覇王の冒険   作:モモンガ玉

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覇王の森

「ただいま!」

「おかえり、エンリ。」

「お姉ちゃん!!」

 

勢いよく戸口を開けたエンリへと、赤毛の少女が飛び込んでくる。それは最早飛び込むというよりも突進の類だったが、モモンガの身体能力を駆使して完全に勢いを殺した。

狭い玄関でネムを抱えたまま器用に回り、そっと立たせる。

 

「ネム、元気にしてた?」

「うん! お姉ちゃんみたいになれるように優しくしてたよ!」

「え?」

 

エンリは首を傾げる。

以前に村に帰ってきたのは近衛兵団について事前に知らせに来た時だ。

村長に野盗襲撃の経緯を話し、どうか受け入れてくれないかとお願いした。最初は断られると思っていたのだが「エンリが信頼しているのなら」と快く引き受けてくれた。それからハムスケとリザードマンに訓練相手になってくれるよう頼んだのだ。自分の訓練にもなるということで彼らも快諾してくれた。

 

だからエンリが妹に見せたのは圧倒的な力だけ。

ならばネムの言葉は“私も強くなりたい”としか捉えられないのだが、優しくしていたというのはどういう意味だろうか。

その疑問には父が答えてくれた。

 

「兵団の方々が良くエンリの話を聞かせてくれるんだよ。何でもエ・ランテルでは多くの功績を残して、沢山の人々を救ったというじゃないか。今やエンリは時の人だと聞いているぞ。」

「あ、あはは・・・うん、頑張ってるよ。」

「そう照れないでいいのよ。エンリが良い子に育ってくれて嬉しいわ。」

 

両親が褒めちぎってくるが、ただ苦笑いを返すことしかできなかった。

どうやら近衛兵団は村人へと流す話を選んでくれているらしい。家族の反応を見る限り“血塗れ”やら“返り血”といった恐ろしい異名は知らないようだ。

そのことに深く安堵しつつ、懐から無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)を取り出した。

 

「エンリ、それは?」

 

突然取り出したそれに、父が興味を示す。

 

「物がたくさん入るマジックアイテム。これにお土産を入れてきたの。」

「おお、それは楽しみだ。」

 

家族が注目している中、焦らすことなくお土産を取り出しテーブルに並べた。モモンガプロデュースの革ジャン、デニムシャツ、フリフリのワンピースだ。袋には他にも高価な食材やアクセサリー類などが入っている。これらは服のサイズが分からなかった村人達への物だ。

 

「どう? みんなに似合うと思うんだけど。」

 

そう言って革ジャンを父へ、デニムシャツを母へ、ワンピースをネムへと手渡した。

皆一様に手触りや頑丈さを確認し、自分に合わせてみている。

 

「これは・・・いい手触りだ。高かったんじゃないのか?」

「かわいー!」

「私はこれ? ちょっとワイルド過ぎないかしら。」

「俺はお前にピッタリだと思うぞ。」

 

各人思い思いの反応をする。ネムは服を掲げて室内を走り回っていた。

家族が喜んでいる様子を見て、エンリの口元も綻ぶ。

 

「お金は気にしないで。冒険者のお仕事でいっぱい稼いでるから。」

「あら、一家の大黒柱がエンリに変わっちゃったわね。」

「ははは、俺も負けてられんな。」

 

ひとしきり笑いあうと、父が笑顔のままで口を開いた。

 

「ところでエンリ。今回は長く居られそうなのか?」

「うーん、どうだろう? 今日はまた大森林に入るつもりだけど。」

「てことはマツィタケ狩りに行くの!?」

 

母の言葉に、父の目も輝く。

 

「ああ、あれは良い物だったな! また食べたいものだ。ネムも欲しいだろ?」

「うん! おいしかった!」

 

一斉に期待の眼差しを向けられるが、エンリは首を横に振った。

 

「ううん、今回はまだ行ったことの無い場所に行くの。前のマツィタケは東側で採れた物だから。でも見つけたら持って帰るね。」

「そうか・・・。」

 

