覇王の冒険   作:モモンガ玉

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独自設定・捏造設定があります。


覇王と薔薇

目が覚めると、宿のベッドで仰向けに寝ていた。

両の手足はだらしなく投げ出され、体にかけられていたであろう毛布は、ベッドの下に落ちていた。私はこんなに寝相が悪かっただろうか。落ちた毛布を拾い上げようと体を捻ると、全身が軋みを上げる。寝違えてしまったらしい。

そういえば、帰り道をモモンガに任せて先に眠ったんだ。

 

(モモンガさん、起きてますか?)

 

返事は無い。

痛む体に鞭を打ち、強引に起き上がる。体が重い。頭がぼーっとする。窓から差し込む光がいやに眩しかった。こんなに気だるいのは変な時間に寝てしまったせいだろうか。

まだ慣れない太陽の光に目を細め、床に落ちた毛布もそのままに、ふらふらと洗面所へ向かう。

 

「わぁ・・・。」

 

鏡に映った私は悲惨な状態だった。

開き切らない目の下には隈があり、髪の毛はボサボサ。凶悪犯罪者のような人相だ。こんな顔、モモンガにだって見せられない。

相変わらずゆったりした動きで蛇口を捻り、いつもよりも強く顔を洗う。それから手に付いた水気を少しだけ切って、髪の毛にペタペタと触れる。ん、この寝癖は強敵だ。

 

それにしても、この水道という物は便利すぎていけない。

エ・ランテルに足を運ぶこともあったため、存在自体は知っていた。しかしいざその恩恵にあずかると、自分が村で毎朝やっていることは何なんだと思ってしまう。それほど画期的な装置なのだ。

よし決めた。今度モモンガと“カルネ村に水道を引く大作戦”を決行しよう。

そんな取り留めのないことを考えていると、不意にノックの音がした。急いでタオルを手に取り、顔を拭いながら返事をする。

 

「レイナです。少しお時間よろしいでしょうか。」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

タオルをアイテムパックに投げ入れ、ベッドの方へ駆ける。落ちた毛布を見られるのは流石に恥ずかしいのだ。

自分の体の状態も忘れてフラフラと駆け出した私は、椅子に足を引っかけ、派手に転んだ。宿中に大きな音が響く。今1階にいる人は間違いなく天上を見上げただろう。

そして当然、レイナが心配して扉を開ける。うつ伏せに倒れている私と目が合った。

 

「あ、あはは・・・。」

 

 

 

ティーカップを口元へ寄せ、鼻から空気を吸う。紅茶の香りが鼻孔をくすぐり、少しずつ頭が活性化していく。寝起きの紅茶は良い、癖になりそうだ。今度村へお土産を買う機会があったら茶葉にしよう。

 

「申し訳ありません、お休みのところを。」

「い、いえいえ。丁度起きたところなので。」

 

レイナが淹れてくれた紅茶を少し口に含み、ソーサーへ置く。

先ほどから彼女は随分と思い詰めた表情をしているが、突然押し掛けたことは何も気にしていない。寝起きの調子がよろしくなかったため、紅茶を持ってきてくれたことに感謝すらしている。

 

「実は、エンリさんに謝りたいことがあるのです。」

「私にですか?」

 

だが、レイナの表情が暗いのには別の理由があるらしい。

特に何かされたという記憶もないため、微妙な反応を返すことしかできない。再びカップを手にし、話の続きを待った。

 

「冒険者のレイナという人間は存在しません。私はバハルス帝国の皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下に仕える四騎士の1人、“重爆”のレイナース。レイナース・ロックブルズです。」

「そ、そうなんですか。」

 

よく噛まなかったなぁと感心しつつ、とりあえず紅茶を啜る。少しずつ覚醒してきたとはいえ、寝起きの頭では情報を処理するのに多少の時間がかかった。

つまり、身分を偽っていたということか。

 

「どうしてそんなことを?」

「理由は多々ありますが・・・エンリさんと違和感なく接触するため、ですわね。帝国に興味を持って頂きたかったのです。」

「なるほど。」

 

気付けば空になっていたカップを置き、うんうんと頷く。

要するに、レイナースは帝国を訪れて欲しいと言っているのだ。もちろん何か理由があって近付いたのだろうが、結局は私から赴くことになるのだから、結果は変わらない。モモンガが周辺の国を見逃すはずがないのだ。旅行的な意味で。

