「はあ……それはどういう事でしょう?」
「……えーとですね」
思わずいってしまった後、説明するか迷った。当然彼女は福田が行っている「ゲーム」については今までの会話から察していたが、あまりにも唐突だった。それに、国際問題研究所のビルについてしまっている。
どうしようかとあたふたしていると「あ、来た!福田さぁん!昼飯が遅いって」と上から声がする。
高垣はほんの少し考えるそぶりを見せると
「ね、福田さん。私もお昼をご一緒していいですか?」
と言った。福田はそのまま、どうぞと答えた
※※※※ ※※※※ ※※※※
「場所を開けろ! 中尉殿が喫食なさるぞ!」
「お茶をお出ししろ! あと御菓子もお出ししろ!」
福田が『どえらい美人の中尉殿』を連れてきたおかげで国際問題研究所は上を下への大騒ぎというか、いい歳した大人たちが何をしているのかという浮足立っぷりをさらしていた。一応機密も扱う国際問題研究所は、建物の中に入るのにもそれなりの手続きが必要な機関なのだが、高垣中尉の登場があまりに突然だったため、諸々の手続きはすっ飛ばされた。
そして「美味しいですねぇ」と高垣中尉が追加注文された中華丼やら食後のデザートを食べている間『なんでこの人はここで飯食ってんだ?』という疑問とともに時間は過ぎていった。
なおその間、趣味人の悪い癖として自分の研究成果や考察を喋る人間もいたが、これは大田蔵によって黙らされた。
閑話休題
「それで、福田さん。説明してくれますよね?」
食事のあとここまで来たのだからと高垣中尉に対して全般情報の簡単な説明が行われた。福田の疑問に答えるためには、前提となる情報が必要だったからだ。
福田が気になった点は2点「蓄電池」と「潜水艦」だ。
帝国軍は間違いなく蓄電池の大量増産を行っている。特に、ありとあらゆるものに必要とされる蓄電池は帝国では規格化されている。それが大量増産されていることは機械化攻撃論者に大規模攻勢が近いことの根拠を与えていた。
福田は蓄電池を使用するものの中に潜水艦があることを思い出したのだ。勿論、陸上への攻撃に潜水艦は使えない。ならばどうするか。
サブマリン定食と高垣中尉の組み合わせから思いついた。というとおかしな話だが、潜水艦から魔導師をおくりこめばいいのだ。攻撃する場所は戦線後方、重要なポイントである司令部となる。つまり、空母から飛行機を飛ばすように潜水艦から魔導師を送り込み、背後から攻撃。回収についてはそのまま海に抜けて友軍潜水艦に回収してもらうか、陸伝いに友軍戦線に収用してもらえばよい。
「……共和国軍は低地帯を超えて前進、司令部の位置は常識からここと…… ここです」
「たしかに、帝国軍の潜水艦は今休養ローテーションに入っているが、見たことのないパターンだ」
(=共和国船舶の撃沈数と攻撃から予測されるそれと異なるということ)
福田は海軍に明るい研究員に質問する。そのあいだ、というか高垣は黙って欧州大陸の巨大な地図を見ていた。
「蓄電池の交換はどれくらいかかりますか?」
「通常で2週間。まあ端折ればどこまでも短くできるが……だいたい…… 」
研究員が数字を書いていく。高垣は壁のボードに書き込まれるそれを見ながらいくつか意味のない呟きをもらしていた。
「潜水艦にとって蓄電池はその、どのくらい重要なんです?」
「とても重要だ。海中で動くには電気モーターしかないし、蓄電池が新型かつ新品なら公表されたカタログスペック以上の動きが出来る。勿論、そう何回もできることではないが」
しばらく研究員通しのやり取りを聞いていた彼女は、いけますね。と呟いた。
「潜水艦一隻には約一個中隊が乗り込めます。消費する酸素は術式の補助があるので、空きがあればもっと乗れるかもしれません」
「司令部を破壊するのに必要な規模は?」
「この地図にある司令部の場所が正しいとして2個、いえ3個大隊あれば」
「潜水艦に目いっぱい詰め込んで……最低6隻からか」
いわく、帝国軍の魔導師がどのような海上航法をとるかによって変わるが、低地地方からの侵攻は距離的に不可能ではない。船舶による接近は困難だが、隠密行動が出来る潜水艦なら可能性がある。