少し残念そうな顔をする3人だが、エンリにもそれは理解できる。あまりのおいしさに感動して人目も憚らず涙を流してしまった程なのだ。

村人達はあの味を忘れられず、近衛兵団に護衛を頼んで採集に行こうとしたこともあった。わざわざ危険を冒させる訳にはいかないということで丁重に断られたが。

 

「じゃあ、そろそろ行くね。」

「もう? まだ早いんじゃないのか、もっとゆっくりして行けばいいじゃないか。」

「日が暮れるまでにはまた戻るから大丈夫。」

 

心配そうに見つめていた父だが、その言葉を聞いて安心したようだった。

 

「夕飯を作って待ってるわね。」

「うん。行って来ます!」

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

(喜んでもらえてよかったです。モモンガさんの選んだ服、意外と好評でしたね。)

(実は結構自信があったんだよね。)

 

村を出たエンリはすぐに森へと入り、ハムスケの縄張りを通って大森林西部へと向かっていた。前回の探索では森の南と東を回ったので、残るは西と北だ。冒険者の仕事があるので大森林へ立ち寄ることができる機会はあまりないが、モモンガにとって最も手近に存在する未知なので、暇を見つけてゆっくりと制覇するつもりでいた。

エンリの話によると、大森林の西部には“西の魔蛇”と呼ばれる魔獣が棲息しているらしい。同じく森の一部を支配していたグやハムスケの力量を見る限りは大丈夫そうだが、一応警戒しておく必要があるだろう。

 

「やっぱりここは何度来てもいいなぁ。」

 

モモンガが声に出し、森の空気を肺へ取り込む。鼻をくすぐる森の香りを十分に堪能してから大きく息を吐いた。

以前エ・ランテル近郊の森にも入ったのだが、やはり都市が近くに存在することである程度整備されていた。馬車が通れる程度に道が切り開かれ、中腹には山小屋のような物も見受けられた。

それに比べてトブの大森林はまさしく“自然”である。人が侵入するには危険すぎる場所なので、一切手が加えられていないのだ。人工的な建造物はおろかまともな道すらない。時折獣道と思しき物が散見される程度だ。

 

「それがしの支配地を気に入っていただけて嬉しいでござるよ!」

「うん、モンスターも少ないし最高だね。」

 

ハムスケが得意げに鼻を鳴らした。

今モモンガはハムスケの上に乗って移動している。エンリは最初こそハムスケに怯えていたが、自分に懐いている様子を見てペットに対するような愛着が芽生えていた。今では仲のいい友達のように接することができる。

 

(この辺りには無いなぁ・・・。)

(うん? 何がだい?)

 

エンリが脳内で漏らした声に反応する。落胆のような感情も感じた。

 

(いえ、なんだかよく分からないんですけど、周囲に生えている山菜がなんとなく分かるんです。それでマツィタケが無いか探してたんですけど――)

「なんだって!?」

(えっ!?)

 

唐突な大声に、ハムスケの体が大きく跳ねる。不安そうに此方を見上げるハムスケを安心させるように撫でながら、頭を回転させた。

――エンリは俺のスキルであるアンデッド感知の感覚を感じ取ることができた。これは彼女も俺の能力を引き出せると考えていいと思う。ならばエンリが得たスキルを俺が使うこともできるんじゃないか。

 

モモンガは胸の奥へと意識を集中させる。そこには確かにアンデッド感知に似た感覚があった。しかしそれは朧気な物ではなく、どの方向に何が生えているか、情報として頭の中に入ってきたのだ。

 

(これは・・・すごい、すごいぞエンリ! 多分マツィタケを採集しているうちにレベルが上がったんだ!)

(そ、そんなにですか? かなり地味な気がするんですけど。ていうかレベルってなんですか?)

 

恐らく大量のマツィタケを採集した経験値で職業(クラス)レベルが上がったか、新たな職業を獲得したのだろう。それにより周囲に生えている植物を感知するスキルを得たのだ。これまでのアンデッド騒ぎ等でも経験値が入っていそうだが、エンリに新たな能力が芽生えたのはこれが初めてだ。理由はある程度予想がつく。

戦闘と採集の大きな違い。それはエンリが能動的に起こしている行動かどうかだ。つまり、どちらの意思で体を動かしているか、そこに経験値の行方についての鍵があるはずだ。もしエンリが自分の意思で体を動かして戦闘、或いは訓練を行えば、本物の武技を使えるようになる可能性もある。

 

(いや、待てよ・・・?)

