黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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修正のつもりが、操作ミスで消えてしまったので再投稿になります。
主な修正個所は後半部分を全てです。


Episode63 ~黄昏色の誓い~

 選手権大会決勝戦、朱雀高校は序盤から劣勢を強いられていた。

 理想の型にはめようとしていた息苦しいフォーメーションプレーを捨てた対戦相手の帝王学園は、夏の予選よりも少し高いトップ下にポジションを取る嘉納(かのう)を中心に、チーム全体が個々のポジションに囚われず、攻守ともに流動的に動き回るまったくの別チームに生まれ変わっていた。

 ゴールこそ奪われてはいないが、攻守において掴み所のない変幻自在な戦術になす術もなく、防戦一方の時間帯が続く。

 

「両サイド、コース切れ! マーク外すな!」

 

 ゴール前でディフェンスリーダーの朝比奈(あさひな)が指示で動いた守備陣の隙を取り、嘉納(かのう)が中央のスペースへ走り込む。

 

「戻せ!」

 

 右サイドの相手選手はゴール前まで運んだボールを惜しむことなく、あっさりと後ろへ叩いた。選手を一人経由して、キャプテンマークを巻く嘉納(かのう)にボールが渡った。ゴールまで20メートル半ば近い距離があるにも関わらず、大きく腰を落として踏み込み、シュート体勢に入った。

 

「くっ......!」

 

 マークを外して、シュートブロックに行くもあと一歩間に合わず。ゴールまで約25メートル、フリーで右足を振り抜かれてしまった。

 

「跳べーッ!」

「――えっ!?」

 

 守備陣の頭上、ゴールバーの上を越えたシュートにブレーキが掛かり軌道を変えた。急激な変化とスピードにキーパーは反応できず、ゴールネットを大きく揺らし、同時に前半終了告げるホイッスルが鳴り響いた。

 前半戦、終了寸前での失点。一点ビハインドでハーフタイムに入る。今の一連のプレーで悟った――このままでは負ける、と。

 

「クソッ! 訳わかんねー動きしやがって、どうする?」

「既に手は打ってある。マネージャー、頼んでおいたものを頼む」

「はい、どうぞです!」

「スコアブック? スゲー、全員の動き、おおよその走行距離まで測ってんじゃん」

「これほどとはな」

「引退した先輩方も手伝ってくれたんです」

「そうか。お前たちの努力は絶対にムダにしない、ありがとう」

「......はいっ!」

「先生、ホワイトボードを」

「よし!」

 

 応援席から控え室へ手伝いに来てくれた二年生の女子マネージャーから、スタンドで取ってもらっていた相手のデータを受け取った朝比奈(あさひな)と顧問は、データの解析に入った。

 みんなが後半戦へ向けて体を休めながら意見交換をする中、トイレへ行く言って控え室を出た俺は、右膝のサポーターを外して、救急箱から持ち出した医療バサミをテーピングの隙間にあてがう。

 

「何してるのよっ!」

 

 突然ドアが開いて、寧々(ねね)が血相を変えて詰め寄って来た。

 

「テーピング、切ろうと思って」

「だ、ダメよ! そんなことしたら――」

「反応が一歩遅れた」

「え?」

 

 テーピングを巻いた右膝に目を落とす。

 

「あの失点は、俺のミス。あの距離からもあるって解ってたのに、あと一歩が届かなかった。ホントはもう、必要ないんだ。主治医から、お墨付きをもらってる。ただ、テーピングなしで思いきりプレーするのが......怖かった」

 

 ――情けない。こんなものにいつまでも頼っていた自身の弱さが招いた結果。

 

「......貸して。私がやるわ」

 

 顔を上げて見た寧々(ねね)は、どこか申し訳なさそうでいて、少し表情が強張っている。

 

寧々(ねね)?」

「言ったでしょ、私が支えるって。だから......私も、一緒に戦うわ。もしもの時は、私を恨んで。テーピングを切ってあなたを送り出した、私を――」

 

 ハサミを持つ手は小さく震えている。

 人通りのない廊下で彼女を抱き寄せ、心から感謝の想いを伝える。

 

「ありがとう。寧々(ねね)がいつも側で支えてくれるから、俺は今、ここにいられる」

 

