黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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Episode61 ~夕焼け空~

 選手権大会予選決勝戦翌日の放課後、フットサル部の部室で、いつもの四人とまったり久々のオフを満喫していたところへ、生徒会長の玉木(たまき)がやって来た。用件は昨日の決勝戦の結果について。

 

「全国大会出場おめでとう! インターハイに続いての全国大会出場、僕も鼻が高いよ」

 

 そう、サッカー部は昨日の決勝戦で勝利を収め夏のインターハイに続き、冬の選手権大会も全国への出場権を獲得した。

 

「夏は全国ベスト4。今回は、それ以上の成績を期待してもいいのかな?」

「ハードルを上げないくれ」

 

 インターハイのベスト4は、全国常連校を回避出来たくじ運と、前半を鉄壁の守備で耐え凌ぎ後半相手が疲弊したところを速いパスワークで崩す戦術が上手くハマったからに過ぎない。夏になまじ勝ち上がったことで、当然今回は相手も研究と対策を講じてくるだろうし。インターハイと同じ戦術では簡単に勝ち上がれないだろう。マークがキツくなる冬を勝ち上がるには、本番までにもうワンランクレベルを高める必要がある。

 

「でも、よかったですね。任期の最後に、朱雀高校サッカー部史上初のインターハイ全国ベスト4と冬の選手権大会初出場っていう実績を残せて」

「......猪瀬(いのせ)くん。僕はただ、純粋に友人の成果を祝っているんだけどっ?」

 

 生徒会長としてじゃないことを必死に訴える玉木(たまき)を、(じゅん)ちゃんとノアちゃんが面白がって笑っている。半年以上の付き合いになる二人の呼び方はいつの間にか変わった。

 

「ふぅ。しかしまさか、会長と朝比奈(あさひな)くんが話していたことが現実味を帯びてくるとは思わなかったよ」

「会長と朝比奈(あさひな)?」

「うん、去年の体育祭の前だったかな? 生徒会室で、二人が話しているのを耳にしたんだよ」

 

 去年の体育祭は、一年の一部がボイコットを企てていることが判明し、午後のプログラムを急遽変更して自由参加のフットサル大会になった。

 これを知っていたのは教職員と一部の生徒という話だったけど、やっぱり朝比奈(あさひな)も一枚噛んでいた。

 

「また盗み聞きしてたのね。そんなことばかりしてたから、西園寺(さいおんじ)先輩に記憶を消されちゃったのよ」

「......小田切(おだぎり)くん、話の腰を折らないでくれるかな?」

 

 寧々(ねね)にやや軽蔑の眼差しを向けられるも、玉木(たまき)はめげずに続きを話す。

 

「二人は、例のフットサル大会へのプログラム変更と今後のサッカー部について話していた。『今年は良い一年が入った。アイツの回復次第ですが、三年の冬は全国制覇を狙えます』と。会長になってから、キミたちの経歴(こと)を色々と調べてみて、あの時の会話の意味をようやく理解を出来たよ。中学時代世代別代表の中心だったキミたち三人が万全の状態で揃えば、全国制覇も夢じゃないってことがね」

 

 そんなことまで調べたのか、生徒会長は意外にも時間に余裕があるんだろうか。山崎(やまざき)元会長は、相当多忙そうに思えたけど。

 

「世代別代表って......日本代表だったんですかっ?」

「私は、聞いていたわ。海外遠征にも行っていたそうよ」

「へぇ~、先輩ってホントにスゴかったんですね」

「ふむ。しかし、そんなお前でもバイト先の店長には敵わないんだな」

「それはそうだよ。店長は、日本A代表の候補まで上がったことのある元プロだもん。中学の代表とは格が違うって」

「元プロって......あの人、プロのサッカー選手だったのっ?」

 

 このことは話してなかったから、みんなと一緒に寧々(ねね)も驚いている。

 バイト先の店長は、日本A代表候補まで上り詰めた元プロサッカー選手で中学の母校の卒業生。そして、サッカーの楽しさを教えてくれた恩人。全国制覇を成し遂げた後日母校にまで祝いに来てくれた時、わざわざ俺の入院先の病院まで見舞いに来てくれて、東京(こっち)の専門医を紹介してくれた。

