ではどうぞ!!
Side乖離
頭痛と共に、軋むような痛みが全身に走り、眠っていた意識が覚醒する。
「ん、ん~~っ!」
まだ頭と身体が痛い。しばらく気を失っていたみたいだが、未だに自然エネルギーの過剰消費の負荷が抜けきっていない。まったく今日は厄日だ。
意識と感覚が正常に戻り始めた時、不意に後頭部に柔らかな感覚があるのに気付いた。
心地よくて、どこか安心してしまうこの感覚は何だろうか。それだけではなく、ほのかに香るいい匂いの正体は?
俺はゆっくりと目を開ける。するとそこには、俺を気絶させた張本人である輝夜が俺を覗き込むように見つめているのが目に入った。
「乖離様、お目覚めになりましたか?」
輝夜はどこか心配そうに訊ねて来る。
問題ない、と口にしようとすると、再度体に痛みが走りついつい苦悶の表情を浮かべてしまう。
「痛て~」
少し掠れた声で上記の言葉を口にすると、輝夜はクスクスと楽しそうな笑みを浮かべた。
「何か可笑しかったか?」
「いえ、痛がる乖離様も可愛らしいなと思いまして」
俺の痛がる姿を見て楽しむとか、ヒドイなこの姫様は……。
それはそうと、今現在の俺の状態はどうなっているのだろうか。
「輝夜、今の俺の状態って……?」
「はい!膝枕をさせて頂いてます♡」
やはりか、何故に膝枕なんだ?もっと他にはなかったのだろうか。……もちろん嬉しいですがね?
なんてバカな事を考えるのは後にして、俺は膝枕越しに周りの状況を把握する。
現在の俺と輝夜はテントの中、それとあの腹ペコ三人は直ぐ近くでガツガツぬえの作ったであろう料理を食べている。それを苦笑いで見ているぬえと、その傍で新しい料理を作っている優曇華ちゃんと永琳。そして優曇華ちゃんを冷やかすバカウサギことてゐ。
皆なんだかんだで楽しそうである。見ていて和む光景だが、誰か一人足りない気がするのは気のせいじゃない筈。
「あれ、妹紅が居ない……?」
俺が気絶する前、輝夜に抱き着かれる前には確かに妹紅を確認している筈だ。でも今現在俺の視界には妹紅の気配はないが、どこに行ったのだろう。
妹紅を探すべく、俺は気配探知を行う。
すると、案外近くに妹紅はいた。
――――俺と輝夜のほぼ真後ろに。
「輝夜、乖離は起きたか?」
「ええ、今お目覚めになったわ」
「大丈夫か乖離?急に気を失ったみたいだけど」
そう言って妹紅はゆっくりした足取りで俺の前に現れ、腰を下ろした。
「まあ、なんとかね」
「そうか、なら良かったよ」
妹紅はそう言うと安心したような笑顔を向けてくれた。
――――だが輝夜はそれが気に入らないようで。
「ちょっと妹紅、何乖離様に色気使ってんのよ」
「はあ?色気なんて使ってないわ!何言ってんだお前!?」
妹紅は輝夜の言った事を否定するように抗議するが、輝夜はまったく妹紅の言う事に耳を貸さず、ワーキャーと喚き散らす。
そしてそれに感化された妹紅も同じように喚き出す。
ある意味病人の俺の耳元で喚かないでもらいたいのだが、二人がこうなってそまうともう手が付けられない。殺し合いに発展するまで後何秒掛かるかな~。
なんて考えながら、俺はまだ痛む身体に鞭を打ち輝夜の膝枕を抜ける。
痛みはあるが動けない程のものでもない、それなりに回復したということだろう。
俺は二回ほど首を鳴らし、自分の荷物の中からフライパンと包丁を取り出し、余っている焜炉で料理に加わる。
「乖離、もう動けるのかいしら?」
「ああ、心配かけて悪い。しかし永琳、あんたもあの三人には手を焼いてるみたいだな」
