混沌ロード   作:剣禅一如

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第十三話 天空城

 ウルベルトが取り敢えず向かったのは、中天を越えて地平線の彼方へと沈まんとする太陽を西だろうとウルベルトが定義して割り出した北の方向である。

 

 灼熱の砂漠に付き物の朝夕の極端な気温差すらもウルベルトには効きはしないが、暑いよりも涼しげな方が良いとウルベルトは判断した。北が涼しげと云うのは地球上での話であり、異世界では何の保証もありはしないのだが幸いにしてウルベルトは正しく涼しげな方向へと向かえていた。

 

 途轍もない速度で飛行するウルベルトは、空気を切り裂き雲を絶ちながら北へ北へと進む。すると眼下の砂漠に、何かの生物らしき蠢きを発見する。

 

(不毛の地って訳じゃ、なさそうだ。なにせ生き物がいる。どれどれ)

 

 ウルベルトは飛行の高度を100メートル程度にまで落とし、その付近まで近付いた。すると其処には人間程の体躯をした蠍が、100匹程の群を為して行進する光景があった。しかし蠍はまるで何かから逃走する様に、慌ただしい様子を見せている。

 

(やっぱり地獄なのか……ここは。蠍の化物の行進なんぞ、全然嬉しくない)

 

 すると群の最後尾の辺りで砂漠が盛り上がり、突然爆発した。それは爆発ではなく、砂塵を纏って何かが地底から飛び出したのである。

 

 姿を現したのは、人間が数人輪に成って抱き付ける程の太さを有する胴体と、地底に隠れている部位もある為に全長は不明だが、地表に現れた部位だけでも数十メートルはある紫色の巨大なミミズの化け物であった。

 

 ミミズ処かここまで巨大化すると最早ジャイアントワームと呼んだ方が良いであろう化け物は、逃げ散る蠍達に先端部に空いた口で噛み付くと、蠍の硬い甲殻を諸ともせずに強靭な牙で咀嚼する。

 

 ワームは次々と蠍を捕らえては無数に生えた牙で粉々にまで分解し、上等な餌を得られた歓喜なのか時折船の汽笛にも似た呻きの様な咆哮を上げる。

 

 ウルベルトは前世ではまず見る事すら不可能な異世界の化け物に初めて遭遇し、その爛れた様な醜悪な見た目とワーム表面を覆う乾燥対策であろうヌラヌルとした粘液にまみれた姿に、生理的嫌悪感を覚えていた。

 

(こりゃ、色々と覚悟だけはした方がいいか。俺は既に死んでいるが流石にこれは……)

 

 元の地球では有り得ない程の強靭な生命力を感じさせる生物に畏怖を感じて、己はこの生物に対して敵対が可能なのかとウルベルトは不安に苛まれる。

 

(本気で凄いな、これが異世界の化け物って奴なのか。こんな奴に俺の魔法は本当に通用するのか。正直に言うと怖えぇな……兎に角俺の持つ魔法で強めの奴を放ってみるしかないか)

 

 ウルベルトは上空からの安全を確保された有利さに勇気付けられ、両腕を掲げ両掌を天空の太陽に向ける。

 

「第九位階魔法、大黒天(ブラック サンシャイン)

 

 ウルベルトの両掌から漆黒の螺旋が射出され天空に輝く太陽に直撃すると、その光輝をどす黒い汚泥の様な穢れに変化させ黒い太陽を現出させる。勿論飽くまでエフェクトであって本物の太陽に直撃した訳ではない。範囲内だけそんな風に見えるだけである。そして漆黒の太陽が急速に下降し、急にその場だけが陰って不審を覚えていたワームに直撃した。

 

 消滅を司る力がワームの肉体を触れた端から蒸発させていく。それは長大なワームの肉体の大半を跡形も無く消滅させた。ついでにごっそりと大地をも消失させ碗状のクレーターを形勢する。ワームの死骸は地表に僅かに欠片が散乱するのみで残りの地底部位は分かりようもないが、完全に目標が沈黙した事をウルベルトは確認する。

 

(思っていたより呆気なくはないか? 偶々強そうに見えただけで実は大した事がない奴だった? 分からんな……まあ、ミミズと蠍は雑魚って認識で良いか。後はミミズらとの強さの対比を他でも計れれば、この異世界の強弱の傾向と対策を多少は練る事が出来るだろうさ)

 

 ウルベルトは理解していない。最初の蠍のモンスター一匹で凄腕の冒険者と言われる金級冒険者と互角の戦いを繰り広げる事が出来る位である。更に蠍のモンスターの100匹の群ともなれば、町の命運を賭けて戦わなければならない規模の話になろうか。

 

