黄昏時の約束   作:ナナシの新人

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白石視点となります。


Episode59 ~晩秋愁い~

 いつまでも高かった夏の太陽も暮れて、夜の街には灯りが点っている。大通りを行き交う大勢の人たち、夏休みということもあって同じ年代の学生、家族連れの姿も数多く見受けられる。もう、夜も遅いのに活気に溢れるきらびやかな商店街を、塾帰りの私はひとり歩いていた。

 

「お、白石(しらいし)さんじゃん」

「え? あ、宮村(みやむら)くん」

 

 額に汗をかいている宮村(みやむら)くんは、商店街の一画にある歩道とフットサルコートを隔てた防球ネットの向こう側、深い緑色の人工芝の上で両足を投げ出して座り込んでいる。

 同じコートの奥には、スポーツウェア姿の宮内(みやうち)くんと学校のジャージ姿の(うしお)くんが、ボールを持った店長さんと距離を少し取って向かい合っていた。

 

「時間あるなら、寄ってかね? あっちに、小田切(おだぎり)も居るぞ」

 

 支柱の影で見えなかったけど、三人が居るコートのベンチに寧々(ねね)ちゃんが座っていた。

 今日は――今日も、両親の帰りは遅いため、少し寄っていくことに。少しはしたないけど、フェンスを跨いで、宮村(みやむら)くんが教えてくれた支柱脇の出入り口からコートの中に入って、ベンチへ。

 

寧々(ねね)ちゃん」

「あら、うららちゃんじゃない」

「オレが誘ったんだよ」

「そう。塾帰りなの?」

「ええ」

 

 一歩横に動いて空けてくれたスペースに、腰かける。

 

「ルールはさっきと同じ。ボールを奪えばお前たちの勝ち、ゴールを奪えば俺の勝ちな」

「はい、お願いします」

「――来い!」

「おっ、いい目するじゃねーか。んじゃ行くぞー?」

 

 どこか楽しそうな笑顔の店長さんは、ゆっくりと二人の方へ足の裏でボールを転がしながら距離を縮めて行く。

 

「勝負してるの?」

「そうよ。バイトが終わったあとはほぼ毎日、店長さんに手合わせしてもらってるの。今日は、(うしお)くんと――」

「オレもな!」

「ま、そういうことね」

 

 塾帰りにここを通りかかる時は、いつもバイト中。寧々(ねね)ちゃんの話によると、サッカー部は週末に夏合宿を控えているため少し早めに上がっているとのこと。

 

「超研部は、夏休みはどうするの? また、合宿を張る予定なのかしら?」

「まーな。つっても、三年恒例の受験対策講習と平行してだけどな。オレ、殿大(とのだい)狙ってっからさ!」

 

 ――殿様大学。全国各地の成績優秀者が目指す日本最高峰の大学。入るのはもちろん、卒業する方が難しいと言われている。通っている塾からも毎年多くの受験生が殿様大学を目指して受験するけど、合格者は二桁に届かない狭き門。

 

白石(しらいし)さんも、殿大を受けるんだろ? 前の模試で全学科オールA判定だったんだしさ」

「オールA!? さすが学年一位は伊達じゃないわね......」

 

 殿大かは分からないけど、大学進学はすると思う。

 ――でも私は、大学で何をしたいのかしら......? 高校は、自宅から一番近い進学校だったから朱雀高校を選んだだけ。

 足下に目を落として、進学する意味を考えていると宮内(みやうち)くんの声が聞こえた。

 

五十嵐(いがらし)!」

 

 顔をあげる。(うしお)くんが、ボールを奪おうと必死に食らいついていた。

 

「なかなかいい反応するな。けどな」

「――なッ!?」

 

 素速い動きに一瞬左右に振られて足がもつれてしまった(うしお)くんは、バランスを崩して尻餅をついてしまった。店長さんは、その横を悠々と抜いていく。

 

「愚直に奪いに来るだけじゃ止められねぇぞ」

「くっ! 頼む!」

 

 今度は、宮内(みやうち)くんが回り込み行く手を塞ぐ。

 

「あの(テク)使えるな」

「そんな簡単に言わないでくださいよ。苦労したんですから......!」

 

 宮内(みやうち)くんは、一気に距離を詰めて奪いにいく。けれど店長さんは、ボールをまるで体の一部のように操って寄せ付けない。一歩引いて距離を取り、左足でボールを跨いで素早く逆の右足でボールを蹴った。

 

「どうしたのかしら?」

 

 宮内(みやうち)くんの様子がおかしい。顔を動かして、キョロキョロしてる。

 

