黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode7 ~開会宣言~

 宮村(みやむら)が教室へ荷物を取りに行ってくれている間に、もろもろの準備を進めておく。着替える場所がなかったため、テントの中でジャージの下に手をかけると、小田切(おだぎり)が頬を染めて慌てふためいた。

 

「ちょ、こんなところで脱がないでよ!」

「いや、下穿いてるから。ほら」

 

 ジャージの下は、膝下まで覆うスパッツと日常生活用のサポーターを着用済み。いくらなんでも、女の子の前で下着を見せつける公然猥褻罪になるような真似はしない。右足のサポーターを太ももまでまくり上げる。右の足の膝小僧の皿を挟むように、真っ直ぐ引かれた長い二本の線が周りは内出血の跡が残り、青黒く滲んでいる。

 

「これが、手術の跡?」

「そ。なかなかにグロいでしょ? これでも、だいぶ薄くなってきたんだ」

「これで? 凄く痛そうだけど......」

「触っても平気?」

「どうぞ」

 

 軽く触れる程度なら特に痛みはない。常に麻酔が効いているような感覚。ただ、他人に触られるのは若干くすぐったい。二人が膝を観察している間に、体育祭本部へエントリー用紙を取りに行ってくれていた五十嵐(いがらし)が戻ってきた。

 

「貰ってきたぞ」

「あら、ありがとう。えーと......」

 

 受け取ったエントリー用紙の注意事項を、小田切(おだぎり)が要点をまとめて読み上げる。

 

「試合は、五人制。必ず女子が一人以上ピッチにいること。ひとチーム最大七人までエントリー可能で選手交代は自由。ただし、選手交代の際は指定の位置で行うこと。大会はトーナメント方式を採用、対戦相手は全ての学年からくじ引きでランダムに決めるみたいね」

 

 総当たりだと時間が掛かるためトーナメントの一発勝負。これなら初戦でわざと負けるという手も使える。

 

「ねぇ、本部に大勢集まってるわ」

「あ、本当だ」

 

 エントリーを受付ける体育祭本部に行列が出来ていた。しかも、体育祭一番の目玉競技クラス対抗リレーがなくなった割りには落胆どころか、むしろヤル気満々といった感じだ。

 

宮内(みやうち)

「ん? 宮村(みやむら)か」

 

 木の影から宮村(みやむら)が小声で俺を呼び、なにやら手招きをしている。

 

「なんだよ? 荷物は?」

「ちゃんと持ってきてるって。とにかく、こっちへ来い」

 

 仕方なしに後に続いて、テント裏の木が繁る中へ入っていく。少し入ったところで、柔らかな木漏れ日が射し込み、爽やかな風が吹き抜ける広場に出た。広場には、体操服をだらしなく着崩したガラの悪い男子がダルそうに、木の樹に寄りかかって座っている。

 

「待たせたな」

「チッ!」

「いきなり舌打ちするなよ、ったく......」

 

 会うなり舌打ちされた宮村(みやむら)は、呆れ顔でひとつ大きなタメ息をついた。

 

「こいつは、山田(やまだ)白石(しらいし)さんと倒れてたヤツだ」

「ああ、覚えてるよ」

「んで。こっちは、宮内(みやうち)な。オレと一緒に、階段の前で気絶してたお前らを保健室まで運んだ。つまり、恩人ってことだ」

「......ああ、そうかよ」

 

 何か気まずいことでもあるのか、山田(やまだ)は、あからさまに顔を背けた。その行為を若干不思議に思うも、なぜ今さら、俺たちを引き合わせて何を考えているのだか、まったく見当もつかない。

 

「素直じゃねぇな~、まあいいや。でだ、二人をここに呼んだ理由(わけ)だが......」

 

 俺と山田(やまだ)の両方が視界に入るように立ち位置を変えた宮村(みやむら)は、ニヤリと悪巧みを考えていそうな笑みでとんでもないことを言い出した。

 

