混沌ロード   作:剣禅一如

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第二話 融合

 その次の日のユグドラシル最終日深夜23時20分頃、モモンガはナザリック地下大墳墓の円卓の間で意気消沈し、頭蓋骨を手で覆い項垂れていた。

 

(誰もこないなんて……メールの返信すら……これは流石に想定してないぞ。そりゃ分かってるさ、現実のほうを選んだだけの事だってのは……けれどこりゃあ無いだろ。あれだけ皆で盛り上がったアインズ・ウール・ゴウンの最後にメールの返信すら無いなんて)

 

 モモンガも薄々は覚悟していた状況に対して只々感情を吐露し、曾ての仲間が何故こうも簡単にユグドラシルを捨てられるのかと自問自答していた。しかし理性でそれを抑えて仕方がない事なのだと、辛うじて己を納得させる事に成功する。

 

 モモンガには知り得ない事だが、実は他のメンバー達にもそれぞれに退っ引きならない事情で連絡すらも困難な状況に晒されていた。モモンガが、個々のメンバーの状況を知り得ていれば納得する程の状況である。

 

 しかも41人も居たのが仇となり、自分は無理だったが他のメンバーがモモンガと最後の花道を飾ってくれるだろうと期待してしまった。

 

 更に言えば無理をすればメールの返信が出来る位の状況になった者も居たが、行けない事に気後れし躊躇してしまい後日に御別れオフ会でも開こうと考えていたのが原因だ。

 

 そして円卓の間最奥、壁に掛けられ鎮座するギルド武器スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをモモンガは手に取り、苦悶の表情が吹き出るエフェクトに呆れながらも仲間との作成時の苦労を思い出し苦笑する。更に一張羅である神器装備品を身に纏うと悠然と歩き出す。

 

「逝こうか、ギルドの証よ。いや――我がギルドの証よ」

 

 敢えて我がギルドと声に出し鼓舞する事で己を叱咤し、アインズ・ウール・ゴウンの最初で最後のギルド長としての矜持で胸を張り背筋を伸ばす。

 

 様々な思い出がモモンガの記憶の水面に浮かび上がり、それに呼応する様に痛みを伴う哀愁が誇りで張った胸を衝つ。

 

 全ては泡沫の夢でしかないのだと心の何処かが囁き、伸ばした背筋を屈ませようとする。

 

 しかし悲喜こもごもの矜持を眼窩の燃え上がる焔目に焚べ、モモンガは焔の瞳を爛々と輝かせた。そしてモモンガは、全ての初まりの地である玉座の間へと歩を進める。

 

 通路の途中に佇むNPC家臣団を引き連れるかとモモンガは迷うも、孤高のギルド長として振る舞うと決意して遂に玉座の間に到着する。NPCのアルベドが天使と悪魔の彫刻の施された扉の前に佇み、守護者統括の名に相応しく玉座の間を護っていた。

 

(タブラさんの創ったNPCだったよな確か、設定厨の人だったよなあ。残念な程に……どんな設定だったろ)

 

 スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを用いてアルベドの設定画面を開くと、膨大な文章の羅列に圧倒される。

 

(長っ! あの人は何処まで逝こうとしてたんだ)

 

 ギルメンの変態さ加減に辟易しながらも斜めに流し読みして行くと、最後の文章に更に疲労を伴う程の脱力感を感じるモモンガ。

 

(ビッチって……ギャップ萌えの人の考える事は分からんな。本当に)

 

 これで最後なのだからと悪戯心を起こしたモモンガは己を愛すると文章を書き換えるが、流石に己を愛するなんて痛々しいと思い更に変更した。

 

(せめてこの位なら許されるよな、タブラさんなら多分きっと)

 

 モモンガは自問自答しながら曾ての仲間に言い訳を並べ立て、最後の文章を[モモンガに惚れている]と骨の指で打ち込んだ。

 

 何故か達成感を得てアルベドを満足そうに眺めるモモンガ。だがアルベドの手に握られた真なる無と云うワールドアイテムに気付き、メンバーの共有財産である筈の物を勝手に移動された事に不快感を覚え取り敢えず取り上げた。そして扉の前にアルベドを待機させたまま、モモンガは扉を開き中に入る。

 

 アルベドの外見はモモンガの理想に限り無く近く、それが故の己を愛する云々へと繋がるのだが痛さを自覚する事で打ち消した。だが惚れる云々くらいなら良いだろうと、モモンガの魔法使い間際の精神が働いてしまったのである。

 

 それによりアルベドはモモンガの理想の外装を持ち、更には愛する云々とかよりはソフトな表現の惚れていると云う状態へと変貌を遂げる。だが本性は荒々しくも業の深い淫魔の部分を残すと云う、矛盾を抱えた女性へと成ってしまっていた。

 

 だがこれが更にモモンガのストライクゾーンど真ん中な存在に変化しただけの事だとも言えるのは、モモンガも業が深い恋愛嗜好を持っている証左である。何故ならばモモンガは表向き恋愛に関しては奥手でM寄りでありながらも、その本性はS寄りでもあるのだから。ある意味では変わってしまったアルベドと似た者同士だとも言える。

 

 だから何の問題も無いのだろう多分きっと。それに女性が矛盾を抱えているのも現実を鑑みれば極めて普通の事なのである。このままゲームとして消えてしまえばだが。

 

 

 

 玉座の間には、諸王の玉座と云う蒼く透き通る水晶で構成されたワールドアイテムが鎮座されている。その桁外れの効果はナザリックの外壁や床の強度を高め転移すら遮断する事で、敵対ギルドのショートカット攻略を不可能としていた。

