黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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今回は寧々(ねね)視点となります。


Episode70 ~サプライズ~

 どこかもの寂しさが漂う秋が過ぎ、冷たい風が吹く冬を越え、薄紅色の花びらが舞う春を抜けて、季節は巡り、幾度目かの夏を迎えた。

 夏空から降り注ぐ、まるで肌を焼くような強い日差しを避けるため、シックな傘の広いパラソルが設置されたカフェテラスの日陰の中で、後輩の女子三人が賑やかにお喋りしている。その中の一人が、私に気がついた。

 

「あ、寧々(ねね)先輩」

 

 私の呼んだのは、(じゅん)ちゃん。

 

「あなたたち、相変わらず仲が良いわね」

「ただの腐れ縁ですよ」

「ええーそんな~、(じゅん)ちゃん、ひど~い」

「私に、ぶりっ子使っても意味ないから。てゆーか、いいかげん猫被るのやめたら?」

 

 とてもわざとらしく身体をくねらせて抗議する(みどり)ちゃんに対して、澄まし顔の(じゅん)ちゃんは、汗をかいたアイスティーを口に運ぶ。

 

「ところで、もうひとりは居ないの?」

冴子(さえ)ちゃんは今日も、模試ですよ。長期休校の前は模試続きで大変って、目元にスゴいクマ作ってました」

 

 ノアちゃんの友だちの深沢(ふかざわ)さん。彼女は四人の中で唯一、殿様大学へ進学した。一年生の時、朝比奈(あさひな)くんに学年トップのプライドをズタズタにされて以来、彼を見返すためより一層勉強に打ち込んでいたそう。この間会った山田(やまだ)も話していたけど、殿様大学は外国語オンリーでの授業があったり、毎日何かしらの模試があると弱音を吐いていた。

 なにせあの、山崎(やまざき)元会長が留年するほどだから、さすが日本一の大学と云う称号は伊達じゃない、とも言い切れない。宮村(みやむら)いわく、遊びすぎの留年と言っていたから。

 

寧々(ねね)先輩は......聞くまでもないか、野暮でしたね」

「ちょうど、ランチ時だし~」

「デスネー」

 

 これは、絶対勘違いしてる表情(かお)。しかもノアちゃんは、解ってて悪ノリしているからタチが悪い。

 

「残念、大ハズレ。ランチの約束は、ナンシーたちとよ」

 

 朱雀高校を卒業して、それぞれ違う道を進んだみんなが久しぶりに顔を合わせて集まれる機会。ちょうど今、うららちゃんが殿様大学への短期留学で帰国しているから、本当の意味で貴重な機会。

 

「へぇ、珍しいですね。元魔女の同窓会」

「ま、そんなところね」

「ノアは、行かなくていいの?」

「先にこっちの約束入ってたし、山田(やまだ)先輩は来ないしー。それにどうせ、すぐに集まるじゃん?」

「まーね」

「本当に良かったんですか? 頼めば、開会式のチケット用意出来ましたよ?」

「さすが、大会スポンサー企業・天下の有栖川グループの御令嬢。景気の良いお話ですね」

「おかげさまで。お小遣いもたんまりデスヨー」

「うわぁ~、感じわるーい」

 

 三人は、楽しそうに笑い合っている。日本を代表する大企業を経営する多忙なご両親との確執、一種の反抗期のようなものも過ぎて、進学する際に一度しっかり話し合って和解することが出来たと言っていた。少なくとも、こうして笑い話に出来るくらいに。

 

「お待たせ」

「遅いよ、寧々(ねね)!」

 

 先に来て、猿島(さるしま)さんたちと話していたナンシーが少し不満そうに口を尖らせた。

 

「はいはい、ごめんなさい」

「あははっ! 晴子(はるこ)、一番乗りだったから。ワタシが着いた時には、もう――」

「こ、コラ、余計なこと言うなっ。それから、ナンシーと呼べって言ってるだろっ!」

「おまた~っ!」

「何だか、賑やかね」

 