「お前ら、キスしてみろ」

 

 言葉を理解出来ずに固まる。先に反応したのは山田(やまだ)。勢いよく立ち上がると宮村(みやむら)を指差して、怒鳴り付ける。

 

「ふ、ふざけんなッ!! 何で男と......キ、キスしなくちゃいけねーんだよッ!?」

「まあ、落ち着けって」

「俺も、男とする趣味はない。話がそれだけなら先に戻るぞ」

 

 木の根元に置かれたバイト道具の入ったバックに手をかける。

 

「お前も待てって、これには理由があるんだよ」

「理由?」

 

 面識のない男子とキスをしなければならない理由なんてものは、聞いたことがない。そもそも、聞いたところで答えは変わらない。

 

「なにしているの?」

「し、白石(しらいし)!?」

 

 山田(やまだ)が真っ先に反応し、声をかけてきた人物の名を呼んだ。声をかけてきた白石(しらいし)は、不可解に林に入っていった俺たちを見かけて追いかけて来たらしい。

 

「ちょうどよかったぜ。白石(しらいし)さんも、こいつら説得してくれよ!」

「説得? どういうこと?」

 

 宮村(みやむら)白石(しらいし)の近くに行き、何やら彼女に耳打ちをしている。

 

「そう。わかったわ。山田(やまだ)くん」

「な、なんだよ......」

「お願い。宮内(みやうち)くんとキスしてみて」

 

 なぜか白石(しらいし)まで、宮村(みやむら)と同じことを言い出した。けど、たとえ白石(しらいし)に頼まれたところで、俺の意思は変わらない。もちろん山田(やまだ)も同じ考えだろう。

 

「うっ、わかった......」

 

 一瞬で山田(やまだ)が陥落した。まさかの事態、意味不明かつ理解不能だ。あまりの衝撃に唖然としていると、いつのまにか目の前に山田(やまだ)が迫っていた。

 

「......行くぞ?」

「行くぞ、じゃねえよ。来るな、しねぇーよ!」

 

 何をトチ狂ったのか。近づけて来た顔を手で押し戻し、さっと背を向ける。

 

山田(やまだ)くん」

「あん?」

 

 背中越しに二人の話声が聞こえた直後「ちょっと待て!」と、白石(しらいし)が呼び止めてきた。振り返る。すると突然、ぶつかりそうな勢いで飛び込んできた白石(しらいし)の口で、口を塞がれた。

 

「んっ......!」

「――なっ!?」

 

 小田切(おだぎり)の唇と同じくらい柔い唇の感触と、少し違った凄く良い香りがした。ゆっくりと彼女の顔が離れて行く。あまりにも唐突な出来事に身動きが取れないでいた俺から少し距離を取った白石(しらいし)は大きな目を丸くして、俺を指差した。

 

「な、なんで、どうしてっ!?」

「......それ、俺の台詞だから。いったい何のつもり?」

「お、おいっ! どうなってんだよ!?」

 

 白石(しらいし)は後ろを向いて、彼女と同じように目を丸くしている宮村(みやむら)山田(やまだ)に詰め寄っていく。

 

「ふむ。よし、オレとしよう!」

「しねーよ!」

 

 また俺の知らない、白石(しらいし)らしからぬ行動と態度。いったい何がどうなっているのやら。小田切(おだぎり)といい、白石(しらいし)といい。この学校に通っている女の子は、キス魔なってしまう魔法でもあるのだろうか。

 

「ちょっと、どこ行っていたのよっ!」

 

 集まって話し合いを始めた三人を広場に置いて、一足先にテントへ戻ると、少し頬を膨らませた小田切(おだぎり)が抗議してきた。

 

「ごめん、ちょっと荷物を取りに......」

宮村(みやむら)が取りに行ったんじゃなかったかしら? それにあなた、なんか疲れてる?」

「いや、まあ......。えっと、準備するから」

 