私は八本指との戦いを手伝ってくれたことに感謝しているし、モモンガもレイナースを責めたりしないだろう。だから私は、彼女を安心させたいと思った。

 

「紅茶がおいしいお店を案内してくれる約束、楽しみにしてますよ。」

「ええ、お任せください!」

 

レイナースの―――いや、皇帝の目的は私でも察することができる。これまでの経験を経てなおそれに気付かないほど、愚かではないつもりだ。それに関してはモモンガと相談する必要があるが、恐らく帝国の観光を諦めることは無いだろう。比較的穏便な手段で接触してきたのだから、敵対の意思は無いはずだ。

 

 

 

「ふぅ・・・。」

 

レイナースの足音が消えたのを確認し、糸が切れたようにベッドへうつ伏せに倒れ込む。自然と小さなため息が漏れた。

さっき飲んだ紅茶で頭は冴えてきたのだが、体の方はまだまだ怠い。今日は何もする気が起きない。まぁそういう訳にもいかないのだが。規則正しい生活は大事だという教訓を得た、そうプラスに考えよう。

寝返りを打って仰向けになり、アイテムパックから遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を取り出す。モモンガが起きるまでやることがないため、単なる暇つぶしだ。

鏡には、私が宿泊している宿を上空から俯瞰した景色が映っている。何となく王都全体が見たくて、鏡を操作する。

 

「あっ。」

 

思っていた以上に縮尺を小さくしてしまった。これでは人通りどころか街道すら見えない。まぁこれはこれで普段見られない景色で、暇つぶしには丁度いい。

そのまま何の気なしに視点を横へずらすと、鏡面が白い靄で埋め尽くされた。ほぼ1年中霧に覆われている謎の大地、カッツェ平野だ。初めてあそこを訪れた時はすごく気味が悪かったのを覚えている。

だけど、何故だろう。今なら平気な気がした。

 

(うーん、行ってみようかなぁ。)

 

夜にはラキュース達に会って今後の方針を話し合わなければならない。だが《転移門(ゲート)》を使えば移動時間はほとんど無いに等しい。太陽は既に傾きかけているが、時間の心配は不要。

寝そべった態勢のまま、無造作に唱える。

 

「《転移門(ゲート)》」

 

自分とシーツの間に現れた禍々しい暗闇に、吸い込まれるように落ちていく。

カッツェ平野に良い思い出なんて皆無で、おまけにモモンガという頼れる存在がぐっすり眠っているにも関わらず、どうして私は躊躇なく向かうことができるのか。それは単に、“今なら平気かもしれない”という感覚が本当かどうか試してみたかったからだ。そんなちっぽけな好奇心に従っただけ。

私もすっかりモモンガさんみたいになっちゃったなと、苦笑が漏れた。

 

転移門(ゲート)を抜けた先で華麗に後方宙返りを決め、軽やかに降り立つ。ゼロと戦った時に散々吹き飛ばされたせいか、宙を舞うことには慣れてしまった。こんな曲芸じみた離れ業も今の私なら軽くできる。

できるのだが、体が痛い。寝違えたことを忘れて調子に乗ってしまった。悲鳴を上げる背中を労わるように摩りながら、周囲を見渡した。

 

転移したのは、カッツェ平野の中心付近。相変わらず霧で視界が悪く、周辺に意味のある構造物は見えない。赤茶けた地面には、雑草すら生えないのではないかと思えた。

その光景をしっかりと目に焼き付け、瞼を閉じる。呼吸を整えてから両手を広げ、大きく深呼吸した。

 

(うん、やっぱり大丈夫。)

 

アンデッドが頻出する危険地帯のど真ん中に1人。並の人間なら即座にパニックに陥りそうな状況でも、恐怖は微塵も無い。それどころか安らぎすら感じる。いつまでもこのひんやりとした空気に包まれていたい。まるで実家のような安心感に、両手を上げて体を伸ばすと、心なしか体の痛みが和らいだ気がする。

確かに私は、ゼロとの激戦を経て多少自信が付いた。だけどここまで心境に変化があるだろうか。どうもそれだけじゃない気がする。これもモモンガの影響なのだろうか?

