黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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修正、および加筆を加えてひとつにまとめました。


Epilogue ~祝福~

 夢を見ていたみたいだった。

 あの日、あの時、多くの祝福に包まれていた時間は二年以上の時が経った今でも、まるで昨日のことのように鮮明に思い出せる。

 自分でも大袈裟だと思う。だけど、あの瞬間、まるで歌劇の主役にでもなったかのような錯覚を覚えるほど、本当に夢のような時間だった――。

 

           *  *  *

 

「ハァ......まったく、もう少し真面目に答えてくれ。取材にならないじゃないか」

 

 レコーダーの電源を落とした五十嵐(いがらし)は、向かいの席でそれはそれは大きなタメ息をついた。

 

「ちゃんと答えてるって」

「そうとは思えないから言っているんだが?」

「なに? どうしたの?」

 

 キッチンでお茶と茶請けを用意してくれていた寧々(ねね)がトレイを持って、リビングへやって来た。テーブルに置いて、隣の席に腰を下ろす。

 

「真面目に取材を受けてくれないんだ」

「あら、そうなの? ダメよ、ちゃんと受け答えしてあげないと」

「いやいや、ちゃんと受けてるって。本当にまだ何も決まってないんだよ」

「聞いての通り、この調子だ。小田切(おだぎり)からも言ってくれ」

「私もう、小田切(おだぎり)じゃないんだけど?」

 

 口元へ左手を持っていってクスっと小さく笑った寧々(ねね)の薬指には、銀色の指輪が光っている。

 

「あれから、もう二年以上になるのか。あの、大会最後の試合の後、六万の観衆とテレビ画面を通して世界中の人が見守る中での公開プロポーズから――」

 

 思い出し笑いを浮かべながら「とてもじゃないが、俺にはマネできないな」と言って、コーヒーをすする五十嵐(いがらし)

 

「お前たちがやれって言ったんだろ」

 

 まるで人ごとのように言っているが、発案者の宮村(みやむら)と面白がって乗った詫摩(たくま)だけではなく、合宿前日に二人と一緒に激励に来ていた五十嵐(いがらし)も当然一枚噛んでいる。何せ、バラの花束を応援席から投げ入れた張本人。

 

「スタッフさんに声をかけられてグラウンドに連れていかれたと思ったら、あんなことになって......本当に驚いたんだから。サプライズなんて言葉じゃ足りないわ」

 

 マスコミにはしつこく追い回されるし、いろいろと面倒も迷惑もかけた。

 

「フッ、多少強引に背中を押さなければ何となくずるずる行きそうな気がしたからな。山田(やまだ)たちのように」

「そういえばまだ、そういう話しにはなってないんだって?」

「ああ。先日、宮村(みやむら)玉木(たまき)と四人で山田(やまだ)の家で飲んだんだが、いっさいしていないそうだ。互いに忙しくて余裕がない、という話しではあったが......どうなんだろうな」

 

 まだ社会人一年目、ぜんぜん不思議じゃない。むしろ、俺たちが早かっただけの話しで。

 

(みやび)ちゃんと椿(つばき)は、どうなのかしら? お互い気がないわけじゃないと思うんだけど」

宮村(みやむら)からの又聞きになるが、たまに二人で食事しているそうだぞ」

「へぇ、そうなの。大人しくくっついちゃえばいいのに。それで、(うしお)くんはどうなの?」

「何がだ?」

「ノアちゃんと、よくご飯とか行ってるんでしょ?」

「......あれはアイツが、やれ飯おごれだの、やれストレス発散させろだの、しつこくて仕方なくだ。面接官がウザかっただの、セクハラまがいの発言してきたから暴露記事を書けだの、毎度愚痴ばかり聞かされる身にもなってくれ......。決まったあとは、祝えと催促してくるんだぞ」

 

 眉間にシワを寄せながら不満気に言いつつも、ちゃんと付き合ってあげいてるんだから人が良い。まんざらでもないんじゃないか、と(じゅん)ちゃんは言っていたけど、実際のところはどうなんだろう。

 

「まったく、突然の部署移動といい。俺の人生は、周りに振り回されてばかりだ」

 

 愚痴を漏らして、コーヒーカップをソーサーに置いた。

 元々、絵本などの児童書の編集を担当していた五十嵐(いがらし)は、二年前の出来事を部署の垣根を越えて独占インタビューを成したことが高く評価されて、芸能・スポーツ担当の部署へと強制的に移動させられた。そんなわけで、取材の申し込みがあればこうして受けて貢献してあげられる。

