黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode8 ~全貌~

 遠くまで響く笛の音が鳴り、初戦終了の時を告げる。

 各ピッチでは、勝利を収めたチームがハイタッチを交わしたりして、仲間たちと勝利の喜びを分かち合い。逆に敗者側は、その場に座り込んだり、腰に手を当てて天を仰いだり。まあ、中には参加だけで勝敗には拘っていない人も少なくないけど。それでも、やっぱりどこか悔しそうにしている。

 

「先ずは、初戦突破ね。ま、当然だけど!」

「あ、うん」

 

 うちのチーム......「小田切(おだぎり)チーム」の初戦のスコアは4対0、被シュートは枠外二本、と危なげない試合運びで勝利を収めた。隣に座っている小田切(おだぎり)は、とても上機嫌。試合に出場していた五人が、ベンチへ戻ってくる。

 

「ナイスゲーム」

「まあ、こんなものだろう。本職は一人だったからな」

「内訳は、俺が二得点だろ。で、相手のオウンゴールと......白石(しらいし)だっけ? あの子」

「ああ。しかし、運動もいけるとは知らなかった」

 

 朝比奈(あさひな)と同意見。一年の頃の白石(しらいし)は、取り立てて目を見張るほどの成績じゃなかった。けど今の試合では、アグレッシブにピッチを動き回っていた。まるで別人だな、と目で彼女を追っていると、スポーツドリンクのボトルを手にした五十嵐(いがらし)が目に入った。眉間にしわを寄せて、何やら面白くなさそうな顔をしている。

 

「お前たち、少し近いんじゃないか?」

「これ、二人がけのベンチだし」

「あら。(うしお)くん、妬いているのかしら?」

「な、なにを、バカなことを......!」

 

 小悪魔のようにくすっと笑った小田切(おだぎり)に、五十嵐(いがらし)は照れくさそうに顔をそむけた。わかりやすい。けど、意中の相手を前にして、ここまで感情を出せるやつは珍しい。きっと、スゴく純粋なやつなんだと思う。

 

「おーい、情報仕入れてきたぜー」

 

 試合終了直後に他のコートへ情報収集へ行っていた宮村(みやむら)が戻ってきた。さっそく、別ブロックの情報を聞く。サッカー部が居るチームと、運動部中心のチーム、フィジカル面でアドバンテージがある三年のチームが順当に初戦を勝ち抜いている中、一年も運動部で固めたチームが上級生を相手に、下剋上の番狂わせもそこそこ起きている。

 そして、例の相手もその中のひとつ。

 

渋谷(しぶたに)のチームも勝ち上がっているぜ。三年相手に4-1だってよ」

「順当だ、驚くまでもない。アイツらは、女子も含めて全員サッカー部で固めてる。別ブロックだから最短で5試合、決勝トーナメントの初戦だな」

「ねぇ、朝比奈(あさひな)くん。その一年は、どんな感じなの?」

「そうだな。ひとことで表現すれば、今時のチャラ男だ」

「ふーん、そういうタイプなのね」

 

 興味がなくなったようだ。 足を組み直して、小さく息を吐いた。

 

「それはそうと、驚いたぞ。白石(しらいし)もだけど、お前も結構動けるんだな。知らなかった」

「ふふーん、私ほどになれば何でもそつなくこなせるのよっ」

 

 得意気な顔で、頬にかかる髪を軽くかき上げた拍子にふわりと、いい香りが風に乗ってくる。

 

「おーい、そろそろ二回戦始めるぞ。準備しろー!」

「時間か。じゃあ行くか」

「あいよ。んじゃあ、応援よろしくな!」

 

 10分間の休憩の後、二回戦。続く三回戦、四回戦も危なげなく勝利し、準決勝に駒を進めた。同じ二年の運動部集団を撃破し進んだ決勝戦は、サッカー部のレギュラーが二人所属する上級生が相手。勝ち上がる度に相手も強敵になっていくが、ここもきっちり無失点で予選突破を決めた。