 

(1人で考えても分からないわね。)

 

この体については、自分よりもモモンガの方が詳しい。

私は小難しいことを考えるのをやめ、霧の中を1歩踏み出す。この心地良い空間を散策しようと思ったのだ。だがここで閃いてしまった。

 

―――馬に乗ってお散歩がしたい。

理由も無しにこんな突拍子もない思いつきをしたのではない。昨日、王城とそこで暮らす人を見てしまったから。端的に言えば、優雅な生活に少し憧れたからだ。

平民の私が貴族や王族の真似事をしても笑われるだけだが、幸いにもここには人目が無い。何をしても恥ずかしくない。やってることはおままごとだけど、恥ずかしくない。

 

「《完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)》」

 

とはいえ、私も1人の女の子。例え人目がなくとも、屋外で堂々と着替える胆力は持ち合わせていない。

魔法で透明人間になり、アイテムパックから例のドレスを取り出す。丈の調整はまだしていないが、どうせ見る人もいないのだ。多少だらしなくとも構わない。それから結っていた髪を下ろし、アイテムパックに入っていた花を髪に挿す。モモンガが森で採集していた野花だ。少しだけお借りします。

 

「わぁ・・・!」

 

手鏡に映った自分を見て、思わずため息が漏れる。宿の洗面所で発した言葉と同じでも、そこに込められた感情は全く異なる。

気分は完全にお姫様。豪華な居室も従者の1人も存在しないが、そんな気分だからそれでいいのだ。

後は馬の調達をどうするかだ。普通の人間ならばカッツェ平野のど真ん中で馬の調達など不可能だが、私にはアンデッドを作り出すスキルがある。だが、それにはひとつ問題があった。

 

(馬のアンデッドっているのかなぁ。)

 

私はアンデッドを作成するスキルを持ってはいるが、どんなアンデッドを作れるのかまでは知らない。モモンガと感情は共有しているものの、知識はその範疇ではない。彼がこれまでに生み出したアンデッドは死の騎士(デス・ナイト)骨の竜(スケリトル・ドラゴン)くらいで、馬のアンデッド、もしくは馬に乗っているアンデッドを作ったことはない。

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は大きすぎるし、死の騎士(デス・ナイト)の肩に座るというのも、何か違う気がした。

 

そういえば、と思い出す。

モモンガが1度、“ペイルライダー”なるアンデッドを作り出そうとして失敗したことがあった。ライダーというからには、何かに乗っているはずだ。それが馬なら良いが、別の魔獣に乗っている可能性のほうが高いかもしれない。騎士の死体を使って作成に失敗するほど、高レベルなモンスターだからだ。

自分の内側に意識を向け、アンデッド作成スキルについて深く掘り下げてみた。しかし、分かるのはスキルの効果くらいで、ペイルライダーがどんなモンスターなのか、他にどんなモンスターを作り出せるのかは分からない。

 

だが、スキルの効果を確認できたのは大きな収穫だった。どうやら素材を用いずにアンデッドを作った場合、それは一定の時間が経過すると消滅するらしいのだ。それならどんなモンスターが出て来ても安心だ。

私は軽い気持ちでスキルを使った。

 

――上位アンデッド作成 蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)――

 

発動と共に、虚空に黒い靄が現れる。なんだか懐かしい光景だ。靄が徐々に収束し、やがて球状になった黒い塊からアンデッドが姿を現す―――はずだったのだが、靄は一直線に地面に吸い込まれていった。

 

「え、あれ? なんで!?」

 

思わずしゃがみ込んで靄が吸い込まれた場所に手を突こうとしてしまうが、今はドレスを着ていることを思い出して踏みとどまる。王女から譲り受けた高級なドレスだ、汚したくはなかった。

 

(ん・・・どうしたの、エンリ?)

 

予想外の事態に私の心が大きくざわつき、モモンガが目を覚ます。

それに少しほっとした。彼がいれば何が起こっても大丈夫だと思える。無責任に全てを押し付けたくはないが、やはり安心感が違った。

私は今起こったことを簡潔に話そうと口を開く。が、その前に。

 

「ハハハ!」

 

軽快な笑い声と共に、地中から騎兵が飛び出した。地を砕いて出てきたのではなく、まるですり抜けるようにして現れた。

その男は音も立てずに降り立つと、馬に乗ったまま此方を向く。

 

「まさか再び騎士道を歩める日が来ようとは! この剣、御身に捧げましょう!」

 

そう言って腰の剣を鋭く抜き放ち、高々と掲げた。

何故か異常にテンションが高い。

 

(再び・・・?)

