幼女戦記~秋津洲皇国助太刀ス!(本編完結)   作:宗田りょう

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活動報告でも報告いたしましたが
「合衆国の存在が大きすぎてプロットが難しい」
「先駆者様と被りそう」

という判断から「合衆国」を2つにしました

私は合衆国が好きなので、たくさんあった方が嬉しい


大草原の2つの家──ハル・ノート

過去、歴史の授業にて

 

 ターニャは殺すことも、殺されることも好まない。その本質において平和主義者であった。もちろん戦争は非生産的で人命の浪費だと考えている。前世での知識から、軍隊とは無理と理不尽が徒党を組んで行進してくる組織だという事も知っていた。

 

 しかし、まことに不本意なことながら当座の生存のため、そして安定したキャリアパスのために軍に入隊した。当然、学校にも行っている。

 

 講堂は階段式に並んだ長机と椅子で大学の大講堂のようだった(間取りは狭い)。

 

 いま行われている歴史の授業では普通に黒板を使っている。上下可動式の黒板に大きな地図を2枚。それぞれ欧州大陸と南方大陸の一部と南北新大陸が描かれている。

 

 余談だが物理や数学では黒板が足りないため、もう一つ可動式の黒板が追加される。前世の進学校のようなやり方でターニャはどこも似たようなものだなと思っていた。

 

 ここで行われていた教育であるが、未来の軍人を育てるといっても授業のすべてが軍事一色というわけではない。本当に専門的な教育は任官後に軍大学や各種学校で行われるので、世間の想像よりも教養や理数科目の方が多いくらいだ。当然、歴史の授業も存在する。授業のレベルについてはターニャのいた世界で例えるなら、大学の一般教養程度だろうか。無論、戦史として習う場合はより深い内容となる。

 

 

 「──このように旧世界における国境は、帝国の統一とルーシにおける革命戦争の終結、それを各国が確認したロンディニュウム条約の締結によって一応の安定を見せたというわけです」

 

 

 このメガネをかけた長身の教師の語り口はまあまあ心地が良かった。ひたすらに用語を詰め込むのではなく、小話を入れるのは前世の塾講師のようでもあった(覇気がないから流行らないだろうな、とターニャは考えていたが)。

 

 歴史学の講師は軍人ではなく民間人だった。語り口と身のこなしがそうであったし、軍人はロンディニュウム条約による国境について何かと言いたがるが、そこはさらりと流していることからもわかる。

 

 ターニャがこの世界にきて驚いたことは多々ある、魔導師の存在については言うまでもなく、例えば黒板の地図を見てみれば、史実においてのドイツ帝国ならぬ『帝国』はオーストリアどころか、ポーランドの領域まで含んでいる。

 

 歴史についてもそうだ。技術の進歩もそうだし、女性の社会進出も時代を考えると進んでいた。なにより本来なら世界大戦の後に成立したはずの共産主義者の「連邦」がこの世界ではもう成立している。帝国はその革命戦争に介入して幾ばくかの領土を得ていた(公式には共産主義者から奪還し、解放したということになっている)。

 

 そのおかげで帝国は四方を敵とし、史実のドイツ帝国よりなお悪い状態となってしまっていたし、あちこちで国境紛争が起きているという物騒な世界だ。

 

「おびただしい血を流して定まった国境です。個人としては(特に共和国方面国境の)再画定を生きて体験するのは御免被る、そのときが来たら……」

 

 教師は黒板を消し、次の黒板と入れ替えなが続ける。ぜひ君たちの部下にしてください。兵隊としてはロートルですが、── ターニャは知らなかったが、この教師には連隊付き少尉としての勤務経験があった──君たちのような、優秀な上官の方がいいですからね。学者としての野心は別にして、長生きして孫に囲まれて死ぬのが夢なのです。……おっとこれは軍人の指導者として敢闘精神にかけているかな。

 

 「さて、旧世界から離れて次は新世界を見てみましょう。少々物騒なことが書いてありますが、まあ小学校に飾ってある地図と変わりません」

 