 彼女が座っていた椅子を借り、別の空いている椅子に膝を曲げて乗せテーピングを巻いている間に、小田切(おだぎり)から話の続きを聞く。

 

「みんなが、やる気になった理由がわかったわ」

「なに?」

「六位まで入賞賞品が贈呈されるのよ。ここを見て」

 

 見やすい角度でエントリー用紙を掲げ、彼女が指をさした項目には、優勝から六位入賞までの賞品が記されていた。

 

「二位から六位入賞まで順位に応じて、食券か。優勝チームは、朱雀高校クラブハウスへ無料招待豪華ランチディナー付き一泊二日の旅にご招待......クラブハウス?」

「部活に入っていないあなたには馴染みがないと思うけど。主に部活動の合宿や補習、夏期講習希望者が使う宿泊施設よ。今回の優勝チームは生徒用じゃなくて、来賓用の部屋を使わせてもらえるみたい。私も入ったことはないけど、噂ではホテルのスィートルームに匹敵するという話よ」

 

 更に料理も豪華ということで、基本食券が貰える六位入賞を目指しつつ、あわよくば優勝を狙って本気出している生徒たちが、大会本部へ押し掛けていたと。

 

「へぇ~、そうなんだ。よし、と」

「どう?」

 

 巻き終わったテーピングの端をハサミで切り落とし、まくり上げたスパッツを膝下まで下げ、右膝にスポーツ用サポーターを着けて立ち上がり、軽く曲げ伸ばしをして感触を確かめる。

 

「うん、大丈夫。それで、五十嵐(いがらし)は?」

「メンバー集めに行ったわ。今のところ、私たちを入れて五人だから、残りのふたりを探しにね」

 

 エントリー用紙のメンバー表を見る。

 一番上の欄に小田切(おだぎり)の名前がかかれ、俺、五十嵐(いがらし)白石(しらいし)宮村(みやむら)の順番で参加者名が書き記されている。

 

「あれ? 白石(しらいし)さんも参加してくれるんだ」

「ええ、彼女の了解は得たわ。メンバーが足りなかったら出てくれるそうよ。ところで、その白石(しらいし)さんと宮村(みやむら)はどこ? さっきから姿が見えないんだけど」

「なんか話し合いをしてるよ」

「あら、そう」

「おい、連れて来たぞ」

 

 五十嵐(いがらし)が後ろに男子二名を引き連れて戻ってきた。その二人は、俺がよく知っているヤツらだった。

 

「また会ったな」

「よっ、膝はどうだ?」

朝比奈(あさひな)と、森園(もりぞの)じゃないか」

 

 ひとりは午前に話した、朝比奈(あさひな)

 もうひとりは、中学時代に朝比奈(あさひな)と同様に全国大会で対戦した相手、森園(もりぞの)。キーパー以外の全ポジションをそつなくこなせるオールラウンダー。ただ当本人は、トップが性に合っていると言っていた。

 

「サッカー部で、チーム組まないのか?」

小田切(おだぎり)が持ってる用紙に書いてあるだろ。サッカー部の二年と三年は、ひとチーム二人までの制限があるんだ」

「あら、本当だわ」

 

 見せてもらうとエントリー規約に、公平を期すための処置と記されていた。二人の名前をエントリー用紙に書き記した代表者の小田切(おだぎり)は、五十嵐(いがらし)と共に本部へ提出に行った。

 

「で、どういう風の吹き回しだ? お前たちが揃って来るなんて」

「サッカー部の一年に、渋谷(しぶたに)ってのがいるんだが。そいつが、部の一年でチームを組んで出場する」

 

 どうやら、山崎(やまざき)の目論見通りことは進んでいるらしい。

 

「一年にしてはそこそこだが、なまじ出来るから驕ってる部分があるんだ。このままじゃいずれ壁にぶち当たる。五十嵐(いがらし)から、お前が出場せざるを得ない状況になったって聞いて。だから、俺たちとしてもお前のプレーを渋谷(あいつ)に見せてやるいい機会になるんじゃないかと考えたのさ」

