覇王の冒険   作:モモンガ玉

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※オリモブが出てきます。ていうかオリモブだらけです。あまり本編に関わりの無い話(になる予定)です。


覇王の近衛

死を撒く剣団。

彼らは今頃、断頭台に立たされているはずだった。

多くの冒険者や貴族、商人の馬車に襲撃をかけ、身ぐるみを剥いできた。

生活に窮した者や貴族への恨みを持つ者など悪事に手を染めた理由は様々だが、許されざる行為を働いてきたのは確かだ。

しかし今冒険者となり生を許されているのは、拠点へ殴り込みをかけてきたエンリ・エモットのおかげである。

彼女は本来冒険者が得るべき戦利品を全て投げ打ち、自らの地位が危ぶまれる可能性を意にも介さず憎むべき野盗の命を繋いでくれた。今後も生きていくための食い扶持まで用意して、だ。

どうしようもないひねくれものだった野盗に、やり直す機会を与えてくれた。

そんな彼女へ少しでも恩を返したいというのが全員の想いだった。

 

 

冒険者組合の一室を借りて行われたチーム名決定会議は荒れに荒れた。

17個もの案が提出され、投票によって数を絞ろうとしたのだが、全ての得票数が横並びになってしまったのだ。あの一瞬だけは皆口を開けて固まり、静かな空間になった。

だが奇声と怒号が飛び交う会議は続けられ、日が暮れる頃になって漸く案が2つに絞られた。

“エンリ親衛隊”と、“近衛兵団”である。

そこでもう1度投票が行われ、司会を務めていた受付嬢の厳格な審査のもとで開票作業が行われた。

結果は1票差で“エンリ親衛隊”に決まり、団長がテーブルに拳を打ち付けた。しかし受付嬢の「他チームの個人名を入れるのはちょっと・・・」という今更な言葉により満面の笑みになる。

“近衛兵団”は団長の発案だったのだ。

 

しかしそんなお祭り気分は1人の男の発言で終わりを迎える。

 

「だが、俺達が姐さんを守ることなどできるのか?」

 

その場の全員が口を噤んだ。

エンリの力の一端を見ている彼らは、自分達など盾にすらなれないだろうと自覚していた。同じ戦場に立っていることすらも邪魔にしかならないと。

 

「じゃあよ、俺達が強くなればいいんじゃねーの?」

 

言葉だけを見れば適当に相槌を打っただけのように聞こえるが、その目は真剣そのものだ。恩人の足を引っ張ることなど死んでもご免だと全員が思っていたのだ。

そこで、恐縮しながらもエンリを招き、武者修行の旅に出ることの許可を願い出た。

普通なら、昨日まで野盗だった者の言葉など信用できない。適当なことを言ってエ・ランテルから逃げ出そうとしていると思われるだろう。

命の恩人からそのように思われるなど心が張り裂けそうだった。だが、その恩人のためにも今はどんな苦痛にも耐えなければならない。

 

「え? いいですよ?」

 

そんな彼らの想いに反して、意外すぎるほどに軽く許可を出された。

その余裕な態度を見て、皆の背に一筋の汗が伝う。「妙な事をすれば例えどこにいようと殺す」。彼女は言外にそう告げているのだ。

そして彼女は付け加えた。

 

「それならカルネ村に向かってはどうですか? あそこは私の出身地なんです。カルネ村を拠点にして、トブの大森林で訓練するといいと思います。村には私から伝えておきますね。」

 

その言葉だけで全員が真意を理解する。

つまり、「村の仕事を手伝いながら特訓しろ。もしも村に被害が出ようものなら地獄を見ることになる」ということだ。

これは恩人から課せられた試験だ。元野盗が一般人との生活に馴染めるのか、信用に値する存在なのか。

絶対に彼女の信頼を勝ち取り、共に戦場へ立つ。団員達はそう心に刻んだ。

 

――元野盗が言葉の裏を血生臭く読むなど、エンリは想像すらしていなかった。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

「あれがカルネ村かー。」

 

村へ続く街道を17人の男達が歩く。

 

