幼女戦記~秋津洲皇国助太刀ス!(本編完結)   作:宗田りょう

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連合王国本土決戦──前哨

 1926年 8月 帝都

 

                                                                

 帝都ベルンはその日、歓喜に包まれていた。

 

「すごいなぁ! ここまで近くで見られるなんて。アディ、君いい場所に勤めているな」

「はあ…… ありがとうございます。その、中尉殿」

 

 ジャックでいいさ、アディ。みんなそう呼ぶ。キャシディ中尉は朗らかにこう言って、また眼下のパレードを眺めた。

 

 キャシディ中尉とアドルフ・ペツェル伍長がいるのは帝都の大通りに面したビルディング。その3階にある建築事務所のオフィスだった。ペツェル伍長が志願する前に勤めていた建築会社だ。もっとも、その立地に見合うほど大きな会社ではない。帝都ベルンは賃借権について古い慣習が残っていたから、一等地に中小の事務所が入っていることが良くあった。

(このせいで都市計画はうまくいっていない。例えば道路行政に関していえば特にこの20年で激増する自動車に対してインフラが全く追いついていなかった)

 

 キャシディ中尉は、ベルン市内のパレードを見るためになんとか場所探しをしている最中、運よく窓辺にいた伍長を見かけたため、そのまま(合衆国人らしく)お邪魔したのだ。

 

「そういえばパレードに大隊からは一人も参加者がいないな」

 

 キャシディ中尉は窓辺に寄りかかりながら、眼下の光景を眺めて言った。軍服を着ていない彼は完全に民間人のつもりだったから、この発言も友人への軽口に聞こえる。

 

「一応このパレードは西部総軍が中心のものです」伍長は葡萄ソーダ水をキャシディ中尉に渡し、なんとか固くならないように(かつ礼儀は忘れないように)言った。

「大隊は参謀本部直轄ですからね。ついでに戦果は西部総軍と航空艦隊で山分けだそうですよ」

 

 事実であった。魔導師と超音速誘導ラケータ(ロケット)の組み合わせは秘密兵器でありすぎる。公式にはブレスト軍港の壊滅は甲部隊と航空艦隊、そして海軍の功績になっていた。

(脱出した艦船を仕留めた潜水艦があったから噓ではない。付け加えるなら、政治的に海軍にも得点させる必要があった)

 

「そうすると、あれだけの大戦果に見合う評価を得ているようには思えないな」

そうでもありませんよ。とペツェル伍長は続けた。

 

 西部戦線の崩壊とブレスト軍港攻撃を合わせれば、この戦争で一番に戦果を上げている部隊は203大隊、そしてターニャ・フォン・デグレチャフ少佐だった。

 

 だが、西部総軍やライン戦線司令部の命令系統にない部隊である203大隊をパレードに参加させることは、部隊ごとの戦果のバランスを考えればよろしくないという判断もあった。参謀本部直轄部隊が大戦果を上げても、それで出世するのは参謀本部の一部だけだ。

 

 独断専行の件と合わせて考えれば『式典に参加させなかったこと』が落としどころとなる。ペツェル伍長の言ったことを要約すればそんな内容だった。

 もちろん、これは大隊付き伝令兼書記という立場の伍長に、それとなくターニャが教えたものだった。

 

「──ですが大隊長殿はこんなパレードよりも実際の戦争のことを考えておられるようです。お考えの全ては分かりませんが、自分も正しいと思います」

「まだ戦争が続くか……」キャシディ中尉はまたパレードに視線を戻した。

 

 ソーダ水を飲みながら自分もパレードを見つつ、ペツェル伍長はこの気の良い中尉と会った時のことを考えていた。

 彼はこの中尉殿のことを好ましく思っていたが、帝国人から見て軽薄すぎるところがあると感じていた。だいたい、にっこりと笑って『僕はジャック・キャシディ。そちらは?』という合衆国スタイルは帝国に馴染まない。

 

(大隊副官のセレブリャーコフ少尉に関して『ヴィーシャ』という愛称を使ったときには、流石に本人の前では言わないように止めた)

 

 今日もまた、異国人と自国のパレードを見る機会なぞ生涯ないだろうと思ったから、そのまま部屋に招き入れた。もっとも、帝国軍は下士官と士官の距離が近いとはいえ、外国の中尉殿とそれなりにコミュニケーションをとっている彼も変わった人間なのかもしれなかった。