 

モモンガは男の発言に疑問を感じたようで、黙り込んでしまった。

疑問を感じたのは私も同じだ。そして同時に、やってしまったと後悔の念が沸く。男の言葉から類推するに、恐らく、いや間違いなく、私は何かを素材としてアンデッドを作成してしまったのだ。この騎兵が時間の経過によって消滅することはなく、命が潰えるまで存在し続ける。だが、モモンガは何も言ってこない。差し迫った危険や問題は無いということか。

それに彼は今起きたところで、私が何故アンデッドを作成したのか知らない。とりあえずの処遇は私に任せるつもりのようだ。

 

「あの、蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)さん―――」

「ハハ! それでは呼び辛いでしょう、何か名前を付けては下さらんか!」

 

これはまた、凄まじい難題が降りかかってきた。

人や動物に名を付けたことなど1度もない。モモンガも森の賢王にハムスケという可愛い名前を付けてしまう程だから、ネーミングセンスがあるとは言えないだろう。しかし、下手な名前を付けると怒らせてしまうかもしれない。

 

「ん~・・・ペイちゃん?」

 

私が思い悩んでいると、独りでに口が動く。

その相変わらず可愛いネーミングに頭を抱えた。

 

「オオ! ペイちゃん・・・なんと勇ましい響きか!」

「えぇ・・・。」

 

かなり強そうな外見で威圧感があるのに、そんな可愛い名前でいいのだろうか。私は特に文句がある訳ではないので、本人さえ良ければいいのだが。割と真剣に悩んだのに、あっさり解決してしまった。

というか、そもそも蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)―――ペイちゃんを生み出したのは私とモモンガで、言うなれば私たちは彼の創造主だ。そんな相手に“怒られるかもしれない”という考えが浮かぶこと自体が既に間違いなのかもしれない。

早くこういうことには慣れないと・・・でも無理だろうなぁ、怖いし。

 

「して、私は何をすれば良いのですかな?」

「そうでした!」

 

スキルが謎の挙動を示し、生まれたアンデッドが妙にハイテンションで、唐突に名付けが始まるという3つの不慮の事態が重なり、本来の目的を忘れていた。

幸いにもペイちゃんは私の望んだ通り、馬に乗ったモンスターだった。これで夢のお散歩タイムが実現する。

 

「実は馬に乗ってみたくて。少し貸して頂けませんか?」

「むぅ、そうなるといざという時に御身をお守りできませんぞ・・・。それから敬語は無用に願いたい。私が恐縮してしまいますのでな、ハハ!」

「あ、分かりま―――分かったわ。」

 

最近はモモンガやラキュースをはじめ、目上の人とばかり話していたため、すっかり敬語で話すことに慣れてしまっていた。最後に敬語以外で誰かと喋ったのはンフィーレアと会った時くらいか。

しかし、そうか。生み出されたアンデッドが主人から存在意義を奪われるのは可哀想だ。

 

「じゃあ、一緒に乗ってもいい?」

「なんとぉ!!!」

 

ペイちゃんが馬から転げ落ち、後ろ向きに3回転した。

 

(なんていうか・・・すごいアンデッド作ったね、エンリ。)

(今それ言いますか!? 褒め言葉になってませんよ!)

 

あまりのオーバーアクションに少々引き気味のモモンガ。

ペイちゃんがここまでハイテンションなのは決して私のせいではない・・・はずだ。私のどんな部分から影響を受ければこんなに明るくなるというのか。それとも他人から見れば普段の私はこんな感じなのだろうか。いや、それだけは無い。

私が悶々としている間にペイちゃんは馬上に戻り、此方へ手を差し出した。

 

「お手をどうぞ、お姫様(プリンセス)。」

(・・・。)

(・・・。)

 

モモンガさん、ここで静かにならないで。そして視線を下に向けるのをやめて。

ペイちゃんは私の服装を見てこの対応をしたのだろう、見事に私の意図を汲み取ってくれている。ペイちゃんは何も悪くない。だが、モモンガが起きてしまったのが誤算だった。さっきは彼の存在を頼もしく感じていながら何を勝手な、と自分でも思う。だけどこの場面は見られたくなかった。

聡明なモモンガなら、このドレス姿を見ればきっと気付いてしまう。私がお姫様に憧れ、子供のようにおままごとをしていたことに。下がろうとする目線に必死に抗いながら弁明した。

 

(こ、これは違うんです!!)

(俺は何も言ってないよ、エンリ。)

 

微笑ましい光景を見た時のような、和やかな感情が伝わる。

もう恥ずかしさでどうにかなりそうだった。

 

 

 

(そういえば、モモンガさん。)

(うん?)

