幼女戦記~秋津洲皇国助太刀ス!(本編完結)   作:宗田りょう

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連合王国本土決戦──初戦

8月下旬から開始された連日の航空攻撃は連合王国を襲った厄災としては史上空前のものであり、

立ち向かった人々にとっては苦難と栄光の記憶であった。

 

帝国航空艦隊は最大の戦力単位である航空艦隊集団(ルフトヴァッフェ・グリッペン)2個を低地地帯と旧共和国沿岸基地へ移動させた。

双発爆撃機800機、急降下爆撃機200機、単発戦闘機1000機、双発戦闘機200機。帝国からすれば空前の航空戦力であった。

そしてその有効性から大量購入と全力生産に移った大本命の4発爆撃機が450機。重爆撃機全てが「ゴーダ」ではなかったけれども、これほどの爆撃機が集中されたことはない。そのほか旧協商連合地域に展開した第5航空艦隊集団の一部が爆撃機その他合わせて150機。

 

義勇兵団の助言により、戦闘機用の増槽も用意され航続距離が大きく伸びていた。

主力戦闘機メッサーに増槽を追加するためには配管の再配置を伴う改修が必要とされていたが、合衆国の技術者は簡単な改造でそれが可能だと言った。その通りにすると上手くいったから、どうも合衆国人はDIY精神というのか、ありものでなんとかすることについては才能があるらしい。

 

沿岸部の攻撃に増槽が必要なのかという議論もあったが、合衆国人に言わせれば欧州の足の短すぎる戦闘機は爆撃機の護衛には役に立たないから、必須の装備であった。

また、共和国北部の各飛行場は4発重爆と護衛戦闘機の為に整備がなされ、その作戦能力を高めている(帝国にとって奇妙なことに、連合王国は宣戦布告後、旧共和国には偵察以上のことは行っていない)。

 

搭乗員も全てノルデンから共和国戦までを勝ち抜いた歴戦のパイロットであり、共和国陥落後に時間をとったおかげで休養と再訓練にも問題はなかった。

唯一4発重爆のクルーについてはやや練度の不安があったが、合衆国義勇兵団の実地指導によってその能力は底上げされていた。

 

合衆国義勇兵団については後に言われるほど戦力が大きかったわけではない。だが、個人として優秀なパイロットが多かったし、なにより「義勇兵団向けの訓練用」として持ち込まれた高品質のガソリンその他が第三国経由で帝国に入っていたことは大きな戦力倍増要素であった(奇妙なほど帝国に融和的になった合衆国は、一人あたりの訓練用ガソリンと予備部品を本土と同じように配分するという理屈で大量のガソリンを帝国に送っていた)。

 

本来なら7月中に開始されているべき作戦がずれ込んだのは不安であったが、ゴーダその他新型機材の戦力化に時間がかけられたことは、プラスに働いたと帝国航空艦隊では考えられている。

 

2週間かけて南部のレーダーと飛行場を完全破壊し、続く爆撃で工場や運河や橋を破壊し、同時に上陸作戦に使用しない港湾部には機雷をばらまいておく。

何も全土を破壊する必要はない。9月下旬に行われる上陸作戦時に稼働する敵機が0になっていれば良いという判断であった(上記の理由から事前計画にあった都市爆撃は厳禁とされた)。

 

ただ、戦略上これが上陸作戦へ向けた事前作戦なのか、航空戦の勝利による士気喪失を狙ったものなのかが最後まで曖昧であった。連合王国南部の軍事拠点・交通の破壊と航空撃滅という大目標は同じだったが、どちらを優先すべきか──両者は似ているが違う目標だった。

この作戦目的の不徹底は後々に響くことになる。

 

上陸作戦について言えば、極端な思考の航空艦隊と一部海軍軍人の間では、制空権がなければ敵艦隊は役に立たず、仮に上陸船団に向けて突進することがあっても、狭い海峡の中で味方潜水艦・航空機、そして高海艦隊によってせん滅できるとまで考えていた。

だが、そこまで都合よく物事が進むのか、陸軍の大半は懐疑的であった。

 

