覇王の冒険   作:モモンガ玉

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前回までのあらすじ


八本指の最後の悪あがきにより囚われの身となったエンリとモモンガ。しかし国王のカウンターにより無事に釈放。ついでに悪さをしていた貴族共を一掃することに成功。

一方エンリは、お姫様の生活に憧れて、馬代わりにペイルライダーを召喚!?
法国に目を付けられちゃった!

その後蒼の薔薇との話し合いでチームへの勧誘を受け、悩んだ末にそれを受け入れたモモンガ達だったが・・・?


覇王と竜王

真夜中のトブの大森林。人類未踏の地とされるこの森に街灯などあるはずもなく、鬱蒼と生い茂る木々の間から零れる月明りも微々たるものだ。この薄暗闇の中では数歩先を見通すのがやっとで、日の落ちた後に森に入る人間などいない。例え太陽のある内でも、冒険者でない一般の者は、護衛無しでこの森に踏み入ることはしない。

 

本来であれば無人であるはずのその森の中を、赤毛の少女が息を切らして走っていた。服の袖口は拭った涙で重くなり、見えない足場に何度も躓き、泥だらけになりながらも必死に走る。少女が顔を恐怖に染めながら背後を振り返ると、()()が月明りを反射し、白く輝くのが見えた。

 

「やだ、やだ・・・!」

 

まだ幼い少女の足では、追手を振り切るほどの速さで走ることができない。背後から追いすがる金属音は、徐々にその大きさを増して行く。少女と追手との距離が後数歩分というところまで縮まったところで、少女が木の根に足を取られ、地面を転がった。跳ねるように上体を起こし、振り返る。視界に追手の姿はない―――

 

カシャン。

 

すぐ側から金属音が上がった。

いる。密度の濃い木々でその姿は隠されているが、今すぐにでも襲い掛かれるほどの距離に何かがいる。

 

「どうして、どうしてこっちにくるの。あっちいってよぉ!」

 

涙ながらに喚く少女の声を聞いても、追手の歩みは止まらない。

少女は痛む体に構うことなく、荒れた地を這った。体を気に掛ける余裕はない。地上に浮き出た木の根や転がっている石の上を通り、膝や手の平から血が滲む。背後の金属音が瞬時に近付いてくることはなかったが、足音はゆっくりと、だが確実に近付いてきている。そして少女に手が届く位置まで接近した、その時。

 

ドシン、ドシンと、腹に響くような大きな音が前方から上がった。少女を追っていた者の動きが止まり、音の鳴る方向を見据える。その足音は、金属音の主とは比にならない速度で距離を詰め、焦らすことなくその姿を現した。

身の丈が少女の数倍以上はあろうかという巨漢。森の暗さでその全容は把握できないが、巨大な盾と剣を装備した騎士であることは確認できる。その騎士は一瞬たりとも立ち止まらず、真っ直ぐに突っ込んでくる。少女が怯えて身を伏せるが、騎士は少女に構うことなくその頭上を跳び越えた。

 

「オオオアアアアァァァァ――――!!」

 

耳を劈くような雄叫びと共に、甲高い音が響き渡る。騎士が盾を使って、追手を押し込んでいたのだ。少女はそれを呆然と眺めていたが、騎士の盾が腕ごと弾き飛ばされたのを見て我に返り、両手を突いて立ち上がる。

痛みに顔を歪めた少女の目に映ったのは、土煙を上げながら倒れる大男の姿だった。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

(なにッ!?)

 

エンリが浮かべた微笑みを、俺の驚愕が塗り替える。いや、俺だけの表情じゃない。エンリからも同じ感情が流れて来ていた。

彼女も感じたのだろう。死の騎士(デス・ナイト)とのリンクが途切れたのを。

 

(モモンガさん、これって―――!!)

(まずい、まずいまずいまずい、まずいぞ!)

