覇王の冒険   作:モモンガ玉

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覇王の噂

王都リ・エスティーゼ。

カルネ村やエ・ランテルを含めた、アゼルリシア山脈の西側を主な領土とするリ・エスティーゼ王国の首都である。

聳え立つ王城から続く大通りは石畳によって舗装され、馬車や人が行き交い活気に満ちている。立ち並ぶ家屋も立派な物ばかりだ。

しかし新鮮さや華やかさは無く、歴史を感じさせる、悪く言えば時に取り残された都市でもあった。

 

そんな王国を裏から蝕むのは巨大犯罪組織、八本指。

8つの様々な部門からなる集合体のような組織のため協調性は皆無と言っていいが、貴族との癒着は非常に強い。私腹を肥やすことしか頭にない愚かな貴族を騙し、日々暗躍を続けていた。

彼らによって破滅へと追い込まれた人間は数知れない。例え貴族だろうと、反抗的な態度をとればすぐに潰されてしまうのだ。権力を得た悪とはそれ程に厄介だった。

 

その強大な組織に、5人で挑む者達がいた。

王国に2チームしか存在しないアダマンタイト級冒険者、青い方こと“蒼の薔薇”である。

リーダーが貴族だったり、素顔を一切晒さないメンバーがいたりとかなり異色なチームだが、その実力と圧倒的華やかさにより歩くだけで噂になる有名人達だ。

 

彼女らは今、王都に於ける最高級宿の酒場で八本指打倒の計画についての話し合いを終えたところだった。

 

「ところで、みんなも噂くらいは聞いてるわよね? あのエ・ランテルの――」

「“返り血”のエンリか? 単身大森林に潜りオーガを焼いた炎でマツィタケを炙るという。」

 

漆黒のローブで全身を覆い、仮面で顔を隠した人物、イビルアイが答える。

 

「“死者狩り”と聞いてる。」

「違う。“剛脚”のエンリ。」

「俺は“世界殺し”って聞いたぜ?」

 

姉妹であるティアとティナ、男と見紛うほどの偉丈夫ガガーランがそれに続く。

しかしひとつとして発言が一致することはなかった。

リーダーのラキュースは視線を上げて息をつく。

 

「これだけの異名を欲しいままにするなんて・・・一体どんな人物なのかしら。」

「案外“亜人”ってのが正解だったりしてな。」

 

冗談めかしたガガーランのセリフにも、ラキュースの憂い顔は晴れない。

冒険者にとって強者の情報を集めるのは常識だ。協力し合う関係になれれば良し、最悪でも敵対することは避けなければならない。

その強さを知ることはもちろんだが、信仰している宗教や、特殊な主義主張などは重要な情報だ。冒険者同士が不幸な行き違いによって衝突し、殺し合うというのは然程珍しい話ではない。

特に正義感の強いラキュースはその傾向が強かった。

彼女は例え対象が亜人であろうと、殺戮の現場を見過ごすことができない。人間も亜人も同じ命だと考えているのだ。

その強い意思が災いし、嘗ては法国の特殊部隊とまで戦うことになってしまった。

 

仲間を危険に巻き込んだ経験があるラキュースは、霧のようにその正体を掴ませないエンリ・エモットに言い知れぬ不安を感じていた。

彼女の姿は、語る人間によって二転三転するのだ。

畏敬の念を籠めて語る者がいれば、恐怖の対象として語る者もいる。あるときは明るい村娘、あるときは礼儀正しい商人然とした少女。落ち着いた女性であったり、田舎から出てきた子供のようであったり。

情報が錯綜しすぎて頭がどうにかなりそうだった。

 

「2人は他になんか知らねぇのか?」

「もち、調査済み。」

「隙は無い。」

 

姉妹が得意げにピースサインを作る。

元は暗殺組織に所属していたティアとティナにとって、情報収集はお手の物だった。とはいえエ・ランテルまでは結構な距離があるために直接赴く訳には行かず、噂話をかき集める程度のことしかできなかったが。

