東方英雄章~【妖怪と人間と】   作:秦喜将

35 / 48
二十七話 月と彼の過去その⑤

Side輝夜

 

 

 

 月での大戦、一騎対月の最大勢力による戦いから早三年が過ぎた。

 あの日の大戦結果は言わずもがな、月の勢力は惨敗に終わり一騎による一人勝ちとなった。それ以来、月の民たちがどうなったかというと、存外皆無事であった。それもこれも、あの方が慈悲深く聡明な方であったのが救いといえる。それでも重鎮達と一悶着はあったんだけれど……。

 

 勝利を得たあの方は、別段月の崩壊や月の民たちの月脱退を望む訳でもなく、ただ今まで通りの運営をすればいいと仰っていた。曰く、戦いに勝ったところで別に得るものがある訳では無いらしい。

 ただ変わった事はある。あの日以来月はゆっくりとだが、あの方の影響を受け花や穀物類を育てるようになっていった。主にコスモスとか向日葵とか、西瓜とかね。

 変わったのは月の状況だけではなく、月の民達も同じ。特に、あの方と戦ったサグ姉や思兼とかはもはや別人のように変わっていった。というのも、サグ姉は何かとあの方の話や前に立つと急にしおらしくなったりする。いつも冷静沈着なサグ姉が嘘のように取り乱したりとかは一種の名物だったりもするくらい。

 思兼に至ってはまあ……アレなのよねえ。急に夜中に薄着であの方の寝室に忍び込もうとするくらいに変わった……。あの時は色々と騒ぎになったんだっけ?

 

 

 とまあ前座はこの辺にして。今現在の私はというと、あの方・氷鉋乖離様の部屋(ミニ図書館)に向かっている。

 特に会わなければならない理由がある訳でもないけど、私にとって『会いたくなった』というだけで理由はこと足りる。

 

「ふんふふ~ふふん~♪」

 

 鼻歌を鳴らしながらスキップで乖離様の部屋まで向かう。

 因みに言っておくと、乖離様の部屋は王宮ではなく旧八意家の屋敷にある。なんでもそちらの方が青く輝く星を一望できるかららしい。私にはそれの何がいいのかよく分からないけど乖離様にとってはとても重要な事なのよね多分。

 なんて考えていると、早くも乖離様のお部屋に到着!

 

「フフフ……」

 

 妙な笑い声が出たのは無視して、私は部屋の扉に手を掛けた。すると中から誰かしらの話声が聞こえて来たから、少し聞き耳を立ててみることにした。

 

「それでは、やはり先生は普通の人間という解釈が正しいのですか?」

 

「まあそうだな。……といっても、お前たちには信じ難いだろうけど」

 

「ハハハ、まあ……そうですね」

 

 声の主は、おそらく依姫かしらね?この月においても乖離様を先生呼ばわりするのは彼女だけだし。それと、一体何の話をしているのかしら。

 

「結局、俺はこの月ではいつまで経っても嫌われ者ということだろうよ」

 

「そ、そのような事は……」

 

「無いと?」

 

「うっ………」

 

 乖離様の先読みに、依姫は何も言い返せなくなった。確かに乖離様は月では嫌われ者であるのは間違いない。地上の民という理由と、三年前の大戦を考慮すれば当然と言える。実際、私も乖離様を嫌っていた者の一人でもあった訳だし。

 でも、今は違うと断言できるわ!

 

「まあ、いいさ。どの道俺にはそんなものは関係ないしな……」

 

「は、はあ……」

 

 まあ確かに、この方は自身の風評などには一切興味を抱かない。誰がどう言おうと、誰にどう嫌われようと、これといった反応を今まで示したことがない。ただ、好意とかになってくると話は別みたいだけれどね。主に私とか私とか私とか……。

 

「それにまあ、嫌われていようと、俺を憎からず思ってくれる酔狂な奴もいる訳だしな。………そうだろ?輝夜」

 

 不意に声が掛かる。明らかにバレてた。音も無く忍び寄ったつもりだったのに、完全に気付いていたとは……流石は乖離様ね!