 うららちゃんと、(みやび)ちゃんが揃って到着。リカ先輩は就活のため欠席、飛鳥(あすか)先輩は多忙な中顔を出してくれた。これで全員が集合。予めオーダーしていたランチをいただきながら、それぞれ違う道を進んでいる現在の近状を話す。

 

「えっ? 漫画家デビュー決まったの!?」

「はい! と言っても、連載作家の休載を埋める読み切り作品ですけど」

「それでも、スゴいことじゃない。どんな内容なの?」

 

 私の質問に、大塚(おおつか)さんのメガネがキラリと光った。

 

「よくぞ、聞いてくれましたっ。男子の友情をテーマにした内容でして。主人公は落ちこぼれの不良少年、学園の人気者のイケメン男子と友情を育みながら数々の苦難を乗り越え、国内最難関の大学を一緒に目指すという物語で――」

 

 それ、山田(やまだ)宮村(みやむら)がモデルじゃない、とみんなが呆れ顔を見せる。猿島(さるしま)さんは、モデル兼アパレルデザイナー見習い。少し人見知りだった姫川(ひめかわ)さんと火野(ひの)さんも今では、楽しく過ごせているみたい。学校も、学部も違うと校舎も別々になって、なかなか会える機会も減ったけど、みんな、充実した生活を送っているみたいでなんだか安心した。

 

寧々(ねね)は?」

「私は、予定通りよ」

 

 椿(つばき)の紹介で、彼の実家が経営する料亭で手伝いをさせてもらいながら、たくさん為になることを教わった。栄養士は、税理士の方を優先して学部を選んだから、卒業後、専門学校へ通うことも考えたけど、独学で学びつつ余裕が出来てからゆっくり考えようと思っている。

 

「その話しじゃないよ。もう付き合い始めてから三年以上になるだろ? 卒業した後のこととか話してないのかい?」

「特には、話していないわ」

「あら、それはいけませんね。相手の気持ちを知ることは大事なことですよ、寧々(ねね)さん」

「ワタシ、この間偶然、番組のゲスト出演で一緒になったんだけど。本番前にちょっと親しく話していたら、噂になってる高校時代からの彼女がワタシじゃないかって、MCに勝手に話しを盛られちゃうし、周りの人たちにも茶化されてはやし立てられるし。あまりにしつこいから、付き合ってる相手は共通の友だちだって思わず口走っちゃって大変なことになっちゃった」

 

 オンエアではカットされてたけど、何週間か前にスゴく疲れた顔で帰って来たのはそれが原因だったのね、まったく。特定の事務所に所属している芸能人じゃないんだから、プライベートはそっとしておいてくれればいいのに。

 

「ああ~、でも疑われても致し方ないんじゃない? マリアちゃん、美人だし、スタイルも抜群だし。て言うか、特定の彼氏いない方が不思議だもん」

「今、スゴい充実してるから。正直、そういうことを考えてる余裕なんてないんだよねー」

「それは、アタシも分かる。バンド活動が楽しくて仕方ないからね。ライブにも招待されたしな!」

「それはいいけど、単位平気なの?」

晴子(はるこ)ちゃんは、真面目さんですから。ちゃんと真面目に出席していますよ」

「そら......お前もう、わざと言ってるだろ?」

 

 何度注意されてもナンシーを本名で呼ぶ姫川(ひめかわ)さんは、不思議そうに理小首をかしげる。屈託のない彼女の笑顔に、ナンシーは諦めた様子で大きなタメ息をついた。

 

「だけど、せっかくのキャンパスライフなんだから楽しまないと損なのは確かよね。アタシこの前、バイト先の人に誘われて、初めて合コンに行ってモテモテだったんだからっ!」

 

 合コンという名の地獄絵図。(みやび)ちゃんと一緒に初めて参加した合コンは、彼女のワンマンショーで幕を閉じた。相手側の男子たちは全員タジタジで、自分たちから趣味の話題を振ったとはいえ、少し気の毒だった。

 