 

「筋力が尋常じゃない。見た目は村娘。」

「だがそれがいい。」

 

短く、端的に話す2人だが、だからこそ信用できる。

ティアとティナの出自はチームの皆が知るところである。情報が生命線となる世界で生き抜いてきた彼女たちは、信憑性が高いと判断した物しか伝えない。また、言葉に深い意味を持たせるようなことも無い。

数ある噂話の中から外見と、その強さの一端だけでも実質的な確定情報として得ることができたのは大きかった。

 

「ほう? 人は見かけによらんな。ただの村娘がアンデッドの群れを突っ切って、ズーラーノーンの幹部とその取り巻きを屠ったのか。その功績で一足飛びに白金(プラチナ)、と。」

 

自分の見かけを棚に上げるイビルアイに突っ込みを入れようとしたラキュースだが、それは姉妹によって遮られた。

 

「イビルアイ、その情報は古い。」

「あの騒ぎの後、またやらかしてる。」

 

正体を隠しているイビルアイは基本的にチーム以外の人間と交流することがない。

自分が世情に疎いことを自覚している彼女は、素直に質問した。

 

「今度は一体何をやったんだ?」

「ああ、それなら俺も聞いたぜ。なんでも墓地の一件の数日後に―――」

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

失敗した。

 

モモンガは内心でため息をつく。

クレマンティーヌの痕跡を完全に消した後、ンフィーレアの自我を奪っていたレアアイテムを躊躇なく破壊した。コレクションとして欲しい気持ちはあったのだが、エンリのことを思うとそんなことはできなかった。

意識を失ったままのンフィーレアを担いで墓地を出たモモンガを迎えたのは、割れんばかりの大歓声だった。

モモンガはそれに対し軽く手を振るだけで応えると、首謀者が奥で転がっていることを伝えてそそくさとその場を後にしたのだ。

英雄のように称えられるのは決して悪い気分じゃなかった。しかしそれ以上に胸中を渦巻く感情が、歓声を浴び続けることを拒否させた。

彼が感じているのは、強い後悔。

 

エンリがンフィーレアの惨状を見て傷つき、絶望に打ちひしがれた時。モモンガにもまた荒れ狂う波のような感情が生まれた。

友を失う恐怖と、その後の悲しみ。それは幾度となく経験してきたことだ。

しかしそれらは全て、やむを得ない事情があってのことだった。断じて他人によって強引に奪われた物ではなかった。

これまでに彼が経験してきた苦痛に倍する程の悲しみが押し寄せてくる。その感情は、モモンガが最も嫌悪するものだった。

そして怒りに身を委ねたモモンガは、エンリに大変ショッキングなシーンを見せてしまったのだ。

 

あの日以来エンリの様子がおかしい。どこか上の空なときがあるというか、以前よりも2人の間に距離が開いたような気がする。流れ込んでくるのは、気まずそうなごちゃごちゃとした感情ばかりだ。

だがそれはどうしようも無いことだった。

普段から「悪い人みたい」と言われることはあったが、あのときのモモンガは丸っきり悪人だった。あの姿こそが彼の本質だと思われても反論できる自信がなかった。

どうにかして誤解を解かなければならない。

 

 

――まずいわ。

エンリは黙考する。モモンガがンフィーレアと会ったのは、バレアレ薬品店に訪れたときが初めてのはずだ。それより以前には会いようが無いのだから。

店内で話したときもほとんどエンリが対応していたし、個人的な話をする時間も無かった。モモンガがンフィーレアに対して抱く感情など“友人の友人”でしかないはずだ。

だが彼は何と言った? 「今の俺にとって最も大切な物」。確かにそう言い放った。

つまりモモンガは男色家・・・いや、エンリの体にドキドキしていたのだから両刀なのだろう。そしてンフィーレアに一目惚れしてしまった、と。

余りに予想外な展開に、モモンガとどう接したらいいか分からない。とりあえず彼が暴走しないように、あまりンフィーレアには近寄らないほうがいいかもしれない・・・。

 

