幼女戦記~秋津洲皇国助太刀ス!(本編完結)   作:宗田りょう

21 / 29
メアリーが出るといったな
すまんかった。


連合王国本土決戦──遭遇

1925年 8月17日

連合王国南部上空

 

眼下には美しい森や小川、色とりどりの屋根が見える。低い位置を飛んでいるから彼は余計にそう感じた。連合王国の夏は美しい。緑豊かで国のような青臭い感じがしない。流石は世界の一等国だ。

いや、見ただけだから匂いはわからんな。案外アオダイショウとかいるのかも。

 

皇国海軍航空隊所属、倉原是清中尉は機体の中で思った。面長の顔に開いているのか分からない目、柔らかい口元。この顔でバンカラ羽織でもひっかければ、京都のどこかの散歩道をあるく大学生に見える。だが、それは数年前の彼であり、今は皇国海軍航空隊に所属するれっきとしたファイターパイロットだった。

変なことを考えていても、常に頭を動かして眼は空と計器を見ている。とくに初めての場所を飛ぶから地形は気を付けて見なければならない。

 

「こちらキャメロット。サクラ2番へ。変針点です。針路を北にとって上昇してください。」

 

管制官の声が聞こえる。女性だった。皇国ではまだ女性の管制官はいないから、いまだに慣れない。サクラ2番了解と答えると倉原はフットペダルを操作して緩やかに機首の方位を変えた。

 サクラは彼の編隊の名前(彼は2番機)で、キャメロットは彼の編隊に指示を出す管制だ。機密保持の為に管制・防空指揮所の正確な場所は彼も知らない。皇国と異なり飛行場とは別に地下式の管制センターがあるのは、やはり戦をしている国は違うのだと思っている。

 

(その後彼も知るのだが、祖国でも皇都の戸塚町地下に大規模な防空指揮所が作られていた)

 

「なんか落ちつかないな。『きゃめろっと』だの洒落た名前つけやがるのは」

「防諜でしょう。しかし、横須賀の飲み屋みたいですねキャメロット」

 

無線を編隊の周波数に変えると相方のサクラ1番─ 衛宮村正中尉が言ってきた。一番機の機体は倉原の機体の左前方斜め上になる。

 

飛行の上手いサクラ1番の僚機が2番の倉原中尉であった。向こうが先任かつ飛行時間が長いから、当然軍隊では衛宮の方が上になるのだが、二人のときはざっくばらんに話すようにしていた(ちなみに年齢は倉原中尉が上)。

機体に異常はないか。と互いに確認すると(規則である)、しばらくは雑談になる。無線機は連合王国製の部品に変えたおかげですこぶる調子が良い。なんなら性能も良くなった。

 

「しかし、地球の裏まで飛んでいけと言われた日には偉いさんは何考えていんのかと思ったし、ブリテンはそんなにヤバいのかと思ったが…… 案外余裕そうじゃねえか」

 

 たしかに。と答えて倉原中尉は思った。あれは滅茶苦茶な命令だった。

 

 開戦劈頭に帝国の潜水艦によって主力である戦艦を大破させられ、瀬戸内海への侵入を許した海軍の面目は丸潰れだった。

潜水艦と仮装巡洋艦を追いかけまわすのに使える船舶の全力を投入したおかげで、戦争準備は急速に進んだし、護衛用の駆逐艦・海防艦の量産が決定していたから、後から見れば怪我の功名ともいえたが、この時点ではそこまで分かる海軍軍人はいない。

 

 そして帝国に報復しようにも、敵船舶は中立国で武装解除し、南洋植民地の大半は戦わずに降伏を申し出ていた。

帝国極東植民地の中心チンタオ租借地については、大陸を支配する民国政府の「大陸で戦争を起こされるのは勘弁」という高度な政治的判断によりどの国も手出しが出来なかった。軍閥と共産党と民国の腐敗で混乱している大陸情勢がさらにカオスになるのは皇国も連合王国も望んでいなかったから、極東では奇妙な休戦が成立していた。

 

