「でもね、みんなは色々言ってるけどきっといい人だと思うのよ。私は絶対に友達になれると確信しているわ。」
「うふふ、あなたにそこまで言わせるなんて、私も会ってみたいわ。今度連れて来てはくれませんか?」
2人の女性が話しているのはヴァランシア宮殿の一室。
王都リ・エスティーゼ最奥に位置するロ・レンテ城、その敷地内に存在する荘厳な宮殿だ。これは大きく分けて3つの建物から構成されている。その内のひとつ、最も大きな建物が王族の住居として使われており、現在ラナーとラキュースが談笑している場所である。
「それは分からないわね。私もまだ友達になれてないし、そもそも貴方は気安く人と会える立場じゃないでしょ?」
「お友達を作ることくらい、許してもらえますよ。」
ラナーは太陽のように笑った。
本気でそう思っていそうな友人に、ラキュースは頭を抱える。彼女は非常に能天気なところがあるのだ。放っておけば本気で会いに行き兼ねない。
確かにエンリ・エモットをラナーと会わせたいとは思っている。勿論実際に会って人となりを見極めてからになるだろうが、例え合格点に達していたとしても面会は難しい。
ただの冒険者が私的に王族と会うなど本来はあり得ないことなのだ。
ラキュースは貴族の出であり、アダマンタイト級冒険者としてその名を馳せていることから、あらゆる方面からの信頼を獲得している。蒼の薔薇のメンバーがラナーと面会できるのも彼女の信頼あってこそだろう。
そして未だ噂話の域を出ないが、エンリ・エモットは平民だ。それも田舎の村娘である。
現在はミスリル級冒険者ではあるが、彼女が王族と面会していたなどと知れれば貴族派閥から攻撃の的にされてしまう。ラキュースはひとつだけ2人を会わせる方法を思いついてはいるのだが、情報が大きく欠如している今、それを話すつもりは無かった。
「ダメよ、ラナー。聞くところによると彼女は平民の出。バレたら大変なことになるわ。」
「むぅ・・・お友達に平民も貴族もありません。ラキュースだってそう思ってるでしょ?」
「全く貴方は・・・。」
これは駄目だと説得を諦める。
ふと時計を見ると、思っていたより長い間話し込んでいたことに気が付いた。エンリ・エモットのことになるとつい夢中になってしまうのだ。
まだ語り足りないのだが、今日の内に達成しなければならない依頼があるため渋々立ち上がる。
「私はもう行かないと。ラナー、変な気は起こさないでね?」
「もう、私は子供じゃありませんよ!」
頬を膨らませながら全く怖くない威嚇をしてくるラナーを後目に、部屋を後にした。
「そろそろ王都に来る頃だと思ってたけど、遅いわね。それにランクの上がり方も。」
離れて行く足音を確認し、無感情な声で呟いた。目まぐるしく変わっていた表情はまるで幻覚だったかのように消え失せている。
この姿こそが、第3王女ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフの本質である。
彼女は人並み外れた叡智を持って生まれてしまったために、周囲の人間を愚かな動物としか認識できなかった。そして周囲の大人達はそんな彼女の考えが理解できず、奇妙な物を見る視線を突き付け続けたのだ。
結果として彼女の性格はこれでもかというほどに歪み、悪魔とも化け物とも言えるような存在が生まれてしまった。噂話や小間使いの所作など、ごく小さな情報から正解を導き出すのだからそう形容されても仕方ないだろう。
ラキュースが「蒼の薔薇に加入してもらえればラナーと会わせることができる」と考えているのも見抜いている。他にいくらでもやりようはあるのだが、蒼の薔薇に引き入れることができれば自然な形でエンリ・エモットを新たな駒とすることができる。だからこそ彼女に会いたいと思っていることを強調したのだ。
「彼女では無かった? でもそうなると戦士長が生還したことの謎が解けないわ。」
ラナーはガゼフ・ストロノーフが絶対に生還できないことを知っていた。
愚かな貴族共が下らない派閥争いを続けて国を腐敗させ続けている現状に、遂に法国が痺れを切らしたのだ。存在しないことになっている特殊部隊が出張ってくることもお見通しだった。