 

野盗の塒を襲撃した時、彼らを殴ったのはモモンガの意思ではない。あの攻撃により標的を倒すには至っていないが、戦闘による経験値が入っているかもしれない。

この世界のレベルアップシステムを知らない現状ではまだ判断できず、検証する必要がありそうだった。

 

「この辺りから森の西側に入るでござる。」

 

ハムスケの声に思考を遮られるが、既にやるべき事は考えた。後はエンリにお願いするだけだ。モモンガは鎧を創造してから懇願した。

 

(エンリ、君に頼みたいことがあるんだ。)

(嫌な予感しかしないんですけど・・・。)

 

エンリは山菜の位置を感じる能力も、モモンガの力のひとつだと思っていた。しかしそれを聞いて思考に没頭していた様子を見ると、どうやらそうではないらしい。このタイミングでの頼み事となると、やはり実験の類なのだろう。

 

(もちろん断ってくれてもいいよ。でもこれは今後に大きく関わってくるかもしれないんだ。)

(まあ、私にできそうなことなら・・・。)

 

真摯に頼むモモンガを見ると、これから行うことが重大な意味を持っているということが容易に理解できる。出来得る範囲でではあるが協力したほうがいいだろうと思った。

 

(この森で出会うゴブリンとオーガを全てエンリが、素手で倒して欲しい。)

(す、素手ですか!?)

(大丈夫、俺がオーガを片手で倒すのを見て来ただろう? 同じことをエンリがするだけだよ。)

 

確かにモモンガの言う通りだ。

彼の膂力に加えて大抵の攻撃を無効化する能力もあるため、危険は全く無いと言っていいだろう。素手で戦いを挑むのは少し怖かったが、村を襲った騎士を殴りつけた時と比べると、その恐怖心は極小さな物だ。

だからエンリが示したのは、拒絶の意ではなく疑問だった。

 

(それは分かりましたけど、どうしてそんなことを?)

(えっと・・・簡単に言うと、エンリ自身が強くなれる可能性があるからだね。俺の力の成長はもう限界まで来てるんだけど、エンリは違う。だからこの実験が成功すれば他の便利な能力や武技が使えるようになるかもしれないんだ。今回の山菜感知みたいにね。)

(なるほど、それは確かに大事ですね。)

 

エンリが成長することによって新たな能力を得ることができれば、自身の安全にも繋がる。今回に限っては非常に魅力的な実験だった。

 

「姫、敵でござる。」

「丁度いいところに来てくれたね。ハムスケはそこで見てて。」

 

モモンガがハムスケから飛び降り、エンリに体を委ねる。

 

(もしものことがあれば俺がどうにかするから、心配しないで。)

(はい、やってみます。)

 

言っている間にも4体のゴブリンと1体のオーガが近付いてくる。

エンリは取り敢えずとばかりに先頭のゴブリンを蹴り上げる。不格好に放たれたそれは地面を削り、盛大に土煙を巻き上げた。弾け飛んだ石が後ろにいたゴブリンの額に直撃し、弾け飛ぶ。敵の群れはその圧倒的な力に驚き踵を返そうとするが、駆け出した勢いを消すことができないでいる。

 

(うーん、蹴りは微妙だね。じゃあ次は殴って見て。)

(は、はい。)

 

一瞬で2体のゴブリンが凄惨な状態になってしまったことに驚きながらも、身長の低いゴブリンを殴ろうと構える。そのとき、エンリの脳裏に電撃のような信号が走った。

――低い位置を、殴る。

頭に思い浮かんだ光景をなぞるように態勢を変えた。

両足の間隔を空け、右足を軸として弧を描くように左足を後ろに下げると、流れるような動作で深く腰を下げる。半身の姿勢のまま上体を前傾させ、肩の高さまで左手の拳を引き付けた。

 

(こ、これはッ!!)