(そもそもチンタオ要塞を落とすのは陸軍の仕事であったが、それには中立国を─ それも国際的に定められた非武装地帯を踏み越えていく必要があったから、面倒が大きすぎた)

 

つまり、海軍は何かをしなければならないが、すぐに行動がとれない状況であった。

 

 そんなとき、連合王国への航空兵力派兵のアイデアが出る。艦隊の派遣に比べればすぐに実行できて、相手国の国民にも分かりやすい。話が出たときには観戦武官のまねごとのはずがどんどん話が大きくなり、どうせなら連合王国本土に飛行隊を送り込んで同盟国の信義を見せようではないか。そして一等国が極東にあることを欧州に教えようではないか。となっていた。

 

陸軍についても、欧州戦線の消耗から派兵には消極的だったが、前の戦争で大陸からたたき出されて以降、その扱いが良くなかったから、この戦争への参加が確定した後は海軍に負けるわけにはいかなかった。

 

受け入れる連合王国側も、対岸の全てが敵の基地になってしまったから本土防空に強い不安を感じていた。共和国陥落をうけて旧協商連合や連合王国の構成諸国─コモンウェルス諸国からパイロットと機体を集めている最中であったため、連合王国としても悪い話ではなかった。

 

両国とも『皇国は欧州に派兵せず、極東とカレー洋の通商保護を優先させろ』という考えもあったが、合衆国が爆撃機を帝国に売却したことが分かると連合王国にとっては死活問題であったから欧州航空派兵の話は急速に実現する。

 

かくして、空前の輸送作戦が始まった。陸軍機でも長大な航続距離をもつ皇国の戦闘機である。世界各地の連合王国の植民地を経由し、文字通り各地に待機させた機体とパイロットをバケツリレーの要領で地球の裏側に送り込んだのだ。

魔導師については輸送機に乗せられて同じように運ばれた。一部は航路の案内と救難用に両国の魔導師が利用され、加えて大型水上機や爆撃機まで動員されたから、その壮大さがわかる。

 

航空輸送を4週間で40機、もちろんパイロットと整備要員、そして部品付き。

当時の秋津洲皇国としては驚異的な数字だった。だいたい、死者が出なかったのが奇跡と言える。

 

「流石にこれを続けたら確実に事故が起きる。というか起きている」「そもそも超長距離を飛べるベテランは貴重」という常識的な判断が働き、一定の戦力が展開して以降は空母や航空輸送船に切り替わった。

 

かくして極めて皇国的な努力によって欧州にて海軍航空隊・魔導師部隊は連合王国南部に配備される。

連合王国の秋津洲語からとって「英吉利南部航空隊」─英南空が誕生したのだ。

 

以上、長々と述べたが倉原と衛宮が連合王国の空を飛んでいるのはそういうわけであった。彼らの部隊はラルフォース基地に配属され、『英南空ラル分遣隊』と呼ばれている。

 

「しかし、綺麗だ。国と違って空も青々綺麗に見える」滅多にセンチメンタルなことは言わない衛宮も異国の空には感激していたらしかった。

「そりゃ新型機だから、たぶん風防の質が前よりもよくてハッキリ見える…… っと無線」通信にビープ音が混じる、管制からだった。

 

「キャメロットよりサクラ各機、不明機を確認した。単機と思われる」

 

聞きながら、倉原は各計器を即座に確認、レバーを操作して機銃弾装填、操縦レバーの安全装置を確認。管制から伝えられた不明機の高度と針路情報から接触時間を予測。脳内で飛行計画をはじき出す。

 

「サクラ1番より2番、続け」レシーバーに乾いた声が聞こえる

「了解」全く同様の口調で倉原は答えて、サクラ1番に続いた。

 

二人は管制官の指示とは違うコースをたどる。倉原の頭の中には理想的な迎撃コースがあった。先を行く衛宮も同じ結論だから、これが正しい。

指示に従っていては会敵前に逃げられる可能性が高く、回り込む必要があったためだ。

 

「キャメロットよりサクラ、針路が違う。こちらの指示に従え」

「サクラ1番、これでいい。そちらの指示では会敵出来ても面倒だ」

 

