず覇王染みた人間の姿でいるよりは、ナザリックの支配者であるモモンガの姿で接触した方が良さそうだと判断する。

 

 念じるとモモンガは、即座に骨のオーバーロードへと変化した。だが己が丸腰である事に不安を覚え、アイテムボックスが開ければと夢想すると目の前の空間に違和感を感じる。何となくその空間へ手を差し出すと、虚空に指先が呑まれアイテムボックスが棚の様に開かれた。

 

(これは! やったな。これで随分と楽になる。有るのと無いのじゃ天と地と程の差が出るからな)

 

 個人的にアイテムボックスに預かっていても良いと仲間に認められている本物並みの性能を持つレプリカのスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを取り出し、更に己に取り込み吸収してしまった神器級装備の代わりに予備の白を基調とした伝説級装備のローブをアイテムボックスから取り出して身に纏う。

 

(うわ~凄く恐い! あっ沈静化した。どうやら骨のモモンガの時はアンデットの特性で何かしらが働いて精神に作用するようだな。これは凄く助かるが、嬉しい時とかには損しそうではあるか。兎……兎に角、扉の向こうを確認しなきゃ何も始まらない訳だしな)

 

 恐怖で沈静化する事を繰り返して朱色の絨毯を進み、遂に扉の前まで辿り着くモモンガ。

 

(頑張れ俺、諦めるな。扉の向こうにはきっと明るい未来が待っている筈……だよな?)

 

 魔王染みた骸骨の外見で腰が引けている無様な格好なのだが、本人にしてみれば未知との遭遇であり、場合に依ってはナザリックの守護者の面々にタコ殴りの目に合う事すら想定しなければならないと覚悟してから、扉をそっと開く。

 

 オーバーロード改め、世界級をも越える混沌を意味するカオスロードの冒険は、この時を境にして始まろうとしていた。

 

 


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