 

俺が作った死の騎士(デス・ナイト)達はトブの大森林の、カルネ村に比較的近い位置に潜伏させていた。その内の1体からのリンクが消失、つまりは殺されたのだ。死の騎士(デス・ナイト)はこの世界ではかなり強い部類で、高い防御力を持っている。それを倒すほどの何者かが、カルネ村に接近している。

その人物が敵か味方かなど考慮している暇はない。行先も適当に転移魔法を使い、ラキュース達との挨拶も無しに宿屋を後にした。

 

降り立ったのは、王都の外周を囲うように存在する城壁の上。

普段外している指輪を装備するためにアイテムパックに手を突っ込んだが、時間が惜しい。即時に復活する指輪を乱暴に取り出し、指に嵌めながら死の騎士(デス・ナイト)と連絡をとる。

 

死の騎士(デス・ナイト)、一体どうなっている!?」

 

思念で意思疎通できるため声に出す必要はないのだが、逸る気持ちを抑えきれない。

 

―――森ニ侵入者アリ。赤毛ノ少女ヲ追跡中。

 

全身の毛が逆立った。赤毛の少女というのはネムで間違いないだろう。想定していた中で最悪の事態だ。

何故この時間に森にいるのかだとか、何故ネムを追うのかだとか、そんなことはどうでもいい。

 

「《転移門(ゲート)》!」

 

エンリが《転移門(ゲート)》を使い、漆黒の門が現れる。そのまま一切の躊躇なく転移門(ゲート)へと飛び込んだ。

門を抜けた先には死の騎士(デス・ナイト)の残骸が転がっていた。周囲を見てみると、雑草の一部が掻き分けられ、何者かが通った跡が残っている。より鮮明に確認すべく、スキル“闇視(ダークヴィジョン)”を呼び出した。

地面に残された痕跡は、大人の男くらいの大きさの足跡。それから、ところどころに付着した血。

走り出したエンリに身を任せ、作成したアンデッドとの繋がりを利用して指示を出す。

 

蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)!」

『はっ。』

「森に侵入者がいる、俺の妹を助けろ!」

『承知。侵入者は如何いたしますかな?』

「―――殺せ!!!」

 

俺は怒りを隠すことなく叫び、《飛行(フライ)》を使って宙を舞う。

どこの誰だか知らないが、随分と舐めた真似をしてくれたものだ。例え侵入者を捕えることが出来たとしても、殺す前に情報を聞き出す自信がなかった。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

「はぁ、はっ、はぁっ―――」

 

少女は再び走り出していた。依然金属音は後を追ってきている。

 

まだ明るかった時間―――エンリがまだ眠っていた頃に、ネムは1人で大森林へ足を踏み入れた。“ハムスケ様のおかげで森にモンスターがいない”と、大人達が話しているのを聞いたからだ。だから1人でも大丈夫だと思った。1人で薬草を持って帰り、自分も両親に褒めてもらいたい、ただそれだけの理由だった。

だが、不幸にも彼女は森で迷ってしまった。人の手が加えられていない大森林、行きも帰りも道はない。大人でさえ単身で挑むことはない大自然は、年端のいかぬ少女にも、等しく脅威として立ち塞がった。

 

「ゴアアアァァァ―――!」

 

耳を塞ぎたくなるような咆哮と共に、横合いから巨漢の騎士が飛び出す。騎士はネムと追手との間で立ち止まり、巨大な盾を地に突き立てた。

頼もしい巨体と、それに見合った立派な盾。攻撃を捨てた構えからは、かなりの時間が稼げるように思われた。だが、先ほどと同じように、2度の轟音の後、いとも簡単に騎士が崩れ落ちる。

 

「う、うぅ、おねえちゃん・・・たすけて、おねえちゃん・・・ううぅ―――」

 

ネムは死の騎士(デス・ナイト)の存在を知らない。1度モモンガが作成したところを見たことはあるのだが、当時の記憶は《記憶操作(コントロール・アムネジア)》によって書き換えられている。つまり、死の騎士(デス・ナイト)が味方だと認識できないのだ。

森で何かに追われるというのは、ネムに嫌な記憶を思い起こさせる。それに加えて、謎の騎士達が次々とネムを庇うように死んでいく。ネムにはとても理解の及ばない状況で、これでもかという程に混乱していた。

それでも必死に走る彼女に不可視の縄のような物が巻き付き、身動きを封じられた。

 

「いや、はなして! やだ、やだあ!」

 

ゆっくりと持ち上げられ、足が地面から浮いた。息苦しい程に強く締め付けられてはいないが、どれだけもがいても拘束は緩まない。ネムの体を包むザラザラとした感触は、彼女の知る縄のものとは程遠く、その異様な太さも相まって恐怖心を掻き立てる。

 

一際大きな金属音が鳴った。一度ではない、短い間隔で連続して。

これが意味することはネムにも理解できた。追手が全力で距離を詰めようとしているのだ。例え拘束から逃れられたとしても、自分の足ではどうすることもできない。

焦りはやがて諦めへと変わっていった。

 