 この世界に来て見慣れた地図であるが、ターニャの知るかつてのそれとは違っている。

 

 ターニャの知る北米大陸の地図は上からメープルシロップの国(ここでは連合王国自治領)そしてターニャの世界でもこの世界でも最大の大国、世界史をつまらないものにした元凶、月刊正規空母のチート国家。その下にテキーラやバンジョーの国だ。

 

 ……ところがこの世界では合衆国の下にもう一つ国がある。念のため言っておくとテキーラやチワワの国ではない(一応この世界にもあるが)。

 

「ある歴史家は、近代に連合王国は3つの大国をつくり出したと言いました」教師は3本指をたてて続ける。

 

 一つは連合王国13植民地の独立によって成立した合衆国。一つは連合王国と合衆国によって世界史に登場した秋津洲皇国──ああ、この地図にはありませんね、極東は次の講義です。

 

「そして合衆国から分かれたる国、独立南部連合──コンフェデレートです」

 

 ターニャの知る世界で郷愁と共に忌み名となっている、本来なら歴史の中に消えてしまっているはずの国家。

 

 この世界では「南部連合」が存続していた。

 

※※※※※※※※ ※※※※※※※※ ※※※※※※※※ 

 

統一歴1925年 5月30日 独立南部連合 首都リッチモンド

 

 

 独立南部連合。俗に「わかれたる家」と称される新大陸国家だ。南北戦争をゲティスバーグの戦いから判定勝ちに持ち込み、メヒコとテキサスの騒乱や幾たびもの人種暴動を乗り越えて作られたもう一つの約束の国。

 モットーは「Deo Vindice」──我ら擁護者の下に

 

 

 その国の主である大統領ウイルソンは、大統領執務室で緊急の報告を受けていた。

 

 

「大統領閣下、これは確定的な情報です。共和国軍は消滅しました。もはや帝国に抵抗するための戦力は残っていません。どうやら、旧大陸はプロシャ人のものとなりそうです」

 

 南北戦争における伝説的な騎兵将校を父祖に持つ陸軍長官フォレストは、大統領の前だけで話す流暢な南部発音で報告した。

 

 帝国による回転ドア作戦と共和国軍の壊滅は、その全容が公式に発表されるまでにタイムラグがあったが、各国の上層部は各々の手段でこのカタストロフを知った。おそらく、独立南部連合主力に匹敵する軍勢がせん滅されていたことは南部連合の上層部に衝撃を与えた。

 

 アレーヌ市で行われた帝国軍による「市街地攻撃」を考えれば、ここで行われたせん滅戦は恐るべき厄災だったのだろうと、この大統領は想像している。

 

 高い知性をもった人間が苦悩したときの、あの顕微鏡をのぞき込むような表情をしながら、大統領は報告を聞いていた。

 

 ──なぜ、地上から戦争という厄災がなくならないのだろうか。

 

 彼は、この当時の人間としては非常にリベラルかつ平和主義者であった。

 彼は、旧世界で行われている戦争に対して心を痛めていた。

 

 父は独立南部連合における宗教界のトップであり、母親は科学者の娘だった。要するに彼は、理想主義者として生まれるべくして生まれた男だった。

 

 

「間違いありません。共和国駐在武官が確認しました。未確認情報ですがヤンキーも同じ報告をホワイトハウスにしています。確定的なものです」

「フォレスト君、ここではヤンキーではなく合衆国と呼びたまえ、一応公式の場だ」

 

 大統領の傍に控えていた外務大臣コーネリアス・ハルは陸軍長官を窘めた。長身で、発音は外交官上がりらしい連合王国風だった。こちらも、大統領の前だけの発音だ。気取ったオックスブリッジ英語は普段使いにはよろしくないと南部人は考えている。

 

 ハル大臣は外国人が想像するような「いかにも南部人」という騎兵将校上がりの軍人であるフォレストのことを好いていなかった。

 

 もちろん抜群に能力があることは間違いないが、演技にしてもあまりにも粗野に見えるときがあるのだ。

 

 