 

「なあ、山田(やまだ)

「なに?」

 

 他試合の結果が出るのを待つ間、木の根元の日陰に入り女座りで、古文の教科書を読んでいた山田(やまだ)は、本を閉じて顔を上げた。いきなり舌打ちをされた時とまったく違う態度に戸惑いを感じるが、気になっていることを尋ねることを優先させよう。

 

「てか、オレらマジで強くね? このまま優勝掻っさらうか」

「上手く出来すぎな気がして、なんだか落ち着かないがな」

「もう、(うしお)くんってばぁ、顔に似合わず心配性なんだから~っ」

「な、なんだ......?」

 

 ベンチ前で宮村(みやむら)たちと談笑している白石(しらいし)に視線を向けつつ尋ねる。

 

白石(しらいし)さんって、教室でもあんな感じ?」

 

 三人のやり取りを見た山田(やまだ)はすっと目を細め、無機質な冷たい表情で答えた。

 

「あんな不気味なことしないわ」

「そうか、だよな。だけどな~、うーん......」

「気になるの?」

「それはまあ、友だちだし」

「そう」

 

 短くひとことだけ言うと、再び本に目を落とし続きを読み始めた。それはまるで、初めて出会ったときの白石(しらいし)を見るいるようで、言葉遣いもよく似てるし。山田(やまだ)もエントリー前とは、別人みたいだな。と思っていると、校内放送が流れた。予選トーナメント全ブロックの集計が終わり、決勝トーナメントの組み合わせが決まったことを知らせる内容。大会運営本部のテント前へ行き、トーナメント表が貼り出されたボードを見る。

 

「おっ、オレらシードじゃん!」

「当然ね!」

「アイツらは――同ブロックか。勝ちあがってくれば、準決で当たる」

 

 シード権は、得失点差。無失点の小田切(おだぎり)チームは全体の一位でシード権を獲得。反対側のシード権は、サッカー部の三年が率いるチームが獲得。渋谷(しぶたに)たちのチームは、得失点差僅か2点差でシード権を逃した。しかし、得点力は六チーム中ダントツでトップ。サッカー部で固めただけのことはある。

 偵察をがてら、決勝トーナメントの初戦の試合を見学。決勝トーナメント進出唯一の一年チームということもあって、同級生が数多く応援に集まっている。やや遠い位置から、動きをチェック。

 

「どうだ? アイツの動きは」と、朝比奈(あさひな)が聞いてきた。目立つ明るい茶髪の男子、他を圧倒するプレーに周囲の女子からは黄色い声が飛んでいる。あれが手を焼いているという、渋谷(しぶたに)敬吾(けいご)

 

「センスはあるよ。経歴は?」

「都大会ベスト8、試合数のアドバンテージがある中得点ランキングで3位につけた。足のある典型的なストライカータイプ。去年は、都道府県トレセンの最終選考まで残ったそうだ」

 

 ――なるほど。プロの下部組織(ユース)から声はかからずとも、ある程度の強豪・中堅校なら複数声がかかってもおかしくはないレベル。これだけ出来るのなら、多少驕ってしまうのも不思議じゃない。

 試合の行方が見えたところで、準決勝が行われるベンチ前へ戻り、軽くアップを行って待機。10分間の休憩を挟んで、勝ちあがってきた渋谷(しぶたに)が率いる一年のサッカー部チームと相まみえる。

 こちらのスタメンは、初戦と同じ顔ぶれ。小田切(おだぎり)宮村(みやむら)五十嵐(いがらし)朝比奈(あさひな)森園(もりぞの)の五人。

 

「先輩、悪いっすけど、この試合勝たせてもらいますよ?」

「口ではなく、結果で示せ」

「ちっとは根性みせろよ? つまんねーかんな」

「なんすか、それ......チッ」

 

