覇王の冒険   作:モモンガ玉

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覇王の計略

(へぇ、これは興味深いな。)

(何がです?)

 

モモンガは草の1本すら見えない荒れ果てた地を歩いていた。

太陽は高く昇っているが、森の中のように薄暗い。無論日の光を遮るような建物などあるはずもなく、その原因は数十メートル先を見通すことさえ困難な濃い霧だ。

ここ、カッツェ平野では当たり前の光景だった。

王国、帝国、法国、竜王国の境に存在するこの平野はアンデッドの多発地域として広く知られており、用も無く立ち寄る者はいない。来るのは定期的にアンデッドを間引きに来る冒険者か、腕試しに来たチンピラくらいの物である。

 

(俺はある能力を持ってるんだけど・・・そうだ、エンリも何か感じないかい?)

 

エンリは集中するように目を閉じ、顔を少し下げる。

 

(うーん、確かにモヤモヤした落ち着かない感じがします。共同墓地のときと似たような感じかな?)

(おぉ、それだよ。アンデッドを感知する能力なんだ。)

 

モモンガの能力による感覚をエンリも感じることは予想できていたのだが、その結果に満足して笑みを浮かべる。しかしそれは半分引き攣っていた。

 

(あの・・・何か取り囲まれてるっていうか、包み込まれてませんか?)

 

エンリの言うように、全ての方向からアンデッド反応があった。前後は勿論のこと、右も左も上下からもだ。

見る限りそれらしき姿は無いのだが、先も見通せぬ霧の中では不安ばかりが募った。

 

(そうなんだよね。これは多分霧が反応してるんだ。アンデッドの反応がある霧なんて面白くないかい?)

(不気味なだけなんですけど。)

 

モモンガは興味をひかれたようだが、エンリはとてもそんな気分にはなれなかった。

彼にとってはその辺のアンデッドなど腕の一振りで済む相手だろうが、一般の冒険者ではそうはいかない。濃い霧に遮られた視界の中で、突然近くにアンデッドが現れるのだ。感知まで阻害されているとなっては奇襲され放題な状況である。

もし自分がモモンガの力を持っていなかったら?

そんなことを想像したエンリは身震いし、落ち着きなく周囲を見回した。

 

「なに道草食ってやがる。ビビってんのか?」

「あ、ごめんなさい。」

 

今ここにいるのは2人だけではない。エ・ランテルのミスリル級冒険者、クラルグラとの共同依頼でアンデッド討伐に来ているのだ。

 

(なんで謝るんだ。無視しておけばいいだろう?)

(お願いだから顔には出さないでくださいね。)

 

モモンガがこの調子であるため、彼らとの会話は全てエンリが担当していた。

彼女としても常に高圧的なイグヴァルジの態度は好ましくないのだが、これ以上の悪名を広めたくはないのだ。同じミスリル級同士で喧嘩したとあってはまた妙な噂が尾ひれを付けて一人歩きしかねない。

変装をすることで気兼ねなく街を歩けるようにはなったが、いつかは正体を隠すことなくそれができるようになりたかった。

そんなエンリにとってこの状況は非常に不味い。主にモモンガの機嫌が危ういところまで降下しているのだ。今にも口論に発展しそうな雰囲気に、内心で冷や汗を流していた。

 

では何故このような面倒な事態になったかというと、話は数日前に遡る。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

「わざわざ呼び立ててしまってすまないね。」

「いえいえ、それでご用件とは?」

 

組合がエンリを探しているという話を漆黒の剣から聞いたモモンガは、真っ直ぐに冒険者組合へと向かった。両手に抱える大荷物を受付へ預け、案内された部屋に入る。そこに待っていたのは組合長であるプルトン・アインザックだった。

 

「実は君に依頼をしたくてね。指名依頼というものだ。」

「組合から直々にとは一体どのような内容なのですか?」

「それなんだが、今回は別の冒険者チームと共同で依頼を受けてほしいのだ。」

 

モモンガは目を瞠る。冒険者組合長である彼はエンリ(モモンガ)の実力を知っているはずだ。本気の姿を人前に晒したことは無いとはいえ、並外れた実績を見せつけた。大抵の仕事はエンリ1人に任せても問題無いと判断するはずだ。

そんな相手に集団での行動を求めたこと、組合からの直接の依頼であることから、並々ならぬ事態であると考えるのは当然のことだった。

 

「それほどの相手ということですか?」

 

自然と目に力が籠る。モモンガですら油断できないモンスターが出現したとすれば足手纏いを連れて行く訳にはいかない。場合によっては即座に逃走を選ぶ可能性すらある。

これまでは大した敵と出くわすことなく生活してきたが、油断は容易に破滅を齎すのだ。

 

「いや、明確な討伐対象は定めていないのだが・・・」

 

言い淀む組合長に小首を傾げる。何にせよ強大な敵が現れた訳ではないらしい。そのことにエンリとモモンガは安堵した。

 

「その、一気にミスリルまで上がった君に良い感情を持たない冒険者も多くてな。」

「あー・・・。」

 

しかし、それを聞いて先の展開を把握できたモモンガは何とも言えない声をだす。エンリは良く分かっていないようだが、続くアインザックの言葉に暗澹たる気持ちを抱いた。

 

「理解が早くて助かるよ。今回の依頼は君の実力を示すこと。ひねくれ者達が納得するだけの力を見せつけることだ。」

(そんな・・・。)

 

エンリの思いも仕方のないことだろう。アインザックはただでさえ噂の絶えない現状に、更なる火種を撒けと言っているのだ。直前まで街をぶらつき、気兼ねなく買い物に勤しむ楽しさを感じたばかりのエンリには辛すぎる宣告だった。

