混沌ロード   作:剣禅一如

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第十四話 エリュエンティウ

 ウルベルトは尖塔の最上階に有る見張り用の開口部らしき枠から進入すると、内部を観察した。円形の石造りの部屋である。部屋には塵一つとして落ちてはいない、有るのは下階への階段だけだ。

 

 この儘勝手に探索しては連中の気分を害してしまうとウルベルトは考え、挨拶がわりに声を掛けてみる事にした。

 

「お~い! 話がある! 誰か来てくれないか!?」

 

 ウルベルトの予想では、呼び掛けに気付いた連合のメンバーが続々と押し寄せ現在の不可思議な状況を尋ねてくると見ていた。連合のメンバー達が単純に浮遊城ごと今の状況に巻き込まれ、混乱している最中かも知れないとすら思っているからだ。

 

 ウルベルトも訳の分からない状況に巻き込まれ彷徨っているだけだと連中に説明し、一緒に打開策を練らないかと持ち掛ける積もりでいた。こうなるとウィキ情報で己の素性が相手に筒抜けである事も好材料であると、ウルベルトは考えている。怪しい悪魔としてではなく、単なるユグドラシルのアバターの姿に成ってしまった元日本人として接して貰えるからである。

 

(何とか交渉して、穏便に情報交換と行きたい処だが。もしも連中が混乱して自暴自棄に成り暴走していたら、最初の地点に転移して行方を眩ませるしかねぇが。其処まで連合の連中も馬鹿じゃねぇよな?……多分)

 

 だがウルベルトは知らない。この浮遊城の異世界での伝説を。八欲王亡き後、500年もの間に数多の魔法詠唱者が財宝目当てに飛行の魔法で城に近付き、30人程の謎の存在に撃退され続けている事を。

 

 既に城の宝物庫に有ったユグドラシル金貨は、拠点の維持費を払い続け底を尽き、その為に死んだ八欲王達の持っていた浮遊城の所有権すら長い年月を経て喪失している事も。ギルド武器すらも何処ぞのドラゴンに奪われ、浮遊城は既にギルド拠点ではなく単なる廃墟として存在する事も。

 

 ウルベルトの呼び掛ける声が尖塔から城に木霊する。すると突然ウルベルトの背筋に悪寒が走り、咄嗟に尖塔の窓枠から飛行の魔法で大空へと飛び出した。その直後に尖塔の最上階が、何処からか飛来した光線によって吹き飛ばされる。

 

 ウルベルトが辺りを見渡すと、茶色い配色を為され平たい手足に椎の実型の頭部を持つ、ずんぐりとした胴体をしたゴーレムらしき存在がいた。そして椎の実型の頭部に付随した装置から、ウルベルト目掛けて更に光線を放つ処だった。

 

 素早く後方に身を捻りながら、ウルベルトは光線を回避した。後方に身を捻った為に背面飛行の体勢に成り、逆転した視界で城を俯瞰すると、彼方此方から同型のゴーレムが四足で這い出て来ている。数は丁度30機程。

 

 このゴーレムは、浮遊城を侵入者から守る為に存在する。そしてギルド拠点から廃墟に変わった後もその仕様は継続していた。各ゴーレムは、60レベル位の強さを持つ。

 

 ウルベルトには雑魚でしかないが、倒して破壊しようが暫くすればゴーレムが再び湧き出る事が厄介である。それに頭部の光線にだけは強化を施された特別製で、ゲームで有った頃はノックバックが発生すると云う面倒な仕様が盛り込まれでいた。

 

 しかしゲームでは単なる面倒なだけな仕様でも、異世界の住民達にとっては正しく死神とも言える存在である為に、500年ものあいだ攻略されなかったのである。

 

(防御機構が発動した!? このゴーレムはウィキ情報じゃ嫌がらせ仕様の雑魚だった筈、ゲームではの話だが……チッ仕方ない)

 

 ウルベルトは瞬時に魔法を詠唱する。

 

「第7位階魔法、連鎖する黒龍炎(チェイン・ドラゴン・ブラックフレイム)

 

 ウルベルトが選んだ魔法は連鎖する龍雷の炎バージョンとも言うべき魔法だ。ウルベルトが胸元で合わせた両掌から漆黒の焔が噴き出した。少しづつ両掌を離していくと、両掌の間を荒れ狂う黒焔が行き交う。充分に練られた黒焔は次第に黒炎龍の形状に成り、ウルベルトから放たれる。

 

 唸りを上げる黒龍炎が30機のゴーレムへ向かって襲い掛かり、触れる傍から瞬時に蒸発させる。しかしゴーレム達は暫くすれば新たに生成され、城の地表部から湧き出てくるのだ。

 

(連中が俺に気付いた節がねえ。どうなってる!?)

