ではどうぞ!!
Side乖離
昼飯を食べ終わった俺達三人は、それぞれの時間に入っている。
霊夢と紫は二人で将棋に興じ、俺は読書に耽っていた。
「はい王手♪」
「ウゼーー!!」
先程から紫と霊夢から上記のようなやり取りが聞こえて来る。おそらく紫の容赦ない攻めに霊夢が自棄になりかけているのだと思う。こんなやりとりをもう何度聞いたことやら………。
俺は読書の手を止めずに今晩の献立を考える。
丁度麺類を切らせていたし、これから買いに行くのもいいかもしれない。ついでに本屋でも探してみようか。
俺は一度読書の手を止め、買い物の準備をしようとすると、俺の行動が気になったのか、紫が問いかけて来た。
「乖離様、何をされているのですか?」
「買い物だよ、人里にね」
「これからですか?」
「うん」
紫の問に答えつつ、財布とバックを用意して出掛ける準備を整える。
俺が準備と整えていると、気を利かせてくれたのか、紫が大きなスキマを開いてくれた。
「人里正門付近に繋げましたので、これをお使いください」
「ありがとう。あ、そうそう!霊夢に紫、留守番お願いできるかな?」
「「ガッテン!」」
「そうか、ありがとな!キッチンに茶菓子云々置いてあるから好きに食べていいぞ」
それだけ言って、俺は紫の開いてくれたスキマにバックと財布を持って入って行く。その際「お菓子ーー!!」と霊夢が叫ぶ声が聞こえたのだが、気にしないでおこう、そうしよう。
「ん?これはさっきまで乖離様が読んでおられた本ね。なになに……。『竹取物語』……あのニートの物語かしら?」
※※※
紫のスキマを通って人里正門前まで来たが、相変わらず大きな門だと思う。妖怪対策にしては、少々お粗末な気がするがまあ放っておこう。
俺は軽い足取りで門に近づいていくと、先の異変の日同様、門番なる者達に止められた。
「そこのお前、止まれ!」
「ここらでは見ない顔だな、何者だ!」
異変の事もあってなのか、必要以上に警戒されている。無理もない事だと思うが、こうも警戒心を剥き出しにされては、下手な行動は取らない方がいいかだろう。
「何者って、人間ですよ。ここより少し離れた場所に住んでいるんです」
「何をしに来た?」
「買い物ですが」
「それだけか?」
「ええ、まあ……」
俺は少し呆れ口調で答えると、それが気に食わなかったのか、門番の表情が少し険しくなった。
こうしているのも面倒なので、一瞬強行突破も考えたがそれこそ面倒事に発展しかねないので、その考えは捨てた。紫に迷惑がかかるしな。
「あれ?乖離じゃん、何してんのこんな所で?」
門番と睨めっこをしていると、門からひょっこりと妹紅が現れた。
「何かあったのか?」
そう言うと、妹紅は俺の方へ近づいてきた。何故かその際門番達が『妹紅さん、お疲れ様です!!』と妹紅にお辞儀をしていたが、何でだろう。
「検問だよ」
「何で?」
何でと聞かれましても、それはそこの門番に聞いて欲しい。俺だって普通の人間なのに、必要以上に警戒されてちょっとイライラしているのだ。
という上記の本音は胸に仕舞いこんで、俺は妹紅の問に答えた。
「俺が人里に住んでいる人間じゃないからだろうよ。それに、先の異変の事もある訳だし、検問を敷くのも仕方ないさ」
「ふ~んそっか……なああんたら、乖離は怪しい奴じゃないから入れてやってくれないか?」
「妹紅さんがそう言うのでしたら………なあ?」
「そ、そうだな。妹紅さんがそう言うならいいか」
妹紅の説得により、門番達は道を開けてくれた。しかし妹紅は人里で割と顔が利くんだな、ちょっと羨ましいかも。
妹紅の助けがあり、俺は人里に入ることだ出来た。久しぶりに人里に来てみたが、相変わらず繁盛しているようだ。
俺が品定めするように色々な店を拝見していると、隣で一緒に歩いていた妹紅が不意に問いかけてきた。
「乖離は何しに人里まで来たんだ?」
「買い出しだよ。丁度今日の昼飯で麺類切れちゃったからね」
「買い出しだけか?」
「一応買い出しが終わったら本屋を探してみようとも思ってる」
「何故?」
「俺読書好きだから」
妹紅は意外そうに相槌を打つ。そんなに以外だったのだろうか。