 二人の上からの返しに、面白くなさげに軽く舌打ち。見かねた審判を務める同部の三年生が、三人の間に割って入り、半ば強引に試合を推し進める。

 

「ったく、お前らなぁ。始めるぞ! 一年ボールだ」

 

 ピィッ! と、口に咥えたホイッスルを吹き鳴らし、いよいよ準決勝が始まった。味方からボールを受けた渋谷(しぶたに)がさっそく仕掛ける。

 

「うおっ、速えーぞ! 五十嵐(いがらし)!」

「くっ!」

「よっしゃ!」

 

 持ち前のスピードで宮村(みやむら)五十嵐(いがらし)を振り切り、小田切(おだぎり)に向かって突進していく。よほど自信があるのだろう。自分よりも体格のいい相手に対しても臆すことなく、一対一(デュエル)を仕掛けていける度胸がある。

 

「きゃ!?」

 

 迫力に気押され、小田切(おだぎり)が尻餅をついた。完全フリーになり、右足を振り抜く。スピードに乗ったシュートはゴールマウスを完璧に捉えるも、ゴールキーパーの朝比奈(あさひな)が足で弾き出し、コーナーキックに逃れた。

 

「ったく、何ビビってんだよ。おい、交替だ!」

「うーん......?」

 

 またしても、白石(しらいし)らしからぬ言動。疑問に感じている間に、うつむき加減の小田切(おだぎり)がベンチに戻って来た。何も出来なかった悔しさで顔を伏せたまま、膝の上で手を握り閉めている。置いてある彼女のタオルをそっと、肩にかける。

 

「お疲れさま」

「ええ......」

 

 試合の方は、想像以上に苦戦を強いられている。何より肝なのは、渋谷(しぶたに)以外もサッカー部で固められていること。体格差(ミスマッチ)を埋める経験の差が徐々に広がっている。

 おそらく、このままでは――。

 波状攻撃を受け続け、ゴール前でのルーズボールが相手の目の前に転がった。そのまま押し込まれて、今大会初失点を喫する。先制点を奪い盛り上がる一年チームと、応援に集まっている下級生たちから大歓声が上がる。ゴールネットを揺らしたボールを拾い上げた朝比奈(あさひな)から、合図が来た。

 

「じゃあ、行ってくるね」

 

 サポーターを付け直してベンチから立ち上がり、小田切(おだぎり)の肩をぽんっと軽く触れ、指定の交替エリアに立つ。

 

「すまん......」

「上出来上出来」

 

 肩を落とした五十嵐(いがらし)を労い、替わりにピッチに立つ。フットサルコートの人工芝とは違う、天然のピッチ。ふかふかの感触が、シューズ越しに伝わってくる。この感触も、少し青ニオイも二年ぶりの感覚。何とも形容しがたい懐かしさがこみ上げてくる。

 

「ボールを」

「ああ」

 

 放り投げられたボールをトラップと同時に掬い上げ、リフティングで足の感触を確かめる。テーピングで多少動きづらいが大丈夫だ、問題ない。ダイレクトで、森園(もりぞの)に送る。

 

「膝は?」

「問題ない」

「うっし! んじゃあ俺、前行くから!」

 

 審判の笛で試合再開。白石(しらいし)からパスをヒールで後ろへ叩いた森園(もりぞの)は、前線へ上がって行く。軽くボールを転がしながら、ゆっくりと敵陣へ攻め込む。さっそく、相手が進路を塞いできた。

 

宮村(みやむら)

「おう。って、こねーのかよ!?」

「なっ!?」

 

 左サイドの宮村(みやむら)にパスを出す見せかけ、右足で蹴り出したボールを左足で切り返し、バランスを崩した相手の逆を抜き、相手の左サイドで展開。そこに、渋谷(しぶたに)が居る。

 

