幼女戦記~秋津洲皇国助太刀ス!(本編完結)   作:宗田りょう

15 / 29
今回は久しぶりに秋津洲皇国サイドの話
誤字脱字修正をしてくれた方、この場を借りてお礼申し上げます


X艦隊狂想曲 1925.7 サマーオブウオー 

統一歴1925年 7月某日 皇国連合艦隊旗艦 『能登』

 

世間は盆を間近に控え、いつもならばこの時期に、皇都の川には笹飾り用の都大笹が用意されているはずであった。盆祭りとなれば、流し灯篭に一斉に灯がともり、この世とは思えない情景を作り出す。それが、この皇国の夏の風物詩であった。

 

もちろん、かつて大樹様なる軍事独裁者が支配していた時のように、花火こそ皇都の夏の華だというものもいる。

 

だが、開戦から数週間経ったこのとき、皇国からは徐々に余裕が失われつつあった。正確にはこの新興国家に「世界大戦」なるものがどのようなものかを教える事件が起きたからだ。

 

「開戦早々、まさか瀬戸内海でやられたとはな」

「敵の潜水艦戦力は侮れない。というわけでしょう」

 

皇国海軍連合艦隊司令長官、高野五十八は現状報告として送られた紙綴りを読みながらため息をついていた。

 

白服── 夏用の二種軍装の上着を脱いだ格好だが、その身のこなしと顔は言うまでもなく『閣下』と呼ぶに相応しいものだった。

 

ため息をついたのは数日前、フォルモサ沖、ポンフー諸島周辺を航行中であった戦艦「大雪」が魚雷攻撃を受け、座礁してしまったからだ。正確には、右舷に魚雷を3発受けたが、艦長以下の努力によってなんとか沈没を回避し、座礁に「成功した」というものだった。

 

「帝国極東艦隊の所在は、全て把握していた訳ではない。だが、大型艦については当たりがついていた……」今となってはどうにもならないが。と、高野は続けた。

 

連合王国の帝国への宣戦布告はブレスト壊滅の直後だった。その後、秋津洲皇国も宣戦布告を行うはずであった。

 

しかし、政府の無定形さと連合王国内部での混乱によって、秋津洲皇国が即日行えたのは「連合王国への道義的支援」と「帝国への最終通告」であった。後者は皇国の内政的事情から発生したもので、回答期限は2週間とされた。

 

南部連合からのハル・ノートと同様に、帝国は連合王国と同盟関係にある秋津洲皇国の最終通告など聞くつもりはなかったが、その2週間の猶予は大いに利用された。

 

帝国極東植民地── 大陸、南洋諸島、条約都市その他に存在する艦艇の全てが、連合王国の宣戦布告と同時に一斉に各港から逃走したが、連合王国の極東艦隊は秋津洲皇国との調整からその2週間は手出しができなかった。

 

その時点では(可能性は極めて低かったが)極東限定で何らかの形での政治的な妥協がつく可能性があったし── 王国としては旧世界での超大国の存在が許せない。が、だからといって地球の裏側で戦争をしたい訳ではない── なにより、極東で最大の戦力を握っているのは皇国であった。

 

物理的な問題として、そもそも両国とも新たな戦争に備えるための準備に忙しかった。ともかく2つの海洋大国が行動を開始したのは、帝国極東艦隊の大半が太平洋へ逃げ去るか、港で自沈を選んだあとだった。

 

「言っても仕方がないが、対潜警戒が疎かだったことは間違いない。いや、護衛の駆逐艦が流れ出した機雷による事故と考えたのも、状況からして無理はないが」

「まさに。正直、沿岸警備用の小型潜水艇で奥座敷まで入りこまれるなど、予測していませんでしたから」

 

副官の言葉に諧謔はない。素直に驚嘆していた。フォルモサ・大陸間の水道は完全に皇国の勢力圏だからだ。合衆国人に言わせれば「ミカドのバスルーム」の入り口というわけだった。

 

攻撃を行った潜水艦は帝国極東艦隊所属の潜水艦「U-149」と考えられていた。

ここまではっきりと予測がつくのは、帝国の極東艦隊の整備は基本的に「皇国」で行っていたからだ。

 

帝国は極東地域に連合王国のシンガライオンや合衆国のルルハワのような大規模な整備機能を持つ根拠地をもっていない。少し手のかかる整備は皇国の海軍工廠で行っていたのだ。

 

