黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode66 ~想定外~

 受験が終わり、合格発表を翌日に控えた昼下がりの午後。

 久しぶりに朱雀高校に登校した俺は、個人的な用事を済ませたあと、超常現象研究部の部室へ足を運んだ。超研部の部室には既に部活を引退した宮村(みやむら)たち旧超研部の部員と、俺と同じく伊藤(いとう)に呼び出された寧々(ねね)五十嵐(いがらし)玉木(たまき)が来ていて。みんな、長方形の長こたつに入って暖をとっていた。

 

「あら、おつかれさま」

「あっ、やっときたー。遅いわよー」

「ちょっと話が長引いちゃって。それで?」

 

 ここへ呼び出した伊藤(いとう)に訊ねると、予想外の答えが返ってきた。

 

「卒業旅行?」

「そっ。記憶を取り戻してから、ずーっと考えてたのよ。卒業式が終わったあと、みんなで遊びに行きたいなーって。あんたたちの受験も終わったことだし、そろそろ話しても言い頃かなって思って!」

「おれは、伊藤(いとう)ちゃんの意見に賛成だぜ! な! みやむー」

「ま、いいんじゃねぇーか。どうせ、しばらく暇だしな」

山田(やまだ)も良いわよねっ?」

「別にいいけどよ」

「私たちも、構わないけど。でも、うららちゃんの都合はどうなの?」

 

 確かに寧々(ねね)の言う通り、それが一番のネック。

 俺たちは、白石(しらいし)との思い出を取り戻したけど、彼女は......。

 朱雀高校の魔女を生み出した“はじまりの魔女”である白石(しらいし)は、自分の学校生活の記憶を代償に差し出し、山田(やまだ)にすべてを託して、朱雀高校学園を去ってしまった。携帯の番号も、アドレスも、全部変わっていて連絡先はわからない。

 白石(しらいし)は、俺たちのように記憶を取り戻せているのだろうか。付け加えてもらった条件は、あくまでも俺たちの記憶を呼び戻すためのモノであって。はじまりの魔女が本来支払う代償とは根本的に違う別のベクトルのはず。だとしたら、記憶を取り戻していない可能性の方がきっと高い。

 

「そこは、あれよ。説得するのよ、山田(やまだ)が!」

「俺かよッ!?」

「当たり前でしょ、あんたの彼女なんだから!」

「そ、それは、そうだけどよ......」

「フッ、怖いのか?」

「ああん?」

 

 五十嵐(いがらし)のあからさま挑発を受けて、山田(やまだ)の顔付きが変わった。五十嵐(いがらし)は指先で軽く眼鏡を直す仕草を見せつつ鼻で笑って、更に安い挑発で煽る。そんな態度を取られた山田(やまだ)は当然挑発だとわかっていても乗っかるわけで。

 

「上等だ、やってやろうじゃねーか! 卒業式には、どうせ迎え撃つつもりだったんだ!」

「いや、撃っちゃダメでしょ」

「先が思いやられるなぁ」

 

 若干空回り気味の山田(やまだ)に対し、伊藤(いとう)宮村(みやむら)は共に呆れ顔を見せる。何はともあれ、卒業式に合わせて一時帰国してくる白石(しらいし)を出迎えるにあたって準備が必要なことは確か。そこで伊藤(いとう)は、棚から一冊のアルバムを引っ張り出し、こたつの天板の上に開いて置いた。

 アルバムには、超常現象研究部での活動が写った写真が収められている。どれもこれも、あの頃の楽しそうな笑顔をした白石(しらいし)の姿が記録されている。彼女が、超研部(ここ)に居たという紛れもない真実を記録した物的証拠。

 

「これだけの証拠があるんだから。うららちゃんも、きっと信じてくれるハズよっ」

「ふむ。そう上手くいくといいけどね」

「ちょっと玉木(たまき)、あんたねぇ、水差すんじゃないわよ。連れていってあげないわよっ」

「僕はただ、いきなり身に覚えのない写真を見せられても、白石(しらいし)くんが混乱するんじゃないかと心配してだね」

「ああ~、そりゃあり得るな。オレも初対面じゃまともに取り合ってもらえなかったしよ」

「それはお前が、セクハラ発言したからだろ」

 

 とりあえず、宮村(みやむら)にはきっちりツッコミを入れておく。その結果、寧々(ねね)伊藤(いとう)に白い目で見られているけど、自業自得だから気にしないでおこう。当の本人は白い歯を見せて笑って、まったく気にしていない。

