投稿頑張らねば!!
Sideぬえ
「なんか、今年の夏はヤバいよなぁ……」
客一人居ない定食屋の中で、ふと一人の天邪鬼が液晶テレビを前にそう呟いた。
別段、彼女はテレビを付けてニュースを見ている訳ではない。本当に、これといった深い理由もなく、定食屋の外で猛威を振るっている異常な気温に対し、淡々と呟いただけだった。
天邪鬼の言葉に同意するように、今度は一匹の吸血鬼が気だるげな声を上げる。
「定食屋の外に出たら暑さで死んじゃいそうだものね~」
うんうんと、扇風機にあたりながら面霊気が賛同するように頷く。
この定食屋には夏の暑さ、そして冬の寒さ対策を兼ねてエアコンが二台設置されている。その二台をフル稼働させることによって、この定食屋内だけは外の猛暑から逃れることが出来ている。とはいえ、電気代がバカにならないのは必然のことである。
「そういや、今日は非番なのに何でお前ら定食屋来てんの?」
「多分皆正邪と同じこと考えてると思うわよ?」
「私は外の猛暑が怖くて……」
「みんな一緒ね!」
そう、ここに居る妖怪達は揃いも揃って外の猛暑から逃げて来た哀れな小物達だ。外の地獄のような暑さにも負けじと働いている者達もこの人里には多く居る。妖怪の山に居座っている天狗たちなんか毎日仕事ばかりでほぼほぼ社畜状態だと聞いた事がある。彼らに比べれば私達などとるに足らないのだろうが、本音のとこ他人事なのでどうだっていい。
「なあぬえ、腹減ったから何か作って~」
不意に、正邪は私の方へ振り向き上記の要望を投げかけてきた。
「いいけど、何が食べたいの?」
とは訊くものの、正邪が何を今食べたがっているかなんて分かりきっている。この猛暑から逃げてきているんだ、必然的に夏の風物詩へと誘われるのは仕方のないこと。
「そうめんが食いて~」
「言うと思った。……トッピングは?」
「たまごとキュウリとカニカマぁ~」
「出汁は?」
「濃いめで~」
ふぅ、と小さく息を吐き私は厨房へとそうめんを作る為に移動する。
「こころとフランは何かいらない?」
「私はアイスクリームが食べたいわ~」
「冷蔵庫行け!フランは?」
「ジャンボパフェがいいな」
「無理乖離に頼んで」
無慈悲かもしれないが、パフェなんて今の私の技術では再現できない。彼女らが求めるスイーツ系は乖離の十八番なのだ、私には乖離みたく初見で豪華スイーツ作成とかできない。
なんだかんだと自分に言い訳をしながらも、そうめん作成の為鍋に水を張り沸騰するまで火を入れる。
鍋は二、三分放っておいていいとして、トッピングに使う卵焼き作成に移る。
「と、卵ってまだあったっけ?」
冷蔵庫を開け卵の有無を確認してみるが、思った通り無い。……そういえば、この前乖離が卵の補充が必要だのなんだの言っていた気がする。それに、よく見れば冷蔵庫に卵補充求むと張り紙が貼ってある。
「買い出し……行かないとダメかな」
この猛暑の中外に買い物になど行きたくないけど、そうでもしないとそうめんだけに関わらず、明日からの定食屋営業にも差し障ってくる。それを思うと頭が痛くなりそうだ。
半ば諦めムードで鍋の火を消し、今週の買い出し担当の張り紙に目を通す。まあ、分かっていた事だが案の定今週の買い出し当番は私だった。憂鬱な気分になりそうだが、これもまた一興として受け入れる。
タメ息を零しながら厨房から一度出た私は、カウンターに置いてある自分の財布をポケットに仕舞い、店番を正邪に任せて店を出る。その際買い出しに行ってくると告げたら何故かこころとフランに揃って『ジャンボパフェ買ってきて!』と頼まれたが面倒だったので『嫌だ』と断りそのまま店の扉を閉め買い出しに向かう。
「しっかし、ホントこの熱気と暑さは一種の異変レベルよね……」
店の外は思ったよりもずっと暑い。現在は丁度昼頃なので照り付ける太陽は頭上に居座っている。店内はエアコンが効いていたお陰でこの地獄のような暑さを回避できていたけど、いざそのエアコンという文明の機器が存在しない店外に出るとこうも違うというのか。
「あっつぅ~」
歩いてまだ一分程度しか経っていないのに早くも汗が滲み出て来た。どうして今年の幻想郷はこんな猛暑なのか不思議でたまらない。これもキットあのスキマ妖怪の勢に違いない。そうでないとこの暑さに納得がいかないし……。