そんなこんなで歩いていると、買い出しより先に本屋らしき大きな建物が目に留まり、足を止めてしまう。店の看板らしき物には『稗田』と書かれていた。
「どうした乖離?」
「妹紅、あれって本屋かな?」
「どれどれ?」
俺は『稗田』と書かれた看板の建物に指を指し、妹紅に教える。
「一応本は売ってるけど、本屋っていう程大そうなものじゃないぞ?ていうかここは屋敷だし」
「よし入ろう!」
「入るの?!」
妹紅が何か驚いた声を発しているようだが気にしない。俺にとってあそこが本屋だろうがそうでなかろうがどうでもよい事だ。本が売ってある、というだけで俺にはあそこに入る理由があるのだ。
俺は『稗田』と書かれた看板のある建物に直行する。
暖簾を潜って扉を開けると、中は思っていた以上に広いものだった。服装の勢かせれともこの左腕の勢なのか、妙に店内の視線が俺に集まっている気がするが放っておこう。
俺は早速棚に置いてあった本を一冊手に取り読んでみる事にした。俺が手に取った本は『幻想郷縁起』と書かれた奇妙なものだった。
本に傷が付かないように注意を払って開いてみると、そこには数々の妖怪の事が事細かく記されていた。
例を挙げるとしたら、代表的なもので紫だ。
『八雲紫』・幻想郷最強の妖怪・妖怪の賢者という二つ名を持ち、『境界を操る程度の能力』使う極めて強力な大妖怪。
ただ、その昔一人の大妖怪が八雲紫の逆鱗に触れ、見るも無惨な姿に変貌させられ、見せしめとして血祭りに挙げたという事例が確認されている為
「ハハハ、幻想郷最強の妖怪ねえ……ただの泣き虫の間違いじゃないのか?」
幻想郷縁起に書かれていた文を読みながら笑っていると、妹紅が疲れた表情で店に入ってきた。
「急に走りだすからびっくりしたぞ乖離」
「悪い悪い、ついな」
俺がそう言うと、妹紅は呆れたようにタメ息を一つ吐き、俺の傍まで寄ってきた。
「何読んでるの?」
「これ」
俺は幻想郷縁起を妹紅に見せると、興味深そうに目を走らせ始めた。ページ的には丁度俺の読んでいた紫辺りだと思う。
ある程度読み終わったのか、妹紅は幻想郷縁起から目を放し、俺に問いかけてきた。
「乖離、これ買うのか?」
「もちろん!」
「おおう!」
俺の即答に、妹紅は少し驚いたような顔をしたが、そこまで驚く事だろうか。
暫しの間俺と妹紅が読書に耽っていると、ふと、この店に近づいて来る懐かしい気配を感じた。
その気配は真っ直ぐにこの店に向かって来ていた為、俺は視線を扉の方へと移した。すると、店の扉が開き、笠を被った薄紫色の髪をした女性が入ってきた。
「ごめんくださ~い!阿求さん居ますか?」
店内だというのに、笠を被った女性は大きな声を上げて誰かを呼んだ。
それと、よく見ると背中に随分大きな荷物を抱えているが、重くはないのだろうか?なんて思っていると。
「は~い、今行きます」
上記の声が聞こえ、店の奥から紫色の髪をした浴衣姿の少女が出て来た。
「すいません、わざわざ届けてもらって」
「いえいえ、これも仕事ですから」
そういって笠を被った女性は大きな荷物を降ろし、中から小さな小瓶を取り出しそれを浴衣姿の少女へと渡した。
「どうぞ、今月分です」
「ありがとうございます!」
浴衣姿の少女は小瓶を受け取り、近くの台に置いて胸元から封筒を取り出しそれを笠を被った女性に渡した。
「毎度ありがとうございます!」
二人は互いに小さくお辞儀を交わした。
そんな光景を見ながら、俺は笠を被った女性から感じる気配を記憶の中から探っていた。そして、幾つか該当するものはあったが、一番しっくりきたのが―――
「月の玉兎………か」
ついその名称が口から零れてしまった。そしてそれが聞こえていたのか、笠を被った女性は一瞬ビクッと肩を震わし俺に視線を移した。
目と目が合う。彼女の眼は紅く輝いており、その紅い光は僅かに妖力を帯びていた。
やはり……彼女は月の玉兎で相違ないだろう。その決定的証拠となるのが、今も尚輝きを放っている紅い瞳、月の玉兎特有の『狂気の魔眼』なのだから。
しかし、何故この幻想郷に月の住人が居るのだろうか。彼等は極度に穢れを嫌っている為、地上に降りて来るなんて愚行はしない筈なのだが……どうなっている?