 朱雀高校へ入学してからは知り合いのスポーツ用品店のバイトを紹介してくれたり、動けるようになってからは引退してから始めたフットサルコートで雇ってくれて。他にもケガのケア、トレーニング方法、食事面とかいろいろなことを教えてくれた。

 

「でも、店長さんって、まだ若いわよね?」

「八つ上だから、今年で二十六才かな」

「それはずいぶんと若いね。引退するには早すぎじゃないのかい?」

「四年前くらいから腰に違和感があったんだって」

 

 話によると医者にはメスを入れる必要があると診断されたそうだ。けど、学生の一年間とプロの一年間とでは重みが違う。手術を回避して保存治療で騙し騙しプレーを続けて結果を残してきたけど、それに限界と感じた時若くして引退を表明。今もまだ故障を抱えたまま状態で、バイト終わりに指導してくれている。あの人には、どんなに感謝しても本当に感謝しきれない......。いや、店長だけじゃない。いろんな人に支えられて来た。

 だから、俺は、支えてくれた人たちに恩返しをしたい――。

 そして、季節は巡り、東京の街に本格的な冬が訪れた。授業内容も受験対策中心の内容へと変わり、後日行われる内部進学者向けの学力受験を控えた教室にはただならぬ緊張感が漂い、まさに受験モード一色。

 そんな、勝負の二学期も明日で区切りの終業式を迎えると同時に、俺たちサッカー部は年末から年始を跨いで開催される選手権大会へ向けて、学校で強化合宿を張ることになっている。

 そして、その終業式前日の放課後。合宿前に、俺は寧々(ねね)と一緒に校舎の屋上に出ていた。

 

「いよいよね」

「そうだね」

「あら、落ち着いてるのね」

「うん、これを見てるとどうしてか。緊張感よりも頑張らないとって想えてくるんだ」

 

 サッカーをやっている人なら誰でも知っているおまじない。

 左の手首に巻いたミサンガに触れる。

 

「それにしてもハデな色よね」

 

 先月。そう、白石(しらいし)が転校した日の放課後、寧々(ねね)と雑貨屋へ一緒に買い行ったオレンジとスミレ色のミサンガ。ちょうど、今の空と同じ色だ。

 

「だね。寧々(ねね)、聞いてくれる......?」

「ん? なーに?」

 

 まだ16時を回っていないのに、冬場の太陽はもう傾き始めて。青かった西の空が徐々にオレンジ色へと染まり始めた黄昏時の寒空の下。高層ビル群が遠くに広がる大都会東京の街を見つめながら、俺は朱雀高校へ進学を決めた時から誰にも話さずずっと胸に秘めてきた想いを、初めて彼女に打ち明けた。

 

「俺、今までいろんな人に支えられてここまで来たんだ」

 

 東京へ送り出してくれた家族、サッカー部の仲間、バイト先のスタッフ。病院の主治医、看護師さん、学校の友人。

 そして、今も隣に居てくれている――大切な人。

 

「だから......俺のサッカーは高校(ここ)で終わり、今度は誰かを支える側になろうと想う」

 

 ケガをしてから、ずっと考えてた。

 だから、この大会だけは絶対に勝ちたい。勝って、支えてくれた人たちに恩返しをしたい。

 ――初めてかもしれないな。こんなにも結果に、勝ちにこだわるだなんて......。

 

「......そう。それなら私は、あなたを支えるわ。最後の時まで、あなたのそばで――」

 

 そっと繋いでくれた手から彼女の優しさが、温もりが伝わってくる。その心強くも優しく暖かい手を握り返し、感謝の言葉を伝える。

 

「ありがとう」

 

 今一緒に見ている空の境界線が曖昧な夕焼け空は、今まで見てきたどんな夕景色よりも綺麗で、とても美しく、どこか切なさを覚える夕焼け空だった――。


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