U-149は沿岸部警備に用いられる潜水艦であり、航続距離の問題から積極的な行動にでるとは考えづらいから、スペックを知っていても重要視していなかった。

 

「……トン数がこれですと、元はバルト海用の船でしょう。この小船で沿岸とはいえ外海に出るのはゾッとしません」

「連邦の小型潜水艇にやられたことを、誰も覚えておらぬということだ」

 

数年前に、連邦との小競り合いで潜水艇に駆逐艦が大破に追い込まれたことを言っていた。最後の響きには「自分を含めて」という自嘲があった。

 

紙綴りの最後にある、新聞の見出しをみて、高野は乾いた笑いを漏らした。

 

『帝国のX艦隊、跳梁跋扈』とか『謎のX艦隊、カレー洋を支配す』といった見出しだった。もちろん、大きく載っているのは座礁した戦艦の写真で、他にもカレー洋で所在不明になった商船についても書いてある

 

「X艦隊か、上手い言い方だな」高野は眼だけ笑いながら言った「帝国海軍はこの戦、協商連合相手以外にほとんど働いていなかったそうじゃないか」

「新聞は戦艦の一件と、無関係な仮装巡洋艦の襲撃を関連付けているのでしょう」副官は今度は感情を見せずに言った「しかし全てを狩りたてるか、護衛をつけないと、商船は出航を渋り始めているようですし」

 

事実であった、このとき帝国海軍が極東とカレー洋で積極的な通商破壊作戦に当てた船舶はどう多めに見積もっても10隻を超えない。その大半が(件の潜水艦を除いて)仮装巡洋艦や時代遅れの巡洋艦であった。

 

だが、絶大な効果を示している。とくに間違いなく相手にとってもラッキーヒットであった戦艦への攻撃と、無関係の仮装巡洋艦の攻撃が連動したものだと皇国臣民に思い込ませ、『X艦隊』なる幻想の艦隊を作り出していた。

 

「大臣に、皇国周辺とカレー洋を安定させるのに必要な船と期間を聞かれたよ」

「なんとお答えになったのです」

「GFの半分と2ヶ月。まあ、もっと現実的な数字を云えといわれたよ。彼も怒りはしなかったがね」

 

副官も苦笑した。今の状況でGF長官がいうことにしては、あまりにも乱暴な発言だったからだ。だが、現実の要約ではあった。

 

世界大戦を行ううえで、どうにも始末に困るこのX艦隊。単艦で移動する仮装巡洋艦──商船や客船に武装させた船── は中立国船舶のふりをしていきなり襲ってくるから、怪しい船は調べ上げなければならない。潜水艦については言うまでもない。とにかく面倒な相手だった。

 

「ともかく、まず護衛の当てをつけなければならない。あの松竹梅計画が、ここに来て役に立ちそうだ」

 

松竹梅計画とは、皇国で進められている急造駆逐艦計画だった。

 

艦隊型駆逐艦、つまり艦隊を構成し、魚雷で敵艦に攻撃する駆逐艦は一から作るのにざっと1~2年はかかる。

 

この数年の連邦とのいざこざで皇国が学んだことは、駆逐艦の消耗が予想以上であり「壊れた駆逐艦は修理する必要がある」ということだ。

 

現代人からすれば至極当然の発想だが、この時に駆逐艦がちょっとした小競り合いで直ぐに修理が必要になることや、そのためにドックや船台を占領してしまうことは非常によろしくない。と学んだことは皇国にとって僥倖であった。

 

魚雷のない駆逐艦や海防艦など、艦隊決戦に使わない「華のない」船に人的資源や建材を取られてしまうと、本当に戦争になった場合に差し障りがあるだろう。と考えられたからだ。

 

真っ当な海軍の本分は「商船を守る」ことだ。連合王国なぞそれを自明のものとしている。

 

だが皇国海軍一番の仕事は「その時がきたら合衆国海軍を撃滅すること」だと大半が信じていた。要するに『あらゆるリソースは艦隊決戦に注ぎたい』『艦隊用ではない海防艦や駆逐艦にそんなに手間暇はかけられない』ならばどうするのか

 

『最低限の武装を持ち、ドックを占拠しない急造できる駆逐艦を造ればよい』という結論に至ったのだ。

 

水面下で進められている計画は「松・竹・梅」の3種類の大きさで設計や武装を簡略化した艦をつくり、なるべく短時間で作り上げようというものだった。

 

※正式名称は「戦時緊急急造艦計画」という物々しく「頭痛が痛い」のような名称である

 

