東方英雄章~【妖怪と人間と】   作:秦喜将

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二度目の夏がやってきましたので今年も特別篇をやっていきたいと思います。
今年は特別篇と本編を両立させようと思います。


特別篇その弐 夏はよいよい、少年怖い?

Side乖離

 

 

 

 

 夏の神秘海異変が過ぎてはや一週間、されども何も変わらぬ暑い夏が続く。蝉は相変わらずうるさく鳴いている。とはいっても、これも夏の醍醐味と思えばある程度は許容できるものだ。彼らも彼らで、一週間限りの余命なのだから……。

 あの日に突如幻想入りした海は結局数日で元の時代に戻ったらしいが、何が原因だったのかは未だに不明であるらしい。この世には摩訶不思議な現象が沢山存在しているとはいえ、あれは結構稀な類だろう。なんせ海そのものが時代を越えて入ってきたのだから。しかも、あの海で採れた魚は外の時代の魚よりも新鮮で脂も乗っていてとても美味であった。正直、釣りができていたなら文句は無かったのだがな、残念だ。

 原因は分からず仕舞いではあったが、あの海がいつの時代のものだったのからおおよその検討はついた。おそらくあれは神代・紀元前二千年辺りのものだろう。それを紫に報告したところ『四千年前の海って……微妙』みたいなコメントが返って来たんだったか。まあ、そんなことを言われても知らんがなって話なんだがね。

 

 いやしかし、この世の神秘というものは中々に侮れないものだと思う。先の海が幻想入りしてきたというのも然り、神や妖怪が闊歩するこの幻想郷だって、傍から見れば立派な神秘だ。内と外を隔てる結界がうんたらかんたらとかもある訳だし。まあもっというなら、世界そのものの意思がこんなとこでグータラ生活しているのもある意味では立派な神秘だと思う。しかも、今宵またもや説明不明の神秘が顕現なさりやがった。これは前回に比べれば質は劣るが、説明不能という点であれば十分拮抗できるものだと俺は思う。それは………。

 

 

「いや、背丈が異常に縮んでるんだが……」

 

 鏡を前に、そう一人ごちる幼い俺。

 現在の俺の身長はおそらく小学生低学年とだいたい同じくらいにまで縮んでいる。俺の元の身長が176㎝だったのに対し、正確に測ってはいないが今は120㎝前後だろう。つまり50㎝以上も縮んでいる。背が縮んだだけならまだいいが、身長に比例し全体的に幼くなっている。思考とか精神とかその辺じゃなく、こう、身体的に。声までやたら高くなってるし………。

 謀探偵マンガみたいに怪しい薬を飲まされたとかそんなものじゃなく、朝起きたら突然こうなっていた。最初は結構焦ったが、今は少し落ち着いている。というか、どうにもならないので落ち着かざるをえない。一応確認として能力やその他全般を使ってみたが、どうやらこれも比例してしまっているようでまるで役に立たない。転移を試みるも、移動できるのはほんの一メートルが限界。刀を顕現させようにも、出て来たのは小さなナイフ程度。クラスターカードの起動を試してみたが、これはまるで反応無しだ。しかも、肝心の自然エネルギーは雀の涙程度。それでも服のサイズ変更は出来たので良しとしておこう。

 

 真面目に、俺死ぬんじゃないかとすら思った。

 

 こうなった原因は分からないが、犯人はだいたい検討はついている。とはいえ、例えその犯人に辿り着いたところで今の俺にどうこうできる程の力が無い。よくて生きたまま喰われるか、傀儡のように弄ばれるかの二択ぐらいしかなさそうだ。第一、こんな幼児体系でどうやって外を歩くかだよ。

 

「行動あるのみ……かなぁ」

 

 首を右へ左へと動かし思考に走るも、いい案が浮かぶ訳でも無く、ただただ無為な時間を過ごすばかりだ。生産性の無い思考など放棄し、さっさと子供は子供らしくベットにGOすべきなのかもしれない。でもまあ、精神や思考は変わらずのようなので、どうしてもそうする気になれないのだがな。

 

「乖離様~、いらっしゃいますか?」

 

 無駄な思考に走る俺を呼ぶ良く知る人物の声が耳に届く。言うまでもなく紫である。そういえば、体が縮んでしまっている勢ですっかり忘れていたが、今日は紫とまた外の世界にショッピングでしたネ!さて、言い訳を用意しなくてはならなくなったぞ!