 出会った頃よりも伸びた髪にそっと触れる。

 いつも自分のことは二の次にして、ずっと側にいてくれた。三年に上がって、受験生なのに一緒に部活に入ってくれて、休日もほぼ毎日部活で、バイトがある日は夜遅くまで待っててくれた。そんな彼女の優しさに甘えるだけで、恋人らしいことなんてほとんどしてあげられなかった。それでも愛想を尽かさず、今も傍に居て支えてくれてる。

 

寧々(ねね)と出会えて本当によかった。好きになってよかった。好きになってくれて......ありがとう」

結人(ゆいと)くん......」

 

 手の震えはもう治まっていて、腕の中で顔をあげた寧々(ねね)の頬はほんのり紅く染まっていた。

 

「なによ、急に。別れ話の前みたいじゃないっ」

 

 照れ隠しなのか、可愛らしく口を尖らせる。

 

「別れるつもりはないけど?」

「私だってないわよっ」

 

 少しの間見つめ合って、どらからともなく小さく笑い合った。

 

「そろそろ戻らないと。ハサミ、貸して」

「イヤよ、私が切るわ。だって私は、サッカー部のマネージャーで――あなたの彼女なんだからっ!」

 

 そう力強く宣言した寧々(ねね)は、俺の右膝のテーピングにハサミを入れた。

 

「戻ったか」

「悪い、処置してた」

「処置? なるほど......」

 

 足下に目を落とした朝比奈(あさひな)は、すぐに膝の異変に気がつき、確認してくる。

 

「行けるんだな?」

「問題ない、任せろ」

「フッ、そうか。小田切(おだぎり)、頼む」

「わかってるわ。さあ、みんな急いで準備するわよ。手の空いてる人は手伝いなさい」

「はいっ」

 

 後輩のマネージャーたちとベンチ入りの選手たちを従え、治療道具のチェック、ドリンクの補充など後半戦へ向けて準備を始めた。

 

「流石だな。小田切(おだぎり)が仕切ってくれると動きが変わる。正直、マネージャーじゃなかったらと思うとゾッとすることがある」

 

 中学の頃から生徒会に所属していた彼女は、部活のマネージャーは未経験だったけど、それを感じさせない早さで仕事を覚えて、すぐにみんなから頼られる存在になった。実際、寧々(ねね)がいるから安心して夏の大会を最後に受験勉強に専念できると引退した同級生のマネージャーもいた。

 

「そっちは?」

「こちらも見つけた。集まってくれ」

 

 スタートと同じ面子は、相手選手の攻守の動きを番号付きマグネットと矢印で記したホワイトボードの前に集まる。朝比奈(あさひな)は、指示棒を使って解説を行う。

 

「今まで相手の捉えどころのない無造作の動きに惑われていたが、ポジショニングにある種の決まりごとが存在することがわかった。それが、これだ」

 

 ホワイトボードの選手の動きを示す矢印を指す。それを見て俺を含む何人かは、相手選手の動きのある共通点に気がついた。

 

「そうか、そういうことか」

「どういうことっすか?」

 

 渋谷(しぶたに)が、横から顔を出す。

 

「ゾーンだよ」

「ゾーン? ゾーンディフェンスとか、ゾーンプレスとかのゾーンっすか? でも、それって――」

「そうだ」

 

 朝比奈(あさひな)が割って入り、相手の戦術について詳しく話す。

 

「通常ゾーンは予め決められた地域(エリア)で役割を果たす、主に守備に用いられる戦術だ。だが、帝王は攻守ともに地域(エリア)ではなく、“人”に合わせてゾーンを敷いている」

 

 ローテーションでポジションを動かしているワケではなく、役割自体を決めていないから、攻撃も守備も人がいないところへ流動的に動き回るため、ポジションが定まらない。

 

「大袈裟な表現になるが、トータルフットボールにおけるひとつの答えだろう。当然、簡単に出来ることじゃない。どのポジションもそつなくこなせるひとりひとりの高い技量はもちろん、どこへ行けばいいのかを瞬時に導き出せる判断力が求められる」

 