何らかの一助が無い限り戦士長は死ぬはずだった。それを覆したのは同時期に現れた尋常ならざる実力を持つ冒険者、エンリ・エモットである可能性が非常に高い。
「分からないわね・・・陽光聖典を退けるほどの実力者なら既にアダマンタイト級になっていてもおかしくない。それがミスリルだなんて。」
彼女は頭の中で組み上げた情報を1から読み直して行く。分からない問題があれば、まずは最初に立ち返るのが正解へと至る近道なのだ。
突然の出現から始まり、陽光聖典との戦闘、アンデッド騒ぎ、死を撒く剣団・・・。
「あら?」
そしてそれは功を奏し、ラナーは不可思議な点に気付く。
これまでの村娘としての生活。村を襲った騎士は皆殺し。陽光聖典は故意に逃がす。ズーラーノーンの幹部は容赦なく一撃。死を撒く剣団は救った。
この奇妙な二面性は・・・
ラナーはその整った顔に歪み切った笑みを浮かべた。
「うふふふふ、これは大きな弱みを握ってしまったかもしれませんね。彼女は今頃何をしているのかしら。」
●◎●◎●◎●
「これが新しい情報です。」
バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは秘書の差し出した文書を鷹揚に受け取る。
彼は皇帝の座について間もなく、無能と判断した貴族を一挙に排した。貴族位を強制的に剥奪し、反抗してくるものは容赦なく潰したのだ。その苛烈な行いから内外に“鮮血帝”の名で知られることとなった。
だが彼は無意味にこのような暴挙に出た訳では無い。
国を腐敗させる愚か者共を駆逐するのと同時に、権力を1ヵ所に集中させることで国の安定を図ったのだ。その素晴らしい統治と、有能な者は平民からでも徴用する姿勢により、国民の絶大な支持を獲得している。
「ん? ロウネ、これは確定情報か?」
「はい、現地の調査員からの報告です。」
「はははっ! こいつは聖女にでもなるつもりか?」
現在この部屋にはジルクニフを含めた4人の人間しかいない。
普段は支配者然とした態度を崩すことは無いのだが、信頼している部下の前ではこうして冗談を言うこともあった。
それでも部下が忠誠心を失わないのは偏に彼のカリスマによるところだ。
「陛下、それは?」
白い髭を長く伸ばした老人が問いかける。
「最近現れたというエ・ランテルの冒険者だよ。なんでも登録して直ぐに
「ほう、それは素晴らしい人材ですな。」
「全くだ。どうして王国なんかに行ったのやら。」
最も信頼を寄せている人物、フールーダに愚痴を零しながらも頭を回転させる。
突如現れた新進気鋭の冒険者、エンリ・エモット。彼女の行動に一貫性が見られないことがジルクニフを大いに悩ませていた。
だが今回入ってきた情報で大体の予測を付けることができた。
つまり、“ポーズ”だったのだ。憎むべき相手である野盗団を、敢えて救う。これにより自らの善良性を主張し、裏で行っている何事かを隠すベールとしているのだろう。
ズーラーノーンの幹部を躊躇なく屠っていることから、奴らとの関係性は無い。ならば現時点で最も有力なのは村を襲った犯人への復讐だ。追撃部隊の連中を殺すことなく見逃したのは、泳がせることによって主犯を炙り出そうとしたのだろう。
――この瞬間まで俺に真意を悟らせないとは、優秀だな。
「ところでバジウッド。数百のアンデッドを強行突破し、ズーラーノーンの幹部を一撃で屠るというのはお前にも可能か?」
「それは流石に無理がありますよ。四騎士が揃ってても分かりませんね。」
「ふむ、つまり1人で四騎士と同等か、それ以上ということか・・・欲しいな。」
背を椅子に預け、天井を見上げる。
「聖女様は今何をしているのかな?」
●◎●◎●◎●
八本指本部、会議室。
その広い部屋で9人の男女が顔を突き合わせていた。彼らは密輸部門、麻薬取引部門、奴隷売買部門、警備部門などの8つの部門の長達と、そのまとめ役だ。
部屋には彼らの護衛として30人程の人間もいるため、広々とした会議室も少し手狭に感じる。彼らは今定例会議の最中だった。
「そのエンリ・エモットとかいうのが死を撒く剣団を潰したのか。」