 とりあえず、待たせる訳にもいかないので玄関へと移動する。青年期の身長の時はあまり気にならなかったが、この身体では廊下が異様に長く感じてしまう。子供とは実に、不便だ。

 この身体になってうまく感覚が追い付いておらず、歩くだけでも大変だ。妙に体が重いというか、脳への伝達が遅れているというか、自分でもよく分からない。それでも、なんとか玄関までは辿り着けた。

 玄関のカギを開け、恐る恐る扉を開けると、以前とはまた違った格好の紫が長い金髪を弄りながら待っていた。身長が縮む前の俺なら、少しドキッとしていたのだろうが、意外にも特に思う事は無かった。対して紫は俺に気付き、目を丸くさせて驚きの表情を浮かべていた。

 

「あ、あら?ここ乖離様のご自宅よね?どうして見ず知らずの子が?」

 

「………」

 

「いやいやいや、この私が。この八雲紫がたった数千年生きたぐらいで呆ける筈が……。おっほん………ねえボク、ここに世界一かっこよくて優しくて強くて何もかもが素晴らしいお兄ちゃんはいないかしら?」

 

「そんな人いません。そもそもそんな完璧超人この世に存在しません」

 

「そ、そう……?ご、ごめんなさいね……オホホ」

 

 そう言って紫は苦笑を浮かべていた。とりあえず、事情とかそんなとこを説明するのも面倒に感じた俺は一旦玄関の扉を閉めた。それでも、紫はなにやら外でブツブツ呟いている声は聞こえて来る。

 

「しかし、ホントどうしたもんかね~……これではまともに外を出歩けないぞ」

 

 紫の事はそっちのけで再度思考に耽る。先程の紫の反応からしてあいつが主犯という可能性は限りなく無くなった訳だが、完全に消えている訳ではないので一応の警戒はしておいた方が良さそうだ。胡散臭いだけあって、演技という可能性も捨てきれない。

 それはともあれ、ここで何もしないという訳にもいかないので、俺はもう一度玄関の扉を開けた。先程と変わらず、紫は何やら納得がいかないといった表情で髪を弄りながら何かをブツブツと呟いている。そんな光景に小さくタメ息を吐きながら、俺は紫に話しかけた。

 

「あの、外で立ちっぱなしというのもなんだし……入る?」

 

「えっ?あ……そ、そうね。お邪魔しようかしら」

 

 とりあえず紫を家の中に入れリビングまで案内する。その間ずっと『どう見ても乖離様の家なのに』と呟いていたが、まだ気づかないのだろうか。というか、この反応からしてもう警戒をする必要は無さそうだ。ここまでが演技だとしてもまどろっこしいし。

 紫をリビングの椅子に座らせ、一応お茶を出す。客人に何もしないというのは些か失礼にあたる。

 

「どうぞ……」

 

「あ、ありがとう」

 

 なんと言うか、気まずい空気だ。身長が縮む前の俺ならいつも通りの世間話やジョークの一つでも挙げて楽しく雑談に興じていたとこだろうが、今の俺は中身はどうあれ外見は子供だ。下手すれば幼児まであるかもしれない。こうなった原因は何なのかは分からないが、やはり早急に解決すべきだろう。

 俺が一人思考に耽っていると、紫がお茶を飲み終え机にコップを置いた音で我に返った。紫の方を見ると、不思議そうに見つめる彼女と目が合った。気恥ずかしさに思わず視線を逸らすと、紫は面白そうにクスクスと笑った。

 

「あら、どうかしたの?」

 

「いや、別に何でもない」

 

 こやつ、実は既に俺が乖離本人であると気付いているのではないか?気付いた上で俺をからかっているだけなのではないだろうか。だとすると非常に意地が悪いことだ。

 

「えっと、あなたはここに何の用ですか?」

 

「私?……今日はね、私の最愛の方と外の世界でショッピングデートだったのだけれど、その最愛の方がどうやら居ないみたいなの」

 

「へ、へ~~」

 

 思わず苦笑いを浮かべてしまう。なんというか、申し訳なさと不甲斐無さから込み上げて来る罪悪感で腹が痛くなりそうだ。原因はどうあれ、紫との約束を破ってしまったのは俺の不徳の致すところだ。とはいえ、紫も紫で本当は気付いているのだろうが、こうして幼い子供に戻ってしまった俺が珍しいのだろう、イタズラの一つや二つはかけてみたいということなのだろうか。

 

「ねえボク」

 

「え、何……?」

 

「あなた、ひょっとして………」

 

 とうとうバレるか……。まあ、それはそれでいいんだけどね。これで心置きなく謝罪が出来るというものだ。俺としてもこういった形で約束を破ってしまったのは非常に不本意だった訳だし。

 

「乖離様…………の、弟さんか何かかしら?」

 

