覇王の冒険   作:モモンガ玉

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2018/10/18 サブタイトルを「ガゼフ・ストロノーフ」から「覇王と英雄」に変更しました
      本文は変更無し


覇王と英雄

モモンガは思わずため息をついた。足元でエンリの両親とネムが眠っている。

あの後両親の死体をエモット家に運び込み、蘇生したのだ。しかし上手い誤魔化し方が思い浮かばなかったモモンガは一先ず眠らせた。

「刺されて死んだ? やだなー気のせいでしょ」なんて言われても納得するはずないだろう。

仕方ないので《記憶操作(コントロール・アムネジア)》で済ませようと思ったのだが、MP消費量の桁が違った。

早い段階で魔法の変質に気づけたのは嬉しい誤算ではあるが、この魔法の疲労感は凄まじい。今後は奥の手にしておくべきだろう。

そんな疲れ切ったモモンガの表情は嬉しさと怒りが綯い交ぜになった複雑なものだった。

というのも――

 

(良かった・・・でもあいつら、許せない!)

 

エンリである。

記憶操作(コントロール・アムネジア)》は、使用する際に対象の記憶を1から辿っていく必要がある。

そしてモモンガとエンリが同じ体にいる以上、モモンガが見たものはエンリにも見えてしまうのだ。

両親が殺されたのは知っていても、めった刺しにされたなどと知るはずもない。普通ならもっと怒ってもいいところだが、そうしないのは奴等の行く末を知っているからか。

 

エンリが見て(見せられて)いるのは、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)。対象はもちろん広場で騎士を蹂躙している死の騎士(デス・ナイト)だ。逃げる相手は殺し、向かってくる相手は盾で弾いている。遊んでいるのだろうか?

騎士の1人が剣を掲げ、何かを叫んでいる。それを聞いた騎士は、突撃する者と撤退準備をする者に分かれた。

最後尾にいた騎士の笛の音がここまで響いてきた。増援を呼んだのだろう。

 

(あいつが隊長かな?)

 

モモンガは死の騎士(デス・ナイト)との繋がりを利用して指示を出してみる。

 

――今叫んでいた騎士と、増援の中から2人を選んで森に連れ込め。残りは殺せ。

 

「――ォァァァァァ・・・」

 

遠くから死の騎士(デス・ナイト)の雄叫びが聞こえてくる。言葉がきちんと届いたのだろう。

思念で命令が出せるとは便利なものだ。

 

(エンリ、あのアンデッド(デス・ナイト)をどう思う?)

(え?)

 

突然の質問にエンリは言い淀む。正直に言ってもいいのだろうか?もしかしたら激昂して今度は(モモンガさん)が村を滅ぼすかもしれない。せっかく助かったのに自分のせいで村を失くすなんて絶対に嫌だ。

でも、とエンリは思い出す。

村が襲われていると知ったとき、そして両親の亡骸を見つけたとき。心の奥底に流れ込んでくる感情があった。初めての感覚に戸惑ったが、それは確かな怒り。モモンガさんの感情が共有されたと考えるのが自然だ。

決して悪い人間ではないのだろう。

 

――俺はこの辺りの人間じゃなくてね

 

先ほどのモモンガの言葉が脳裏を過る。彼が以前どこにいたのかは分からないが、もしかしたら自分にとっての常識は彼にとっては未知なのかもしれない。

ならばこれはモモンガにとって重要な質問になるだろうと、正直に答えることにした。

 

(とても――怖いです。あんなに強いアンデッドは聞いたこともありません。あの数の騎士を相手に遊ぶ余裕があるなんて、神話を目にしているみたいです。)

 

エンリは一世一代の賭けに出た気分だった。自分の言葉で村の未来が左右されるかもしれないと。しかしその決意に反してモモンガから帰ってきたのは、間の抜けた声だった。

 

(えぇー・・・)

(え?)

(いや、良いことを聞いたよ。ありがとう。)

(は、はぁ・・・)

 

エンリはほっと胸を撫でおろした。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

(――まじか?)

 

墓穴を掘る作業をエンリに任せ、モモンガは先の出来事を振り返る。

捕まえた騎士たちに質問をしてみたのだが、誰も死の騎士(デス・ナイト)を知らなかった。騎士たちの証言は大体エンリと同じだった。

死の騎士(デス・ナイト)はこの世界に存在しないアンデッドなのかもしれない。少し早まったか?

