高校サッカー三年間の集大成、冬の選手権大会が始まりを告げた。
夏のインターハイと新人戦で好成績を残した朱雀高校は、予選リーグ免除のシード権を得た。予選リーグを勝ち上がってきた学校、同じくシードされた学校を相手に全国大会への切符を争う決勝トーナメント戦からの参戦。三年は、負ければ終わりの一発勝負。この最後の大会に向けて、勉学と両立しながら費やしてきた三年間。受験勉強もあって、夏で引退した部員も少なからずいたけど、残った三年と下級生は次戦に向けて集中して練習に励んでいる。
それなのに今日の俺は、どうしてか心ざわついて集中できないでいた。
「おつかれさま。はい」
「ありがと」
練習終わり、ベンチに座って右膝のテーピングを剥がしていたところへ、
「考えごと? うわのそらって感じがしたわ」
「うん、ちょっと」
チームメイトはごまかせても、彼女の目はごまかせない。
「どこか寄り道して帰りましょ。気分転換も必要よ」
「そうしようか。あれ、メッセージだ。
普段であれば片付けをしてから解散だけど、
メッセージの送り主
「来たか。詳しい話は、部室でする」
「どうして、
部室には、後輩の女子二人と
とりあえず、荷物を部室の隅に置き、いつものポジションに並んで腰を降ろす。窓際に立っている
「話と言うのは、
後に続いたのは「
「どうだ?
「
「悪い。俺も、心当たりがない」
「そ、そうか......」
「ふむ、お前ならもしかしてって思ったんだけどな」
そう言ってひとつ息を吐いた
それはまるで、そう、最初から存在してなど居なかった、そんな感覚。それでも、アルバムに残る彼女の笑顔は、確かに
「う~ん......」
「どうしたの?
「あ。ええ、思ったんだけど、私たちの記憶は能力で消されたんじゃないんじゃないかしら?」
「
「授業はちゃんと受けなさいよ、まったく。私が思った理由は、今の状態が儀式で記憶を消された時と酷似した感覚だからよ」
「そうなんだ」
それなら確かに、
しかしそれは、つまり別の問題が浮上すると言うことでもある訳で――。
「だけど」
「ええ、そうなのよ」
「ああ、あり得ねぇーんだよ、儀式はな!」
――そう、儀式はあり得ない。
「謎は深まるばかりだな」
「そうね」
俺は目を閉じて、
先ず、
仮に儀式だった場合は、放課後前に儀式が行われたとしても、
「あら。誰か来たみたいよ」
「ちょっと出てくるね」
考えを巡らせているところへ呼び鈴が鳴った。この時間帯の来客は珍しい。まあ、新聞か何かの勧誘だろうけど。部屋の明かりがついているから居留守を使う訳にもいかない。
「
「やあ、夜分遅くにすまないね。彼がどうしても、キミの家へ連れていってくれと聞かなくてね」
「彼?」
突然の来客。大きな荷物を担いだ
「お前......」
「やあ、久しぶりだね」
俺が知るアイツとは真逆、無駄に爽やかでどこかミステリアスな雰囲気を醸し出している。
「誰だったんだ......って、
「やあ、キミたちも居たんだねー」
「ち、ちょっとどういうことよっ? どうして、
「......僕も居るんだけど?」
存在を完全に無視されて不満気な
「何よ?」
「熟年夫婦みてーだなって」
「......誰がお年寄りですって?」
「キミの彼女は、そっちに反応するんだね」
とりあえず受け流して、用件を訊ねる。
「そうだね。まずは僕から、
「海外の学校に転校か。それで、
「きっと、みんなとの別れることが辛かったんだろうね。特に、
「......私は、そこまでする理由が分からないわ。だって、今どきメールだって、電話だって出来るし。その気になれば会いに行けるのよ」
「確かになぁ、今生の別れって訳じゃねーし。記憶を消す必要はねぇような気もするけどよ」
「僕は分からないでもないけどね。負担に感じて欲しくないって気持ちはね」
たぶんその理由を、コイツは知っている――。
「お前、何か知っているんだろ?」
俺は、正面でコーヒーをすすりながら澄まし顔で話を聞いていた
「ふむ。キミたちは、魔女ってなんだと思う? オレはね、ずっと考えていたんだ。なぜ、魔女の能力なんてモノが存在するのか。なぜキスで能力が発動するのか。そもそも魔女とはなんなのか」
こういう回りくどい言い回しをする奴は大抵、既に何かしらの解答を持ち合わせている場合が多い。おそらく、コイツもアイツと同じタイプだ。
「掴んだんだな」
俺の言葉に、
けどその笑顔は、まるで全てに絶望してしまったかのような、どこか儚げな笑顔に思えた。