 一瞬思いっきりド突いてやろうと思った。何故そうなるのか……確かに弟とか妹が欲しいなあとか思った事はあるけど、そんな者が俺に居る筈が無い。妹というならこころちゃんとかフランとかその辺りで間に合ってるけれどもね。しかし、何故そこで外すんだこいつは……。もう完全に俺だと見破る雰囲気だっただろうに。

 

「いや、弟とかじゃないんですが……」

 

「そ、そうなの?じゃあ息子さん」

 

「紫、お前マジでシバくぞホント……」

 

 あまりにも空回りした回答に流石の俺もイライラしてきた。弟の次は息子だと?俺に息子なんている訳が無いだろうに。そもそも息子が居るとしたら一体誰が俺の奥さんなんだよ。俺は生まれてこの方結婚経験も女性を抱いた経験も無いっていうのに……。彼女だって居たことナインダゾー。

 

「その声色と雰囲気……。まさか、あなたは………か、乖離様なんですか?」

 

「気付くの遅いわ!てか、最初から気付いてたんじゃないのか」

 

「いえ、全く……」

 

 驚いた……。ホントに気付いてなかったっていうのか。何と言うか、それはそれで傷つくというかなんというか……ええい、もう一々考えるのも面倒になって来た。

 

「ハア~、朝っぱらからドット疲れたよ。何で気付かないかな~」

 

「か、乖離様が………幼体化するなんて」

 

 あれ?何だろうか、とても悪寒がするのだが……。何故紫は下を向いたまま小刻みに震えているんだろうか。そして今気付いたが、手足がスキマで固定されてしまっている。いつの間にというか、何故固定されなければならないのか。あれかな、俺が約束破ったからそのお仕置きとか……。お仕置きって、子供じゃあるまいに……。あ、今の俺は子供だったね。

 

「あの~、紫さん?」

 

 未だ尚小刻みに震える紫に声を掛けると、その震えはピシャリと止まった。そしてゆっくり顔を上げると、急に紫は俺に飛びついてきた。

 

「キャアアアアァァ!!!乖離様がショタ化したァァァ!!可愛すぎるゥゥー!!!」

 

「ちょっ、おい!」

 

 抵抗する事も叶わず、紫に思いっきり抱きしめられてしまった。豊かに実ったメロン二つに挟まれ、上手く呼吸ができない。こういった状況は男冥利に尽きるのだろうが、これはマズい。マジで、窒息しそうだ……。

 

「っ、ゆか、紫……く、苦しいって……」

 

「世界一かっこよくて強くて優しい乖離様が世界一可愛くて愛くるしくて柔らかい乖離様になったわあぁ!!」

 

 紫、完全に暴走中のようだ。そんなことはどうでもいいとして、早く解放して欲しい、このホールド状態が非常に苦しい。なんというか、柔らかい壁に両方から押し潰されてしまうような、そんな感覚がある。そして妙に良い香りがする。香水でもないね、なんだろうか。

 未だに開放してくれない紫、キャーキャーと叫びながら更に腕の力を強めて来る。妖怪パワー恐るべし、拘束から逃れようと精一杯力を籠めるもまるで歯が立たない。力の差以前に、種族の差で大きなアドバンテージがあるというのに、それに加えて俺は子供になったときたもんだ。こんなの敵う訳が無いじゃないか。というか、マジで死ぬ!息が持たない。

 

「紫、放してって!し、死ぬってばホントに!!」

 

「あ、申し訳ありませんわ乖離様」

 

 俺の悲痛な声がようやく届き、紫はそっと俺を開放してくれる。数回の咳をした後、肺一杯に大量の酸素を吸収した。危うく紫の胸の中でご臨終するところだった。おおくわばらくわばら。

 

「しかし、本当に縮んでしまいましたね乖離様」

 

「それ、嫌味で言ってるのか?それとも単にからかってるだけ?」

 

「どちらかというと後者ですね。でも、乖離様の幼年期がこんなに可愛らしいなんて……フフフ」

 

 怖い怖い、そんな怪しげな笑みを浮かべないでほしいものだ。仮にもこっちは人間なんだ、そんな笑みを見せられたら恐怖でチビッちゃうよ。子供だしね。

 

「えっとさ紫、今の俺はまあこんな感じな訳なんだよ。だから今日はショッピングに行けそうにない。ごめん」

 

「フフ……謝る必要はありませんわ乖離様。こうして幼くなった乖離様を見られた事でショッピング一回程度軽く我慢できますもの。それに……いつもの乖離様ではなくても、幼い乖離様は一体どんな味がするのかしらね」

 

「おわッ!」

 

 突如、またもや紫に飛びつかれる。それも今度は俺を押し倒すような形で。

 おかしいな、どうして紫スイッチ入っちゃてるんだ?それに瞳の色も金色に変わっている。妖怪としての本質を現すにしては些か早くないだろうか。感じられる妖気も子供だから敏感なのか、ピリピリと肌が痺れるほどに漏れ出している。