 

 眼下の軍事パレードは『共和国戦の終了』を祝って行われたものだ。表向きは戦勝を祝うものだが、政治的要求が大きい。まだ終わらない戦争に対する国民の苛立ちを和らげるためのものだった。

 

 上空からの視点でみると、隊列は延々と続くように見える。パレードは帝都ベルン中心部の帝国統一記念塔を出発し、一番の大通りである皇帝大通りを宮殿に向かって行進していた。

 

 先頭を進むのは栄光ある首都警護師団の騎馬隊。それに続くのはライン戦線で特に戦功のあった部隊から選抜された歩兵部隊の行進だった。

 

 ブーツは磨かれていたが、制服はところどころほつれ、長い戦場生活を感じさせるものになっていた。たった今戦場で勝利し、そのまま帝都へ凱旋した。そのような演出がなされている。歩兵の後ろにはトラクターで引かれた大砲が続いていく。

 

 それに続くのは親衛師団に所属する貴族たちで構成された煌びやかな騎馬隊と、伝統あるプルシアンブルーの制服に身を包んだ巨人たちであった。なお、彼らのみ歩兵ではなく擲弾兵という古風な名前である。揃えて足を上げる完璧な行進は、かのフリードリヒ大王が見ても満足するだろうものであった。

 

「……アディ、親衛師団は帝都から動いていない。という事は彼らは戦ってはいないだろう、なぜパレードで一番目立つ格好なんだい?」

「そりゃあ貴族様ですから。流石に何人かは血の匂いを嗅いでいますよ」

 

 やや時代錯誤な歩兵の行進のあとは、装甲部隊の行進だった。ライン戦線で偉大な勝利をおさめた3号戦車と4号戦車、そして装甲兵員輸送車が続いた。4両縦隊の鉄の隊列が延々と続くさまは、見るものを圧倒した。この時は二人とも黙ったままパレードを見ていた。

 伍長は素直に鋼鉄の軍団に圧倒されていたし、キャシディ中尉は国のものより強そうな戦車や、数が足りないと言われていた装甲輸送車が何処にあったのかと考えていた。

 

 鉄の隊列が過ぎ去ると、次は軍楽隊が続いた。問題は演奏する曲であった。

 

「天使の国…… イングランドか。彼らは連合王国まで行進するのかい?」

「聖英進軍歌、最近の流行りですよ。自分は『ライヒの守り』の方が好きですけどね」

 天使の国とイングランド──アルビオンの古名をかけた軍歌「聖英進軍歌」は内容そのままに天使の国、つまり連合王国へ攻め込めという内容だった。軽快な曲だから前線の兵士にもウケはいい。だが、実際には勘弁してくれというのがお約束だった(そのような替え歌も存在する)

 

 だが、沿道にいる人々は先ほどの感動そのままに軍楽隊に合わせて合唱した。歌声は次第に大きくなり、先ほどの戦車の重低音とはまた別の音が街路を揺さぶった。直ぐ近くで歌声がしたとき、まさか伍長ではないだろうな、とキャシディ中尉は思ったが、すぐ隣の部屋で家族が歌っていることに気がついてほっとした。

 

 その歌が終わらないうちに、また戦車のパレード。共和国や協商連合の戦車や装甲車だった。帝国の市民の目には全欧州の兵力を束ねた巨大な力が、連合王国へ向かう。そんなイメージが植え付けられたに違いない。

 

 政治一家に生まれたキャシディ中尉にはこのパレードの意図がなんとなく理解できた。始めはガス抜きと帝国西部総軍のためのパレードと思っていたが、とんでもない。帝国は連合王国へ進軍するつもりなのだ。でなければ、わざわざこんな並びにする必要はない。少なくとも市民にその意思をアピールしてガス抜きを図る必要があると判断されたのだ。

 そのあともパレードは続き、「帝国万歳」の歓声に包まれながら、皇帝の住まう宮殿に続いていった

 

 だが、パレードでキャシディ中尉が一番度肝を抜かれたのは中盤、航空艦隊の戦闘機と爆撃機の編隊飛行が続いたときだ。

 ペツェル伍長はあの爆撃機は「ゴーダ」と呼ばれていると教えてくれた。

 