「行かさねーっすよ?」

「もっと腰を落として、斜めに構えろ。でないと――」

「はあ? えっ......!?」

「簡単に狙われるぞ」

 

 またぎフェイントをひとつ入れ、大きく開いた股の間を射抜く。一対一で強さを見せていた渋谷(しぶたに)がパスされたことで、相手の陣形が崩れた。慌て寄せてきたディフェンダーを引きつけて、タイミングを見計らいゴール前へスルーパスを送る。相手キーパーがセーブする前に、ボールウォッチャーになっていた逆サイドのディフェンダーの裏から飛び込んで来た森園(もりぞの)が一足先に追いつき、冷静に浮かせて、ゴールネットを揺らした。同点。軽く拳を合わせ、自陣に戻る。

 

「――ボール! 今度は、こっちの番だ......!」

 

 余裕の顔が一転、表情が締まる。

 仕切り直しのキックオフ、いったん後ろでボールを回して、仕掛けるタイミングを計っている。同じことの繰り返しに業を煮やした白石(しらいし)が奪いに行ったすきを突かれ、フリーの渋谷(しぶたに)にボールが渡った。

 しかし、ゴールへは向かわずわざわざこちらへ向かってきた。テクニックよりも、スピードで勝負するタイプ、一対一の駆け引きの最中軽く身体を引くと、そこを見逃さず突いてきた。一対一に気を取られ、朝比奈(あさひな)が待ち構えていることに気づかずに。

 

「もらった......なんで、ここに!?」

「甘いな。宮内(みやうち)!」

「オーライ」

 

 寄せてくる相手を身体でブロックし、軸足の後ろで叩くフットサル仕込みのトリッキーなダイレクトパスで、逆サイドの宮村(みやむら)へ流す。素早く白石(しらいし)に渡り、相手の女子を引きずりながら強引にシュート。惜しくも、キーパーに阻まれはしたが、コーナーキックを得た。キッカーは、森園(もりぞの)。ゆっくりとゴール前へ上がると渋谷(しぶたに)と、もうひとりマークが付いた。

 

「いいのか?」

「何が!」

 

 イラだちと戸惑いが混在していて、まったく周りが見えていない。そして、誰もが予想しなかった場所へ送られる。ゴールから離れたセンターサークル付近へ転がるボールを、自軍ゴールを離れ、オーバーラップしてきた朝比奈(あさひな)が振り抜いた一撃はゴールバーに当たり、ゴールネットを揺らした。痛烈なシュートが直撃したゴールバーの揺れは中々収まらない。そのあまりにも衝撃的な一撃を目にした相手チームも、ギャラリーも騒然としている。

 ここからは、一方的だった。

 どこからでも狙ってくるという意識が芽生えた相手の守備は、めちゃくちゃ。混乱に歯止めがかからず、もう揺さぶりをかけずとも勝手にスペースが生まれ、そこへパスを出すだけでいい。宮村(みやむら)が追加点を上げて、さらに試合終了間際に得たコーナーキックから、朝比奈(あさひな)のオーバーラップを警戒してフリーになった白石(しらいし)がダメ押しのゴールをたたき込み、試合の勝敗は完全に決した。

 

「よっしゃ! 勝ったぜー!」

「やったな!」

「お、おいっ、止めろ! 変なとこ触んじゃねー!」

 

 試合終了を告げたホイッスルが鳴り響くのと同時に、抱きついてセクハラ行為を行おうとする宮村(みやむら)を、白石(しらいし)は必死に拒絶している。

 

「おつかれさん」

「ああ、おつかれ。どうだった?」

 

 ベンチに座り、念のためアイシングをしているところへ、渋谷(しぶたに)の様子を見に行っていた朝比奈(あさひな)森園(もりぞの)が戻ってきた。

 

「あれ程の差を見せつけられると思わなかったんだろうな、かなり堪えてた」

「大丈夫そうか?」

「ああ、お前のプレーを見て感じるモノはあったみたいだ」

「お前のことが気になって仕方ないって感じだったぞ? あの人、何ものっすか? ってよ」

「そっか」

 

