覇王の冒険   作:モモンガ玉

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覇王の初陣

(モモンガさん?)

(ん?)

 

思考でモモンガに問いかける。エンリは今、再び家に戻って体を休めていた。

――先ほどのモモンガの行動には驚かされた。

「俺たちがお出迎えしてあげようじゃないか」なんて気取った言い方をしたくせに、いざ傭兵団(だと思っていた集団)と対面すると、「怪しまれるといけないから」とエンリに丸投げしたのだ。

この特殊な状況を見破られることを恐れるのは理解できる。できるのだが、初対面の相手にいきなり「ん? お前エンリじゃないなっ!?」などと言われたらそっちのほうが恐ろしい。

変なところで慎重なモモンガに困惑しつつも、恐る恐る腰に武器を提げた一団に声をかける羽目になったのだ。

 

しかし今気にしているのはそこではない。

 

(いや、なんだかさっきからご機嫌だなーって。)

 

戦士長と別れてから、より正確には戦士長が頭を下げてからというもの、モモンガの機嫌が妙に良いのだ。

それは会話からも読み取れるし、さっきから心に喜びの感情が流れてくるのだから気づかないはずがなかった。

これだけを聞けば、人に頭を下げさせることに喜びを感じる特殊な趣味の人だと思われかねないが、流れてくる感情はどちらかというと憧れ、羨望のようなものであったため、邪推することはなかった。

 

(だってさっきの人、戦士長だよ?)

(そう言ってましたね。すごい人に会えたからうれしいってことですか?)

 

これだけの力を持ちながら小市民のようなモモンガを想像し、そのチグハグさをなんだか可愛らしく思い、思わず笑みがこぼれる。

 

(それもあるかもしれないけどね。

 王国の戦士長って言ったらかなり強いはずだし、高い地位にいるはずだろう?でもそれを笠に着ずに、ただ自分を信じてもらうためだけに村娘に頭を下げるなんてなかなか出来ることじゃない。それに馬や彼の部下たちは疲労しているようだったし、村を救うために全速力でここまできたんじゃないかな。)

 

長々と語られた内容に、エンリも漸くモモンガの言わんとすることが理解できた。

 

(つまり戦士長様がかっこよかったってことですか?)

 

ふふっと声にだして笑うエンリ。

失礼な態度だが、別に責める気は起きない。

 

(英雄とはあんな人のことを言うのだろうね。)

 

自分で言って恥ずかしくなったモモンガは、少女の頬を赤く染めた。

 

 

 

 

目を覚ました家族と抱き合い、再会を喜ぶエンリに体を任せ、モモンガは死の騎士(デス・ナイト)からの報告に頭を悩ませる。

どうしてこうも機嫌が良いときに限って面倒ごとが降りかかってくるのか。

しかし今回は自分にできることは無さそうだ。

何しろ今の自分はただの村娘で、表立った行動は何もしていないのだから。そんな少女が突然「魔法詠唱者(マジック・キャスター)らしき一団が近づいてきた」なんて言っても信じてもらえないだろう。

だが、モモンガの心は静かだった。

 

――今回は戦士長(英雄殿)がいるから村に被害が出ることはないだろう。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

程なくして、村人全員が村長宅に集められた。

村長夫妻を含め、事情を知る者たちは皆不安そうな顔をしている。その雰囲気を感じた村人たちも何事かが起こっていることを察し、暗い雰囲気が伝播していく。

 

(モモンガさん、一体なにが起きてるんですか?)

 

答えは期待していなかった。モモンガは圧倒的な力をもっているとはいえ、全知全能ではない。それに、何が起きているのか知っているのならまずエンリに伝えるだろう。エンリの危機はそのままモモンガの危機なのだから。

しかし、モモンガはさらりと答える。

 

(少し前に死の騎士(デス・ナイト)から魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一団を発見したと報告があった。たぶんそのことじゃないかな?)

(えぇ!? なんで教えてくれなかったんですか!)

 

モモンガはここに集められる前から敵の存在に気づいていたという。

完全に取り囲まれる前に、死の騎士(デス・ナイト)を使って一点突破すれば十分に脱出できたはずだ。相手の力量を見ずに断言できるほどに、あのアンデッドは圧倒的だった。

それが此方には4体もいるのだから、逆に奇襲を仕掛ければ事態はいい方向に転がったと思う。

ただの村娘がこう考えるのだから、より状況を理解しているモモンガならば更に良い手を打てただろう。それなのにモモンガが行動しなかったのは何故か、少し考えて――すぐに結論に至る。

 

(・・・戦士長様がいるからですか?)

