東方英雄章~【妖怪と人間と】   作:秦喜将

33 / 48
二十五話 月と彼の過去その③

Side思兼

 

 

 

 

 会議室を支配する強風と衝撃。ソレは安易に結界の張られた壁を破壊していく。

 サグメの放った蹴りと、執行者が展開した羽根のような六枚の盾が衝突しそこから発生した力の奔流が逃げ場を失い辺り一面に飛び交っていく。

 

 バチン!と、何かが弾けたような音と共に、サグメは私の隣に吹き飛んできた。

 敵意と殺意を宿した瞳は健在。サグメは肩の埃を払うように立ち上がる。しかし、視線は真っ直ぐ砕けた地面と砂煙で囲まれた壇上に向いている。おそらく今の一撃で仕留められなかったようね。

 

「…………」

 

 サグメは無言のままジッと壇上を睨み続ける。すると、舞い上がった砂煙の中からその者は五体満足で現れた。

 

「……驚いたな、たかだか天津神風情にこれほどまでの神力が宿っていようとは。……お前のソレは、八百万の域を超えている」

 

 称賛か、それとも挑発か、どちらにせよ執行者の男は口元に小さな笑みを浮かべていた。その執行者の取った態度に怒りを覚えたのか、サグメは強い口調で否定した。

 

「ふざけるな……!私などあの方々には遠く及ばない。比べることすらおこがましい」

 

「………そうか」

 

 まただ。また執行者は興が削がれたような、つまらなそうな表情になった。

 

「警護隊!行けー!!」

 

 突如、一人の重鎮の叫び声と共に会議室の外で待機していた警護部隊が入って来た。連携は取れている。その証拠に、瞬く間に警護部隊は執行者の男を取り囲んだ。

 

「大人しくしろ!貴様は完全に包囲されている!!」

 

 警護部隊の隊長格である一匹の玉兎が警告を促す。その警告と共に、部隊の全員が気を引き締めるように半歩摺り足を取る。

 

 

 

 

 足りない。どう考えてもこの戦力では圧倒的に足りない。彼らは私に言わせれば雑魚も同然だけれど、個々の強さは平均以上であることは間違いない。月の部隊でも十分上位に入れる者達であることには変わりない。

 しかしだ、彼らが敵としてとっている相手は規格外の化け物。洗練された兵たちといえども、彼の執行者が相手ならば羽虫も同然だ。

 その証拠に、執行者も彼らに対して何の興味も抱いていないようだしね。視線は途切れる事無く、私とサグメに向いている。

 

「………茶番なら他所でやれ。虫けらが立ち入って良い領域では無い」

 

 上記の言葉は、意外にも執行者の言葉では無い。それはサグメから発せられた言葉だった。

 それを聞いた隊長格の玉兎はサグメに抗議した。

 

「し、しかしサグメ様、この者は我々が……!」

 

「お前たち程度で勝てる相手ではない。……下がれ」

 

 圧を掛けるように、サグメは非情にも彼らを突き放した。だが、サグメの判断は正しいと言える。確かにアレを相手取るには警護部隊程度では無力でしかない。無駄に死体を増やさないためには私達が出るしかないのだから。

 

「あなた達は月の守護神達を要請しなさい。アレは私達でないと対処は不可能よ」

 

「り、了解しました……」

 

 そう言って、執行者を包囲していた部隊はゆっくりとその場から離れ、急いで月の各地へ散っていった。

 

「相談は済んだか?」

 

「ええ、待たせて悪かったわね」

 

 私は髪を三つ編み状に結び、気を引き締める。恰好が戦闘服ではないけれど、今は我が儘を言ってられない。一刻も早く、この無法者を排除しなくてはならない。

 サグメは既に臨戦態勢、あり余る神力を開放しいつでも戦いを始められる状態に入っている。

 私も全身に霊力を纏わせる。――――瞬間、会議室が異様な音を立て地震の如く揺れ始めた。

 

 霊力を体に纏わせるなんて、一体何時振りだったかしらね。基本的に力をセーブして生きて来たから、こうして力を開放するのは何だか童心に戻った気分になる。その勢で、力の加減を誤って大気を震撼させちゃったりもするのだけれどね。

 

 私とサグメはもういつでも始められる状態に至った。方や執行者は未だに動きを見せない。力を開放する気が無いのか、それとも侮られているのか。……どちらにせよ決着は早い方が好ましい。

 

 

 

 