 困った事に、今の俺にはこの状況を打破する手段がない。転移は無意味だし、愛刀を顕現させようにもエネルギー不足で小さなナイフしか出て来ない。加えてクラスターカードなんてうんともすんとも言わないこの始末。ホント危機ってのはいつやってくるか分からないものだ。こんな子供の姿で喰われるなんて俺は御免だし、まだ死にたくもない。精一杯の抵抗はするつもりだが、はてさて最低クラスまで弱体化した俺が最高クラスの力が発揮できる今の紫にどれだけ対抗できるか……。まあ、そんなもの言わずと知れた事だろうけどね。

 

「オレタベテモオイシクナイヨ?」

 

「そうですか?私には極上の品に見えますが……?」

 

 ビビッて片言になってしまった俺を全く意に介さず、紫は相変わらず不気味な笑みを浮かべている。こころなしか頬まで赤く染めている。金色に輝く瞳は、あの日の夏の海の時と同じように獲物を捉えている。俺という小さな人間という名の獲物を、狩り食さんとしているのか。

 正に万事休すだ。自然エネルギーが雀の涙程度しかない今の俺にはあの時の様に反撃する力なんて無い。例え反撃が叶ったとしても、それはほんの数秒の延命に過ぎない。迫る確実な死から逃れられる訳では無いのだ。これもまた因果なのかもしれないが、あまりにも理不尽ではないだろうか。何でこう夏ってのは俺を殺しにかかるんですかねホント。

 

「フフフ……それでは、そろそろ戴きましょうか……」

 

 妖艶に、嘲笑するかのように嗤う紫。迫る死を前に今の俺に出来ることなどたかが知れている。精一杯抵抗するにしても、そんなもの所詮子供が駄々こねる時に少し暴れる程度。ならばいっその事、受け入れてしまった方が潔いというもの。って、見た目子供なのに何を考えているんだろうな……。

 ゆっくりと目を閉じる。これ以上、というかあんまりグロテスクな光景は見たくない。紫が俺を喰うシーンなんて一体誰得って話だよ。それならいっその事何もかも放り捨ててしまえば気が楽になるってもんだ。何より、色んな意味で俺の名誉の為にも。

 

「それでは……頂きますわ乖離様」

 

 死が、迫る気配を強く感じる。子供になって分かった事があるとすれば、それは抗いようの無い恐怖からはただただ怯える事しか出来ないという事だ。勉強になったのはいいが、その対価が死ってのは些か、いや全く納得いかないんだけど。

 目を閉じて数秒がたっただろうか……。覚悟を決めたのはいいが、未だに痛みの一つも感じない。アレかな?痛覚の境界でも弄られたか。それだと余計生々しい光景が映るだけだからよほど怖いな。しかし、そう思っていると、何やら紫がクスクスと笑っている声が聞こえてくる。

 

「えいッ!」

 

「いてっ」

 

 恐る恐るゆっくり目を開けると、何やら楽し気に笑っているいつもの紫が見えた。目を瞑っていたから分からないが、俺今額を軽く小突かれたのだろうか。

 

「ウフフ、本当に可愛らしいですね、乖離様♡」

 

「もしかして、からかってたの?」

 

「言った筈ですわ。どちらかというと『後者』だと」

 

 あ~、なるほどね。そういうことだったのか……。それはそれで安心したが、やれやれ心臓に悪いねこれは。冗談にも限度ってものがあるよまったく。紫の方はイタズラのつもりだったのだろうけど、こっちは真面目に生命の危機を感じたよ。人間相手に妖怪・しかも幻想郷最強の妖怪様が本気で脅かしにくるなんて、大人げないのもいいとこだ。

 

「紫、俺が元に戻った時憶えてろよ~」

 

「今の乖離様がそんなセリフを言っても、まるで怖くありませんわ。それどころか寧ろカワイイ!」

 

 やれやれ、今日は厄日だ。……一体この幼体化はいつまで続くのやらね。ずっとなんて思うとタメ息しか出て来ないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、まだ瞳の色金色のままだけど?」

 

「フフフ、それもそれで一興ではないですか?」

 

「いや、普通に怖いよ」

 




最近ありえないほど暑いですね。今年の日本はどうなってんですかねホント……。

それでも、投稿は頑張って行きます。夏終了までに特別篇完走出来るといいんですがね。
ではでは、次回もお楽しみに!!


追記:今年も夏コミ行ってきます!青いリュックにこころを中心とした缶バッチ付けてるアホが居たら多分僕ですね!!

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