 

「ふぅ、どうにせよ、山田(やまだ)がどうにかしなけばならないことだろう。所詮は部外者である俺たちではなく、な」

「......(うしお)。ああ、わかってる......!」

「よし。んじゃあ白石(しらいし)さんのことは彼氏(やまだ)に任せるとして。オレたちは、どこへ行くか決めようぜー」

「そうね、そうしましょ」

 

 ということで話題は、どこへ行くか。

 白石(しらいし)の日本での滞在時間がわからないことから泊まりがけ避けて、日帰りで行ける近場にしようということに決まった。

 

「はいはーい! アタシ、おっきなネズミのいる遊園地がいいっ」

「カリフォルニアか?」

「千葉よ! 近場って言ったじゃないっ。これだから帰国子女のブルジョワはっ!」

 

 各々が意見を出し合い。いくつかの候補に絞り込み、白石(しらいし)の都合と意見も聞いて、当日なったら決めようという形で話はまとまった。

 同日の放課後。俺と寧々(ねね)五十嵐(いがらし)の三人は、フットサル部へ顔を出すことに。

 

「いいなー、卒業旅行ー」

「それ、修学旅行の時にも言ってたじゃん」

「気持ちはわかるけどねー」

 

 卒業式が終わったあと遊びに行く話をすると、前回と同様羨ましがるノアちゃんに、片肘をついた(じゅん)ちゃんが指摘し、有栖川(ありすがわ)がノアちゃんをフォロー。

 

「で、どうしてここにいるの? 超研部に行かなくていいの?」

「だって、うるさいんですもんっ」

 

 とうに引退した宮村(みやむら)たちが、部室を占拠してるから逃げて来たようだ。

 

「まあ、アイツらは基本騒がしいからな」

「俺たちも長居しない方がいいかな。引退した身だし。かわいい後輩たちに煙たがれたる」

「そうね」

「あ、先輩たちは大丈夫でーす。こうして差し入れもいただいてますし」

 

 そう言うとノアちゃんは、摘まんだチョコレートを口に運んで、とても幸せそうに顔をほころばせる。

 

黒崎(くろさき)は、どうしたの?」

「卒業式の準備です。会長と次期会長候補二人の四人で、来賓方の席順のチェックとかしています」

「私たちは今日、オフなんですよー。明日から本格的に忙しくなりますけどネー。送辞の原稿もあげなきゃですし」

「まだマシじゃん。私なんて、司会役だから段取りとか全部頭に入れないとだもん」

「いやー、秘書は大変ですなー」

 

 内部事情を話す二人の会話を聞いていると、ああ、本当にもう卒業なんだな、と改めて実感がわいてくる。それは寧々(ねね)も、五十嵐(いがらし)もきっと同じで。そんな俺たちの気持ちが後輩たちにも伝染してしまったのか、少ししんみり空気が部室に流れる。

 

「あら。誰かしら?」

「あ、はーい」

 

 そんな空気を打ち消すように、突然部室のドアがノックされた。ドアに一番近い(じゅん)ちゃんが応対に向かった。開かれた扉の向こう側に立っていたのは――。

 

「やあ、約束を果たしに来たよ~」

 

 来客は、大きめの荷物を背負った、詫摩(たくま)だった。

 

「約束?」

「ほら、麻雀だよ。成すべきことが済んだらリベンジだって約束したでしょ?」

「ああー......」

 

 そう言えばそんな話をしてたな、詫摩(たくま)が一方的にだけど。と言うことは、背負ってる荷物は、麻雀卓と麻雀牌。

 

「ちょっと、殿大の結果発表は明日なのよ。その後じゃダメなの?」

「試験は終わっているんだから、今さら焦っても結果は変わらないよ。それに、ただ待つより気が紛れていいと思わない?」

 

 詫摩(たくま)の口調と表情は穏やかだが、雰囲気は違う。

 この殺気にも似た雰囲気を纏っているのは、あっちの詫摩(たくま)。簡単に引くようなヤツじゃない。それに記憶の件で借りもある。

 

「わかった。いいよ」

「さっすが~」

「えっ? いいの?」

 

 少し不満そうな顔で確認してきた寧々(ねね)に、うなづいて答える。

 