「そりゃあああ!!!」

 

半ば諦めかけて静かになった瞬間、何もない場所から大声が聞こえた。同時にふわりと無重力感に包まれる。

ネムは空を舞っていた。放物線を描くように、高く、高く。大森林の木々よりも高い。上空からの視点では、追手に向かって突っ込んでいく3人目の騎士が見えるが、それを気にかける余裕はない。最高点を過ぎて徐々に落下していく中、悲鳴を上げながらじたばたと無意味にもがくことしかできなかった。だが、地面に直撃する前に、ふわりと受け止められた。

 

「ひっ・・・!」

 

ネムは巨漢の騎士の腕の中にいた。これだけの体躯の騎士が何人も現れたというだけで既に不気味なのに、今はその顔が間近にある。暗闇のおかげで遠目からは分からなかったその顔を目にし、思わず悲鳴が漏れた。剥き出しの歯に、瞳の無い眼窩。騎士は生者ではなかった。

騎士は震えだしたネムの悲鳴などどこ吹く風とばかりに、ゆっくりとネムを地面に下ろす。そして雄叫びをひとつ上げ、ネムが飛ばされてきた方角へ走り去っていった。

ネムは訳も分からないままに騎士を見送ると、反転して走り出し―――何かにぶつかって、尻餅をつく。恐る恐る見上げると、そこには馬に乗った騎士がいた。さっきまで助けてくれていた巨漢の騎士ではない。どちらかと言えば、その容貌は追手の方に似ている。

ネムは悟った。あぁ、もう逃げ場はないのだと。

 

「お、おねえちゃん・・・うぅ・・・。」

 

既に立ち上がる気力も体力も消え、その場に蹲って泣き始めた。どうしてこんなことに。そんな悔恨の念がネムの心を苛む。

それを聞いた馬上の騎士―――蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)はぴくりと体を震わせ、ネムへゆっくりと歩み寄る。馬が地を踏むたびに、馬蹄が乾いた音を立てる。その姿は、さながら幽鬼のようだった。

蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)が怯えて縮こまっている少女を抱え上げ、馬の上に座らせる。困惑した表情で見上げるネムの頭を優しく撫でながら、瞳に溜まった涙を拭い、声を発した。

 

「困りますなぁ鎧の御仁。我が主の領域を土足で荒らし、あまつさえその妹君に涙を流させるとは。覚悟はよろしいか、不届き者よ。」

「・・・そんなつもりじゃ、なかったのだけどね。」

 

気まずそうな声と共に、金属音の正体が月明りの下にその姿を晒す。

全身を白金の鎧で包み込んだ騎士。その周囲には、複数の大剣が浮遊している。

 

「言い訳は無用。我が主はお怒りだ、謝罪の意はその命で示せ。」

「それは難しいな。今は差し出す首も無いのだから。」

「ふむ。それはそれとして、後ろに気を付けたまえ。」

 

白金の騎士がその言葉を最後まで聞く前に、鎧の頭部が消えた。弾け飛んだ兜が木の幹に当たり、空虚な音が響く。首が消えた状態のまま、鎧は背後を振り返る。そこにはいつの間にか、両手の拳を合わせて振り上げている女性(エンリ)が立っていた。口は堅く結ばれているが、見開かれた瞳が、燃え盛る怒りを表している。

頭の無い白金の鎧は釈明するように手の平をエンリに向けるが、エンリはそのまま拳を振り下ろした。胴体部分が圧し潰され、難を逃れた手足の鎧もバラバラになって周囲へ散らばる。僅かばかりの金属音を最後に、辺りに森の静寂が戻った。

 

「おねえちゃん、おねえちゃん!!」

 

エンリへ両手を伸ばしながら馬から飛び降りようとするネムの脇を蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)が抱え、ゆっくりと下ろす。待ち遠しいとばかりにばたつかせていた足が地に付くと、砲弾のような勢いでエンリの胸元に飛び込んだ。

 

「もう大丈夫よ、ネム。お姉ちゃんが来たからね・・・!」

 

エンリがネムを強く抱きしめる。それはネムを安心させるためというよりは、ネムの存在をしっかりと感じて自分が安心するためという方が近い。

間に合ったことに安堵し、エンリの頬を涙が伝った。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

 

