幼女戦記~秋津洲皇国助太刀ス!(本編完結)   作:宗田りょう

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最良にして最善の合衆国義勇兵参戦!
だれのために戦うかは知らない



ベスト&ブライテスト──合衆国義勇兵参戦

ドードーバード海峡 共和国側 一般閉鎖空域

 

 空はいい。誰よりも自由だからだ。家のしがらみも、束縛もない。

 ジャック・パトリック・キャシディJr、ジャック・キャシディ中尉は思った。

 丸みを帯びた目に厚めの唇は、要素だけならば三枚目のそれだが、バランス良く配置されれば素晴らしい好青年になる。いかにも東海岸出身のお坊ちゃまだが、能力も全く不足していない。

 

「バーボン01、空域に到着した」

 

 唇を開けば合衆国東海岸の発音だった。連合王国の合衆国へ移民した一族の4代目であり、父親の代にアルコール販売業と不動産によって巨万の富を得たキャシディ一族の長男は、一族の歴史に名誉を刻むため、そして自身の冒険心を満たすべく軍務につき、この空にいる

 

「02こちらも、配置についた。……なあ、本当にやって来るのか?」

「来るよ、事前の打ち合わせ通りなら」

 

 ロースクールで学んだあと、父親の反対を押し切って彼は軍に志願した。魔導師の適正から合衆国海軍に配属されたが、その素性から配置にも気を使われ、海軍武器学校の配置となった。 

 

 独立南部連合との前線を希望してみれば、ブリティッシュ・カナディアとの国境である五大湖周辺の水上哨戒任務に回された。

 

 たとえ灰色の輩でなくとも、祖国と脅威の間に身を横たえる以上の名誉はない。というのが上官の言い分だったが、この時いくら関係が悪化しても、この方面で連合王国と戦争になる可能性は限りなくゼロであった。つまり、事実上の後方配置と変わらない。

 

(北部国境以外はきな臭いこともあった。南北新大陸を結ぶ地峡部では、運河建設を巡った両国の暗闘があり、カリブ海ではイスパニア共同体からの離脱を目指すグループが紛争を起こしていたから、両国が秘密裏に介入していた)

 

 訓練をして五大湖を飛び回って── 連合王国側の魔導師と、ソーセージでキャッチボールをしたこともある──休みには沿岸の大都会で遊ぶ。というのはどうにも締まらなかった。

 

 今は違う、なんたってあの『ラインの悪魔』が相手だ。キャシディ中尉は演算宝珠と補助演算機(合衆国海軍は腰の後ろにつける方式であった)の調子がいいことを神に感謝し、次に自分の銃──M1カービンの試射を行った。こちらも、快調だ。

 

 ごく最近合衆国の後方要員用に開発されたこのカービンは、通常戦闘ならやや威力が不足していると指摘されているが、魔導師の普段使いなら問題はなかった。

 

「CPより各中隊、敵魔導師部隊接近、高度8000──」

「8000か!バカに高いな、各中隊は統制射撃用意!」

 

 連中、逆落としで仕掛けてくるつもりか。中隊長の指示を受けて、キャシディ中尉は統制射撃による迎撃体制に入った。

 

 視界に添加現実型魔導照準を展開する

 未来位置への照準を補助し原始的なデータリンクを提供するものだが、現在のところ合衆国だけが実用化しているものだった。

 

 視界の隅に編隊を表すインジケータが現れる。敵は赤いひし形として表示されるはずだが、ターゲットのマーカーはない。魔力が強大だから察知できているが、まだ遠すぎるのだ。

 

「連中、そんな高高度を飛んで平気なのか」

「糞っ、それよりも、連中の欺瞞術式がここまでハイレベルとは思わなかった。まだターゲットを捕捉できない」

 

 それぞれ罵りながら、隊形を整える。演算宝珠が燐光を帯びて、自動的に戦闘用給排気モードに切り替わる。戦闘に最適な魔力の配分を行う。

 

