黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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白石《しらいし》視点となります。


Episode69 ~救世主~

 あの日から、朱雀高校の卒業式から約半年が過ぎて、暦の上では秋。暦の通り日が陰るのは早くなったけれど、まだまだ真夏の様な暑い日々が続く残暑の初秋のこと。私は、大学の夏期休校期間を利用して、日本へ一時帰国してきた。

 

「あっ、お茶畑だー!」

 

 車窓へ顔を向ける。(みやび)ちゃんが言った通り、半円状の鮮やかな緑色の段々畑が窓の外一面に拡がっていた。

 

「さっき見た富士山もだけど、お茶畑を見ると静岡に来たって感じよねー。ね、うららちゃん」

「ええ、そうね」

 

 私たちは今、東京発の新幹線に乗って、静岡県内を西へ向かって移動している。

 その理由は――。

 

「あっ、寧々(ねね)ちゃんからメッセージ来た。駅ビルのカフェに居るから着いたら連絡してって」

「そういえば小田切(おだぎり)ちゃんは、現地に前乗りしてるんだったっけ。あとどのくらいで着くんだ?」

 

 通路を挟んで三人掛けの真ん中の席に座る椿(つばき)くん聞かれた(みやび)ちゃんは、スマホでおおよその到着予定時刻を調べる。

 

寧々(ねね)ちゃんが待ってる駅まで、あと二十分くらい。在来線に乗り換えて、最寄り駅までだから合わせて三十分くらいね」

「結構かかるんだなー」

「最寄り駅から目的地までシャトルバスが出てるみたいだけど、最終のバスに乗り遅れたら最悪徒歩で一キロ以上歩くことになるわよ」

「うへぇ、今のうちに体力温存しとくか。山田(やまだ)、着いたら起こしてくれー」

「あん? なんで、俺が」

「いいじゃねーか、ついでだろついで。じゃあ頼んだぜ~」

「ったくよ」

 

 通路側の席の山田(やまだ)くんは、面倒くさそうに頬杖をついた。窓側の席でアイマスクをつけて眠っている宮村(みやむら)くんにも頼まれていたから、二人分。

 

「大丈夫よ。私も手伝うから」

「いや、別にただ起こすだけだし。ひとりで出来るって」

「そう?」

「おう。頭ぶっ叩けば一発だろ」

「おい、そりゃねーだろ!」

 

 顔を背けて目をつぶっていた椿(つばき)くんは、慌てて猛抗議。

 

「嫌なら素直に起きてろよ。もうすぐ着くんだから」

「ったく、友だちがいのねーヤツだなー」

 

 ちょっと意地悪に言った山田(やまだ)くんに、椿(つばき)くんは諦めて腕を組んだ。

 

「ふふっ」

「相変わらずね~。ところで、五十嵐(いがらし)

 

 (みやび)ちゃんは座席シート越しに、後ろの席に座っている五十嵐(いがらし)くんに話しかける。

 

「部活の後輩たちは、来ないの?」

「来たがっていたが、何かと忙しいそうだ」

「もう、進学は決まってるようなものなのに?」

「だからこそだよ」

 

 (みやび)ちゃんの質問に答えたのは、山田(やまだ)くんも読んでいるライトノベルを読んでいる玉木(たまき)くん。栞を挟んで閉じた本を備え付けのテーブルに置き、質問に答える。

 

猪瀬(いのせ)くんたちは、生徒会役員だからね。引き継ぎへ向けて、次期会長候補を精査している段階なんだよ。むしろ今が、一番大変な時期なのさ」

「ふーん、そうなんだ。けど、残念よね。せっかくなのに現地で観れないなんて」

 

 今、私たちが向かっている目的地は――プロサッカーの試合が行われるスタジアム。今日は、私たちの友だちのプロデビュー戦。ちょうど長期休校中に行われる試合ということで、ホームのスタジアムまでみんなで応援に行くことに。

 

「現地へは行けなくても、フットサルコートで生中継を観るそうだ。あそこは今期から、サッカー専門の衛星放送チャンネルを契約したらしい。開始時刻に間に合うように終わらせると言っていた」

「ノアちゃんも?」

「ああ。内部進学組とはいえ、生徒会に所属していないアイツは一般受験にようなものだからな。もうじき実力テストがある」

「今が大事な追い込み時期なわけね。何か懐かしいわねー」

「だな。たったの一年前のことなのに。ホント一年なんてあっという間だよなー」

 