皇国の海軍航空隊ではレーダーによって敵の位置と針路が分かっても、必ずしも管制の指示に従うわけではない。機上にいるベテランの判断が優先される。そもそも地上からの管制でどうこうというのが皇国では一般的ではなかった。

 

大多数がいまだに地上からの管制を嫌っているなか、丁寧に行動の理由を説明している衛宮中尉はかなり進歩的であったかもしれない。

 

(これが対艦攻撃や迎撃戦になると、綿密な計画と現場指揮官の判断によって一糸乱れぬ動きをするようになる)

 

 倉原中尉もこれに違和感はない。彼は一般大学出身という新世代のパイロットであり── 大多数は少年飛行兵、水兵からの選抜、そして海軍兵学校出身である。 衛宮中尉よりもよほど科学技術やソフトウェアの重要性を理解していたが、彼でもその程度であった。

 

キャメロットの管制官としばらく言い争いがあったが、向こうも何も言わなくなった。あのお嬢さんを怒らせたのではあるまいな。と倉原は思った。

 

倉原・衛宮両名は技量の高い皇国海軍航空隊でも平均以上のパイロットだった。衛宮に至っては天才に近い評価を受けている。だが連合王国の人間からすればそれは関係のない話だ。地上の管制官よりパイロット自身の計画を信じるのは文化の違いだった。

 

数分後、キャメロットから新たな通信があった。不明機、針路変更。サクラへの針路指示はない。相変わらず視認できる距離にいない。

 

妙な動きだ。計器と太ももに置いたチャート(航空地図)を確認しながら倉原は思った。

単機ということはおそらくは偵察機だろうが、こちらから離れるような針路だった。

逃げている? 確認すると、敵機周辺に自分たち以外の味方はいない。

何か機体に問題が起きたと可能性はあるが、それでもおかしい。それなら最短距離で離脱するはずだからだ。

 

この辺で目標になるもの、例えばレーダー、飛行場、工場、鉄道。重要目標はいくつもあるが、それを偵察せずに帰るのだろうか。

偵察機の目視圏内に敵航空機──こちらの味方航空機はいないから、針路を変える理由はない。見つかっていないなら、ここまできてなぜ逃げるのか。まるで、目的地直前で忘れ物に気がついて家に引き返したようなものだ。

 

「敵さん、何考えているかわかるか」衛宮中尉から通信が入る。彼も同じような違和感があるらしい。

「故障でしょう。単機の偵察ならすぐにケツをまくらないと」

 

倉原は自分の考えを伝えなかった。そんな野暮なことはしない。彼なら自分が気付いたこと程度すぐに分かるはずだからだ。ふう、という息遣いが聞こえ、まあ、見りゃわかるかと言って無線は切れた。

 

しばらく飛行を続けた。敵機が針路を変えたおかげで上手く会敵できるかわからない。上昇したおかげで燃料を余計に食っていたし、元々今回の飛行は燃料満タンではなかった。もっとも、事前に指示された針路なら絶対に会敵出来なかったが。いや、どうだろうか。

 

 「目標正面、上方」1番機から通信が入る。不明機がもう間もなく視界に入るはずだった。ゆっくりと機首をふりながら空をみる。晴れていて薄い雲しかいない。敵機がギリギリで見えるかどうかという距離だが、二人とも視力には自信がある。

 

倉原が空を睨んでいると前方、空の中に微かに光るものが見えた。

「サクラ2番より1番へ。前方に太陽光反射物。確認する」

 

機体をその反射に向ける。サクラ1番もそれに続いた。機首方向上方に反射。やはり偵察機か。反射光の後、空の中にごく小さな黒い点が見えたり消えたりしている。空気の揺らぎで遠ざかる機体がそのように見えるのだ。

 

黒い点に向かって飛んだ。離れているから機体の形状まではわからない。だが、もう少しで─

 

「サクラ1番、サクラ2番ダメだ。追いつけない」しばらく追跡をした後、無線が入る。

 