先ほどでていた機械化突破や空挺攻撃と組み合わせるなら、全力攻撃に近い3個大隊を背後に送り込むことが出来れば、戦線突破は不可能ではない。福田のアイデアである「潜水艦を使った背後からの強襲」というアイデアは机上レベルなら再現できそうだった。話を詰める必要はあるが、シミュレーションをやってみる価値はありだ。
福田は手ごたえを感じていたが、演習をやり直すには時間がない。今日のところは一旦片付けて再現に必要なデータを、しかるべきところから取ってこなければならない。その時間を込みで、明後日にでも結果はでるだろうか? そのようなことをぼんやりと考えていた。盛り上がったが、それはそれだ。
そのとき、紙ファイルを持った女子事務員が駆け込んできた。誰かが頼んでいた書類だろうか…… と思う間もなく、事務員まっすぐ大田蔵へ歩み寄り、紙ファイルを手渡した。機密を表す紫の帯が入っている。大田蔵から受領のサインを受け取ると、足早に部屋から事務員は出ていった。
全員──── 高垣を含めた人員が注目する中、大田蔵はファイルの中身を読み始めた。
全員が注目する中、何分たったのか。突然、大田蔵はファイルをテーブルに放り出し、妙に抑揚のない声で言った。畜生め、やりやがったな帝国軍。
「確定的な情報だ。帝国軍が前線を突破。というか、共和国軍は完全に包囲された」
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最新情報があれこれまとめられて、この国際問題研究所へ伝えられるタイムラグを考えれば、最速に近い。
「突破を?一体どうやって……」
誰かからか声が上がる。大田蔵はさも当然のように答えた。
「まだ続報まちだ。確かめるのも我々の仕事だが、ま、とにかく情報が入り次第だな」
続けて、高垣中尉殿、と彼にしてみれば珍しく優しい声音でいった。いや、今日はありがとうございます。貴女もしかるべき場所でこの報告を受けるべきかと思いますが。
鼻白んだ高垣を横目に、大田蔵はゆっくりと中央にある地図──── 欧州大陸がかかれたそれ──── に向かうと、指で「共和国」の司令部駒を弾き飛ばした。
「ついでに、未確認だが、共和国な、対帝国前線司令部が壊滅したか、連絡が取れないらしい」
誰かがファイルを取り上げ、概要を読み上げ始めた。場がどよめく。当然だった。報告が正しければ、共和国が前線に配置していた兵力の過半が包囲されているか、敗走していることが書かれていたからだ。
そして大田蔵は部屋の隅にいた福田を一瞥すると、朗らかにこう言った
「ともかく、これは終わりの始まりかもしれないぜ」
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大田蔵は合っていたし、間違ってもいた。
そのあと共和国軍は壊滅し首都は陥落。
反応について、一部の政治関係者以外は鈍い。
大多数の国民にとって欧州の戦争は遠くの話だった。 ────このとき世間はもっと奇怪な、とある美少女が恋人の男性器を切り落とした事件で盛り上がっていた。────あまりにも早い共和国の敗北を受けて同情するものや、帝国軍の勇ましさについて論じるものが多かった。
永井珈琲というパリィスィーかぶれの文人の日記にはこうある。
「……本日、巴里陥落す、驚き筆舌に尽くし難し。不埒の輩は帝国万歳などというが、目出度きことはなし。ゲルマンのプロシャ人はサンゼリゼの美しきを知らぬ故……(中略)しかし文明の破壊者たる戦争が終わるのは喜ばしいことなり」
巴里を攻撃した帝国軍とそれを喜ぶ一部大衆への恨み節書いているが、最後には戦争の終結について素直に喜んでいる。このとき大多数の皇国臣民は素直に欧州での大戦終結を喜んでいた。
無論目端の利くものや、大戦景気を謳歌するものはこの景気の終了を残念がっていたが、それを堂々と口に出すのははばかられた。大陸での敗戦以来、そして民本主義が広まる中で戦争というものへの嫌悪は中産階級に着実にひろがっていたし、他人の流血で儲けていることが事実だとしても、それを積極的に肯定する空気は無い。それは当時の秋津洲人の気風に合わなかった。
しかし、世界の戦争は終わらず、秋津洲皇国のそれは始まってすらいなかった。
数年ぶりの再始動となります。なんとか書き溜め分は投下していきます