インフィニット・ストラトス 〜マネージャーですが何か?〜 作:通りすがる傭兵
荒れた3時間目からしばらく時はたち放課後。
「一夏、成政さん。剣道場に行こう」
「練習、か。それならいろいろ持ってこなきゃいけないから先行ってて」
「分かった。では行くぞ」
「ちょ、俺に拒否権はないのか?」
「ない」
箒は一夏の襟首を掴もうとして、辞めた。
その代わり、
「久々に稽古を付けてやる。ISの貸し出しが駄目な以上、体を動かすのが筋というものだ」
「…それは、そうなのだが」
「どうした、何故そこで黙る」
「実は……」
一夏は、中学校で剣道を辞めたことを正直に話した。
箒の苛烈な性格からして、罵声の一つや二つ、そして暴力を覚悟し、身を硬くしていたのだが、
「……そうか。何か訳があるのだろう?」
「……あれ?何も言わないのか」
「何を言ったって変わるものでもないだろう。私も大人になったということだ」
「……なんか、変わったな、箒。成政のお陰なんだろうけど」
一夏のその何気無い一言に、箒は顔を真っ赤にして、
「ななななんでそこで成政さんの名前が出てくるんだ?!」
「いやだってさ、仲が良さそうだったし」
「いや成政さんとはただの部活の先輩後輩という関係であって決して恋人などという爛れた関係ではないと説明しただろう!」
「叩くな箒、痛い痛い!」
バシバシと一夏の頭を叩きながら必死に弁明をし、有耶無耶にしようと襟首をつかんで剣道場に一夏を引きずっていく。
「うるさい!そんな性格、鍛え直してやる!」
(私は、一夏が好きなはずなのに。成政さんの名前が出るだけで何故あそこまで慌てたんだろうか...)
そんな事を思いながら。
「どうしてこうなった...」
「構えろ一夏。勘を取り戻すのであれば、実践が一番だ」
剣道場に向かい、剣道部部長に道場の使用許可を求めると、
「どうせだったら試合しましょうよ、試合。
剣道部も目立つし、一石二鳥でしょ?」
「だけど防具が...他人のものを借りるのも」
「僕のでよければあるよ、ほい」
「なんでさっ!」
とトントン拍子に話は進み、現在に至る。
なお部長つながりで話が広まり、放送部が職権乱用で校内放送をかけたため、多くの観客が押しかけている。
「ビデオは回ってるからいつでも始めていいですよ」
「いやお前はやらないのかよ!」
道着に着替えた一夏と箒とは違い、成政は制服姿のままで、着替えるそぶりすら見せなかった。側には大量の荷物が入っているであろうふくらんだ鞄がある。
「まあそれはおいおい、ということで。
いつでも始めてくださって結構です」
「そう、では……」
審判役の生徒が腕を振り下ろす。
「始めっ!」
そして、道場に竹刀の快音が響く。
決着は一撃でついた。
「胴あり、1本!」
「ええ……」
横薙ぎに竹刀を振り抜いた箒と、上段に振り上げて、一切動かなかった一夏。
「せめて1合くらいは打ち合わないと」
「ぜ、全然動けなかった...」
「君本当に経験者?」
「構え直せ一夏、もう一回だ!」
「ああ、次こそは...」
「んで、20戦20敗と、散々だな。生きてるかー」
「なんとか、な」
中学校で剣道を離れた一夏が全国1位の箒に勝てるはずもなく、フルボッコにされること1時間。
疲労困憊の一夏とは違い、消化不良だった箒はそのまま剣道部の練習に参加している。
「そんじゃ、着替えて俺の部屋に行こうか。織斑先生から鍵貰ってるし、早く動け」
「分かってるよ.。ああ頭がくらくらする」
フラフラしながら更衣室に向かう一夏。
それを見送ると、成政は持ってきた大量の荷物をまとめ、出口に向かった。