「ああ。先にも言った通りそいつの実力は確からしい。」
死を撒く剣団は八本指の息がかかった組織ではないため、消されても彼らが気にすることではない。しかし力を武器に生きる裏社会の人間は、強者の情報を収集することに余念がない。冒険者達がするよりも早く、正確に有益な物を集めていた。
「雇うか?」
警備部門の長、ゼロが声を上げた。
彼らが警備するのは専ら他部門の人間、或いは土地である。つまり八本指に歯向かってくる馬鹿がいなければ彼らは破産する。突然出現した強者は取り込めば戦力の増強になるが、それ以上に金になるのだ。
「私はいいわ。邪魔してるやつはいるけどそいつじゃないだろうし。」
「此方も今は不要だ。だがその内雇うことになるかもしれん、そのときは頼む。」
ゼロはただ頷くだけで答え、後のことは関係無いとばかりに目を瞑った。
「ではしばらくは静観し、此方へ下るなら警備部門へ、敵対するなら抹殺するということで異論はないか?」
「ちょっといいかしら?」
ほとんどの者が頷く中、コッコドールが右手を上げる。
コッコドールが率いるのは奴隷売買部門。
嘗ては多くの娼館を経営し八本指の中でも上位の業績を記録していた。しかし「黄金」と称される忌まわしい第3王女により提唱された新たな法のおかげで、残る娼館はたったの1個だ。
金持ちに流す奴隷の数も目減りし、現在は下火にあった。
「その娘、どうせ殺すならうちにくれない? 勇名を馳せた女冒険者って相当な稼ぎ頭になると思うのよねぇ。」
「ふむ。反対意見のある者はいるか?」
勿論挙手する者はいない。
王国の裏側を支配し大悪を為す彼らにとって、その程度の胸糞悪い話など高級料亭で食事をしている中で聞かされても何とも思わない程に聞きなれた物だった。
その様子にコッコドールは機嫌よく笑った。
「決まりね。将来のエースは何をしているのかしら?」
●◎●◎●◎●
「では最後の議題だが・・・エンリ・エモットだな。」
スレイン法国、大神殿内部。
そこに最高神官長及び六大神官長が集まり、ひとつの卓を囲むようにして座っていた。法国の重要事項はこの会議によって決定される。彼らの行動によりこの国の、ひいては人類の未来が確定するのだ。
その重責を担う彼らは、年齢に関わらず頭髪に白が混じり、顔に刻まれた皺は日々増え続けていた。
「また彼女の話か? ズーラーノーンの幹部を殺したのだから、人類にとって害となる存在ではないと結論が出たではないか。」
エンリの話はもう何度もこの会議に取り上げられていた。始まりは陽光聖典が敗走した事件である。
彼らは任務に失敗したものの、
入隊条件が非常に厳しいエリート集団である陽光聖典は、その1人1人が貴重な戦力なのだ。竜王国を侵犯しているビーストマンとの戦闘に駆り出されていることもあって、できるだけ損耗は避けなければならない。ニグンの判断は責められる物では無かった。
「それが新たな厄介事を引き起こしてくれてな。エ・ランテル近郊の野盗の塒を単身で急襲し、その場にいた野盗を全て更生させようとしているらしい。」
「ん? それの何が問題なのだ。」
不思議そうに首を傾げた男を小馬鹿にするように老婆が笑う。
「だからお前は舐められるんじゃよ。小娘1人なら不在を狙って王国の戦力を揺るがすことができた。しかしこのまま手下を増やされると我々の作戦が阻害される確率が上がる。王国の寿命が多少ではあるが伸びてしまうじゃろ?」
「ああ・・・なるほど。」
馬鹿にするように丁寧に説明されて不快感を抱くが、その考えに至ることができなかったのも事実なため言い返すことはできなかった。
「では、どうするのだ? 彼女1人でさえ陽光聖典を退ける力量を持っている。暗殺は容易ではないだろう? 冒険者に漆黒聖典をぶつける訳にもいくまい。」
「それをこれから話し合うんじゃろうが。」
まさしくその通りな切り返しをされて渋い顔になる。
「そうだったな。はあ、彼女がここへ来てくれれば簡単なものを・・・今は一体何をしているのだろうか?」
●◎●◎●◎●
彼女はショッピングを楽しんでいた。
(うーん、まず何から買おうかなぁ!)