 先に動いたのは、サグメだった。ゆっくりと歩きながらサグメは執行者に接近していく。その立ち振る舞いは貴人の如く、優雅なものであった。

 二人に距離は腕を伸ばせば届くほどに縮まった。サグメはそっと執行者の胸に手を添えてゆっくりと瞼を閉じた。あの構えはおそらくサグメが最も得意とする格闘術の一つ、【秦画】でしょうね。あの状態から相手の先手を誘い、カウンターを狙う技法。アレは私でも真似られないサグメ独自の技。

 ただ解せないのは、それを知ってか知らずか、執行者は何の動きも取ろうとしない。アレではカウンターが狙えない。

 

「その構え、古代中国に存在したとされる護身術に似ているな……。だが、お前のソレは………ああ、なるほどな。それが原点ということか」

 

「御託はいい………来い」

 

 執行者は、ほんの一瞬だけ指を動かした。それに大した意味があった訳ではないのだろうけど、それが過ちとも言えることには変わり無い。

 一瞬――――時間にして0,1秒の僅かな動き。これをサグメは見逃さなかった。

 

「愚行だ……」

 

 サグメは冷たい口調で、それでいて強く力の籠った声で告げる。

 吹き荒れる神力は執行者の胸に添えられている手に収束していく。放つは不可避の拳、仕留める為ではなく相手を怯ませるサブアサルト。

 

「ハッ!」

 

 一喝。サグメは張り上げた声と共に拳を強く握り執行者に突き刺した。神力の籠った鋭利な一撃は執行者を貫通した。

 余波として生じた衝撃波は真っ直ぐ壁にぶつかり深く抉り込んでいた。アレはあくまでも隙を作る為の技ではあるけれど、サグメが放つと一撃で必殺たりうるモノとなる。

 

 体制を崩すように、執行者は前のめりに倒れそうになるもサグメはその程度では許さない。既に神力を足に集中させ、後ろ廻し蹴りを倒れ込む執行者の腹に直撃させた。

 落雷でも落ちたのかと思わせる程の轟音と共に、執行者は蹴り飛ばされ壁を突き破って外に弾き出された。あれをまともに喰らったのだから、相当なダメージになったでしょうけど、何故かサグメの顔色は優れないままだった。

 

「サグメ……」

 

 私はサグメに声を掛ける。しかし返答は無い。ジッと執行者が飛んで行った方向、突き破られた壁を睨みながら更に神力を開放し始めた。

 

「八意様……」

 

「何?」

 

「万全装備にお着替えください」

 

 それは予想外にも、私に本気を出せという意味を含んだ言葉だった。

 

「サグメ………?」

 

「あの瞬間、あの執行者めにやられました………」

 

 そう言ってサグメは執行者を蹴り飛ばした方の足を私に見せた。

 ――――絶句、それはあまりにも理解しがたい光景だった。蹴り飛ばした方の足が足首から切断されていたのだから。

 

「この程度の負傷ならば数分で完治しますが、問題はそこではありません」

 

 曰く、不可能な体制からの反撃。

 曰く、反撃をノーモーションで行った。

 曰く、ソレは理解の及ばない何か。

 

 サグメの体験と憶測が正しければ、確かにそれは私が全力を出す必要があるものなのでしょうね。あの状態からの反撃なんて、現状この月には私以外存在しない。しかもそれがサグメの攻撃に対する反撃ともあれば尚更だ。

 

「分かったわ……私も本気でアレの対処に専念するわ」

 

「では、私は先に奴を……」

 

 そう言って、サグメは執行者が飛んで行った方向に飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 月の都に土足で踏み込んだその愚行、私の手で直々に後悔させてやる。

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 執行者は現在、月の都から少し離れた場所、大結界外から青く写る神秘の星を眺めている。――――地球、それはあらゆる神秘を生み出してきた生命の源泉であり、母なる巨像である。月とて例外でなく、あの星から生まれた物でもある。

 月より写る地球を眺めながら、執行者は蹴られた腹部を擦る。今度ばかりは痛みはある。ダメージも十分に。だが、ソレらはまるで初めから無かった(・・・)かのように消えている。

 

「やれやれ、少し油断が過ぎたか?強者を殺すはあらゆる武具に非ず、慢心に他ならないとはよく言ったものだ。……ま、俺は強者でもなんでもないのだがな」

 

 己の未熟を恥じているのか、それとも嘲笑しているのか、執行者は他者から見ればどちらにもとれるような笑みを浮かべていた。それもまた一興と言わんばかりに。

 