 

「君にこんなことを頼むのは心苦しいのだが、どうか理解して欲しい。彼らをそのままにしておけば君の身に危険が及ぶばかりか治安の悪化も懸念される。なまじ力を持っているだけに組合に叛意を向けられると少々厄介なのだ。引き受けてはくれないだろうか?」

「・・・同行する冒険者についてお聞きしても?」

 

そんな物は聞かなくても分かっていた。間違いなくあの時に煽ったミスリル級冒険者達だろう。名声を得ることで素早くランクを上げようと勇猛さをアピールしたのだが、完全に失敗だった。策戦は悪くなかったが、選んだ相手が悪かった。

いや、と思い直す。あの時の男は銅級(カッパー)を馬鹿にしているような口ぶりだった。もし彼があの場に居合わせなかったとしても、すんなりとランクを上げたエンリに敵意を持ったに違いない。

 

「ミスリル級冒険者のクラルグラというチームだ。名前くらい聞いたことがあるだろう?」

「ええ、見たこともありますよ。」

 

予想が的中してこれ程に落胆することもそう無いだろう。モモンガは遂に頭を抱えた。

 

「その依頼内容なら行先はどこでも構いませんよね。」

「もちろんいいとも。ただあまり危険な場所は避けてくれ。彼らも一応エ・ランテルでは最高位の冒険者チームだからね、失いたくはない。」

 

とても依頼を断れるような雰囲気ではない。モモンガにできるのは未知の探求を兼ねることで気を紛らわせることくらいだった。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

モモンガ達と時を同じくして、カッツェ平野を歩く4人の男女がいた。

 

「今日はなんだか少ないわね。」

「ああ、このままじゃ元が取れないな。」

 

帝国騎士すら恐れる霧の中を慣れた様子で進む。

彼らは“フォーサイト”。帝国の首都を拠点として活動しているワーカーチームだ。その実力はミスリル級ともオリハルコン級とも言われる知る人ぞ知る有名人達である。

 

ワーカーとは組合を介さない冒険者のような物で、積まれた金額によっては汚いことに手を染めることもある。言うなれば裏社会の冒険者だ。

その性質から危険な依頼が回ってくることが多く、罠に嵌められることも少なくない。冒険者ならば、事前に組合が情報を集めて裏が無いことを確認した依頼を受けるのだが、ワーカーにそのような組織はない。自らの足を使って安全を確保しなければならないのだ。

しかしその分依頼料は高くつくため、実入りは悪くなかった。

 

「今日は少し奥まで行ってみるか?」

「いつものルートを通る準備しかしていませんし、危険なのでは?」

 

リーダーであるヘッケランの言葉に、ロバーデイクが難色を示した。

彼らはワーカーとしては珍しく仲間を尊重し合っているチームだ。偶然に集まったような4人だが、今では仲間のためならば死ぬことも厭わないと思うほどに絆を深めていた。

先の行動を決めるときも強引なことをせず、互いの意見を出し合い吟味するのがフォーサイトのやり方だ。

 

「今日はいいんじゃない? もう誰かが掃除した後みたいだし、ほんとに赤字になっちゃうわよ。」

「――私はどちらでも構わない。」

「よっし、決まりだな。」

 

票を入れなかったアルシェを除いて2対1。今回はロバーデイクが折れることとなった。自分達の実力ならば大抵のアンデッドは容易く倒せると思っている彼らは、それ以上問答を繰り返すことは無かった。

それは決して自惚れなどではない。事実フォーサイトは骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)の群れくらいなら難なく殲滅することができる実力者である。長い戦闘経験により多少格上の相手でも勝利を収めることができる。

平野の奥地へと歩き出しながら、頼れる仲間がいるからきっと大丈夫だと全員が思っていた。

 

―――アンデッド狩りに先客がいたのは全くの偶然だ。しかしその偶然と自信によりとんでもない事態に巻き込まれることになるなど、この場の誰にも予想することはできなかった。

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

「こんなもんだな。お前の出る幕はねえってことだ。」

 

此方に向かって来た数体のアンデッドを危なげなく倒したクラルグラの戦いを、モモンガはただ眺めていた。

連携はそこそこできるようだ。ミスリルのプレートは伊達ではないらしい。

 

「怖いなら帰ってもいいんだぞ。お前にカッツェ平野はまだ早いんじゃねえか?」

 

問題点はイグヴァルジがうるさいことだろうか。エンリを意識しているらしくやたらと大声で指示を飛ばしまくるのだ。黙って戦っても勝てるような相手に必死になっているのは少し可笑しかったが、口に出すとエンリに叱られるため黙っていた。

 

「しかしこんな雑魚ばっかりじゃ張り合いが無いな。なんだって組合はこんな依頼を出してきたんだ?」

(本当に鬱陶しい。)

(我慢ですよ、我慢。)

 

クラルグラには今回の依頼に隠された達成目標は聞かされていない。「お前らのリーダーを納得させるための指名依頼だ」などと言われれば誰だろうと不快に思うのだから当然だ。

だが張り合いが無いのは事実。アンデッドの群れを蹴散らす程度では実力を認めては貰えないだろう。

 

(そういえばこの人達ってあそこにいましたよね?)

(うん、俺が怒らせた人だね。)

 

エンリが言っているのは2人がエ・ランテルに訪れてすぐに起こった事件のことである。敵前で味方(エンリ)に喚き散らしていたのだから彼女の記憶に残っていても不思議では無かった。

 

(じゃあモモンガさんの力は知ってると思うんですけど、なんで認めてくれないんですか?)