 

結局、今はペイちゃんと共に馬の上。彼があたふたするエンリの腰に手を回し、有無を言わさず抱え上げたのだ。しばらくは恥ずかしそうに俯いていたエンリだが、もう吹っ切れたらしく、霧の中の乗馬を楽しんでいた。

 

(八本指と戦ったとき、私すごい吹き飛んでたじゃないですか。でもあれっておかしいですよね。)

(あー・・・そうだね。)

 

あれには驚かされた。

俺は低位の物理・魔法攻撃を無効化することができるが、それは文字通りの無効化。攻撃によるダメージと、それに伴う影響を全て無効化する。

だが、エンリがゼロから攻撃を受けた際、そのパッシブスキルが不自然な挙動を示した。攻撃のダメージを完全に遮断しつつも、攻撃による衝撃はそのまま通された。この世界に転移した影響でパッシブスキルが変質したと考えればそれまでだが、その可能性は限りなく低い。戦士長と共に戦った魔法詠唱者(マジック・キャスター)の集団が、このスキルの存在を実証してくれている。

 

(俺にも本当のところは分からないんだけど、一応の仮説はあるよ。)

(聞きたいです。)

 

俺は飛びぬけて頭が良い訳ではないが、結果から考察することくらいはできるつもりだ。

 

(なんて言えばいいのかな・・・俺とエンリは完全に一体化してるけど、状態はかなり不完全なんだよね。)

(不完全、ですか?)

(うん。ある程度の攻撃無効化は、俺のパッシブスキル―――常に発動しているタイプのスキルなんだけど、あの時のエンリは“自分がやらなきゃ”って強く思ってたよね?)

(はい。)

 

あの時のエンリからは、滾るような、確固たる意志を感じた。

 

(その想いが無意識の内に、俺のスキルである攻撃無効化を、心の深いところに落とし込んじゃったんじゃないかな。だけど攻撃が効かないっていう意識はあるから、中途半端にスキルが発動してたんだと思う。)

(な、なるほど・・・?)

 

理解したようなしてないような、微妙な反応だ。だがこれ以上説明するのは難しい。何しろ俺ですら感覚的にしか掴めていないのだから。

俺のパッシブスキルが半分アクティブスキル化しているのは随分前から気付いていた。睡眠の状態異常を無効化するはずの俺が、毎晩すやすや眠れているのだ。しかし、睡眠無効スキルを意識の表層へ持ってくると、途端に眠気から解放される。

 

(うーん・・・イメージ的には、頭の中で会話する時と、1人で考え事をする時の違いかな?)

(あぁ!)

 

心の上層と下層。俺とエンリが思考で会話する時に使い分けている、“エリア”のような物だ。分かりやすく例えるならば、会話するエリアが居間、思考するエリアが個室といったところか。

今の説明で得心が行ったようで、エンリがぽんと手を叩く。

 

(つまり、戦っていた時の私の中では、攻撃無効スキルがその2つの意識の中間にあったってことですか?)

(そうそう!)

 

エンリと一体化しているからこその不完全な状態。普通に飲み食いして、普通に眠って、普通にはしゃぐことができる不完全さなら大歓迎。自分が作ったアバターはかなり気に入っているが、あの姿のままこの世界に来ていたなら味わえなかった贅沢だろう。意図してこんな状況になった訳ではないが、エンリには感謝してもしきれない。

 

「エモット殿!」

 

エンリの疑問が解決して満足していると、突然背後から名を呼ばれた。かなり切羽詰まった声色だ。

馬ごと反転してみれば、長い黒髪に、みすぼらしい槍を持った男。前に大森林で出会った、スレイン法国の特殊部隊に属する青年だ。その整った顔立ちに似合わない剣呑な表情で槍を構えている。

 

「エモット殿、逃げ―――」

「ほほう! 我が主に刃を向けるとは、清々しいまでに愚か。その愚行、身を以て悔いるがいい!」

 

ペイちゃんが剣を抜き放つ。想定外に自我を持った蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)だが、主以外の話は聞かないらしい。

まずいところを見られてしまったなぁと焦りつつも、睨み合う両者に事情を説明した。

 

 

 

「では、この強大なアンデッドを使役していると言うのですか!?」

「ええ、まぁ。」

「なんという・・・!」

 