 

 笑っていた表情は、再度その目に写った地球とともに掻き消えた。

 彼は、手を伸ばす―――――

 届くはずのない遥かな星に、還るべき愛しき地球に、執行者たる少年は無い物ねだりをする子供のように手を伸ばす。帰りたい………そう思いながらに。

 

 伸ばした手を、ゆっくりと下ろす。

 その変わりに、彼は自身の背後に立つ者に語り掛ける。

 

「お前たち月の連中には、あの星が穢れているように見えるのか?」

 

「あの星だけでは無い……。穢れているのはお前たち地上の民も同じだ」

 

 執行者は呆れたように息を吐き、自身の背後に立つ者・稀神サグメに再度対峙する。

 

「それはどういう意味で穢れと口にしているかは知らんが、その本質は理解できているのか?」

 

「……愚問、命の穢れ、悪意の穢れ、魔性の穢れ、それらを総じて穢れ(・・)と言える。あの星にはソレが溢れすぎている」

 

 ――――それは怒り。

 ――――それは幻滅。

 ――――それは憤り。

 

 上記の感情を含め、サグメは告げる。それが月の見解であると言わんばかりに、強く、そして冷たく告げる。

 それを聞いた執行者の目は、鋭くサグメを捉えていた。

 圧を掛ける訳でもなく、ただ、己が意を伝える為に少年は口を開いた。

 

「結局お前らはその穢れの意味を理解出来ていないのだな?」

 

 それは突如として起きた現象。執行者を中心に巻き上がる赤き雷渦。けたたましく吠え上がる赤雷の渦は――――――その者(・・・)の怒りを具現化したかのようであった。

 

「―――――図に乗るなよ、雑種風情が!」

 

 ここに来て、初めて見せた執行者の激情。赤雷が彼の怒りの深さを物語るように荒れ狂い、辺り一面に降り注ぎ地を削る。それを目の当たりにしているサグメは、一歩だけ後ずさる。サグメは無意識の内に理解していたから、眼前の敵と自身との力量の差を……。

 神の怒りは嵐を起こす。古くから存在するおとぎ話ではこう紡がれる。

 しかし、それは間違いである。

 

 

 嵐、俗にいう天災や災害の類は神の怒りに非ず。時には天災クラスの怒りをみせる神も居るだろう。しかしそれは決して、天災とは神の起こすモノでは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――それは星の意思、地球そのものの怒りである。

 星そのものが怒りを発した時、地上にはありとあらゆる天災が降り注がれる。それはここ、月であっても例外ではない。

 

 彼の怒り、激情とはつまり――――――そういうことである(・・・・・・・・・)

 

「お前たちは世界(オレ)の意思に反し、あまつさえ生命の宝庫たる地上を穢れと侮辱した。………その不敬は万死に値する!……死して悔いろ!愚かなる先人共!!」

 

 執行者は空に手をかざす。かざした手に荒れ狂う赤雷は収縮していき一振りの刀が顕現する。それ刀は紫色の刀身とともに、まるで冷水で濡らしたかのような光沢を煌めかせていた。

 

 少年は刀を握る。空にかざした手を刀とともに振り下ろす。

 サグメは一歩後ろに後退する。刀から発せられる凄まじき圧に、彼女の本能が大音量で危険シグナルを発していたのだから。

 しかし、サグメは一歩後退したのみで決して勝負を擲った訳では無い。その証拠に、サグメ自身も負けじと強大な神力を開放しはじめる。

 

 サグメの中では、おそらく自身と執行者の実力は拮抗しているものだと解釈している。その証拠に、放たれる不可思議の力の奔流を自身の神力で弾き返せているのだから。

 

 サグメは空に片翼をはばたかせ飛翔する。自身にとって有利は距離まで移動するために。その動きに無駄は無く、瞬く間にサグメと執行者の距離は数百メートルまで広がった。

 

「この距離なら……」

 

 瞬間――――サグメの背後に顕現する無数の神力の矢。これらは全てサグメが作り上げた殲滅弾倉そのものである。一つ一つの威力でも安易に数百メートル先に立っている執行者を屠れるだけの威力はあるだろう。その矢をサグメは出し惜しむことなく全てを撃ちだそうとしている。

 

「確実に……殺す!」

 

 殺意を隠すことなく、サグメは告げる……。

 初弾が放たれる……。その弾速は安易に亜音速に到達し、一秒と掛からぬ内に執行者に被弾した。―――――筈であった。

 