(よく分かってるじゃないか。)

 

そう言ってモモンガは照れたように笑う。

本当に変な人だ。また笑いがこみ上げてくるが、ぐっと堪える。今はこの妙なギャップを微笑ましく思っている場合じゃない。

 

(笑い事じゃありませんよ、村で戦闘なんてことになったら人や畑に被害が出るじゃないですか!)

(それは大丈夫じゃないかな?)

 

モモンガは自信をもって言う。

 

(戦士長ならきっと村に被害が出ないようにしてくれるさ。村を囮にして逃げるような人間だったら、初めから息を切らしてこの村に来たりしないよ。)

(それは確かにそうですけど・・・)

 

さっきから自分ばかりが焦っていて微妙な気持ちになる。

そういえば村の男の子も英雄譚が好きだったなぁ、男の人はみんな英雄に憧れるのかなぁ。などと逃避気味に考えて、重要なことを聞く。

 

(それで、戦士長様は勝てるんですか?)

(無理だろうね。)

 

エンリは口をあんぐりと開けて固まる。なんとか声が出ないように抑えたが、身を寄せ合っていた家族はエンリの唐突な行動に困惑している。

しかし、そんな視線を間近に感じても冷静さを取り戻すことはできなかった。

今まで呑気に脳内で返事を返し、戦士長様を信用していたモモンガが、戦士長様が負けると言っているのだから仕方ないだろう。

それでは村は、家族はどうなるのだろう。モモンガの余裕綽々な態度を見れば私は安全なのは間違いないが、他の人々はそうとも限らない。

両親を蘇生してもらう前にモモンガが話していた魔法を使えば、自分だけ転移して逃げることは可能だろう。

だが(エンリ)は居場所を失ってしまう。

故郷も、友人も、家族も・・・

 

(まぁ話を聞いて。)

 

モモンガの言葉に漸く我に返る。

 

(俺は何も感情で戦士長に全て丸投げした訳じゃない。もっと打算的な考えからだよ。)

(? どういうことですか?)

 

ただの村娘には、その言葉だけで理解することはできなかった。

 

(簡単なことさ。俺はまだこの世界の魔法詠唱者(マジック・キャスター)を見たことがない。だから戦士長に戦ってもらって相手の実力を測るんだよ。もし俺が勝てないような相手だったら、戦闘のどさくさに紛れて皆で包囲の外に逃げればいい。)

 

なるほどとエンリは思う。

もしこの村が戦場になっても、あの4体のアンデッド(デス・ナイト)を使えば転移する時間は容易に稼げそうだ。

冷静に、冷酷に判断していたモモンガに対し、よく話も聞かずに狼狽えていた自分が恥ずかしくなって俯いた。モモンガはそんなエンリを気にした素振りを見せずに話題を変えた。

 

(そういえばエンリ、好きな色ってある?)

(え?)

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

モモンガの予想した通り、戦士長は現状を簡単に説明し、「折を見て逃げてくれ」と言い残して敵へ突っ込んでいった。

死の騎士(デス・ナイト)の報告では、敵の数は戦士団の倍以上。それは戦士長も把握しているはずだ。それでも躊躇うことなく民のために死地へ飛び込むその背中を、モモンガは眩しそうに見送った。

頼もしい存在が去った今、室内は再び重苦しい雰囲気に包まれる。

エンリは家族に適当な言い訳をして、その場を後にした。

 

 

 

 

 

人目に付かない場所に移動してモモンガが取り出したのは、やはり遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)だった。

操作方法は前に使った時に2人して探したため、しっかりと身に付いていた。

 

戦士長に視界を合わせると、既に戦闘は始まっていた。

天使によって包囲された戦士団は明らかに劣勢で、倒れている者も数名いた。

その中でもモモンガの目を引くのは、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一団が操る天使だった。それはモモンガにとって見慣れた、ユグドラシルに登場するモンスターだった。

 

炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)?)

「知ってるんですか?」

(ああ。第3位階魔法によって召喚できる天使だな。)

「だ、第3位階・・・」

 

エンリは周囲に人がいないからか、声にだしてモモンガと会話していた。

もし誰かが通りかかればエア会話している変な女にしか見えないが、本人がいいなら何も言わなくていいだろう。

 

(第3位階がどうかしたのか?)