寧々(ねね)ちゃんも一緒に、合コンに行ったの?」

「仕方なくよ。初めてで不安だからどうしても一緒に来てって聞かないんだもの」

「だって、寧々(ねね)ちゃんしか頼れる人いなかったんだもん。彼氏いるから安心だし。実際、馴れ馴れしくアプローチかけてきた男子を一蹴してたわ」

「最初にちゃんと、私には彼氏がいて、女子の数合わせって言ってあったじゃない」

 

 仮にフリーでも、ああいったタイプに惹かれることはないけど。殿様大学ほどではないにしろ、通っている大学の偏差値がどうとか。結局のところ、どこへ進学するかじゃなくて、何を目的に通うかが一番大事。私が惹かれた人は、他の人よりも遥かに険しい道であることを覚悟した上で進む人だから。

 

           *  *  *

 

「いらっしゃい。早かったね」

「みんな予定があって、一次会だけで解散になったの」

 

 うららちゃんと(みやび)ちゃんは、夕方から塾講師のアルバイト。他のみんなも、それぞれ予定が入っていたりと忙しいみたいで、やっぱり、昔と同じようにはいかない。

 

「お客さん、来ているの?」

 

 玄関に列んだ男性物の靴のことを訊ねる。

 

「ああー、うん、宮村(みやむら)たち。激励に来てくれたんだよ」

「あら、そうなの。お邪魔するわ」

 

 何だか、ちょっと歯切れが悪い気がしたのだけど気のせいかしら? と、ちょっぴり不思議に想いつつ、とりあえず部屋に上がらせてもらうことに。リビングに入ると彼の話し通り、締まりのないニヤけ顔の宮村(みやむら)、澄まし顔の(うしお)くん。それと、詫摩(たくま)の三人で、テーブルを囲んでいた。

 

「よっ!」

「邪魔してる」

「やあ、久しぶりだね」

「あなたたち、お酒飲んでるの?」

 

 まだ日も暮れていないというのに、テーブル上には酒類の缶や瓶が数本、封が切られた状態で置かれていた。

 

「心配すんなって、飲んでるのはオレたちだけだからよ。いつも通りな」

「少々気が引けるがな」

 

 結人(ゆいと)くんは、お酒を飲める年齢二十歳を過ぎてもいっさい飲んでいない。プロスポーツ選手は身体が一番の資本。風邪薬などの医薬品はもちろん、今では、プロテインもグレーゾーンになっていて、とても厳しい制限が設けられていることから。現役でいる間は、不摂生な生活は極力避けると言っていた。気を使っているワケじゃないけど、私も、お酒の付き合いは基本的に断ってる。

 

「何か作るわ。キッチン、使わせてもらうわね」

「うん、ありがと」

「おっ、マジか。サンキュー」

「すまんな」

 

 手荷物を置いて、代わりにエプロンを付けて台所に立ち、冷蔵庫にあった食材で簡単なおつまみを作り、出来上がった料理をテーブルへ運ぶ。

 

「お待たせ。出来たわ」

「おっ、うまそ~」

 

 宮村(みやむら)はお箸を持つと、料理を口に運んだ。

 

「相変わらずうめぇーな。こりゃあますます酒が進むって」

「うむ。日本酒にも合う」

「同感だね。その辺の店よりもぜんぜん美味しいんじゃない」

 

 詫摩(たくま)も珍しく、私が作った料理を褒めてくれた。明日、隕石でも衝突するんじゃないのかと心配になる。

 

「そりゃそうだろ。椿(つばき)の親父さんが経営する老舗料亭から正式にオファー貰ってんだからさ」

「どうして、知ってるのよ?」

「んなもん、椿(つばき)から聞いたからに決まってるだろ。つーかお前ら、進路は決めたのか?」

 

 お酒の缶を片手に、いつものかるーいノリで訊いてきた。

 

「私は、都内の税理事務所が第一志望よ。しっかり学んで、ゆくゆくは独立を目指すわ。うららちゃんは、日本(こっち)で就職活動するって言っていたわね。あなたたちは?」

「俺は、今のバイト先の出版社にそのまま入社することになりそうだ。先日、部長から来年度の人事についての話しを聞かされた。既に戦力としてカウントされてた。まあ、就活をしなくていいってのは気楽だ」