「まったくよ……いつまで食べる気なのかしらね?」
残念だが永琳、おそらく腹ペコの彼女等の胃袋は海より深いぞ?特にヘカちゃんはその中でも折り紙付きにやばいからな。
そしてどうやら、優曇華ちゃんはそろそろ限界のようだ。戦力が一つ減るのは心苦しいが、彼女にも休息が必要だろう。
「優曇華ちゃんお疲れ、代わるから休んでな」
「う、うん……ありがとう」
俺は優曇華ちゃんからフライパンと箸を受け取り、代わりを務める。
「ごめんね、あまり役に立てなくて」
「気にしなくてもいいさ。寧ろ俺が気絶中の間よく耐えてくれた」
優曇華ちゃんは疲れた表情で座り込み、後ろを振り返って更に疲れた表情になった。
料理をガツガツと食べ続ける三人組と、その少し後ろで未だワーキャーと喚き合う輝夜と妹紅を見れば、仕方ないことだからな。
でもこの状況が結構シュールで俺は好きだけどね。
「さてと、少し本気で行く……ぬえ」
「ん?……ああ、はいはい準備するね~」
ぬえは気だるげに手を振りながら答える。折角のオフを仕事で潰されるたらそんな態度になるのは分からなくもないが、そう嫌そうにしなくてもいいじゃない?
ぬえの準備も完了したことで俺とぬえは料理に入る。因みに俺が作ろうとしているのはとステーキで、ぬえは豚ニラ炒めを作るようだ。
まずはステーキからだ。油を敷いてバターと卸したニンニクをフライパンで熱していく。そうするとニンニクの香ばしい匂いが鼻孔を燻る。
バターが溶けたら今度は玉ねぎと卸し生姜を焼き目が付くまで炒める。
次に焜炉の温度を最大に上げて肉を投下する。これは肉の表面に焼き色をつけておく方法だ。その際にお酒を入れると一気に表面を焼きあげることが可能なのだ。ちょっと危ないけどね。
ある程度焼き目を入れたら、弱火にして赤ワインを加える。後は蓋をして数分待つだけ。だからと言って目を放すと焦がしてしまう可能性があるので要注意!
さて、俺の工程はここまでは順調である。対してぬえはと言うと、驚いた事に次から次へとフライパンに豚肉の細切れと刻んだニラを流し込むように入れて、塩と醤油で味付けをしてどんどん皿に出している。
フライパンと焜炉が良品である為、肉とニラに火が通りやすいのだろう。でないとあんなポンポン料理出せないからね。
最初こそぎこちなかったぬえの料理は、今や俺に引けを取らないレベルまで進化を遂げてくれたようで俺は嬉しい。
まあ一日に百人単位の料理を作っていれば当然かな。そろそろ料理長の座取られるのも時間の問題かもしれないな。
「さて、そろそろ出来たか?」
フライパンの蓋を開けると、湯気とともに赤ワインも加わったことで更なる奥深い香りが鼻に届く。中の肉は良い感じに焼きあがっており、ついつい涎が出そうになった。
ステーキを皿に移し、最後の仕上げに特製ソースを満遍なくステーキに塗る。
「俺の方はこれで完成っと」
皿を持って三人の食べているテーブルに運ぶと、一番最初にこころちゃんが反応を示した。
「乖離、それは………」
「ステーキだよ」
俺がそう答えると、こころちゃんは涎を垂らしながら目をキラキラと輝かせ始めた。しかもそれはこころちゃんのみではなく、どうやら他二人も同じなようだ。
「ステーキ?!今ステーキって言った!?」
「近い!近いってばヘカちゃん!!」
「落ち着いてくださいヘカーティア様、はしたないですよ」
俺にジリジリと迫りくるヘカちゃん。そしてそれを静止させるべく注意を促す映姫様。しかし映姫様よ、そんな涎顔で言われても説得力ないぞ?
