「ちょ、こんなところで脱がないでよ!」
「いや、下穿いてるから。ほら」
ジャージの下は、膝下まで覆うスパッツと日常生活用のサポーターを着用済み。いくらなんでも、女の子の前で下着を見せつける公然猥褻罪になるような真似はしない。右足のサポーターを太ももまでまくり上げる。右の足の膝小僧の皿を挟むように、真っ直ぐ引かれた長い二本の線が周りは内出血の跡が残り、青黒く滲んでいる。
「これが、手術の跡?」
「そ。なかなかにグロいでしょ? これでも、だいぶ薄くなってきたんだ」
「これで? 凄く痛そうだけど......」
「触っても平気?」
「どうぞ」
軽く触れる程度なら特に痛みはない。常に麻酔が効いているような感覚。ただ、他人に触られるのは若干くすぐったい。二人が膝を観察している間に、体育祭本部へエントリー用紙を取りに行ってくれていた
「貰ってきたぞ」
「あら、ありがとう。えーと......」
受け取ったエントリー用紙の注意事項を、
「試合は、五人制。必ず女子が一人以上ピッチにいること。ひとチーム最大七人までエントリー可能で選手交代は自由。ただし、選手交代の際は指定の位置で行うこと。大会はトーナメント方式を採用、対戦相手は全ての学年からくじ引きでランダムに決めるみたいね」
総当たりだと時間が掛かるためトーナメントの一発勝負。これなら初戦でわざと負けるという手も使える。
「ねぇ、本部に大勢集まってるわ」
「あ、本当だ」
エントリーを受付ける体育祭本部に行列が出来ていた。しかも、体育祭一番の目玉競技クラス対抗リレーがなくなった割りには落胆どころか、むしろヤル気満々といった感じだ。
「
「ん?
木の影から
「なんだよ? 荷物は?」
「ちゃんと持ってきてるって。とにかく、こっちへ来い」
仕方なしに後に続いて、テント裏の木が繁る中へ入っていく。少し入ったところで、柔らかな木漏れ日が射し込み、爽やかな風が吹き抜ける広場に出た。広場には、体操服をだらしなく着崩したガラの悪い男子がダルそうに、木の樹に寄りかかって座っている。
「待たせたな」
「チッ!」
「いきなり舌打ちするなよ、ったく......」
会うなり舌打ちされた
「こいつは、
「ああ、覚えてるよ」
「んで。こっちは、
「......ああ、そうかよ」
何か気まずいことでもあるのか、
「素直じゃねぇな~、まあいいや。でだ、二人をここに呼んだ
俺と
「お前ら、キスしてみろ」
言葉を理解出来ずに固まる。先に反応したのは
「ふ、ふざけんなッ!! 何で男と......キ、キスしなくちゃいけねーんだよッ!?」
「まあ、落ち着けって」
「俺も、男とする趣味はない。話がそれだけなら先に戻るぞ」
木の根元に置かれたバイト道具の入ったバックに手をかける。
「お前も待てって、これには理由があるんだよ」
「理由?」
面識のない男子とキスをしなければならない理由なんてものは、聞いたことがない。そもそも、聞いたところで答えは変わらない。
「なにしているの?」
「し、
「ちょうどよかったぜ。
「説得? どういうこと?」
「そう。わかったわ。
「な、なんだよ......」
「お願い。
なぜか
「うっ、わかった......」
一瞬で
「......行くぞ?」
「行くぞ、じゃねえよ。来るな、しねぇーよ!」
何をトチ狂ったのか。近づけて来た顔を手で押し戻し、さっと背を向ける。
「
「あん?」
背中越しに二人の話声が聞こえた直後「ちょっと待て!」と、
「んっ......!」
「――なっ!?」
「な、なんで、どうしてっ!?」
「......それ、俺の台詞だから。いったい何のつもり?」
「お、おいっ! どうなってんだよ!?」
「ふむ。よし、オレとしよう!」
「しねーよ!」
また俺の知らない、
「ちょっと、どこ行っていたのよっ!」
集まって話し合いを始めた三人を広場に置いて、一足先にテントへ戻ると、少し頬を膨らませた
「ごめん、ちょっと荷物を取りに......」
「