 キャシディ中尉は武器学校にいたことがあったから、帝国の装備については知識がある方だったが、この戦争中に進化しているようだ。と考えていた。

 

 こちらがまだ生産段階に入っていない高高度戦闘装備、例えばスカイブレイカーのようなものをもう実戦に投入しているのか。そして欺瞞術式を洗練させたのか。

 

 キャシディ中尉は中隊内の位置を確認し自身のエレメントを確認する。

 

「敵部隊なおも高度上昇、高度8500、9000、9500、っ……敵突撃隊形に移行」

 

 高高度からの逆落とし。奇襲ならともかく、こちらが発見している以上迎え撃つ側が優位なのは間違いない。いや、これは気休めにすぎないな。キャシディ中尉は頭に浮かんだ楽観論を振り払う。位置エネルギーという物理法則を超越できるものはいない。

 

 豆粒のように見える編隊の大きさは変わらないが、直ぐに大きく見えるはずだった。やっと赤いひし形が視界に重なって見える。

 

 彼我の相対速度を考えると互いに一発撃って離脱だろう。否、発見された以上、こちらの迎撃がある。高度を失ってからでは逃げるか乱戦に持ち込むしかない。常識に考えて離脱するしかないが、敵の置かれた状況からして、それは考えられない。

 

 常識的に考えて不可能なことを無理やり実現してしまう剛腕さと、全てを晒しているようで全く明らかにしていない不気味さ

 

 キャシディ中尉は不意に、企業裁判の法廷記録を読んだときのような感覚に襲われた。問題は、今まさに自分たちが判決を下される側だということだ。やはり帝国はずいぶんと練度が高い。実戦に勝る訓練はないということか。

 

「CPより各エレメント、統制射撃用意。来るぞ、悪魔が!」

 

※※※※※※※※ ※※※※※※※※ 

 

 存外に動きが良いな。ターニャは思った。合衆国の魔導部隊についての知識がなく、そもそもかつていた世界と成り立ちが異なる相手では戦力の見積もりが難しい。

 

 故に、高高度から吶喊の後に、初撃で頭を潰すつもりだった。指揮系統を混乱させ、一撃離脱か混戦に持ち込むかは反応次第。もちろん手は抜かない。光学術式と爆裂術式を織り交ぜた編隊への一撃だった。

 

 しかし、相手は初撃の混乱から素早く立ち直り、こちらに応戦している。予想以上に練度が高い。心理的な一撃による瓦解は起こっていない

 

 即座に混戦に持ち込むことを決断し、吶喊していくと、相手は直ぐに距離を取った。徹底して混戦は避け、フォーメーションを保ったまま戦うのが敵のドクトリンのようだった。

 

 ターニャの大隊は中隊ごとに散開し、各員がアドリブで、反応が遅れたものや突出したエレメントへの集中攻撃を行った。

 

 すると、面白いように脱落していく。先ほどの反応と比べると、どうにもちぐはぐだった。どうやら、編隊統制射撃や連携は上手いが、個々でみれば格闘戦への対応は下手らしい。

 

 前世の太平洋戦争緒戦でもあるまいに、と思ったが、叩けるうちに叩くのがセオリーだ。

 それに、面白いように落ちていく中に、妙に動きの良い人間が混じっていた。

 

 すれ違いざまにこちらに一斉射してきた魔導師だ。はっきりと見てはいないが、年齢からしてベテランではないだろう。だが、天性のものがあるのだろうか、追いすがる攻撃をギリギリのところでかわし続けている。

 

 だがこの一瞬、相手は気づいていない。位置は悪いが仕留められない訳ではない。死角となる斜め上からから背中に術式を叩き込むべく、術式を封入した。

 確実に当たる距離での必中の一撃だった。

 

 次の瞬間、標的は後ろを振り返ることなくその場でロール、火線は空を切った。即座にターニャに向けて射撃が行われる。

 

「っ反応が良いな、面倒な!」

 

 舌打ちしつつ、慌てて回避する。感づかれたのか?偶然?後ろに目でもついていて、こちらの攻撃に対応したのか。

 