俺達はネムにポーションを飲ませ、カルネ村へ向かった。ネムは森を駆け回って相当に疲れていたのだろう、腕の中でぐっすり眠っている。もちろん背後には、いつでも戦えるように蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)を控えさせている。

 

(あの鎧、スレイン法国でしょうか。)

(どうだろう・・・確たる証拠はないけど、可能性としては一番高いね。)

 

動かなくなった空の鎧を調べてみたのだが、どこかの国への所属を示す物は見つからなかった。あの場に残された痕跡からは、遠隔操作型の魔法兵器だろうということしか分からなかった。

だが、俺の召喚した死の騎士(デス・ナイト)を全て倒した猛者だ。そんな物を作り出せるのは、周辺諸国の中ではスレイン法国しか思い当たらない。では何故、という話になるのだが、それが分からない。

 

(脅し、なんですかね・・・。)

(うーん・・・。)

 

カッツェ平野で会った隊長の様子を見る限り、強硬手段に出てくるとは考え辛い。しかし単に彼の人柄が良く、穏便に済ませようとしただけという可能性も大いにある。なにせ戦士長を殺すことで王国の国力低下を目論んでいた国だ、楽観的に捉えることはできない。国が一枚岩ではなく、強引に国へ招こうとした一派が存在するのかもしれない。

 

(確認の意味でも、法国には行った方がいいかもしれないね。)

(はい。もし法国が犯人なら、私達が行くまでこういうことが続くかもしれませんし。)

 

これは本当に護衛としてペイちゃんを連れて行く羽目になるかもしれない。法国が俺達をどうこうしようと考えていないのなら、事情を話せば受け入れてくれるはずだ。

そして問題になってくるのが、カルネ村の警備。今回、死の騎士(デス・ナイト)は非常にいい働きをしてくれた。彼らがいなければネムの救出は間に合わなかっただろう。全滅してしまった彼らの穴をどう埋めるか。

警備兵としてアンデッドを使用するならば、死体を媒介にしなければすぐに消えてしまうため、使い物にならない。一応カルネ村にも墓地はあるが、村人の死体を使うのは流石に忍びない。エンリがペイちゃんを作り出したようにカッツェ平野で無差別にアンデッド作成を行うことも考えたが、あれは蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)が非実体化できるから地上に出て来れたのだ。上位アンデッド作成に耐えうる死体がまだ埋まっている可能性は低いし、どれだけ深い位置に死体があるのか分からない以上、作り出しても意味がない可能性がある。

 

「ペイちゃん、死体が埋まってる場所って心当たりないかな? できれば数も欲しいんだけど・・・。」

 

死体のことは元死体に聞いちゃえ。

そんな短絡的な発想から出た言葉で、良い返事は期待していない。

 

「ふむ、死体。となると、あの御業を用いて配下を作りたいと、そう理解してよろしいですかな?」

「うん。見張り兼護衛の死の騎士(デス・ナイト)が全滅させられちゃったからね・・・。」

「でしたら、いい場所がございますぞ。」

「そうだよなぁ・・・ん!?」

 

良い返事は期待していないと、そう思っていた時期があった気がする。

 

「心当たりがあるのか!?」

「ハハハハ! 何せ私も先ほどまで埋まってましたからな!」

「おぉ!」

 

なにこのアンデッド。レベル的にこの世界では無双できる強さだろうし、普通に意思疎通できるし、何故か生前の記憶持ってるっぽいし、有能すぎてちょっと怖くなってきたぞ。

何はともあれ、アンデッドの材料にアテがあるようで助かった。

 

さて、考えることが盛り沢山で軽く頭が痛くなってきたが、まずはラキュースに謝らなくては。緊急事態だったため何も言わずに飛び出してきたのだ。彼女達からしてみれば、突然消えたというほうが適切か。

 

「《伝言(メッセージ)》―――ラキュースさん、聞こえますか。」

『あ、エンリさ―――モモンね。』

 

ラキュースはどちらが話しているのか、ぴたりと言い当てた。

いくら何でも見抜くの上手すぎないか。今敬語使ったのに。声のトーンとかで分かってしまうものなのだろうか。

別に彼女を騙そうと思って敬語を使ったのではなく、まだ慣れないから無意識に敬語が出てしまうのだ。それでもどちらが話しているのか当ててしまうラキュースに、俺は内心で舌を巻いた。

 