「はっはっは、そりゃそうだな。オレは、大学院へ進む口だから試験さえパスすりゃいいし。椿(つばき)は、親父さんの店で本格的に修業するってよ」

「へぇ、みんな、ちゃんと考えてるんだね~」

 

 まるで人ごとのように言って、箸を伸ばす詫摩(たくま)

 

「お前も、大学院へ進むんじゃねーのか?」

「このままなら、たぶんそうなるんだろうけどね。いろんな大学(ところ)から話しはあるし。あ、そうだ、海外留学するのも悪くないかも。もうひとりのオレも、少しは退屈しないだろうからね」

「ああ~、お前の場合は、そういう事情もあんのか。白でいることが多いから素で忘れてたぞ」

「今夜は、もうひとりの方も出るよ? キミたちとの勝負は、オレも、もうひとりのオレも退屈しないからね!」

「そりゃ楽しみだ!」

「ふぅ......」

 

 テーブルを挟んで意味深に笑い合う、宮村(みやむら)詫摩(たくま)。何ごとかと想って詳しく聞くと、この後山田(やまだ)と合流して、山崎(やまざき)元会長の家で麻雀をするとのこと。(うしお)くんが呆れ気味の理由も納得。小一時間ほど他愛のない世間話しをして過ごし、ずいぶんと長くなった日が落ちた始めた頃、三人は帰っていった。

 テーブルを片付けて、少し遅めの夕食を二人で食べる。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末さま。準備は、もう済んでるの?」

「大丈夫、全部済んでるよ。しばらく食べられなくなるから名残惜しいけど」

 

 大きめのバッグと、ハンガーラックに掛けられたスーツを指差して言った。

 彼は明日から、U-23日本代表の合宿へ参加。

 再来週には、スポーツの祭典の幕開け。

 シーズン中は、遠征で東京を離れることになっても長くて三日ほど。だけど今回は、大会終了まで基本的に会えなくなる。

 

「じゃあ、朝ご飯作ってあげる」

「泊まっていく?」

「迷惑じゃないかしら?」

「ぜんぜん」

「じゃあ、そうさせてもらうわ。お風呂、借りるわね」

 

 クローゼットの一画に置かせてもらってある着替えを持って、バスルームへ向かった。

 

「いよいよね」

「うん。俺には、縁のない話しだと思ってたけど。あ、そうだ。試合のチケット、今のうちに渡しておくよ」

 

 間接照明の柔らかな光りが灯る薄暗い寝室。同じベッドへ入っての会話中、結人(ゆいと)くんは思い出したように、枕元の収納スペースから、観戦チケットの入った封筒を取り出した。

 

「ありがと」

「とりあえず、予選リーグの分。男友だちの分は、宮村(みやむら)に預けておいたから」

「うららちゃんたちには、私から渡しておくわね」

 

 受け取った人数分のチケットを、なくしてしまわないようにチャックの付いたバッグの内ポケットにしまっておく。

 

「ところで、宮村(みやむら)たちと何を話してたの?」

「え? いや、普通に激励受けただけだけど」

「ふーん」

「ま、まあ、ベストを尽くすとしか言えないかな? 頂点を目指して」

 

 言葉尻を濁した。とりあえず、宮村(みやむら)たちが何かしらの形で関与していることは確か。だけど、まるで決意表明みたい口ぶりだから、如何わしいことではなさそう。

 

「ハァ、まあいいわ。そろそろ寝ましょ。明日は早いんだから――」

 

 お互いに「おやすみ」と言ってそっと口づけを交わし、普段よりも早く眠りについた。翌日、激闘へ挑む彼を玄関先で見送った。

 そして、あの夜の企みは、決勝トーナメントへ進出を果たし、大会最後の試合の後に明かされることになった。

 それは、私の......私たちの未来を、人生を大きく左右してしまうほどの、とびきりのサプライズだった。


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