「さて、課題は山積み、1週間でなんとかなるのやら...」
成政はその後着替えた一夏と合流し、寮へ向かった。
「ところで、あの時何が言いたかったんだ?」
「ん、なんのこと?」
「クラス代表戦決めの時だよ。怒ってたのはわかるんだが、その」
「ああ、怒ると思わずああなっちゃうんだ。それに、あれは僕も頭に血が上ってたから、言葉もまとまらないままでね、えっと……
多分、男子とか女子とか云々が気に入らなかったから、かな。
男だから弱いとか、女だから強いとか、そんな言い分が気に入らないんだよ、僕は。逆もまた然り。
むしろ強さなんて男女関係ないと思ってる。
技術や体を鍛えて、頑張って、強くなる。
それが差別とか偏見で無駄になるのが嫌なだけだよ。
あと、織斑に言いたいことがひとつ」
「なんだ?」
成政は一夏の進行方向を遮るよう前に立ち、足を止める。
「馬鹿にされて怒ったのは、分かる。
けどさ、もっと心に余裕を持ちなよ。慣れない場所にいて、困惑してたのはわかるけど、さ。
言っていいことと悪い事もある。
ちゃんとセシリアさんには謝らないと」
「...分かったよ、けど。俺はセシリアにもちゃんと謝って貰いたい」
「それは、織斑の仕事だよ」
「そうか、ありがとうな。成政」
にっ、と笑う一夏。
女子であれば惚れてしまいそうなほどに清々しい笑みを見て、成政は納得した。
ああ、箒ちゃんが惚れるわけだ、と。
「それと、今日は俺の部屋に来てもらおうと思ってる」
「部屋?どうしてだ。別にいいけど、洗濯物とか取り込まなきゃいけないし、戻ろうと思ってるんだけど」
「主夫かよ」
「千冬姉は家事がてんで駄目だからな。ずっと俺がやってるよ」
「今明かされる衝撃の真実...」
速報!世界最強は家事がてんで駄目!
思い浮かんだ不謹慎なテロップを頭の隅に押し込めていると、山田先生が彼らの方に走ってきた。
「織斑君と石狩君、丁度いいところに!」
走ってきたのか、赤い顔で息を切らせている山田先生。不思議に思ったのか、成政がどうしたのか聞くと、息を整えたあと、こう答えた。
「実は、織斑君の部屋が決まったので、鍵を渡しにきました」
「ええっ、暫くは自宅通学って」
「それについては、色々あるのだ」
「あ、織斑先生」
会話の途中で割り込んできたのは、担任の千冬だった。深々とため息をついた後、吐き捨てるように言った。
「警備の都合上、だ。家よりもこちらの方が警備が硬いのでな。誘拐されてモルモットにはなりたくないだろう?」
「も、モルモット?!」
「あー、うるさい女性権利団体かなんかが騒いでたんですか?」
「その通りだ石狩。全く余計な仕事増やしおって」
思い出したらイライラしてきた、と言うと、懐からタバコを取り出し吸い始める。
「今のお前ら二人は、世界でたった二人の男性操縦者なんだ、それを自覚しろ。
荷物はもう運んである。一夏、荷物は日用品と着替えだけでいいだろう?」
「そ、そんなぁ」
ショックのあまり崩れ落ちる一夏。彼の部屋にある漫画や、隠してあった薄い本諸々が持ってこれなかったわけになる。健全な男子高校生となれば、そのショックも大きいものだ。
「さっさといけ、と言いたいが。ここの寮は広い。山田先生に案内してもらえ」
「はい!」
「は、はい...」
階段で足を滑らせた山田先生を一夏がお姫様抱っこをするハプニングがあったものの、無事部屋についた。何故か二人とも別部屋だったが、大人の事情ということで二人も納得した。どちらも同居人は不在だったので、角部屋で少し広い一夏の部屋で話をする事となった。
「えらくとっ散らかってるな...この段ボール箱邪魔なんだが、一体何が入ってるんだ?」