「お前ら、姐さんが育った村だ。くれぐれも問題は起こすなよ。」

「もちろんだ。」

「それ何回目だよ、心配しすぎだぜ団長。」

 

この和やかな雰囲気は一見すると周囲を全く警戒していないように見える。しかしながら、その目は油断なく辺りを見回していた。

元は裏の世界の住人である彼らはゴブリンやオーガなど恐れていない。警戒しているのは“元”同業者の方だった。そこそこ大きな組織だった死を撒く剣団を恨みに思っている者は多く、暗殺者を派遣されることも少なくなかったのだ。

 

「貴殿らが近衛兵団の方々でござるな?」

 

だからこそ声がかけられる前にその存在に気付けたのだが、気付いたところでどうしようもなかった。

その偉容を見て動ける者などそうはいないのだから仕方のないことなのだが。

 

「・・・もしかして違ったでござるか?」

 

この言葉遣いと外見から、エンリの使役している魔獣であることは分かる。カルネ村に向かうなら共に生活することになるだろうと、事前に話を聞いていたのだ。

しかし、話の内容と実際の魔獣とは全く違う物だった。

エンリは「可愛い魔獣」であることを強調していた。そして思いを馳せるように遠い目をして「あの円らな瞳がいいんです」というのだ。

エンリの言葉を鵜呑みにしてしまった愚かな自分に嫌気が差す。彼女の価値観と自分達の価値観が一致しているなどどうして思えるのだろうか。あれほどの強者ならば、人間を優に超越した魔獣でさえ可愛いものだということくらい容易く想像できたはずだ。

 

「うーむ、長旅でお疲れなのでござろうか・・・。」

 

魔獣が叡智に溢れる瞳を向けてくる。

彼らは短くない時間硬直していたことに、漸く気付いた。問いかけを無視するなど相手が魔獣で無くとも失礼な行為だ。慌ててそれに答えた。

 

「い、いや、すまない。我々が近衛兵団で合っている。」

「おお、それは良かったでござるよ!」

 

返答を聞いた魔獣は嬉しそうに頷き、自己紹介をしてきた。団員も1人ずつ名乗っていく。それが済むとハムスケは背を向けた。

 

「ではこれから村長殿のもとへ案内するでござるよ。」

「ああ、よろしく頼む。」

 

こうしてハムスケの後に続き村へと入る。

その間の団員の話題は、もちろんエンリのことだ。洞窟で見せられた強さだけでも酒の肴には十分なことなのに、こんな魔獣まで従えているのだから話すなというほうが無理な話だった。

 

「ここでござる。村長殿は中にいるでござるよ。ではそれがしはこれにて。」

 

そう言ってハムスケは去って行った。

暫くその背を目で追う。すれ違う村人は皆ハムスケと挨拶を交わし、楽しそうに談笑を始める者までいた。流石は彼女の故郷、普通の村人に見えるがかなり肝が据わっていると感心した。

あまり見つめて気付かれると怖いので、観察を中断して村長宅のドアを叩く。

扉はすぐに開かれ、警戒する素振りも無く迎え入れられた。話はしっかりと通っているらしい。しかし全員で押しかけると少々手狭になるので、団長だけが中に入った。

 

「ようこそおいでくださいました。近衛兵団の方ですね、話は伺っております。」

「はい、私は団長のアベックです。これからよろしくお願いします。」

 

アベックは丁寧に挨拶する。

同じ臣下(だと思っている)であるハムスケとは対等な立場として話すが、村人に対しても同じように接する訳にはいかない。

彼らは生まれ変わったのだ。普通の社会に適応できなければエンリに顔向けできない。この村がエンリの故郷であることも彼を慎重にさせた理由のひとつだ。

絶対に迷惑はかけられないし、ましてや不快感を抱かれるなど論外だ。

 

「ではエンリからの伝言も含めてこれからのことをお話ししますので、そこにおかけください。」

「では失礼して。」

 

村長が語った内容は驚くべき物だった。

エンリが彼らの訓練のメニューを用意してくれたというのだ。訓練相手としてハムスケ、リザードマン、そして強力な()()の助っ人が協力してくれるらしい。

チームを3つに分けて、一定のサイクルで相手を変えながら模擬戦闘を繰り返すというのが訓練の内容だった。

 