実のところ、エンリは共同墓地での一件をそこまで気にしてはいなかった。

あそこまで徹底的にやるとは思っていなかったが、決して無意味に残虐なことをしたのではないということくらい分かっている。自分のために怒ってくれたのは伝わって来たし、ンフィーレアへの暴行は許し難いことだ。

それに、時折あの女の鎧から弾け飛んでいたのは冒険者のプレート。これまで数多の罪無き人間を殺してきたのだろうから、あんな末路を辿っても仕方ないと思う。

心にはトラウマを植え付けられたが。

 

 

このようにして互いに見当違いなことを考えながら歩いているのは、エ・ランテル近郊にある森。墓地での騒ぎがあってから塞ぎ込んでいる(ように見えた)エンリを見兼ねて、付近を探索してみようとモモンガが提案したのだ。

しかし未知を求めるモモンガも、冒険の良さが分かってきたエンリも、ここまで通して無言だった。理由は違えど気まずいという思いは共通だったのである。

 

(ん?)

 

ここに来て、漸くモモンガが沈黙を破る。

 

(ど、どうしたんですか? モモンガさん。)

(あ・・・いや、あれなんだけどね。)

 

ぎこちなく会話しながらモモンガが指をさした先に見えるのは、岩肌にぽっかりと空いた穴だった。その両端には見張りらしき男が立っている。

見るからに不法者たちの塒と言った具合だ。

 

(野盗か何かの隠れ家、ですかね? すごい怪しいんですけど。)

(うーん、確かにあれはどう見ても・・・んっ、これだッ!!)

(え?)

 

モモンガに天啓がひらめいた。

至って単純な話だ。自分が悪人だと誤解されているのなら、善を為せばいい。ちょうど目の前に手頃な相手がいるじゃないか。

エンリを驚かせてしまったようだが、今は誤魔化している時間も惜しい。早く彼らに仲直りのきっかけになって貰わなければならない。

 

(えっと・・・そう、俺はあいつらが許せない。残らず捕えて衛兵に突き出そう!)

(そんなに悪いことをした人たちなんですか?)

(ああ、それはもう凄いぞ。何か伝説の暗殺集団みたいな感じだな。)

 

悪人を捕まえるにもまずは塒へ突入しなければならない。ならばエンリを乗り気にさせないことには何も始まらないのだ。口から出任せで言い募る。

 

(凄い強そうな響きですけど・・・)

(うーん、アンデッドよりは強いんじゃないかな?)

(あ、そうなんですか。)

 

アンデッドより強いという程度ならモモンガの敵ではないだろうと安堵するエンリ。ここが攻め時だと更に言葉を重ねようとするが、見張りに気付かれるのが先だった。

 

「おいお前! 隠れて何をしている!」

(あー、ばれちゃったか。)

 

言葉こそ残念がっている者のそれだが、説得の手間を省くことができたモモンガは心の中でガッツポーズを決めていた。観念したような素振りで見張りの男に姿を晒す。

2人の男は息を呑む。

まるでドレスのような赤い鎧に、整ってはいるがまだ垢抜けない村娘といった容貌。極めつけにまるで重量を感じさせない両手のグレートソードは――

 

「なっ! ――“人間投石機”!?」

「いや、あの姿は間違いねぇ! ザックの言ってた“世界殺し”のエンリだ!!」

 

同一人物である。エンリの雄姿を目にした冒険者たちがこぞって異名を考えるものだから、敵前で情報を擦り合わせる羽目になるという副次効果を生み出していた。

だが相手が納得するのを悠長に待つモモンガではない。さっさと鳩尾に一撃を入れて気絶させると、男が持っていた道具の中から縄状の物を取り出して大岩に縛り付けた。

エンリの顔は隅々まで赤く染まっていた。

 