迎え打つ連合王国の戦備はそれほど充実していなかった。

旧協商連合や共和国向けに生産された戦闘機や植民地からかき集めた戦闘機で約800機。帝国支配地域から亡命その他で持ち出されたものが100機、そして皇国陸海軍航空隊80機。

ただし、皇国の80機と残存兵力の100機については大半が装備の不手際や言語の問題から序盤は投入出来なかった。後に述べる防空システムで運用できなかったためだ。

 

このほか連合王国では機体の不足を補うべく戦闘機の全力生産が開始され、事故や故障した機体の民間工場での修復を許可する、予備部品の生産を中小工場に委託する、等の努力が始まっていた

 

パイロットに対しても軍事顧問団参加者や亡命パイロットによる指導、情報部が分析した帝国航空艦隊の戦術情報から訓練がなされていたが、時間の不足と訓練用ガソリンの不足は如何ともしがたかった。南部連合のテキサス油田やペルシア、大コロンビアからの石油はあるが、航空戦に必要な分を考えるとガソリンの無駄遣いは出来なかったからだ。

 

また、潜水艦による通商破壊作戦による損失も考えなければならなかった。後先を考えない防空戦になる可能性はあったが、最悪の場合を考えると備蓄を使い切ることは出来ない。また、防空戦に必要なソーティー(述べ出撃数のこと。50機が10回出撃すると500ソーティー、同様に100機が5回出撃しても500ソーティー)を考えた場合、機材のやりくりの問題もあった。

 

だが、連合王国にとってこれは本土防空戦であり、損傷すれば味方基地に着陸し、極端に言えば落下傘で落ちても問題はないという利点があると考えられていた。

 

皇国海軍航空隊の例で言えば、この当時で一人前のパイロットを育てるには3年の歳月と戦闘機6機分の費用が掛かる。最も高価な部品がパイロットなのは飛行機の発明から変わらない。その損耗を抑えられるのはプラスの要素だった。

 

余談だが、皇国航空隊が連合王国に到着した際、事故機体から脱出したパイロットを地元住民が拘束するという事件が起きた。なんとか警察に拘束(保護ではない)されたため大事にならなかったが、この事件以降、王国政府は不幸な事故を無くすためパラシュート降下したパイロットの取り扱いを周知し、治安機関への引き渡しまでのプロセスを徹底させた。

 

 

なお、この事件以降皇国のパイロットは自衛策として派手な鉢巻きや腕章をつけて任務に臨み、続いて各国のパイロットも規則違反ギリギリの格好をするようになる。

 

そして連合王国の優位性は、戦争中に連合王国本土ではレーダーと地上見張り員を張り巡らせた本土防空網『ダウディング・システム』が完成していたことだった。

帝国のライン戦線の航空管制も立派なものだったが、多重化とネットワーク化がなされた本土防空網の堅牢さは世界一であると判断されていた。

 

連合王国上層部では彼我の消耗予想から帝国航空戦力がピークを迎えるのは攻撃開始から3週間後であり、これを乗り切れば守りきれると考えていた。全力で連合王国救援に向かっている皇国海軍の機動艦隊や現在編成中の航空隊を合わせるなら十分に本土防空は可能であるはずだった。

 

帝国は戦闘機・重爆撃機の質と量の優位によって連合王国の空の防壁を突き崩せると信じた。常に時と場所を選べる攻撃側のイニシアチブは圧倒的だからだ。

連合王国はレーダーと戦闘機による防空システムに自信をもっていた。来ると分かっている敵の鼻先を叩き続ければよいなら、行動の自由は連合王国側にあると考えた。

 

どちらにも過大評価と過少評価、そして錯誤があった。だが、最後に空を制するのが自国であれば良い。それが両国の下した判断だった。

 

かくして、騎士やサムライたちにとっての遅れた夏が始まった。

 

※※※※※※※ ※※※※※※※ ※※※※※※※

 

「右前方に敵機」

 

倉原中尉のレシーバーに航空隊指揮官の声が響いた。その方向を見ると銀色の反射が多数、大きさが異なるから爆撃機と戦闘機の大編隊だった。

数は向こうが多い、こちらは40機。向こうは…… おそらく20機程度の塊が3つ、それに爆撃機がついている。

本来なら味方はもう少し多かったが、空中集合が上手くいかず、あとの20機は遅れて到着する見込みである。

 