次に地理に明るくないモモンガがした質問は「お前たちの国はどこだ?」というものだったが、何故か皆一様に顔を引き攣らせる。

モモンガが訝し気な顔をして死の騎士(デス・ナイト)をチラリと見ると、下っ端らしき男が慌てて「スレイン法国です」と答えた。

質問と回答が食い違っているのだが、何気に大きな情報を得てしまった。しかしこいつらが知っているものなど自らの出自くらいで、この作戦の意味などは何も聞かされていなかった。

生かして返すとモモンガという存在が露見してしまう可能性が高いため、実験がてらに殺しておいた。自分(エンリ)が青い顔になったのが分かったが、必要なことだと理解してほしい。

 

(上位アンデッド創造には媒介が弱すぎたのかな?)

 

竜雷(ドラゴン・ライトニング)》であっさり死んだ騎士を蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)に変えようとしたのだが、騎士を包んだ液体は膨張の途中で弾けて消えてしまった。

スライムの死体をはぐれメタルに変身させるような物なのでこれについては諦めた。

そして残りの2人を死の騎士(デス・ナイト)に変えて周辺の警戒を命じた後、森から出てきたのだ。

 

考え事をしていると、死の騎士(デス・ナイト)から反応があった。

 

(ん?)

(モモンガさん? どうしたんですか?)

 

エンリは村人の埋葬を終え、家族の元へ向かっているところだった。

 

(いや、死の騎士(デス・ナイト)から報告があってね。なんでも傭兵らしき集団がこっちに向かってきているらしい。)

「え!?」

 

エンリの声に周囲の村人が此方を振り向く。

 

(怪しまれるよ、声には出さないで。)

(ご、ごめんなさい。)

 

エンリはペコペコと頭を下げながら歩きだす。

しかしついさっき騎士に襲われたばかりだというのに今度は傭兵の集団が攻めてきたと聞いて驚くなというほうが酷だろう。

 

(心配するな、この村には俺がいるんだ。いざというときは奥の手を使うさ。)

 

モモンガはエンリを落ちつかせるため、優しい声を出す。

実際、この体についてよく分かっていない状態で強者と戦うのは避けたい。もしものときは躊躇なく奥の手を使うだろう。

ユグドラシルではロールプレイに全力を注ぎ、上の下くらいの強さであったが、単身で状況をひっくり返せるスキルやアイテムは複数所持している。

ユグドラシルにつぎ込んできた時間は伊達じゃない。

 

モモンガは腹部を摩る。

大丈夫だ、どういう仕組みか知らないが最終手段(ワールドアイテム)は確かにここにある。

 

エンリから困惑が伝わってくるが、セクハラ目的ではないので勘弁してほしい。

誤魔化すように声に出す。

 

「さて、今度は俺たちがお出迎えしてあげようじゃないか。」

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

「頼む、間に合ってくれ・・・!」

 

戦士団の戦闘を行く男、ガゼフ・ストロノーフはこれまでに通ってきた村々を思い起こす。

点々と転がる死体、焼かれた家屋、村人の多くは広場のような場所でまとめて殺されていた。

しかしどの村にも数人の生き残りがいた。

 

副団長の言うようにこれは罠なのだろう。生き残りの村人を街まで護衛させることによって此方の戦力は減ってきている。政に疎い自分でもそんなことくらい理解できた。そもそも貴族たちが難癖をつけて装備を剥ぎ取ってきた時点で薄々感づいていた。

それでもガゼフには村人を見捨てることはできなかった。

自らのせいで愚かな貴族たちの謀略に巻き込んでしまった。武力だけが取り柄だというのに、防ぐことが出来なかった。

生き残った村人を街まで護衛することが、ガゼフにとってせめてもの贖罪だった。

 

「戦士長、見えてきました! ――カルネ村です!」

 

部下の言葉にはっと顔を上げる。

村から慌ただしい雰囲気は漂ってこないし、煙が上がっている様子もない。

今度こそ間に合ったのだと安堵するガゼフの目に、村へ続く道に立つ少女の姿が映った。

 