「さあ、俺のじゃないし、ルームメイトのじゃないか?女子は何かと荷物多いし」
「...なあ、この段ボール箱動いた気がするんだが」
「気のせいだろ。段ボールが動くなんて、まさか人でも入ってる訳?」
「それもそうか。まあ、まずは...」
「「...片付けだな」」
一夏の荷物を片付け、人が座れるほどのスペースを開けることに成功した2人。
「で、話ってなんだ?」
「話というのは、これだ!」
いつの間に持ち込んでいたのか、会社なんかで使いそうなホワイトボードに、ペンで文字を書き込んでいく成政。
書き終わった後、その文字を手で示す。
「そう、不憫な織斑のために、箒ちゃんと俺が考えた、その名も、
『織斑一夏強化合宿』だ!」
「強化合宿...?」
「そう、強化合宿だ!」
キュポ、とマーカーの蓋を外すと、題字の下に何かを書き込んでいく。
「織斑は、小学校は剣道をやっていたと聞いた。確認だが、中学はどうしてやめたんだ?」
「うちは貧乏だったからな、少しでも千冬姉に協力したくて、バイトしてたんだ」
「ふむ。で、やってたバイトの内容は?」
「新聞配達とか、牛乳配達くらい。自転車を借りて、毎朝走ってたな」
「となると基礎体力はそこそこある、と」
これなら計画を変えるか、という呟きに首を傾げている一夏を放って考え始める成政。
「よし、だいたい決まった」
それと同時に、道着のままの箒が帰ってきた。
「ただい...二人とも、どうしたんだ?私の部屋で」
「ここ俺の部屋らしいんだけど」
無言で頭を抱える箒。
「この年頃の男女を同じ部屋にするとは、千冬さんは何を考えているんだ...」
「大人の事情だってさ」
成政の言葉に納得したのか、深々と溜息をつく箒。
「しょうがない、か...」
「まあそれは置いといて、モッピーちゃん。説明手伝って」
「少し待て、着替えてくる」
「あいよ」
箒はシャワー室のある部屋の奥に消え、暫くすると水音が聞こえてくる。
持ち歩いているメモ帳に今後の予定を書いていると、一夏が声をかけた。
「ところで 、お前、箒と気軽に話してるけど、一体どんな関係なんだ?」
「選手とマネージャーだよ。剣道部ではマネージャーやってたんだ。一緒になったのは二年だけだけど」
「マネージャー?」
「野球部とかサッカー部にいるじゃないか、知らないのか?」
「うーん…イマイチわからん、バイト漬けだったし」
「そうか。わかんないと困る部分もあるし、説明するよ」
ホワイトボードを裏返し、何も書いていない面を出す。そこにマネージャーとは何かを書き込んでいく成政。
「マネージャーというのは、選手のサポートを行うんだ。ドリンクの準備であったり、洗濯だったり、時々練習の手伝いもしたりしたな。
他にも、体作りのアドバイスとか、いろいろやっていた。
僕はサブコーチも兼任していたから、練習メニューとかも考えたりしていたな」
トントン、と書いた文章を指し示す成政。
一夏の反応を見て、理解できていると感じたので彼はそのまま続けた。
「他にも、試合のビデオを撮ったりもする。合宿の時は食事も作っていたな」
「へー、色々するんだな」
「ぶっちゃけ僕も転職するまでこんなに忙しいとは思ってなかった。元々選手だったから、その有り難みも十分分かっているけどな」
「そういうもんなのか」
「やってみると意外と楽しいものなんだなこれが」
「上がったぞ」
ちょうど話が終わったタイミングで箒が出てきた。髪も乾いておらず、ガシガシとタオルで頭を拭いている。Tシャツにゆったりした半ズボンとかなりラフな格好をしていて、若干一夏が顔を赤くしていた。