 そしてなにより、試合中常に走り続けられる運動量(スタミナ)を持ち合わせていないと成り立たない戦術。脅威的に感じるが、脆い弱点も浮かび上がった。

 

「んで、結局どうすんだ?」

「単純な戦術だ。相手のポジション変化に惑わされず、マークを切り、従来のゾーンディフェンスで対応する」

「変則ゾーンには正統派ゾーンでってワケだな。攻撃は?」

「決まってるだろ?」

 

 俺の肩に、ポンっと手を乗せた。

 

「うちの司令塔に任せる」

 

 また丸投げかよ、と突っ込む間もなくトアがノックされた。

 ドアの向こうから「朱雀高校、準備をお願いします」と運営スタッフの呼び掛け。

 

小田切(おだぎり)

「いつでも行けるわ」

「サンキュー。集合」

 

 マネージャーたちも加わり円陣を組む。

 

「さあ、歴史を造りに行こう!」

 

 鼓舞し、支度を整え終えた選手とマネージャーたちは、控え室を出て行く。

 目を閉じて、ひとつ深呼吸。

 ゆっくりと目を開けると、ドアの近くで寧々(ねね)が待っていてくれた。

 

「忘れ物よ」

「忘れ物?」

 

 控え室のドアを閉めて、つま先立ちで首に手を回した。

 

「おまじないよ」

 

 初めてキスした時と同じ言葉。

 あの時とは違う、恋人同士のキス。

 

「無事に戻って来ないと許さないから」

「了解。行こう」

「ええ!」

 

 一緒に、決戦の舞台へ向かった。

 後半戦開始直前、ベンチで最後のミーティング。泣いても笑っても試合は後半戦を残すのみ。守備に関する最終確認のあと、最後に顧問と寧々(ねね)からそれぞれ激励の言葉を貰った。

 

「悔いが残らないように持てる力を全部出し切って戦って来い!」

「ここで負けたら初戦で負けるのと同じよ、絶対に勝ちなさいっ!」

 

 朱雀高校の応援席からも。

 

「勝負は、ここからだぞー!」

「そうよ、勝ちなさいよー!」

 

 伊藤(いとう)たちが、みんなが大声で声援を送ってくれている。

 

「こりゃ負けられねぇーな」

「だな。森園(もりぞの)、ボールをくれ」 

 

 センターサークルに向かおうとしていたところへ声をかける。

 

「弱点を突く。ファーストプレーで同点にするぞ」

「オーライ!」

 

 主審の笛がスタジアム中に鳴り響き、後半戦スタート。センターサークル中央で渋谷(しぶたに)とボール交換した森園(もりぞの)は振り返らずに、ヒールキックでボールを後ろへ戻した。

 そのボールを、テーピングとサポーターを外して自由になった右足で受ける。自然な感覚、違和感は微塵もない。

 顔を上げて前を向く。相手が素速いプレスで、ボールを奪いに来ていた。右足で軽くボールを転がし、奪おうと大きく伸ばして開いた足の間を狙い澄まして通す。一人目をかわして相手陣地内に侵入するも、すかさず別の選手がフォローに駆けつけてくる。抜かれた選手は、ポジションチェンジで空いた場所へ移動、敵陣の後方へ回った。

 

「いかせねぇよ!」

 

 フットサル仕込みのステップで二人目をあしらい、更に三人目をかわしたところで、嘉納(かのう)が立ちはだかった。前半は相手の術中に嵌まり、ほとんどボールを持てなかったこの試合、初めてとってもいいマッチアップ。フェイントは使わず、単純な緩急とボールタッチでかわし、そのままスピードに乗った。

 

「速いッ!? くっ!」

 

 地道な走り込みの成果なのか、自分でもビックリするほど思った以上に体が動く。それだけじゃない。今までは、テーピングの存在で逆に無意識の内にセーブがかかっていたのだろう。

 

「誰でもいい、当たってくれ! ペナルティエリアに入らせるな!」

「わかった!」

「任せろ!」

 

 大声で叫んだ嘉納(かのう)の指示で、左右の前方にいた二人の選手が俺に向かってくる。準々決勝、準決勝の対戦相手はこの素速いチェックとポジションに拘らない戦術に嵌まり、自分たち本来のプレーを発揮できぬまま敗れ去った。