 そうじゃなくて、気付かれていたのはいいんだけれど、何故に今更?なんて考えていないで、さっさと入った方が良さそうね。

 私はドアのとってに手を掛け、ゆっくりと開き入っていった。

 

「お邪魔します」

 

 中に入ると、若干驚き顔の依姫と含みのある笑みを浮かべた乖離様が私を見ていた。うん、とても気まずい。

 

「い、いつからお気づきに?」

 

「『フフフ』という妙な笑い声が聞こえた時からかな?」

 

 なるほどつまり最初からということんですね分かりました。それならそうと早く声を掛けてくださってもいいでしょうに……。

 なんて思っていると、乖離様が急に立ち上がった。

 

「さて腹が減ったから何か作るが、食いたい物でもあるか三人共?」

 

 そう言って乖離様は私と依姫に背を向けてキッチンまで早歩きで向かった。ん?今何で三人って言ったの?ここには私と依姫しかいない筈なんだけど……。

なんて思っていると、後ろからなにやら物音が聞こえて来た。

 

「ん……もう朝?」

 

 聞こえて来た声は乖離様の寝室からだった。そこをジーっと見つめていると、白い翼が見えた。……間違いなく、十中八九サグ姉ねあれは。

 サグ姉はまだ眠そうに、目を擦りながら布団を体に巻いて出て来た。よくよく見ると布団剥がしたら全裸になるのではないか思う程に、素足や生足がはだけている。

 

「ん?輝夜に依姫……どうして「どうしては私のセリフですよサグメ様!!」……う~、耳に響く」

 

 サグ姉の問を遮るように、我先に依姫が問を投げかけた。それはまるで叫ぶように慌てていたので、ついつい耳を塞いでしまった。それはどうやらサグ姉も同じなようで……。

 それより気になるのは、何故サグ姉が服も着ていないまま乖離様の寝室から出て来たということよね。おそらく依姫もそれが知りたくて、というかサグ姉の身を案じて叫んだのでしょうね。

 

「先生ー!これは一体どういうことですかぁぁ!!まさか、サグメ様と大人の過ちを犯したなどとは言いませんよね!!」

 

 キッチンにも届くように大きな声で問を投げかける。

 少し間が空くと、乖離様は顔をフライパンで隠し肩を落とした状態で現れた。

 

「俺は何もしていない。というか、昨日は徹夜で仕事片付けていただけだが?」

 

「では何故サグメ様が裸なのですか?!」

 

 乖離様の返答に満足していない依姫は一層声に圧を掛けて問いかける。対して乖離様はやれやれといった感じで返答なされた。それはとても面倒くさそうに。

 

「服着て寝ないのはサグメの癖だろ。第一、そうお前のいう大人の過ちとやらは穢れを生み兼ねないんじゃないのか?」

 

「それはそうですが……しか「依姫……ごちゃごちゃうるさい」………」

 

 と、ここで今度はサグ姉によって依姫が鎮圧されてしまう。まだまだ乖離様に問い質したいと思う依姫も、流石にサグ姉の怒りには触れたくはないようね。まるで借りて来た猫のように大人しくなってしまったし……。

 

「ったく、どうでもいいがさっさと服を着ろサグメ」

 

「何で?」

 

 何でって、そりゃずっと裸でいる訳にはいかないからでしょう?というか、乖離様には刺激が強いからなんじゃないかしら……。

 

「あのなあ「こっちの方が色っぽいでしょ?」………否定はしない」

 

「いやいや、否定してください乖離様!」

 

 流石の私もこれにはツッコミを入れてしまう。だってサグ姉が乖離様を悩殺しようとしているのがまる分かりなんだから仕方ない。

 そんな感じでツッコミを入れておくと、今度はサグ姉が敵意むき出しで睨んで来た。

 

「輝夜、私から乖離を取る気……?」

 

「サグ姉こそ、私から乖離様を奪うつもりかしら……?」

 

 これには私も負け地と応戦する。だって乖離様取られるの嫌だもん!

 

「まあまあ二人共落ち着いて……」

 

「「依姫は黙ってて!」」

 

 依姫が何やら言って来たけど問答無用で弾劾する。これは私とサグ姉との乖離様正妻戦争なのだから部外者はすっこんでおいてもらう。どうやらそう思ったのは私だけではなくサグ姉も同じみたいだったけど。

 して、弾劾された依姫は今の一蹴で落ち込んでしまう。まあどうでもいいから放置しときましょうか。

 

 しばらくサグ姉と睨み合っていると、キッチンから良い匂いがしてきたので、少しそちらを向いてみると乖離様がニラ炒めを皿に乗せて出て来た。というかいつの間に料理に!