“隊長”を名乗る男が目を見開き、絶句する。

無理もないだろう、蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)は上位アンデッド作成で作り出せるモンスター。この世界基準だと、世界を滅ぼしかねない強さだ。隊長の反応を見るに、その強さは正しく認識できているのだろう。そんなモンスターを使役しているというのだから、俺に対する警戒心は最大まで引きあがる。

 

「それで、貴方はどうしてここに?」

 

だが、警戒しているのは此方も同じ。

あの巨大樹との戦闘を盗み見して以来、法国には可能な限り関わらないようにしようと決めたのだ。彼らの戦闘力や身に着けている装備は、この世界では破格。プレイヤーの影が見え隠れしている法国は危険だ。

 

「実はエモット殿に用事があり、カルネ村へ向かっていたのです。ですが非常に強力な気配を感じ、ここに。」

「そういうことでしたか。それで、用事とは?」

「はい。1度我が国までお越し頂きたいのです。」

 

俺は苦い表情を隠さなかった。言外に“行きたくない”と告げるためだ。

もしも蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)を見られていなかったのなら、まだ考えたかもしれない。しかし、この男はアンデッドを使役するという俺の力の一端を垣間見て、蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)を強大なアンデッドだと認めたうえで、自国へ招こうとしているのだ。

それは「こいつが何をしても抑え込める」と言っているようなもの。それが事実なのか単なる自惚れなのかはさておき、事前情報も無しに訪れることができるほど、法国を信用していない。

 

「ご安心を、少々お話を伺いたいだけですので。」

 

俺の表情を見た隊長が、爽やかな笑みで優しい声を出す。

物凄い好青年っぷりだが、生憎と俺は男だ。ほだされることはない。

 

「それは貴国に赴かなければならない理由になっていないと思うのですが。」

「それが、神官長―――国を治める者達が、直接会いたいと申しておりまして。」

「なるほど・・・。」

 

国を治める者。王国でいうところの、王や一部の貴族達と同程度の地位の人間か。ならば、話がしたいのなら直接来いとは言えない。面倒事に巻き込まれることを恐れて法国行きを渋っているのに、自ら波風を立てることになってしまう。

 

「・・・少し考える時間を頂けませんか?」

「もちろんです。では、また後日伺いましょう。」

 

隊長は一礼すると踵を返し、走り去っていった。恐らくは全力疾走で。蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)を警戒してのことだろう。

同じ状況なら俺もそうしたと思う。

 

「そう心配召されるな、彼の国へ赴く際には私も御一緒しましょう。」

「ペイちゃん、それじゃ逆に警戒されちゃうよ・・・。」

「ハハ! これはしたり!」

 

未知な部分が多い法国との接触を考えると気が重い。だが、この男の快活な笑い声を聞いていると、不思議と大丈夫な気がしてくる。先ほどの発言を聞く限りでは生前の記憶があるようだが、果たしてその正体は何なのか、非常に気になるところだ。

いや、それよりも。辺り一帯が霧に包まれているために時間の感覚が怪しいが、夜には蒼の薔薇の面々と会わなければならなかった。まずは蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)を人目に付かない場所に隠さなければ。カルネ村の上空で非実体化でもさせておくか?

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

「おいラキュース。一体どうしちまったんだ?」

 

そわそわと落ち着かない私に、ガガーランが呆れた声を出す。

蒼の薔薇が利用している宿の1階部分にある酒場。その定位置で、エンリがやってくるのを今か今かと待ちわびていた。宿の扉が開かれる度に高速で振り返る私を見兼ねたのだろう。

 

「余程あの小娘が気に入ったようだな。いっそこのチームに誘ったらどうだ?」

 

それはイビルアイも同様で、頬杖を突いたまま放った言葉は、どこか投げやりに聞こえる。

 

「私だってそうしたいわよ。」

「してえのかよ!」

「文句は無いでしょう?」

 

チームに引き入れたいという意向を率直に表したのが予想外だったのか、ガガーランが大声を上げる。それから飲んでいた酒を置いて腕を組み、考え込むように唸り声を上げた。

 

「考えてみりゃあ確かに。泣き虫は治す必要があるが、性格は良いし、ゼロを1人で殺った実力者だ。文句はねえな。」

「ラキュースの話通り支援魔法も使えるのなら、前衛も後衛もこなせる。本当に悪くないかもしれないな。」

 

ガガーランの考えに納得したイビルアイも、真面目な意見を口にする。最初に勧誘の話を出したのは彼女なのだが、そこまで深く考えての発言ではなかったようだ。

盟友(エンリ)を褒められると気持ちが良い。ドヤ顔が抑えられない。

 

