東方英雄章~【妖怪と人間と】   作:秦喜将

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十七話 宴会〆の問答

Side正邪

 

【異変前】 

 

 私はいつものように自警団共から逃げ回り、向こうがヘロヘロになったのを気に逃げるのを止めて、返り討ちにしてやった。それが私の気晴らしにいつもしている事だ。まったく、あいつら人間はまるで学習しないな。猿かよ!

 

 だが私のしている事は、世間様から見ればクズみたいな事なのかもしれない。愚かで無意味な事なのかもしれない。

 

 それはまあ理解しているし、その自覚はある。悪い事なんだろうとも思う……。

 

 

 

 んで?それがどうしたってんだ!

 悪い事をしてはダメなのか?反省しないとダメなのか?もうしませんって言わなきゃダメなのか?

 

 冗談じゃないぜまったく!何で私がんな面倒くさい事しなきゃならないんだ?私は天邪鬼・人が喜んだり、嬉しがるのが大嫌いで、人だ嫌がったり、絶望したりするのが大好きな性悪妖怪だぞ?そんな私に反省しろだとか、心を入れ替えろだとか、そんな屁の役にも立たない事を言って、私が変わるとでも思っているのか?もしそう思っている奴がいるのなら、そいつは相当おめでたいんだろうよ。

 

 だから私は今の生き方を変える気は無いし、これからも無い。私は私のやりたいようにやるだけだし、それをどうこう言う奴は許さない。天邪鬼であるこの鬼人正邪に、心を入れ替えるなんてセリフは存在しねぇのさ!

 

 

 

 

 

 

 

 ↑【異変後】

「なんて思っていた時期が私にもあったな~~」

 

 今宵は宴会。私は博麗神社から少し離れた高台から、月を見つめながら小さく呟いていた。

 

 

 あの異変からもう一週間が過ぎていた。時間とは思ったより経つのが早いものだな。

 あの日からというもの、何故かあらゆる事に対してやる気が起きない。いつもは人里に出向いて自警団共をからかい、その後私を追ってきた連中を返り討ちにして気晴らしをしていたというのに、最近はそれすらやる気が起きなかった。

 三日くらい前だっただろうか、何処ぞの道教師が私を訪ねてきた。いつもなら挑発混じりに逃げていたのに、その時は逃げる気も起きなかった。そして果てには敵である筈なのに心配までされてしまった。『お前……本当にあの天邪鬼か?』と……。

 それから少し話をして、道教師は帰っていった。

 

 どうしてこうなってしまったかは分かっている。分かってはいるが、それだけだ。その先は何も無い。

 私がこうなってしまったのは、きっとあの人間の勢だ。名は確か……氷鉋乖離だったかな。うん、多分その名で合ってる。

 あいつに負けたあの日から、私はこうなってしまった。きっと以前の私なら、恨みに恨み憎みに憎んでいただろう。でも今の私にその気は無かった。そもそもその気にもなれなかった。

 

 本当、今の私って病気だよな。針妙丸が今の私を見ればなんて言うんだろうな。

 

「ハア~~」

 

 私はタメ息を吐き、小さく俯いてしまう。しかし、これで何度目のタメ息だろう……マジで私大丈夫か?

 

 

 そんな事を考え俯いていると、不意に後ろから草木が揺れる物音が聞こえた。

 私はゆっくりと立ち上がり、物音のした方を見つめていると、暗闇の中から一人の人間が現れた。

 私はその人間を見て驚きを隠せずにいた。何故こいつがここに居る?どうしてここが分かったのか。今私の目の前にいるのは、今回の異変の解決者である、氷鉋乖離その人だった。

 私が面食らっていると、乖離は微笑みながら話し掛けてきた。

 

「やあ正邪、こんなとこで何やってんだ?」

 

「別に……」

 

 ついぶっきらぼうに答えてしまった私だが、乖離はそんな私の態度をスルーしてまう。

 

「そうか。……下で宴会してるけど来ないのか?つっても、もう終わり掛けてるんだけど……」

 

 こいつ、終わり掛けの宴会に私を誘いに来たのか?普通に考えて失礼過ぎるだろ。それに、なんたって嫌われ者の私なんかを……。

 

「何で私を誘うんだよ……他にもっといい奴いるんじゃないのか?」

 

「そのいい奴がお前なんだけど?」

 

「は?」

 

 突然の事に、私はついつい間抜けな声を出してしまった。今こいつ何て言った?いい奴だと?この……私がか?