互いに無言のまま見つめ合っていると、笠を被った女性の表情はみるみる内に驚愕のものに変わっていった。おそらく狂気の魔眼が俺に効いていないからだろうが、俺に言わせてもらえばその程度の魔眼でどうこうなる俺ではないんだよな。
「あれ、優曇華じゃん!何してんのこんなところで?」
緊迫した空気の中、その空気を搔き消すように妹紅が俺達の間に割って入ってきた。
「妹紅?あなたこそどうしてここにいるのよ」
「付き添いだよ。それより、そっちは?」
「私は阿求さんに薬を届けに来たのよ」
二人は知り合いらしく、俺と浴衣少女を他所に談笑に興じていた。
とりあえず、この場は妹紅に預けておくとして、俺は先程まで読んでいた幻想郷縁起を持って浴衣少女に聞いてみる。
「あの~、これ幾らですか?」
「えっ?あ、それですか?それは五百円になります」
急に話しかけたからか驚かれてしまったが、直ぐに平静を取り戻し値段を教えてくれた。ついでに幾つか買い物していこうか!
「あ、そこの棚の本とそっちの棚の巻物全部貰えます?」
「え、ぜ、全部ですか!?」
「はい、全部です!」
驚きと戸惑いの中浴衣少女は「わ、わかりました……!?」と言って俺が指定した本と巻物を出し始めた。
次はどうしようか、と考えていると急に妹紅が俺の名を笠を被った女性に教えている声が聞こえた。
「あいつは氷鉋乖離、外来人だよ。それでいてかなりの使い手だ!多分私より強い」
「そうなの!?」
笠を被った女性は再度驚愕の表情を俺に向けてくる。その驚きの表情をみるなり、彼女は実力的に妹紅より下なのだろうか。それでもかなりの力を感じるんだけどな。
俺はゆっくりとした足取りで二人の下に近づき会話に参加してみることにした。
「な~に話してんのお二人さん」
「優曇華に乖離の事を紹介してたんだよ」
「あなた、本当に人間なの?妹紅より強いって本当?」
「さあね、妹紅と戦った事がないから知らない。それと俺は人間だよ」
俺は人間。だというのに、優曇華とやらはまったく信じていないようで、疑いの視線を容赦なく俺に突き付ける。本当に人間なのにな~。
「それより優曇華、乖離の腕診てやってくれる?」
「腕?」
妹紅は俺の使い物にならなくなった左腕を指さす。それを見た優曇華さんは何やら難しい顔をして何かを考え始めた。
ようやく何かを思いついたのか、手をポンッと叩いた。
「これはもうダメみたいね!一度永遠亭に来た方がいいかも」
永遠亭と言えば確か一種の診療所だった筈だ。紫曰く月の民が住んでいるのだとか……。今更ながらのツッコミだが、穢れはどうしてんのだろうか。
「確かに、乖離の腕をどうにかするには永遠亭に行くしかないな」
「あなたはどうする?」
「明日でいいなら行こうかな?今日は買い出しとか色々あって忙しいからね」
「わかったわ、師匠に伝えておくわね」
そう言って優曇華さんは大きな荷物を背負って店を出てしまった。
残された俺と妹紅は二人で優曇華さんの出て行った方をじっと見詰めていた。
暫しの沈黙の後、妹紅はゆっくりと口を開いた。
「永遠亭まで……明日案内しようか?」
「うん、よろしく!」
「お客さ~ん!本と巻物の準備が出来ましたよ!」
「今行きます!」
俺は財布を用意して、呼ばれた方へと向かった。
※※※
Side鈴仙
「師匠、ただいま戻りました!」
「お帰りなさい優曇華、今日は早かったわね」
「予定より早く薬が売れましたので」
そう言って、私は永遠亭の中に入り荷物を下ろしていつもの恰好に着替えた。
お使いの後はいつも通り、師匠の手伝いが私の日課だ。こうしてお使いが終わったらいつも師匠の新薬の手伝いをしている。
「優曇華、そこの棚からB―6とC―7を取ってくれるかしら」
「はい、これですね?」
私は指示された通り、棚の中から指定された材料を取り出して師匠に渡す。
「ところで優曇華、報告とかないかしら?」
「明日患者が来ますよ。一人だけですけど」
「あら、そうなのね。……それで、その患者の容態はどんな感じなの?」
「左腕の神経がグチャグチャに切れてまして、使い物にならないようです」
「そう……」
淡々と作業をこなしながら、私は今日の報告を師匠に告げる。これもいつもの事なのだけれど、今日はビックリ情報を師匠に言ってみる事にした。明日来る患者、あの奇妙な外来人の事を。
「そう言えば師匠、その患者の事なのですが、外来人ですよ」
「ふ~ん……」
やっぱりこの程度ではまったく動じないわね、でもこれならどうかしら?