(モモンガさん、大変なことになっちゃってるんですけど・・・。)

(・・・ごめん。)

 

仰々しすぎる二つ名が飛び出して来て、さしものモモンガもただ謝ることしかできなかった。

 

 

 

エンリに自らの善人っぷりを見せつけようと意気込んでいたモモンガだが、その思惑は外れた。

正義のヒーローよろしく敵をなぎ倒して行く予定だったのだが、モモンガの力を垣間見たならず者達は一目散に遁走を始めたのだ。無論逃がす訳には行かない。塒への殴り込みは、追い込み漁のように奥へ奥へと誘導する作業の様相を呈していた。

念のため入口には《転移門(ゲート)》で呼び出したハムスケを待機させているのだが、逃げ出してきた者は容赦なく斬り捨てるように言い含めてある。

今回は犠牲者を出したくないので、誘導作業は慎重に行っていた。

 

「お前が侵入者か? ・・・ほう、まさかこんな大物が来るとは。」

 

しかしあろうことか、逃げ出す仲間に目もくれず立ち向かってくる者がいた。

全く整えられていない紺色の髪と無精ひげは、自らの外見に頓着していないことを容易に理解させる。全身の引き締まった筋肉は無駄がなく、敏捷性を損なわないギリギリのラインを維持しているようだ。

これまでの雑兵とは明らかに違う風格を感じさせる男だった。

 

「お前がこの集団のリーダーなのか?」

「いや、違う。俺は雇われているだけの傭兵だ。」

 

指揮官を潰せば後の作業はスムーズに行えるだろうと思ったのだが、違うのなら用はない。これまでと同じように軽く力を見せつけようとするが、その男は剣の柄に手を掛けた。

 

「ん? 私と戦うつもりか?」

「当然。ただの女を虐める趣味はねえが、お前は別だ。俺は強いヤツと戦うために野盗なんぞに雇われたんだからな。」

 

どうやらこの塒の主は野盗のようだ。最初のエンリの予想が的中していた。

男の言を信じるのなら、彼はただ力だけを追い求めてここに来たのだろう。何が彼をそこまで掻き立てるのかは知らないが、中ボス戦のような展開にモモンガの心は高鳴る。

だがこの男は野盗に与していたとはいえ、悪事を働くために雇われたのではない。護衛等で間接的に悪事を働くことはあったのだろうが、これまでの相手以上に慎重に扱わなければならないようだ。

 

一方エンリは、一人称を「私」に変えただけで口調の違和感が消えると思っているらしいモモンガに頭を抱えていた。敵地だから傲慢な態度をとろうと意識しているのは分かるが、知り合いと話すときは絶対に自分が担当しようと決めた。

 

「そうか、ならば相手をしてやろう。多くの強者と戦ってきたのだろうが、一応忠告だ。私はこれまでの相手より格段に強いぞ。」

「そいつは楽しみで仕方ねえな。――ブレイン・アングラウスだ。」

 

ブレインは獰猛な笑みを浮かべて腰を落とすと、堂々たる名乗りを上げる。

その憧れのやり取りにモモンガの鼓動は更に早まった。

 

「――エンリ・エモット。」

 

感動に声が震えてしまわないように、力強く名乗り返す。

ブレインの目を気にすることなくグレートソードを創造し、両手に構えた。彼もそれに驚くことはない。このグレートソードには特殊な魔法が込められており、大きさを自在に変えることができる便利な武器だと認知されているのだ。

誰かが勝手に流した噂をそのまま利用したのである。

 

互いに油断無く見つめ合うが、動き出すことは無い。モモンガがブレインの構えを見て、その戦い方を理解したからだ。

 

(刀使いと戦った経験があるようだな。厄介だ。)

 