「当然よ! まだチームを組んでいないのが不思議なくらいだわ。」

「何でお前がニヤけるんだよ・・・。」

 

やれやれと首を振ったガガーランは、ジョッキの中身を空にしてから店員におかわりを注文した。まるで水か果実水のようなペースで飲んでいるが、いつものことだ。

 

「じゃあ今からでも誘うか? 今回共闘した仲だ、互いの実力もある程度把握してるし、丁度良いタイミングだと思うぜ。」

「えっ・・・それはちょっと―――」

「ん? 何か不都合があるのか?」

 

言い淀んだ私に、イビルアイが首を傾げる。純粋な疑問の目。

これまでの会話の流れから、私がエンリの“蒼の薔薇”加入に賛成の立場なのは明白。にも関わらず勧誘に躊躇するのは不自然だ。何か勧誘できない事情があるのかと思ったのだろう。

 

「いえ・・・変に焦って関係が壊れたら―――」

「だっははははは!!」

「思春期の男児かお前は。」

「そ、そんなんじゃないわよ!」

 

親友を失うことを恐れて何がいけないのだ。やっと見つけた理解者なのだ。それでなくとも、彼女の噂を聞いた時からずっと、友達になりたいと思っていた。そんな相手に勧誘を拒絶されたら、そしてその後気まずい関係になってしまったら、立ち直れないだろう。そう声を大にして言いたいところだが、自らの趣味を露見してしまう可能性があるため、ぐっと我慢した。

 

「これからはラキュースのことも童貞って呼んだ方がいいか?」

「おいおい、無垢なる白雪(ヴァージン・スノー)の輝きが増してしまうぞ。」

 

普段はこういった会話に参加しないイビルアイまで、ガガーランと一緒になって茶化してきた。私は彼女達に“チームの仲間”としての顔しか見せてこなかった。だから“友人”という関係に苦悩する私が新鮮で、面白いのだろう。

2人の話を真剣に聞いていると精神がもたない。適当に相槌を打ってあしらった。

ガガーランがやっと冷やかしに飽き始めた頃、宿の扉が軋みを上げる。

 

「エンリさん!」

「よう、遅かったじゃねえか。泣き虫の嬢ちゃん。」

「ちょっとガガーラン、失礼でしょ。」

 

蒼の薔薇が互いに冗談を言い合えるのは、既に深い関係を築いているからだ。その程度で距離を置くことがないと分かっているからこそ、気軽に口にできる。

私達とエンリは確かに八本指を共に打倒した戦友だが、軽口を叩けるほど親密とは言えない。

 

「けどよぉ、ラキュース。変に知らねえフリしたら、それはそれで気まずいだろ? さっさと弄って水に流しちまったほうが楽だと俺は思うね。」

「む・・・一理あるわね。」

「気にしていないので大丈夫ですよ。ありがとうございます、ラキュースさん。」

 

エンリが照れくさそうな笑みを浮かべ、此方へ歩いてくる。気分を害した様子はなく、むしろ吹っ切れたように見える。私もガガーランの豪胆さを見習うべきなのか。

 

「そう? それならいいんだけど。」

 

言いながら、自然に自分の横の椅子を引く。他にも空いている席はあるが、エンリはひとつ礼を言ってそこに腰を下ろした。それから集まっている面々を眺め回すように目線を泳がせる。

 

「ティアとティナならいないぞ。」

「あ、そうなんですか。」

「警護の依頼に行ってんだ。あいつらの隠形はすげえからな。」

 

視線の意図に気付いたイビルアイが姉妹の不在を説明し、ガガーランが補足した。エンリがそれに納得したように頷く。

 

「なるほど。まだ残党が残っていないとも限りませんしね。」

「ああ。そういうことだ。」

 

エンリは、警護の対象がラナーとザナックであることに気付いたのだろう。そのことを察した2人も感心したように頷き、一瞬の沈黙が流れる。

切り出すならここだ。

 

「さて、本題なんだけど。」

 

私の言葉に、全員の表情が引き締まる。まるで部屋の空気が一変したようだ。この切り替えの速さは流石と言うべきだろう。

 

「エンリさん・・・蒼の薔薇に入らない?」

「え?」

「そっちからかよ!」

 

エンリが困惑し、イビルアイがテーブルに突っ伏し、ガガーランから鋭い突っ込みが入った。私もここで言うつもりは無かったのだが、ガガーランのような太い精神を見習ったのだ。