 

「バカ(×2)が、俺の部屋で揉め事起こすならお前ら飯抜きな?」

 

 乖離様のその一言で、ピシャリと私とサグ姉の睨み合いは終わった。それもその筈、超絶美味しい乖離様の料理が目の前にあるのに、それにありつけないなんて拷問以外の何ものでもないのだから。

 

「依姫、箸を五人分用意してくれ。それとキッチンに置いてある他の料理もな」

 

「はい先生。ん?五人ですか?」

 

「ああ」

 

 依姫は首を傾げながらも、言われた通り箸と料理を用意するためにキッチンの奥へと向かった。

 

「それとなサグメ、さっさと服着ないならお前だけ飯「もう着た!」……よろしい」

 

 乖離様が何を言おうとしたのかを理解したサグ姉は、手品かとツッコミを入れたくなるほどの速度で衣服を着こんだ。これぞ正に早業!

 

「さてと……そろそろかな」

 

 ふと、乖離様は上記のセリフを呟いた。私はそれが気になり、訊ねてみる事にした。

 

「乖離様、そろそろとはどういう意味なんですか?」

 

「直に分かるさ……俺の料理の匂いを嗅ぎつけて来る厄介なのがセットでいるんだよ」

 

「厄介とは……?」

 

「もう来るさ……3,2,1……」

 

 そう時間を数えられた瞬間、廊下からもの凄い足音が響いてきた。それも二つ。

 おそるおそるドアを覗いてみると、盛大にドアは開かれた。

 

「「乖離(さん)の料理の匂いに釣られて!」」

 

「ほら来た」

 

 乖離様は自身の予感を嘲笑うように現れた二人に視線を移した。そして現れた二人というのが、言わずもがな思兼と豊姫だった。それにしてもこの二人は普通にドアを開けられないのかしら……。

 

「役者は揃ったな?飯の時間だ、席に付け」

 

 乖離様はそう言って、キッチン近くに用意されている料理の乗った机とは逆側、仕事用に使うソファーの凭れ掛けた。そうして近くにあった適当な本を一冊手に取り、他知らずといったように一人読書を始めてしまった。こうなってしまった乖離様は誰にも止められないのよね。何せこの方は、読書の邪魔されるを極端に嫌われているのだから。それでもやっぱり一緒に朝ごはん食べたかったな~。

 

 

 

 四人で食卓を囲んでいるなか、乖離様だけは一人本を読みながらアジの開きとニラ炒めを食べている。なんだか同じ空間で食べている気配がしない。そもそも一緒に食事をとっている訳ではないのだけれど……。

 

 そんなことを考えていると、不意に乖離様は読書の手を止め、思兼に視線を移した。

 

「思兼、あんたに聞きたい事がある?」

 

「何かしら?あ、スリーサイズ?上から97、58、84よ」

 

「誰得情報だそれ……」

 

「あ・な・た♡」

 

「「「「…………」」」」

 

 その発言には、流石にその場の空気が冷めた。だって仕方がないじゃない。いい歳こいてバカみたいなんだし、歳を考えろとツッコミを入れたくなるわね。

 でも、誰もそんな事は言わない。というか言えないというのが現実ね。だって言ったら絶対思兼の怒りを買って薬の実験体にさせそうなんだもの。

 

「と、冗談はさて置き……何かしら?」

 

「……噂でだが、近々この月で戦争が起こるそうだな」

 

「……情報が早いわね」

 

 戦争?一体なんの事かしら……気になるけど黙って聞いていた方が利口みたいね。

 

「主犯は割れているのか?」

 

 そう聞かれた際、若干乖離様の覇気が薄れたような気がした。それと同時に、空気が重くなった気もした。

 

「名は分からないけど、かなり強力な妖怪だそうよ」

 

「そうか……」

 

 思兼の返答を聞き乖離様は困ったように、掌で顔を覆いながら俯いてしまった。一体何故かは分からないけれど、何やら問題事の予感がする。乖離様があこまで俯かれたことはなかったのだから。

 

 しばしの間、乖離様の復帰を待っていると助け舟を出すようにサグ姉が声を掛けた。

 

「乖離、何か思い当たる事でもあったの?」

 