「もしかしてアイツ、見失ってんじゃねーか!?」

「見失ったって、ボールを? でも――」

結人(ゆいと)くん、ボールは()よ!」

 

 寧々(ねね)ちゃんの掛け声で上を見上げた宮内(みやうち)くんの頭上を飛び越えたボールは、数メートル先の地面に向かって落ちていく。ボールを蹴るのと同時に走り出していた店長は落下地点で待ち構え、そのままシュートと思ったら、軽くボールを転がした。転がした先は、完全に死角の斜め後ろから、必死に伸ばした(うしお)くんの足の間。二人を完全に振り切って、無人のゴールネットを揺らした。

 

「まずまずってとこだな。さて、時間切れだ。続きはまた今度な」

「ありがとうございました」

「クソ......!」

 

 頭を下げる宮内(みやうち)くんと、悔しそうに拳で地面を叩く(うしお)くん。店長さんは、とっても愉快そうに笑いながらクラブハウスの中へ入っていた。

 

           * * *

 

「それで、何の用なの?」

 

 あの後私たちは、宮内(みやうち)くんのアパートに場所を移動。もう遅いからフットサルコート隣接のファミレスで、と寧々(ねね)ちゃんが提案したのだけれど。宮村(みやむら)くんは、人前では話し難いことだからと静かに話せる場所を求めた。

 

「話ってのはな、詫摩(たくま)側の魔女ことだ」

「魔女? ああー、あなたと山田(やまだ)が探してた六人目の魔女のことね」

「そうだ。五十嵐(いがらし)白石(しらいし)さんはもう知ってるけど、お前たちにも話しておこうと思ってな......!」

 

 今日の放課後、遅れて部室にやって来た宮村(みやむら)くんと山田(やまだ)くん。山田(やまだ)くんは、額から血を流していた。肝心なところははぐらかされたけど、探していた最後の魔女に殴られて負ったケガということ。

 

玉木(たまき)渾身のブラフで儀式の協力を約束させたのはいいんだけどよ。二人に......イヤ、オレたちもだな。覚悟つーか、心の準備はしておいた方が良いと思ってな」

 

 ――心の準備。確かに、突然記憶が戻れば多少の混乱はすると思うけど、そこまで身構えるようなことなのかしら、と不思議に思うも。宮村(みやむら)くんはスゴく真面目な顔で、覚悟の理由を言葉にする。

 

「全生徒の記憶が戻れば、山田(やまだ)は孤立する......!」

 

 一年の間に二度も謹慎処分を受けていたことを、宮村(みやむら)くんは案じていた。

 

「この学校で謹慎なんてことはよほどの問題(こと)がなきゃ起こらねぇ。だから――」

「みくびらないでっ!」

 

 眉尻を上げた寧々(ねね)ちゃんが、言葉を遮って割り込む。

 

「今さら態度を変えたりなんてしないわっ!」

「中学の頃は知らないけど、少なくとも俺の知ってる山田(やまだ)は理由なく問題を起こすような奴じゃないし。きっと何か事情があったんだ、他校生に絡まれてたナンシーを庇った時みたいに」

 

 ――やっぱり私、二人のことも大好き。

 寧々(ねね)ちゃんも宮内(みやうち)くんも、偏見も先入観も持たず、ちゃんと山田(やまだ)くんのことを見てくれる。

 

「記憶が戻って問題が起こるとすれば、(りゅう)......山田(やまだ)の方だろう」

「ああー、確かにあり得るな。五十嵐(いがらし)んとこに逃げ込むかもな、アイツ」

「フッ、ヘタレていたら首根っこ掴んででも引き合わせてやるさ」

 

 そう言って、(うしお)くんと宮村(みやむら)くんは小さく笑い合う。

 

「まっ、はなっから何も心配してなかったけどなっ! あーあ、なんか腹減っちまった。小田切(おだぎり)の美味い料理が食いてぇなー!」

「ハァ、相変わらず調子のいい男ね。仕方ないわね、キッチン借りるわ」

「あ、うん」

「あっ、私も手伝うわ」

「じゃあオレたちは、コイツで勝負して待ってようぜ......!」

「また、カード麻雀か」

「あれれー? (うしお)くん、負けるのが怖いのかな~?」

「......上等だ、さっさと配れ!」

 

 手伝いを申し出て、寧々(ねね)ちゃんと一緒にキッチンに立つ。ヘアゴムで髪を後ろで束ねて小さなポニーテールを作った彼女に習って、調理しやすいようにポニーテールにする。

 