 

「どうした?」

 

 気付けば、乖離は私の顔を覗き込んでいた。いきなり顔を覗き込まれた勢で咄嗟にその場から離れ、一時乖離から距離をとった。ていうか、いつの間に接近されたんだ?全然分からなかったぞ。

 

「なんでもねぇよ……。つーか、急に近づいてくんなよ!」

 

「わ、悪い……」

 

 まったく、なんなんだこいつは。この妙に律儀な態度、ホント調子が狂う。

 

 ん、でもまてよ……何で私がこんなに動揺しているんだ?あの道教師にすらほぼ無関心だった私が、いつの間にかいつもの感じに戻ってしまっている。一体何故だ?

 なんて事を考えていると、乖離は先程まで私がいた場所にゆっくりと腰を下ろした。

 

「何やってんだよ」

 

「ちょいと休憩」

 

「何で?」

 

「それは彼女らに聞いてくれると助かるよ」

 

「彼女ら?」

 

 私がそう聞くと、乖離は真っ暗な森の方を指さした。

 私は指を指された方向をじっと見つめていると、微かだが女の声が聞こえて来た。それも一つだけではなく、複数のものであった為、耳をすませしてみると誰かを呼ぶ様な声だった。

 

『おーい!乖離ー!」

 

 とか

 

『お兄様どこ~』

 

 とか

 

『乖離~~』

 

 とかだった。

 

 こいつは何をやっているんだよ。と思い、私は目を半開きにして乖離を見ると、乖離はバツが悪そうに目を逸らした。

 

「おい、何で目を逸らすんだよ……」

 

「き、気のせいさ」

 

「んな訳あるか!てか今の声、ぬえとフランだったぞ?もう一人は知らないけどよ!」

 

「あの三人まだ来てるのかよ………」

 

「一体何したんだお前」

 

 私が呆れたように聞いてみると、今度は小さく笑いながら答えた。

 

「何、単なる鬼ごっこだよ。ガキの頃やらなかったか?」

 

 絶対こいつ今のは私に対する嫌味だろうな。私が天邪鬼と知っていてわざと言ったに違いない。その証拠に、私の顔を見て妙にニヤニヤしてるしよう。正直ちょっとウザいな。

 しかし、なんたってこいつはわざわざ私の居るこの高台まで来たんだろう。他に行くとこなら色々とあった筈なのにだ。

 

「なあ、何でお前ここに来たんだよ」

 

 私は少し威圧的に問うてみたが、乖離はそんなものどこ吹く風の如く笑って受け流し、私の問に答えた。

 

「ぬえフランこころちゃんから逃げてたら、その道中でお前の妖力を感じて会いに来た。以上」

 

「私みたいな嫌われ者にわざわざ会いに来たってのか?ハッ!暇人だこって……」

 

「暇人は余計だよ」

 

 

 

 しばしの静寂が流れる。

 いつもの私ならここで……いや、こいつと出会った時点で逃げ出しているだろうに、何故かその気が起きない。

 あの日の道教師の時もそうだったが、最近の私はどこかおかしいと思う。

 私は天邪鬼で、幻想郷一の嫌われ者。弱者である私は強者である者どもに反逆劇を起こし、下剋上を繰り返す存在だ。

 

 でも何故か、あの日の異変を境にそれすらもうどうでもいいとさえ思ってしまうようになってしまった。まるで牙の折られた狼のようだ。

 

 切っ掛けがあるとすれば、それは多分今私の前で間抜けな面で月を眺めている奴の勢なんだろうがな。

 

 こいつに何か聞けば今の私は以前の私に戻れるのだろうか。といっても、一体何を聞けばいいのか分からない。

 考えても考えても、何も出て来やしない。そんな自分自身に嫌気が差してしまう。

 私が脳の路頭に迷っていると、乖離はこちらに振り返らず、ある事を訪ねて来た。

 

「なあ正邪、前に正邪が言っていた弱者が強者に対する反逆……だっけ?アレって具体的にどういうものなのさ」

 

「それ、前に言ったと思うが?」

 

「俺はお前の本心が聞きたいのだが」

 

 言葉に詰まるとはこの事なのだろうか。

 

 口から何も出て来ない。というより、何を言っていいのかが分からない。以前の私なら迷わず答えられたと思うが、今の私に限って何一つ出て来やしない。

 本当に……情けないな。

 

「分からないんだよ」

 