 カラクリが解った今、冷静に対処さえ出来れば技量で負ける相手じゃない。距離を計り、チェックに来た相手をあざ笑うようなフライボールで頭上を越すスルーパスを通す。

 これがひとつ目の弱点。フォローが速い反面、他の場所に居た選手がポジションチェンジをするさい僅かなタイムラグが生じる。

 パスを出した俺は、パスアンドゴーでゴール前へ走った。

 

「ナイス!」

 

 パスを受けた選手はダイレクトで、ツートップのひとり渋谷(しぶたに)へ繋いだ。ディフェンダーにユニフォームを掴まれながらもペナルティエリア内まで侵入し、強引にシュートを打った。

 

「もらいッ!」

 

 ゴールキーパーが片手一本で辛うじて弾いたこぼれ球を、俺と同じく走り込んでいた森園(もりぞの)が豪快なジャンピングボレーを叩き込む。ほんの一瞬、静寂が訪れ、われんばかりの歓声が朱雀高校応援席から沸き起こった。

 インターハイと同じ、魔の時間帯での同点ゴール。

 森園(もりぞの)渋谷(しぶたに)とハイタッチを交わしながら、横目で嘉納(かのう)たちを捉える。夏は、ここから総崩れだったけど。今回は......笑っていた。

 

「悪い、どっちかが引きべきだった......」

「謝る必要はない。今のは、簡単にやられたオレのミスだ。それに――」

 

 不意に目が合った。

 

「こうでなければ面白くない。振り出しに戻っただけだ、オレたちが必ず勝ち越すぞ!」

「オオーッ!」

 

 初めて見た。アイツがチームを、仲間を鼓舞する姿。キャプテンマークを巻く理由も納得。

 このあと試合は、両校の攻守が目まぐるしく入れ替わる激しい展開になった。どちらもゴール付近まで攻め込むが、寸でのところで防ぎ合う。

 そして、後半戦の残り時間の半分が経過した頃、先に流れを掴んだのは――帝王学園。ペナルティエリア付近で、嘉納(かかのう)が二人にマークされながらもボールをキープ。

 

嘉納(かのう)!」

 

 走り込んだ相手にマークの意識を奪われたわずかな隙をついて、シュート。大外から巻いて来たボールは、キーパーの指先をかすめてゴールポストに直撃、ゴールマウスには嫌われたがパス要求した相手選手の下へセカンドボールが転がった。無人のゴールへと押し込まれ、失点。残り時間半分を切ったところで、朱雀高校は再び勝ち越しを許してしまった。

 

「まさかととは想うが、今のは......」

 

 朝比奈(あさひな)が、今のプレーについて確認にくる。

 

「ああ、間違いなく狙ってやった」

 

 勝ち越しゴールを決めた選手にはマークがついていた。普通のパスでは通らないし、シュートコースもなかった。あれは、ゴールポストを利用したアシスト。

 

「とんでもないことを考えるな、アイツ」

 

 本当に恐ろしいのは、その無謀な発想を実現させてしまう飛び抜けた実力(センス)。そうだ、これだ。中学入学したての頃本気で天才だと思った、アイツ本来の実力。

 

「あと二十分弱か」

「大丈夫、すぐにとりかえす」

 

 センターサークルから仕切り直し、後半戦開始時と同じようにボールをもらう。そろそろ頃合いのハズ。奪いに来た選手を、両足の足裏を使った細かいタッチのドリブルであっさり抜き去る。

 

「くそッ!」

 

 思った通り、相手の足はかなり重い。

 これが二つ目の弱点。二人目、三人目には追いつかれもしない。前半からあれだけ走り回っていたため必然的に体力の消耗をしている。それも慣れないポジションで複数の役割をこなさなればならないため、疲労は通常の戦術の比じゃない。

 速いパスワークで足が止まったディフェンスを崩し、あっさりゴール前へまで運び、キーパーと一対一の場面を作り出し、ノールックで左にパス。

 

「ごっつぁんっす!」

 

 フリーで受けた渋谷(しぶたに)が、無人のゴールへ流し込み、再び同点。ここで、帝王ベンチが動いた。疲れの見えた選手三人を一度に交代させ、さらにフォーメーションを通常のゾーンに戻した。