「箒も上がったことだし、織斑の課題と、これからの予定を話し合おうと思う」
「まず、ISがこの1週間使えない。
できることといえば、仮想で作戦を立てたり、技術を鍛える事ぐらいだ」
「はい質問!」
一夏が元気よく手を挙げる。
「なんだ?」
「なんでISが使えないんですか!」
「貸し出しが目一杯入ってる。今申し込んでも一ヶ月後になるそうだ」
昼休み、山田先生にISを借りたいと言ったのだが、そう断られた。
特例でもないので、織斑先生も無理やり捻じ込めないと言われては引き下がる他ない、と断念した、と成政は告げた。
「そうなると作戦は成政さん、剣道は私が担当だな」
「至れり尽くせりだな...お前らの練習は?俺に時間を割くとなると、自分の時間がとれなくなるだろ?」
「それについては問題いらない」
そう質問した一夏に成政は答えた。
「そもそも俺は勝ちを投げてるし、モッピーは技術を鍛える必要はない。作戦さえあれば十分だ」
「いや、それはおかしいだろ」
そう成政が言った時、一夏は疑問を唱えた。
「勝負を投げる?おかしいじゃないか。やる前から諦めるなよ。相手が代表候補生かなんかか知らないけど、悔しくないのか?
あんなに馬鹿にされて、散々言われて。
俺は悔しいんだよ、勝ちたいんだよ!だからお前も、簡単に諦めるなよ!」
「おい一夏、落ち着け!」
そう声を荒げる一夏。箒はそれを止めようとするが、頭に血が上っているのか聞き入れない。
「僕だってさ、勝ちたいよそりゃあ」
「だったら!」
一夏とは反対に落ち着いている成政。彼を宥めるようにゆっくりと話す。
「僕がマネージャーだって話はしたでしょ?」
「だったら箒たちの試合を間近で見てたんだろ、技術だってそれなりに学んでるはずだ」
「そうではなく、選手から転向したことが重要なのだ」
口を挟んだのは箒。不機嫌そうな一夏を見て、諭すように続けた。
「詳しくは成政さんから聞いて欲しいが、簡単にいえば『負傷したから』マネージャーになった、そうですよね」
「そう。そのせいで足さばきもできないし、踏み込めないから竹刀も力が無い。
だから辞めたんだ」
それを聞いて申し訳なさそうに顔を伏せる一夏。その沈んだ気持ちを切り替えるようの手を叩いて、声を張る。
「まあ、気にしないで。早く本題に戻ろうよ」
「そうだ一夏。成政さんに謝ることも大事だが、今はその時期じゃ無いんだ。切り替えろ」
「ああ、分かった...」
気持ちは沈んだままだが、話は聞いてくれるようになったと判断した成政は、話を続ける。
「じゃ、本題ね。さっきの20試合を見ていて感じた織斑の課題と長所、それをピックアップしていくよ。モッピーもどんどん言ってって」
「分かった」
「まず最初に...」
「とまあ、2人の意見を纏めるとこんな感じか」
さっきまで真っ白だったホワイトボードには、大量の書き込みがなされている。
「じゃ、これからの方針として、
長所である思い切りの良さ。それを伸ばすために剣の振り方の基礎をもう一度やってもらう。踏み込みはいいから、それを生かしたい。
弱点は防御のなさ。目はいいから、場数さえ踏めば良くなるから、これは剣道部の基礎練を一緒に行う、って事で」
「で、具体的には何をするんだ?」
それはこれから考えようと、と成政が言おうとすると、箒が代わりに答えた。
「剣道部は平日練習だから、今週は全部顔を出せ。部長さんには私が入部する代わりとしての交換条件で話を通した。剣の基礎は練習後に私が稽古を付けよう」
「土日は射撃対策と戦略立て、かな。
ぶっつけ本番になるけど、まあ、頑張れ」
「結局最後は丸投げなのか…」
「マネージャーの仕事はそんなもんだ」