「何がだ?」

 

 私が弱音染みた事を呟くと、乖離は嗤う訳でも、無関心である訳でもなく、ただ私が呟いたことに興味があるかの様に聞いていた。

 

「私は弱者を救い、強者に仇なすレジスタンスとして今まで生きて来たけどよ……お前という強者に出会ってから……何か、調子が出ないんだよ……」

 

「俺が強者……ねえ」

 

「何か違うのかよ……」

 

 こいつが強者であることに変わりはない。何せあの日の異変でEXクラスのフランとぬえを難なく破ってみせた人間なのだ。それに私だって、あの時にはそれなりに強化されていた筈なんだ。しかし、それでも私達は敗北した。

 そしてこともあろうに、私達は異変の首謀者として退治される事はなく、『遊び』であったと嗤われ赦されてしまったのだ。

 

 最初こそ怒りもあったし、何一つ……牙を向けることさえ自分自身に対する憤りもあった。こいつの事が頭を過った時は腸が煮えくり返りそうでもあった。

 

 それでもやはり、あの時の言葉が私の中に残っていたのは事実だ。

 『殺さない』

 この言葉が、ずっと私の中に残り続けていた。

 

 私が異変の時の事を思い出していると、乖離は月ではなく星を見上げて呟いた。

 それはどこか儚く、それでいて悲しそうに。

 

「俺は生まれてこの方、自分を強者だと思った事は無い」

 

 何故だ?っと問い質したくなったが、なんとなくそれは聞かないでおくことにする。

 どうしてか分からないが、私の中で『それを聞いてはマズい』と警告音が鳴り響いた気がした。

 

 

 それでも私にとってこいつは強者であり、討ち果たすべき敵である事に変わりはない。例え敵わなくても、それが私の生き方でしかないからだ。

 

 

 

「あ~あ、お前と話しているといつもの調子に戻ってきた気がする」

 

「そうか……それなら良かったよ」

 

 乖離は相変わらず星を見上げながら、どこか嬉しそうに笑っていた。

 

 しかし思うが、私も私でほとほとバカだな……。こんな人間なんかに気を許してしまいそうになっているんだからな。天邪鬼と聞いて笑えるなまったく……。

 

 私はゆっくりとした足取りで乖離に近づき、乖離の隣に腰を下ろした。

 そして乖離の真似をして、暗い……それでいて綺麗な星空に目を向けた。

 

「綺麗だな」

 

「そうだな……」

 

 そうして星を眺めていると、不意に乖離が口を開いてきた。

 

「そういえば、俺はまだお前の本心を聞いてなかったよな?」

 

「……………」

 

 何故今それを持ち出してくるのか。折角いい雰囲気で誤魔化せそうだったってのによ。

 でもまあ、言って損する事でもねえし、いいか。

 

「私は相変わらず、反逆者としてこの幻想郷にのさばる強者共に下剋上を繰り返すさ!その為ならなんだってやってやるよ!」

 

 結局のところ、私は何も変わらないという事だ。いつも通り、幻想郷の悪者として偽善を振りまく連中を叩きのめすだけだ。それが私の『正義』(反逆)であるのだから。

 

「なるほどね……それは面白いな!よし、お前にはこれをやるよ」

 

 そう言って乖離は右手に一本の剣を顕現させた。

 その剣は私からみても間違いなく名剣と呼べるほどの代物だった。

 乖離が使っていた刀よりやや長く、その刀身は月明かりに照らされ白銀に輝いていた。

 

 その名剣を、乖離は私に投げ渡して来た。

 

「おっと!」

 

 すんでのところでなんとかキャッチに成功した。

 剣なんて握ったことは無かったが、思ったよりも重い。私は妖怪だから、人間なんかよりは力はある。しかしこの剣は妖怪の私をして重いと思えるのだから、人間なんかには持てないんじゃないか?

 

「これを……くれるのか?」

 

「ああ」

 

「マジかよ……」

 

 信じられねえが、乖離は本気でこの剣を私にくれるらしい。

 どういう風の吹き廻しかは知らないが、くれるというのならありがたく頂いておくとしよう。捨てるのなんてまず論外だしな。

 

「あ、一応その剣の銘を教えておこうか?」

 

「あ、ああ」

 

「その剣の銘は【魔剣クラレント】―――とある反逆の騎士が使っていた元聖剣だ」

 

「元って、どういう意味だ?」

 

「俺もよくは知らないんだけどさ、その剣は元々王を決定する時に使う聖剣だったらしが、その反逆の騎士が無理やり所有権を奪ってしまい、反逆の騎士の怒りと憎悪を吸収して魔剣に変わってしまったらしい」

 

「ふ~ん」

 

 魔剣になった経緯は……なるほどな。面白いじゃないか!反逆の騎士の負の念を吸収して魔剣に変わった。実に私にピッタリの剣だ!