 キャシディ中尉にもっとも馴染み深い名前ではそれは「フライング・フォートレス」と呼ばれているものだった。

 

※※※※※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※※※※※

 

 

1926年 8月某日 アイスキャンディ島沖

 

 月が照らす青い闇の中を、城砦が進んでいる。

 艦首が波を切り裂き、海水を跳ね上げていた。帝国式の軍艦は大西洋の荒波をこえるために、鋭角的になっている。剣の切っ先が水を切り裂いているようなものだった。

 

 その船体にのる構造物はまるでゴシック様式の城を思わせる。最新の造船技術を組み合わせて作られたものが、古城のような趣を感じさせるのは一見奇妙かもしれないが、とある皇国人は自国の戦艦を仏閣に例えたそうだから、軍艦にはその民族のもつ美的な感覚が表れるらしい。

橋に立ったオットー・フォン・アルハンゲリ艦長もやはり古城の主のように見える。

 巡洋戦艦《アルクェイド・ブリュンスタッド》の夜戦艦橋で彼は月が照らす闇の中を見つめていた。

 

「哨戒任務の潜水艦より、敵発見の報告です」

「読め」報告をよこした士官の方を見ずにアルハンゲリ艦長は言った。今の彼は制帽を脱いでいたから、明るい場所なら美しい銀髪が見えただろう。若い頃は帝国海軍士官の中で一番の美形であり、彼ほど娘たちに刺繡を贈らせることを決意させた人間はいなかった。不気味なほど加齢を感じさせない人間であったから、冗談半分に吸血鬼ではないかという人間もいる。

 

 暗い夜戦艦橋の中ではまさにそのとおり。最低限の光源と月光に照らされた横顔は美しかった。帝国の劇作家が書いた妻の首を刎ねた狂気の騎士にも、連合王国の作家が描いた夜を歩く種族の王にも見えた。

 

 報告を発した潜水艦は連合王国艦隊を発見していた。敵艦隊の規模は不明だが、位置と針路を考えると先手を取られたわけではないらしい。

 

「……素晴らしいな。確実にこちらが先手を取れる」

「ジョンブルはこちらに気が付いたのでしょうか」報告した士官が言った。彼らの艦隊の出撃は敵に気づかれてはいる。この場合はうまく切り抜けて大西洋に到達できるか。という意味だった。

 

「必ず、こちらに来るだろうな。その前にいくらか叩ければよいが…… ナウシカァの様子はどうだ」

「反応ナシ」

「向こうもレーダーを作動させていないのか」

 

『ナウシカァ』はこの戦艦に装備された新型のレーダー逆探知装置であった。

 

 現状で敵が使用する全てのレーダー波に対応し、探知・解析によって発信源を探せる。また、従来のようにいちいちプラグを抜き差しする必要がない。この当時としては先進的なシステムだった。しかしシステムとして完成する前に設置されたから、不具合が多く『何度目だナウシカァ』とはこの艦にのった技官の合言葉のようなものだった。

 

(しかし、合衆国の電子部品のおかげで故障が無くなるとはな)

 

 オッデュッセウスを助けた女王の名を持つ機械が、おそらく神秘や神話から一番遠い国のおかげで活躍できるとは。制帽を被り直そうとしたとき闇の向こう側から人影が見えた。この艦の人間は部署についていたから、部外者であるその合衆国の観戦武官だ。

 

「我が姫君の秘密が何か分かったかな、ハインライン少佐」

「見学させていただき感謝しています。姫君のご機嫌はよろしいようで」

 

 艦内の散歩。ナウシカァをはじめとした機器の様子を見ていたらしい合衆国海軍の観戦武官ロバート・ハインライン少佐は、そのまま立ち位置についた。

 

 アルハンゲリ艦長は戦闘航海の直前になって乗り込んだこの若い合衆国人について、初めはあまり快く思っていなかったが、航海の中で緊張が解けてきている。

 

 ハインライン少佐が帝国人には欠けている(と思われている)ユーモアやスマートさをもっていたことや、赤い屋根の家── 帝国海軍士官学校の俗称 で育った帝国海軍士官とは違う発想をもっていたこともプラスに働いた。少なくとも、アルハンゲリ艦長は好ましい若者だと思っている。他のスタッフにしても似たようなものだった。

