インフィニット・ストラトス 〜マネージャーですが何か?〜 作:通りすがる傭兵
もうちょい、もうちょいで終わりますんで!
自転車に乗り、夏の暑さと風が肌を撫でる気持ち良さを感じながら、成政はこれまでの事を振り返っていた。
「35億分の2を引き当て、入った学校ではうっかりすれば死んだかもな事数回、しかもそのうち一回はガチ目に瀕死になった挙句、その拍子に並行世界に来たとかどういう小説よ」
「その前に聖杯戦争に首突っ込んだのもカウントすると......」
「いやその前に飛行機墜落事故にも巻き込まれてるし、もっとあるな」
「なんの話です?」
「いや、人生楽しいなあって話」
「そうですか」
特に自分語りが趣味でもないので、話を切り上げる。もし今まで遭遇してきた数々のイベントのあれこれを彼に語らせるならば、時間が圧倒的に足りない。その上世間一般とは程遠い価値観の中で育ったので、覚えていない日常と切り捨てる事すら常識はずれだったりする。もし伝記でも書こうものなら長編スペクタクルの完成間違いなしだ。
なのでこんな非常時にのほほんと出来ているわけである。成政にとってはこの程度、交通事故を目撃した程度に過ぎないのだ。詰まる所結構珍しいのだが、そこまで凄いとは思っていない。
『おい間抜けバッカジャーマネ!』
「わひゃいっ!?」
だが、他人から見れば話は別である。
唐突に脳内に響き渡る慎二の怒鳴り声、反射的に顔を背けるが効果はなく、それをみた箒は首をかしげる。
だがその脳内音声、こと魔術を利用した念話と呼ばれるものは口を開かずとも会話ができる便利な仕組み、外に声も漏れることはなく、逃げ場のない罵倒が成政を襲う。
『あんだけ無茶するとか馬鹿じゃねえの馬鹿だよね馬鹿だったな!
正義の味方を気取るのはアイツと赤いのだけで十分だろうが、心配させやがって!』
「なはは、それに関してはなんとも」
『ともかく、繋がったってことはライダーがそこにいるんだな?』
「今乗せてもらって、学園に向かってる所」
『そいつは重畳、僕らと簪、あとイギリスのは衛宮と救助活動中だ、こっちはこっちで忙しいから切る。覚悟してけよ』
一方的にがなりたてて念話を切ってしまった慎二。自分勝手だが自分を心配してくれているのは伝わった。そして一緒に来ていたらしい皆のことも聞き、そういえば結構会ってないなぁ、と他ごとすら考え始めていた。
(そうでもしないとこの後のことなんて怖くて考えたくもないし......)
「っと、ここ左だねライダーさん」
「分かりました」
意識を現実に戻せば、それなりのスピードでドリフト気味に無人の交差点を曲がる自転車の上だ。確かここを曲がればあとは直線まっしぐら、というところで前方にわらわらとした何かを見つけた。
「なんだろう、瓦礫......では、無いようですね。人でしょうか」
「こんな都会に馬に乗る人?冗談キツくないですか?」
「いえ、見る限り人ではないよう、ですね。
オートマタ?慎二の言葉を借りるならロボット、でしょうか」
「でかいロボットがあるくらいだし、自衛隊の救助ロボとかじゃないかなぁ。ちょうど学園に人が避難してるらしいし、医療品とか食料とか届けに来たのかも」
「その割には、トラックもないようですし、その線は薄いのでは?」
「とりあえず近づくだけ近づいて見てはどうでしょうか、ライダー、さん?」
「ライダーで結構です、シノノノ」
箒の提案に乗り、近づいて見る事とした。
前方集団もそれなりの速さでIS学園に近づいているが、神話の英霊の操る自転車にとってはその程度どうということもなく、距離を詰めていくことしばらく。人の顔が判別できる程度まで近づいたところで、ゴテゴテと装飾された車だかサソリ擬きだか表現し難いナニカの上に立つ、指揮官らしい一際大きな声が聞こえた。
「フフフ、いいぞ、機械獣による陽動作戦はうまくいったようだな」
「向こうの機械獣がやられるのは惜しいが、それも作戦成功となればその犠牲も安いもの。本命は寧ろこちらよ!」
「フフフハハハッ!」
「ほほほほ、あはははは!」
男性の声と女性の声が交互に喋るという奇妙な話し方、しかも声真似のレベルなどでもなく、明らかに別人が同じ体に入っているというような感覚。
「ねえ箒ちゃん、ライダーさん、今の人の声聞いた?