 

あの夜のモモンガは目立つために大言壮語を並べ立てていた。その自信に満ちた態度に加えて、数百のアンデッドを吹き飛ばすほどの力を見せつけた。それでも認めて貰えないとなると一体何をすればいいのだろうと疑問に思ったのだ。

 

(あれは認めたくないんだよ。自分達がコツコツと依頼をこなして上げて来たランクに一気に追いついた存在が気に入らないんだ。面倒なタイプだね。)

(なるほど・・・。)

「どうやら新手のようだな・・・ちっ、また雑魚か。まあいい、お前はその辺で静かにしてろ。」

 

イグヴァルジがまたも悪態をつくが、エンリも相手をするのに疲れたようで言われた通り何も言わず静かに観戦する。強力な敵が現れないことには何をしても無駄だというのは彼女も理解していた。

 

「おい、何度も言わせんな。こんな雑魚相手に魔法なんざいらねえんだよ、魔力を無駄遣いするな。・・・有効な武器がないだあ? その辺の石でも使って殴りつけろ!」

 

そのあんまりな指示にクラルグラの魔法詠唱者(マジック・キャスター)は目を丸く――しなかった。とはいえ本当に石で近接戦を挑む訳にも行かないので、握り拳ほどの大きさの石を拾っては骸骨(スケルトン)に投げつけた。

 

(どうして仲間にもこんなにキツイ言い方するのかな? 一緒に危ない場面を戦ってランクを上げてきたはずなのに。ずっとこの感じだといつか愛想を尽かされませんか?)

 

イグヴァルジの怒声を聞いたエンリが疑問を呈する。

 

(クラルグラの動きを見てれば分かるよ。皆イグヴァルジの言葉に従ってるし、嫌な顔を見せてもいない。これまでの戦いを通して彼の指示が正しいってことを理解してるんだと思う。実際に彼の指示で窮地を切り抜けて来たんだろうね。俺だったらその前にチームを抜けてるけど。)

(私もちょっと自信がないです・・・。)

 

2人して肩を竦めた。

改めて戦況を見ると、現れたアンデッドは既に大半が残骸と化していた。残る敵は骸骨(スケルトン)が2体。

 

「本当に俺達には軽すぎる依頼だな。後は俺1人で十分だ、お前達は休んでおけ。」

 

そう言ってイグヴァルジが駆け出す。まだまだ余裕のありそうな足取りで素早く駆け寄り、その首を刎ねようと剣を振りかぶった。そのまま骸骨(スケルトン)の首が宙を舞い、この戦闘は終わりを迎えると思われたが―――それよりも早く骨の破片が撒き散らされた。

イグヴァルジの剣は骸骨(スケルトン)を押し潰した骨の塊に弾かれる。

 

締めを邪魔されたイグヴァルジが忌々し気に見上げた先にいたのは、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)だった。

 

「はっ! 漸く骨のある奴が現れたぞ!」

「骨だけにってか?」

「あ?」

 

茶化した仲間を睨み付ける。この程度でムキになるイグヴァルジも大概だが、こうなることは容易に想像が付くにも関わらずわざわざ茶化した彼は何がしたかったのだろうか。

だが彼なら話ができそうだと踏んだモモンガは、その男を会話の相手に選んだ。

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はこの辺りではどれくらいの強さなのですか?」

「は?」

 

聞かれたことが今更な内容だったことに驚いているようだ。これまではイグヴァルジの悪態に辟易した様子を見せて沈黙していたエンリが、急に話しかけてきたことに対する困惑もあるだろう。

だが骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が目の前にいるということもあり、大きな間をあけることなく答えた。

 

「カッツェ平野ではかなり上位のアンデッドだな。滅多に会えないモンスターだよ。」

「へえ・・・それにしては皆さん落ち着いていますね。」

「前に戦ったことがあるからな。あの時は苦労したが、今回は取り巻きもいないし楽勝だと思うぜ。」

 

その言葉通り、クラルグラの面々に焦った様子は見られなかった。

それを見たモモンガは露骨に落胆する。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)如きがこの平野では強者とされるレベルで、しかも出現数は多くないという。そんなことでは組合長からの依頼は永遠に果たせそうにない。

 

(ん、数か・・・そうだな。)

(何をする気なんですか?)

 

エンリは早くもモモンガが何かを企んでいることに気付いた。モモンガは新しい悪戯を思いついた子供のように笑い、その質問に行動で答える。

 

――下位アンデッド創造 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)――

 

スキルの発動により黒い霧が発生する。しかしそれはカッツェ平野の霧によって隠され、視認は困難だった。加えて全員の視線が骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に集中しているため、誰にも気づかれることは無い。

こうして無事に誕生した骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は悠々と霧を掻き分け姿を晒した。

 

「っ! イグヴァルジ、まずい!」

「あぁ!? この程度の相手になにビビって――」

 

物凄い形相で振り返ったイグヴァルジの表情が一瞬消える。しかし、すぐに機嫌が悪そうな物へと戻った。

 

「2体目か、やっと熱い戦いができるってもんだろ。焦ってんじゃねえ!」

「あ、ああ、すまない。」

 

声を上げたクラルグラのメンバーが武器を構え直す。

イグヴァルジの目は真剣そのものだ。生半可な気持ちではこの場を乗り切ることは難しいと理解しているようだった。これまで数々の強敵と立ち会って来たことを伺わせる。

 

――下位アンデッド創造 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)――

 

その様子を見たモモンガは再びスキルを発動した。

一触即発の雰囲気の中、重い足音が大気を震わせる。音の方向を怯えた様子で観察していた面々は、姿を現した3体目の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を見て遂に平静を失う。

 

(流石にやり過ぎだと思うんですけど・・・。)

(クラルグラと協力して骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を2体倒したってだけじゃインパクトが小さい気がするんだよね・・・超弱いし。)

(そう思ってるの多分モモンガさんだけですよ?)