 

モモンガの驚きを置き去りにするように、高速の一撃が放たれる。地を擦るような低い位置から、目に追えない拳撃がゴブリンを襲った。

その場にゴブリンの体が転がり、遥かに遅れてその頭部が嫌な音を立てて着地した。漸く方向転換に成功したオーガ達が一目散に逃げ出すが、エンリはあまりの事態に動けなかった。

 

(な、なんですか、これ・・・。)

 

未だに拳を振り抜いたまま固まっている。アキレス腱伸ばしのような姿勢で拳を掲げる姿は傍から見れば異様だが、2人にそれを気にしている余裕は無かった。

 

(俺にもよく分からないけど、多分武技か攻撃スキルだよ! 戦い方を教えてくれる能力っていう線もあるけど、とにかくエンリにも戦闘能力があるんだ!)

「お見事でござる、姫! 格好よかったでござるよ!」

 

1人と1匹は興奮しているが、エンリの心は困惑で埋め尽くされていた。

 

(感覚的には3つ目が一番近いと思います。頭の中に映像が流れてきて、それを真似したんです。)

(なるほど。蹴りでは発動しなかったところを見ると、何らかの条件があるか、拳による殴打にしか適用されないか・・・。)

 

これがユグドラシルにも存在した物であればすぐに理解できるのだが、エンリはこの世界の人間だ。モモンガにとって未知の技術である武技の可能性が最も高い。その場合はゼロから検証していかなければならないだろう。師匠が欲しいところだ。

 

(あ、あの。こんな力いつの間に身に付いたんですか?)

(まだ実験しきれてないから推測だけど、素手による戦闘に限定される能力だとすれば、間違いなく野盗を殴った時だろうね。名付けるなら、そう―――“エンリ拳”辺りか!)

(それは嫌です。)

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

その後2人と1匹は大森林東部に棲息するモンスターを狩り回った。結果として分かったことは、モモンガの推測が概ね正しかったことだ。

エンリが会得したのは、戦闘中に拳を用いた攻撃をしようとした場合、最適な姿勢を瞬時に教えてくれる能力。モモンガの知識に無い能力だったため、この世界特有のスキルか武技だと思われる。暫定的に武技と呼ぶことにした。この武技はモモンガにも使用することができた。アンデッド感知能力の件から考えて、互いの能力はその存在を認知するまでは気付けないのかもしれない。

グレートソードを装備しての戦闘もしてみたのだが、剣を用いた戦闘能力は芽生えていなかった。やはり能動的な行動が鍵になっているらしい。

 

それから残念なことに、エンリとモモンガのステータスは合算されない可能性が高かった。かなりの数のモンスターを狩ったのだが、能力値が上昇したような実感が湧かないのだ。あくまでユグドラシルでの話だが、たった1レベルの差でも馬鹿にできない変化がある。

PvPをかなりの回数こなしてきたモモンガにはその違いがよく理解できるはずだが、最後までレベルアップしたような感覚は無かった。

考えられるのは“モモンガがエンリのステータスを上書きしている”ということだろうか。

 

だとしても、エンリが既に100レベルに到達しているモモンガと一体化しても尚成長できるということが確認できたのは非常に大きかった。ステータスが変わらずとも新たなスキルや武技を獲得することができるのだ。モモンガは新しい職業が実装された時のような高揚感を覚えた。

エンリとしても戦闘面の全てをモモンガに頼りきっていたため、少しでも力になることができるのは嬉しいことだった。率先して戦おうとは思わないが。

 

 

「東、南と来て次は西という訳かのう?」

 

十分な検証を終えて満足しているところに、何もない空間から声がかけられた。モモンガは声のした方を向き、透明化で姿を隠しているモンスターと()()()()()()()

 

「なっ、見えておるのか!?」

「まあ待ってくださいよ。」

 

途端に逃亡を図ろうとしたナーガの腕を掴む。当然振りほどこうと抵抗してきたが、自身の攻撃が全く通じていないのを見て遂に静かになった。

 

「何故殺さん。儂も賢王と同じように配下にするつもりか?」

「勘違いしないで欲しいのですが、ハムスケは自らの意思で私に従っているだけです。強制してはいませんよ。」

 

その言葉にナーガの視線がハムスケに動く。視線の意味を感じ取ったハムスケは大きく頷き、肯定した。

 

「いかにも。それがしは姫を仕えるべき主人と定めたでござる。」

「お主ほどの魔獣が、か・・・。では何の用があって儂の縄張りに侵入したのじゃ。」

 