 昨年の今頃のことを思い出して、少し物思いにふける(みやび)ちゃんと椿(つばき)くん。それは私が、ちょうど日本を離れた時期とも重なる、とても感慨深い季節。私が記憶を取り戻せたのも、昨晩のことだったから余計にそう感じてしまっているのかもしれない。

 

「それは、今が充実してるってことだろ?」

 

 宮村(みやむら)くんの声。アイマスクを外して、軽く伸びをした。

 

「何? アンタ、起きてたの?」

「まーな。さて、そろそろ降りる準備しとかねーと、降りる寸前になって焦るぞ」

「そうね。そうしましょう」

 

 まだ少し時間はあるけど、お菓子の空き箱を片付けて、下車の準備を始める。ちょうど片付け終わった頃、車内に、間もなく到着を知らせるアナウンスが流れた。忘れ物がないかもう一度確認してから、列車を降りる。

 

「着いたー!」

「思ったより遠かったなー」

 

 新幹線で東京から片道一時間以上の距離を毎週何度も往復三時間近くかけて往き来しているんだと思うと、本当に大変な道を進んだのだと改めて思った。

 

「駅北の広場で待ってるってさ。さあ、行こうぜ」

 

 宮村(みやむら)くんの後を続いて改札を抜けて、駅前へ広場へ。涼しげな噴水前の木陰のベンチに座って待っていた寧々(ねね)ちゃんと合流して、少し遅めのランチ。

 

「えっ? じゃあ、うららちゃんの記憶は戻ったのっ?」

「そうなのよ。ねっ、うららちゃん」

 

 (みやび)ちゃんの言うとおり私は、昨日の夜、朱雀高校での記憶を取り戻した。それは、“七人目の魔女”の記憶操作で失った記憶を取り戻した方法と同じ方法。山田(やまだ)くんとの“キス”。どうしてか理由は解らないけど、キスをしたら転校する前の記憶を取り戻すことが出来た。

 

「もう、だったら教えてくれればよかったのに」

「ごめんなさい。私も、突然のことでビックリしちゃって」

「うららちゃんは、悪くないのよ。山田(やまだ)にもっと甲斐性があれば、もっと早く思い出せたんだからっ」

「う、うっせー!」

「まっ、そこはオレのおかげだろ」

「どういうこと?」

 

 昨夜あの場に居なかった寧々(ねね)ちゃんは、不思議そうな顔で小さく首を傾げた。

 

山田(やまだ)がキススランプになってたのを、オレが直してやったのさ」

「キススランプ? 何よ? その聞き慣れないパワーワード」

 

 アルバム、自分の日記、みんなの話しを聞いてある程度信用は出来たのだけど。宮村(みやむら)くんとキスするものだから、最初はそういう関係なのかと疑った。

 

「今まではほら、魔女の能力のためにしてたからつーかなんつーか......」

「つまるところ、ていのいい理由付けがなくなったことで、シラフになった途端に気恥ずかしさを覚えたんだろ」

「ぐっ......」

 

 (うしお)くんに図星を突かれたらしく、山田(やまだ)くんは言いよどんだ。キスすることに躊躇っていたのは、そういう理由だったのね。日記を読んで付き合っていたことを知ったあとだったから特に気にしなかったけど、山田(やまだ)くんの方はそうはいかなかったよう。

 

「理由はどうあれ、よかったわね。無事に思い出せて。本当に」

 

 まるで自分のことのように喜んでくる寧々(ねね)ちゃん。

 

「ところで寧々(ねね)ちゃん、宮内(みやうち)は?」

「もう、クラブハウスへ行ってるわよ」

「えっ? もう行っちゃったの。試合は、夕方からなんでしょ?」

「ベンチ入りの選手は、試合前のミーティングとかいろいろあるから早く行って準備するのよ」

「へぇー、そうなんだ」

「さてと。噂のハンバーグも食い終わったことだし、オレたちも行くとするか」

「試合開始には、まだ時間あるわよ?」

 

 寧々(ねね)ちゃんは、スマホの時計を見ていった。

 

「ギリギリだと混むからな。道路も、駐車場も」

「駐車場?」

 

 在来線で最寄り駅まで行く予定だから、駐車場は関係ないんじゃと不思議に思っていると、宮村(みやむら)くんはニヤリと笑った。

 

「レンタカー、借りてくんだよ!」

 

 駅近くのレンタカー店でワゴン車を借りた宮村(みやむら)くんは運転席に座って、みんなに着用の確認を取る。

 