それにしても、この間の異変で買った水着は殆ど着る機会が無かった。折角正邪と可愛いのを買いに内緒で外の世界に出ていったというのに。とんだ無駄足……まではいかなくても少し損した気分になる。幻想郷では満喫して泳げる所なんて限られているし、そもそもそう言った場所には決まって余計な連中が集まりやすい。
参ったものだ、かつては正体不明の大妖怪と畏れられたこの『封獣ぬえ』が暑さと水着が満足いくまで着られなかったことを惜しんで落ち込むなどと……マミゾウに知られたらいい笑いものだ。大妖怪失格などと笑われ酒のいい肴にされるだろう。
「て、落ち込んでてもどうにもならないわよね……」
フルフルと顔を振って邪念を払う。過ぎた事を一々数えていても埒が明かないもの。こういう時は乖離に教わった通り、これからどう楽しい事を見つけていくかに専念しよう、無駄に悩んでいても仕方がないし。
「ぬえぇぇぇぇぇっっっ!!!」
気を取り直し、いざ買い出しへと歩を進めようとした途端、聞き慣れたような、でも何だか初めて聞くかのような声が何処からか響いてきた。声の主を探そうと辺りを見渡してみるけど、それっぽい感じはどこにもしない。空耳だったのかな。
「ぬぅぅぅぅぅえぇぇぇぇっっ!!」
「あれ?」
今度は空耳じゃない。ちゃんと私の耳に届いたどこか慌てているような、それでいて焦っているような声がした。でも、何故だろうか……聞こえて来た声は聞き慣れている筈なのに、どこか甲高いというかなんというか。
もう一度見渡してみると、どう見ても十歳にも至っていないような人間の男児が私の方へ半泣き状態で猛ダッシュしてきているのが見えた。整った顔立ちに、綺麗なアメジストのような瞳。純日本人を思わせるような真っ黒な髪の色と、現代人をイメージさせるような服装。私の知る中で、この特徴にピッタリと当て嵌まる人物は一人しかいない。
「……誰?」
思わずそんな言葉が出てしまった。なんとなく理解が出来るようでまるでピンとこないのは何故だろう。とてつもなく乖離に似ているのに、あれは乖離ではない。乖離の身長は私はより全然高い。なのに私の名を呼びこちらに猛ダッシュしてくる人間の子供はどうみても私より低い。加えて乖離の声はあんな甲高い声ではないのだから。
「ぬえっ!!助けてぇぇ!」
「ぬおっ!」
猛ダッシュしてきた人間の子供は私に抱き着き、瞬時に私を盾にするように後ろへ回った。その無駄のない動作はこんなか弱い幼子とは思えないものだった。
「ちょ、何?なんなの?」
子供は恐怖のあまりか、ブルブルと身体を震わして怯えている。
なんか、不思議な気分になる。普通人間の子供が妖怪に助けを求めるなんてありえない事だけど、こうして助けを求められれば何だか悪い気はしない。
「えっと、どうしたの?」
「と、とりあえず安全なとこまで移動して!!」
子供ながら切羽詰まったように叫ぶ。一体何があったのかは分からないけど、一旦場所を移した方がよさそうね。
私は改良オカルトボールを取り出し、出来るだけ人目のつかない場所を思い浮かべる。
オカルトボールが起動し、辺りは不思議な光で一瞬真っ白な世界へと変貌する。この光にはある程度慣れているとはいえ、やはりとても眩しいものだ。
光が弱まっていき、少しずつ辺りが鮮明になっていく。辿り着いたのは迷いの竹林のどこかだ。先程までいた人里とは違い、竹林が暑苦しい日光を遮りどこか涼し気な風だけが耳を掠める。その気持ち良いくらいの冷たさがとても心地よい。
「ふう、助かったぁ~」
私に抱き着いていた子供は緊張が解けたのか疲れたように地面に腰を下ろす。
「さっきは急だったけど、あんた一体誰?妙に乖離に似てるけど」
「似てるんじゃなく本人だよ。色々訳アリで幼児退行してるけどね」
いや、乖離に限ってそんな超常現象はありえない。他の人間ならともかく、幼児退行とかどこにでもあるおとぎ話程度に乖離が影響される筈もない。以前だってあのスキマ妖怪にスキマ送りにされて何食わぬ顔して空間こじ開けて出て来たんだから。
「信じていないようだけど、ホントに本人だからね?」
「……じゃあ、何か証明になるものでも挙げてよ。私とのファーストキスの日は?」
「おい待て!ぬえとキスなんてした憶えはないのだが!?」
そりゃまあそうだよ。だって私のファーストキスはいつぞやの異変解決後の宴で寝ている乖離にこっそりとしたものなんだから。起きていたら本気で殺してやろうと思っていたのは内緒。
