混沌ロード   作:剣禅一如

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第十二話 反逆者

 何故か昔に遊んだゲームのキャラであるウルベルト・アレイン・オードルに成っている事に、ウルベルトは困惑する。

 

(この現状は……異常過ぎないか? 爆死した筈だが何故 ゲームのキャラに俺は成っているんだ。廃ビルで吹き飛んで御陀仏した訳じゃねぇのか?)

 

 様々な仮説をウルベルトは立てたが仮想現実だけは否定していたにも関わらず、それを嘲笑うかの様に仮想現実にしか存在しないキャラに何故変化しているのかとウルベルトは訝しんだ。

 

(落ち着け俺、この状況にも何らかの筋道が立った説明が出来る筈だ)

 

 どうやってかは知らないか、あの爆散した状況から誰かが己をゲームの中に放り込んだとウルベルトは無理矢理に仮定して、GMコールやら全ての仮想現実を強制終了出来ると電脳法律上定められた動作を繰り返す。当然だが全てが時間の無駄と成ってしまい、考えてみればあの爆散した状況からどうやって己が助かったと思えるのかとウルベルトは己を笑う。

 

 次にウルベルトは仮説に仮説を掛け合わせて、現状を明確に説明しうる何らかの解答を求めて思考の迷路を彷徨う。そして結局何の取っ掛かりすらも得られず、幾ら考えてもこの異常事態を把握出来ないと断じた。

 

 兎にも角にも、死んだ筈の己は何らかの超常的な現象に依って廃ビルからこの砂漠に移動し、昔に遊んだゲームのキャラの肉体を得てここにいる。ウルベルトに分かるのは、精々それ位の事でしかなかったのだ。

 

(これからどうするか、このまま砂漠で黄昏ていても何かしらが起こる訳でもなさそうだ。だが砂漠を当てもなく彷徨うにも、其れなりの装備や物資が必要不可欠だろうな)

 

 幸い不思議な現象の付録なのか、ゲームで最終的に装備していた神器級装備の全てをウルベルトは身に纏っていた。

 

 主な神器級装備だが、まず囁く者(ウィスパーズ)と云うエンシェントオーガの革を加工した装備がウルベルトの両脇から二つ伸びている。見た目は先端部に掌を形作る帯と言った処。

 

 それと細緻極まる銀糸の刺繍が施された、真紅のロングコートを羽織っている。これは赤竜型のワールドエネミーがドロップした革を加工した物だ。魔力消費を極限にまで減らし、様々な各種耐性及び無効化を齎す装備である。他にも指輪やら何やらの超絶効果のある装備をコートの懐に潜ませていた。

 

 しかしこれら装備はゲームを引退する時にギルド長に譲渡してしまった筈の装備であり、現在都合良く身に纏っている事は助かると同時に現状に対する不気味さをウルベルトに刷り込んでくる。

 

(気味が悪いが装備の品質や肉体的スペックを試さないと、このままじゃ砂漠で干物に成るしかなくなるだろう。ひょっとしたらこれが地獄とやらなのか? 砂漠で渇き死ぬ事で罪を償えって事が神の御意志とやらなのかも知れないが、俺は神とやらが死ぬ程嫌いだ。無様に足掻くのは主義に反するが、相手がてめぇだってんなら話は別だ。見てろよ、てめぇが俺を苦しめ様としてんなら意地でも成ってやるものか!)

 

 気合いを入れたウルベルトは、何とか現状の窮地を打破しうる策がないかと思案する。何と言っても一番に思い浮かぶのは、ゲームでウルベルトをウルベルト足らしめていた魔法詠唱者としての技量である。

 

 肉体がアバターの姿になったこの状況なら、ひょっとするとそんな摩訶不思議な事も可能になるかも知れないと、ウルベルトは目を閉じ己の内に潜む魔力に、集中してみる事にした。

 

 するとユグドラシルの悪魔系魔法詠唱者のフレーバーテキストに記載されていた通りに、普通の生物とは違い心臓の代わりの魔核が脈動しているのが感じられ、魔核を中心として魔力が発生し、血管を伝って全身の隅々にまで供給されているのがウルベルトには感覚として分かった。ならばウルベルトのする事は只一つである。

 

「フライ!」

 

 ウルベルトがイメージしたのは、ユグドラシルで普段の移動に用いていた飛翔の魔法だ。ウルベルトが立っていた砂漠が爆発音を響かせて大きく陥没し、辺り一面の砂を放射状に撒き散らしながらクレーターを形成する。これは急激にウルベルトが上昇した為に、瞬間的に衝撃波が発生し砂漠を叩いた事で起きたのだ。

 

 それほどの勢いで上昇したウルベルトの姿は、現在高度数百メートル上空にあった。

 

「やった! やってやったぞ! これでてめぇの好きにはさせねぇ、ざまぁみろ! ククク案外、悪魔が俺をスカウトする為に誘ってくれたのか? なら正解だ同胞よ! 俺こそがユグドラシルに災厄を撒き散らした、最凶最悪の魔術詠唱者ウルベルト様だ! クククク……ハァッーハッハッハッハッハッ」

 

