インフィニット・ストラトス 〜マネージャーですが何か?〜 作:通りすがる傭兵
専用機持ちは専用パッケージの訓練、そして訓練機しか持たない一般生徒は長距離飛行訓練。
「長距離飛行訓練?」
しおりに書かれたその文言を、文系アウトドア派マネージャーの成政は理解できなかった。
成政は勉強中の身の上、そう言った専門的な文言は理解できない、のだが、
「ただ長く飛ぶだけになんの意味があるんだろう。マラソンならペース配分とかするけど、ISだったら神経すり減らすだけで体力減らないのに」
そう首をかしげるばかりだった。
誰も彼も、成政の周りにいる人物のように鋼のメンタルと鋼鉄の神経は持ち合わせていないのである。
「おろろろろろろ」
「だいじょーぶー?」
「だい、じょうぶ、ではないっ、うっぷ」
成政は海が嫌いである。
近くにいるだけで吐き気がするくらい嫌いだ。というかすでに吐いた。
長距離飛行訓練で海岸から約20キロ、何もない海上で陸も見えなくなってしまった以上、色々な意味で限界だったのだ。
『石狩くーん、戻りますかー?』
「お、お言葉に甘えて......」
『わかりまーしたー。布仏さん、付き添ってあげてください』
「わかーりまーしたー」
「これでも専用機持ちだから楽できると思ったのに......おえっ」
「さぼりはよくないのだー」
成政は学園の打鉄1機を一応専用機として受領されているのだが、シャルロットのようにカスタムモデルでもなければ、特別な武装を積んでいるわけでもないし、まだ1次移行も済ませていない。
というか学園の訓練機をひとつ自由に扱えると言った方が正しいのである。
そのため、専用気持ち側ではなく一般生徒側に入れられており、今に至る。
「しんどい」
「成政君大丈夫?水いる?」
「大丈夫ではないから水をください......」
陸に戻り、昨日の焼き直しと言わんばかりに日陰で横になる成政。気を利かせてたクラスメイトが、体を冷やそうと濡れタオルを首に巻こうとしていたが、
「すまない、それは熱中症の対処法で現在の処置としては間違いで僕はストレス性の胃炎でこうなっているわけでこの場合の最適解は胃薬を渡す事だが、心遣いだけは受け取っておこう。ありがとう」
「貶されてるのか褒められてるのかわかんないわね......」
このようなへんちくりんな受け答えをするせいで成政は一夏ばりに人気が出ないのである。
顔がイマイチ(某新聞部2年談)との意見もあるが、世間一般から見れば中の上くらいなのだ。比較対象になる一夏がハイスペックすぎるだけであって、致し方ないことである。
「......とても、つらい」
結局、訓練を中断して旅館に戻って静養することを言い渡されてしまった成政は、1人静かにとぼとぼと帰り道を戻ることとなった。
旅館に戻ると山田先生が連絡でも入れていたのか部屋に布団が敷かれており、眠気の誘うまま成政はそのまま布団にダイブして寝てしまった。
そこからしばらく時は経ち、成政は、
(襖って薄いから会話が丸聞こえなんだよねー)
「依頼主はIS学園上層部。目標は、ハワイ沖で試験稼働中だったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS、銀の福音、シルバリオ・ゴスペルだ。制御下を離れて暴走状態に陥った当機への対処が......」
襖一枚を隔てた向こう、何やら不穏な空気ただよう会話を盗み聞きしていた。
もちろん、悪いことと自覚しているが、そのような怪しい事に首を突っ込みたがるのもまた、男の子だから仕方ないのである。
「現在も福音は超音速で移動中のため、アプローチは一回が限度。そこで決めなければならない」
(ほうほうふむふむ、となると一夏は順当として、運び役が必要になるんじゃないか)
3ヶ月程度とはいえ、成政は一夏たち専用機持ち達と付き合いもある。大まかなスペック自体は把握しているため、作戦を考えるのも容易い。
奇しくも成政と千冬の作戦は同じ方向へ進み、
(んー、となると専用機のパッケージがいるかな。それの情報はないからどうしようもないや。
でも本当なら一夏とラウラ、せめて教員の誰かが専用機を使ってしまえばいいんだけど、難しいかなぁ)
専用機の扱いはデリケートなため、専属の操縦者でなければ性能は大きく下がる。
それを知っている成政ではあるが、
(実戦でぶっつけ本番はキツイでしょうに......素直に自衛隊を待つのがベストでしょ先生)
命懸けの実戦のヒリヒリした雰囲気というものは、それだけで体を強張らせ、視界を狭める。
ISの絶対防御を微塵も信じるつもりのない成政には、一夏にはこの仕事は荷が重すぎると考えてしまうのも無理はない。
「一夏は頭が硬いからなあ。それに白式の燃費はクソだし、一撃離脱で外せば終わりの重圧に耐えられるわけないでしょうに......なんで先生が出ないわけ?」
成政がそう文句を垂れながらブツブツと独り言を漏らしているうちに向こう側では進展があったらしく、
「では、この作戦は織斑、篠ノ之の2人で行う、そのほかは待機だ」
「......ダニィ?!」
思いもよらなかった方向に話が進んでいた。
「......という訳」
「まじか、天災まじか......まあ身内に贔屓するのはわかるがよりにもよってこのタイミングとは、間が悪すぎる」
その後、マヒロを捕まえてこっそり事の顛末を聞いていた成政は頭をかかえた。
「初っ端で戦闘、しかも実戦。それによくわからない機能を積んだ第四世代?!