「全員、速度を落とせ!」

 

前の村から全速力でここまで駆けてきた。このままの速度で近づいては少女を驚かせてしまうだろう。

ガゼフの部隊は各々が使いやすい武具を選んで装着する。遠目から見れば、この不揃いな集団は傭兵団にしか見えないだろうと、自分でも思っている。これは見栄えよりも実戦を意識した結果なのだが、やはり貴族からは「気品がない」と攻撃の対象にされた。

 

ゆっくりと速度を落とし、少女と十分に距離を置いて停止する。せっかく間に合ったのに不要な警戒心を持たれたくはなかった。

ガセフは名乗りを上げるために口を開こうとしたが、意外にも先に声を上げたのは村娘のほうだった。

 

「あ、あの・・・カルネ村に何か御用でしょうか?」

 

やはりと言うべきか、少女の言葉からは恐怖と困惑が感じ取れる。

ガゼフは少しでも警戒心を解いてもらうために、部下に馬から降りるよう指示した後自分も地に降り立つ。

 

「私はリ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

 この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士達を討伐するために王の御命令を受け、村々を回っている者である。」

 

少女は驚いたように目を見開き、すぐに訝しげな顔になる。

よく表情の変わる娘だ。

 

「何か立場を証明できるものはありますか?」

 

先ほどまでの弱々しい話し方とは打って変わり、気丈に質問を投げかけてきた。

暗に「お前偽物じゃないのか?」と言っているようなものなのに、村娘は冷静に見える。

不思議に思いながらもガゼフは誠意を見せることで信じてもらうことにする。

 

「申し訳ないが今は持ち合わせていない。しかし漸く襲撃前に間に合うことができたのだ。どうか信じてほしい。」

 

ガゼフは深く頭を下げる。部下がざわつき、少女は何故か嬉しそうに微笑んでいる。

 

「戦士長様、頭を上げてください。疑うようなことを言ってすみませんでした。村長を呼んできますので、村の入口でお待ちいただけますか?」

「ああ、感謝する。」

 

少女は村のほうへ駆けて行った。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

「なに!?」

 

村長宅に案内され、話を聞いたガゼフは椅子を蹴飛ばし、立ち上がった。頭が怒りと混乱で埋め尽くされるが、目の前で怯える夫妻を見てどうにか冷静になった。

椅子を立てて、謝罪を入れつつ座りなおす。

 

「では何故・・・その、この村は無事なのだ?」

 

慎重に言葉を選ぶ。

ガゼフが狼狽えるのも仕方ないだろう。なにしろ漸く間に合ったと思った村が既に襲撃済みだったのだから。

しかしそれにしては生き残りが多すぎる。今までの村では良くて数人。60人以上の生存者が出た村など流石に無かった。

焼かれた家屋も少なく、かなり中途半端な状態だ。

襲撃中に帰還命令でも出たのだろうか。

 

「それがその・・・説明しづらいのですが、見たこともないアンデッドが現れまして。村を襲っていた騎士たちを全て殺してしまったのです。」

「全て、だと? その死体はどこに?」

「はい、村のはずれにある物置小屋に運んであります。」

 

村長に案内されて物置小屋に来たガゼフは言葉を失った。

そこにある死体は2種類。鎧が大きく拉げたものと、芸術品のような切り口で両断されたものだ。

不思議なことに、後者の死体は全て首を落とされている。

 

村長の話を纏めると、現れたアンデッドは身長2mを超える大男、巨大なタワーシールドとフランベルジュを持ち、圧倒的な膂力と防御力、そしてあろうことか騎士たちを弄びながら1人も逃がさない敏捷性を見せつけていたという。

 

フル装備なら戦えるかもしれないが、今そのアンデッドと戦えば確実に死ぬ。

ガゼフにそう思わせるほどに、騎士たちの死体は悲惨な状態だった。

 

(これは王都に帰って報告せねばならんな・・・彼女たちに依頼する必要があるやもしれん。)

 

脳裏に個性豊かな面々を思い浮かべていると、部下の1人が慌てた様子で駆け寄ってきた。

 

「戦士長! 周囲に複数の人影。村を囲むような形で接近しつつあります!」




次回はNGNSNの登場です

※魔法表記を統一しました。

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