 それに呼応するように、豊姫も同じく乖離様を心配されてか声を掛けた。

 

「乖離さん、我々でよければ相談に乗りますよ?なんでも話してください」

 

 二人が呼びかけても、依然として乖離様は何も答えない。正直、こんな乖離様は初めてといえる。私には分からないけど、一体何があそこまで乖離様を悩ませているのかしら。

 もうしばらく待っていると、乖離様が俯いたままの状態で私たちに問いを投げかけてこられた。しかもそれは―――

 

「もし俺が、その戦争に参加して両者を一人残らず惨殺すると言ったら……お前たちはどうする?」

 

 誰もが黙り込む。乖離様の強さを知っているサグ姉と思兼なら尚更に。乖離様が口にされたことは、ある意味では決して抗いようのない絶望である。安易な返答なんて出来ない。それほどまでに乖離様が口にされた言葉は重い。彼の請け負っている仕事、そして乖離様自身の正体を知っているなら尚更。

 乖離様は執行者・又は星の守護者である。彼は外に見える青き星、地球そのものの意思であり代行者でもある。つまり、月で起こりうるであろう戦争が星によって『歪み』の対象となった時、乖離様はその鎮圧の為に星の裁きを下される。そうなれば乖離様は月の勢力と地上の勢力両方を壊滅させ、その『歪み』を排除されるでしょうね。

 

 誰も、何も口にしない。思兼は何も言わずただただ考え込むように思考を巡らせているのでしょうね。そしてそれは他の三人も同じく。

 

「俺の意見としては不干渉っていうのがベストなんだが、何分そうもいきそうになくてな……」

 

 乖離様は若干諦めたように、小さく嗤った。それが切っ掛けとなったのか、思兼が立ち上がり胸元から一枚の紙を取り出した。

 

「では乖離、ギアスを結びましょうか」

 

「ギアスの縛り……」

 

 ギアスと言えば、物事における契約や約束の上位互換・絶対重守の誓い。ギアスで結ばれた拘束を振り払うことは不可能で、解除する事も出来ない。一度結んだ契約が破られると、ギアスの呪いが働き破られた一方は破った一方に不可避の罰を与えられるもの。その際破った一方は何の抵抗も不可である。

 

「別にそれは構わないが、一体どういった約定を結ぶ気だ?」

 

「簡単に、私たち月の民は決して自分たちからは地上に手を出さないということ。武力を行使するのは攻め込まれた時に限る」

 

「んで、俺には何を約束させる?」

 

「あなたには、星の意思を抑制してもらうわ」

 

「つまり、戦争が起きた際は星の意思では無く自分の意思に重きを置けと?」

 

「まあそんな感じかしら」

 

 話に入り込む余地も無く話の段階は次々に進んで行ってしまう。思兼が何を思いギアスを結ぶのかは分からないけど、乖離様はその真意を知ってか知らずか了承した。

 乖離様と思兼を除いた私達三人は、静かに二人の契約を見守った。

 

 魔法陣とは少し違った紋章が床に浮かび上がり、二人を取り囲む。囲まれた中で乖離様と思兼はそれぞれ異なった言語で詠唱を唱え儀式を完成させる。

 私には何語を話しているのかは分からないけれど、契約において大切な物だということは理解できる。

 

 

 

 

 

 

 二人の契約式を見守り、無事に契約は終了したみたい。

 後から聞いた話だけれど、実はこの契約の真意は別にあったらしく、月だけを縛るものではないらしい。しかし、その真意は幾ら思兼に聞いても教えてはくれなかった。何でも、知られてはマズイことだとかなんとか……。

 

 ただ、この契約から一月が過ぎ、乖離様は月を去って行った。

 優しく、労いと別れ、再会の誓いをして……。

 




余談
依姫「私たちの出番の少なさ………」
豊姫「私なんて喋ったの二言三言程度……」
サグメ「モブ……なんて言ってみたり……」
乖離「心配しなくても近い内に出るらしいぞ?」
三人「よしっ!!!」



長らくお待たせしました。
これで回想編は終わりです。しかしちゃんとキャラ映えさせられてないのは残念です。
色々とツッコミたいところはありそうですが、次回からは月の各キャラの乖離との関係を明らかにさせますので、ご期待ください。
最後の方は完全に手抜きな気がしてならないのは私だけではない筈………。

次回もお楽しみに!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。