 

エンリから驚きと恐怖の感情が流れてきて、モモンガは問いかける。

 

「第3位階といえば常人が到達できる最高の魔法と言われている領域ですよ!?それが1、2、3・・・全員!?」

 

召喚されている天使と敵の魔法詠唱者(マジック・キャスター)の数を照らし合わせ、今度はエンリから絶望の感情が伝わる。

しかしモモンガにとってそれはどうでもよかった。今エンリはなんと言った?

 

「ま、待てエンリ。第3位階が最高の魔法?」

 

思わずモモンガも声に出してしまう。

エンリが自分の常識とは余りにもかけ離れたことを言うものだから、聞き直さずにはいられなかった。

今まで余裕の態度を崩さなかったモモンガの焦った様子に、質問の意図は分からないが直ぐに答えなければと、エンリは知っている情報を伝える。

 

「は、はい。たまに村に来る友人からそう聞いています。第4位階は天才、第5位階は英雄の領域だそうです。」

(なんだと・・・)

 

絶句するモモンガに、エンリの不安はさらに募る。

ふと遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)に映る、他の天使とは雰囲気の違う立派な個体を見る。

この天使が、モモンガの知っている魔法ではあり得ないような強さだったのかもしれない。第6位階以上の魔法で呼び出される天使だったのかも・・・。

 

「はっ、ははははは!」

(モモンガさん・・・?)

 

モモンガの初めての行動にエンリは目を白黒させる。

今日会った(?)ばかりの人物だが、村人たちの前では体を勝手に動かすことはせず、エンリの日常を尊重してくれていた。考え事も聞こえないようにしてくれるし、生き返った両親と再会したときなど、恩人(モモンガ)の存在を忘れてしまうほどに静かだった。

それがどうしたのだろうか。村人たちは皆村長の家に集まっているとはいえ、こんな大声を出しては誰かが気づいて寄ってくるかもしれない。

モモンガがおかしくなってしまうほどに強大な敵だったということだろうか?

理由はどうあれ、とにかく落ち着いてもらわなければならない。敵が想像を絶するほどの強さだったとしても、逃げるにはモモンガの力が必要なのだ。

エンリは笑い続けているモモンガに声をかけた。

 

(モモンガさん、落ち着いてください! 大丈夫ですか?)

(あぁ、いや、ごめんエンリ。あまりの事態に笑ってしまった。)

(やっぱり・・・あの天使はもの凄い魔法で召喚されているんですね?)

 

モモンガはきょとんとした顔をした。

何かおかしいことを言っただろうか・・・

 

(あの集団は大した敵じゃない。今のは俺の常識から余りに外れたことを聞いて驚いただけだよ。誰にも聞こえてなきゃいいけど・・・)

 

そういって謝るモモンガ。しかしエンリは最初にさらりと言われた“私の常識から余りに外れた”言葉を理解するのに精いっぱいだった。

 

「それじゃあ、行こうか。」

(え?)

 

エンリが先ほどの言葉を理解する前に、その体は駆け出していた。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

「何者だ?」

 

突然の乱入者に、魔法詠唱者(マジック・キャスター)の指揮官が誰何の声を上げる。

舌打ちでも聞こえてきそうなほどに苛立った様子だが、それも仕方ないだろう。あと2、3度ほど天使による波状攻撃を繰り返せば、確実に俺は死んでいたのだから。

 

乱入者は此方を一瞥し、少し考える素振りを見せて、答えた。

 

「ただの村娘ですよ。」

「――馬鹿にしているのか?」

(む?)

 

この落ち着いた声は―――そう、村に入るときに出会った少女のものだ。

しかしなぜ彼女がここにいる?それにあの格好は・・・

 

「君は、あのときの・・・」

 

全身の痛みを堪えて絞り出すように発した言葉は、不快感を隠そうともしない声に遮られた。

 

「ただの村娘がそのような鎧をもっているものか!」

 

少女は、立派な全身鎧を纏っていた。目の覚めるような赤に、各所の見事な意匠。

柔らかく広がるスカートは戦いの中に品を持たせている。このまま舞踏会に行っても違和感がないのではないかとすら思う。

 

指揮官の言葉を聞いた少女は得意げに胸を反らし、嬉しそうに言う。

 