「いや、まあ......。えっと、準備するから」
彼女が座っていた椅子を借り、別の空いている椅子に膝を曲げて乗せテーピングを巻いている間に、
「みんなが、やる気になった理由がわかったわ」
「なに?」
「六位まで入賞賞品が贈呈されるのよ。ここを見て」
見やすい角度でエントリー用紙を掲げ、彼女が指をさした項目には、優勝から六位入賞までの賞品が記されていた。
「二位から六位入賞まで順位に応じて、食券か。優勝チームは、朱雀高校クラブハウスへ無料招待豪華ランチディナー付き一泊二日の旅にご招待......クラブハウス?」
「部活に入っていないあなたには馴染みがないと思うけど。主に部活動の合宿や補習、夏期講習希望者が使う宿泊施設よ。今回の優勝チームは生徒用じゃなくて、来賓用の部屋を使わせてもらえるみたい。私も入ったことはないけど、噂ではホテルのスィートルームに匹敵するという話よ」
更に料理も豪華ということで、基本食券が貰える六位入賞を目指しつつ、あわよくば優勝を狙って本気出している生徒たちが、大会本部へ押し掛けていたと。
「へぇ~、そうなんだ。よし、と」
「どう?」
巻き終わったテーピングの端をハサミで切り落とし、まくり上げたスパッツを膝下まで下げ、右膝にスポーツ用サポーターを着けて立ち上がり、軽く曲げ伸ばしをして感触を確かめる。
「うん、大丈夫。それで、
「メンバー集めに行ったわ。今のところ、私たちを入れて五人だから、残りのふたりを探しにね」
エントリー用紙のメンバー表を見る。
一番上の欄に
「あれ?
「ええ、彼女の了解は得たわ。メンバーが足りなかったら出てくれるそうよ。ところで、その
「なんか話し合いをしてるよ」
「あら、そう」
「おい、連れて来たぞ」
「また会ったな」
「よっ、膝はどうだ?」
「
ひとりは午前に話した、
もうひとりは、中学時代に
「サッカー部で、チーム組まないのか?」
「
「あら、本当だわ」
見せてもらうとエントリー規約に、公平を期すための処置と記されていた。二人の名前をエントリー用紙に書き記した代表者の
「で、どういう風の吹き回しだ? お前たちが揃って来るなんて」
「サッカー部の一年に、
どうやら、
「一年にしてはそこそこだが、なまじ出来るから驕ってる部分があるんだ。このままじゃいずれ壁にぶち当たる。
いくら中学を出たばかりの一年生とはいえ、故障してる人間に無茶な要求をしてくれる。
「万全じゃないんだけど?」
「連中と当たるまで、俺たちで勝ち上がるから心配すんなって」
「さほど脅威になる相手はいないからな。当然、悪化させるほど無茶をさせるつもりはない。
「やってやろうじゃねぇかッ!」
「ん?」
会話に割って入ってきた、突然の声――。
声の主は、
「調子乗った一年をシメるんだろ? そういうことなら、俺も協力してやるぜ!」
「誰だ? このヤンキー」
「同学年の
「ああー......」
やる気満々で拳を鳴らす
「無理だよ」
「即答!? なんでだよッ!?」
「まあ落ち着け、
「素人だけどよ。コイツ運動神経いいから、戦力になると思うぜ?」
「そういう問題じゃないんだ。
既にエントリーを済ませたことを知った
「手遅れだ。諦めてくれ」
「お前が出てくれって言ったんだろ!?」
「だって、しかたねぇーじゃん」
「大丈夫よ。
「
「おおー、そっか、その手があったな」
何かに納得したように
――支度したいから先に行っていて、と言った
「
「......言わせんなよ?」
「アンタ、ほんとサイテーね」
頬を染めて意味深に言いよどむ
『ええー。それでは、本大会のルールを説明します』
マイクの前に立った秘書の
『――以上となります。審判は大会不参加及び、自身の試合出場がないサッカー部の方々に行っていただきます。組み合わせは、エントリーシートを確認してください。会長、お願いします』
各予選トーナメントが行われるピッチへ移動、審判を務めるサッカー部員の指示の元、第一回戦の試合が幕を開けた。