 

「勝負は、ここからだ!」

 

 嘉納(かのう)の宣言通り、勝負は総力戦。

 どちらも延長戦は頭に入れず、最後の力を振り絞り、ぶつかり合う。時間が進むにつれて、両校のスタンドボルテージも上がり声援はどんどん大きくなる。

 そして、試合がアディショナルタイムに突入したのとほぼ同時にホイッスルが鳴り響いた。それは、試合終了を告げる音ではなく――。

 

「帝王、フリーキック!」

 

 朱雀高校ゴール前で、痛恨のファール。ゴールまでの距離は22、23メートルほど、十分直接狙える距離。蹴るのは当然、嘉納(かのう)。慎重にボールをセットし、やや短めの助走を取る。

 

宮内(みやうち)、お前は前線に残れ」

「だけど」

 

 壁の上を巻いてくるか、先制点を奪った無回転シュートで来る。壁は、一枚でも多い方がいい。

 

「策はある。必ずお前に送る」

「......わかった」

 

 朝比奈(あさひな)はキーパーの元へ向かい、会話を交わしてから壁を作った。仲間を信じて、ゴール前から離れる。

 ――ピィッ! と主審の短い笛が鳴り、帝王学園のフリーキック。キッカーの嘉納(かのう)は直接ゴールを狙った。予想通り、先制点を奪われたのと同じ無回転シュート。壁の上を越えたが、キーパーが勇猛果敢に前に出て、ボールの変化が小さいうちに投げ出した身体に当ててブロック。

 

「なにッ!?」

「カウンター!」

 

 信じて待っていたところへ、セカンドボールを拾った朝比奈(あさひな)から完璧なロングボール。落下地点でトラップ、即座に前を向き、同じくカウンターに備えて前線で待機していた森園(もりぞの)渋谷(しぶたに)と共に、ゴールへ向かって走り出す。

 守備に残っていたディフェンダーを三人のショートパスの交換で置き去りにするも、選手交替で入ったフレッシュな選手が前線から全速力で戻って来た。

 森園(もりぞの)との壁パスで、背後から回り込んだ一人目をかわし、二人目はインターハイで嘉納(かのう)に膝を付かせたエラシコでの切り返しでアンクルブレイクでバランスを崩させる。

 試合終了間際、残る最後の三人目、最後の攻防。視線のフェイクを入れ、右サイドを駆ける渋谷(しぶたに)へパスを出すと見せかけ、店長にやられたトリックキックでボール前方へ打ち出す。残った三枚のディフェンスを掻い潜り、ペナルティエリアに進入、捨て身覚悟で飛び出してキーパーとの一対一、果敢にセーブに来たところをジャンプして避け、シュートモーションに入った。その時――。

 

結人(ゆいと)くんっ!」

 

 不意に、寧々(ねね)の声が大歓声の中で届いた。全力で戻ってきた嘉納(かのう)が、右後方から必死に足を伸ばして来ていた。

 中学最後のプレーでケガしたあの状況がだぶる。咄嗟にボールを浮かせ、自分は後ろに飛び、スライディングを避けて左足で着地。落ちてきたボールに合わせ、右足を振り抜いた。

 ゴールを告げるホイッスルが鳴り響き、そして同時に試合終了を告げる長い笛の音がスタジアム中に鳴り響いた。

 途中入部の俺を受け入れてくれて、最後まで一緒に戦ってくれた最高の仲間たちは喜びを爆発させ、ベンチやスタンドの応援団も一緒に喜びを分かち合う。

 ベンチ前で涙を拭う寧々(ねね)と微笑み合った俺は、空へ向けて左腕を大きく突き上げた。

 突き上げた左腕の、黄昏色のミサンガが切れて、鮮やかな緑色の芝生の上に落ちた次の瞬間――因果を取り戻した。

 そして、まるであの日と冬の教室のような黄昏色の教室でした誓いを今、鮮明に思い出した。

 

『約束する、必ず守るよ。だから――』

『――信じるわ。だって、あなたは......』

 

 ――白石(しらいし)、届いているか。

 どこまでも、どこまでも続く蒼く澄渡った空の向こうの居る彼女へ問いかけた。


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