受験が終わり、合格発表を翌日に控えた昼下がりの午後。
久しぶりに朱雀高校に登校した俺は、個人的な用事を済ませたあと、超常現象研究部の部室へ足を運んだ。超研部の部室には既に部活を引退した
「あら、おつかれさま」
「あっ、やっときたー。遅いわよー」
「ちょっと話が長引いちゃって。それで?」
ここへ呼び出した
「卒業旅行?」
「そっ。記憶を取り戻してから、ずーっと考えてたのよ。卒業式が終わったあと、みんなで遊びに行きたいなーって。あんたたちの受験も終わったことだし、そろそろ話しても言い頃かなって思って!」
「おれは、
「ま、いいんじゃねぇーか。どうせ、しばらく暇だしな」
「
「別にいいけどよ」
「私たちも、構わないけど。でも、うららちゃんの都合はどうなの?」
確かに
俺たちは、
朱雀高校の魔女を生み出した“はじまりの魔女”である
「そこは、あれよ。説得するのよ、
「俺かよッ!?」
「当たり前でしょ、あんたの彼女なんだから!」
「そ、それは、そうだけどよ......」
「フッ、怖いのか?」
「ああん?」
「上等だ、やってやろうじゃねーか! 卒業式には、どうせ迎え撃つつもりだったんだ!」
「いや、撃っちゃダメでしょ」
「先が思いやられるなぁ」
若干空回り気味の
アルバムには、超常現象研究部での活動が写った写真が収められている。どれもこれも、あの頃の楽しそうな笑顔をした
「これだけの証拠があるんだから。うららちゃんも、きっと信じてくれるハズよっ」
「ふむ。そう上手くいくといいけどね」
「ちょっと
「僕はただ、いきなり身に覚えのない写真を見せられても、
「ああ~、そりゃあり得るな。オレも初対面じゃまともに取り合ってもらえなかったしよ」
「それはお前が、セクハラ発言したからだろ」
とりあえず、
「ふぅ、どうにせよ、
「......
「よし。んじゃあ
「そうね、そうしましょ」
ということで話題は、どこへ行くか。
「はいはーい! アタシ、おっきなネズミのいる遊園地がいいっ」
「カリフォルニアか?」
「千葉よ! 近場って言ったじゃないっ。これだから帰国子女のブルジョワはっ!」
各々が意見を出し合い。いくつかの候補に絞り込み、
同日の放課後。俺と
「いいなー、卒業旅行ー」
「それ、修学旅行の時にも言ってたじゃん」
「気持ちはわかるけどねー」
卒業式が終わったあと遊びに行く話をすると、前回と同様羨ましがるノアちゃんに、片肘をついた
「で、どうしてここにいるの? 超研部に行かなくていいの?」
「だって、うるさいんですもんっ」
とうに引退した
「まあ、アイツらは基本騒がしいからな」
「俺たちも長居しない方がいいかな。引退した身だし。かわいい後輩たちに煙たがれたる」
「そうね」
「あ、先輩たちは大丈夫でーす。こうして差し入れもいただいてますし」
そう言うとノアちゃんは、摘まんだチョコレートを口に運んで、とても幸せそうに顔をほころばせる。
「
「卒業式の準備です。会長と次期会長候補二人の四人で、来賓方の席順のチェックとかしています」
「私たちは今日、オフなんですよー。明日から本格的に忙しくなりますけどネー。送辞の原稿もあげなきゃですし」
「まだマシじゃん。私なんて、司会役だから段取りとか全部頭に入れないとだもん」
「いやー、秘書は大変ですなー」
内部事情を話す二人の会話を聞いていると、ああ、本当にもう卒業なんだな、と改めて実感がわいてくる。それは
「あら。誰かしら?」
「あ、はーい」
そんな空気を打ち消すように、突然部室のドアがノックされた。ドアに一番近い
「やあ、約束を果たしに来たよ~」
来客は、大きめの荷物を背負った、
「約束?」
「ほら、麻雀だよ。成すべきことが済んだらリベンジだって約束したでしょ?」
「ああー......」
そう言えばそんな話をしてたな、
「ちょっと、殿大の結果発表は明日なのよ。その後じゃダメなの?」
「試験は終わっているんだから、今さら焦っても結果は変わらないよ。それに、ただ待つより気が紛れていいと思わない?」
この殺気にも似た雰囲気を纏っているのは、あっちの
「わかった。いいよ」
「さっすが~」
「えっ? いいの?」
少し不満そうな顔で確認してきた
「でも、面子が足りないぞ?」
「
「まあ、打てなくはないが」
「あ、弱いんだ」
「......なんだと? 上等だ!」
安い挑発に乗った。狙い通りと言った感じで
「
「先輩のお願いでしたら断れないですし。私たちは、生徒会で確認作業に行こっか?」
「やれやれデスネー」
「慕われてるねー。オレと違って」
「それはお前が、仕事中にちょっかい出して邪魔していたからだろ。自業自得だ」
「はっはっはー」
まったく悪びれる様子も見せずに笑いながら
しばらくして、
「さて、面子も揃ったことだし、始めよっか。
二つのサイコロを持った、
「言っておくけど、イカサマは禁止だぞ。しらけちまうからな」
「分かってるよー」
「お前じゃない方も、だからな......?」
「大丈夫だって――実力で負かさねぇーと意味ねぇーからな......!」
「うぉっ、いきなり入れ替わんなよ、ビックリするじゃねーか!」
「そ、そうよっ!」
「クックック......」
「多重人格とは聞いていたが、普段とは本当に別人だな......」
初めて直に見る、本来の
「と言うことで。オレが振るねー」
また人格が入れ替わった白い方の
「そーいやさ。結局、
「自信はありそうだったわよね」
「
「フフッ、心配しなくて大丈夫だよ。このオレが、
「まっ、明日になれば分かる、か。で、
今度は、俺の方へ話題を持ってきた。
「よくて五分くらいかな? 正直、自信はないよ」
「大事な追い込みの時期にU-18日本代表へ招集だもんな。落ちたらどうすんだ?」
「――ちょっと!」
「少しは言葉を選びなさい」と言うように、
「普通に朱雀大に進学するよ。もともと朱雀大の医学部に進むために、
主治医が朱雀大出身だったっていうのも、理由のひとつだったりする。
「もったいねーな。仮に今年ダメでも、一年マジでやれば楽勝だろ? 殿大医学部B判定は、オレと同じ学部でいうA判定と同等レベルなんだし」
「確かにな。部活と受験を両立してきたんだ、一方に専念すれば――」
「それ、たぶん無理」
若干食いぎみに否定する。
俺にとっては「部活と受験」という明確な目標があったからモチベーションを保って両方を続けられただけのことであって。そもそもの話し、
「ふむ、意外とドライだな」
「そうでもないとモチベーションを保てなかっただけだよ」
「ふーん、そっか。よかったなっ」
「なにがよっ?」
「なんでもねーよ」
そこへ、またドアがノックされた。このノックの音と仕方は、
「よう」
「あれ?