とりあえず、俺はステーキをテーブルの上に置いて、次の料理に入る。ステーキを置いた瞬間から後ろが戦場と化したが無視しておこう。どうせヘカちゃんが勝つしな。
※※※
とりあえずあの腹ペコ三人組の腹は満たせる事に成功した俺とぬえは、二人して浜辺で黄昏ていた。因みに最初のステーキは案の定ヘカちゃんがほぼ全部食っちまったよ。どんだけ食いしん坊なんだあの女神様は……。
そして輝夜と妹紅だが、結局あの二人はいつまで経っても煩いままだったので、永琳が笑顔でお灸を据えたとか据えなかったとか……結構曖昧に終わったらしい。
しかし今思うと、海に来て俺は一体何をしているのだろうか。やった事と言えば魚焼いて、スイカ割りして、逃げ回って、説教して、気絶して、料理して……碌に遊んでねぇじゃん俺、マジで何やってんだろ。
「ハア……」
思わずタメ息が出てしまう。ここまでくると最早呆れてしまう。
大体の話だが、こんな事になったのは元を質せば紫がアホな事を言ったからだ。でなきゃ俺はそもそも家から出てないってのに。
俺が呆れ返っていると、不意に顔に水を掛けられた。しかも塩水……。
「何間抜け面してんのよ」
塩水を俺に掛けて来た主犯であるぬえは、悪びれる様子もなくケラケラと笑っている。
「やったなお前……」
テンションがテンションなだけに、流石にイラッと来た。仕返しをしてやらねばなるまい。
俺は少し足を伸ばし水に少し浸ける。そこから自然エネルギーの応用でぬえの足元を暴発させる。
「うわっ!」
するとぬえは上記の驚いた声を上げて後ろに倒れ込んだ。これぞ波紋のビート……なんてね。
「もう、何すんのさあ……」
「それはこっちのセリフだっての。急に顔に塩水掛けてくるなよ」
「暇だったんだから別にいいでしょそれくらい」
ぬえは不満気に文句を呟きながら、ゆっくり立ち上がる。そしてまたゆっくりとした調子で浮遊し始めた。
「今度は塩水じゃなくて弾幕を掛けてあげよっか?」
悪戯な笑みを浮かべながら恐ろしい事を口走るぬえ。弾幕ごっこなら他所でやって欲しいところだが、しかしその対象が俺なのでどうにもならない。
「弾幕は勘弁してくれ」
「つまんないの~」
そう言うなぬえさんや、俺だって現在進行系で暇なんだから。ま、どうせこれから暇ではなくなるだろうけどね。
例えば―――
「【氷符・アイシクルフォール】!!」
「ほら来た」
氷妖精の放ったスペルカード、空中より飛来する無数の氷の弾幕。一つ一つは大した威力はないが、質より数の力押しという戦法だ。面倒なので一応一掃しておこう。
「【地の理・水陣豪乱舞】」
俺の発動させたスペルカードによって、海の水はたちまち無数の鋭利な槍と化し、迫りくる氷の弾幕を殲滅すべく撃ち上がる。
無数の水の槍は一直線に氷の弾幕へ向かって飛んでいく。
一つ一つがぶつかり合った際、氷塊が砕ける音と共に弾け飛んだ水がシャワーのように俺とぬえに降り注いだ。
「気持ちいいのに気持ちよくないんだけど~」
「俺に文句言うなよ」
今も尚ぶつかり合う二つのスペルカードを見物しながら、ぬえは上記のような文句をまた呟く。俺の勢じゃないってのに。
「てかさ、何で加減してんの?」
「アホか、俺が本気でやったら勝負にならんでしょう」
はいはいそうですね~、と、ぬえは呆れたように笑いだす。
水の槍と氷の弾幕の鬩ぎ合いがしばらく続いた後、氷の弾幕を放った張本人である氷妖精が無い胸を張ってご機嫌な様子で姿を現した。
「流石は乖離、アタイの最高にして最大のライバル!よく今の攻撃を防ぎきってみせたわね!」
現れた氷妖精ことチルノ。幻想郷最強を自称するちょっと……いや、大分おバカな娘。見掛け倒しの氷の翼に、いつもと恰好が違い『ちるの』と胸に書かれたスク水を着ている。
そして何故か俺は彼女のライバルらしい。
ついでにもう一つ言っておくなら、チルノの上記のセリフは毎度の事なので、決して今日に限った事ではないのだ。
「あんたさあ、毎度そのセリフ言ってるけどこれまでに一体何度乖離に負けたか憶えてる?」
「Shut up,you idiot,l have not talked to you!(黙れバカ女、お前になど話してない)」
付け加えが必要だ。チルノは結構無駄な知識のみバカみたいな速度で吸収する奴だった。その勢で一体何度慧音さんが頭を抱えていた事か……。
「え、なんて?」
ぬえは英語を知らない。というよりも、英語自体幻想郷にそこまで存在してないので、チルノのあれは完全に俺の影響だ。しかし悪いとは思ってないので反省はしませんとも。
「チルノ、毎度言ってるけど急に英語使うなよ!ぬえがお前よりバカだと思われるだろ」
「フォローする気無いでしょあんた!」
「失敬な、俺はちゃんとフォローはしたぞ?表面だけだがな」
「尚悪いわ!」
ぬえは恥ずかしさと怒りを露わに、顔を赤くし俺に抗議の声を上げている。そんなぬえも可愛らしいネ!
