遠くまで響く笛の音が鳴り、初戦終了の時を告げる。
各ピッチでは、勝利を収めたチームがハイタッチを交わしたりして、仲間たちと勝利の喜びを分かち合い。逆に敗者側は、その場に座り込んだり、腰に手を当てて天を仰いだり。まあ、中には参加だけで勝敗には拘っていない人も少なくないけど。それでも、やっぱりどこか悔しそうにしている。
「先ずは、初戦突破ね。ま、当然だけど!」
「あ、うん」
うちのチーム......「
「ナイスゲーム」
「まあ、こんなものだろう。本職は一人だったからな」
「内訳は、俺が二得点だろ。で、相手のオウンゴールと......
「ああ。しかし、運動もいけるとは知らなかった」
「お前たち、少し近いんじゃないか?」
「これ、二人がけのベンチだし」
「あら。
「な、なにを、バカなことを......!」
小悪魔のようにくすっと笑った
「おーい、情報仕入れてきたぜー」
試合終了直後に他のコートへ情報収集へ行っていた
そして、例の相手もその中のひとつ。
「
「順当だ、驚くまでもない。アイツらは、女子も含めて全員サッカー部で固めてる。別ブロックだから最短で5試合、決勝トーナメントの初戦だな」
「ねぇ、
「そうだな。ひとことで表現すれば、今時のチャラ男だ」
「ふーん、そういうタイプなのね」
興味がなくなったようだ。 足を組み直して、小さく息を吐いた。
「それはそうと、驚いたぞ。
「ふふーん、私ほどになれば何でもそつなくこなせるのよっ」
得意気な顔で、頬にかかる髪を軽くかき上げた拍子にふわりと、いい香りが風に乗ってくる。
「おーい、そろそろ二回戦始めるぞ。準備しろー!」
「時間か。じゃあ行くか」
「あいよ。んじゃあ、応援よろしくな!」
10分間の休憩の後、二回戦。続く三回戦、四回戦も危なげなく勝利し、準決勝に駒を進めた。同じ二年の運動部集団を撃破し進んだ決勝戦は、サッカー部のレギュラーが二人所属する上級生が相手。勝ち上がる度に相手も強敵になっていくが、ここもきっちり無失点で予選突破を決めた。
「なあ、
「なに?」
他試合の結果が出るのを待つ間、木の根元の日陰に入り女座りで、古文の教科書を読んでいた
「てか、オレらマジで強くね? このまま優勝掻っさらうか」
「上手く出来すぎな気がして、なんだか落ち着かないがな」
「もう、
「な、なんだ......?」
ベンチ前で
「
三人のやり取りを見た
「あんな不気味なことしないわ」
「そうか、だよな。だけどな~、うーん......」
「気になるの?」
「それはまあ、友だちだし」
「そう」
短くひとことだけ言うと、再び本に目を落とし続きを読み始めた。それはまるで、初めて出会ったときの
「おっ、オレらシードじゃん!」
「当然ね!」
「アイツらは――同ブロックか。勝ちあがってくれば、準決で当たる」
シード権は、得失点差。無失点の
偵察をがてら、決勝トーナメントの初戦の試合を見学。決勝トーナメント進出唯一の一年チームということもあって、同級生が数多く応援に集まっている。やや遠い位置から、動きをチェック。
「どうだ? アイツの動きは」と、
「センスはあるよ。経歴は?」
「都大会ベスト8、試合数のアドバンテージがある中得点ランキングで3位につけた。足のある典型的なストライカータイプ。去年は、都道府県トレセンの最終選考まで残ったそうだ」
――なるほど。プロの
試合の行方が見えたところで、準決勝が行われるベンチ前へ戻り、軽くアップを行って待機。10分間の休憩を挟んで、勝ちあがってきた
こちらのスタメンは、初戦と同じ顔ぶれ。
「先輩、悪いっすけど、この試合勝たせてもらいますよ?」
「口ではなく、結果で示せ」
「ちっとは根性みせろよ? つまんねーかんな」
「なんすか、それ......チッ」
二人の上からの返しに、面白くなさげに軽く舌打ち。見かねた審判を務める同部の三年生が、三人の間に割って入り、半ば強引に試合を推し進める。
「ったく、お前らなぁ。始めるぞ! 一年ボールだ」
ピィッ! と、口に咥えたホイッスルを吹き鳴らし、いよいよ準決勝が始まった。味方からボールを受けた
「うおっ、速えーぞ!