 どうやら、期待に応えることは出来たようだ。

 準決勝の勝利し、ついに決勝戦に駒を進めた。相手チームは、サッカー部主将と正ゴールキーパー。更に、各部キャプテンで固められた、まさに反則のようなチーム相手に2-1で惨敗、準優勝という結果で体育祭は幕を閉じた。

 

 

           * * *

 

 

 体育祭後の昼休み。生徒会長の秘書を務める飛鳥(あすか)に、山崎(やまざき)が呼んでいると捕まり、半ば強制的に生徒会室へ連行された。両開きのドアを開けた正面の会長の席、小洒落た黒い羽ペンの万年筆で、山崎(やまざき)は書き物をしていた。

 

「会長。宮内(みやうち)さんを、お連れしましたわ」

「そうかい。ありがとう、飛鳥(あすか)くん。ちょっと待っていてくれるかい?」

「あ、はい」

 

 生徒会が会議を行う席に設けられたソファーに通され、飛鳥(あすか)が淹れてくれた紅茶をいただきながら、山崎(やまざき)を待つ。

 

「お待たせ」

「いえ。それで、俺になにか?」

 

 丸テーブルを挟んでソファーに座り、足を組んだ山崎(やまざき)は意味深に微笑むと、ティーカップに手を伸ばした。

 

「いやー、期待通り見事なプレーだったよ。ところで、膝の具合はどうだかな?」

「問題ありません」

「それは良かった。正直、キミがピッチに立っている間は気が気でなかったよ。はっはっは!」

 

 妙なことを言う。今回の発案者であり、俺を出場させるよう仕向けたのは、生徒会長(やまざき)の策略のハズ。けれど今の言い方はまるで、別に黒幕が居て、委託を受けただけとも取れる。

 

「戸惑っているみたいだね」

「ああー、まぁ、そうですね。あの今回の件は......?」

「そうだね、キミには知る権利がある。飛鳥(あすか)くん、例の物を」

「はい、どうぞ」

 

 秘書の飛鳥(あすか)は、棚から持って来たクリアファイルを山崎(やまざき)に渡す。ファイルの中か一枚の書類を取り出し、俺に見えるようにテーブルに置いた。

 

「これは......」

「そう、例のボイコット計画の全貌だよ。一年生の一部の男子が、人気者の渋谷(しぶたに)くんを面白く思わなかったんだろう。僕の推測になるけど、罪を擦り付けて名声を落とすことが狙いだったんだろうね」

 

 書類には計画を企てた主犯格と、共犯者の名前とクラスが明記され。さらには、当日の役割分担等の細かな部分まで記録されている。

 

「事前に計画を察知した僕たちは以前、部活動の予算委員会でサッカー部の主将から、渋谷(しぶたに)くんに手を焼いていることを聞いていたから、今回の体育祭を利用したんだよ。ボイコット計画を未然に防ぎ、渋谷(しぶたに)くんの鼻をへし折る。正に一石二鳥だったというわけさ」

「......じゃあ、宮村(みやむら)小田切(おだぎり)さんが見た飛鳥(あすか)先輩は、ブラフですか?」

「察しがいいね、その通りだよ。今回の計画を知っていたのは、僕と飛鳥(あすか)くん」

 

 山崎(やまざき)が後ろで立つ飛鳥(あすか)に視線を向けると、彼女は小さく微笑む。

 

「そして、サッカー部主将、体育祭実行委員長、その他一部生徒、教職員の方々の協力の元計画を遂行した。キミに話が漏れると困るから、親交のある宮村(みやむら)くんと、小田切(おだぎり)くんには内密にことを運んだということさ」

 