一端ぬえの抗議をスルーし、俺は未だ自慢げに空中に浮遊しているチルノに話しかけた。
「チルノ、大ちゃん達は?」
「大ちゃんたちなら向こうで遊んでるよ?」
「そうなのか?じゃあお前は?」
「乖離と決着を着けに来た!」
決着って……こやつは一体今まで俺に何戦何敗してるか憶えてないのかよ………。まったく、こころちゃんじゃあるまいし。
「決着ねえ……じゃあ円周率言ってみ?それが言えたら決着つけてやるよ」
「ホント!待ってね~、π・3.1415926535897932384626433832795028841971693……………」
ヤベーこいつ本気で言ってやがる!無駄な知識はバカみたいな速度で吸収するとは言ったが、円周率まで覚えやがるとは計算外だった。こいつの脳味噌の構造おかしいだろ絶対!
だが、幸なことに円周率は百桁あるのだから、このペースでいけばまだまだ時間が掛かるだろう。
俺はこっそりとぬえに耳打ちする。
「ぬえ、今のうちにここから離れるぞ!」
「はあ?何でよ」
「いいから!」
俺は半ば強引にぬえの手を引こうとすると、更なる厄介事が迫ってきている気がした。………何故今日に限ってこんな事ばかりなんだよ!
――――そしてどうやら、俺の勘は見事に的中したようで……。
「乖離君、こんなところに居たんですか?探しましたよ」
そう言って東風谷先輩は早歩きで俺の方へと近づいて来る。
「お兄様み~つけた!」
「乖離さん、こんなとこに居たのね」
「ようやく見つけたわよ乖離」
「乖離ー!さっきの恨み!!」
今度はスイカ割り四人衆が………。
「モテる男は辛いね~」
俺を冷やかすように正邪が嗤う。……てかいつから居たんだお前!
「氷鉋様!このような所におられたのですね」
「乖離さん、探しましたよ?」
次は宗教関係のお二人さんと、その愉快な仲間たちが集まって来た。
「乖離、何してるの?」
「乖離クン、一緒に泳ぎましょう?」
「では私もついでに」
今度は腹ペコ三人が………いつ復活しやがった!
「乖離様!私とも泳いでください♡」
「抜け駆けすんな輝夜!」
今度は妹紅と輝夜が……お前ら二人は永琳にお灸を据えられたのではなかったのか……!
マジで、ここの人口密度高過ぎだろ。どうなってやがんだよまったく!
俺がそんなこんなで頭を抱えていると、ぬえはそっと俺の肩に手を置き。
「なんか、ドンマイ乖離!」
「励ましになってねえし………」
俺の自由はどこに行ってしまったのやら………。誰か探してくれない?
おそらく、次回で夏のイベント篇は最終回となります。
最後の〆は、彼女にしてもらいましょうかね~♪
次回もお楽しみに!!