んなもん失敗しない理由がないでしょうに!せめて慣らし運転をしてだな」
半ば錯乱したように怒鳴り散らす成政を諌めようとするマヒロだったが、
「してたけど」
「何時間?」
「......20分、くらい?」
「シィィィィッッッッッッット!」
火に油を注ぐばかりで、成政の怒りばかりが募っていく。
地団駄を踏もうにも足が動かないので、八つ当たりに車椅子の手すりに怒りを叩きつけ、
「始めての実戦で突っ込むバカは彼奴だけで十分なのに、あんにゃろう。説教してやる!」
「もう出発したけど」
「ファッッッッッッッッック!」
海が近いせいでストレスがたまっているのか、怒りのあまり叫び出す成政。いつもの二割増しで怒鳴り声が長い。
ひとしきり罵声を叫びまくった後、いつも通りの声で成政はマヒロにこう告げる。
「マヒロ、どうせ訳の分からんパッケージあるだろ。速いやつ」
「......まあ、あるには、あるけど」
「箒に説教しに行くから貸して」
「アッハイ」
いつも通りのはずなのに、物理的な重圧を感じる程の声。
マヒロは、首を縦に振らずにはいられなかった。
「一夏、しっかりしろ、一夏ぁ!」
「......っ、ぁ」
箒は満身創痍の一夏を抱え、件の軍用IS『銀の福音』から逃げ回っていた。
何故絶対防御があるはずのISの防御すら貫通する程の攻撃を受け、一夏が大怪我をすることとなったのか。
(浮かれていた......私の、せいだ。私が、未熟なばかりに!)
慣れない専用機、初めての実戦、浮ついた心構え、あり得なかったはずの偶然。
そして、自身を顧みなかった一夏。
その積み重ねが、一夏の重傷という今の結果を生み出してしまったのだ。
だが、決して箒だけのせいでは無い。
箒の専用機受領と示し合わせたような軍用機の暴走、海域にいるはずのなかった密漁船。
その責任を全て押し付けるのは、酷というものだろう。だが、箒にはそれを考えるだけの余裕もない。
「ぐっ、ああああああ!」
360度から襲いかかってくる光弾を避けられず、腕に抱える一夏に衝撃が行かぬよう体を丸めて自身を盾にする。
剣道とは比べものにならないほどの衝撃が箒を遅い、喉の奥から鉄臭い何かがせり上がってくる。
それを無理やり飲み込み、前を見据える。
視界の端に映るすエネルギー値はレッドゾーンに突入している。
いつ落ちてもおかしくは、ない。
福音の側からしても、死に体の紅椿を追撃するのはおかしくはない。最大脅威である白式は排除したものの、自身のデータベースに存在しない高性能IS。ましてや、自身に追いすがる機動力と高い攻撃力を誇る機体を放って置くはずもなく、自身の操縦者を守るために機械の翼を羽ばたかせる。
「このままでは......」
『箒、セシリアとラウラが到着する。もう少し、もう少しでいい、耐えてくれ!』
『箒ちゃん、頑張って!』
「......ははっ、無理を言ってくれる。くっ!」
無線の奥では千冬が声を荒げ、姉である束が回線に無理やり割り込んで悲痛な励ましを送ってくる。
思わず弱音が出てしまうのも、無理はない。
(いっその事、私を道連れに......。いや、一夏を巻き込むわけにもいかない。
それに、まだ、死ぬわけにはゆかんのだ!)
「まだ、私にはやる事があるのだ!おおおおおおああああああああっ!」
自身を奮い立たせるよう、大声を張り上げて気合を入れなおす。
試合以上に神経を研ぎ澄ませ、機体全てに気を配れ、生存のためにできることを全てしろ。
「あああああああああっ!」
刀はエネルギー切れで出すこともできない。
であれば己の体を使え。
相手の行動を読み切れ。
今までの戦闘を思い出せば不可能ではない。
光の弾幕をバレルロールでくぐり抜け、直撃する弾は腕で防ぐ。それでも受け損なった弾は一夏に届かないよう体を張ってでも受ける。
頰をかすめて飛んだレーザーがリボンを焼き切り、髪の毛がばさりと広がる。
砕けた装甲の破片が目元をかすめ、視界の右半分が赤く染まる。
それでも、まだ先は遠い。
視界の端に出していたレーダーがISの反応を捉えたが、箒はそれも見えていない。
ただ、前に、愚直にまっすぐ、紅椿は飛び続ける。
水平線の奥に黒点が見えた。
拡大すると、ブルーティアーズの背にレーゲンが相乗りしている。
セシリアとラウラの悲痛な表情を捉えた。
もう少し、もう少しだ。
そんな一縷の望みにすがるように箒は左手を伸ばした。
『紅椿、活動限界です。申し訳ありません主よ』
「届け、届けぇぇぇぇぇ!」
エネルギーが底をついた。
紅椿の装甲が赤い光を放ち、四肢の先から粒子になって消えていく。
それでもなお、守るように箒の周りに纏わり付き、箒と一夏を包み込む。
もうすぐ、もうすぐで2人に手が届く。
それを嘲笑うかのように前に福音が回り込んできて、その翼が輝く。
容赦などAIに求めるものでもないらしい。
それでも、箒は手を伸ばす。
「諦め、られるかぁぁぁぁあああああああ!」
「邪魔だどけこのポンコツ!僕は箒に話があるんだそこを退けぇ!」
聞き慣れた誰かの声が聞こえた気がした。
そこで、箒の意識はブッツリと途切れることとなった。
あの、活動報告で質問、募集中です(涙目