倉原はそこで初めて計器に目を向けた。目標から目を離せば見失いそうだったから、パイロットとしてあるまじきことに燃料計を見ていなかった。フルブーストの燃料消費はすさまじい。これ以上は追跡できない。

 

「了解」倉原は答えた。「帰投しましょう」

 

2機の機体はそのまま旋回して基地へもどった。基地とキャメロットの管制に追尾不能の連絡を入れる。

 

あの偵察機はおそらく大型機だろう。だがかなり足の速い奴だったな。倉原は思った。パイロットとして当然の思考だったが、その片隅では京都の軟派学生らしい思考も存在した。

 

あのお嬢さんに謝らないと。管制の言う事を無視したわけだから。ウーン、いい声の人だったから美人に違いない。いつか話せるだろうか。

 

彼の望みはすぐに果たされた。数日後ラルフォース基地から全機がさらに南部へ進出。

帝国航空艦隊による本土爆撃が始まったからだ。

 

※※※※ ※※※※

 

「危なかったな」ゴーダ偵察機の機長はいった。「不明機」の追撃を振り切り、海峡上空を飛んでいた。下には友軍機がいるから、最も危険な空域は離脱している。

「ゴーダの偵察型に魔導師を乗せて偵察する…… 聞いた時には最高の機体に思えたが、敵が俺たちに気が付くとは」

「でも合衆国人が羨ましいですよ。我々にこんな機体はありませんから」

 

違いないと答えて機長は自動操縦装置のスイッチを入れた。正直言って始めは信頼していなかったが、使ってみると便利なものだ。真っすぐ飛ぶことしかできないが、パイロットの負担は大幅に減る。

 

「これで連合王国のレーダーについては分かった……かどうかは情報部が分析しないと何とも言えないが、後ろの連中は喜んでいるな」

 

倉原たちの追っていた機体は『ゴーダ』爆撃機の電子偵察機型だった。合衆国で使用されるそれと異なり機体色は銀色ではなくグレーで、空に溶け込むようになっている。

 

爆弾倉のあった場所を補強して偵察機材を置き、頑丈な主翼には逃走用のロケットブースターまでついていた。

さらに魔導師をレーダー兼電波偵察機兼光学カメラとして乗せていたから、当時としては最高の偵察機といって良い。

彼らは連合王国の上空で飛んで見せることでレーダーや長距離通信を傍受し、来るべき本土爆撃に向けての最終確認を行っていた。正確には今までの偵察によって分かった敵の実力をあえて危険を冒して確かめるのが今回の任務だった。

 

本職が爆撃機乗りである機長には細々した技術的なことは分からなかったが、先ほど確認したところ後部にいる技術者たちは満足する結果を得たらしい。

 

「機長、よろしいですか」背後から這い出るように同乗者の魔導師が来た。後ろの爆弾倉が機器の置き場になっていることは述べたが、移動方法は変わっていない。操縦席と後部はチューブで行き来する必要があった。

 

「敵の戦闘機ですが…… かなり奇妙なものでして、先に見ていただこうかと」

 

機長は現像もしていないフィルムをみても、と思ったが魔導師が手のひらの上に静止画を映し出したことで、その奇妙なものが分かった。

 

「連合王国の新型機でしょうが、これは情報部に回します。奇妙なのは国籍マークです。蛇の目に似ていますが…… コモンウェルス諸国にも同じものはありません」

 

最大望遠で取られた戦闘機の主翼には、分かりにくいが赤い丸が描かれていた。蛇の目─ 連合王国の国籍マークは赤丸に青の縁取りだ。

 

「中尉、君の初陣はライン戦線だったな。欧州各国のマークは覚えているな」

「はい、大尉。覚えております」

 

「うん、感心だ。しかしこの戦争が続くなら、中尉、今後はもっと勉強せねばならん」

機長は続けた。次は世界のマークを覚えた方が良いな。先に極東から覚えるとよろしい。

 

機長は若い頃、極東のチバとよばれる街にいたことがあった。

 

 

 




やっと戦闘シーンに入れる

メアリー・スーが大変なことになるのは次回です

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。