 なるほど。道理で、スムーズにことが進んだワケだ。宮村(みやむら)小田切(おだぎり)は、生徒会長には絶対の権限と言っていたが、すべては根回しがあってのこと。予め用意されたエントリー用紙、細かいルールもすべて最初から決められたシナリオとすれば納得がいく。

 更に山崎(やまざき)は、「キミたちのチームが想定外に強かったから、ちょっと卑怯な手を使わせてもらったよ」と声を出して笑った。つまり、最初から優勝商品のクラブハウスへの豪華宿泊に関しては出すつもりはなかったようだ。

 

「だけど、小田切(おだぎり)くんがキミに拘る理由が少しわかったよ。サッカーはよく知らないけど、キミがボールを持つと次は、いったい何をするのだろう? とワクワクしたよ」

「私もですわ」

 

 席を立った山崎(やまざき)は、光が差し込む窓のサッシに腰かけ腕を組んだ。

 

朝比奈(あさひな)くんから聞いている。来年の冬に照準を合わせているとね。僕たちは卒業しているけど、卒業生としてキミたちの活躍を期待しているよ」

「お二人の期待に答えられるよう最善は尽くします」

「うん、いい返事だ。さて、では本題に入ろう。飛鳥(あすか)くん、アレを」

「どうぞ、こちらお受け取りください」

 

 生徒会長特別賞、と記された目録を手渡された。

 

「キミにリスクを背負わせる形になってしまったことは、申し訳なく思っている。そこで、どんな願いでも一つだけ聞いてあげる。ただ、生徒会長(ぼく)に出来る範囲でね」

 

 人差し指を顔の立ててウインク。男のウインクはどうかと思うが、この人の場合は迷いがない分嫌みを感じない。それにしても――願いね。

 生徒会長の出来る範囲なら、膝を治してくれ。何て願いは無理だ。

 

「うーん、特に何もないです」

「はっはっは、焦る必要はないよ。僕が生徒会長で居る間に、ゆっくり決めればいいさ。それでも何もないのなら、きっとキミの学校生活が充実しているんだと、僕は嬉しく思う」

 

 ぐっ、と反動をつけてサッシから離れて、笑顔を見せる。

 

「そろそろ、昼休みも終わりだね。時間を取らせてすまなかったね。今度はゆっくり話せる機会を楽しみにしているよ」

 

 頭を下げた俺は、生徒会室の入口へ向かう。ドアノブに手をかけた時、山崎(やまざき)に呼び止められて振り返る。

 

「ところで、小田切(おだぎり)くんとキスしたね」

「――えっ!?」

「はっはっは! 生徒会長(ぼく)は、何でもお見通しだよ」

 

 ――どこから洩れた? キスをされた公園に、それらしき人影はなかった。なら、フットサルコート前の歩道で小田切(おだぎり)本人が暴露したのを聞かれた? いろいろな可能性が頭の中を駆け巡る。

 山崎(やまざき)はひとしきり笑った後、座っている生徒会長の席で肘を突き、組んだ手の甲にアゴを乗せて真剣な表情(かお)で、どこか探るような声色で聞いてきた。

 

「キミは、小田切(おだぎり)くんと宮村(みやむら)くんのどちらが、次期生徒会長に相応しいと思うかな?」

 

 目を落として考え、率直に答える。

 

「正直、答えかねます。どちらとも付き合いが長いとは言えないので、簡単には判断できません」

「ふむ、なるほど。冷静な判断だね、実に興味深い。どうだろう? 次期生徒会長に立候補してみないかい?」

「謹んで遠慮させていただきます。(コレ)と、バイトがあるんで」

「それは、残念。ではまた、機会があれば話そう」

「はい、失礼します」

 

 一礼して、生徒会室を後にする。教室へ戻る途中で俺は一度振り返り、生徒会室のプレートを見つめる。最後の質問時に見せた、生徒会長の表情(かお)を思い返してた。

 ――まだ、何か重大な秘密を隠している。

 なぜか、そんな気がしてならなかった。


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