「いい鎧でしょう? これは素材集めからデザイン、制作まで全て仲間が手掛けたものなんですよ。」

 

まぁ、ただそれに似せた紛い物ですけどね。

そう付け加える少女の言葉に重ねて敵の指揮官は指示を出す。

 

「まあいい、やることは変わらん。半分の天使をあの女に当てろ。邪魔者を消してから獣の息の根を止める。」

 

指示を受けた魔法詠唱者(マジック・キャスター)たちは、一斉に動き出す。

先ほどまでと何も変わらない、微妙にタイミングをずらした連撃が襲い掛かってくる。魔法による攻撃も全て此方に向けられているようだ。

しかし逆にありがたい。

何故あの少女が突然立派な鎧を着てここに現れたのかは分からないが、俺がこの場にいるのは民を守るためだ。例え自ら戦場に飛び込んできた無謀な村娘だとしても、黙って殺されるのを見ているつもりはない。

魔法が全て此方に向けられているなら、少女のほうに向かう天使を全て落とせば助けることはできる。

 

――実際のところ、自分ですら生き残れない状況で他人を守るなど不可能な話だ。だが己の生き方を変えることはできなかった。

 

痛む体に鞭をうち、全身に力を籠める。

決死の覚悟を胸に秘めたガゼフの前に――

 

「武技!! <六光――」

 

一陣の、赤い風が吹いた。

 

「なっ!」

 

それは驚嘆の声。

自分が発したような気がするし、敵の指揮官のものだったようにも思う。はたまた周囲を取り囲んだ魔法詠唱者(マジック・キャスター)のものだろうか?

ただひとつ確かなことは、ここにいる誰もがその光景に慄き、感嘆し――見とれていることだった。

 

少女はいつの間に取り出したのだろうか、身の丈ほどもあるグレートソードを苦も無く片手で振り回す。それが2本。

正面の敵は袈裟切りに、後方の敵は縦に両断し、左右から攻めれば手を広げて踊るようにその場で回る。

少女が動くたびに天使の体は欠損し、光の塵となって消えて行く。

 

夕日の中で鮮やかに舞うその姿は、さながら舞踏会のようだった。

 

(美しい・・・)

 

例えるならば、戦場に咲く一輪の薔薇。

ただし棘が長く鋭い、触れることを許されない危険な薔薇だ。

それに触れれば無傷ではいられないだろう。

 

彼女は一体何者なのかという、真っ先に考えるべきことを後に回して呆けている自分に驚く。

 

(俺はもっと朴訥な男だと思っていたのだがな・・・案外口が回るじゃないか。)

 

生きるか死ぬかの瀬戸際には決して似合わない、穏やかな笑みを浮かべる。

ただ、死ぬ前に一矢報いようと思っていた男の頭に、生への渇望が漲る。

 

「お前は――何者なんだ!!」

 

最初と同じ問いが繰り返される。

しかしそこに込められた感情は全く違うものだった。得体のしれない存在に対する恐怖が確かにそこにあった。

ガゼフですら武技を使わなければ断ち切れない天使の体を、まるでバターでも切るように、ディナーのステーキよりも容易く切り裂いたのだから。

少女は剣先を下ろし、指揮官を見据える。

 

「少し聞きたいことがあるんです。」

「なに?」

 

しかし少女が発したのは、問いへの返答ではなかった。

彼女がここへ来た目的がそこにあるような気がして、ガゼフも耳を澄ます。

 

「あなたは死の騎士(デス・ナイト)というアンデッドを知っていますか?」

「――貴様、それをどこで聞いた。」

「ふふ、人の口に戸は立てられませんよ。」

 

少女は楽しそうに笑った後、振り返る。

 

「戦士長様、彼らの正体に心当たりはありますか?」

「ああ、あいつらは――」

 

答えようとしたガゼフを、少女は手で制した。

 

「じゃあ一先ずこの場を切り抜けましょうか。」

 

――散歩に行きましょうか。

それと同じトーンで逆転を宣言する少女を、頼もしいと感じてしまう。

 

王国戦士長であったガゼフはいつも頼られる側の人間であった。部下や民からの羨望をその身に受け、常に指標とならなければならなかった。

己と肩を並べられるのは、嘗て戦ったブレイン・アングラウスくらいだろうという自負もあった。

しかし彼女がいれば、負ける気がしない。

何も気負うことなく背中を任せられる人物が、突如目の前に現れた。

 