「オレは既に、魔女の能力を失いかけているんだ」
「はあ? なんだよ、それ?」
「
「物事というものは、始まりがあればいつか必ず終焉を迎えるんだ」
ふと、この先に続く言葉がなんとなく判った気がした。
「魔女の起源にして終焉をもたらす存在......彼女は――」
そしてそれは、思った通りの言葉で。
――はじまりの魔女。
はじまりの魔女は、卒業と同時に周りから自分のとの思い出を忘れられてしまう代わりに、望みのままの学校生活を手にできる“契約”を結んだ魔女の名称。
契約は本来卒業まで。しかし、
「おそらく明日には魔女全員の能力は完全に消滅するだろうね」
「はじまりの魔女の契約......まさかそんなことが僕の三代前の生徒会長、
「
「僕は何も。そもそも、会長になる前から魔女のことは知っていたから一切話題に上がらなかったからね」
「そう。じゃあ、
「ああ、何も聞いちゃいねぇよ。あの狸のヤツ......!」
元会長に悪態をつく
「どうして、
「それはね、彼女が代償を支払ったからだよ。本来記憶を失うのは、はじまりの魔女以外の全生徒。
記憶がない俺たちがどうこう出来る問題じゃないことだけは確からしい。結局は、
そして、しばしの沈黙――。
その重苦しい沈黙に耐えかねたのか、
「ところで。キミたちはどういう関係なんだい? 知り合いのように思えるんだけど?」
訊いてきた
「そうだね~。ひと言で言うと熱い夜を過ごした仲かなー?」
「意味深に気色悪いこと言うな。それに
食いぎみに突っ込みを入れる。
俺と
「今の
「そういう関係だったのね。世間って意外と狭いわね」
「ふーん。で、
「強いよ。要領をつかむのは早かった。こっちの
「オレも強いよ。スマホ買ってから時々オンラインで全国ランカー相手に対戦してるからね」
「おっ、マジか、今度勝負しよーぜ!」
「実は、そのつもりで持ってきたんだよねー」
「準備いいな! やろうぜー」
「ダメよっ!」
乗り気の
「
「えぇ~、せっかくマットも持ってきたのに。これ消音性が高くて結構いい値段したんだよ?」
「担いできたのは僕なんだけど......?」
「とにかくダメよ! 私が許さないわっ」
「それにしてもお前、ホント麻雀好きだよな。サッカー部の連中とも勝負してるって聞いたぞ」
「別に、ただ好きで遊んでる訳じゃないって。球技全般にいえることだけど、観察力とか洞察力はもっとも重要なんだ。相手の目線、呼吸、しぐさ、クセ、ほんの僅かな挙動変化を察知して相手の行動を先読みする。将棋とかチェスでもいいんだけど、麻雀は複数人の動きを同時に把握する必要があるから鍛えるのにはもってこいなんだよ」
「なーる。それで
「それに関しては一種の職業病みたいなモノ。子ども相手だから絶対安全第一、常に周囲を見るのが
ホント、子どもの発想力には驚かされる。毎回教えられてばかりだ。
「じゃあ、オレは帰るよ。勝負は予選を突破してからにしよう」
「おうよ」
片付けた終えた
一瞬白い歯を見せた
「駅までの道教えてくれない?」
* * *
「それで?」
「んー?」
「用があるから、わざとらしい演技して連れ出したんだろ。お前が道に迷うなんてあり得ないからな」
「クックック......」
隣を歩いていた
「いつから気づいてた?」
「麻雀牌を取り出した時。あの時、お前からほんの僅かだけど殺気に似た威圧感を感じた」
「へぇ、そいつが身に付けた洞察力ってヤツか。さすがじゃねーか」
今度は、愉快そうに笑った。あの時から何も変わっちゃいない、相変わらず食えないヤツだ。
「用件は何だ?」
「急かすなよ。久しぶりの再会なんだからよ」
「俺も暇じゃないんだ」
アパートで、
「あの女、
「
「オレも、あの女の顔も声も姿も覚えちゃいねぇ。けど、代償の移動させた時のことは覚えてる。あの女、最後の最後に微笑みやがった」
「微笑んだ? どうして......」
「さーな、あの女の真意は判らねぇが。吹っ切れたって
――チッ! と不機嫌に舌打ち。因果が何を示しているのかは不明。
「どうして俺に話した?
「フン、アイツは
まだ素人同然だった時に負かしただけなんだけど。
「とにかくお前は、お前が成すべきことを果たせ。リベンジはその後だ」
「リベンジ、ね」
意外に暑苦しいタイプみたいだ。
そして、翌日――魔女の能力は跡形もなく消え去り、
そして、サッカー部は週末の準決勝を突破し、全国大会出場を賭けた決勝戦へと駒を進め、全国編への切符を手に掴んだ。