「どうされたのですか?」

「あぁ、いえ・・・姐さんの優しさに感動してしまって。」

 

何から何まで面倒を見てもらっていることに、恥ずかしさよりも先に嬉しさがこみ上げてきてしまった。

村長は“姐さん”が誰を指しているのか分からずに不思議そうな顔をしていたが、やがて納得したのか満面の笑みを浮かべた。

 

「そうでしょう、そうでしょう。エンリは村の宝ですよ。」

「ええ、全くその通りです。」

 

2人は固い握手を交わす。

――こうして、近衛兵団の地獄の日々が幕を開けた。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

カルネ村の朝は早い。

空が白み始めた頃には皆起きだし、1日の支度を始める。何から手を付けるのかは人それぞれだが、大抵の村人は水汲みからだ。

顔を洗ったり、寝汗を拭き取ったり、料理に使ったりと、水は朝から人の生活に大きく関わってくる。そのため少し離れた水汲み場まで水瓶を抱えて往復するのだ。

しかし今、それは村人の仕事では無くなっていた。

 

「おはようございます、アベックさん。今日もありがとうございます。毎日やって頂かなくても偶には自分達で行きますよ?」

 

朝の新鮮な空気を吸いながら柔軟体操をしていた村人とすれ違った。

 

「気にしないで下さい。これも私達の鍛錬のためですから。」

 

村人達の日課であった水汲みは、今では近衛兵団の仕事になっている。

彼らは村人達が起きるよりも1時間ほど早く目を覚まし、付近の川まで水瓶を抱えて走るのだ。17人でせっせと往復を繰り返し、全ての村人の家へと使い切れない量の水を運んでいた。何故井戸を使わないのかというと、距離が近すぎるからだ。

ちなみに水質に問題がないことは村長に確認済みである。

 

「いやー、助かりますな。本当にエンリは頼りになる方々を連れて来てくれた。」

「そう言って頂けると我々も鼻が高いです。彼女には返しきれない恩義がありますので。」

 

2人は笑い合った。

 

「そうだ、今晩食事を御馳走しますよ。良ければエンリの話を聞かせてもらえませんか?」

「ええ、喜んで。私も姐さんについて語りたいですしね。では準備があるのでこれで。」

「それは邪魔をしてすみません。」

「いえいえ。」

 

アベックの往復はエモット家の分で最後だった。

彼は近衛兵団へあてがわれた家へ歩き出す。17人が暮らすというので、他の家々よりも随分大きな物が建てられた。完成するまでは散り散りとなって村人達の家に世話になったのだが、皆とても良くしてくれて恐縮してしまった。

 

アベックの顔はニヤついている。どう見ても悪人のそれだが、長年連れ添ってきた表情は中々抜けてくれない。

エンリの父親に感謝されるなど幸福以外の何物でもないのだ。加えて今夜はエンリについて語らうことができる。それも彼女の家族と。

 

「今日は良い1日になるな。」

 

アベックは笑顔で鎌を手に取った。

 

 

 

「うおおおおおおおおお!!!」

 

アベックは右手の鎌を振り回す。周囲にいる16人の仲間達も同様だ。

彼らは顔に残虐な笑みを浮かべ、左手には刈り取った()()を抱えていた。

 

「ディーフ! ガフ! そっちの具合はどうだ!!」

「最高だぜ!! 久しぶりに心が満たされちまってるよ!」

「ふん。この程度の相手、今更どうということはない。」

 

ぶっきらぼうに答えるガフだが、その表情は隠しきれていない。彼は獰猛な笑みを浮かべて、誰よりも早く仕事をこなしていた。

近衛兵団に属する者は皆、この瞬間に幸せを感じずにはいられなかった。

 

「あ、あの・・・皆さん?」

 

カルネ村は今、収穫期に入っている。本来は人手が足りなくなった畑の世話が兵団の仕事だった。しかし、収穫作業を始めると聞いたアベックが「全て任せてくれ」と願い出たのだ。