 射ち放たれた神力の矢は圧倒的な速度で執行者に接近していた。しかし彼はこともあろうに、手の甲で矢を弾き飛ばしてしまったのだ。

 

「一筋縄ではいかない………らしいわね。――――ならば、これを防げるか?」

 

 サグメは更なる神力を矢に籠め直す。今度は確実に、それでいてより手数を増やして敵を打ち砕く為に、残る矢全てを射出態勢に移行していく。

 

 全弾倉、圧倒的神力が込められた無数の矢をまるでガトリングガンの如く射出する。それはもはや矢の領域に非ず、一つ一つが神罰を体現した制裁のように、雨霰の如く撃ち込まれていく。

 

 対する執行者は片足を下げ、迎撃の態勢に入る。刀を両手で掴む。すると、赤雷がまるでサークルを描くように、執行者を中心に回り始めた。

 

 一閃―――!それは鮮やかなまでの一閃であった。執行者が放った斬撃はノーモーションからの一撃。しかしそれは圧倒的な威力で迫りくる無数の矢を悉く切り裂いていった。それはまるで、海を切り裂く落雷のように、スッパリと全ての矢を切り裂いた。

 その光景に、さしものサグメも絶句した。自分は一切加減などしていない、だというのにこれはあまりにも安易ではないか。そう思わずにはいられなかった。それほどまでに、サグメにとって衝撃的なまでの終着であったのだ。

 それの結末を嘲笑うように、少年は……執行者は小さく嗤いながらサグメに接近していく。

 

「よもやと期待したが、お前ではやはりアレを使用するには能わないようだ……。さて、断罪の刻だ。言い残す事はあるか?」

 

「加減はしていない……私は本気でお前を殺すつもりで攻撃を仕掛けた」

 

「………」

 

「なるほどな……アレで足りないのであれば、私も神格を上げよう」

 

 それが何を意味しているか、執行者は瞬時に察知した。サグメの告げた言葉、『神格を上げる』という事の意味を。

 サグメは着ている上着を脱ぎ捨てる。その勢で隠れ蓑を失って露見してしまう両腕に刻まれた幾多の刻印。これらはサグメの全身に刻まれているものであり、彼女が忌み嫌っている穢れの象徴ともいえる。

 

「あまりこれを晒したくはないがこうでもしなければ、お前と渡り合えそうにない。………八意様、お赦しください!―――――『禍なる邪神よ、この身を呪え』」

 

 サグメの宣言と共に、邪悪なる神力がサグメに集まって行く。その量は、先刻のサグメを遥かに上回っており、天津神といえど到底抑えきれる強さではなかった。

 だが、執行者は面食らう。圧倒的なまでの邪気を含んだ神力はサグメ本来の神力と同化を始めたのだ。

 

 サグメはまるで、怨念の炎で全身を焼かれているかのような痛みを感じていた。圧倒的なまでの邪悪の神力の制御が出来ず、その悪性に吞まれそうであった。――――しかし、彼女には為さねばならぬ使命があった。『月を守護』するという、大きな使命が。……それが推進力となったのか、邪悪なる神力は徐々にサグメと一体化し始めた。

 

 ――――反転、それは月では赦されざるもの。

 ――――反転、それは地上の神々の堕天そのもの。

 

 サグメの全身は無数の刻印で刻まれ、美しき白翼も禍々しい黒に染まり、紅の瞳は黒混じりの青に変色していた。

 

「なるほど、それが本来のお前の姿という訳か……」

 

「そうではない……と、言えないのがなんとも心苦しい。このような穢れた姿、本来なら嫌悪し憎悪すべきものである筈なのだがな」

 

 サグメは淡々と告げる。彼女はかつて、この姿で一度月の都を半壊までに追いやっている。その時は八意思兼によってなんとか鎮圧された。そしてそれ以降サグメはこの力を忌み嫌い封じて来た。

 

 

 

 

 だが、それも今日で終わり。サグメは自身の全てを出し尽くしてでも、眼前の執行者を消し去るべく邪神の力を振るう。

 

 

 

 そのサグメを見た執行者は………。

 

「前言撤回!使うとするか、『クラスターカード』!」

 

 懐から取り出した一枚の赤いカードを掲げ、執行者は嗤う。

 




真面目に、グダリ始めました。

そしてタグに『原作キャラ強化』を付けておこうと思います。

次回もお楽しみに!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。