 

 ウルベルトとしては、ゴーレムを殲滅し続けて拠点のソースを消耗させてしまうのは、連合のメンバーを怒らせてしまうのではと心配していた。飽くまで話し合いに来たのであって、争いに来たのではないと云うスタンスである。

 

 魔力量に不安をウルベルトは覚えたが、何とか気付いて貰えるまで粘って見ようと、ゴーレムを黒龍炎で撃破しながらも城へと近付いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブリタは鉄級の女性冒険者である。銅、鉄、銀、金、白金、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトと等級が冒険者組合に定められている事を鑑みれば、まだまだ駆け出しの部類に入る冒険者だ。しかしブリタの年齢は20才。駆け出しの冒険者としては少し歳を取っていると言って良いだろう。

 

 ブリタの髪型は鳥の巣の様な縮れた赤毛をしている。恐らく自分で節約の為に切っているのだろう。顔立ちは際立った処は無く、目つきは冒険者らしく油断は無いが農村育ちの所為なのか何処か長閑な雰囲気を残している。肌には女性なら何かしら塗りたがるが、小麦色に焼けた健康的な肌にはそれらの痕跡は見当たらない。

 

 着ている鎧は、皮鎧の上から金属板を貼り付け鋲で止めた物だ。だが貧乏なのか肝心要の金属板の数は少ない。そして腰には剣を下げている。ブリタの体から汗臭い匂いと体臭が交じり合った、独特のにおいが漂っている。

 

 今ブリタは南方砂漠地帯の都市エリュエンティウを訪れ、入街審査の為に門の前に並んでいた。本来ブリタの活動拠点は中原のラ・エンテルと呼ばれる交易の盛んな都市なのだが、とある事情から南方へと流れて来たのだった。

 

 エリュエンティウの巨大な城門の前に沢山の人々が並んで、兵士に都市に入る為の審査を受けている。手配中の犯罪者や余程に怪しげな風体でなければ、荷を改める位で通して貰える緩い物だ。

 

 遥か上空に浮遊する城からは断続的に水が滴り落ち、列に並んでいるブリタ達に到達する頃には立派な雨と成っていた。ブリタ達には鬱陶しい事この上ないが、この雨が砂漠に降り注ぐからこそ、この都市は水の補給地として潤っている。

 

 南方の砂漠地帯は古くから存在する部族ごとに、単なる集落から巨大な都市までの規模で管理されている。その中でも城塞都市エリュエンティウは、浮遊城から滴り落ちる豊富な水の御蔭で栄えていた。ブリタとしては、その繁栄から齎される景気に便乗したい処である。

 

 ブリタは何時の間にか誰かが己の後に並んでいる事に気付いた。ブリタが振り向くと、豪奢な真紅のコートを羽織った男が佇んでいた。男の身に付けている装備は、一目でブリタにも高級な装いであると分かる。

 

 男は色白の肌に肩まで届く漆黒の髪を靡かせ、黒い切れ長の目で興味深そうにブリタを見詰めていた。背丈はブリタよりも頭ひとつ高く、細身だが強靭さを感じさせる肉体が装いの上からでもブリタには伺えた。男の顔は確かに二枚目なのだが、世の全てを嘲る様な嗤いが口元に浮かんでいる。それがブリタからしてみれば男の魅力を台無しにしていた。

 

 とは言えブリタにとっては、男が二枚目だろうが三枚目だろうが、どうでも良い事であった。其れよりも男の実力や高級な装備の方が、ブリタには余程気になる。何故ならブリタには夢があるからだ。いつかは英雄と呼ばれたい、いや英雄でなくともせめて伝説的な出来事に関わりたいと云う夢だ。

 

 ブリタにも、英雄と呼ばれるアダマンタイト級冒険者達と己との圧倒的な差と云う物が、薄々とだが分かってしまう。己では幾ら研鑽を積んでも届く事のない高み。伝説的な出来事を日常茶飯事に経験し、人々の記憶に刻み込まれ吟遊詩人が酒場で彼らの冒険譚を朗々と謳いあげる。そんな存在には己は成る事が出来る訳がないと。

 

 ならばせめて彼らの経験する伝説的な出来事の欠片でも己が関われないのかと奮闘しては、何時も空振りに終わった。そして結局は流れ流れて南方の砂漠くんだりまで来てしまったのだ。そんなブリタの前に現れた只者ではない雰囲気を持つ凄腕であろう冒険者。

 

(冒険者のプレートを付けてないって事は、冒険者じゃない? それともワーカー? いえ、こんな奴の噂は聞いた事がないわね。余程の遠くから……それこそ冒険者組合の存在しない地域から来た奴よね。ならあたしの持ってる情報でも役に立つ筈)

 

「ねえ、あんた凄い装備してるのね。相当の凄腕なんでしょ? あっ、あたしはブリタ。只の鉄級冒険者だけど結構この稼業も長くてさ。見た処、あんたは冒険者のプレートも首に提げてないし、冒険者の先輩として色々と助言を出来ないかと思ってさ」

 

 

 

 

 

 


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