きつい訓練で体得したステップと見事な剣(鎌)捌き、隙の無い連携を駆使し、信じられない速度で作業をこなしていった。

何故かテンションが最高潮に達している面々に村人達は困惑気味だ。

彼らにとって何かを成し遂げた達成感、即ち「手塩にかけた作物が実を結ぶ」というのは初めての経験であるため、興奮してしまっても仕方が無いことだろう。

だが口ぶりが全く平和じゃない。

呆気にとられている村人に気付いたディーフは、名残惜しそうにその場を離れて村人達が固まっている場所へ近付いた。

 

「わりぃ、村長。何か収穫してると楽しくなってきちまってよ。怖がらせちまったか?」

「いえいえ。少し驚きましたが、畑仕事の楽しさを分かって貰えると嬉しいものですな。」

 

そういうことかと納得した村人の視線は、子供を見守るような微笑ましい物へと変わっていった。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

「この村にそんなことがあったのですか・・・。」

「はい。魔法詠唱者(マジック・キャスター)様にはなんとお礼を言っていいのやら・・・お礼どころか姿を見ることも叶いませんでしたが。」

「私も会ってお礼を言いたいですね。この村は私の第二の故郷ですから。」

 

1日で作業を終えてしまった近衛兵団と村人達は、当然手持ち無沙汰になってしまった。

彼らが村を訪れてからというもの、畑仕事にかかる時間がかなり短くなったのだ。暇を持て余した村人は内職を始め、徐々に生活に余裕が出て来ていた。

 

訓練に行くにも微妙な時間だったため、兵団のメンバーは各自自由に過ごしている。アベックはエモット夫妻の誘いもあり、少し早く家を訪れていた。

 

「しかし魔法詠唱者(マジック・キャスター)殿と出会ったのが姐さんで良かった。強大すぎる力は大抵が悪用されますからね、その点姐さんなら心配無い。」

「そのように言って頂けるとは、エンリは良くやっているようですね。」

「ええ、それはもう。街に滞在していた期間は長くありませんが、素晴らしい話ばかりが聞こえてきましたよ。」

 

アベックは視線を上げると、眩しい物を見るように目を細めた。

 

「お姉ちゃんの話聞きたいな!」

「よし、いっぱい聞かせてあげるぞ。」

 

興味津々に此方を見つめる赤毛の少女に、思わず優しい口調になる。

膨大な数のアンデッドや一撃で切り伏せられたであろう敵の首魁の話は、まだ幼いネムには刺激が強い。所々表現に注意しながらエンリの英雄譚を話して聞かせた。

 

「すごいすごい! もうミスリルっていうのになっちゃったんだ!!」

「ああ、そうだ。君のお姉ちゃんはエ・ランテルでたくさんの人たちを助けたんだよ。」

「村にもハムスケ様を残してくれて、本当に優しい娘に育ったな・・・ネムもエンリを見習うんだぞ。」

「はーい!」

 

感慨深げに頷く父親と、無邪気に笑うネム。これまで無縁だった暖かい空気に、アベックの荒んだ心が洗われていく。

 

「私達も姐さん同様ここを拠点にしたいと考えていますので、今度村を襲うような輩がいても全員守り通してみせます。安心してください。」

「ははは、あなた方とハムスケ様がおられるのです。不安を感じている村人などいませんよ。」

 

エモット家の面々を安心させるため、そして改めて胸に決意を刻むために口にした言葉だが、思っていたより陽気に返されて気恥ずかしさを覚えた。

 

「そういえば近衛兵団の方々はどのような訓練をされているのですか?」

 

何の気なしに質問したのだろうが、アベックは返答に困る。

訓練相手である4人の助っ人こと死の騎士(デス・ナイト)の存在は、ハムスケから口止めされている。より正確にはエンリからだ。

それ自体に疑問はない。エンリなら凶悪なアンデッドを使役していても不自然ではないし、その姿を見れば村人が怖がってしまうだろうという配慮があっての処置だと理解できる。どう誤魔化したものか・・・。

頭を悩ませたアベックだったが、4人については適当にぼかしておけば何とかなるだろうと訓練内容を話した。

 

「訓練の内容はほとんど固定されていて、それを5日の周期で繰り返すのですが――」

 

 