皇国海軍航空隊のドクトリンに従えば、なるべく多くの戦闘機を集結させてぶつけるのが定石だったが、防空戦では上手くいかないらしかった。

 

(機体性能は敵がやや上、だが爆撃機を守らなければいけない分向こうは不利だ。やれるな)

 

全機がエンジン・スロットルを開いて突撃に移る。

 

皇国海軍航空隊の主力、零式艦上戦闘機── 皇国はこの時期に皇紀の表記をなくしたから、改名後は25式戦闘機となる、だが皆この機体をゼロ戦と呼んでいたし、以降の機体は烈風、震電、陣風、など漢字2文字の名前で呼ばれるようになる。

 

帝国航空艦隊の主力戦闘機、メッサーが突っ込んでくる。どうやら牧羊犬よりもなお積極的に任務を果たすらしい。

機首から火箭が飛び出すが、全機転回によって敵弾を躱している。もちろん、倉原もひらりと避けた。

 

オリジナルのゼロ戦からエンジンの出力を向上させ、新型無線と防弾装備を追加したこの機体は、やや旋回性能が落ちて航続距離が短くなった。

だがそれ以外の能力向上は著しい。とくに無線による連携によって編隊での攻撃力は上がっている。

低下した旋回性能にしても欧州の機体に比べればまだまだ良かった。

 

倉原たちの目標は護衛戦闘機だった。この時期はまだ爆撃機の迎撃について効果的な戦術はわかっていない。

だが、敵戦闘機との戦いこそファイターパイロットの本懐と考えている彼らにとっては喜ばしい任務だった。

 

攻撃を仕掛けたメッサーは即座に離脱した。倉原も深追いはしない。逃げに回った戦闘機は捕まえるのに苦労するからだ。皇国は格闘戦に絶大な自信をもっていたが、常にそればかりを狙っているわけではない。獲物はまだまだいる。

 

次々とやってくる敵戦闘機を躱しながら、隙をみて20ミリ機銃を発射する。すれ違いざまに撃たれた敵機はそのまま砕け散った。

 

(これならメッサー相手でも十分に戦える)

 

撃墜の喜びはなく、倉原は淡々と思った。状況は乱戦になりつつある。こうなってしまえば互いに戦闘機を落とすのは難しくなる──彼我の相対速度によって最適な射撃位置を確保できないため からその間に爆撃機は仕事を終えてしまう。

だが、爆撃機に近づけない。クジラのような爆撃機は射撃を開始していた。

 

「B公め、ここで戦うなんて」

 

思わず呟いた倉原へ「倉原、右旋回!」と無線が入る。慌てて機体を倒すと、火箭が掠めていった。

敵機は旋回に入ったが、格闘戦ならばゼロ戦の敵ではない。

 

冷や汗がでた。が、そうしながらまた一機撃墜する。先ほどのお礼のつもりだった。

 

 

※※※※※※※ ※※※※※※※

 

ギースラー中佐にとって、ターニャ・デグレチャフ少佐というものはときたま軍務に現れる冗談のようなものだった。だが……参謀本部の中に女性がいること自体に驚きはない。だが、これはなんだ。

 

目の前で『連合王国本土上陸作戦・試案C』と書かれたファイルを読んでいる幼女を見ての感想だった。

参謀本部の一室に放り込まれたギースラー中佐はレルゲン中佐と共にきたこの少佐を見ながら

(これは若いというより、幼いと言った方が適切だろう)

 

と思った。レルゲンから「女性への作法に気を付けてくれ、奥方を悲しませるなよ」と言われたときは、あいつが女性を評価するのは珍しいな程度に思っていた。

だが、目の前の軍人は(椅子が高いから)届かない足をキチンとそろえながら、ファイルの内容について何点か質問をしている。

レルゲン中佐は中座したから、今は二人きりであった。

 