 

そんなこと無いと思うんだけどなぁ、と彼らの言動を振り返る。

ミスリル級のプレートは確かに高位の冒険者だと言える。冒険者の世界では上から数えた方が早い地位ではあるのだ。しかしアダマンタイト級には遠く及ばず、その実力には大きく差があると言わざるを得ない。聞く話によるとアダマンタイト級の冒険者達は“人類の最終兵器”とまで評されているというではないか。

それを踏まえるとミスリル級冒険者でも倒すことができる骨の竜(スケリトル・ドラゴン)のたかが数体では、絶対にイグヴァルジを納得させることはできないだろう。

 

「あ、ありえねえだろ・・・なんでこんなにいるんだよ・・・。」

「クソッ、俺達に依頼が回ってきたってのはこういうことだったのか!」

「ただのアンデッド狩りって言ってたよな?」

 

口々に恨み言を吐き捨てる。武器を放り、膝を突く者もいた。

表情を変えないのはモモンガとエンリだけだった。これが自然に発生したアンデッドだったのならエンリも動揺しただろうが、彼女はこの骨の竜(スケリトル・ドラゴン)がモモンガの作り出した物だと知っている。

サイズは此方が勝るが死の騎士(デス・ナイト)のほうが強そうだと冷静に考えていた。

 

「奴らは単純な攻撃しかできない、無駄にデカい図体に騙されんな!!」

 

だがもう1人、冷静に指示を出す男がいた。メンバーの全員が生存を諦めた中でイグヴァルジだけが剣を握りしめていた。

 

(おー、勇敢なところもあるじゃないか。)

(そうですね、ちょっと見直しました。)

 

彼の言葉を聞き、膝を突いていた者が立ち上がろうと動く。

しかしそれよりもモモンガの手が動くほうが早かった。

 

(えっ! もうやめてあげても――)

 

――下位アンデッド創造 骨の竜(スケリトル・ドラゴン)――

 

エンリが言い終える間もなく4体目が中空から姿を現す。

4度目の地響きに、イグヴァルジ以外の全員が莞爾として笑った。

 

「イグヴァルジ、お前と英雄を目指して駆け回った日々、悪くなかったぜ。」

「ああ、振り回されることも多かったが俺も充実した毎日だった。」

 

クラルグラは最後の言葉を交わし始める。戦う気は完全に失せたらしい。

 

(心折れちゃってるじゃないですか。何もここまでしなくても・・・。)

(それくらいじゃないと困るんだよ。俺が自分の意思で助太刀したんじゃ何の意味も無いんだ。向こうから助けを求めてくるくらいに絶望的な状況じゃないと、きっと同格だとは認めてくれない。彼ら(クラルグラ)を怖がらせるためじゃないからね?)

 

嘗てエンリから悪人だと思われていた、と思っていたモモンガは懇切丁寧に解説する。あの件は自分の勘違いだったとはいえ中々辛い経験だった。

 

「・・・おいお前、手を貸せ。お前に助けられるのは癪だが、俺達だけでどうにかするのは難しそうだ。」

 

この破滅的な状況に瀕して漸く協力を申し出る。イグヴァルジは意地でも自分達でなんとかしようと目論んでいたが、たった5人、それも魔法詠唱者(マジック・キャスター)を含めたチームで、魔法への完全耐性を持つと言われる骨の竜(スケリトル・ドラゴン)4体を相手取るほど愚か者ではなかった。

彼は断じて仲間思いなリーダーでは無いが、メンバーを死なせたことは無い。性格に重大な問題を抱えてはいるがミスリル級の名に恥じない程度の判断力は持ち合わせていた。

 

だがモモンガは、この期に及んでまだ横柄な態度を崩さないイグヴァルジに益々嫌悪感を募らせる。まだ骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の数が足りなかったかと思いスキルを発動しようとするが、エンリが口を開くのが先だった。

 

「イグヴァルジさん、勘違いしないでください。」

 

エンリの言葉に怪訝そうな表情をする。モモンガもその言葉の意味を理解することができなかった。

 

「私があなた達を助けるというのは間違ってます。共同で依頼を受けてるんですから、協力して敵を倒すのは当たり前のことですよね?」

「・・・ちっ、解釈は好きにしろ。お前ら、いつまで馬鹿なことをやってるつもりだ? 俺達がこんな所で終わる訳ねえだろうが!」

 

舌打ちをしてから呆けているメンバーを叱咤するイグヴァルジの表情は、いつもの不機嫌そうな物だ。しかしモモンガにはどこか嬉しそうな笑みが混ざっているように見えた。

 

(やるじゃないか、エンリ。これで()()は達成したも同然だ。)

(モモンガさんがまた変なことしようとするからですよ! いくら嫌な相手でもエ・ランテルには必要な人間だってアインザックさんも言ってたじゃないですか。心を圧し折るようなことはやめてください。)

 

子供を叱るように言うエンリに、モモンガも反論する。

 

(いや、あれは組合長からの依頼のために必要なことで――)

(最後のもですか?)

(うっ・・・。)

 

5体目を召喚しようとした時に黒い感情が無かったと言えば嘘になる。だがそれほどにイグヴァルジの態度が鼻についたのだ。もう少し脅かしてやろうと思うくらいには。

生死の境にいる中で唯一の希望(モモンガ)を不快にさせる度胸は見上げたものだが、それに感心するだけで済む次元は既に飛び越えていたのだ。

エンリも同じ当事者なのだからモモンガの気持ちは良く理解している。だからこれ以上の追求はせず、前に歩き出した。

 

(とにかく! やっと依頼が達成できそうなんです。後はお願いしますね?)