「すみません、話の途中で抜けちゃって。」

『ううん、気にしないで。もっと頼ってって言った矢先だったから、少し傷付いただけ。』

「うっ・・・。」

『ふふふ、冗談よ。それで、大丈夫だったの? 私達はまだ酒場にいるけど、戻ってこれそう?』

 

“何があったのか”と聞かないところに、彼女なりの優しさを感じた。

実際それを聞かれると少し困るのだ。話を放り出して飛び出す程の事態。適当な言い訳は思いつかないし、正直に話そうにも、どうやって大森林の異変に気付いたのか説明しなければならなくなる。

 

「どうだろう。スムーズにいけばすぐに帰れると思うんだけど。」

 

本来ならばすぐにでも会議に戻るのが筋なのだろうが、今はやるべきことがある。

あの白鎧は俺基準で言えばそこまで強くないし、蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)でも撃破可能な程度の強さだった。しかし、この世界では指折りの強者に数えられるレベルなのは間違いない。

そんな刺客があっさり倒されるとは思うまい。既に白鎧の敗北が黒幕に知られているとしても、新たな手駒の用意に少なからず時間がかかるはずだ。それはつまり、此方が安全に対策を用意できる時間も今だということだ。

 

『何か手伝えることはある?』

「ラキュースさん・・・察して欲しい。」

 

ラキュースはエンリの秘密を知っている。というか、()()()()()()()

他にも言い辛いことがあるということは分かってくれるだろう。

 

『そう―――無事に帰ってきてね。』

「え? は、はい。」

 

ラキュースは真剣な口調でそう言い残し、《伝言(メッセージ)》を切った。

心配されるようなことするつもりはないが、はぐらかしたせいで何か誤解してしまったのかもしれない。まぁ、その時はその時だ。

 

「ペイちゃん、案内を頼む。」

「お任せを。配下にするには丁度いい死体だと思いますぞ!」

「それは助かるよ。」

 

 

 

ペイちゃんに連れられてきたのはカッツェ平野だった。案の定というか、やっぱりここだよね。

立派な馬の上に2人。ペイちゃんの胸に体を預け、背もたれ代わりにして座っていた。鎧は当然硬かったが、姿勢を調整してくれているのか、座り心地は悪くなかった。

相変わらず深い霧に夜半ということも相まって、周囲はほとんど見通せない。そんな中でキョロキョロしても仕方ないので、目を瞑ってうとうとしていた。一定のリズムで小気味よく鳴る馬蹄の音や、時折吹き抜けるひんやりした風が気持ちいい。

 

ペイちゃんは迷いのない足取りで霧の中を進んだ。

散見される建物の跡らしきものしか目印と言える代物はないが、右に左に方向転換しながら目的地へ向かう。カッツェ平野に障害物などほとんど存在しないのに、まるで街中を歩いているようだ。

ペイちゃん曰く、歩き慣れた土地だから、かつての街を思い浮かべて歩いたほうが間違いないのだとか。

 

そんな話をしていると、ふと疑問に思う。彼はどんな時代に生き、どんな生活をしていたのか。

当然の疑問は、まどろんでいく意識の中で霧散する。

ゆりかごに揺られているような感覚に包まれて、いつしか俺は眠りに落ちていた。

 

 

 

(―――ンガさん。モモンガさん!)

「ん・・・。」

(着いたみたいですよ。)

 

エンリの呼びかけで目を覚ます。

寝ぼけ眼を軽く擦りながら辺りを見渡すが、未だ暗闇は晴れていなかった。

随分長く寝たような気がするのだが、この様子なら数分しか経っていないだろう。質の良い睡眠がとれたのだろうか。ちょっと得した気分だ。

 

「お目覚めですか、主よ。」

「あぁ。」

 

ペイちゃんに体重をかけながら、目一杯に伸びをする。

 

「いやあ、これはいけない。ペイちゃん枕は寝心地が良すぎるね。」

「ハハ、それは至上の喜びですな! 何ならベッド代わりに使って頂いても構いませんぞ?」

「案外アリかもしれないなぁ。」

(モモンガさん、私も一応年頃の乙女なんですけど、忘れてません?)

(もちろん覚えてるさ、冗談だよ。)

(冗談には思えませんでしたけど?)

