混沌ロード   作:剣禅一如

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第一話 世界級

 12年の永きにわたり運営されてきたユグドラシルも、遂にサービスが終了される事が決定した。

 

 各プレイヤーに終了の通知が送られ残り日数が後2日しか無くなった頃、とある異形種プレイヤーが人間種族限定である筈の都市内を駆け回っていた。

 

 そのプレイヤーの名称はモモンガ、最盛期には41人しかメンバーがいないにも関わらず総合ギルドランキング9位まで昇り詰めた、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長を勤めるプレイヤーである。

 

 しかし最盛期は兎も角として、ここ数年は殆ど1人での活動を余儀無くされていた。そして拠点を維持する為の費用を細々と稼ぐ寂しい境遇に身を置いていた。

 

 何故なら殆どのアインズ・ウール・ゴウンのメンバーは、最盛期を過ぎた7年目辺りから櫛の歯が欠ける様に引退していったからだ。10年目を迎えた段階では、登録しているメンバーが一桁代まで落ち込んでいた。

 

 モモンガもメンバー達が引退を口にする度に何とか翻意を促した。だが現実生活においての夢を追いかける為、又は夢を叶えた為、単純に仲の良いメンバーが引退し自分もと云う者や、他のゲームへ興味が移り引退する者等々。一つのゲームに拘る理由がなければ仕方がないと云える状況である。

 

 しかしモモンガこと鈴木悟は、ユグドラシルにしか楽しみをみいだせなかった。

 

 モモンガの現実での生活には友人や恋人、ましてや家族すらも存在せず自宅のアパートと会社を往復するだけの味気の無い物であった。アインズ・ウール・ゴウンの最盛期に、仲間と味わった刺激的な冒険の日々を忘れられなかったのは、仕方がない事であろう。

 

 それだけにユグドラシルに出逢う前のモモンガの生活が、どんな物であったのかが偲ばれた。モモンガが不器用ではなく、次の楽しみに移れる程に器用であれば良かったのかもしれない。

 

 兎も角モモンガが人間種族限定である筈の都市を駆け回っていられるのは、異形種狩りと呼ばれる悪質な PK行為が流行していた時期に、ユグドラシル運営が救済措置として配布していた人化の指輪のお陰である。

 

 モモンガは流れ星の指輪を課金ガチャで当てる為、ボーナスを全て注ぎ込み何とか当てた。だが仲間の一人が500円でアッサリと引き当て落ち込んだ事もあったのだ。その際にハズレ景品として多数の人化の指輪を入手していた。

 

 救済措置と銘打っていて課金ガチャ用のハズレ景品にする運営もどうかしている。だがこの指輪を使用すれば人間種族限定都市にも容易く侵入出来るのである。ただし装備中にはレベルダウンが発生し、自キャラがカンストレベルから80レベルまで下がってしまう事になる。

 

 そして骨だけで構成される躯のオーバーロードと呼ばれる上位種族が、本来のモモンガのアバターだ。

 

 だが現在モモンガの姿は、人化の指輪のお陰でゲームで最も基本的なアバターの容姿である金髪碧眼の若者にしか見えない。その為に種族の固有スキルにまで制限が掛かってしまっていた。

 

 万が一人間種族のプレイヤーに正体が露見すればPKされてしまう事に成りかねないが、モモンガにはモモンガの引くに退けない理由が存在する。

 

 モモンガが何故そんな事をしているかと言えば、全てはユグドラシル終了直前にゲームに対する意欲を失ったプレイヤー達が放出したアイテム目当てである。

 

 ゲームの終了間際になら勿体なくて使えなかったアイテム群も気負いなく使えると思いがちだが、幾ら派手な効果を起こし他のプレイヤーを圧倒出来ても所詮は最後の、そして終わったゲームでしか無いと本人が自覚してしまえば虚しさを感じるのが人情と云う事であろう。

 

 その為最後の祭りとばかりに派手に暴れる輩や、何かしらの感傷を満たそうとするプレイヤー以外は既にアカウントを削除していた。

 

 そしてその中でも何かしらの貴重なアイテムを譲ってやろうと考えたプレイヤーが、都市の青空広場と呼ばれるプレイヤー出品露店にアイテムを放出したのだ。

 

 それをゲーム内掲示板で知ったモモンガが、持ち前のコレクション魂を奮起させて全ての貴重なアイテムを我が物にせんと、燃えに燃えたと云う訳である。

 

 更にモモンガが1週間前にアインズ・ウール・ゴウンメンバー全員へと送ったメール、最終日にナザリックで集まって過ごしませんか?と云う内容も関係が無いとは言えない。

 