 向こう側── パトマック川を挟んで接する分かれた半身についての彼らの呼び方は様々であった。フォーマルではないとき、つまり普段は「ヤンキー」と呼んでいる。

 

 二つの国は自国を「新大陸における真の合衆国」と位置付けていたから、互いに正式な国名で呼ぶのは外交儀礼としてや正式な場面── 政府公文書や高級新聞の紙面に書くとき── つまりやむにやまれぬ事情があるときだけだ。

 

 ハル大臣は、今は大統領の前というやむにやまれぬ場面だ、という事が言いたいらしかった。ともかく、とハル大臣はフォレストのあとを引き継いでいった。

 

「共和国については、彼らの責任でしょう。軍事的な問題ですから。重要なことは連合王国の動きです」

 

 おいおい、一番はこれでヤンキーがどう動くのかの方が重要だろう、とフォレスト。彼にとってはすべて北のヤンキーがどう反応するかがすべてであった。

 それを意図的に無視しながらハルは、連合王国が出した和平仲介案の写しを大統領に渡し、フォレストにも同じものを渡した。

 

 大統領は無表情のまま読み進め、フォレストは読み進めるにつれ顔をしかめていった。

 

 ハルが二人に見せた和平案は「回転ドア作戦」とほぼ同時に帝国に出された通告で、同時に南部連合外務省にも届けられた。ゼートゥーアとルーデルドルフが困惑したものと同一のものだ。

 

 一応和平の仲介となっているが、内容を簡潔にいえば「原状回復」──つまり戦争前の国境線に戻し、敵対的な外交姿勢を戦前に戻せという内容であった。

 

「連合王国は勢力均衡を目的としてこのような提案をしたと考えられますが、帝国は黙殺しています」

「おいおい、クラウツは共和国軍をノックアウトしたんだ。完璧に顎を砕かれたカエル野郎は今マットに伸びている」もはや優雅な発音を投げ捨ててフォレスト長官は言った。

「これは試合そのものをナシって話だ。和平にしてはふざけている」

 

 事実、帝国外務省は連合王国に対して「たしかに受け取った」というポーズはとっていたが、外交儀礼上は黙殺と同様の対応している。

 

「それに、連合王国から事前に我々への相談はありませんでした。おそらく、連合王国内での議会対策かと思われますが」

 

 ハル大臣は言外に「まともに帝国が受け入れるとは考えていなかったのでしょう」と言っていた。

 

 だが、重要な和平仲介案について同盟国に一言もないのはどうか、と考えている。旧世界の情勢は新大陸の安全保障にも直結しているからだ。発音にもそれが現れている。

 

 

 連合王国と独立南部連合はその歴史的経緯から同盟関係にあった。もっとも、その同盟の効力が発動するのは南北新大陸のみで、旧世界には適用されなかったし、自動参戦条項もない。

 

 分かりやすくいえば、新大陸において合衆国が「統一」を掲げて全力で攻め込んでくれば、かつそれが南部連合の独立を脅かすものであれば同盟は発動するが、それ以外については意図的に曖昧であった。

(新大陸北部の連合王国領、ブリティッシュ・カナディアが合衆国に攻められた場合も、立場を逆にして同様である)

 

 この条約は自国にとって片務的ではないかと両国で考えているものが多かったが、合衆国という共通の脅威がいる以上は有効であった。

 

 南部人については言うまでもなかったし、連合王国についても、強大な国力をもつ植民地人は重大な脅威となっていた。とくに極東地域での「門戸開放」問題は両国にとっての重大案件であった。

 

 今のところ、合衆国も南部連合も孤立主義をとり、旧世界に興味はない。

 そしてどちらも第二次南北戦争を望んでいない。合衆国首都ワシントンと連合首都リッチモンドの距離は150キロ程度であるから、航空機その他が発達した現在では開戦と同時に10万単位の死傷者が出ることが確実視されていた。

 

 もちろん、勇気に不足しない灰色の男たち──独立南部連合陸海空軍そして海兵隊── は常にそれに備え、最大動員250万人の兵力をもって、ヤンキーに立ち向かうつもりだが。

 