(・・・はい。)

 

モモンガは2本のグレートソードを取り出すと、指示を出した。

 

「私とイグヴァルジさんの2人で1体ずつ倒して回ります。残りの方は他の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を引き付けつつ全力で逃げ回ってください。あまり離れないでくださいね。」

「お前と2人で、だと?」

「はい。敵の攻撃は全て受け持ちますので、イグヴァルジさんはダメージを与えることだけを考えてください。」

 

クラルグラと行動を共にした時間はかなり短いが、敵意を向けているのがイグヴァルジだけだというのは一目瞭然だった。アンデッド騒動のときにも仲間に窘められていたのだから、そうではないかとは思っていたが。

それならばモモンガが実力を見せつけるべき相手はイグヴァルジただ1人。

適当に骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の攻撃を受け流しながら時間をかけて共闘すれば、このひねくれ者からの敵意は消えるだろう。同じミスリル級の彼がエンリを認めれば自ずとエ・ランテルの冒険者全体がエンリを認める事になるという寸法だ。

 

「まあ、それしかねえか。」

 

また「お前が仕切ってんじゃねえ」とでも言われるかと思っていたモモンガだが、意外とすんなりと受け入れられた。早くも共闘効果が現れている。

これまで静観を決めていた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の内3体が一斉に動き出す。不思議なことにエンリの方向に向かってくるものはおらず、全てがクラルグラのメンバーの方へと突進していった。

勿論それらはモモンガの創造したアンデッドである。彼らを殺さないように命令してあるため、死人を出すようなへまはしない。

 

モモンガの指示に従わないはずの“野良”の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が今まで動かなかったのは、行動を起こそうとする度にモモンガの命令によって妨害されていたからだ。

野良が動こうとすればモモンガの骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の尻尾や翼で進路を塞がせていた。

 

「それじゃあ、伝説を作りに行きましょうか。」

「おう!」

 

突然テンションが上がったイグヴァルジに気づくことなくスキルを何度か発動した。それにより新たに6体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が創造され、霧の向こうへと展開する。

もしも呆気なく倒しきってしまった場合は追加でこれらに襲わせるのだ。

これで準備は万端、盾役を宣言したモモンガは一足早く骨の竜(スケリトル・ドラゴン)へ踏み込んだ。

 

当然初撃はモモンガへ向かう。制御下に無いアンデッドではあるが、彼からしてみればかなり低レベルな敵だ。目を瞑っていても対応できる程度の速度だった。

 

「――遅いな。」

 

鞭のように撓りながら接近した尻尾をグレートソードの腹で弾く。防ぐだけのつもりだったのだが少し砕いてしまった。

虫食いのように尾が欠けた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が咆哮を上げる。骨だけの体に痛覚があるとは思えないため、大きなダメージを受けたことは感じるのだろう。

 

(うわ、思ってたよりかなり脆いんだけど!)

(もっと手加減しないとまずいですよ!!)

 

常人では信じられないような会話を繰り広げるが、幸いそれを聞き取れる者はいない。

 

「ふん、1人でミスリル級ってのは伊達じゃないらしいな。」

 

普段のイグヴァルジならイカサマだなんだと騒ぎ立てただろうが今は違う。仲間を失うかもしれない程の危機に、意地を通している暇など無かった。

彼が目標を達成するためには仲間に死なれては困るのだ。名声を得るために何事も完璧にこなさなければならない。

 

「あなたの実力も見てみたいですね。」

「ちっ、調子に乗ってんじゃねえ!」

 

さっさとしろと言わんばかりに煽りを入れる。早期に決着がつくのは避けたいが、長引きすぎると不審に思われる可能性が高い。モモンガの骨の竜(スケリトル・ドラゴン)がいつまでも攻撃を当てないのだから。

 

言っている間にもイグヴァルジが剣を叩きつける。斬撃属性のダメージは大きく軽減されてしまうのだが、手数で補おうとしているらしい。

激しい連撃を見舞うイグヴァルジへと骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の視線が移り、踏みつぶそうと前足が動いた。イグヴァルジはそれを視線の端で捉えてはいるのだが、その場を動くことはしなかった。

イグヴァルジの視界に、思っていた通りの光景が映る。振り下ろされた足をエンリが蹴飛ばしたのだ。攻撃の軌道がずれ、イグヴァルジの一寸横から激しい土煙が舞う。

 

「信じて頂けているようで嬉しいですよ。」

「お前の蹴りは1度見てるからな。」

「ふふ、あの時ですか。流石に墓地の扉よりは頑丈な体をしているようですね。」

「今のは本気じゃ無かっただろうが。」

 

ただ肩を竦めるだけでそれに答える。

モモンガがあの時と同じ力で蹴りつければ骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の足を吹き飛ばすことは簡単だ。しかしそれができない理由をイグヴァルジは理解していた。

そんなド派手な倒し方をしてしまえば他の3体も此方を危険視してくる。知性の無いアンデッドとはいえその程度のことは本能で判断できるのだ。エンリの反射神経と膂力は大したものだが、この数の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を相手に立ち回ることなど不可能だ、と。

 

自信家のイグヴァルジは“拮抗した状況を演出されている”という屈辱的な考えに至ることは無かった。

 

「本当にかてぇ鎧だな、どこで手に入れた?」

 

再び振り抜かれた尾を片手で受け止めたエンリを見て問う。

モモンガはダメージを与えないように寸止めしたのだが、グレートソードによるダメージが相当な物だったらしく完全に砕けてしまった。半分の長さになった尻尾を見て焦りを覚えながらも振り向く。

 

「それは秘密ですよ。あなただって聞かれても答えないでしょう?」

「いちいち気に障る女だな。」

 

モモンガは表情を変えることなく敵へ向き直ったが、誰にも見えないところでは不快感で溢れていた。

 

(なんでこんな奴がミスリルなんだ、あり得ないだろ・・・ん?)