近衛兵団はまず、エンリの言いつけ通りに3チームに別れた。

勿論1チームの班長はアベックが担当した。しかし残る2チームの班長は誰が受け持つかという話になり、実力のあるディーフとガフが任命された。

そしてそれぞれのチームで別々の相手と戦い、1日ごとに相手を交換していくのだ。4日目は全てのチームが合流し、リザードマンと集団戦の訓練を行って連携を深める。最後に休息日だ。

 

アベック班の場合はハムスケ、死の騎士(デス・ナイト)、リザードマン、集団戦、休息といった具合である。

 

 

「ほう、中々きつい鍛錬ですね。そんな中で村の仕事まで手伝って頂けるとは。」

「まだまだですよ、姐さんには遠く及びません。もう少し実力が付いてきたら集団戦の相手にハムスケ殿も加わって貰おうと考えています。」

 

実際非常に苦しい訓練だった。

最初の内はハムスケの尻尾の動きすら見えず、死の騎士(デス・ナイト)には何もできずに弾き飛ばされ、リザードマンにはタコ殴りにされた。

手加減されているため致命傷に至ることは無かったが、自らのあまりの不甲斐なさに枕を濡らさない日は無かった。だが彼らの心が折れることもまた、無かった。

ただエンリに恩返しをしたい一心で強者へと立ち向かい続けたのだ。

今では棍棒を装備した死の騎士(デス・ナイト)1体を1チームで抑えられる程にまで成長していた。

 

「これはエンリもうかうかしていられませんな、すぐに追い抜かれてしまいそうだ。」

 

本当にそう思っていそうな声音に、思わず苦笑が漏れる。

 

「あれほどの高みにいる姐さんを追い抜くなんて、どれだけ時間があっても足りそうにありません。しかし、そうですね・・・いつかは横に並び立ち、共に戦いたいものです。」

 

アベックは晴れやかな笑顔で答えた。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

エ・ランテル外周部、倉庫内。

本来そこにあるはずの兵糧は消え失せ、代わりに40人余りの男達が集まっていた。皆一様に屈強な体格をしており、顔に傷を持っている者も少なくない。その外見と纏っている雰囲気を見れば、誰もが腰を抜かすだろう。

そして見る者が見ればその正体に気が付く。彼らは塒の襲撃時に外に出ていて難を逃れた、死を撒く剣団の残党だった。

 

暇な時間を雑談で潰していた男達は、倉庫内に響く複数の足音で静まり返る。漸く待ち人が来たのだ。

 

「よお、久しぶりだな。ガフ。」

「やはり事を起こすのはお前だと思っていた、イジカル。」

 

2人は邪悪な笑みを浮かべ合う。

イジカルは、死を撒く剣団の結成当初から所属していた古株である。策を巡らせることを得意としているが、腕前も確かだ。ブレインが雇われるまでは、彼が死を撒く剣団で最強の男だった。

人を人とも思わぬ残虐性で標的を嬲る、正真正銘の悪である。しかし人を束ねるカリスマは持ち合わせておらず、リーダーにはなり得なかった。

イジカルと仲のいい者は、彼がアベックの地位を強引に奪おうとしていたことを知っている。

 

「俺も、お前ならここに来るって思ってたぜ。お前は根っからの悪人だからな。」

「フフ、昔は色々やったもんだ。」

 

その談笑を遮るように1人の男がガフへ近付き、羊皮紙を手渡した。

 

「それが計画内容だ。お前の仕事はカルネ村への侵入を手引きするだけ。簡単だろ?」

「なるほどな・・・。」

 

ガフは羊皮紙を開くが、イジカルの言葉を聞いて顔を上げた。読む必要は無いと判断したのだ。

 

「エンリとかいう平和ボケした小娘に誑かされた間抜け共を粛清するんだよ。見せしめに首を晒して組織内の意識を徹底的に―――」

 

イジカルの言葉は続かなかった。

ガフに羊皮紙を渡した男の首が飛んだのだ。その予想外な光景に何も言えなくなる。

 