モモンガはどう返答したものかと悩んだ。

本来の目的は森の探索だ。しかし道すがらエンリが新たな能力を得ていることが発覚し、様々な検証をすることが主目的に変わっていた。

このナーガが透明化を看破された程度で逃亡を選んだことから考えると、その時の様子をどこからか見ていたのだろう。ひたすらモンスターを倒して回る様はただの暴力装置にしか見えない。対話が可能な相手かどうかを確かめるために透明化して近付いてきたのだと推察できる。

 

「まず先に謝らせてください。あなたの縄張りを荒らしてしまい申し訳ありません。」

「それは気にせんでもいいわい。グの奴が姿を消してからは警戒して部下を巣に籠らせておったからの。」

「それは良かった。」

 

初めに対話を選んだだけあって理知的なモンスターらしい。今危害を加えるつもりが無いことを態度で示したため逃げられることは無いだろうと、握っていた腕を離した。

 

「今回は急な目的ができてモンスターを討伐していたのですが、それは既に達成しました。私が森に踏み入ったのは探索がしたかったからです。」

「探索? そのためにトブの大森林に入るとは珍しい人間じゃな。それほどの力があれば容易いことか。」

 

ナーガに此方を疑っている様子は無かった。無駄に疑って怒りを買えば勝ち目が無いことを理解しているのだろう。得体の知れない人間と森の賢王がつるんでいるのだから。

 

「私はあなたに危害を加えるつもりはありませんし、できれば友好的な関係を結びたいと考えています。良ければ名前を教えて頂けませんか? 私はエンリ・エモットです。」

「リュラリュース・スペニア・アイ・インダルンじゃ。亜人種と友好的に接したいとは本当に珍しい人間じゃの。」

「ふふ、良く言われます。あなたのような聡明な相手だと誤解も無く済むのですがね。」

「・・・グが消えたのはそういうことか。全く愚かな奴じゃ。」

 

どうせこの人間を餌だなんだと喚いて機嫌を損ねたのだろう、と頭の中で正解に辿り着いた。

モモンガは先ほどから気になっていることを質問する。

 

「東にいたトロールと面識があるようですね。支配者同士が会うのは普通なのですか?」

「いや、ほとんど無い。儂が奴に会いに行ったのは枯れた森の調査を共同で行おうとしたからじゃ。賢王は縄張りに入った者は問答無用で殺すからの、グよりタチが悪いわい。」

「縄張りを守護するのは当然のことでござる。」

 

ハムスケがいつもの得意げな表情をするが、モモンガは未知を感じさせるワードに食いついた。

 

「枯れた森?」

「そうじゃ。この森の奥に広がる大地で、草の1本に至るまで枯れておる。そこへ入って生きて帰った者はおらん。その死んだ土地が徐々に広がってきておるのじゃ。」

「なるほどなるほど・・・。」

 

モモンガは深く、何度も頷く。

 

(広がってるって・・・カルネ村まで広がると思いますか?)

(今の時点では何も言えないね。原因究明のためにも1度行ってみるべきだと思うけど、どうする?)

(棲家を失ったモンスターが出てくるかもしれませんし、行きましょう。)

(よし、善は急げだ。)

 

モモンガの力を信頼しているだけでなく、多少の戦闘経験を積んで自信が付いてきたエンリは迷うことなく賛成した。

 

「リュラリュースさん、私をそこへ案内してもらえますか?」

「なに? お主とて危険じゃぞ。」

「元はグと共に行くつもりだったのでしょう? 私と共に行った方が生存率は高いと思いますよ。」

「それもそうじゃな・・・分かった、案内しよう。」

 

こうして一行は枯れた森へと赴くことになった。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

「ここじゃ。」

 

リュラリュースに連れられて森を小一時間ほど歩き、目的地へと到着した。

そこは彼の言葉通り草木が1本たりとも生えていない死んだ土地だった。森との境は線を引いたかのようにはっきりしており、人工的とも思えるような枯れ方だ。浅黒く変色した土からは生気の欠片も感じられなかった。

 

「原因といえば・・・あれしか考えられませんけど。」

「じゃろうな。」

 