一人の人間から男と女の声が順番にしてたんだけど気のせいだと思う?」
「聞いたというか、聞こえてしまいましたね。
英霊にも多重人格者はいるにはいますが、ここまで変わりはしませんでしたよ」
「ええ、聞こえましたよ私にも。
また何か可笑しな人物なのでしょうか?」
『今度は何? こんな時にまた想定外の奴?』
『あちゃー、こりゃたぶんあいつだろうねえ』
「ちなみにどちら様で?」
『説明しようにもどうしたらいいものか。それに気づかれたみたいだし、この際見た方が早いよ』
どこからかモニタリングしていたらしい、この世界であろう束が渋い顔を見せるのと、集団の1人が気付くのはほぼ同時。
「あしゅら様、あそこに何やら人が......」
「何? どれ、どいつだ我々の後ろにいるとかいうバカはって、自転車ァ!?
なぁぜ、こんな所で自転車が走っているのだァ!?
そもそもこんな道路を自転車で走るなど、どういう事なのだ!」
軍団の1人の報告を受け、フードを被った指揮官が、後ろにいる成政達を見るなり男女両方の声で驚きの声を上げた。
しかもその指揮官の顔を成政達は見てしまったが、その顔も問題だった。
なぜならその顔は......右半身が肌の白い女の顔、左半身が浅黒い肌の男の顔。
しかもそれどころか、体さえも左右それぞれ男と女で合体しているという、衝撃的な見た目の人物だったのだ。
「すまん、最近寝不足だったから幻覚だと思うんだ」
「私にも見えているので残念ながら現実です、イシカリ」
『ゲェェェーーッ!なにあれ気持ち悪っ!』
「なんだあの面妖な......名状しがたき......」
『這いよる混沌ニャルラトホテプ?』
「何かは知りませんが絶対に違います。こんな時にふざけないでください」
『男と女の体が左右の半身ずつくっついてて......興味はあるけど、どんなビックリ人間さ』
『まあ解説すると、アレはあしゅら男爵、多分今回の黒幕じゃない?』
「男爵だから一応男って見解でオーケー?」
『さあ、性別あしゅら男爵、みたいな感じだし』
束の曖昧な答えに首をかしげていると、先ほど言われた事を思い出した成政。大きく息を吸い込むと、
「つーかあんたら自転車が道路走るなとかうんたかんたら言ってたけどさあ。
日本の法律だと車両で括られて同じジャンルわけされてるから道路を走っても無問題なんですが!むしろ馬を走らせるのに自治体に許可を取らないそちらの方が問題だと思うんですけどー!」
「全くもって今関係ない事ですよねそれ」
どうでもいいことにツッコミを入れだし、一周回って平静に戻った箒がツッコミを入れるいつもの光景。
成政に馬術の嗜みはないとはいえ、一時期某農業ラブコメ漫画にハマっていた時に調べていたのだ......役に立たないことかと思いきや、意外なところで役に立つ事もある。
「ん?よく見ればき、貴様は篠ノ之箒!
どういう事だ、ゲッターは向こうにいるはずだぞ、何故そのパイロットのはずの貴様がここにいる!」
「わっ、私か?!」
『ゲッターの箒ちゃんか、たぶんあっちで戦っているこの世界の方の箒ちゃんの事だろうねえ、まあ並行世界なんて信じるのも無理な話だよね』
「あっちの箒ちゃんも可愛かったよー、まあ見慣れてる方が安心感はあるけど」
「あ、ありがとうございます......」
『それ褒めてんの?それとも貶してる?』
カラクリがわかれば簡単な話なのだが、どうやら敵方にこの情報は届いていない様子。
「もしや我々の目を欺く為に、あっちのは囮か?それに見慣れぬ連中といるがこやつらは一体......ええい、叩きのめしてしまえば済むことよ!