―――正直に言えば、誘いたいという思いが先行してしまったのだが。

 

「エンリさんはアダマンタイト級の実力を持ってるわ。今はどこのチームにも入っていなかったわよね?」

「うーん・・・私は自由奔放というか、1人での行動が多くて。だからチームを組んでいなかったんですよ。私ではお役に立てないかと―――」

 

あ、モモンだ。

直感的にそう思った。

 

「安心しろ。私達は個別に依頼を受けて行動することが多い。加入したからといって、縛りはしない。」

「現にティアとティナは別行動してるしな。まぁ難しく考えねえで、たまに一緒に依頼を受けるくらいの気持ちで入っちまえよ!」

「蒼の薔薇の一員という事実だけでも、色々融通が利いて便利だぞ。」

 

モモンの言葉を遮り、2人が捲し立てるように続けざまに攻める。今ほど彼女達の存在を頼もしく思ったことはない。

エンリはしばらく考え込んでいたが、ついに顔を上げた。返事を聞くのが少し怖くなって、心臓が大きく跳ねる。

 

「じゃあ、私なんかでよければ・・・。」

「なーにが“私なんか”だ。百人力じゃねえか!」

「よろしくな、エンリ。」

 

ガガーランが高らかに笑い、イビルアイが“小娘”ではなく“エンリ”と呼ぶ。

そして私は―――

 

「よろしくね!!」

 

嬉しさのあまり、思わずエンリを抱きしめた。

2人がニヤニヤとこちらを見ているが、一体何を期待しているのか。女同士なのだから、おかしな点などどこにもない。あの子(ティナ)と同じ趣味もない。何も動じることなく、自然な動きでエンリから離れた。

 

(ん?)

 

だが、エンリの様子は自然ではなかった。

顔が真っ赤に染まり、目線がせわしなく泳いでいる。

 

「よ、よよよろしくお願いします!」

 

勢いよく立ち上がって、あり得ない噛み方をしながら挨拶し、腰を90度に曲げた。

 

(んんん?)

 

数秒間その姿勢のまま固まっていたが、彼女が再び見せた顔からは赤みが綺麗に消え、いつも通りの笑顔が浮かんでいた。

―――あぁ、なるほど。ガガーランから褒めちぎられて恥ずかしかったのね。

 

「本当に良かったわ。早速エンリさんの歓迎会をしたいところだけど、その前に。」

「ようやく本題か。」

 

エンリを呼び出した本来の目的は、雑談をするためでも、チームに誘うためでもない。娼館から助け出した女性達と、エンリが墓地で救った1人の女性の今後を話し合うためだ。

 

「今、彼女達はどちらに?」

「全員この宿にいる。ここはたけぇからな、空き部屋は大量にあるんだ。」

「そうなんですね。その分のお金はいつか―――」

「いつか返す、とか言うなよ。」

 

イビルアイが言葉を先取りし、鋭い声を上げる。彼女にしては珍しく、その声には怒気が孕んでいるように聞こえた。

 

「自分のしでかした事の責任を負うのは結構なことだが、全てが自分の責任だと思い込むのはただの傲慢だ。」

「お、流石はイビルアイ先生。優しいねぇ。」

「―――黙れ。」

 

ガガーランの言葉で落ち着いたのか、頬杖をついてそっぽを向いた。

エンリはまだよく分かっていないようで、首を傾げている。

 

「彼女の言いたいことを要約するとね。あなたが気負う必要はないってことよ。」

「もっと言うなら、もう蒼の薔薇の仲間なんだから俺達を頼れってとこだな。」

「・・・ふん。」

 

これまで共に過ごしてきたから分かる。この「ふん」は気恥ずかしさを紛らわす時の「ふん」だ。

 

「まだ難しいかもしれないけど、いつでも頼っていいんだからね。」

「はい!」

 

エンリは朗らかな笑顔を浮かべた。

だが、何故かその笑みが驚愕に塗り替えられる。あり得ない物を見たような、大きな焦りを含んだ表情だ。一体どうしたのかと私が尋ねる間もなく、彼女はこの場から転移魔法で姿を消した。

何かとてつもない事態が起こったのだろう。そういう時こそ、頼って欲しいのに。

 




少し駆け足気味です。


以下捏造設定
・人間であるエンリと融合したことにより、パッシブスキルのオンオフが可能に
・作られたアンデッドの素が強いほど、色濃く元の人格・記憶が反映される

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