 モモンガにしてみれば仲間の皆に新たな神器級位は披露して少しは見栄を張りたいと云う想いもあり、2年間の間に只々一人で漫然と過ごして来たのでは無いのだと、これ程のアイテムを収集していたのだと思わせたかったのもある。

 

 そしてモモンガは都市中央にある青空広場に突撃し、東南アジア風の露店でプレイヤー放出アイテム群を眺めながら唸っていた。

 

(少し虫が良すぎたかも知れないな、此処まで困難だとは……諦めて帰るか)

 

 神器級アイテムや装備が放出されても直ぐに他のプレイヤーに買われてしまうのか一つも見当たらず、何軒かの店を廻った挙げ句にモモンガが諦めかけた時。丁度誰かが出品したアイテムが露店台の上に出現する。

 

(おっ、どれどれ)

 

 何気無くモモンガがアイテムを眺めると、出品された商品の詳細がポップアップして表示される。

 

 ◆◆◆

 

 混沌の渦(ジ カオス)

 

 プレイヤーの指定した地点に存在する半径5メートル内の全てのアイテムを融合させる。他のワールドアイテムすらをも飲み込むワールドアイテム。データ容量限界あり。消費型アイテム。

 

 ◆◆◆

 

 アイテムの見た目は、渦巻き状の形をした黒曜石と言った処だ。

 

 ◆◆◆

 

 刻の超越者(ジ クロノス)

 

 所有者の全てのアイテムと位階魔法やスキルのリキャスト時間を無くし、超位魔法の発動待機時間をも無くす、更に時間制限有りの全てのアイテムと位階魔法やスキルのバフ、デバフの効果切れ時間を無くして永続化が可能。なお所有者権利の譲渡及び死亡によるドロップにより全てがリセットされる。

 

 ◆◆◆

 

 アイテムの見た目は、螺回し式懐中時計と言った処。

 

 

 ◆◆◆

 

 天地創世(ジ ユニバース)

 

 1キロ四方の異次元空間に所属するギルド拠点を転移させ、絶対の防衛力を得られるワールドアイテム。ギルド長のコンソール操作でのみ異次元への出入りを制限出来るワールドアイテム。ユグドラシル時間で3日間有効(現実時間換算で1日)。リキャスト時間は一週間。

 

 ◆◆◆

 

 アイテムの見た目は、世界樹ユグドラシルの幼葉である。

 

 ◆◆◆

 

「ファッ!」

 

 モモンガは数秒程だが硬直し奇声を発した。慌てて自身の動かないアバターの口を抑えて辺りに視線を送る。まだ誰にも気付かれていない事を確認すると安堵の息を吐いた。

 

(マジか! ワールドアイテムが三つだと! 流石は終了間際だと驚けば良いのか分からないが、これは好機なんじゃないか? 値段は……一律5億ユグドラシル金貨か)

 

 ワールドアイテムには最低取引価格が設定されており、それは一つに付き5億ユグドラシル金貨である。

 

 従ってモモンガが見付けたワールドアイテム群は最低取引価格で販売されており、正に破格の値段設定になっていた。

 

(落ち着け俺、15億位なら今まで稼いできた金で足りる……よし! 買ってしまえ!)

 

 モモンガがワールドアイテムを購入すると即決した事は、別に可笑しな事では無い。

 

 ボッチプレイでユグドラシル金貨をコツコツと貯めていた事もあるが、それだけ貴重で効果的なアイテムなだけの事である。何しろゲーム内に200個しか存在せず、ゲーム終了間近の現在ですら詳細が判明しているのは50個と云う、運営の狂気と無駄骨の極みとも云うべきアイテムなのだ。

 

 効果音と共にモモンガの無限袋に収納されるワールドアイテム群と、桁が激減したモモンガのユグドラシル金貨。

 だがモモンガの心境は望外の幸運を掴んだ事で、興奮の坩堝に在った。

 

(神器級を自力で手に入れたとか見栄張って皆に自慢するつもりだったが、自力で複数のワールドアイテムを手に入れましたって言っても流石に無理があるな。ここは正直に経緯を話すか。まあ、それでも皆は充分に喜んでくれる筈だ)

 

 モモンガはひょっとしたら誰もこないかも知れないと云う不安を敢えて無視しながら、明日の最終日に仲間達と盛り上がった時の事を想像して動かないアバターの表情の中で微笑んだ。まだ仲間からの返信メールが一つも見当たらない事すらも意識的に無視して。

 

 

 

 


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