 そして蠍の群を容易く狩る事が出来るミミズのモンスターは、この砂漠で会ったが最後絶対に助からない絶望的な存在だと認識されており、もはや小型都市の存亡を賭けて戦う程の災害と言っても過言ではない。従ってウルベルトが得たミミズが雑魚だと云う印象が、如何にこの異世界の常識と解離しているのかが分かろうと云う物である。

 

 しかしミミズのモンスターでも、ユグドラシルのレベルに換算すれば精々レベル60位でしかない。カンスト勢であるウルベルトには雑魚としか感じられないのも、また無理からぬ事でもあった。

 

 ウルベルトが更に飛行する事暫し、遂に前方に巨大な浮遊する城を発見する。この砂漠でやっと人口の建造物を発見し喜ぶのも束の間、ウルベルトにはその建造物に見覚えがあった。

 

 その建造物とは、大空に浮かぶ城である。まず土台と言うべき底部には、艶の有る黒曜石染みた石材が半球の形状で存在していた。その上に地表と言って良いのか土の層が見え、その上に更に城が展開されている。御飯を炊く鉄釜に土と城を盛った感じが、一番近いだろうか。

 

 地表部分の広さは野球場位はあり、その円形の敷地の縁には城壁が連なっている。城壁の要所には見張りの為か、幾つか尖塔が設けられ、そして城壁の向こうにはクリーム色の花崗岩らしき素材の城が重厚な佇まいで聳え立っていた。

 

(あれは…… まさか!? 2チャンネル連合のアースガルズ支部所属の天空城だ。以前に見た事がある。間違いない。チッ、あんな俗な連中も来てたのかよ。折角気分良くなって来たってのになぁ)

 

 2チャンネル連合とは、ユグドラシルのギルド中で最高の参加人数を誇ったギルドの名である。最盛期は最高で数千人を擁する事もあった程の化け物ギルドであると同時に、多人数の為に玉石混淆を地で行く俗な色が満載の集団であるとも言える。

 

 ウルベルトとしては全てを改め転生した己の人生を、存分に謳歌するつもりであったのだが、そこに俗の極みとも言える2チャンネル連合の橋頭堡である浮遊城を発見した事で、己の刷新された状態にケチを付けられた様な気がしたのだ。

 

 アースガルズ支部の評判はその素行の悪さから最低の評価を得ており、2チャンネル本部からも最低限のネットマナーだけは守る様にと警告を受ける程である。その為、ウルベルトの懸念も当然だと言える。そしてその素行の悪さこそが彼ら自身の命運すらをも左右してしまった事をウルベルトが知れば、失笑を禁じ得ないだろう。それ見た事かと。

 

 ウルベルトには分かろう筈もないが、浮遊城の主である八欲王と呼ばれた存在は、既に500年程前に仲間割れから殺し合って消滅しているのである。だがウルベルトにとってみれば浮遊城には2チャンネル連合のギルドメンバーは勿論の事、この規模の拠点に配されるレベルを振り分けられたNPC守護者達をも潜んでいると推測していた。

 

 ウルベルト達は、ナザリック地下墳墓に配されたポイントを特に守護者達に注ぎ込んでいた。それゆえ守護者達のレベルはカンストしているのである。だが浮遊城の場合、この規模で配されるレベルは其れほど多くはない。その事はウルベルトにも推測出来た。実際ウィキ情報でも積極的に課金している様ではなかった筈と、ウルベルトは思い出す。それでも侮れる存在ではないのだが。そもそもウルベルトとしてはNPCが現実になった世界で動けるのかどうかすら不明である。飽くまでウルベルトは、その可能性もあるかも知れないと推測しているだけだ。

 

(しかし拙いな。ユグドラシルが閉鎖されて俺も引退して何年も経っているとは言っても、俺は極悪ギルドと呼ばれた元アインズ・ウール・ゴウン所属の魔術詠唱者だ。ウィキにも俺の情報が掲載された事もあって、未だに覚えている野郎だっている筈だろう。さて、どうするか。折角見つけた人の気配のする場所何だがなぁ。 ……てぇ事は、もしかしたらナザリックも何処かにあるのか? ひょっとするとモモンガさんも来てたり? 分からねぇ……だが幾らゲームでいがみ合う間柄だったと言っても、こんな非常事態ならお互い情報交換位は可能な筈……)

 

 人間と云うのは普段の生活に於いて協力的ではなくても、非常事態の時には助け合いの精神が発揮される物である。何しろ同じ日本人なのだから。と普通は考える。ウルベルトも流石にこの常識に引っ張られていた。ウルベルトは今は悪魔で前世はテロリストだが、基本的には日本人である。途方に暮れている者同士なら会話位は出来ると判断したのだ。

 

 ウルベルトはそのまま飛行を続け、城壁の上部に設けられた尖塔の空いた空間に飛び込んだ。

 


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