「その外来人、私の魔眼が効かなかったんですよ?どうなってるんですかねあれは?」
「あなたの能力が効かなかったの?」
やっぱり食いついてきた。師匠はこの手の珍しい話には結構食いついて来るから少し面白い。
そう思いながらも、私は今日出会った外来人の事を話す。
「ええ、しかも私を一目見ただけで月の玉兎だと見抜いたんですよ!?」
「へぇ、それは面白いわね」
師匠はマッドサイエンティストばりの薄ら笑みを浮かべる。もしかして明日来る患者を新しい実験体にでもする気なのかしら。
その勘は見事に的中してしまった。
「優曇華、その患者の特徴を教えてちょうだい」
この手の質問をしてくる時はいつも実験体欲しさに限られている。
里の人間を実験体にする事は条約により出来ない為、外来人であればどうしようが自由であるので師匠はそこに目を付けたのだろう。
私はおずおずといった調子で彼の特徴を話す。
「えっと、背丈はおそらく175㎝くらいはあったと思います。それと、丁度その患者と一緒に妹紅がいましたが、彼女曰く、自分より強いらしいです」
「妹紅より……ねえ。フフフ……それから?」
「確か少し小顔だった筈です。それと、目が綺麗でしたね!アメジストみたいに」
「えっ?」
師匠は唖然として、手に持っていた薬の調合本を落としてしまった。こんな師匠は初めて見たわ。
唖然とした師匠はすぐに我に返り、思案するよう顎に手を添えて考え込んでしまった。時折『いや、そんな筈は……』と呟いていたようだけど、一体どうしたのかしら。
暫くの間待っていると、師匠は確信を突くような真剣な目で私に問いかけてきた。
「その外来人の歳は分かるかしら?」
「分かりませんが、結構若かったですよ?人間でいう十代後半くらいでしょうか?」
「…………最後に問うわ、その外来人の名は分かる?」
「確か、氷鉋乖離と……」
私がその名を口にした瞬間―――師匠は目を見開き驚愕の表情に染まった。
「氷……鉋、乖…離…………?彼、が……この、幻……想郷に?」
上記の言葉を口にしながら、師匠は嬉しそうな笑みを浮かべていた。その笑みは実験体を弄ぶ人のソレではなく、まるで……かつての知人との再会を喜んでいるようだった。
「そう、彼が……この幻想郷に来たのね。……まったく、生き続ければこんな奇跡にも巡り合えるのね」
そう言って、師匠は今までに見た事も無い優しい笑顔を見せた。私はその笑顔に目を奪われていた。
あの師匠にも、こんな優しい顔が出来るなんて驚いたってレベルじゃない、耳から足の先までビックリなくらいなんだから。
すると、師匠は涙を流しながら私に言った。
「優曇華、この事はまだ姫様には内緒よ?」
「な、何故ですか?」
「フフ、それはまだ秘密だけれど、明日になれば姫様の面白い姿が見られるわよ?」
「面白い姿……ですか?」
「ええ、きっと面白いわよ?」
それだけ言うと、師匠は棚から一枚の古びた写真を取り出して懐かしむように眺めていたので、興味が湧いて私もちょっとだけ見せてもらえるようにお願いする。
「あの、師匠、私も見ていいですか?」
「ええ、いいわよ」
師匠からの許しが出たので、私は師匠の隣に行って写真を覗いてみた。
その写真には六人の男女(男は一人)が写っていた。
師匠に姫様、それに依姫様と豊姫様、そしてサグメ様だ。最後の一人は黒髪の少年。
写真にはサグメ様と姫様が黒髪の男を取り合っているような場面が写されており、それを微笑ましそうに見守るお三方。そして、取り合われている黒髪の男は面倒くさそうな顔をしていた。
あれ?でもこの黒髪の男って、今日会った外来人じゃない?
写真に写っているのは月の都……あれ、あれ~?何で地上の民が月にいるのかしら?おっかしいなぁ~?
活動報告には最新話の投稿は9月からのにしていましたが、予想以上にサマー・メモリーズが長引きそうですので、早めに出しておきました。
ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。