(4人、ですか・・・どうします?)

 

モモンガのスキルによる感知能力を共有していたことを自覚したエンリは、コツを掴んだのか使役しているアンデッドからの報告も理解できていた。

東の方角に展開させていた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の2体が4人の人間と遭遇、戦闘に突入したというのだ。予備の戦力を削られることを懸念したが、どうやら骨の竜(スケリトル・ドラゴン)2体でかかれば殺せる程度の相手らしかった。

 

(うーん、4人の正体は分からないけどその程度の強さなら問題ないと思う。勝手なことをされても困るし一応こっちに連れてこよう。)

(大丈夫なんですか? 偉い人だったら面倒なことになりそうですけど・・・。)

(その時は身を守ってあげれば厄介事には巻き込まれないと思うよ。増援を呼ばれて計画を邪魔されるのも嫌だろう?)

(それもそうですね。)

 

早速4人組を殺さず誘導するように指示を出し、そろそろ1体目を終わらせようと骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の腹を蹴り上げる。絶妙な力加減で放たれたそれは骨で構成された体を散らすことなく、致命的なダメージを与えた。

そして同時に切りつけたイグヴァルジの攻撃によって敵の体力が尽き、遂に骨の残骸へと姿を変えた。

 

「はぁ、はぁ、やっと死にやがったかクソが! あいつらの方は――」

 

全力で剣を振るい続けていたイグヴァルジはダメージこそ受けていないものの、既にかなり息が上がっている。それでも休むことなく仲間の救援に向かおうと後ろを振り向いた。

彼の野望など知らないモモンガはそれを見てほんの少し感心するが、クラルグラの面々に危害が加わることは無いので呑気に声を遮った。

 

「ところでイグヴァルジさん。カッツェ平野に冒険者以外の人が来ることはあるのですか?」

「は? こんな時に何言ってやがる!」

「いえ、少し気になることがありまして。」

 

のんびりとした態度に表情を歪めるが、モモンガがその場を動く気配はない。激しい闘いの後だというのに疲労した様子を微塵も感じさせないエンリに、イグヴァルジも彼女の実力を認めざるを得なかった。

1体倒したとはいえエンリの加勢が無ければクラルグラは全滅する。何が気になってこんな状況で常識的な質問をしているのかは知らないが、イグヴァルジはそれに答える他なかった。

 

「普通の人間が立ち入ることはまず無い。肝試し程度に足を踏み入れれば待っているのは絶望だけだ。」

「なるほど。では東の方角から人間が来たとすれば、帝国の冒険者だと考えていいのでしょうか?」

 

それを聞いたイグヴァルジは嫌そうな表情に変わる。

 

「東から何か来てんのか?」

「少々特殊なマジックアイテムを持っておりまして、それに反応があったのです。東から、というのは何か不味いのですか?」

 

イグヴァルジは苛立たし気に貧乏ゆすりを始め、考え込むように下を向いた。

その様子を見てこの場に引き寄せるのは失敗だったかと不安になる。

 

「・・・ああ、少し面倒だ。帝国からってことは冒険者か帝国騎士、最悪ワーカーの可能性もある。」

「ワーカー、ですか?」

「ちっ、田舎者はそんなことも知らねえのか。フリーの冒険者みてえなもんだ、基本的に組合から追放された奴が多い。性根の捻じ曲がった奴らばかりだな。」

 

それをお前が言うのかと吹き出しそうになるが、鋼の意思でぐっと堪えた。イグヴァルジはプライドの高い人物だ。それを笑えば力を認める以前の話になってしまう。

しかし笑いを堪えるような表情を完全に消し去ることはできなかった。その妙な顔を見たイグヴァルジが眉根を寄せる。

焦るモモンガだが、噂の来訪者によって助けられた。

 

「あ、来ましたよ。あれが私の言っていた人です。」

「ったく、こんな時に面倒・・・なっ!?」

 

追い立てられるように戦場へ転がり込んできた4人組。その首にプレートは下げられていない。騎士風の格好をしている者もいないため、イグヴァルジが言うところの“最悪”だろう。

だが彼が驚いたのはそんな些事に関してではない。4人を追うようにして霧から現れた新たな骨の竜(スケリトル・ドラゴン)を見てしまったからだ。

 

「まだいたんですか・・・これは時間がかかりそうですね。」

 

強力な敵が増えたというのにエンリは態度を崩さない。イグヴァルジは無様に狼狽えてしまったことに、エンリの存在に安堵してしまっていることに、歯噛みする。

彼が拳を硬く握りしめている間にも、新たな敵は攻撃を開始する。魔力の残りが少ないのか、動きが鈍い魔法詠唱者(マジック・キャスター)へと2体同時に足を振り上げた。

 

「おいそこの馬鹿! なにチンタラしてやがる、こっちに敵押し付けて死ぬつもりか!?」

「死なせませんとも。」

 

言うや否や、モモンガが駆け出す。思念で骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に文句を付けながら。

 

――お前ら、もっと派手な攻撃はできないのか!!