ブレインが得意とするのは居合。抜刀と斬撃をひとつの動作に収めることで素早い攻撃を可能にし、敵の隙を突くことができる攻撃だ。

これは初見殺しのような面があり、受けた経験がある相手は考え無しに距離を詰めてくることはしない。必殺技を封じられる形となったブレインはその戦い辛さに歯噛みした。

 

永遠に続くかのように思えた睨み合いだが、先に動いたのはモモンガだった。

素早く後方へ跳躍し距離を取ろうとする。グレートソードはブレインが装備している刀よりも攻撃範囲が広い。そうはさせまいと間合いを維持しようとする。

 

「ちっ!!」

 

しかし飛来したグレートソードがそれを許さなかった。

片手で軽々と振り回されるだけでも脅威となる武器を、まるで飛び道具のように扱うなど一体どれだけの筋肉があれば可能となるのか。

そのほっそりとした体躯に似合わぬ膂力に舌打ちする。

 

「汚いとか言わないでくれよ?」

「言わないさ、殺し合いなんだからな。だがその数は反則じゃないか?」

 

軽口を叩き合う間にも、次々と凶器が投げ込まれる。

最初は無造作に投げ込まれていたが、段々と狙いは正確になり、意地の悪い攻撃に変わっていった。避けたくなるようなスレスレの位置にグレートソードが接近するが、それを避けずに見送る。常人なら反射的に身を反らしてしまっただろう。そしてタイミングをずらして飛来したグレートソードに貫かれるのだ。

地や壁に突き刺さった凶器は障害物となり、徐々に回避する場が無くなっていく。

だがそれすらも利用する。柄を掴むと力任せに角度を変えて盾とし、グレートソードの軌道を変える。

ブレインは全てを避けきっていた。傷ひとつどころか髪1本落とさせない見事な回避である。

 

「こりゃ、分が悪いなッ!!」

 

間隙を縫って腰に下げていた物を自らの足元へ投げつける。

着弾点からは大量の煙が噴き出した。

 

「逃がさんぞ!」

 

モモンガは焦る。ここで逃げられればハムスケの餌食になってしまう。意地でも確保しなければならなかった。

これまで保っていた距離を捨て、先ほどまでブレインが立っていた場所へと駆けだす。

 

「はっ、誰が逃げるって?」

 

しかしブレインは、その場を動くことなく待ち構えていた。

小馬鹿にしたように笑い、勝ちを確信した笑みを浮かべる。

 

「汚いとか――言うなよな!!」

 

目に追えぬほどの早業がモモンガを襲う。ブレインへ投擲していたグレートソードの数倍はあろうかという剣速だった。

 

ブレインがモモンガの突進に正確に合わせることができたのは、武技<領域>を使用していた為だ。

この武技は使用者の周囲の空間を完全に知覚することができる。

そこへ<瞬閃>の上位技である<神閃>を併用することによって、濃い煙で視界が塞がれている中でも精密に、神速の一撃を繰り出すことができたのだ。

彼の奥義とでも呼ぶべき秘剣「虎落笛(モガリブエ)」である。

 

「む!」

 

モモンガは予想外の反撃に驚くも、その反射神経は人間を超越している。

咄嗟に右手を上げて迫りくる刃の軌道を塞いだ。

だがブレインは、まるでそれを予見していたかのように刀の柄を引き寄せる。領域によって相手の動きは完全に把握しているのだ。

そのまま流れるような動きで、その剥き出しの顔へと突きを放った。

 

()った!)

 

避けようの無い一撃がモモンガを襲う。右手が刀を鷲掴みにしようと動いているが、その化け物のような身体能力を以てしても間に合うことは無いと()()していた。

大きめの瞳へと吸い込まれるようにして刃が進む。ブレインがその光景に安堵し、舞い上がる血潮を幻視し始めた頃―――

 

「なにっ!!?」

 

刃が、止まった。

ブレインは周囲の全てを認識していた。武技によって鋭敏化されたその知覚力でグレートソードを避け続け、気を見て自らの奥義を発動したのだ。

そして彼は、この異常事態も正しく知覚した。

少女が刃を掴む前、切っ先がその瞳を貫く一瞬前に、壁にでもぶつかったかのように急停止したことを。

 