 

「ありがとな乖離、これで私はまだまだ強くなれるぞ!そして、いつかこの剣でお前の首を頂いてやるよ!」

 

 私は舌を出して挑発するように乖離に感謝の意を述べる。やり方はアレだが、これでも一応感謝はしている。

 

 私の挑発染みた感謝を乖離は笑って受け止めた。

 

「そうか……。その剣がいつか優しい事の為に振るわれるのを期待するよ」

 

 本当に、なんなんだろうなこいつは。最初こそムカつく奴ではあったが、今は良い意味でムカつく奴だ。

 まだ出会って二度目でしかないが、私は思った以上にこいつを気に入っているらしい。本当、前の私ならまずありえないことなのにな……。

 

「まかせとけよ!いつか私の力で、この幻想郷から強者を無くし、弱者だけの世界を造ってやる!」

 

「ならもう言葉は不要かな?……あ」

 

 折角いいところで終わらせようとした時、乖離の顔が若干青ざめ始めた。

 

「おい、どうした?」

 

「マズい!ここにあの三人が近づいてきている。すまないが正邪、あいつらが来たら俺は向こうへ行ったと伝えてくれ」

 

 そう言って乖離は高台から飛び降りて下の暗い森の中に消えていった。

 私は乖離が指さしていた逆方向の森を確認する。するとそことは違う別方向から、乖離の言っていた三人が現れた。

 

「あれ~乖離どこ行った?」

 

「お兄様が全然見つからないわ」

 

「乖離行方不明?」

 

 確かにぬえにフランがいるな。てかもう一人は誰だ?何処かで見た気がするが……気の勢か?

 

「お前ら、何やってんだ?」

 

 私が声を掛けると、三人が一瞬ビクッと身体を震わせて、こちらに振り向いた。

 そして私であることを確認したのか、安心したかのように息を吐いた。

 

「なんだ、正邪か~。ビックリした」

 

「正邪ちゃん!」

 

「……誰?」

 

 ぬえは相変わらずだな。フランも相変わらずウザい(カワイイ)笑顔だ。そしてもう一人は……『誰?』って、そりゃこっちのセリフだっての。

 

「ねえ正邪、乖離を見なかった?この辺に逃げて来た筈なんだけどさぁ。てか何その剣……」

 

 ぬえは驚いた表情でクラレントを指さしていた。まあ、気持ちはわからんでも無いが。

 

「これか?まあ、これは気にすんな!それで、乖離だったか?」

 

「そうよ!お兄様ったら人生ゲームで負けて急に逃げ出しちゃったの」

 

「人生ゲーム?」

 

「そ!負けた奴は酒一気飲みっていう罰ゲームでね」

 

 酒を一気飲みか……。妖怪である私達ならともかく、人間である乖離には少々キツイものがあるな。

 てかあいつゲームで負けて逃げたのかよ。ダッセ~~。

 

「それで、乖離はどこ?」

 

 私は一瞬乖離に教えられた方向を指さそうとして……やめた。

 

「乖離ならその高台から降りて下の森に入っていったぞ?」

 

「ありがと正邪!フラン、こころ!追うよ!!」

 

「「ラジャー!!」」

 

 そう言って三人は乖離の逃げて行った森へ降りていった。

 

 

 乖離には悪いが、私はこれでも天邪鬼なんでね。人が不幸になる顔をみるのがこの上なく大好きなんだ。だから、お前の頼みは断ることにする。

 

「さてと、精々楽しませてくれよ?……氷鉋乖離」

 

 

 私は月を見上げながら、クラレントを掲げて不敵に嗤うのだった。

 

 

 

 

『何でバレたんだーー!!』

 

 乖離の悲鳴が私にはその日、とても心地よく聞こえた。




これにて宴会終了です。

やっと終わったって感じがします。

それと、お気に入り登録が50人になりました!これは嬉しいです。
こんな駄作品を呼んでくれている読者の皆様には頭が上がりません。

次は100人突破したいですね!

次回もお楽しみに!!

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