 興奮でテンションが振り切れたウルベルトは、誰もいない上空で結構痛い台詞を放ち高笑いを続けた。実際にウルベルトを間接的に召喚したのはモモンガなのだが、大元のユグドラシル現実化や異世界転移を為し遂げた存在がいる筈ではあるので、ウルベルトの台詞もあながち間違ってはいない事になる。

 

 ウルベルトは笑いの発作が収まると、おもむろに右手を掲げ人差し指を伸ばす。

 

「第八位階魔法、黒焔獄玉(ダークフレイムスフィア)

 

 ウルベルトの掲げた手の指先に、漆黒の炎が球体を形成する。球体はその体積を拡張し直径10メートル程にまで膨張した。そしてウルベルトが手を振り下ろすと、漆黒の炎球が眼下の砂漠へと落下する。

 

 砂漠に着弾した黒炎球は、砂塵を巻き上げながら数十メートルもの範囲に大爆発を起こした。着弾した中心部の温度は摂氏数千度に達し、砂に含まれた物質を融解して煌めくガラス質へと変化させる。

 

 それを確認したウルベルトは、上空からゆっくりと降下して変わり果てた砂漠へと着地した。ウルベルトに踏まれた事でガラス質の地面に亀裂が生じ、砕けたガラスが僅かに舞い上がる。そして薄気味悪い嗤いが、ウルベルトの顔から溢れた。

 

(魔法もユグドラシルに居た頃と、それ程の差違を感じずに使える。この分だと装備もちゃんと機能するのだろう。なら次は物資か、だが砂漠のど真ん中じゃどうにもならないか。ゲームで使っていたアイテムボックスとかは無くなってしまったんだろうな。うん? これは!)

 

 ウルベルトがアイテムボックスの事に意識を向けた瞬間、何となしに違和感を覚えて虚空に手を突っ込むと、ユグドラシル時代に溜め込んだ様々なアイテムが姿を現した。それも、以前と変わらずに複数の無限の背負い袋に詰められた状態でだ。さっそく己のトレードマークである、目元と口元に細見のスリットが入った仮面を取り出して装着する。

 

 次にウルベルトが取り出したのは、白色の丸テーブルやイスそして赤白が互い違いに配色された大きな日除けパラソルだ。

 

 昔、複数の企業がユグドラシルとのコラボレーション企画を行った際に、プレイヤーへ企業から様々な物品が配付された。ゲーム内では単なるネタにしかならないそれらも、現実になった現在では立派に使用に耐えうる物になっている。

 

 ウルベルトはイスに座りパラソルの影に隠れると、テーブル上に無限の果実水差しを取り出した。これはデキャンターから無限の果実水が供給される魔法のアイテムである。同じく取り出したタンブラーに金色の液体が注ぎ込まれ、周囲には柑橘系の甘い香りが漂いだした。それをウルベルトは一息に飲み干す。

 

(ふぅ~美味いな、酸味と甘みがちょうど良いところで調和している。特に喉越しが最高だし口の中にしつこい甘みが残らない。今まで俺が飲んできた合成飲料は一体何だったんだろうか。 それにしても蒼い空、渇いてはいるが清浄な大地、誰にも邪魔されない静謐で自由なそれでいて有意義な時間。最高だ……)

 

 ウルベルトは最低限のライフラインがアイテムボックスから供給される事を確認し、更には己がゲームと変わらず魔術詠唱者として魔法を駆使する事が出来ると分かり、現状を打破しうる目処が立った事で、爆死からの転移と悪魔への転生などで緊張を強いられた神経をようやく弛緩させる事が出来た。

 

 更に果実水をお代わりしながら、懐に潜ませていた煙管を取り出す。これは紫煙王の煙管(ヘビースモーカーズ ハイ)と云う伝説級のマジックアイテムである。効果は煙草を燻しても煙草が永久に減らず吸い続ける事が出来、更には吸収したニコチンがキャラの持つ毒耐性で阻害されないと云う事と、時代劇風に打撃武器として使用出来、煙から煙人と云うレベル20程のモンスターを短時間だけ召喚出来ると云う物だ。

 

 ウルベルトは煙管を口に咥えて指先に小さな灯火を着けると、火皿の煙草に近付けて火を点した。ウルベルトが煙管の吸い込み口から息を吸い込むと、最高級の煙草が燻されて香ばしい煙を吐き出しウルベルトの肺に紫煙を送り出す。

 

 紫煙に含まれたニコチンをウルベルトの肺が吸収し、体の隅々まで染み渡る。そして血管を経由し脳にまで達すると軽く痺れる様な酩酊感を齎した。ウルベルトは吸引した煙を吐き出し、煙で荒れた喉を果汁水で潤す。

 

(さてと……アイテムボックスにはまだまだ物資はある。飯もあるし、グリーンシークレットハウスもあるから居住食には困らんだろう。移動は飛翔の魔法で事足りるが、後は実際に脅威となる存在が居たとしても、果たして俺の魔法が通じるのかが問題だ。それより生き物が居るのかすらもまだ未確認だったか。居たとしても実はこの砂漠が子供の砂遊び用の物で馬鹿みたいに大きな子供が現れたらどうするか。それか永遠に砂漠がループするだけだったりしてな。何にしろそろそろ人心地ついた事だし、行くか)

 

 ウルベルトは物品を全てアイテムボックスへ仕舞うと飛翔の魔法を念じて、遥か彼方のまだ見ぬ何かに向かって飛び立った。


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