混沌ロード   作:剣禅一如

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第十一話 災厄

 西暦2140年の現在、冴木拓也は退っ引きならない事態に陥っていた。

 

 冴木拓也は幼い頃に危険で劣悪な環境の作業現場で両親を失い。そして両親の残してくれた僅かな遺産で何とか小学校を卒業する事が出来た。

 

 だが小学校を卒業した位では、アーコロジーと呼ばれる富裕層が実質上支配している世界で、決定的に学歴が不足していた。

 

 その為に冴木は己の事を敗け組だと思い、歪な社会構造を憎悪して行く事となる。だが小卒の若造が徒手空拳で幾ら憎悪しようが、当然の事だが社会構造は小揺るぎもしなかった。

 

 小学校卒業からは、冴木も程々に劣悪な環境の現場で就労する事となる。

 

(俺も最後は両親の様にボロボロに疲弊して朽ちて行くのか? 巫山戯るな!お前らと俺にどれ程の差が有るって言うんだよ! 他の連中みたいに俺も騙されて堪るか! 何時かは思い知らせてやるからな。待ってろよアーコロジー)

 

 そして西暦2126年に、満を持して発売されたユグドラシルと云うバーチャルゲームに冴木は出逢う。その中で冴木はウルベルト・アレイン・オードルと名乗り、最凶災厄の魔法詠唱者を悪玉ロールプレイする事で日々の鬱屈を慰めていた。

 

 しかし仲間の一人たっち・みーの善玉ロールが冴木には何故か勘に障り、度々たっち・みーと衝突を繰り返す事となる。冴木が聞く処によれば、たっち・みーはそこそこな富裕層の出身で警察官でもあり、国家公務員と云う誰もが羨む立場を得ているとか。

 

(俺はたっちの境遇を羨んで絡んでしまったのか? いや、違うな。俺が現実には存在しないと断じた正義を嬉々として語って、更にはそれを成そうとしやがる未だに純粋なたっちに嫉妬したんだ)

 

 少し考えれば現在の社会に正義など存在しないと誰もが分かる筈なのだが、選りにも選って勝ち組のたっちが現実に目を背け正義を語り敗け組である筈の己が現実を直視し悪を語る皮肉が、冴木に暗い嗤いを齎す。

 

 

 たっちとの確執の本質に冴木は正直愕然としていた。このまま仮想現実で善だの悪だの宣った処で、何時もの様に現実は何も変わりはしないと。己は現実を直視しているとは言っても実情はたっちと五十歩百歩。一体何が違うのかと冴木は自問自答を繰り返す事となる。

 

(このままじゃ、駄目だ。蓄えた憎悪を解き放つ時が来たんだよな。誰かそうだと言ってくれ! 頼むわ……)

 

 この時から冴木は現実の世界で少しずつ活動を始め、遂にとある非合法組織に接触する事になった。それに伴い優しい骸骨ギルド長や仲間の寂しげな顔を尻目に、ユグドラシルを引退する事になる。

 

 ゲームを引退して4年、様々なミッションと云う名の嫌がらせを体制側へ行ってきた。それには当然だが殺人すらも含まれている。それは気軽な語調で嫌がらせなどとは言えない凄惨な事だが、体制側にとっても所詮は微々たる被害でしかなかったが故の語調だ。

 

(今さら非合法活動を止める訳にはいかねぇな。血を浴びて命を奪っておいて、今更どの面下げて止めるなんて宣えんのかってんだ)

 

 そして、冴木の非合法な活動にも遂に終止符が打たれ様としている。今回のヤマは冴木にしてみれば何処か胡散臭かった。組織の上層部が爆弾の設置場所や爆破時刻を事細かく指定していたり、組織の中でも己の様な外様の人間が多数配置されたりと。

 

 案の定待ち受けていた公権側の人間と銃撃戦を繰り広げ、冴木は腹に一発の銃弾を喰らった。他の仲間は倒れた己を置いて逃走し、冴木は何とか這いずって近くの廃ビルに潜り込み漸く一息つく。

 

 どうやら組織の上層部と政府側とで何らかの取引が行われ、外様の人間は政府側に売られた様だと冴木は推測する。非合法組織と言っても所詮は人間の集まりでしかなく、長く活動すれば信念も腐り果てて欲に塗れて堕落して行くのだとも冴木は思う。

 

 だが冴木には後悔はない。遅かれ早かれ己は憎悪のままに何かしらの事を起こしていた筈だと、確信していた為だ。

 

(結局騙されて無様に廃ビルで終わりを迎えるとはな。俺にも流石に予測出来ちゃあ居なかったが、お似合いの最後か。神とやら満足か? お前の嫌いな俺が朽ちて逝くのは?)