「すごいな、本当にすごい。私に攻撃を当てるなんて大したものだよ。意図して当たりに行ったことはあるけど、今のは完全にやられたね。」

「当てた、だと? ・・・何を言ってやがる。」

「確かに当たったさ。効かなかったがね。」

 

ブレインは眩暈を覚えた。

あの攻撃が効かないはずがない。人体にはどうやっても鍛えられない箇所が存在するのだ。眼球を鉄のように硬くするなどどうやっても不可能だ。

 

「は、離せ! 化け物っ!」

「酷いじゃないか。私は人間だよ。“亜人”なんて呼ぶ失礼な連中もいるがね。」

 

ブレインは蹴りを入れて刀を奪い返すと、全力で後方へ飛んだ。

最初の攻撃を思い返すと最も愚劣な行動に見えるが、ブレインを苛む恐怖心が頭の回転を鈍くした。

それに気付いていないかのように少女は両手を広げる。

 

「続きをしようか。全力で向かってこい、天才剣士よ!」

「っ・・・う、うああああああああああ!!!」

「えっ」

 

ブレインは背を向け、一目散に逃げ出した。石に躓き、壁にぶつかりながらの無様な逃走である。

これから繰り広げられるであろう更に熱い闘いに燃えていたモモンガは、豹変したブレインのあまりな姿に追うことも忘れて立ち尽くしていた。

 

(行っちゃいましたけど・・・。)

(ああ、行っちゃったね・・・。)

 

一応、奥へ追い込むという当初の目的は達成したことになる。冷静に考えれば、逃げて貰ったほうが殺さずに済むので良かったとも言える。

だが、ぶつける先を失った闘争心を抱えたままのモモンガは釈然としない。

全てのグレートソードを消してからトボトボと歩を進めた。

 

 

 

「これは・・・。」

 

それは歩き出してすぐに見つけた。

土や岩しかない洞窟の中に鉄格子が見えたのだ。不自然に思ったモモンガがそこへ近づくと、予想した通りの光景があった。

閉じ込められていたのは4人の女性。身綺麗にしてはいるが手足に枷を付けられ、身に着けているのは下着だけだった。

彼女達がどのように扱われていたかなど火を見るよりも明らかだろう。

 

「こんなの、許せない・・・!」

 

モモンガも拉致・監禁を許せるような悪人ではない。だがエンリの怒りはその比では無かった。4人の女性もエンリを見て怯えている程だ。

同じ女性として何か感じる物があるのだろうと、モモンガは口を挟まなかった。

 

「急ぎましょう。」

(そうだね。)

 

4人の目があるため、モモンガは声に出さない。

初めより随分早く歩き、すぐに最奥の部屋へ到着した。

 

「放て!!」

 

2人を出迎えたのは真っ直ぐに飛んでくる無数の矢。その軌道と速度から、クロスボウから発射された物だろう。

モモンガはグレートソードを振り払い、その全てを明後日の方向へ吹き飛ばす。

威力の乗った矢を剣の一薙ぎで対処した圧倒的存在に、誰もが硬直する。

 

(モモンガさん。全員の動きを止められますか?)

(ああ、適当に力を見せれば従うと思うよ。)

 

ブレインにやったように、数多のグレートソードを投げつけた。敵は既に驚きで固まっているため、その足元や後方の物置らしき建物に次々と剣を突き立てる。

轟音と悲鳴だけが響き続けた。だがそれはすぐに止み、静まり返る。

 

「全員、そこに並びなさいっ!!」

 

野盗達は逆らうことなくバリケードをずらし、我先にと整列し始める。少女の前に総勢15人の男が一列に並んだ。

エンリはゆっくりとその右端へと近付く。

 

薄暗い洞窟に、男の呻き声が15回上がった。

 

 

 