(依頼は受けてないから時間はたっぷりあるよ。)
2人は嘗てモモンガが冷やかして回った商店街にいる。
ズーラーノーンと野盗の件でかなりの報酬を貰ったため、財布はボールのように膨らんでいるのだ。野盗の塒から持ち帰った戦利品は全て組合と都市の上層部へ寄付したが、報酬は別として扱われた。今度は店の時間だけ奪って帰る迷惑な客ではない。
(それにしても珍しいですね、モモンガさんからお買い物に誘うなんて。こんなことをしても危ない実験には協力しませんよ?)
(失礼な。冒険がしたいっていうのは俺の個人的な要望だろう? 今はエンリも興味を持ってくれてるみたいだけど、俺だけの願いを叶えるのはフェアじゃない。エンリもやりたいことをやっていいんだよ。)
このショッピングはモモンガの提案したことだった。
エンリの普段着といえば村から持ってきたお気に入りの服か、創造した鎧しかない。魔法を使えば衣服の洗浄は素早く済むが、彼女は1人の女の子としては飾り気が無さ過ぎた。
もしもモモンガに遠慮して自分のために金を使っていないのだとしたら、それは彼の望むところでは無い。
そこで「女性の趣味といえばショッピングだろう」と半ば決めつけてみたのだが、エンリの反応を見る限り大成功のようである。
(そうですか・・・変なことを言ってごめんなさい。でも我慢してるとかじゃなくて、村での生活に慣れてるからお金を使い慣れてないんですよ。こんな大金持ったこともないですし。)
(我慢してる訳じゃないならそれでいいよ。金なんてこれからどんどん入ってくるんだから、使い切るつもりで買い物を楽しめばいい。お土産の分と宿代は残してね。)
(そんなに使いませんよ!)
言いながらもエンリはそこら中を見回している。モモンガの心配も妥当だと言えるだろう。
暫くの間せわしなく動き回っていたエンリだが、アクセサリーを主に扱っている店の前で立ち止まった。指輪やピアスなど様々な物が展示されている。
「あ、このネックレス可愛いですよ! どうですか!?」
羽ばたく鳥を象った銀のネックレスを手に取り、迷うことなく試着した。
売り物に勝手に触っていいのだろうか?
「お客さん、悪いがうちは値下げはしない。銅貨1枚たりとも――ど、銅貨1枚でいいですよ!!」
「え、いいんですか!? 今値下げはしないって・・・」
「局所的タイムセール中なんですよ! いやあ貴方は運がいい!」
「やったー!!」
どうですか?という言葉を値切りと勘違いしたのだろう、店主は丁重にお断りしようとしたが、エンリの姿を見て態度が豹変した。その変わり身の速さにモモンガが動転したほどだ。
しかしこれは不味い。
周囲の者は店の主人へ憐れむような視線を向けている。“局所的タイムセール”に駆けこもうとする心の無い者はいなかった。
エンリは店主が青い顔になっていることに気付いていない様子だが、このままでは全ての店で同じ光景が繰り返されることになる。次の異名は“値切りのエンリ”辺りだろうか。
それはあんまりだと焦ったモモンガは路地裏へ飛び込んだ。
エンリは他の店へ行きたがっていたが、これも彼女のためだ。少しの間我慢して欲しい。
(早速そのネックレスつけてみないか? プレートが邪魔だから外そうか。)
(え、でもこれって身分を証明する役割もあるんですよね、大丈夫なんですか?)
(ただの買い物に身分を証明する必要なんて無いよ。ほら、この際だから髪もほどいてイメージを変えてみよう。)
言葉では提案の形を取ってはいるが、今体を動かしているのはモモンガだ。プレートを外すとアイテムボックスへ投げ込み、買ったばかりのネックレスを着けた。
三つ編みを解くのもお手の物だ、エンリがしているのを何度も見てきた。エンリよりも先に起きた時など、暇なのでモモンガが髪を結っているのだ。
手早く済ませると櫛を取り出して髪を整え、手鏡にその姿を映した。
(どうだい、別人みたいだろう?)
(わあ、自分でも驚くほどの変化ですね。でもどうしてこんなことを?)
エンリの疑問も当然だろう、これではまるで変装だ。
だがモモンガとて奇異の視線を向けられ続けることにいい気持ちはしないのだ。街を回るときくらいは何も気にせずゆっくりと過ごしたかった。
しかし、本当のことを話せばエンリは落ち込んでしまうだろう。いい気分のところに水を差される不快さはこの世界でも何度も味わって来た。知らないほうがいいということもある。
(有名人は歩くだけで視線を集めるものなんだ。気軽に買い物を楽しむためにも街を歩くための格好は必要だと思わないかい?)