「でも、面子が足りないぞ?」

宮村(みやむら)くんは、打てるんだったね。五十嵐(いがらし)くんは、打てないの?」

「まあ、打てなくはないが」

「あ、弱いんだ」

「......なんだと? 上等だ!」

 

 安い挑発に乗った。狙い通りと言った感じで詫摩(たくま)は、満足そうに笑った。

 

(じゅん)ちゃん、部室(ここ)借りてもいいかな?」

「先輩のお願いでしたら断れないですし。私たちは、生徒会で確認作業に行こっか?」

「やれやれデスネー」

 

 (じゅん)ちゃんと有栖川(ありすがわ)は、生徒会室へ。ノアちゃんには、超研部に居る宮村(みやむら)を呼んで来てもらう。

 

「慕われてるねー。オレと違って」

「それはお前が、仕事中にちょっかい出して邪魔していたからだろ。自業自得だ」

「はっはっはー」

 

 まったく悪びれる様子も見せずに笑いながら(じゅん)ちゃんが座っていた俺の正面に座ると、荷物から麻雀道具を出して準備を始めた。

 しばらくして、宮村(みやむら)が部室にやって来た。ノアちゃんは一緒じゃない。用件を伝えたあとは超研部に残って、山田(やまだ)に一緒に卒業旅行に連れて行けと泣き落としをしているそう。ともあれ。

 

「さて、面子も揃ったことだし、始めよっか。()()から、行かせてもらうよー?」

 

 二つのサイコロを持った、詫摩(たくま)の雰囲気が変わった。これは俺の知る詫摩(たくま)の気配じゃない。二重人格の片割れ、白い方の詫摩(たくま)

 

「言っておくけど、イカサマは禁止だぞ。しらけちまうからな」

「分かってるよー」

「お前じゃない方も、だからな......?」

「大丈夫だって――実力で負かさねぇーと意味ねぇーからな......!」

 

 宮村(みやむら)の念押しに、詫摩(たくま)の雰囲気が変わった。俺が知る詫摩(たくま)本来の気配、黒い詫摩(たくま)

 

「うぉっ、いきなり入れ替わんなよ、ビックリするじゃねーか!」

「そ、そうよっ!」

「クックック......」

「多重人格とは聞いていたが、普段とは本当に別人だな......」

 

 初めて直に見る、本来の詫摩(たくま)の人格に、三人とも凄く驚いている。俺にとっては、こっちの方が馴染みがあるから白い方が違和感を感じるけど。

 

「と言うことで。オレが振るねー」

 

 また人格が入れ替わった白い方の詫摩(たくま)は、何事もなかったかのようにサイコロを振った。サイ振りの結果五十嵐(いがらし)起家(チーチャ)で始まった(トン)一局は、誰も仕掛けることなく様子見の流局で流れた。コタツの天板の上に広げられた防音性の高い麻雀卓で麻雀牌を混ぜていると、唐突に宮村(みやむら)が話を切り出した。

 

「そーいやさ。結局、山田(やまだ)のヤツは受かりそうなのか?」

「自信はありそうだったわよね」

山田(アイツ)のことだ。特に根拠はないだろう」

「フフッ、心配しなくて大丈夫だよ。このオレが、山田(やまだ)くんの講師を務めたんだからね」

「まっ、明日になれば分かる、か。で、宮内(おまえ)はどうなんだー?」

 

 今度は、俺の方へ話題を持ってきた。

 

「よくて五分くらいかな? 正直、自信はないよ」

「大事な追い込みの時期にU-18日本代表へ招集だもんな。落ちたらどうすんだ?」

「――ちょっと!」

 

「少しは言葉を選びなさい」と言うように、寧々(ねね)宮村(みやむら)にやや強い視線を送る。当然のことながら、宮村(みやむら)は気にするような性格(タマ)じゃない。だから俺も、普通に答える。

 

「普通に朱雀大に進学するよ。もともと朱雀大の医学部に進むために、朱雀高校(ここ)を選んだんだから」

 

 主治医が朱雀大出身だったっていうのも、理由のひとつだったりする。

 

「もったいねーな。仮に今年ダメでも、一年マジでやれば楽勝だろ? 殿大医学部B判定は、オレと同じ学部でいうA判定と同等レベルなんだし」

「確かにな。部活と受験を両立してきたんだ、一方に専念すれば――」

「それ、たぶん無理」

 