来客は、代表の試合後アメリカへ戻ったハズの
「どうして、日本に居るんだ?」
「どうしてって。卒業式に出席するために決まっているだろう」
「言われてみればそうだよな。
納得といった感じで、腕を組んだ
「うららちゃんは、いつ帰国するのかしら?」
「
「へぇ、そうなのね......って、なんで知ってるのよっ?」
「向こうで会ったんだ。オレと同じ大学に進学するらしい」
「――なっ!?」
「どうして教えてくれなかったんだ?」
「どうも様子が可笑しかった。大学の図書館で見かけて声をかけたが、まるで朱雀にいた頃のことを全て忘れてしまっているような印象だった」
――やっぱり
「オレのことはもちろん、お前たちのことや魔女の能力のことも覚えていなかった。“はじまりの魔女”の代償は別のようだな」
「そうか......って、はあ?」
予期せぬ発言に思わずすっとんきょうな声が出てしまった。肩を落としていた
「な、なんで
なぜ魔女のことを知っているのか、
「そこの
「あ、オレのせいか。あはは~っ」
魔女に関する一連の騒動の原因を作った一人である
「けどよ。どうして、“はじまりの魔女”のことまで知ってんだよ?」
「お前ら、本気で生徒会の力だけで学校が成り立っていたと思っていたのか?」
「どういう意味よ......?」
眉をひそめた
「学校側も馬鹿じゃない。特異な能力を持つ生徒が存在していることくらい把握していた。しかし、そんな非現実的なことを学校側がおおやけに認める訳にはいかないだろ。そこでオレが所属していた風紀委員は学校直属の諜報活動、言うなれば“生徒会の監視役”を担っていたんだ。生徒や生徒会が暴走した場合に備えて、ありとあらゆる権限が与えられていた」
「まあオレも、引き継ぎの時に前風紀委員長から初めて聞かされたんだけどな」と、
「じゃあもし
「不正の証拠をでっち上げて握り潰す手はずは整っていた」
「マジかよ......」
「へぇ、そうだったんだ。それはオレも、初耳だね」
「俺が、将棋部が企てていたことは、結局のところ全て無駄だったということか......」
「どうだろうな、あくまでも緊急事態に備えて準備をしていただけだ。
――たぶん、
「だけど、私たちに話してよかったの?」
「だね、風紀委員長の極秘情報なんだろ?」
「時効だ、卒業だからな。当分の間、新たな“はじまりの魔女”は現れないだろう。
「だってさ」
「
「あれ、
「どうしたのよ? そんなに慌てて」
「はぁはぁ......急いで、応接室へ来てくださいっ!」
「え?」
「なに? いったいどうしたのよ?」
「えっと、向かいながら説明しますのでっ。とにかく一緒に来てくださいっ!」
立ち上がらせようと、俺の腕を掴んだ。
何かよほど重大なことがあるのだろうか。
「おい待て、オレとの勝負はッ!?」
白を押し退け、黒い方の
「行ってこい。オレが代わりに打ってやる」
「あん? テメェがだ? 外野は引っ込んでろ!」
「安心しろ。オレの方が強い」
そう言うと
「ほう、おもしれぇ。見せて貰おうじゃねーか......!」
とりあえずこの場は
「それで、いったい何がどうしたのよ?」
校舎の廊下を早足で応接室へ向かう途中、
「えっと、私もよく分からないんですけど。校長先生が、
「校長先生が?
「さあ? 特にこれと言って心当たりはないけど?」
校長に呼び出されるほど、何か問題になるようなことをしでかした覚えはない。
「先生!」
「お、来たか......!」
応接室の前にはサッカー部の顧問が、どこか落ち着かない様子で待っていた。それも、珍しくスーツ姿。
「
「いえ......」
「あの、先生――」
「すまん、
「はあ? わかりました。ちょっと行ってくるね」
「え、ええ......」
心配そうな
俺は、この二人を知っている。午前中、
二人は立ち上がって、俺と顧問に向かって会釈。俺たちも会釈を返し、教頭に促されて空いている席に腰を下ろすと、二人のうちの一人が話を切り出した。
「時間をとらせてしまって申し訳ありません。午前の件でお伺いにあがりました」
このあと続く男性の言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
「我々は、提示された先の条件を全て飲みます。ですので、どうか――」
それは、絶対にあり得ないと思っていた想定外の言葉だった