エンリが指さした先を見もせずに答える。

そこには高さ100メートルを超えようかというほどの巨木が聳え立っていた。死んだ土地の中心部に、1本だけ。

 

「取り敢えず行ってみましょうか。」

 

リュラリュースは息を呑み、拳を握りしめている。この地に侵入した者が帰ってこなかったというのも、あの巨木が関係していると考えるのは自然なことだ。それでなくともあの大きさだ。畏怖を感じるのも無理はない。

しかし見てみないことには何も始まらない。

 

「本当に行くのか? あれがただの木であることなどまずないじゃろう。生還できる可能性は限りなく――」

「姫が出来なかったことを他の誰かが達成することなど不可能。失敗すれば待つのは死あるのみでござるよ。」

「確かにこの一帯でお主に敵う者などおらんじゃろうな・・・。」

 

もどかしいとばかりに言葉を被せるハムスケだが、それを不快に思った様子は無かった。リュラリュースは遂に覚悟を決めた。

 

「念のためすぐに全員が脱出できるようにはしておきますから、安心してください。」

「全く、本当に得体の知れん小娘じゃ。」

 

どうやってか鎧を掻き消したエンリを見てため息をつくと、皆同時に踏み出した。

その巨大な樹木は距離が縮まる毎に大きさを増して行くように感じる。時折風に揺られ、枝葉の隙間から鳥が飛び立つ。これが普通に森の中に生えていたのなら、ただの巨木にしか見えないだろう。

そして何事も無く木の根元まで到達した。あまりに巨大なそれは、見上げても視界に収め切ることができない。

モモンガは座り込み、木に背中を預けるとひとつの水差しを取り出した。3つのグラスを並べ、それぞれに水を注いで行く。

 

「・・・何をしておる?」

 

あまりに唐突で、場にそぐわなすぎる行動に思考が固まった。

モモンガはただにこやかに笑う。

 

「大きな栗の木の下では仲良くするのが定説らしいですよ。さ、どうぞ。」

「姫、これは栗の木ではないと思うでござる。」

「少しは緊張感という物を・・・ん、この水美味じゃのう。」

 

リュラリュースのグラスへおかわりを注ぎながらこれからのことを話した。

 

「状況的に見てこの巨木が周辺の土から栄養を吸い取っているのでしょうね。となると伐採すれば解決しそうですけど、勿体ないので少しだけ堪能しましょう。」

「風流でござるなぁ。」

「ふむ、たまにはこういう娯楽もよいか。」

 

リュラリュースが納得したのを見て、アイテムボックスから食料を取り出した。食事や睡眠が不要となるマジックアイテムはあるのだが、それでは味気ないので普段は着けていないのだ。モモンガの場合は食事を携帯してもかさばらないため、不便は無かった。

 

こうして穏やかな談笑を始めた。普段は何をしているのか、娯楽は何なのか、主食は、塒は等々。

モモンガの質問攻めが終われば今度はリュラリュースの知識欲を満たす番となり、ハムスケも交えてこれまでの冒険を聞かせた。リザードマンとも交流を持っていることを聞かせた時は嬉しそうに笑った。この時初めて心からエンリのことを信用したのだろう。

 

 

一行はいつまでも雑談をやめず、幾度も水を注ぎなおし、喉を湿らせる度に饒舌になっていった。時間を忘れ長い時間語らっていた彼らだが、遂にそれを遮る者が現れる。

 

「おや? もしやエンリ・エモット殿では?」

 

声のした方へ振り向くと、みすぼらしい槍を持ち、地に付くような長い黒髪をした男が立っていた。その周囲で十余名の武装した男女が油断なく此方を見つめている。

無論接近には気付いていたため、攻撃を仕掛けてくればすぐに反撃できるよう準備していたが、この世界ではかなり上位に位置するだろう武具を全員が装備している様にひとつ心当たりがある。攻撃してくる様子も無いため、会話に応じることにした。

 

「ええ、そうです。あなた方はスレイン法国の特殊部隊、で合っていますか?」

「流石ですね、武装を見ただけで言い当てるとは。」

「この規模でそれほどの装備を整えるとなると、それしか考えられませんから。」

 

隊長らしき青年は肩を竦め、訝し気な表情で問いかけた。

 