(ごめんなさい。)

 

実際問題。

カルネ村が何者かによる襲撃を受けて警備兵が全滅し、急遽代わりを補充しなければならないという緊急事態の中でだ。ここまでの安眠を提供するペイちゃんという存在は、業界に旋風を巻き起こす画期的な寝具なのではなかろうか。

なんてことを思いながら、慣れない手つきで馬から降りる。

 

「ここでいいのか?」

「はい、私の部下だった者達が埋まっておるはずです。」

「ふむ。」

 

蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)になることが出来た男の部下か。

ペイちゃんは生前に相当な強さを持っていたはずだ。その部下であれば、その者もまた相応の強さを持っているのだろうか。もしそうであれば蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)軍団も作れるかもしれない。

いや、この世界は強くなることが極端に難しい。

王国を例に考えてみると、一般的な強さから頭ひとつ抜けたガゼフという人間がいる。しかし彼の率いる戦士団の構成員1人1人は大した強さではない。

期待しすぎても仕方ないか。

まずは様子見だ。大抵の人間の死体は死の騎士(デス・ナイト)にすることができるため、中位のアンデッドなら大丈夫だろう。

 

――中位アンデッド作成 集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)――

 

(あれ、死の騎士(デス・ナイト)じゃないんですか?)

 

エンリが困惑した声を上げる。集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)はこの世界では作ったことがないし、エンリも聞いたことがないはずだ。

たしかに戦闘で役に立つのは圧倒的に死の騎士(デス・ナイト)なのだが、今回別のアンデッドを作成したのは当然思うところあってのことだ。

 

(今回4体の死の騎士(デス・ナイト)がサクっと突破されちゃったのは、攻めが単調だったのも一因かなぁと思ってるんだ。)

(なるほ、ど?)

死の騎士(デス・ナイト)の有用性は、アタッカーへの攻撃を逸らすところにあるからね。)

 

PvPを経験したことのないエンリには分かりづらいだろう。新人プレイヤーをたまたま見かけておせっかいを焼いていた時のことを思い出しながら、懇切丁寧に解説した。

死の騎士(デス・ナイト)は敵のヘイトを完全に引き付ける特性と、一度だけどんな攻撃でもHP1で耐える能力を併せ持っている。盾として非常に優秀なモンスターで、俺のお気に入りだ。

だが、それが真価を発揮するのはアタッカーがいる時だ。死の騎士(デス・ナイト)の攻撃能力は低く、単体では少々硬いモンスターに過ぎない。今回の襲撃者のように一撃で死の騎士(デス・ナイト)の体力を1にできる者にとっては脅威になり得ない。

そこで、死の騎士(デス・ナイト)の他にも多彩なアンデッドを揃え、少しでも襲撃者を手こずらせるのだ。俺が到着するまで耐えることが、警備兵たちの勝利条件と言えるからな。

 

「来ましたな。」

 

エンリへの解説が一通り済んだところで、ペイちゃんの声がかかる。

耳を澄ますと、地響きのような音が聞こえ始めた。

始めは微かに聞こえるだけだったそれは、やがて大きくなり、地面が振動するほどのものになり。

 

「うわっ」

 

地を突き破ってそれは現れた。

巻き上げられた土が雨あられと降り注ぐ。いつの間にか目の前にいたペイちゃんが蠅でも振り払うようにぱたぱたと手を振る。その小さな動きからは連想できない風が巻き起こり、風圧で此方に向かう土埃を吹き飛ばしていた。

 

「とりあえず成功か。」

(おっきいですねぇ。)

 

晴れた土煙の中から4メートルを超える巨人が姿を現す。全身が人骨で構成された、ちょっと強度が心配な体だ。急いで地上まで来たためか表面がポロポロと崩れているが、じわじわ再生している。どういう原理だろうか。

集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)はそんな己の体を隅々まで見回している。禍々しいアンデッドに似つかわしくない動作で、ちょっと愛らしい。

 

死体がどれくらいの深さに埋まっているかわからないため、アンデッド化した死体が地上まで出て来れるか心配だった。だが、集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)はたしかに地中を掘り進んできた。

これなら大抵のアンデッドは大丈夫だろうと次の作業に取り掛かろうとした、その時。

 

「ベえええええええ!?」

 

産声のような絶叫が響いた。

何事かと振り向くと、集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)が頭を抱えていた。

 

(まさか、こいつも・・・?)

(まぁ、そんな気はしてましたよね・・・。)

 

じゃあ俺は失敗したのか?