 確か、移動前に担当していた絵本のタイトルは、そう――山田くんと7人の魔女。

 朱雀高校の七不思議である魔女伝説を題材にして、実体験を元に作られた絵本。今や売れっ子漫画家になった大塚(おおつか)が作画を担当したことも話題になって、結構な部数が刷られているそうだ。

 

「唯一の利点は、お前と同じ代表クラスの朝比奈(あさひな)森園(もりぞの)。エンタメで注目を集める猿島(さるしま)大塚(おおつか)のインタビューが比較的容易に出来ることか。おかげで、同期の倍近い額を貰えてる点はありがたくもある」

 

「その分をアイツにたかられてるけどな」と、若干恨み節を加えながら冗談交じりに言った。

 

「話しを戻すが、本当のところどうなんだ? 例の話し、海外リーグへの移籍の件は――」

 

 つい先日閉幕した、四年に一度開催されるサッカーの世界大会。結果は、ベスト16。ベスト8にあと一歩届かず、欧州の強豪国相手に惨敗。若手中心の大会とはまったく違う、本物の世界との差、世界の壁というものを思い知らされた。

 取材を終えた五十嵐(いがらし)が帰ったあと、向かいの席に座り直した寧々(ねね)が聞いてきた。

 

「オファーは、届いてるでしょ?」

 

 彼女の言う通り、幾つか海外からオファーは届いている。所属クラブ側も、去年の契約更改時に海外への移籍について別途にオプションを付けて配慮してくれている。契約上の障害は、皆無に等しい。

 ただ、ひとつだけあるとすれば。今は、ひとりではないということ。単独で決められることじゃない。だけど――。

 

『この雪辱は、四年後に必ず果たすぞ』

 

 悔しさを滲ませて言った朝比奈(あさひな)は、アメリカからイタリアの強豪クラブへ。森園(もりぞの)は、オランダ。選手権の決勝で戦った嘉納(かのう)もイングランドへと、それぞれ海外への移籍を決め。既に四年後の大会を視野に入れ始動している。

 サッカー選手の平均引退年齢は、25才。

 もし仮に、四年後まで現役を続けられたとして、代表メンバーに選出されたとすれば、年齢的にはラストチャンス。

 

「勝負したい。世界を相手に、どこまでやれるか試したい。一緒に来てくれる?」

 

 本心を伝えると、寧々(ねね)は不満そうに少し口を尖らせた。

 

「イヤよ。なんてこと言うなら、最初からプロポーズなんて受け入れてないわ」

「......ありがと」

「もうっ。でも、いろいろ決めないといけないわね」

 

 人生の岐路に立った時、いつも傍で支えてくれる。

 彼女と出会えたことが一番の幸運なのだと、はっきりと自信を持って言える。

 そして、目まぐるしい早さで季節は巡っていった。

 

           *  *  *

 

「あ、寧々(ねね)、どうしたの?」

 

 荷物を担ぎ、ロッカールームを出て、スタジアム内の通路を駐車場へ向かって歩きながらワイヤレスでの通話。

 

『さっき、うららちゃんから連絡が来たのっ!』

白石(しらいし)さんから?」

 

 イヤフォン越しに聞こえる寧々(ねね)の声は、普段よりも若干テンションが高めなように感じた。

 

『大事な話があるんだって。結人(ゆいと)くんが帰ってきたら折り返すって伝えたんだけど、どのくらいかかりそう?』

「今、スタジアムを出るところだから。そうだね、渋滞に嵌まらなければ二十分くらいかな?」

『そう。じゃあ、安全運転で急いで帰ってきて』

 

 また無茶な注文。ひとまず通話を終え、スタジアムから自宅へと続く車通りの多い大通りを安全運転で帰る。

 

「お帰りなさい」

「ただいま。もう、寝ちゃってるよね?」

 

 玄関をあがってすぐの横の寝室へ目を向けて訊ねる。

 

「ええ、ぐっすりよ。晩ご飯は?」

「後でいいよ。それより、白石(しらいし)さんから連絡があったんだよね」

「そうなの。いつもと声色が違ったから、もしかしてと思って。帰ってきたって、メッセージ送るわ」

 

 リビングに入るのとほぼ同時に、白石(しらいし)からの返信があった。山田(やまだ)のマンションに一緒に居るとのことだったため、四人で会話が出来るようにパソコンを立ち上げる。

 