 

 ショートカット攻略は壁を砕いたり床を掘ったりと多大な時間は掛かるが、難所を避けられる有効な手段として知られていた。だがそれらを転移をも含めて完璧に防ぎ階層を順繰りに辿らせる事で、曾ての多人数攻勢をも凌いだのだ。

 

 その諸王の玉座の肘掛けには、人化の指輪が忘れ去られている。

 

 昨日モモンガが都市から帰還した際に、これで最後だからとナザリックを玉座から順に巡ろうとしたが当然ながら人化したままでは不便であり、取り敢えず外して玉座の肘掛けに放置したのだった。

 

 普段の几帳面なモモンガならばアイテムボックスへ即座に仕舞った筈だが、まんまとワールドアイテム群を購入した興奮が尾を引き仕舞うのを忘れてしまっている。

 

 モモンガは、人化の指輪に気付かないままに巨大な玉座に腰を降ろした。アルベドから取り上げた真なる無も幅広い肘掛けに置き、眩しく輝かしいギルドの日々を静かに独白する。

 

「楽しかったんだ……」

 

 そして一人一人との想い出を回想しながらメンバーの旗を眺め、その名を呟いていく。

 

 モモンガはそのまま想念に浸り時間の感覚を失い、深夜の24時を少し過ぎる頃まで呟きを続けてしまう。本来ならば強制的にログアウトされる筈のユグドラシルに、まだ自分が居ると云う異常事態を認識すら出来ないまま。

 

 モモンガは独白を終え、最後なのだからと流れ星の指輪を取り出す。この指輪は特殊な超位魔法を代償無しで使用出来る優れ物であると同時に、高額課金ガチャの当たり景品でもある。

 

(皆にも生きる為の生活があって来れないのなら、死後にでも構わないから一緒に冒険がしたいな。現実世界の環境なら、どうせ長生き出来そうも無いし)

 

 鈴木悟の居る世界は環境が最悪にまで悪化しており、余程の富裕層で無ければ長生きは出来無いのだ。そしてモモンガのこれは冗談の類いの願掛けでしか無い。ゲームでは発声してシステムに干渉しなければ何も起きはしないのだから。それでもモモンガは叶う筈の無い願いだと分かってはいても、願わずにはいられなかった。

 

(でも40人全員が返信すらしてくれなかったし無理か……死後の世界とかですら断られるとか流石に嫌だぞ。ならアインズ・ウール・ゴウンを死ぬ直前にですら懐かしんで還りたいとか思ってくれるメンバーなら来てくれるかもな。死ぬ直前って本当の気持ちとかが溢れて嘘が無いとか言うし……流れ星の指輪よ! 我は願う! 俺を除いた残りのメンバーの中で、死ぬ直前ですらアインズ・ウール・ゴウンを懐かしんで再び冒険がしたいと願う者が居れば連れて来るのだ! なんてな……阿呆くさ)

 

 この時モモンガは自分自身の痛い願いに呆れ果て、天井を仰いでいた為に気付かなかった。流れ星の指輪が輝き三つある筈の星が二つに減った事に。しかも現実に変わった世界で流れ星の指輪を使った事にも。それらをモモンガは見逃してしまったが、誰も居ない玉座の間にその事を教える者は居なかった。

 

 

(可笑しな妄想をしてしまうのも最後だからなのか、しかしこれだけ沢山の成果が消えて無くなるのは……虚しい)

 

 今までに頑張って貯めた物すら消えて無くなる事に喪失感をモモンガは感じる。ナザリックを維持する為の資金繰りの狩りに危険を承知で持って行き、経験値を吸わせたワールドアイテムの強欲と無欲を取り出して肘掛けに置き眺める。遂に貯まった100レベル分の経験値を死んだ子の歳を数える様に惜しみ、溜め息を吐いた。

 

 これは1レベルのキャラならば、一気に100レベルまで上げてしまえる程の経験値だ。それ故にモモンガの貧乏性が悲鳴を挙げるが、所詮は最終日なのだと諦めるしかモモンガには手は無い。

 

(はぁ~、何だかな。流れ星の指輪で運営に頼んでも其れなりの事しか出来ないだろうし止めておくか。それよりは昨日のワールドアイテムを弄った方が楽しそうだ)

 

 流れ星の指輪の効果は確かに有益な効果を齎してはくれるが、モモンガは運営の用意した選択肢の全てを調べて既に知っている為に、敢えて終了目前に行うには刺激が足りないと考えた。それならば誰も知らないであろうワールドアイテムの融合実験をして、後で掲示板に書き込むなどの自慢を楽しんだ方が良いと判断する。

 

 モモンガの体感時間ではそろそろ24時になるだろうかと勘違いしていた為に、さっそく実験を開始する。いや、開始してしまう。既にゲームでは無くなった世界で。

 

 流れ星の指輪をアイテムボックスに仕舞うと、いそいそと三つのワールドアイテムを取り出して膝上に並べるモモンガ。

 

(天地創造と刻の超越者を融合させれば、ひょっとしたら永続的にギルド拠点を守護するワールドアイテムとかに成るんじゃないか? そうなったら凄いかもな)

 

 それはゲーム終了間近だが、それでも一目で良いから見てみたいとモモンガに思わせる程の物だった。

 

 混沌の渦を己の眼前に掲げ、モモンガは叫ぶ。

 

「混沌の渦よ! その類い希なる力を我に示せ!」

 

 気分を出して魔法使いの雰囲気で叫ぶモモンガを、混沌の渦が飲み込んだ。多数のワールドアイテムと共に。

 

 

 

 


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