「シートベルト付けたか?」

「ちょっと、ホントに大丈夫なんでしょうね!?」

「心配すんなよ。東京の街中も、高速も走って予行練習済みだって」

 

 (みやび)ちゃんの心配をよそに、宮村(みやむら)くんは自信満々の表情(かお)で車のエンジンをかける。目的地へ向けて、安全運転で走り出した。

 そして無事、試合が行われるスタジアムがあるホームタウンに到着。スタジアムから少し離れた場所に空いていたコインパーキングに駐車して、スタジアムまでの道を歩く。

 スタジアムに近づくにつれて人通りが増えていき、スタジアム前のメインゲート付近には試合開始までまだ一時間以上もあるにも関わらず、ホーム・アウェイを問わず既に両チームのレプリカユニフォームやグッズを身に付けた大勢のサポーターたちで溢れかえっていた。

 入場待ちの列が続くメインゲートの人混みを抜けて仮設のオフィシャルショップへ足を運ぶ。陳列されているグッズを眺めていた(うしお)くんは、同じことを思っていた。

 

宮内(アイツ)のグッズは、あまり置いていないようだな」

「本格的なデビュー前だもの。私のスマホケースも、既存のグッズにサイン書いてもらったものだし」

 

 グッズは活躍中の主力選手、人気など需要のある選手の物を優先的に生産・販売されているため、新人や知名度の低い選手の商品はあまり用意されてないそう。そんなわけで私は、比較的安定して造られる背番号入りのマフラータオルを購入、フードコートに寄ってから、ゴール裏に陣取っている応援団から少し離れた場所の自由席にみんなで座って、軽いものをつまみながら試合開始の時を待つ。

 

「けどよ、マジでスゲー人だよな。つーか、ピッチもスゲーちけぇし!」

 

 殿大受験のため夏のインターハイは予選大会まで。冬の選士権はテレビ中継で試合を見ていた山田(やまだ)くんは、陸上競技用のトラックがないサッカー専用に造られたスタジアムに感動している。それは、私も同じ。まだ始まってもいないのに、サポーターからは部活の応援とは比べものにならないほどの熱量が伝わってくる。

 

「これでも、キャパは決勝の時のスタジアムの半分もねーんだぜ」

「これで半分以下!? マジかよ......」

「あっ、横断幕! ああいうのもあるんだ」

 

 (みやび)ちゃんが指を差した方には、期待が込められた熱いメッセージと共に選手の名前が記された横断幕が、スタンド最前列の転落防止のフェンスに括り付けられている。

 

「アイツのは、ないのか?」

「あるわよ。だけど、主力選手じゃないからきっと隅の方に......あっ、ほらあったわ」

 

 アウェイ側のコーナーエリア付近に名前が書かれた横断幕が掲げられていた。

 

「あの横断幕の費用、私も出してるのよ」

「なんだよ、教えてくれればオレたちもカンパしたのによ。なあ?」

 

 宮村(みやむら)くんの問いかけに、私たちはみんな頷く。

 

「小さめだから費用はそれほど掛からなかったのよ。でも活躍すれば、もっと大きなものに新調されると思うから、その時は声をかけるわ」

「任せとけ。おっ、出てきたぞ!」

 

 試合開始予定時刻三十分前、両チームの選手たちがピッチに出てきた。各自ボールを蹴ったり、軽く走ったり、ストレッチしたりと、試合開始に向けてウォーミングアップを始める。みんなで、彼の探す。一番最初に見つけたのはやっぱり、寧々(ねね)ちゃん。

 

「あ、居たわ。ベンチ前でボール蹴ってる輪の中よ、オレンジとスミレ色のミサンガを左手に付けてるから間違いないわ」

「おっ、マジだ。それに、ビブスを着てるってことは――」

 

 先発出場予定の選手は、ビブスを着けウォーミングアップをする。つまり今日の試合、スターティングメンバーとして出場が確定したということ。

 

「だけど、思ったていたよりも遅いデビューだったね。同期の森園(もりぞの)くんは、もう試合に出場しているというのに。クラブ側は、相当に無茶な条件を飲んで獲得に動いたと聞いたけど?」

「正式に契約を結んだのがシーズンが始まってからだったからよ。キャンプには参加していなかったし、プロへ対応出来る身体に作り直したり、チーム内の連携プレーだったり、細かな調整に時間が掛かったのよ。部活は元々朝比奈(あさひな)くんたちが、復帰を前提にしたチーム作りをしていたからすんなりいったけど」