『久しぶりだな!』

「ああ、久しぶり。元気?」

『おう。さっきまでやってた試合、観てたぜ』

『おめでとう、スゴかったわ』

「ありがとう」

『疲れてるのに、ごめんなさい。そっちは、もう夜も遅いでしょ』

「気にしないで。それで、大事な話って何かしら?」

 

 挨拶も早々に、寧々(ねね)は本題を切り出した。

 画面越しの白石(しらいし)山田(やまだ)は顔を見合わせて頷き合い、そして――。

 

『うん、あのね――』

 

 通信環境のせいなのか、多少ラグがあって口の動きの後に白石(しらいし)の声が遅れて届いた。

 ――私たち、結婚することになったの。

 

           * * *

 

「よっ、久しぶり。元気してたかー?」

 

 スタイリッシュにスーツを着こなした宮村(みやむら)が、空港から出てきた。

 

「ああ、おかげさまで。そっちは?」

「ぼちぼちってとこだな。ま、立ち話もなんだし、とりあえず行こうぜ」

「それ、俺のセリフだからな?」

 

 笑いながら助手席へ回った宮村(みやむら)を乗せ、エンジンをかける。

 

「悪いな、こんな遠くまで来てもらって」

「気にすんなよ。どうせ来月には、欧州(こっち)へ異動だからな。下見のついでだ」

「欧州っていっても、配属先は北欧なんだろ?」

「日本からと比べりゃ全然ちけぇーよ」

「そりゃそうだ」

 

 父親と同じ外交官になった宮村(みやむら)は、来年度から北欧・ノルウェーの日本大使館への配属が決まった。前回の南アフリカの時と同様に短期間といっていたが、順調にキャリアを積んでいるようだ。

 

「おっ、サグラダファミリア。あれ見ると、スペインだよな」

 

 窓を下ろし、肘を乗り出して、視界に拡がるスペインの街並みを眺めている。

 

「おお、そうだった。椿(つばき)のヤツ、今度、海外へ進出するんだとよ」

「マジか。オゴれって言っておいて」

「もう言った」

 

 どちらからともなく笑い合う。

 こんな些細なことで笑い合える。まるで、学生時代に戻ったみたいに。何年経っても一瞬で戻れるんだと思うと、嬉しさ一緒に感慨深さが心に込み上げてくる。

 

「さあ、着いたぞ」

「サンキュー」

 

 自宅のガレージに車を止めて、呼び鈴を鳴らす。

 

「あら、早かったわね」

「空港から直で来たから」

「久しぶり! おっ、大きくなったな~」

 

 玄関でしゃがんだ宮村(みやむら)は、寧々(ねね)の隣で服の裾を掴んでいる、小さな女の子に視線を合わせた。

 

「あはは、ホント、入学案内のパンフレットの小田切(おだぎり)さんだよな。スゲー似てて笑える」

「同じくらい歳だもの。ほら、ちゃんと挨拶しなさい」

「こんにちわー」

「こんにちは。ちゃんと挨拶できてエラいなー。もうひとりは?」

「お昼寝中よ」

 

 褒めながらぽんぽんっと頭にふれて立ち上がった宮村(みやむら)に、寧々(ねね)が訊ねる。

 

「そろそろお昼だけど、どうする? まだでしょ?」

「近くのレストランにでも行こうか?」

「そうだな。出来れば、和食がいい。ここんところ他国の料理ばっかで飽きた。ある?」

「あるにはあるけど、現地向けにアレンジされてるんだよね。日本のカレーとか、中華料理みたいに」

「だよなー......」

「簡単なものでよければ、私が作るわよ 」

「ぜひ頼む!」

 

 そんなわけで外食は止めて、近所の市場で食材を買い揃えて、自宅で食べることに。

 

「えっ? じゃあ、山田(やまだ)のブラジル転勤って話しは勘違いだったの?」

「そ、実際は二週間の出張。完全な早とちりだな。つーか、味噌汁って、スゲー美味いのな......」

 

 寧々(ねね)が作った和食を、これでもかというほど味わっている。一見大袈裟だと想うけど、宮村(みやむら)に気持ちはよく分かる。こっちへ来たばかりの頃とか、寧々(ねね)が帰国した時とか、外食が多くなって日本食が恋しかった。

 何より、海外移籍から五年が経ち。去年の世界大会が終わったあとも、こうして現役を続けていられるのは彼女のサポートがあってこそ。感謝してもしきれない。

 