「いつの間にか穢されていた……」
「ふ~ん……誰にどう穢されたのかな~?」
満面の笑みで、私は幼児化した乖離の胸倉を掴み持ち上げる。乙女の純情を踏みにじる輩は即刻鉄拳制裁あるのみだ。
「いえなんでもないです寧ろ光栄です!あと苦しいから放して!!」
掴んでいた手を放しすと、乖離はストンと地面に尻餅をついた。痛いと苦悶の表情を浮かべ呟きを零す。
「何するんだよぬえ」
「バカで鈍感なクソったれには天誅が下ったのよ」
「理不尽……」
「そんなことより、何で幼児化なんてしてるのよ?まさかそういう趣味だったとか」
「お前は俺を何だと思っているんだ……。この幼児化は知らんよ。今朝目が覚めたら勝手にこうなってたんだから」
解せぬといった表情で乖離は埃を払いながら立ち上がる。見た目は完全に子供なのに、言動も仕草もいつもの乖離だ。どうやらこれは本当に何かの異変のようね。もしかしたら乖離以外にも幼児化してる者が居るかもしれない。
「幼児化した経緯は分かったけどさ、何で逃げてたのよ?」
「ショタコンと化した紫……これで納得できる?」
「それは普通に恐怖でしかない」
そりゃ逃げるしかないわね。私が乖離でも絶対逃げる。あんなのに追い回されると思うと背筋がヒヤリと冷たくなった気がする。なんというか、前回の海異変と並んで乖離は難儀なことばかりらしい。
私は小さく息を吐き、乖離の小さな手を優しく握って永遠亭を目指すことにした。あの薬師なら乖離の幼児化を元に戻すことが出来るかもしれない。
「あの、どこ行くの?」
「永遠亭」
「何故に!?」
「何故って、あこ以外まともに診察できる場所なんてないでしょ?」
「それもそうなんだが……この状態で行けば間違いなく玩具にされると思うのだが」
まあそうなった時はご愁傷様ということで我慢してもらう事にしよう。後で文句言ってくるようであればその時は子供らしくお仕置きしてやろう。なんだかこうして見る乖離も新鮮な訳だし。
迷いの竹林の構造はあの不老不死の案内役がいない以上ここにいる乖離しかルートを知りえない。乖離のナビゲートを仰ぎつつ、順調に永遠亭へと向かう。子供ながらに乖離の足取りは意外と早いおかげか、予想より早く目的地に到着できそうだ。
なんというか、こうして乖離と手を繋いで一緒に歩くというのは久しぶりな気がする。こういった手を繋いで歩くというポジションは基本こころかフランなのだから。正邪は結構嫌がっていたけど。いつもは手を繋いでエスコートされている立場なのに、今回は乖離が子供になってしまった分なんだか乖離のお姉ちゃんになった気になる。
「乖離……」
「ん?どうしたぬえ」
「あっ、いや……なんでもない!」
改めて見てみると、いつもの凛々しい姿ではなく、年相応の愛らしさがまた良いと思えて来る。中身はいつもと大差は無いのだろうけど、それもそれでまたくるものがある。スキマ妖怪の気持ちが少し理解できたかもしれない。だからといってショタコンになる気は毛頭ないが。
「もうじき永遠亭に着くよ」
「案外早かったわね」
「………出来ることなら行きたくなかったけどネ!」
不快感を隠すことなくそう口に出す乖離に、苦笑いをうかべつつ少しだけ手を握る力を強める。
永遠亭ではあの薬師とバカ姫がいるんだ、こんな状態の乖離を見て暴走しないとも限らない。ここは、お姉ちゃんとしてカワイイ弟を守ってやらなければならない。
私はそう自身に言い聞かせ、見えて来た和風式の建物を軽く睨みつけたのだった。
「ぬえ帰ってくるの遅くね?」
「サボってるとか?」
「ぬえちゃんに限ってなさか………」
「「「探しに行くか!!」」」
あれやこれやとしている内に早くも前回の投稿から一か月が過ぎました。なんてこったい!!
※読者の皆様、夏休み如何お過ごしでしょうか。?私は夏コミやらバイトやらでなにかと満喫しています。特に今年夏コミは平成最後でしたので、張りきって爆死覚悟で挑みました!まあ、案の定でしたけどね……。熱中症対策にポカリ三本持って行ったのですが、全て消費しました。会場予想以上に暑く、ポカリ三本目から最早薬の味しかしなくなるほどでした。それでもとあるサークルのブースで「全部ください」といえたのはある種の自慢です。
では、次回もお楽しみに!!(夏休み最後まで楽しみましょう!!)