「実際はどうなのだ。艦政本部には全力生産3か月で1隻作れると豪語する造船官がいたらしいが」

 

GF長官である高野も艦政本部という別の部署で行われている実験については全て知っているわけではない。

 

一応述べておくと、連合艦隊司令長官(GF長官)とはおおよそ実戦部隊、戦艦や空母の艦隊のトップと考えて差し支えない。

 

艦政本部とは艦船の設計や装備品の研究を行う部署だ(厳密には違うがここでの理解として問題はない)。

 

「やっと進水したようです。実験開始から4か月かかっています。ここから竣工まで1,2ヶ月程度だそうです」

「ずいぶんと早いな、…… やはり前のように電気溶接の多用か?問題はないのか」

「そこまでは。しかし、あの事件以降、技術的冒険は謹んでいるはずです」

 

高野が言っているのは「電気溶接の多用で船の強度が落ちていないか?」ということだ。詳細は割愛するが、新方式の電気溶接で作られた駆逐艦が、台風のせいで艦首から切断されたという皇国海軍にとってのトラウマがある。

 

まあ、護衛として使う分にはいいだろう。数が必要だし無茶な使い方はしないからな。と高野はこの会話を打ち切り、目下の「X艦隊」対策に話を戻した。

 

「我々だけで決めることではないが、商船の護衛だ。現実問題として各地に散らばった船を集めて船団を組むまで時間がかかるし、まず安全な港に避難させるのが最優先だからな。全てはその後だ」

 

そのあたりはまた話をするとして、と言いながら高野はケースから煙草を取り出して銜え、副官にも勧める。……そういえば君は立ちっぱなしだな。いや、すまなかった。座ってくれたまえ。ああ、私が動かないと君もやりづらいな。

 

二人は応接セットに移動し、菓子とコーヒーを持ってこさせて、しばらく紫煙をたなびかせた。帝国とは違い、皇国海軍では兵隊も士官も提督も(グレードは違うが)似たような銘柄の煙草を吸う。

だしぬけに、高野は言った。

 

「……この戦争は我が国では『世界大戦』と呼んでいるが、欧州ではなんと呼んでいるか知っているかね」

「王国人は大戦争や、『文明の為の戦争』と、帝国はただの戦争と呼んでいるそうですね」

「そうだ」高野はフーッと煙を吐き出して言った。

 

「カイザーの軍隊はアレーヌ市を丸焼きにしたからな、大きな図書館ごと。だから欧州文明の破壊者で、それを打ち倒す正義の戦争なのだそうだ。まったく、勝手に亜細亜文明を巻き込んでほしくないものだ」

「……閣下は、個人的にはこの戦争に反対ですか?」

 

口にしたとたんしくじった。と副官は思った。実戦部隊の長に言うにはあまりにも不用意な発言だった。

 

「軍人は」続いて出た言葉にはやはり厳しい響きがあった。顔は副官を見据えている。若い副官が、自身の過ちに気が付いたと分かったらしい。続く言葉は柔らかくなった

 

「忠節を尽くすを本分とすべし。だよ」そのまま続ける「一度海軍の制服に袖を通したのだ(おっと、今は上着を着ていなかったな)お上がやれと言われれば、否応はない。派手に暴れるだけだよ── 当然、必要ならヴィルヘルムスハーフェンまで行く」

 

 ヴィルヘルムスハーフェンは帝国のホッホゼーフロッテ、高海艦隊の根拠地だ。例えるならルルハワの真珠湾へ行くようなものである。

 

副官は、申し訳ございませんといった。いいさ。高野は答えた。

 

どうあっても始末におえん戦争なのは間違いない。陸軍なぞ堂々と反対している人間もいる。

それに、と言いかけたところで兵士が入ってきた。

 

電文綴りを副官に渡すとそのまま退出したが、副官は読んだまましばらく固まっている。

 

「どうした、また例のX艦隊が悪さをしたか」そう言って高野は電文綴りを受け取ろうとした。

 

スピーカーが突然放送を始めた。瀬戸内海に国籍不明の潜水艦が侵入、民間船に若干の被害あり、付近の全軍で捜索するも潜水艦は豊後水道から逃走した模様。

 

副官は電文綴りを渡しながら言った「本当に、いるのかもしれません。X艦隊が」

 

 

 

 




高野五十八→山本五十六

X艦隊の言い方は、有名な架空戦記から

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。