 若干食いぎみに否定する。

 俺にとっては「部活と受験」という明確な目標があったからモチベーションを保って両方を続けられただけのことであって。そもそもの話し、宮村(みやむら)山田(やまだ)と違って「殿様大学」には拘りはない。つまり俺には、浪人してまで殿大進学を目指す理由がない。

 

「ふむ、意外とドライだな」

「そうでもないとモチベーションを保てなかっただけだよ」

「ふーん、そっか。よかったなっ」

「なにがよっ?」

「なんでもねーよ」

 

 寧々(ねね)の反応に、宮村(みやむら)が笑う。仮に受験に失敗すれば、一緒の大学に通える。それをおちょくっているんだろう。まったく、困ったヤツだ。

 そこへ、またドアがノックされた。このノックの音と仕方は、(じゅん)ちゃんでもノアちゃんでもない。

 

「よう」

「あれ? 朝比奈(あさひな)?」

 

 来客は、代表の試合後アメリカへ戻ったハズの朝比奈(あさひな)。職員室へ挨拶に行った際、俺が学校に居ることをサッカー部の顧問に聞いてきたと言うことだった。

 

「どうして、日本に居るんだ?」

「どうしてって。卒業式に出席するために決まっているだろう」

「言われてみればそうだよな。白石(しらいし)さんも戻ってくるんだし」

 

 納得といった感じで、腕を組んだ宮村(みやむら)はうなずく。

 

「うららちゃんは、いつ帰国するのかしら?」

白石(しらいし)なら、式の前日に帰国予定だそうだぞ」

「へぇ、そうなのね......って、なんで知ってるのよっ?」

「向こうで会ったんだ。オレと同じ大学に進学するらしい」

「――なっ!?」

 

 寧々(ねね)だけじゃなく、部室にいるみんなが言葉を失った。俺も初耳。あの詫摩(たくま)でさえ、面食らってるし。世間狭すぎだろう? 日本の何十倍も広い遠い異国で同じ大学に進学するだなんて......それにしても。

 

「どうして教えてくれなかったんだ?」

「どうも様子が可笑しかった。大学の図書館で見かけて声をかけたが、まるで朱雀にいた頃のことを全て忘れてしまっているような印象だった」

 

 ――やっぱり白石(しらいし)の記憶は戻ってないんだ。

 

「オレのことはもちろん、お前たちのことや魔女の能力のことも覚えていなかった。“はじまりの魔女”の代償は別のようだな」

「そうか......って、はあ?」

 

 予期せぬ発言に思わずすっとんきょうな声が出てしまった。肩を落としていた寧々(ねね)たちも唖然とした表情で、朝比奈(あさひな)を見る。

 

「な、なんで朝比奈(オマエ)が、魔女のこと知ってんだよ......!?」

 

 なぜ魔女のことを知っているのか、宮村(みやむら)に訊かれた朝比奈(あさひな)は、やや呆れ表情(かお)で答えた。

 

「そこの詫摩(おまえ)が、それらしいことを一年の終わり頃に臭わせて学校中を巻き込んで大騒動を引き起こしたじゃないか」

「あ、オレのせいか。あはは~っ」

 

 魔女に関する一連の騒動の原因を作った一人である詫摩(たくま)は、責任を感じているそぶりは微塵も見せない。

 

「けどよ。どうして、“はじまりの魔女”のことまで知ってんだよ?」

「お前ら、本気で生徒会の力だけで学校が成り立っていたと思っていたのか?」

「どういう意味よ......?」

 

 眉をひそめた寧々(ねね)が、小さく首をかしげる。

 

「学校側も馬鹿じゃない。特異な能力を持つ生徒が存在していることくらい把握していた。しかし、そんな非現実的なことを学校側がおおやけに認める訳にはいかないだろ。そこでオレが所属していた風紀委員は学校直属の諜報活動、言うなれば“生徒会の監視役”を担っていたんだ。生徒や生徒会が暴走した場合に備えて、ありとあらゆる権限が与えられていた」

 

「まあオレも、引き継ぎの時に前風紀委員長から初めて聞かされたんだけどな」と、朝比奈(あさひな)は軽く笑った。魔女の情報についても、歴代の風紀委員長だけに秘密利に継承されいたらしい。

 