(なるほど・・・じゃあ次は服屋さんですね!)
(ああ、行こう!)
見事誘導に成功したモモンガは、拳を天高く掲げた。
「いらっしゃいませ、どのような服をお探しですか?」
「え? あ、えっと・・・」
エンリは口籠る。店に入った瞬間従業員に話しかけられるとは思っていなかったのだ。
エンリの家族が着ていた服は、どこか家庭的な手作り感があった。このような店に入ったのは初めてなのだろう。モモンガも洒落た店に入るなどあまり経験の無いことだが、年上として代わりに対応することにした。
「特には決めていないので色々見せてもらえますか?」
「はい、この場で寸法の調節も致しますので気に入った物があればお呼びください。」
「ありがとうございます。」
かなり緊張したが不審な点は無かったはずだ。従業員が此方の正体に気付いた様子も無かった。これでゆっくりと服を物色することができる。
(ふぅ、助かりました。お洒落な服屋さんって選ぶのも手伝ってくれるんですね、ビックリしちゃいましたよ。)
(俺もこういう店は初めてだからドキドキしたよ。それじゃ、見てみようか。)
(そうですね!)
店はそこそこの広さがあり、男性服と女性服が中央で分けられ所狭しと並べられていた。女性物のコーナーでも、雰囲気別、種類別に整頓されており、見て回りやすい内装になっている。
従業員がエンリの正体に気付かなかったこともあり、モモンガは心の中の“お気に入りの店リスト”に初めて店名を加えた。
(すごい多くて迷っちゃいますね・・・あ、これいいなぁ。)
(そこに鏡があるよ。)
エンリは服を1着手に取り、壁に備え付けられた姿見の前に立つとそれを自分に重なるように持ち上げた。
少し子供っぽいような気もするが、年相応の女の子らしい物だ。
(おお、似合ってるじゃないか。)
(そうですか? えへへ。)
エンリは嬉しそうに笑った。自分でも少し似合うと思っていたのだろう。
早速精算所へと向かおうとするエンリだが、それをモモンガが引き留めた。
(せっかくだからもう少し見て行こうよ、もっと良いものがあるかもしれない。おっ、あれは・・・)
視界の端に映った黒いジャケットに歩み寄る。手に取って広げてみると、それは所謂革ジャンだった。モモンガは実際に着たことは無いのだが、なんとなく憧れてしまうのだ。
(モモンガさん、ここギリギリ男性物のコーナーですよ?)
(いや、お父さんへのお土産にどうかなって。カッコイイじゃないか。)
(うーん、でもあんまり似合わないと思います。)
それもそうかと思い直し、元のように綺麗に戻す。それが済むと再び女性物のコーナーへと戻り、様々な服を物色し始めた。この店を気に入ったモモンガは、村へのお土産もここで買おうと思ったのだ。
(あ、これなんかどうだい?)
次に目を付けたのはデニムシャツ。裾の部分が袖よりも短くなっている物だ。
(ちょっとワイルドじゃないですか? 似合う気がしないんですけど。)
(これはお母さんへのお土産にと思ってね。頑丈そうだしきっと長持ちするよ。)
(あー、確かにお母さんなら似合う。)
エンリからも好評なようなので母親へのお土産は決定した。
その位置を覚えたモモンガは、可愛らしい雰囲気の服が置いてあるコーナーへと移動しつつ、割と重要なことを聞いた。
(そういえばエンリ、家族の服のサイズは分かる? ここの服は自分で手直ししようとするとかなり大変そうだけど。)
(覚えてますよ。偶に私が服を作ったりするので。)
(流石、家事は万能だね。)
(褒めても何も出ませんよ?)
話ながらも2人は目の前にあるいくつもの服を眺め回している。特にエンリの目線は熱心だ。この世界に生まれて16年目にして漸く女の子らしいお洒落ができるのだから、その感動は計り知れない。
(これにしようか。絶対似合うよ。)
モモンガが手に取った服は、フリルがふんだんにあしらわれた可愛らしい物だ。その明るい色彩は今しがた開いた花弁のような元気な印象を与える。それを見たエンリの顔が一気に紅潮した。
(に、にに似合いませんよ!! で、でも一応、試着だけはしてみようかなぁ?)