「くっ!」
「よっしゃ!」
持ち前のスピードで
「きゃ!?」
迫力に気押され、
「ったく、何ビビってんだよ。おい、交替だ!」
「うーん......?」
またしても、
「お疲れさま」
「ええ......」
試合の方は、想像以上に苦戦を強いられている。何より肝なのは、
おそらく、このままでは――。
波状攻撃を受け続け、ゴール前でのルーズボールが相手の目の前に転がった。そのまま押し込まれて、今大会初失点を喫する。先制点を奪い盛り上がる一年チームと、応援に集まっている下級生たちから大歓声が上がる。ゴールネットを揺らしたボールを拾い上げた
「じゃあ、行ってくるね」
サポーターを付け直してベンチから立ち上がり、
「すまん......」
「上出来上出来」
肩を落とした
「ボールを」
「ああ」
放り投げられたボールをトラップと同時に掬い上げ、リフティングで足の感触を確かめる。テーピングで多少動きづらいが大丈夫だ、問題ない。ダイレクトで、
「膝は?」
「問題ない」
「うっし! んじゃあ俺、前行くから!」
審判の笛で試合再開。
「
「おう。って、こねーのかよ!?」
「なっ!?」
左サイドの
「行かさねーっすよ?」
「もっと腰を落として、斜めに構えろ。でないと――」
「はあ? えっ......!?」
「簡単に狙われるぞ」
またぎフェイントをひとつ入れ、大きく開いた股の間を射抜く。一対一で強さを見せていた
「――ボール! 今度は、こっちの番だ......!」
余裕の顔が一転、表情が締まる。
仕切り直しのキックオフ、いったん後ろでボールを回して、仕掛けるタイミングを計っている。同じことの繰り返しに業を煮やした
しかし、ゴールへは向かわずわざわざこちらへ向かってきた。テクニックよりも、スピードで勝負するタイプ、一対一の駆け引きの最中軽く身体を引くと、そこを見逃さず突いてきた。一対一に気を取られ、
「もらった......なんで、ここに!?」
「甘いな。
「オーライ」
寄せてくる相手を身体でブロックし、軸足の後ろで叩くフットサル仕込みのトリッキーなダイレクトパスで、逆サイドの
「いいのか?」
「何が!」
イラだちと戸惑いが混在していて、まったく周りが見えていない。そして、誰もが予想しなかった場所へ送られる。ゴールから離れたセンターサークル付近へ転がるボールを、自軍ゴールを離れ、オーバーラップしてきた
ここからは、一方的だった。
どこからでも狙ってくるという意識が芽生えた相手の守備は、めちゃくちゃ。混乱に歯止めがかからず、もう揺さぶりをかけずとも勝手にスペースが生まれ、そこへパスを出すだけでいい。
「よっしゃ! 勝ったぜー!」
「やったな!」
「お、おいっ、止めろ! 変なとこ触んじゃねー!」
試合終了を告げたホイッスルが鳴り響くのと同時に、抱きついてセクハラ行為を行おうとする
「おつかれさん」
「ああ、おつかれ。どうだった?」
ベンチに座り、念のためアイシングをしているところへ、
「あれ程の差を見せつけられると思わなかったんだろうな、かなり堪えてた」
「大丈夫そうか?」
「ああ、お前のプレーを見て感じるモノはあったみたいだ」
「お前のことが気になって仕方ないって感じだったぞ? あの人、何ものっすか? ってよ」
「そっか」
どうやら、期待に応えることは出来たようだ。
準決勝の勝利し、ついに決勝戦に駒を進めた。相手チームは、サッカー部主将と正ゴールキーパー。更に、各部キャプテンで固められた、まさに反則のようなチーム相手に2-1で惨敗、準優勝という結果で体育祭は幕を閉じた。