 

「力なき正義は無力である。正義なき力は暴力であるか……」

 

 冴木は、実在した少林寺拳法開祖の宗道臣が残したと言われる言葉を呟く。

 

(正義を信じる気もなければ語りたくも無い俺には関係ない言葉だな。俺が語るのなら、それは悪でしか有り得ねぇだろ)

 

「覚悟の無い悪は無様である。美学の無い悪もまた無様である」

 

 冴木なりの解釈だが悪の定義を呟く。力の有無を問わないのは、悪には最初から力が備わっているのが大前提だからだ。

 

 悪の覚悟とは絶体絶命の状況に追い詰められた時、意図的に悪を成してきたのならば最後は無様に足掻かず潔く報いを承けて散る事だろうと冴木は思う。そして悪の美学とは、世間の取り決めた法を破ろうが己の決めた法だけは決して破らぬ矜持の事だとも冴木は考える。

 

 冴木は腹の銃創をまるで熱い塊の様に感じていたが、今では腹を中心に冷たい感覚が拡がり、冴木にもうすぐ命の灯が尽きる事を告げていた。

 

(どうやらここまでか、詰まらんねぇ)

 

 冴木は煙草を一本口に咥えると火を着け肺に深く煙を吸い込んだ。そして今までの己の何もかもを込めて吐き出す。結局何も変えられなかった己の弱さを嗤いながら人生を振り返ると、大して心残りと云える程の事柄が無いのだと気付かされる。

 

(ただ……ユグドラシルで悪玉ロールをしていた頃が無性に懐かしい。そしてあの頃が一番楽しかったかも知れねぇなぁ)

 

 紫煙が冴木の視界を霞まさせ、その向こうに懐かしいギルドの幻想を垣間見た気がした。寂しそうに別れを告げた骨のギルド長の顔も。

 

 ギルド長の最後のメールにすら応えられなかった事にも冴木は申し訳無く感じるが、当時は既に公安局に目を付けられており、もしもギルド長の誘いに冴木が返事をすると相手にも迷惑が掛かる為に仕方がなかったのだ。

 

 床に拡がる鮮血が畳一畳分位にはなった頃、次第に冴木の意識が大量の出血によって薄れて来た。階段を誰かが駆け上がる足音が冴木に聴こえる。多分だが警察が来たのだと冴木には推測出来た。

 

 冴木は公権側に己の無様な屍を晒す気は無い。今回の為に用意した煉瓦サイズのC4プラスチック爆弾を冴木は懐から取り出し、雷管に繋がるスイッチに手を掛けて押す。

 

(願わくば来世は悪の極みを歩み、今世の様な無様を晒さない様に。出来ればユグドラシルの様な世界で昔の仲間と……)

 

 破裂する爆弾に躯を吹き飛ばされる寸前、確かに冴木はアインズ・ウール・ゴウンに還りたいと願った。

 

 

 

 

 

 暑い日差しを己の肌に感じて、冴木の意識は覚醒する。仰向けに横たわる冴木の目に飛び込んで来たのは、蒼く覚める様な雲一つ無い空。驚き躯を起こしてみれば、眼前に拡がるのは地平線まで続く一面の砂漠であった。

 

 中天に輝く太陽が灼熱の日差しを降り注ぎ、地表の砂をジリジリと焼いている。砂漠の細かい粒子状の砂は、時折吹く風に浚われ何処かへと去って行く。

 

 冴木の知る劣悪な環境の地球とは全く違い、全く汚染されていない空と地表の砂。

 

(悪に拘る俺を神とやらが憐れんで、この清浄な世界にでも連れて来たのかよ? だが神とやらが、こんな粋な振る舞いを俺の様な悪に為す訳が無いか。それはもっと綺麗な心の持ち主に起こる奇跡だろうな。じゃ、何なんだこりゃあ)

 

 ならば死んだ筈の己は現在何処に居ると言うのか。冴木は考察を続ける。昔の地球? 別世界? 別の惑星? 様々な考察を続けるが、仮想現実だけは無いと冴木は確信している。

 

 何故なら現実味を感じる嗅覚や唾すら感じる事の出来る味覚、砂漠の粒子状の細かさの砂と熱く痛みすら覚えそうな日差しは、どれも現行の技術力では再現不可能だと冴木には断言出来た。

 

 ならば、これは現実であり汚染された地球では無く冴木の知らない惑星もしくは別世界だと現状は定義するしかない。

 

 そして己の躯の変化にも冴木は気付く。山羊の頭部に生える捻曲がった角、蹄の付いた脚部、鋭い鉤爪が伸びる五本指の手、それらの全身を覆う黒色の毛皮などの特徴は、ユグドラシルで冴木が使っていたアバターのウルベルト・アレイン・オードルの姿である。

 

(嘘だろ! なんで選りにも選ってウルベルトなんだよ!)

 

 今この時より、冴木拓也改めウルベルト・アレイン・オードルの伝説が始まった。

 

 


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