東方英雄章~【妖怪と人間と】   作:秦喜将

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二十三話 月と彼の過去

Side乖離

 

 

 

 

 永琳の治療のおかげで、使い物にならなかった左腕はまるで魔法を掛けられたようにすっかり元に戻った。痛みも無いし、副作用も特に無かったことから、彼女の技量の高さを再度確認できた。

 月で暮らしていた時もそうだったが、彼女の医療に対する理解と解釈は現代を遥かに凌ぎ、数百年先の技術すら凌駕しているかもしれない。本来は医者ではなくあくまでも薬師なんだけどね。

 

 俺がいうのもあれなのかもしれないが、彼女の脳の構造ってどうなっているんだろうか…………いややっぱり知らなくていい!というか知りたくない。あの手の奴はそっとしておくのが一番だろう、無理に知ろうとした連中が無事であった事などどの歴史においても居ないのだから。

 

 それはそうと、左腕が治ったと言ったが現在の俺はその左腕がまたも使えない状態にある。―――――それは何故って?輝夜がガッチリと左腕をホールドしてしまっているからである!

 

 

 

 

 

 

 

「………ねえ輝夜」

 

「はい乖離様♡」

 

「そろそろ離してはくれまいか?」

 

「や~です♪」

 

「デスヨネ~」

 

 輝夜は突然気絶したかと思ったが、流石は不老不死だ、数秒足らずで起き上がり現在の俺の状態を作り上げてしまったのだ。

 その勢でかれこれ数十分はずっとこの調子だ。嫌という訳では無いが、折角左腕が戻ってきたというのにまたも使い物にならない状況に陥ってしまっているのは残念でしかない。今回は一時的なものなんだろうけどね。

 

 

 ―――――それでも、俺は悪くないよね?だからさ妹紅さんや、そんな殺意増し増しで睨まないでくださいお願いします怖いですはい。

 

「ハア~」

 

 ついついこの状況に呆れてタメ息を吐いてしまう。なんたって俺がこんな損な立ち位置になってしまうのか。これではまるで月に住んでいた時の再現じゃないか、今回はサグメの代わりに妹紅が俺を睨む役になっているけどさ………。

 

「ごめんなさい、資料の片付けに手間取ったわ」

 

 そう言って永琳は客間の襖を開けて入ってきた。その後を着いて来る制服姿の兎さん。どうやらあの莫大な量の資料はようやく片付いたみたいだ。

 

「さて乖離、もう少し寄ってくれるかしら?」

 

「え、あ、うん」

 

 俺は永琳に言われた通り、少しスペースを開ける為に左に寄った。無論輝夜も一緒に……。

 

 永琳は「よいしょっ」と言いながら、俺の右に座り、輝夜よろしく俺の右腕をガッチリとホールドしてきた…………。

 

 

 

 

「って、オイィィィィ!!」

 

「あら、どうかしたのかしら?急に大声を出して」

 

 こやつ、しらばっくれてやがる。その証拠にいかにもわざとよ、と言いたげな表情で見上げて来る。輝夜といい、何故二人はそうも俺に密着してくるのだろうか。それに加え、輝夜には悪いが永琳は中々にナイスな体付きなので、大きく実った果実二つが二の腕を挟んでいるので、全神経がそちらに集中してその感触を刻み付けようとしている。男の子だもん、仕方ないよねこれは……本能みたいなもんだよキット。

 

「オッホン!」

 

 俺がこの状況にあたふたとしていると、それを見兼ねたのか妹紅が大きく一つ咳払いをして助け舟を出してくれた。

 

「いつまでバカやってんだよ、乖離が困ってるだろ!」

 

「困ってるんですか乖離様?」

 

「えっと、まあ………」

 

「嬉しいくせに、照れちゃって」

 

 永琳うるさい。あんたに至って確信犯だろう………輝夜は条件反射みたいなもんだけど。

 それはともかくとして、このままこの状況というのも何分芳しくないので、俺は能力を使って妹紅の隣に転移した。

 転移したことによって、両腕にあった重い感覚は消え、一気に軽くなった。

 

「うわっ!乖離が急に私の隣に!」

 

 妹紅の驚きも分からなくもないが、出来る事ならこういうもんだと受け入れて欲しいな。それと、少し離れたからと言ってそんなに悲しそうな顔しないでほしいんだけどなぁ二人共………特に輝夜!

 

「えっと、役者は揃ったし何が聞きたいの二人共?」

 

 俺はそう言って妹紅と座らずずっと立ちっぱなしの優曇華ちゃんを交互に見た。因みに優曇華ちゃんからはこの呼び方にOKを貰っている、治療中に。

 まあそれはいいとして、妹紅と優曇華ちゃんが俺と輝夜に永琳の関係について知りたいと先程言って来たのでこうして客間で待っていた訳なのだが、はてさて一体どんな質問が飛んでくるかな?