* * *
体育祭後の昼休み。生徒会長の秘書を務める
「会長。
「そうかい。ありがとう、
「あ、はい」
生徒会が会議を行う席に設けられたソファーに通され、
「お待たせ」
「いえ。それで、俺になにか?」
丸テーブルを挟んでソファーに座り、足を組んだ
「いやー、期待通り見事なプレーだったよ。ところで、膝の具合はどうだかな?」
「問題ありません」
「それは良かった。正直、キミがピッチに立っている間は気が気でなかったよ。はっはっは!」
妙なことを言う。今回の発案者であり、俺を出場させるよう仕向けたのは、
「戸惑っているみたいだね」
「ああー、まぁ、そうですね。あの今回の件は......?」
「そうだね、キミには知る権利がある。
「はい、どうぞ」
秘書の
「これは......」
「そう、例のボイコット計画の全貌だよ。一年生の一部の男子が、人気者の
書類には計画を企てた主犯格と、共犯者の名前とクラスが明記され。さらには、当日の役割分担等の細かな部分まで記録されている。
「事前に計画を察知した僕たちは以前、部活動の予算委員会でサッカー部の主将から、
「......じゃあ、
「察しがいいね、その通りだよ。今回の計画を知っていたのは、僕と
「そして、サッカー部主将、体育祭実行委員長、その他一部生徒、教職員の方々の協力の元計画を遂行した。キミに話が漏れると困るから、親交のある
なるほど。道理で、スムーズにことが進んだワケだ。
更に
「だけど、
「私もですわ」
席を立った
「
「お二人の期待に答えられるよう最善は尽くします」
「うん、いい返事だ。さて、では本題に入ろう。
「どうぞ、こちらお受け取りください」
生徒会長特別賞、と記された目録を手渡された。
「キミにリスクを背負わせる形になってしまったことは、申し訳なく思っている。そこで、どんな願いでも一つだけ聞いてあげる。ただ、
人差し指を顔の立ててウインク。男のウインクはどうかと思うが、この人の場合は迷いがない分嫌みを感じない。それにしても――願いね。
生徒会長の出来る範囲なら、膝を治してくれ。何て願いは無理だ。
「うーん、特に何もないです」
「はっはっは、焦る必要はないよ。僕が生徒会長で居る間に、ゆっくり決めればいいさ。それでも何もないのなら、きっとキミの学校生活が充実しているんだと、僕は嬉しく思う」
ぐっ、と反動をつけてサッシから離れて、笑顔を見せる。
「そろそろ、昼休みも終わりだね。時間を取らせてすまなかったね。今度はゆっくり話せる機会を楽しみにしているよ」
頭を下げた俺は、生徒会室の入口へ向かう。ドアノブに手をかけた時、
「ところで、
「――えっ!?」
「はっはっは!
――どこから洩れた? キスをされた公園に、それらしき人影はなかった。なら、フットサルコート前の歩道で
「キミは、
目を落として考え、率直に答える。
「正直、答えかねます。どちらとも付き合いが長いとは言えないので、簡単には判断できません」
「ふむ、なるほど。冷静な判断だね、実に興味深い。どうだろう? 次期生徒会長に立候補してみないかい?」
「謹んで遠慮させていただきます。
「それは、残念。ではまた、機会があれば話そう」
「はい、失礼します」
一礼して、生徒会室を後にする。教室へ戻る途中で俺は一度振り返り、生徒会室のプレートを見つめる。最後の質問時に見せた、生徒会長の
――まだ、何か重大な秘密を隠している。
なぜか、そんな気がしてならなかった。