 魔導師同士の空中戦は彼我の相対速度の関係上、仕留め損ねると途端に面倒になる。考慮すべきバロメータが爆発的に増えるからだ。

 

 追い詰められた訳ではないが、ますます面倒なことになってしまった。離脱を図ろうとするも、くらいついてくる。背後から食らうのも面白くはない。

 

 互いに最適位置を探りながら、射撃で牽制を続ける。5秒にも満たない時間をもし神の視点から見れば、二つ巴の軌跡が見えただろう。

 しびれを切らした標的は、魔導刃を形成すると即座にこちらに突っ込んできた。

 

 全くターニャの好みではないが、この場合はいい判断だった。いつもなら即座にカバーに入るセレブリャーコフ中尉は、今はいない。周囲に味方は多いが、カバーに入る人間がいないこの瞬間に限れば一対一だ。

 

 

 こちらも渋々魔力刃を形成し、格闘戦に備える。切り結ぶのは趣味ではないが、明らかに小手先の技でどうこうなる相手ではなさそうだった。

 

(嫌になるほどいい動きだ。全く、人材育成については、合衆国の方が上なのはこの世界も同じか)

 

※※※※※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※※※※※

 

 目を開けると、空が見えた。この季節では珍しく灰色の鉛色の雲に覆われている。しかし、俺はあそこにいたのではなかったか。雲の下に降りたのか。いや、体がひどく冷たい。

 

 ジャック・キャシディ中尉が目を覚ましたとき、空中にまだ浮いている感覚があった。意識がはっきりとしてくると、やっと自分が水に浮いていることに気が付いた。

 

 合衆国でこれだけは信頼性の高いライフジャケットが展開しそのまま海に浮いていた。銃はどうしたものか、ストラップごと千切れて何処かにいってしまったようだった。周囲の海水は蛍光色のグリーン── 救難用着色材によるものだった── に染まっている。

 

 俺は生きているのか。キャシディ中尉は装具を切離しながら思った。補助演算法具の緊急リリースベルトを引き、なんとか動けるようになった。

 

 ケツの穴に水が入っていないから、長く失神していないな(肛門から水が侵入することは、死の前兆だから)うん、手足の感覚はあるから、さっき落ちたのだ。畜生、泳いで岸まで帰れそうにないな。

 

『──状況終了。状況終了。収容班は直ちに対抗部隊01の回収にかかれ』

 

 着水の衝撃でチャンネルが共通回線になったらしく、敵の── いや訓練は終わったから違うのかな── 通信がそのまま聞こえてくる。

 

 背泳ぎの要領で仰向けになりながら、救助を待つことにした。ああ、何が起きたのか思い出す必要があるな。足の先から感覚がなくなっていく中で、キャシディ中尉は考えた。季節のわりに水温は冷たいから、何か考えていなければもう一度失神しそうだし、帝国軍の救難体制がどうなっているのか確かめる必要がある。

 

 漏れ聞こえる無線によれば生き残りは、つまり飛んでいる人間はいないらしい。帝国軍の魔導師育成が手荒いとは事前に聞かされていたが、本当に水に叩き落すとは。その割には周りを見ても、救助用のボートがない。

 

 帝国の連中、貴重な魔導師を訓練で消耗させているんじゃないだろうな。いや、その訓練で叩き落とされた自分が言えたものではないが、そのあたりは確認する必要がある。

 

 

 人材育成について、というか人命いついて帝国は合衆国とは違う考えがあるらしいとキャシディ中尉は思った。

 

 なお、彼の偏見は直ぐに解消された。それから5分とかからないうちに、海から引き上げられたからだ。もっとも、引上げたのが幼い少女であったから、帝国の人的資源について深刻な疑念を抱いたのだけど。

 




ジャック・パトリック・キャシディJr→ジョン・F・ケネディ

史実では太平洋戦争に参加したかのケネディ大統領。某お船のゲームでもネタにされています。なお、お兄様はパイロットととして欧州戦線で戦死されています。

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