2人は共に行動することが多かった。多くの死線を潜り抜け、数多の財宝を掻っ攫って来た。ガフは拷問こそ好まなかったものの、人を騙すことに躊躇することのない悪人。イジカルの野望を聞いた時も「トップなど誰でもいい」と興味なさげに答えたことから、敵に回ることはないだろうと近付いたのだ。

ガフには忠義心など無く、利のある方へ流れる人間だったはずだ。決して40人以上の敵を6人で相手取るような馬鹿では無い。

 

「ちっ、狂ったか? お前が俺に勝てる訳がないだろう。それにこの人数差だぞ、何を考えている?」

 

交渉が決裂したことに不快感を露にする。

一体何が気に食わなかったのかは分からないが、此方の思惑を話してしまった以上は消さなければならない。

 

「俺が勝てない? 一体いつの話だ。」

「なに?」

 

ガフの態度には余裕が見えた。お前らなど敵ではないと、視線が語っていた。

思い返せば、先ほどの斬撃も目で追うことができなかった。鞘から抜くのは見えたが、反応する間もなくそれが振るわれた。

だが、それは突然のことに理解が追い付かなかっただけにすぎない。戦闘となれば誰しもが精神を研ぎ澄ます。イジカルならば受けることはできるだろう。

しかし他の5人がそれを黙って見ているはずがない。負けるとは思えないが、今は1人でも犠牲を出す訳にはいかないのだ。数を減らしすぎると、他の野盗に標的にされてしまう。裏切者を潰すどころの話では無くなるのだ。

彼は渋々決断した。

 

「まあいい。お前ら、撤収だ。」

「うーす、やってる?」

「っ!」

 

返答の代わりに呑気な声が響く。振り返った先には、入口を塞ぐように立つディーフと5人の元団員がいた。既に全員が剣を抜いている。

 

「ディーフ、お前もか!」

「わりぃなー、外の生活も悪くないって思っちまったんだわ。」

 

ガフが入ってきたのは裏口だった。つまり最初から仕組まれていたのだろう、逃げ場など存在しなかった。戦闘を避けることはできない。

先ほどの剣技を全員が習得しているのだとしたら、死を撒く剣団はかなりの被害を受けるだろう。だが、相手は12人。此方の3分の1にも満たない人数だ。

それならば十分に勝機はある。死を撒く剣団の壊滅は最早免れないが、死んでは何にもならないのだ。

動揺している仲間を叱咤するように叫んだ。

 

「クソッ、アベックの野郎! 入口に突撃だ、1人でも多く生き残るぞ!!」

「おお!!」

 

40以上の人間が一斉に動き出す。しかし、ディーフが飄々とした態度を崩すことはなかった。

 

「包囲殲滅戦だ。ちーっと人数が足りねえが、まあこいつらなら余裕だろ。」

「ディーフ、あまり油断するな。訓練通りに行くぞ。」

「あいよー。」

 

静かな夜に、怒号と剣戟の音が響く。

駆け付けた衛兵が見たものは、数多の死体と、生き残りを縛り上げる12人の冒険者だった。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

「本当に良かったのでござるか? 嘗ての仲間だったのでござろう?」

 

夜明け前のカルネ村。普段なら村人は未だ床に就き、誰もいないはずの広場に5人と1匹が集まっていた。

イジカルが部隊を分ける可能性を考え、村にアベック班が残ったのだ。ガフへの誘いそのものが近衛兵団を村から引き離すための罠だった場合、ここを守ることができるのはハムスケだけになってしまう。それでも蹂躙は容易だろうが、手が足りない。アベックは村人を1人も死なせる気がなかった。

村人に隠している死の騎士(デス・ナイト)はできれば使いたくない。

 

「姐さんの村を襲う計画を立てた奴なんざ敵でしかない。例え相手がハムスケ殿だろうとな。」

「ほー! いい心がけでござるな!! これからも共に姫へと忠義を尽くそうでござる!」

「もちろんだ。その為にもまだまだ強くならなきゃいけないな。」

 

朝日が昇り、決意に満ちたアベックの横顔を照らした。

近衛兵団の新たな1日が始まる。

 




はい、アレを言わせたかっただけです。

命名はABC(アベック)DEF(ディーフ)GH(ガフ)IJKL(イジカル)となっております。

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