 

「じゃあまずは私が。乖離と輝夜ってどういう関係なの?」

 

「主従じゃないかしら?」

 

 首を傾げながら何かを思案するように永琳が呟く。

 

「友達じゃないかな?」

 

 俺も永琳同様首を傾げて思い浮かんだ関係を呟く。おそらく俺の思い浮かんだ関係が一番無難なものだと思うが――――――輝夜はそうでもないらしい。

 

「夫婦♡………キャッ!恥ずかしい♪」

 

 うん、絶対言うと思った。輝夜が俺との関係を誰かに聞かれた際夫婦と答えなかった事は一度もないからな。それに輝夜の発言の勢で妹紅の目が点になってしまい、優曇華ちゃんは耳がビクンッと立ってしまった……。仕方ないのでフォローに入るとしよう。

 

「妹紅、俺と輝夜は夫婦じゃないからね?友達だからね」

 

「そんな!ヒドイです乖離様………私の初めてまで捧げたのに」

 

「ややこしくなる事言うな!だいたいお前の初めてなんて貰ってないから!貰ったのお前の初めての手料理だからな!」

 

 本当に、輝夜は状況をややこしくするのが好きらしい。本人は多分否定するだろうが、現に今起こっている状況は輝夜の勢だ。こういった事に限れば、多分紫以上に面倒なことになるかもしれない。あいつもあいつでうるさいけど………。

 

「乖離と、輝夜が……夫婦」

 

 妹紅はハイライトを失くした瞳で上記のセリフをブツブツと呟き始めた。………ダメだこりゃ、この状態に入ればもうヤンデレ待った無しだろうな、俺終わりじゃん。そもそも何故妹紅がヤンデレになる必要があるんだと、ツッコミを入れたいがね。

 

「妹紅~帰ってこーい」

 

 妹紅の目の前で手を振ってみるが、反応が無い。これは本格的にヤバイかも……。と、思ったが案外そうでもないらしい。

 妹紅は頭を振って正気を取り戻した。

 

「悪い悪い、脳内妄想で百回程輝夜殺してたわ!アハハハハ」

 

 そういって妹紅は豪快に笑った。それにしても妄想の中でとはいえ、輝夜を百回も殺したんだね………不老不死なのに。

 とはいえ、妹紅も戻って来たことだし、次の質問はどんなものになるだろうか。

 

「次、私が聞いてもいい?」

 

「どうぞ」

 

 次は優曇華ちゃんのようだ。彼女は月の玉兎、俺と輝夜達の関係は現地人である者としてやはり興味があるようだ。

 

「師匠に見せてもらった写真の中に、姫様と師匠を始め、サグメ様や綿月様達にあなたが写っていたけど、あのお三方とも知り合いなの?」

 

 写真というと、おそらくそれは俺が月に滞在した最後の年に撮った集合写真だろう。なるほど、アレはまだ永琳が持っていたのか。懐かしいといえば懐かしいが、俺の感覚ではたった数年前の事なんだよなぁ。

 あの三人との関係は……大したものではないと思う。ぶっちゃけて言うなら、サグメとは愚痴仲間、豊姫とは将棋仲間、依姫は俺のストレス発散台………こんなものじゃないだろうか。

 

 神妙な表情で答えを待つ優曇華ちゃんに、俺は上記のものを踏まえて答えた。

 

「彼女らは輝夜や永琳同様俺の友達……だと思ってるよ」

 

「なんだか煮え切らない答えね」

 

 それは仕方ない。だって友達だと思っているのは俺であって彼女らではないからね。本人達に訊けば関係はハッキリしそうだが、今はその手段がないのでどうすることもできない………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、あの中に本命はいるの?」

 

「………は?」

 

 ふと、優曇華ちゃんから投げかけられた問いに間抜けた返事を返してしまう。本命………ちょっと待って欲しい、それってどういう意味での本命なのだろうか。それに、その『本命』という問いを耳にしたであろう俺と優曇華ちゃん以外の三人の視線が鋭く俺に刺さっている気がするのだが………。

 

「その本命っていうのはどういう意味かな?」

 

「愚問よ乖離、そんなもの私と言っておけば万事解決よ」

 

「ちょっと!何意味解らない事言ってるの永琳、本命は私に決まってるでしょ!」

 

「いつ決まったのかしら?何時何分何秒地球が何周した時よ」

 

「小学生かっ!!」

 

 主従で急に口論が始まってしまった。

 こうなってしまえばなかなか止めないんだよな~この二人は………。永琳も輝夜ももう大人なんだからもう少し自重して欲しいんだけど。

 二人の言い合いを呆れて傍観していると、妹紅がそっと俺に耳打ちしてきた。

 

「ここは私を本命って言って終結させとけば?」

 