「じゃあもし玉木(たまき)が、生徒会長選挙に負けていたら......?」

「不正の証拠をでっち上げて握り潰す手はずは整っていた」

「マジかよ......」

「へぇ、そうだったんだ。それはオレも、初耳だね」

「俺が、将棋部が企てていたことは、結局のところ全て無駄だったということか......」

「どうだろうな、あくまでも緊急事態に備えて準備をしていただけだ。風紀委員(オレたち)が動く前に、()()が覚悟を決めていたんじゃないか」

 

 ――たぶん、山田(やまだ)五十嵐(いがらし)のどっちかが、“7人目の魔女の力”を使うことを予め想定した上での保険だったのだろう。

 

「だけど、私たちに話してよかったの?」

「だね、風紀委員長の極秘情報なんだろ?」

「時効だ、卒業だからな。当分の間、新たな“はじまりの魔女”は現れないだろう。白石(しらいし)の前は、数十年前まで遡るそうだ。そもそも条件を満たした生徒が現れても、契約の話を生徒会長が持ち出さなければ、二度と魔女は生まれない。まともな会長なら厄介事は極力避けるだろう」

「だってさ」

 

 宮村(みやむら)を見ると、頭の後ろで手を組んでヘラヘラと笑っていた。どうやら自覚はあるらしい。突然、バタンッと大きな音を立てて部室のドアが開いた。

 

宮内(みやうち)先輩っ!」

「あれ、(じゅん)ちゃん?」

「どうしたのよ? そんなに慌てて」

 

 寧々(ねね)の指摘通り、彼女の呼吸はかなり乱れていて。相当急いで来たことが伺える。

 

「はぁはぁ......急いで、応接室へ来てくださいっ!」

「え?」

「なに? いったいどうしたのよ?」

「えっと、向かいながら説明しますのでっ。とにかく一緒に来てくださいっ!」

 

 立ち上がらせようと、俺の腕を掴んだ。

 何かよほど重大なことがあるのだろうか。

 

「おい待て、オレとの勝負はッ!?」

 

 白を押し退け、黒い方の詫摩(たくま)が出てきた。

 

「行ってこい。オレが代わりに打ってやる」

「あん? テメェがだ? 外野は引っ込んでろ!」

「安心しろ。オレの方が強い」

 

 そう言うと朝比奈(あさひな)は、メガネをかけて戦闘モードに入った。

 

「ほう、おもしれぇ。見せて貰おうじゃねーか......!」

 

 とりあえずこの場は朝比奈(あさひな)に任せた俺は、寧々(ねね)(じゅん)ちゃんと一緒に部室を出た。

 

「それで、いったい何がどうしたのよ?」

 

 校舎の廊下を早足で応接室へ向かう途中、寧々(ねね)(じゅん)ちゃんに改めて訊ねる。

 

「えっと、私もよく分からないんですけど。校長先生が、宮内(みやうち)先輩を急いで呼んで来てくれって――」

「校長先生が? 結人(ゆいと)くん」

「さあ? 特にこれと言って心当たりはないけど?」

 

 校長に呼び出されるほど、何か問題になるようなことをしでかした覚えはない。

 

「先生!」

「お、来たか......!」

 

 応接室の前にはサッカー部の顧問が、どこか落ち着かない様子で待っていた。それも、珍しくスーツ姿。

 

猪瀬(いのせ)、ごくろうだったな。戻ってくれていい」

「いえ......」

「あの、先生――」

「すまん、小田切(おだぎり)、あとで話す。宮内(みやうち)、行くぞ」

「はあ? わかりました。ちょっと行ってくるね」

「え、ええ......」

 

 心配そうな表情(かお)寧々(ねね)に「大丈夫だよ」と微笑んで見せて、顧問と一緒に応接室の中に入る。応接室の中には俺を呼んだという校長と、教頭、学年主任が若干緊張した面持ちで、スーツ姿の男性二人とテーブルを挟んで向かい合って座っていた。

 俺は、この二人を知っている。午前中、応接室(ここ)で会って話をした二人。

 二人は立ち上がって、俺と顧問に向かって会釈。俺たちも会釈を返し、教頭に促されて空いている席に腰を下ろすと、二人のうちの一人が話を切り出した。

 

「時間をとらせてしまって申し訳ありません。午前の件でお伺いにあがりました」

 

 このあと続く男性の言葉に、俺は驚きを隠せなかった。

 

「我々は、提示された先の条件を全て飲みます。ですので、どうか――」

 

 それは、絶対にあり得ないと思っていた想定外の言葉だった


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