幼女が合衆国を蹂躙するのは……別のシリーズでいつか書きたいですね
では時間を早めて、原作のブレスト強襲未遂からです。
IF── もしもブレストの共和国艦隊を壊滅ないし手に入れることが可能だったなら?
統一歴 1925年 6月18日 旧共和国ラ・ページ基地 現帝国軍臨時駐屯地
灯火管制は前日に解除され、ぽつぽつと街に光が戻っていた。それは共和国の勝利によってではなく、民心の安定を第一とした帝国軍によって管制の解除が布告されたためだったが、この一件だけでも事実上の共和国の支配者が誰なのかを示していた。
共和国南部の要衝であるラ・ページ基地はその周辺に飛行場と陸軍の基地が隣接している。故に周囲は軍関係者や関連企業が多い。ブレストやミュールのような軍都とまでは行かないが「基地の町」であることは間違いない。それゆえ不穏な空気がないといえば嘘になるが、今は一定の静謐を保っていた。共和国中部様式── 独特の白い街並みに光がともったそれは、享楽的な都会のパリースィとはまた違った暖かさを持っている。
帝国の回転ドア作戦の成功と、首都パリ―スィ陥落。それを喜ぶ人間はこの基地の中だけだが。
「これで帝国の勝利は決まったようなものだにぃ」
基地内の司令官個室にて基地司令ギュンダー・フォン・クナイセン少将はほろ酔い気分のままそう呟いた。
ハイマート南部、ババリア出身の彼は酔うと地の言葉が出てしまう。見かけもプロシャの騎士というより小農園の主といった風貌だったし、階級も似たようなものだった。南部の小貴族出身だったかれは、プロシャ人の多い陸軍のなかでこの地位まで上り詰めた。当人からすると別に苦労はしていない。適当に仕事をして、まあまあ人に誇れることはできたと思っている。
周囲では大勝による特進が噂されるが、将官にそれは適応されることは少ないから、終戦すればこのまま退役── まあ勲章と割り増しの年金くらいはつくだろう、運が良ければ土地も少し貰えるかも という人物だった。
まあ良い。彼は本心からそう思っていた。ゼートゥーアや参謀本部の後輩たちほどの栄光はないが、祖国の栄光の瞬間に立ち会えるってこともそうあるもんじゃない、それに。
「叔父さん、あまり飲み過ぎるとよくないですよ」
アルフレート・クナイセン少佐── 彼の甥っ子にあたる人物だった。早くに妻を亡くし、再婚をしなかった少将にとって、出来の良い甥っ子は息子のようなものだった。
彼は参謀本部所属でいまは西方方面司令部にいる。そしてまたこの基地にきたというわけだった。高等な子供の遣い。というわけだ。
「ええがな。見ろ。共和国のワインだ。女神のラベル。ん、勝利の女神様だ。あのガンたれ(阿保)ども全部さらってったが、引っ越し祝いは残していったわ」
参謀たちと軽く飲んだ後、司令室にて前任者の(勿論、共和国軍だ)残したワインを見つけて個室で飲んでいたクナイセン少将は、司令部付として西方司令部からやってきた甥っ子に飲ませた。おい、今は叔父さんと呼べ。お前も飲め。仕事?明日にしろ。
「一応西方方面司令部からの派遣なのですがね」
「おう、出世しとるな。けっこうだ。オンシはな、少将より偉くなるぞ」
はあ……とクナイセン少佐はため息をつく。彼は(一応)参謀本部の本流に(ギリギリ)位置する将校であり、その点この叔父とは違った。いや、無能な人間が将官になれるほど帝国の人材層は薄くないのだが、それにしても、と思うのである。
「しかし、お前も少佐か。だいぶ早い方だが…… 何と言ったか。あの女の子」
「デグレチャフ少佐でしょう。わが軍最高の魔導師と比べられても。忘れないで下さい。彼女は英雄ですよ」
「そうだ、この近くに駐屯しとる、203大隊だったな」
出来上がったといってもあの魔導師殿を忘れることはないだろうに。とクナイセン少佐は思った。いや、そういう俺も一度話をしたとき、子供だということをすっかり忘れていたな。
「たしかに魔導師は若くて、なんだ、女でもやっとるが…… ありゃ若すぎる」
「大多数はそう考えてますよ。ただ、ときどき少佐殿── あの方の方が先任なんですよ! が子供であることを忘れます」
「うん、なんか妙なラケータ(ロケット)並べてなんぞ胡乱なことをしてるしな…… なんかオンシ、聞いとりゃせんか?」
さあ…… とはぐらかす。回転ドア作戦とロケットによる強襲の詳細はこの時点では軍事機密だった。参謀本部にいるクナイセン少佐も詳細を知っているわけではない。
少佐はこの大戦の間、一つの場所に腰を落ち着かせて仕事をしていたわけではない。あちこちにメッセンジャーやら応援やらと使われていた。それに見合った階級は与えられているが、中央でずっと仕事をしている連中の方がいいのは確かだ。
だからこそ、なのか。行く先々で名前を聞く「ラインの悪魔」── 帝国にとっての英雄がどんな人物なのか気になる。直接話したことはほとんどないが、ちらほらと漏れ聞こえてくる噂を総合すると、何というか、非常に興味深い人物であるのは確かだ。
興味深い、というのはアレーヌ市の一件があるからだった。小市民的良識を多分に持ち合わせていたキニスン少佐にとって、街ごと焼き払う戦争はどこか絵画に描かれた中世の凄惨な戦争を思い起こさせるのだ。何もかも破壊しつくすそれは戦争と呼べるのだろうか? いかんな、酒が回るのが早い。
「……おい聞いているか。オンシ、うん ……ところで何しにここへ来たんだ?」
ぼんやりとしていたら、少佐はまた理由を聞かれた。説明を求められるのは2回目である。基地に来て挨拶したときに説明したはずだから、三回目か。
「一時的な駐留にむけた調整の為ですが、今は共和国軍の動きを監視するためです」
ため息をつきながら少佐はカバンを示す。中には司令官へのファイルと参謀回覧用のファイルが入っていた。
完全に出来上がりかけている少将閣下は指でファイルをよこせと示した。
本来、そのファイルは正式な手続きのもとで受け渡しをすべきものだった。ましてや、完全に出来上がった叔父と甥の関係で見るようなものではない。
だがこのときのクナイセン少佐の方も出来上がりかけていたため、そのままファイルを渡してしまった。
参謀回覧用のファイルを。
ペラペラと中身を見ながら、少将は駐留云々の話が何処にもないことに気が付いた。が、完全に出来上がっているので取り敢えず目に付いた文字列について甥に質問する。
「このブレスト軍港には何があるんだ? 」
「ああ、そこに共和国海軍と陸軍が終結しているので、参謀本部では防衛線再編用と見ています」
そんな文章があったかなと── 誤ったファイルを渡しているのだから当然なのだが── 答える。私の見立てですか……さて、集結するには半端ですし、もう一つは後方への逆上陸。ただこれにしても、効果があるとは思えないので……
クナイセン少将は先ほどからその文字列を凝視していた。本当は、自分が何を見ているのか、何を聞いたのかわからなくなったためだ。
「なぜブレストなんだ? ニースでもツゥ―ロンでも不都合はないぞ」
「そりゃ…… 共和国艦隊の本来の泊地ですし、ほかの港ではこれほど多数の船を入港させることは出来ませんから」
ん…… とクナイセン少将は答えた。
では、そんなにたくさんの船を集めて、……やつらどこに行く気なんだに……