「無茶だろ……そんな事言った次の日には監禁されかねんし」

 

 うん、マジでこの二人ならやり兼ねないよね……。特に輝夜に監禁なんかされたら能力の関係上一生牢屋から出られそうにないな。ま、そんなもん俺の能力の前では大して問題では無いんですけどね。

 俺がちょっとした予想をしていると、未だに口論を続けている二人を見兼ねたのか、優曇華ちゃんは二人の中に割って入っていった。

 

「お二人共そこまでです。これ以上の醜態は永遠亭の尊厳に関わりますよ」

 

「だって、永琳が!」

 

「輝夜が!」

 

「「ハア?!」」

 

「お前らちょっと黙れ」

 

「「はい……」」

 

 優曇華ちゃんの忠告にも懲りず、尚も口論を始めようとした二人に少し威圧的に注意を促す。するとまるで叱られた後の子犬のように静まり返ってしまった。しかしこれはこれでうるさくないので結果オーライだ。

 

「優曇華ちゃん、残念ながらあの中に俺の本命はいないよ」

 

「そう、分かったわ」

 

 俺の答えに納得したのか、優曇華ちゃんはタメ息混じりに答えた。見るからにそうとう二人の口論に頭を抱えていたようである。先程まで立っていた耳も萎れてしまっているし。

 さてと、それはそうと俺も一つ優曇華ちゃんに聞いておきたい事があるんだったのを思い出した。

 

「君は月からどうやって………いや、どうしてこの地上に来たんだ優曇華ちゃん」

 

「えっ、そ、それは………」

 

 俺の問いかけに、優曇華ちゃんは戸惑いながら口籠る。どうやら何か訳アリのようだが、これは俺にとってとても大事な事である為、再度問いかけた。

 

「威圧的になってしまったらすまないが、君に答えてもらわなければ困ることがある。………教えてくれ優曇華ちゃん」

 

 再度の問いかけにも、優曇華ちゃんは何も言わず俯いたままだ。これでは彼女がこの地上にやって来た真意を聞くことが出来ないな………。しかし、それではどうしても俺には困る事があるのだ。彼女が月の玉兎ではなく別の存在であるのならここまで問い質すような真似はしなくても済んだのが、如何せん彼女が月の関係者であるならば仕方ない。

 今も尚俯いた状態の優曇華ちゃんを見兼ねて、そっと彼女の頭を永琳が撫でた。

 

「乖離、あなたが心配しているのはおそらくあの時の『条約』の事でしょう?それなら心配無いわ、この子はあの件を知らないから」

 

 知らない……永琳はそう言って優曇華ちゃんを庇うが、そんなものはどうでもいいし関係無いことだ。俺は優曇華ちゃん経由で地上にふざけた真似をしようとしていないかと、月の重鎮共の動向を心配しているのだから。

 

「なあ、こんな時に聞くのもあれなんだけどさ……急にどうしたんだ乖離?表情硬くないか?それに、条約って一体なんなんだ?」

 

「………妹紅、あなたは乖離様が本気でキレた姿を見た事がある?」

 

「え、いや無い……けど。それとこれと何か関係があるのか?」

 

「まずは、そこからかしらね………」

 

 

 

 

 

 

 

Side永琳

 

 

 

 

 

 乖離の問いかけによって優曇華は過去のトラウマを思い出してしまった。一見乖離が悪いように見えるかもしれないけど、乖離にも乖離の問題というものがある。あの件(・・・)に関してというなら尚更よね。

 さて、それはそうと、先程の妹紅の言葉はナイスだったかもしれないわね。乖離と月の『条約』………これを一から優曇華に教えればきっと誤解を生まず優曇華の事を教えられるかもしれない。

 まあ問題は、それで乖離が納得すかという事なんだけれどね。

 

「乖離、あの時の話を優曇華にしてもいいかしら?」

 

「ん?まあいいんじゃないかな……それで誤解無く問題解決って事が運べばいい訳だし」

 

 乖離からの許可は得た。ならばまずはあの日の会議で起こった事を話すべきね。

 

「妹紅、優曇華、ここから先の話は他言無用よ?」

 

「は、はい」

 

「わ、分かった」

 

 二人は一層緊張を増したように、顔を強張らせた。そこまで畏まる必要はないのだけれど、まあこのくらいが良いのかしらね?

 

「そうね、まずは乖離と輝夜……そして私達の出会いから話していきましょうか。……そう、あれは千年とちょっと前の話よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、その前に長くなるからお茶準備するわね?」

 

「「「早よせい!」」」

 

 

 

※※※

 

それは今は遥か、千年と数十年前の月でのこと………。




最近本気でぐだって来てる気がします。
やばいですねえ~収集着くかなぁ?
そして次回からは過去に入ります。
おそらく二話ほど続くかと思われます。

次回もお楽しみに!!

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