普通にコミュニケーションがとれるアンデッドを作成できたのはペイちゃんが初めてだが、その前例で行くと、上位アンデッド作成にも耐えうる素材だったということになる。なんてもったいないことをしてしまったんだ・・・。

 

「ナ゛んで集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)なんスかぁ!」

 

本人も御立腹だ。

どうせなら格好良くて強いアンデッドが良かったのだろう。意識が残っているのなら当然だ。なんだか申し訳なくなってきた。

 

「ア゛ぁんまりだああァァァ!!」

「主人の前で騒がしいぞ、ライノ。」

 

ペイちゃんがどこかで聞いたような雄叫びを上げる彼のことをライノと呼んだ。

生前の部下だと言っていたから、顔見知りなのだろう。

 

「ダんちょう!? もしかして団長っすか! いいっスねぇそんなに強そうなアンデッドになれて!」

「ハハ! 当然ではないか、私は強いからな!」

 

褒められて嬉しいのか、ペイちゃんまで騒がしくなった。いや、今のは嫌味も含まれていると思うが。

それにしてもライノの言葉の始めが濁っているのは何なのか。発言する度に薪を割るような音が鳴っているのだ。

それは彼の口元に注目するとすぐに分かった。

どうやら口周りの骨が邪魔らしい。声を出す度に邪魔な骨を弾き飛ばしている。だが、飛ばした骨もすぐに再生するため、発言する度に破壊しなければならないようだ。

シュールだ。

 

「それから、私を団長と呼ぶな。今はペイちゃんだ。いい名だろう!」

「ベイちゃん!? だっははははは、なんスかそれ! なんでそんな面白い名前を名乗って―――」

 

ライノの首が飛んだ。

いや、そのずんぐりした体はどこからが首かは分からないのだが、頭部と呼べる部分が胴体から分離した。

見れば、ペイちゃんが抜刀している。目にもとまらぬ早業である。

ライノの方は、胴体の断面からもりもりと人骨が盛り上がり、新たに顔を形成している。再生の仕方はお世辞にも綺麗とは言えない。というか気持ち悪い。

集合する死体の巨人(ネクロスウォーム・ジャイアント)にこんなチートじみた再生能力はない。強力な素材を用いたおかげで強いアンデッドが生まれたのだろうか。

 

「ナ゛にするんスか! だん―――ペ、ペイちゃ・・・ぶっふふ」

「この勇ましき名はエンリ様より頂いたもの。貶すのなら貴様を殺さねばならんぞ。」

「エ゛ンリ? 誰っスかそれ。」

 

ペイちゃんから殺気が噴出する。

それは俺がびくりと体を震わせるほどに強烈なものだった。咄嗟にペイちゃんを止めようと振り向くが、既にそこにペイちゃんの姿がない。

 

「屍に戻れ、ライノォ!」

 

ペイちゃんは大きく跳躍し、ライノに斬りかかっていた。

上段に構えた剣を躊躇なく振り下ろす。

対するライノは素手。応戦する術は無い。

 

「ア゛まい!」

 

ライノは骨で構成された巨大な両手を合わせるようにペイちゃんの剣を挟む。

真剣白刃取りだ!

だが、ペイちゃんの剣の威力も尋常ではない。勢いを殺されながらも、ライノの手の平の骨をゴリゴリと削っていく。やがてそれは手首の辺りまで到達し、手の平を抜け―――

 

「あっ」

 

ライノの頭に突き刺さった。

しかし、そこまでだ。剣は完全に止まり、ライノを両断するに至っていない。

 

「ライノ、貴様はいつから主君の名を忘れるようになったのだ、この不忠者めが!」

「ダんちょうこそ、俺の同輩じゃなかったんスか! 誰の差し金っスか!?」

「む?」

 

ペイちゃんが困惑した雰囲気を纏う。

 

「ライノ。貴様の主君は誰だ。」

「ア゛ちらにいらっしゃる、()()()()()っス。」

 

ライノが巨大な手を俺の方へ向ける。

 

「いや、あの方は我が主、エンリ様だ。」

「ン゛?」

「ん?」

「「・・・んんん?」」

 

そうか、そうなるのか。

ペイちゃんはエンリが俺のスキルを使って作成した。ライノは俺自身が作った。だから仕える主人の名がそれぞれ違うのだ。

こいつらにも詳しい説明が必要なようだ。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

ふわりと部屋の空気の流れが変わるのを感じ、閉じていた瞼を上げる。目線を動かすと、見知った老婆が無邪気な笑顔を浮かべて立っていた。してやったりとでも言いたげな表情だ。

 