「姫! 無事だったでござるか!」

「うん、ハムスケ。ご苦労様。」

 

洞窟から出たエンリ達を出迎えたのは、ハムスケと――4人の冒険者だった。

3人は気絶し、残る1人もハムスケに怯えて震えている。しかし勇敢にも意識を保っていた彼女も、エンリの姿を見て遂に気を失った。

 

今、エンリの鎧は返り血に塗れている。洞窟の最奥で1列に並んだ男たちを、1回ずつ殴りつけたのだ。

だが不思議なことに死者はでなかった。拳が当たるすんでのところで、モモンガが逆方向に力を加えていたからだ。

エンリの意思でとった行動とはいえ、「あんなに力が出るなんて思わなかった」と言われてはまたしても関係性に溝が出来てしまう。モモンガは内心で冷たい汗を大量に流していた。

 

そんな訳で今、エンリの後ろには21人の男女がいる。ブレインを除いた野盗の面々と囚われていた女達だ。団長にブレインの行方を尋ねたところ、どうやら抜け穴から脱出したらしかった。失態だと思わなくもないが、彼は根っからの悪人では無かったので放っておくことにした。

他にも結構な数の団員が所属しているらしいが、洞窟内の金品を全て運び出し、入口を大岩で塞いだので自然消滅するだろう。これで全て一件落着だ。

 

こうして22人と1匹は、エ・ランテルへの帰途に就いたのだった。

 

エンリから酷い誤解を受けていたことを知ったモモンガが飛び上がり、あの言葉の真意を聞いたエンリが顔を真っ赤に染めたこと以外は大したハプニングも無く無事に帰還した。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

「―――ということらしいぜ。その野盗ってのが付近を騒がせてる“死を撒く剣団”らしいってんで、その功を称えてミスリルになったんだと。」

 

ガガーランの長話がようやく終息したのだが、姉妹がそれに補足する。

 

「それで終わりじゃない。」

「野盗の17人、冒険者になった。」

「はあ!?」

 

常に冷静に物事を見るイビルアイが間抜けな声を上げた。

 

2人の話では、野盗達は普通に衛兵詰め所へと連行されたらしい。

しかし何故かエンリ・エモットが冒険者組合長との面会を求め、彼らの更生のために冒険者の地位を与えてやってくれと申し出たのだ。

普通なら捕えられた野盗の末路などひとつしか無い。しかし洞窟での戦利品を全て差し出すと言って懇願するエンリ・エモットの熱意と心意気を買い、組合長はそれを許可した。

 

話を聞いた野盗達はあまりに慈悲深い処置に感動し、“近衛兵団”の名で17人のチームを発足。「俺たち程度では彼女に釣り合わない」と言い残し、依頼を受けること無く武者修行に出たという。

 

「なんて優しい人なの・・・心配してたのが馬鹿みたいだわ。」

 

ラキュースは涙ぐむ。正義感の強い彼女は、エンリといい友達になれると確信した。

 

「でもよ、少し甘すぎじゃねえのか?」

「うむ、裏がありそうだな。」

「きっとそんなことないわ。考えすぎよ。」

 

――ラキュースは信じ切っているが、事実これには裏がある。悪人でさえも救い上げるところをエンリに見せたいという打算塗れの行為だった。

エンリの様子がおかしかったのはとんでもない勘違いが原因だったことが発覚したが、せっかく頑張ったんだからと策を続行したのだ。

 

「ついでに、新しい異名も得てる。」

「“幾億の刃”と、“血塗れ”のエンリ。」

「「「あぁ・・・」」」

 

漏れた声は尊敬か、感嘆か、はたまた呆れか。

それぞれが、それぞれの想いを彼女(エンリ)に馳せた。

 




覇王の軍勢、爆誕

グレートソードの創造数に上限が無いことと、ブレインの煙玉は捏造です。

さーくるぷりんと様
誤字報告ありがとうございます。とても助かります。

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