 

「逆探知装置に反応がない。向こうもレーダーを使っていないようだ」

「妙ですね…… 夜間に我々を探すなら、確実に使用するはずです」

 

 艦長は独り言には大きすぎる声で言い、ハインラインは全員に聞こえるように答えた。

 

 前世紀末、電波を使って物体を探知する方法が帝国で発明された。これを応用し、連合王国が発明したのが今日のレーダーである。

 

 帝国では内線戦略に基づいた航空作戦のために、対空レーダーと航空管制に活用された。水上艦に装備されたのはその後であったから、帝国が陸軍国であることが良く分かる(夜間の衝突回避装置としては採用実績があった)。

 

 レーダーは連合王国が一歩先をいっていたが、帝国ではレーダー逆探知装置を実用化していた。アンテナの能力が同等であると仮定した場合、逆探知装置なら原理的にレーダーの倍の距離で探知出来るから、場合によってはレーダーより役に立つ。ただし、常に相手のレーダー波を探知できるとは限らないし、敵がレーダーを作動させていなければ意味がないから万能ではない。

 

「君が敵の指揮官だとする。この状況でレーダーを使うかね」

「自分が指揮官なら必ず使用します。無論、海峡突破を絶対に阻止するためです」

 

 ハインラインはそこで言葉を切った。それ以上話すことは艦長が求める分を超えているからだ。

 同時に、妙なことになったとも思っている。逆探知装置の発達のおかげで互いにレーダーが使いにくくなっている。連合王国の艦隊の行動についてはいくつか想像はつくが、ここまでレーダーを使わないのは極端だ。

 

 合衆国では艦隊の中の一部だけレーダーを使用するピケット艦や、一瞬だけ発信するといった手法がある。さて、旧世界ではどうなのだろう。

 

「どのみちこちらはレーダーが使えない。ナハツェーラーを作動させろ」艦長は今度は近くにいた士官に命じた。

 

 艦艇用暗視装置『ナハツェーラー』

 帝国で言い伝えられる吸血鬼の名前を付けられたこの装置は、その名前のとおり夜間の見張りに絶大な効果がある。この時代の電子部品の制約から後年のように「夜を昼に変える」ことは出来なかったけれども、かなり遠くまで見通すことが出来た。

 

 この当時の暗視装置は自然光増幅型や赤外線投光器と組み合わせたもの、原始的な赤外線探知型などいくつかあったが、どれも探知範囲が短い。

合衆国海軍では正式な装備にはまだなっていない。便利ではあるがシステムとして未熟で、費用対効果が悪いとされていた。

(陸軍では暗視装置として戦車・歩兵用が開発中であった)

 

 ナハツェーラー。ハインラインは出航前に見た映画のポスターを思い出していた。確か帝国でもそんな映画を今やっていた。全面戦争下でも人々の営みはあるものだと感心したが、ここでも吸血鬼か。うん、この状況に相応しい。

 

 そういえば、艦名のもとになった皇女もそんな伝説があったな。

 

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 作戦名『ローレライ作戦』

 

 帝国海軍艦隊はアイスキャンディ島沖を通り抜けて大西洋で通商破壊作戦を行うように見せかけつつ、連合王国本土を大きく迂回してフランソワ共和国沿岸に向かう。

そして潜水艦と航空艦隊が張った網の中に、なるべく多くの連合王国艦隊を誘導する。

つまり、巨大な囮だった。これ以外にも潜水艦が戦艦に見せかけて無線を発信していくつかの艦隊が動き回っているように見せかけていた。

 

 戦艦《フリードリヒ・デア・グローセ》と巡洋戦艦《アルクェイド・ブリュンスタッド》を中心にした艦隊は、通商破壊艦隊としてみるならば恐るべき破壊力をもっている。

帝国の最新鋭戦艦であるフリードリヒ・デア・グローセ── 《FOD》は今のところ連合王国最新鋭戦艦とほぼ互角、アルハンゲリ艦長が操る《ブリュンスタッド》は連合王国の巡洋艦を圧倒し、速度と砲撃力では旧式戦艦を寄せ付けない。

 

 大艦巨砲主義者ならば、否、そうでなくても必ず狙いにくる艦だった。だからこそ、彼女たちは最も高価な囮だった。

 

 

 

 

 

 


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