「なるほど。それで、どうなんだい? 肝心のチーム状況は」

 

 寧々(ねね)ちゃんは眉をひそめ深刻そうな表情(かお)で、今現在チームが置かれている現状を話す。

 

「正直、芳しくないわ。二部リーグのチームとのプレーオフ戦圏内の残留争いをしているチームに勝ち点差を6もつけられての最下位。もうシーズンも終盤戦、残留には一戦一戦が必勝の正念場よ」

「てーと、あの横断幕に書かれた文字が、そのまま応援団の願いってことか」

 

 宮村(みやむら)くんの視線の先にある、名前と一緒に記された横断幕のメッセージ。

 それは奇しくも、朝比奈(あさひな)くんと森園(もりぞの)くんが、二年生の秋の予選をベスト8で敗退したのを機に新調したユニフォームの背番号に込めた願いと同じ――救世主。

 

『お待たせいたしました。ここで本日のレフェリー、マッチコミッショナー、両チームのスターティングメンバーの発表です――』

 

 場内に設置されたスピーカーから、アナウンスが流れる。

 主審、主催者、アウェイ側の選手と順番に発表されて、いよいよホームチームのメンバー紹介。ゴール裏の大型ビジョンに壮大な音楽と共にプロモーションビデオが映し出され、ひとりひとりの名前が練習中の姿を捉えたリアルタイムの映像と一緒に読み上げられる度に、大きな声援が応援団から送られた。

 そして、遂に彼の名前が......宮内(みやうち)くんの名が場内にコールされた。

 今日がデビュー戦ということもあってなのか判らないけど、ひときわ大きな声援が送られている。そしてそれは、全選手の紹介が終わって一度ピッチ外へ引き上げても、いっこうに鳴り止む気配はない、地鳴りの様な大声援。

 

「これは、途轍もないな。選手権制覇、世代別代表に選出されたとはいえ、いくら何でも、たかがいちルーキーに対して過度に期待し過ぎじゃないか?」

「そのルーキーに託さなけりゃいけねーほど、切羽詰まった状況ってことなんだろうよ。チームも、サポーターもな」

「私は、判るわ」

白石(しらいし)?」

 

 山田(やまだ)くんの声に合わせたようにみんなが、私を見る。

 

「だって、そうでしょ?」

「ええ、そうね」

 

 寧々(ねね)ちゃんは微笑みながら、小さくうなづく。

 監督と控え選手はベンチへ向かい。そして、両チームのスターティングメンバーが小さな子どもの手を引いて、再びピッチに姿を現した。

 また大声援が送られる。

 そう、あの人は、どんなに確率の低いことでも成し遂げてしまう人。それを私は、私たちは知っている。だから今、一枚の紙のように薄い可能性しか残されていない絶望的な状況下だとしても、きっと必ず応えてくれる。

 それはまるで、映画の主人公のように――。

 

「そうよね! よーしっ、今日は声が枯れるまで応援するわよっ! 椿(つばき)、メガホン取って!」

「はいよ、伊藤(いとう)ちゃん! 山田(やまだ)とみやむーも」

「コレ、いつの間に買ったんだよ? まっ、いいか。ぜってぇー負けんじゃねーぞ!」

「がんばれー」

 

 気合いいっぱいの(みやび)ちゃんと椿(つばき)くん。二人に感化されて、一緒に大声で応援する山田(やまだ)くん。受け取ったメガホンをパカパカ音を鳴らして、テキトーに応援する宮村(みやむら)くん。

 

「ほら! 五十嵐(いがらし)玉木(たまき)! アンタたちも応援すんのよ!」

「ぼ、僕たちもそれで応援するのかい? キャラじゃないんだけど」

「む、むぅ......」

 

 若干気恥ずかしそうな(うしお)くんと玉木(たまき)くんを見て、クスクスと笑う寧々(ねね)ちゃん。

 子どもたちが係員に連れられてピッチから下がり、試合前のセレモニーが終わった。両チームの選手たちはお互い陣地へ散り、自分のポジションに付いて、試合開始の笛が鳴る時を待っている。

 ボールが置かれたセンターサークルのすぐ外に彼が居る。

 スタジアムの照明に明かりが灯り、傾き始めた夕日に照らされる後ろ姿。

 夕日を背に立つその後ろ姿は、まだ幼かったあの日と。

 そして、一年前のあの日と同じ。どこか儚くも幻想的で鮮やかなオレンジ色の綺麗な黄昏色の空に負けないくらい、とても輝いて見えた。


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