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

「ちくしょう、どうなってんだ!!」

「喋る暇があったら走りなさい!」

 

フォーサイトは死に物狂いで走っていた。背後には2体の骨の竜(スケリトル・ドラゴン)

 

メンバーの多数決の結果、カッツェ平野の奥地へと進むことになった。

小銭稼ぎのアンデッド狩りとはいっても、準備にはそれなりの費用がかかるのだ。食料やポーション、矢などの消耗品も買い込まなければならない。基本的に弱いアンデッドしか発生しないため、命知らずの馬鹿は「過剰な準備は不要だ」と言う。しかし時折強力な物が出現するのもまた事実。準備不足で死ぬなどという馬鹿らしい話はご免だった。

そんな訳で赤字を避けるために先へ進んだのだが、この事態はあまりにも想定外すぎた。

 

「っ!」

 

長い全力疾走に耐え兼ね、遂にアルシェが足をもたつかせる。魔法詠唱者(マジック・キャスター)である彼女はフォーサイトの中で最も体力が少ないのだ。

 

「アルシェ、大丈夫!?」

「――私はもう駄目。皆だけでも逃げて。」

 

アルシェは全身で息をしていた。自分で言うように最早まともに動けない状態なのだろう。しかしフォーサイトは、簡単に仲間を切り捨てられるような普通のワーカーでは無かった。

 

「んなことできるかよ!」

「そうですよ、アルシェさん。あなたを見捨てたりしません。」

「――ありがとう。」

 

感動的なシーンだが、アンデッドがそれを見て何かを感じることなど無い。フォーサイトの絆を嘲笑うかのように2体が同時に足を振り上げる。その先にいるのは、まともに動けないアルシェ。

意地でもそれを受け止めようとロバーデイクとヘッケランが動くが、そこへ罵声が浴びせられた。

 

「おいそこの馬鹿! なにチンタラしてやがる、こっちに敵押し付けて死ぬつもりか!?」

「王国の冒険者か!?」

 

他に人間がいたことに希望を見出し、振り返ってしまう。

自分が行動を止めた一瞬の隙でアルシェを死なせてしまうことに気付くが、もう遅かった。嫌がる首を無理やり回し、血に塗れているだろう場所へ視線を向ける。

しかしヘッケランの目に映ったのは押しつぶされた仲間の姿ではなく、2本のグレートソードで骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の攻撃を受け止め、堂々と立つ赤い戦士だった。

 

「無事ですか?」

 

赤い戦士は敵から目を離し、顔を此方に向ける。

ヘッケランはその容貌に覚えがあった。

 

「あ、あんたはまさか・・・血塗れのエンリか?」

 

エンリはビクリと全身を震わせる。

これまでも仰々しい二つ名が飛び出してきたことは確かにあった。しかし“血塗れ”などという不穏すぎる物は流石に無かった・・・と思う。聞いた者が十中八九誤解するであろう二つ名を考えた者には絶対に文句を言ってやると心に決めた。

 

「はい、エンリ・エモットです。血塗れ、というのはちょっと分かりませんが・・・。」

「すまない! あんたは気に入ってないんだな。何にしてもあんた程の有名人がいれば助かりそうだぜ!」

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の足を押し返したモモンガは軽く頷く。

 

(イグヴァルジさんが言ってたのとは雰囲気が違いますね。)

(うん、多分この4人が特殊なんだと思う。動けない仲間を救おうとしていたみたいだしね。いつかは帝国にも行きたいし、知り合いになっておこうか。)

(私もこの人達とは友達になれそうな気がします。)

 

物々しい二つ名を知っていても気軽に会話を交わしてくれるヘッケランを見て、エンリも嬉しそうだ。

 

「では手早く片づけましょうか。動ける方は手伝ってくださ――」

「うぐっ、お゛え゛え゛えええぇ!!」

「え、ちょっ」

「「「アルシェ!?」」」

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

(私、そんなに怖いですかね・・・。)

 

ワーカーの女性が緊急事態に陥ったため、モモンガは言葉通りに手早く事を済ませた。フォーサイトを誘導させた骨の竜(スケリトル・ドラゴン)をさっさと倒し、残りは撤退させたのだ。モモンガの力を見た者は全員目を丸くしていたがやむを得なかった。

漸く命の危機が去り気が抜けたのか、全員がその場に座り込んだ。まるでここがカッツェ平野であることを忘れているような様子である。

 

その間エンリは滂沱の涙を流し、落ち込んでいた。

後姿を見ただけで盛大に嘔吐された経験のある人間などこの世界のどこにもいないだろう。つまり彼女はこの世界の誰にも理解されない程の深い悲しみの底にいた。

だが、モモンガも当事者、というより同一人物であるため同じ気持ちだった。精神は別でも体は共有しているのだ。原因が分かるまではエンリは自分だと認識していた。初対面の女性に嘔吐されたのだから、そんなモモンガのショックもまた非常に大きい。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

涙を拭ったモモンガが遠慮がちに問いかけ、未だ少女の口から垂れたままの吐瀉物をハンカチで拭きとった。

呆然としていたアルシェは遂に我に返り、わなわなと震えだす。

 

「ご、ごめんなさい。誰にも言わないから許して欲し・・・ください。」

 

語尾を言いなおし、深く頭を下げた。

気のいい者なら笑って許すところだが、モモンガの目は険しい物へと変わる。アルシェが何か自分の秘密に気付いている様子だからだ。場合によっては対処しなければならない。

 

「・・・何を知っている? 詳しく聞かせて欲しいな。」

 

アルシェは俯いたまま、自分が見てしまった物を説明する。

 

「私は、相手が使える魔法の位階を知ることができる生まれながらの異能(タレント)を持ってい・・・ます。それであなたが第10位階・・・いや、それすらも超えた――」

「どうしたの?」

「何かまたご迷惑をおかけしましたか?」

 

ただならぬ雰囲気を感じたフォーサイトのメンバーが近づいてくる。彼らによってアルシェの言葉を遮られたが、彼女が怯えていた理由は十分に把握できた。

 

(はあ、感知阻害の指輪を外していたのがまずかったか・・・まさかそんな生まれながらの異能(タレント)があるとは。)

(私ってそんなに・・・)

(エンリ、そろそろ戻ってくるんだ。どうやら彼女が嘔吐したのは別の理由からみたいだよ。)

(え?)