「ハァ、そういうところは変わらないわね。ちゃんとやっていけるのか心配になるわ」

「その辺りは、大丈夫だろ。国家プロジェクトに関わる企画を任されてるし。それも海洋じゃなくて、宇宙開発の方のな」

「宇宙ねぇ。伊藤(いとう)さんが、食いつきそうなネタだ」

「ビンゴ! スゲー羨ましがってた。必ず宇宙人見つけ出せってな。そうそう伊藤(いとう)さん、超研部を復活させたんだぜ」

「ホントっ?」

「じゃあ、また、はじまりの魔女が......?」

 

 対処法があるとはいえ、やっぱり気になる。

 

「イヤ、ただの私的目的。部員に体験談を話してるそうだ。生徒たちは目を輝かせてるって言ってたけど、まあ、な」

「ああ、なるほど」

(みやび)ちゃんらしいわね」

 

 どや顔で得意気に話す伊藤(いとう)の姿と、若干引き気味の教え子の姿が目に浮かぶ。

 

「ねぇねぇ、まじょってなーに?」

「お、気になるか」

「うん」

 

 宮村(みやむら)の問いかけに頷く。笑った宮村(みやむら)は、スーツケースから一冊の絵本を取り出した。

 

「プレゼント。あとで読んでもらいな、魔女のことがたーくさん載ってるぞ」

「ありがとー」

「これ、五十嵐(いがらし)の絵本......」

「いいの?」

「ああ。こっちじゃ売ってないだろ。おっと、それこそ大事なもん忘れるところだった。今のうちに渡しとく。ほい」

 

 同じスーツケースの中から装飾された封筒を取り出して、テーブルに置いた。それは、白石(しらいし)山田(やまだ)の結婚式への招待状。

 

小田切(おだぎり)さんと、子どもの分で良かったんだよな?」

「ええ、結人(ゆいと)くんは今、シーズン終盤戦で優勝争いのまっただ中だもの」

「事情が事情だし、仕方ねぇよな。じゃあ、飯も食い終わったことだし、そろそろ行こうぜ!」

 

 支度を整え、本拠地のスタジアムへ向かう。

 クラブ側から事前に許可を貰っていることを警備員に伝え、スタジアムの中へ入れてもらう。使い慣れたロッカールームの前を通り、人気のない廊下を抜けて、鮮やかな緑色の芝が映えるピッチへ出る。

 

「うおっ、マジでスゲーな! テレビで見るのと迫力が段違いだ!」

「観客が入るともっとスゴいわよ。いつも満員で、熱気がスゴいんだから」

「マジか。滞在予定伸ばして、プライベートで観戦してくかな?」

「次節と同日だから、二人の結婚式から弾丸になるぞ」

「しゃーねぇ、またの機会にとっておく。よし、始めるぞ」

 

 宮村(みやむら)のアイデアでユニフォームに着替えた俺は、サッカーボールを持ってピッチに立つ。そして宮村(みやむら)は、ビデオカメラを構えた。

 

「大丈夫なの?」

「心配すんなって。こっちへ来る前に、朝比奈(あさひな)森園(もりぞの)のメッセージも俺が撮ったんだ。んじゃあ本番五秒前! 四、三、二――」

 

 カメラを構えていない方の手で黙ったまま人差し指を立てた宮村(みやむら)は、ゼロのタイミングで手を伸ばした。そのジェスチャーに合わせ、カメラに向かって語りかける。

 

白石(しらいし)さん、山田(やまだ)、結婚おめでとう! 二人と知り合ってから、もう――」

 

 俺は、二人の結婚式には出席出来ない。

 宮村(みやむら)からビデオレターの話しを聞いた時、何を話そうか何日も考えた。だけど結局、まとまることはなかった。だけど、だからこそ、心からの祝福の気持ちを素直に伝えようと想う。

 

 ――初恋は、叶わない。よく聞いた話しだ。

 

 確かに、俺の初恋も叶うことはなかった。

 捉え方は人それぞれ十人十色なんだろうけど、少なくとも俺は今、不幸でなく幸せだと心から言える。

 カメラへ向かって話している途中ふと視線を上に向けると、どこまでも澄み切った青空が広がっている。

 その雲ひとつない晴れやかな綺麗な青空に、この言葉と想いを託そう。

 

 ――白石(しらいし)、本当におめでとう。




途中間延びしたりといろいろありましたが、長い間最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました。

簡単な設定公開。
○主人公の名前。
宮内(みやうち)結人(ゆいと)の由来は、「朱雀高校の中で、人の縁を結び付ける人」という意味合い。

参考資料・原作。
○山田くんと7人の魔女(原作)
○山田くんと7人の魔女(アニメ)
○古河美希先生

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