(だからお土産だって。)
●◎●◎●◎●
「ふぅ、美味しかったぁ。」
モモンガとエンリが同時に声を発し、見事にシンクロする。
あの後、2人はかなりの長時間店内をうろついていた。
清算の時に従業員と軽く話をしたのだが、店の者は皆エンリの正体に気付いていたらしい。入店時には流石に分からなかったようだが、何時間も店内にいるエンリが何度も視界に入り、遂に思い出したのだという。
しかし彼らは表情をコロコロと変えながら買い物を楽しむエンリを見て、嬉しそうに微笑むだけだった。
店の評価がモモンガの中で天井知らずに上がったのは言うまでもない。
そうして店から出たときに漸く昼食を取っていなかったことに気付き、普段は入らないリッチなレストランで食事を済ませたところである。
服装も完全に変えたお忍びモードのエンリに気付く猛者はいなかった。
「おや? もしかしてエンリさんですか?」
だが、声を聞いてしまえば話は別である。
しまったと一瞬身構えるが、その相手を見て安堵した。
「ペテルさんでしたか。」
ペテル・モーク。冒険者チーム“漆黒の剣”のリーダーである。
彼らとはエ・ランテルに訪れた最初の夜に出会った。モモンガの行動により混乱した場を纏め、多くのアンデッドを倒すのに貢献したとして
実際に現場を見ていた漆黒の剣の面々はエンリに残虐なイメージを持たず、普通に接してくれる数少ない冒険者だ。
モモンガも話がしやすい彼らを好意的に思っていた。
「すごい大荷物ですね。」
「驚いたのである。」
「君にそれは似合わないぜ? 鞄だけ持ってたほうが綺麗だ。」
エンリの抱える大荷物をさり気なく持ってあげようと手を伸ばす
「こんにちは、皆さん。今日は依頼を受けずに街を回っていたのですが、つい夢中になって買いこんでしまって。」
「なるほど、それでそんな格好を。」
ペテルが納得したように頷いた。面倒ごとを避けるために変装していたことを理解したのだ。ダインとニニャも同様だが、
「それってひょっとしてデート!? うわーそうだよなぁエンリちゃんをほっとく男なんかいねーよなぁ。それでお相手は?」
「ルクルット、いい加減にしないか。」
「くどいのである。」
「デリカシーが無さすぎますよ。」
仲間からの辛辣な言葉にも軽く舌を出すだけだ。
漆黒の剣と知り合ってからまだ間もないが、これは彼らと会ったときのお約束のような流れになっている。モモンガがあまり気にしていない様子を見せるので、3人も本気でルクルットを咎めることはしなくなっていた。
自分のせいで彼らの関係に亀裂が走るのは避けたいし、気にしていないのも事実なのでモモンガは何も言わない。
「そういえば、組合の方がエンリさんを探していましたよ。」
「私をですか?」
モモンガは首を傾げる。問題となる行動は起こしていないはずだ。
「恐らく指名依頼であるな。この短期間で指名が来るとは流石なのである。」
「ああ、なるほど。」
「僕達も早く指名依頼が来るくらいの実力を付けたいですね。」
そう言ったニニャの目には何か暗い物を感じた。個人の問題に深入りするのはマナー違反なので、モモンガはそれに気付かないフリをする。
「焦りは禁物、身に余る依頼は自らを滅ぼすだけである。」
「それは分かっているのですが・・・。」
ニニャの様子に雰囲気が重くなる。
「俺はエンリちゃんに指名を受けてほしいんだけどなー。」
「それじゃあ組合に行って来ますね。知らせていただいて助かりました。」
ルクルットの言葉を無視して踵を返すエンリの態度を見て、場が和やかな笑いに包まれる。
(本当に良いチームだ。)
(そうですね。)
モモンガはルクルットを嫌っている訳ではない。寧ろ気楽な態度で話しかけてくれるので友達になりたいとも思っている。
だがここは彼の意思を尊重して、
モモンガは「くぅーっ」と奇声を上げているムードメーカーを横目で見ながら、組合へ続く道を歩いた。
kuzuchi様
誤字報告ありがとうございます。