 

理由を説明すると、エンリの暗い感情が徐々に晴れて行く。

対してモモンガは自分の迂闊さを嘆いていた。モモンガが感知阻害の指輪を外していたのには勿論理由がある。彼の持つ装備は、どれもこの世界において破格の性能なのだ。一介の村娘であるという設定がある以上、それらを見せびらかすのは好ましくない。唯一付けていたのは万一に備えての復活の指輪だけだ。

しかし、このような生まれながらの異能(タレント)の存在を確認した以上、今後は常に身に着けておかねばならない。鎧を装着している間は他の指輪も全て着けていた方がいいだろう。

 

「いえ、どうやらアルシェさんが錯乱しているようなので・・・。」

「アルシェ、本当に大丈夫?」

 

言いながらモモンガは懐からひとつの指輪を取り出す。勿論、感知阻害の指輪だ。それを指に嵌めるとアルシェの額に手を翳した。

不審に思ったロバーデイクが声をかけてくる。仲間に何かされそうなのを見てとって、その表情はあまり友好的な物ではない。

 

「その指輪は?」

「安心してください、精神の安定を取り戻すことができるマジックアイテムです。」

 

彼の表情は温和な物に戻ったが、不信感は消えていないようだった。

 

「そんなことまでして頂かなくても《獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)》を使えばいいのでは・・・。」

「まあ、そこまで高価な物ではありませんし、あまり使う機会も無いのでここで使ってしまおうと思いまして。」

「そうでしたか。二つ名に似合わずお優しい方なのですね。」

 

モモンガは困ったように、ロバーデイクは晴れやかに、イミーナは嬉しそうに笑った。

アルシェだけは引き攣った笑みを浮かべていたが、フォーサイトの2人は錯乱しているだけだろうとあまり気にしていない。

 

(――2人は悪くない。これは知らないふりをできなかった私の失敗。他のみんなを巻き込むことはできない。・・・クーデリカ、ウレイリカ、ごめんね。)

 

化け物の存在に気付いてしまった自らのタレントを恨めしく思う。

タレントのおかげで窮地を乗り越えてきたことは何度もあった。事前に敵の力量をある程度把握できるというのは、ワーカーの世界では非常に大きなアドバンテージとなる。強大な敵に出くわせば戦いを避け、やり手の魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいるチームとは仲良くするようにしてきたのだ。

しかしそのタレントが原因で生を終えることになってしまった。

秘密を握った自分が生き残る術は無い。ならばその情報を文字通り墓場まで持って行き、事情を知らない仲間だけは見逃してもらえることを願おう。

そう決心したアルシェに、耳を欹てていなければ聞こえないほどの小さな詠唱が聞こえて来た。

 

記憶操作(コントロール・アムネジア)

 

 

●◎●◎●◎●

 

 

(吐いた理由が“拾い食いしたリンゴが腐ってた”ってあんまりじゃないですか?)

(仕方ないじゃないか、他に思いつかなかったんだから。)

 

エ・ランテルの街道を6人が歩く。

道行く人々はその首にかけられた()()()()()()のプレートを見て横にずれ、賞賛と羨望の眼差しを送る。エ・ランテルの冒険者で初となるオリハルコン級の登場に、走り回ってはしゃぐ子供の姿も見られた。

 

「今回は同時に昇格したが、先にアダマンタイトになるのは俺達だ。覚えておけよ。」

「それは私も頑張らなければなりませんね。」

 

イグヴァルジはニヤリと笑った。

 

(相変わらず嫌な男だな。)

(オリハルコンになったのに今度は文句を言ってこなかったじゃないですか。私達も彼を認めてあげましょうよ。)

(これは認めるとか以前の問題じゃないかな・・・。)

 

胸中はどうあれ、漸く厄介事を片づけることができたので表には出さない。無駄な口論を繰り広げて再び敵意を持たれても困るのだ。だからモモンガは当たり障りのない会話に専念した。

 

「イグヴァルジさんの仲間を見捨てない態度、感動しましたよ。まさに英雄という感じでした。」

「は? い、いや俺はそんなもんに興味はねえよ・・・。」

 

言葉とは裏腹に、背けた顔には満面の笑みが浮かんでいる。

イグヴァルジが冒険者となり、常に上を目指しているのは至極単純な理由だった。

彼が幼少の折、故郷を訪れた吟遊詩人(バード)の語った英雄譚に憧れたからだ。見てくれからは想像もつかないようなピュアな動機である。それからというもの、モンスターについて学び、自己鍛錬に明け暮れる日々を過ごした。その心境は昔から少しも変わっておらず、言うなれば少年の心を持った大人だ。

しかし、憧れが高じるあまり道を急いてしまった。

チームの仲間を英雄になるための道具程度にしか思わず、今回の戦いで彼らの救援に向かおうとしたのも、仲間を失うことで名声に傷が付くのを恐れたからに過ぎない。性格がひねくれてしまったのも強い憧れが原因だった。

 

だがモモンガがそんなことを知るはずがない。英雄のようだったと褒めはしたが、それは単なる社交辞令なのだ。冗談で場を和ませようと考えても自然なことだった。

だからこそ――

 

「まあ、素行のせいで台無しですけどね。」

「て、てめえっ!!」

 

余計な一言を発してしまったとしても、誰も責めることはできないだろう。

 




やっぱり吐いちゃった。

高機動トウモロコシ様
誤字報告ありがとうございます。

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