 

 いくら中学を出たばかりの一年生とはいえ、故障してる人間に無茶な要求をしてくれる。

 

「万全じゃないんだけど?」

「連中と当たるまで、俺たちで勝ち上がるから心配すんなって」

「さほど脅威になる相手はいないからな。当然、悪化させるほど無茶をさせるつもりはない。()()()()()()出来ることをしてくれればいい、お前はな。そいつを見せてやってくれ」

「やってやろうじゃねぇかッ!」

「ん?」

 

 会話に割って入ってきた、突然の声――。

 声の主は、宮村(みやむら)白石(しらいし)と一緒に戻ってきた山田(やまだ)だった。

 

「調子乗った一年をシメるんだろ? そういうことなら、俺も協力してやるぜ!」

「誰だ? このヤンキー」

「同学年の山田(やまだ)だ。度々校内放送で呼び出しを受けてるだろ」

「ああー......」

 

 やる気満々で拳を鳴らす山田(やまだ)に、協力の申し出の答えを伝える。

 

「無理だよ」

「即答!? なんでだよッ!?」

「まあ落ち着け、山田(やまだ)

 

 山田(やまだ)の肩に手をポンと叩き宥めながら、宮村(みやむら)が前に出てきた。

 

「素人だけどよ。コイツ運動神経いいから、戦力になると思うぜ?」

 

 宮村(みやむら)の後ろで腕を組んで、得意気な表情(かお)をしている。確かに、ケンカでは負けなしって噂を耳にしたことがあるから運動能力は申し分ないだろう。けど、問題はそこじゃない。もっと根本的な理由がある。

 

「そういう問題じゃないんだ。小田切(おだぎり)さんが、手続きに行っちゃったんだよ」

 

 既にエントリーを済ませたことを知った宮村(みやむら)は、山田(やまだ)の肩に手を置いて、ドラマのワンシーンのように首を横に振った。

 

「手遅れだ。諦めてくれ」

「お前が出てくれって言ったんだろ!?」

「だって、しかたねぇーじゃん」

「大丈夫よ。山田(やまだ)くん、こっちへ来て」

白石(しらいし)?」

「おおー、そっか、その手があったな」

 

 何かに納得したように宮村(みやむら)が頷くとほぼ同時に、大会開幕を告げるアナウンスが流れた。

 ――支度したいから先に行っていて、と言った白石(しらいし)と参加を断念した山田(やまだ)と別れ、開会式が行われる本部へ向かう。多くの参加チームが集まる中、真ん中を陣取っていた小田切(おだぎり)たちと合流。

 

白石(しらいし)さんは?」

「......言わせんなよ?」

「アンタ、ほんとサイテーね」

 

 頬を染めて意味深に言いよどむ宮村(みやむら)は、蔑むような視線を向けれてた。懲りないやつだ。

 

『ええー。それでは、本大会のルールを説明します』

 

 マイクの前に立った秘書の飛鳥(あすか)が、おおまかなルールの説明を始める。試合はハーフ制を採用せず、ひと試合10分、引き分けの場合はジャンケンで勝敗が決まる。故意のスライディング、チャージなどの接触プレーは原則禁止。トーナメントは六つグループに別れ、上位ひとチームのみが決勝トーナメントに進出。予選トーナメントの得失点差上位二チームが、決勝トーナメントにおいてのシード権を獲得出来る。

 

『――以上となります。審判は大会不参加及び、自身の試合出場がないサッカー部の方々に行っていただきます。組み合わせは、エントリーシートを確認してください。会長、お願いします』

 

 飛鳥(あすか)が下がり、生徒会長の山崎(やまざき)が入れ替わりマイクを持ち、開幕宣言が行われた。

 各予選トーナメントが行われるピッチへ移動、審判を務めるサッカー部員の指示の元、第一回戦の試合が幕を開けた。


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