「ひょっとしてジョンブルは介入する気か?」とフォレスト長官は怪訝そうな顔で言った。

 

「困るぜ。紳士気取りが旧世界にかかりきりになった時、合衆国が殴りかかって来たらどうする?あるいは手薄になったメープルシロップを強盗に来たら?面倒だぞ」

 

 そんなことは分かっている、とハル大臣は目で制し、先ほどから黙っている大統領を見やった。

 大統領は2,3の質問をしたあと、眼鏡を外してハル大臣に言った。

 

「連合王国がどう動くつもりか、直接説明が欲しい。すぐに王国大使をここに呼んでくれ」

 

 畏まりました。では── と続けたハル大臣を、大統領は制した、まだ続きがある。

 

「我が国からの帝国へ、平和のための提案を行いたい」

「平和のための提案、ですか」

 

 ハル長官は面食らっていた。さっきから黙っているフォレスト長官も同様である。

 

 大統領は続けた。この連合王国の提案は帝国としては受け入れがたいだろう。連合王国は旧世界のプレイヤーだ。勢力均衡という彼らの世界観で動いている。しかるに、我々が仲介するならばどうか。連合王国の同盟国とはいえ、旧世界に対して中立の我々が行う提案ならば、帝国も一考に値するはずだ。

 

「我々が、平和のための提案をすると?」

「そうだ。外務省に素案自体はあるだろう。それをたたき台にすれば良い。このまま旧世界の戦争が続く、あるいは帝国による全欧州帝国が成立した場合」

 

 連合王国は弱体化し、それは合衆国のよからぬ行動を招く恐れがある。これはフォレスト長官に向けて言った。

 

 「もちろん陸軍にも仕事がある。純軍事的な面から、帝国勝利後の合衆国の動きを改めて予測、対処計画を策定してくれ。ハル大臣、正式な提案ではなく覚え書きでよい、連合王国大使の話の後で…… いや事後報告でよいか。うむ、すぐに取り掛かってくれたまえ」

 

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全欧州における非公式な和平仲介案── ハル・ノート

 

 これが手渡されたのは連合王国による(帝国にとって)不可思議な通告から1週間後のことであった。

 

 内容については割愛するが「協商連合、共和国全占領地からの撤兵、中立国での会議開催」が主旨であり、帝国が取り敢えず撤兵し、帝国が欲する領土について交戦国の話し合いの上で引き渡すという内容であった。

 

 不幸だったのは、交渉開始の大前提にその全占領からの撤兵を求めていると帝国が受け取ったこと── 実際は撤兵範囲に帝国の主張領土は含まれていなかった。当然に帝国が勝者の配当としては受け取るだろうと考えられるからだ。それがはっきりと明文化されていなかったから同じことだが── そして連合王国周辺の動き。

 

 回転ドア作戦直後に確認された連合王国と思われる魔導師部隊の参加。

 直後に行われた秋津洲皇国の「連合王国に対する道義的支援」の宣言。

 

 帝国は独立南部連合も連合王国と歩調を合わせたと判断した。連合王国から来たものと同じ「無意味な提案」として受け取ったのだ。連合王国と違って参戦してくるとは考えていなかったが。

 

 かくしてハル・ノートは黙殺された。

 




オリ主ならぬオリ国の投入です
一応ネタ元を解説すると、南北戦争時に史実より早く黒人兵の導入を決断したり、ゲティスバーグの戦いに勝利したりして存続したアメリカ南部連合国になります。

ウイルソン大統領→我々の世界のウイルソン大統領。
国際連盟の提案者ですね。生まれや両親の経歴はだいたい作中と同一です

コーネル・ハル→コーデル・ハル
史実での対日交渉案「ハル・ノート」を作った方、この方も現実では南部の出身ためこの世界では南部連合の外務大臣となりました。

フォレスト長官→史実南軍の騎兵指揮官ネイサン・フォレスト
この方は半分オリジナルですね、父祖が南軍の騎兵将校というのはここから、史実のフォレスト将軍はKKKの創始者と言われたり、南北戦争後の合衆国による南部支配に抵抗したりしていました


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