獰猛な笑みを浮かべて少女に答える。

何故ここにいるのか、その鎧は何なのか、一体その膂力はどこから来ているのか。聞きたいことは山のように積もり積もっていた。しかし今この場で必要なのはそんな無粋な言葉ではない。

だからガゼフは端的に答えた。

何も変わらない、同じ言葉で。

 

「ああ、感謝する。」

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

そこからの戦いは圧倒的だった。

その見事な鎧の効果なのか、少女への魔法は全て掻き消える。飛来する魔法からガゼフを庇うように少女が動き、場所を入れ替わるように動いたガゼフが隙を突こうとする天使を捌く。

 

日が沈み、月灯りだけが照らす薄暗い空間を、塵と化した天使が照らし出す。

片や優雅に、片や無骨に、ライトアップされた戦場(ステージ)を舞い踊る。

 

時折隙を見て少女から投げつけられるナイフに、1人、また1人と敵が倒れていく。

相変わらずどこから取り出しているのか分からないが、スカートの内側にでも括り付けてあるのだろうか。

 

ガゼフが右に出れば、同時に少女が左へ動く。前に出れば、背を庇う。

動きを理解し、完璧なタイミングで合わせてくる彼女に内心で舌を巻いた。

 

(かなり戦闘に慣れているな。剣技のほうはイマイチだが・・・まるで歴戦の指揮官のようだな。)

 

これは前衛の動きと機微を完璧に理解していないとできない動きだ。素人が即興でできるような代物ではない。

連携を完全に把握しながらも技が熟達していないその様は、前線に出ない指揮官を思わせた。

 

そんな微妙に正解に近いことをガゼフが考えていると、遂に敵の指揮官が痺れを切らす。

 

「私を守れ! 最高位天使を召喚するッ!!」

「えっ!」

 

敵の指揮官が取り出した水晶を見て、少女が素っ頓狂な声を上げる。

 

(まずいな。俺にはあれが何なのか分からないが、彼女が恐れるほどの物となると・・・)

「ハハハ! まさかこれを使うことになるとはな。見よ!最高位天使の尊き姿を!――威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)

 

少女が口をあんぐりと開けて固まる。女性が人前でする顔ではないが、それほどの事態なのだろう。ガセフは握る剣にさらに力を籠めた。

 

掲げられていた水晶が砕け、空中に光が収束していく。巨大な球状になったそれは、弾けるように内側から破られた。

現れたのは翅だけの怪物(モンスター)

少女が恐れていた理由を目の当たりにし、不屈の覚悟を決めていたガゼフも一瞬呆ける。

勝てるはずがない、あれは人が相対していい領域ではない。

直感がガゼフにそう告げる。命の危機に瀕している際の直感は、理屈よりも信頼できる。それは長年の戦いで得てきた教訓だ。

だからガゼフは腹の底から叫ぶ。

 

「逃げるんだ! 君の身体能力なら振り切れる!」

「させると思うのか?我らの切り札を見せた以上、生かして返す訳にはいかん。」

「くっ!」

 

敵の指揮官を睨みつける。

視界の端に映る少女は、恐怖に支配されていた。

手足は震え、眉は八の字になり、瞳の端からは涙が浮かんでいる。奥歯は噛み合わずカタカタと音を鳴らしている。

その姿にガゼフは悟る。

 

――そうか。君が逃げ切れないほどの敵なのか・・・。

 

先ほどまでの、圧倒的な膂力と敏捷性を兼ね備えた頼もしい存在は掻き消え、守るべき村人がそこにいた。

ならば、

 

「最後まで、俺の信念を貫くッ!!」

「無駄な足掻きはよせ! 善なる極撃(ホーリー・スマイト)を放て!」

 

天使が抱えていた笏が砕けて、その破片が周囲を囲む。

ガゼフは腰を沈め、一気に駆け出し―――その襟首を掴まれた。

 

「うぐっ!」

 

我ながら間抜けな声が出た。ガゼフを引き留めた少女はそれを気にすることなく、唐突に言う。

 

「戦士長様、私も武技を使えるんですよ。」

 

一体何の話だと訝しげな顔をして振り返ったガゼフの目に映ったのは、恐怖や絶望など微塵も感じさせない、頼もしい、村娘の笑顔だった。

 

そのまま後方に投げられる。二転三転して漸く立ち上がる。

先ほどまで立っていた場所は、天から降り注ぐ光の柱に覆われていた。

 