第3小隊は反転、奴らを血祭りに上げよ!」
「うおおぉぉーーっ!」
「ではそっちは任せたぞ、私は作戦を指揮を執る為に本隊を率いねばならないからな」
ぶつぶつ呟いていたかと思えば、まどろっこしくなったか、部下に指示を出し、自分は車内に戻った男爵。
だが成政たちにそんな事を気にする暇はなく、最後尾から反転してきた馬のようなものにまたがった敵をさばかねばならない。
「あっちは剣に銃、こっちはなーんにもなし」
「姉さん赤椿は、まだ時間がかかるのか!」
『進めてるけど5分はかかっちゃう、どうにかするけど期待はしないでね!』
「流石に飛び越えるのは......難しいですか」
「かといってUターンもダメだしね。たかが自転車、スピードを落とせば......って危なっ!」
流れ弾がアスファルトに跳ね返り顔を掠める。
なんとか距離を保ち、弾幕を躱すライダーだが、そろそろ自転車の耐久力も限界。
「このままでは、不味いですか......」
自分はこの程度で傷がつくことはないが、箒と成政は人間、この速度で地面に叩きつけられればどうなるかは自明の理。
「仕方ない......では」
市街地では発生する余波で使えない、ライダーの奥の手。使用は躊躇われるが、この状況を打破するにはこれしかない。と己の武装である杭剣を顕現させ、構えたところで、
「おや、この音は......?」
背後から急速に接近するエンジン音に気がつくとほぼ同時、その乗り手の気配を察知し手を降ろす。
長い黒髪で赤いレーサー服を着た女性が乗った一台のバイク高速で接近、成政たちの自転車に横付けする形で速度を落とし並走する。
「こんな時に? 一般人だとすれば危険じゃ」
「そこのライダーさん!危ないから下がった方が!」
「いえ、心配はいらないでしょう」
「えっ?」
「しかし!」
「......彼女、恐らくかなりのやり手です」
「うおおぉー! 邪魔が来ても構わん、やってしまえぇー!」
「おおぉーーっ!」
邪魔者など関係ないと6人の鉄仮面が距離を詰めて、掲げる剣を煌めかせて襲い掛かって来る、そんな時だった。
「ごふぁっ!」
「うげげっ!」
「ぐへっ!?」
「あーらごめん遊ばせ」
その黒髪のバイクレーサーが急加速、バイクごと突撃し、あろう事か鉄仮面を被ったような敵を顔面から前輪で蹴っとばした。
しかもそれでドミノ倒しの要領で後に続く2人の鉄仮面にも被害を被らせた。
「成る程、ああすればよかったのですか」
「その手があったか。全然思いつかなかったなー、盲点だったわ」
「感心するところですかココ?」
「これだから人様の戦いを見るのはやめられないのよ、面白いなぁ」
「は、はぁ......」
1人だけこの場の空気について行けない箒はさておき、突然の乱入者に驚き声を上げる鉄仮面達。
「おのれ......何者だ貴様は!もう容赦せんぞお!」
「あら、容赦はしないって言うのなら最初からじゃなくって?
まあいいわ、こういう時は名乗るのが礼儀、名乗らせてもらおうかしら。
平行世界から来たっていう恋する少年と少女を送り届ける為にも、ここはかっこ付けたいしね」
鉄仮面の問いに対し、バイクに乗った謎の女性はヘルメットを外し、金色の髪を風になびかせながら振り返る。
「......甲児君から容態聞いたのより、結構マシになってるじゃない、安心したわ、成政君」
「知り合いですか、イシカリ?」
「いや、面識はないんだけど......」
覚えのない女性から名指しされ、困惑する成政。まあ当然よね、と女性は前置きして話を続ける。
「IS学園の臨海学校の時に衰弱した君が発見されてね。君の命を助けるために甲児君達だけじゃなくて私も協力したの。たまたまその場に居合わせたのもあるけどね。
だから正確には無関係で初対面って訳じゃないのよ。けど、あの時意識なかった君からしたら初対面と変わりはないわね」
「そっか、それはありがとうございます」
「ていうか先輩、この人にも助けられてたんですか?それにさっきから甲児さんから聞いたとか言ってますが、あなたはあの兜甲児とかいう人の知り合いで?」
若干頰を緩ませる成政にジト目を向ける箒だが、即座に意識を切り替え、謎の女バイクレーサーに向き直る。
「ええ、そうよ。私は甲児君達とは共に戦う仲間であり戦友。
一応、如月ハニー、って名前はあるけど、今はこちらの名前で名乗らせてもらおうかしら」
もったいぶるように間を開けて、跨っていたバイクから降りるその女性。
瞬間、彼女の纏っていた雰囲気が一変する。
「ある時は探偵の助手。
ある時は華麗なるバイクレーサー。
そしてまたある時は、異世界から来た平和と秩序を守る戦士。しかしてその実態は!」
首元のチョーカー、そのハートの意匠がが施された部分の触れた瞬間、あたりがまばゆい光につつまれる。
「ハニー・フラァッシュ!」
「うわ眩しっ!?」
閃光が晴れる頃にそこに立っていたのは、赤いショートヘアーに赤と黒のコントラストがセクシーな戦闘コスチュームを纏ったハニー。
同じく現れた細剣・シルバーフルーレを右手に握り締め、穂先を相手に突きつける。
「あ、あなたは一体......」
「天に星を、地に花を、人に愛を! 愛の戦士、キューティーハニー!
あなたの人生、変わるわよ」
成政の質問に答える様に決め台詞を決めた後、ハニーは鉄仮面達を睨みつける。
「恋する少年少女のため、ここを通してもらおうかしら、鉄仮面!」