「お三方はここで一体何を?」

「ピクニック、ですかね。」

 

ざわり、と場が揺らぐ。

何かおかしなことを言っただろうかとモモンガは首を傾げた。

 

「まさかこの木がどういった存在なのか知らない訳ではないでしょう?」

「勿論知っていますよ。ですから大森林の探索ついでに伐採しようかと思いまして。」

「なっ!」

 

青年―――隊長は遂に声を上げた。

巨木の根元に人影を確認したときは“命知らずが度胸試しに来たのだろう”と考えていた。

しかし近付いてよくよく見てみると3つの人影の内2つは人ですら無かった。その偉容と滲み出る威圧感から、森の賢王と西の魔蛇だろうというのが部隊内での共通認識だった。

だがそうなると森の支配者2体と楽し気に談笑している人物は一体何者なのか。遂にその人物がエンリ・エモットであることを認識した時、隊長が感じたのは“納得”だ。陽光聖典を単独で退けるほどの実力者なのだから、強大な魔獣を前にして平然としていても不思議はない。

しかし彼女は、巨木が破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)と目されている存在だと知りながらもその膝元でピクニックを楽しみ、()()()()()()するとまで言い放った。

この女性はどれだけの力を内包しているのか・・・神官長達の言うように、神人である可能性は非常に高いだろう。何としても敵対は避けなければならない。

 

「それで、皆さんはどうしてここへ?」

 

自分と同格であるかもしれない相手の声で我に返る。向けられている視線は猜疑的な物だ。関係性を崩す訳にはいかないため、誤解されてはならない。

 

「我々もこの木の対処に来たのです。」

「私の代わりに伐採して頂けるのですか?」

「はい、そのために来ました。」

 

それを聞いた少女が笑みを浮かべる。

 

「それは助かります。これで解決ですね、リュラリュースさん。」

「うむ、手間が省けたわい。この者達は強い、もしものことがあっても危険は無かろうて。」

「では探索の続きでござるな!」

 

そう言って去って行く一行を眺めて安堵の息をつくが、それで終わりでは無かった。

 

「そうだ、言い忘れていたことがありました。もう聞き及んでいるとは思いますが、もしもカルネ村に被害が出れば、私は不本意な形で貴国へ赴くことになります。どうかお忘れなきよう。」

「え、ええ、承知しています。」

 

少女はにこりと笑い、一礼してから今度こそ去って行った。

 

「・・・計画の変更が必要だな。」

「上も納得するでしょう。破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を迂回させて王国に向かわせれば済む話ですが、村に危害が加わらないと思うはずがありません。ケイ・セケ・コゥクの存在を教える訳にもいきませんし。」

「ああ。恐らくあの少女は俺と同格レベル。破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を倒されたあげく法国へ敵対されれば、被害は甚大な物になる。」

「厄介ですね・・・あの魔獣達との接し方を見ると、最早トブの大森林も彼女の支配下にあるということなのでしょうか?」

「だろうな。」

 

ひとつため息をついた隊員達は、世界を滅ぼす魔樹を討伐するための行動を開始した。

 

 

 

――その様子は、モモンガにより全て見られていた。

 

(やはりあれはただの槍じゃ無いな。それにあのチャイナドレス・・・精神支配系なのは確実だけど、指示を何でも聞くようになるのか、自害を強制するだけなのか・・・。前者だと王国を滅ぼすために使おうとしたのかな。釘を刺しておいて良かった。)

(あの木自体がモンスターだったなんてビックリしましたよ。あの人達とは戦いたくないですね・・・。)

(うん。法国に対してはどれだけ警戒しても損は無さそうだ。)

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

「はぁ、どうして私がこのようなことを・・・。」

 

1人の女性がぼやく。今は単独での任務を遂行中であるためよろしくない行為なのだが、その声は見張りの兵には届かなかった。

 

「手早く済ませて帰るとしましょう。」

 

夜闇に紛れ、塀を飛び越える。身に着けた漆黒の鎧の重さなど感じさせない軽やかな跳躍だった。何らかのマジックアイテムを使用しているのか、着地の音も、鎧同士がぶつかる金属音すらもしない。

難なく王都リ・エスティーゼへの侵入に成功した。

 


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