「―――っ!!」

 

守るべき村人――いや、戦友を失ったというのに、その名を知らない。叫ぶことができない。

それが酷くもどかしくて、奥歯を噛みしめ、血が滲むほどに拳を握りしめる。

 

「フハハハハ! 漸く邪魔者が塵に帰ったぞ! さあ、お前たち。獣に止めを刺すぞッ!」

「貴様ああああ!!」

 

激昂するガゼフの耳に、あの時の声が響く。

今日会ったばかりの、二言三言しか言葉を交わしていない少女。しかしそれは、とても懐かしく感じた。

 

「武技! ――<現断(リアリティ・スラッシュ)>!!」

 

戦場に暴風が吹き荒れる。

不可視の刃は、翅の怪物(モンスター)を水平に両断した。体を半分にされた天使は、そのまま落下し、地に落ちる前に光の粒子となって消滅した。

術者が消え、少女を包んでいた光の柱が消え去る。

そこには1本のグレートソードを両手に持ち、振りぬいた姿勢のまま立つ無傷の少女の姿があった。

 

「あ、あり得ない・・・魔神すら一撃で滅ぼす攻撃をその身で受けて、む、む無傷など!!」

「いえ、さすがに無傷ではありませんよ。」

 

そう言った少女に反応するように、鮮やかな赤いヘルムが砕け、掻き消えた。

 

「続きをしますか? これ以上カルネ村に被害を出すなら、私はあなた達の国と敵対することになります。」

「む、村に手を出すつもりはない! 私はそこの男さえ殺せれば―――」

「同じことです。」

 

少女から怒気が漂う。

それはただの村娘とは思えないほどの気魄。ガゼフも思わず息を呑む。

 

「あなた達は戦士長様を殺すために村を襲って回っていたのでしょう?

 他国の戦力を削る目的なんてひとつしかない。お前たちが俺の日常を壊すというのなら――」

「分かった、手を引く! 上にも伝えておこう! お前ら、撤収するぞ!」

 

少女の雰囲気が急変し、命の危機を感じた指揮官は部下を連れて逃げるように去った。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

(君は一体何者なんだ・・・)

 

ガゼフは去っていく魔法詠唱者(マジック・キャスター)の一団を見送る少女を眺める。

やがて敵の姿が完全に見えなくなると、少女は力なく座り込んだ。

 

「ふぅ・・・」

「お、おい、大丈夫か!?」

 

少女が振り向き、答える。

 

「はい、なんだか力が抜けちゃって・・・」

「無理もない、あれだけの戦いの後なのだから。それよりも――」

 

ガゼフは少女に問う。

何故あの一団を見逃したのか。あれほどの武技は見たことも聞いたこともない。それほどの武技を使う彼女ならば、奴等全員捕縛することも不可能ではなかっただろう。

それだけに、みすみす見逃したことを疑問に思った。

 

「いえ、実をいうとあの武技には大きな弱点がありまして・・・」

「む?」

 

距離を超えて切り裂いたあの見事な武技に弱点などあるのだろうか?

 

「あれは体への負担が大きすぎて、使うとこの通り思うように動けなくなってしまうんです。」

「あぁ、なるほど・・・。」

「はったりが効いてよかったです。もし諦めずに攻撃してきたら流石に勝てませんでしたからね。」

 

その言葉に2人して笑う。

 

――本当は戦士長を見捨てるのも、無暗に敵を作るのも避けたいモモンガが咄嗟に考えた苦肉の策であるなどと、ガゼフに分かるはずもなかった。

 

ひとしきり笑いあった後、ガゼフが口を開いた。

 

「聞きたいことは色々あるのだが・・・まずは名前を教えてはくれないか?」

 

少女は思い出したような顔になり、微笑む。

 

「そういえば名乗っていませんでしたね。私はエンリ・エモットといいます。」

「そうか、エモット殿。俺はガゼフ・ストロノーフ。ガゼフでいい。」

 

改めて名乗り、少女(エンリ)に右手を差し出した。

こうして2人は、友になった。

 

 

 

 

 

 

―――互いの呼び方についてひと悶着あったのだが、最終的に「ガゼフさん」「エンリ殿」に落ち着いた。

 




エンリの好きな色については来ている服を参考にしたのですが、よく見たらこれ茶色…?
いや、きっと赤だよね。

紅蓮一様
誤字報告ありがとうございます。

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