「久方ぶりじゃな、ツアー。」

 

この部屋の主である“白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)”ツァインドルクス=ヴァイシオン―――ツアーは、その名の通りドラゴン。ドラゴンは非常に優れた知覚能力を有するが、竜王の名を冠するツアーのそれは、一般的なドラゴンを遥かに上回る。

そんなツアーに気付かれることなく接近するという悪戯を楽しんでいたのだろう。

 

「なんじゃ、挨拶すら忘れてしまったのか?」

「はは、すまないねリグリット。かつての友に会えて、感動に身を震わせていたんだ。」

「友ねぇ?」

 

リグリットの視線が部屋の中を彷徨う。

 

「わしの友は、中身が空っぽの鎧なんじゃがのう。」

「それについては200年前から謝っているじゃないか。この体のままでは、君たちと旅はできなかっただろう?」

「ふふん。それで、あの鎧(わしの友)はどこへ行ったんじゃ?」

「たった今、壊されてしまったよ。」

 

それを聞いたリグリットの顔の皺が、より深くなる。

 

「・・・100年の揺り返しが来たか。今回は世界に協力する者ではなかったのか?」

「分からないな。彼女が本当にぷれいやーなのかも、確認できていないんだ。」

 

ツアーが目を付けているのは、最近頭角を現した冒険者であるエンリ・エモット。彼女がぷれいやーであると断定できるだけの情報が無い。仮にそうだと仮定すると、この世界への順応が早すぎる。溶け込み方が尋常じゃないのだ。だからこそ引っかかる。最近になってやって来たぷれいやーでないのなら、何故今までその力を隠し持っていたのか。

 

「それなのに、不幸な行き違いがあってね。」

「ほう? 詳しく聞こうじゃないか。」

 

床にどっしりと腰を落ち着けるリグリット。ツアーは説明のために口を開いた。気分的には、説明というよりも言い訳の方が近いのだが。

 

 

―――ツアーはエンリ・エモットから話を聞くためにカルネ村に向かっていた。

日没後を選んだのは、その時間なら確実に家にいるだろうと考えたからだ。不在だったとしても、エンリ・エモットの家族は自宅にいるだろう。家族を通して約束を取り付けることができればそれでよかった。

できるだけ人目に付かないように大森林を歩いていたのだが、そこでトボトボと寂し気に歩く幼女を見かけた。何故危険な地域を幼女が1人で、と不審に思い、話をしようと近付いた。それがいけなかった。

幼女はツアーの鎧を見るなり、脱兎の如く駆け出した。

ただでさえ足場の悪い大森林だ。夜目の効かない人間が深夜に全力疾走すれば、すぐに転倒する。その幼女も幾度となく転げ回っていた。これ以上怯えさせまいと声をかけながら少しずつ距離を詰めていたのだが、どうやら幼女の耳には届いていなかったようで、助けを求めるように両手を前に差し出して逃げるばかりだった。

そして当然、大森林には大量のモンスターが潜んでいる。飛び出してきたのがアンデッドだったのには驚いたが、幼女を早く落ち着かせなければ命が危ないと思った。

遂に幼女は、透明化を駆使するモンスターに捕まった。これはいよいよまずいと思ったツアーは全力で距離を詰めた。それに驚いたのか、モンスターは捕えていた幼女を投げ出して逃げて行った。なんてことをするんだと、逃げたモンスターを放置して幼女の飛んで行った方へ行くと、強大なアンデッドと、怒り狂うエンリ・エモットに遭遇したのだ。

 

 

「―――という訳でね。私の心象は最悪さ。」

「なるほどのう。それは確かに、不幸な行き違いじゃな。」

「仕方ないさ、間が悪かったと諦めるしかない。ただ、これからどう誤解を解こうかと考えると、気が重いのだけどね。」

「それについては心配ないじゃろう。」

「ん? どういうことだい?」

 

自信満々な物言いに、ツアーが首を傾げる。

 

「おぬしは名を名乗ったのか? 実際に接触したのは、おぬしではなくただの鎧。次は違う方法で接触して、初対面のフリをすれば問題なかろう。」

「それは・・・ちょっと気が引けるね。」

「はは、相変わらず律儀なやつよ。そういえば、知り合いに良いゴーレム職人がおってのぉ。」

 

ツアーは唐突に変わった話題に困惑しつつも、楽しげな友と言葉を交わす感覚に懐かしさを覚えていた。

 


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