「この計画の大前提が達成されたとして、上陸用舟艇は足りるのですか」

「ヤンキーが中古のエンジンを売ってくれたから、協商連合のトロール船からセーヌ川の川船までエンジンを追加してなんとか使えるようにする。コンクリート船も突貫工事で作っている」

「……コンクリート船?」

「ああ、知らないか。これもヤンキーの思い付きだ。木型を作ってコンクリートで船を作る…… そいつにエンジンを付けて船にする。簡単に言えば移動する艀だな」

 

ヤンキーは対南部連合戦に備えて、馬鹿でかいコンクリート船を作って海上封鎖用のプラットフォームにするらしい。空母や潜水艦母艦とか。壊れても塗り直せばいいからな。と続ける。

 

……明らかにげんなりしたデグレチャフ少佐。いや、言っているギースラー中佐も信じていないからどこか投げやりな言い方になっていた。

 

「素直に合衆国から上陸用舟艇を購入すればいいのでは?」

「……売ってくれなかったらしい」

 

なるほどと言って、続きを読み始めた。上官の前では肩をすくめるわけにはいかないだろうが…… その気持ちはギースラー中佐にもよく分かった。

 

ノルデンの英雄にして参謀本部の秘蔵っ子についての噂は知っていた。ギースラー中佐は目の前の錆銀殿が「東部の魔導師を鍛え直せ」と仰せになったため、再訓練計画を立てる羽目になったからだ。

(彼自身は魔導師ではないが、東部軍全体の訓練計画に関する細々とした調整を行うには中佐クラスでなければならない。それもなるべく暇な中佐が)

 

本来ならばこのような大作戦の立案にゼートゥーア・ルーデルドルフの両人が積極的に関わっていないことはおかしな話だったが、両名とも上陸作戦に反対していた。

繰り返しになるが、敵の土俵で戦う必要はないというのが2人の考えだった。

 

参謀本部の本流ではないギースラー中佐がレルゲン中佐と共に作戦計画に関わっていたのは上のような現実からだった。

 

「そう悲観することもない。制空権を確保して港湾部を3か所、魔導師で抑える。手持ちの部隊の全力だ。あとは敵艦隊の海峡突入を2日……いや、1日半抑えられれば橋頭保を拡大できる。上陸軍15万があれば、ロンディニュウムまで攻めるのも夢ではない」

「港湾部を魔導師だけで?失礼ながら、中佐、それは兵科の能力を明らかに超えています!」

「魔導師の消費物資は少ない。ゴーダ爆撃機に補給物資を詰め込んで落とす」

 

ギースラー中佐も全く信じていない口ぶりでいった。規模によるが1日50トンあれば十分だろう。

 

そのあとは冷静沈着かつ鋭いターニャのターンだった。彼女の立場からすれば、どう考えても「帝国魔導師全てをこの一戦で使いつぶす」作戦に対しては反対しなければならない。

 

前世の記憶と異なり合衆国が参戦する可能性はない、義勇兵団の存在を考えれば同盟国のくせに一兵も派遣しないイルドアよりもよほど同盟に近いだろう。

そして魔導師という万能兵科。ターニャは前世の戦闘ヘリかそれ以上だと考えていた。

なにより帝国高海艦隊はちょび髭の海軍よりも数は多いから「アシカ作戦」は不可能ではないのだ。

 

だが、使いつぶされるのが自分ではたまったものではない。戦意を疑われぬように、明らかな準備不足と上陸作戦の困難さを指摘する。

この世界では「ガリポリの戦い」は起きていない。上陸用舟艇があるから上陸作戦が絶無ではないが、その困難さが理解されているとは言い難い。その史実を基に指摘していく。

 

「──すると、航空艦隊による制空権確保ができても港湾部の確保は不可能だと」

「……ええ、特殊作戦として、一次的な強襲は出来てもそれ以上は困難かと」

 

最後の方ではまくし立てたわけではないが、日頃のターニャからすると考えられない憔悴ぶりだった。上官に対するマナーギリギリだったが、自分を危険地帯に突っ込ませるようなギースラー中佐に対しては言わずにはいられなかったのだ。

 




「……ええ、特殊作戦として、一次的な強襲は出来てもそれ以上は困難かと」

また余計なことを言ったターニャさん

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