「ん? なに」

「髪が伸びたって思っただけ。伸ばすの?」

「合宿前に切ろうと思ってたんだけど、ちょっと迷ってるの。今くらいも似合ってるよって――」

 

 少し照れくさそうに話した寧々(ねね)ちゃんは、三人が麻雀をしているテーブルの方に目を向けた。その気持ち分かる。もし、別の髪形も似合うって言われたら、きっとしばらくは変えられないもの。

 

「さあ、作りましょ」

「何を作るの?」

「鶏の唐揚げにしましょ。冷蔵庫に鶏肉があるから、レンジで解凍してもらえるかしら。ひとつはササミをお願い」

「わかったわ」

 

 寧々(ねね)ちゃんの言った通り、冷蔵庫の中には種類別に小分けされた鶏肉のパックが冷凍保存されていた。もも肉とササミを小皿にのせかえて、電子レンジに掛ける。その間に寧々(ねね)ちゃんは、付け合わせのキャベツの千切りと味噌汁の具を慣れた手つきで調理していく。

 ――包丁とか鍋とか、調味料もどこに何があるのか全部知っているのね。私も、寧々(ねね)ちゃんみたいに詳しく知っているのかしら......山田(やまだ)くんのこと。

 失われた、三学期の記憶。

 当時から私と山田(やまだ)くんは付き合っていたことが分かってからも、一緒に過ごせる時間はそう多くはなかった。明日の儀式が終われば、寧々(ねね)ちゃんたちみたいに一緒に過ごせる時間は増えたりするのかしら、と期待半分に想った。

 翌日の放課後。儀式は約束通り執り行われ、全校生徒の失われた記憶は戻り、私たちは本当の恋人になって――全てを思い出した。

 

           * * *

 

 すべての記憶を取り戻してから数日が経ち、私たちは夏恒例の受験対策講習に参加するため、泊まり掛けでクラブハウスを訪れていた。でも、進学する意味を見出だせない山田(やまだ)くんはみんなに進学する理由を聞いて回り、終業式の放課後から合宿に来ている、宮内(みやうち)くんたちにも話を訊きに行った。

 

「大学に行く理由?」

「おう! 小田切(おだぎり)たちも進学だろ? その理由が知りたいんだ......!」

「理由って言われても将来のためとしか言いようがないわ」

「もっと何かないのかよ? 森園(もりぞの)はっ?」

「オレ? オレはとりあえず、スポーツ推薦が確定してる朱雀大学の体育科に進学するつもりだけど、サッカー強い大学(とこ)の推薦もら得りゃラッキー! みたいな。んで、ゆくゆくはプロ! ダメならクラブチームを持ってる大手企業だな」

 

 山田(やまだ)くんは頷きながら、すかさずメモを取る。

 

「フムフム。サッカーバカ、と」

「オイコラ、誰がバカだ!」

朝比奈(あさひな)は? やっぱ、殿大か?」

「いや、留学予定だ」

「......は? 留学って......あの留学かよ!?」

「他にあるかは知らんが、アメリカの大学へ進学が決まっている。夏休み明けからはリモートで授業を受けつつ、冬の選手権が終われば即渡米だ」

「スケールが違いすぎて参考にならねぇ......」

 

 まさかの答えに、山田(やまだ)くんの手からペンが滑り落ちた。私もビックリ。同じ塾に通っているから、経済学を学ぶために留学したいって話は聞いていたけど、進学先の大学を経由してじゃなくて、まさか、直接留学するだなんて思いもしなかった。

 落ちたペンを拾った山田(やまだ)くんは、最後に宮内(みやうち)くんに進路について問いかける。

 

「俺は、医学部。スポーツドクターを目指したい」

 

 それが、彼の解答だった。

 

           * * *

 

「あ、宮内(みやうち)くん」

山田(やまだ)? ああ、白石(しらいし)さんか」

 

 合宿最終日の夜、やわらかな月明かりが照らすクラブハウスのテラス席にひとりで座って、東京とはまるで違う満点星空を眺めていた宮内(みやうち)くんに声をかけて、向かいの席に腰を降ろす。

 

「また、入れ替わってるんだね」

「自分の課題を片付けてる間にお風呂に入ってもらってて。どうしたの?」

 

 いったいどうしたのかしら。複雑な表情(かお)している。

 

「いや、その、白石(しらいし)さんは付き合ってるからいいかもしれないけど。他の女子の身体を、山田(やまだ)が見ても気にならないの?」

 

 ――山田(やまだ)くんが、他の女子の......? 想像してみた結果、結論はすぐに出た。

 

「自分で入ることにするわ」

「うん、そうした方がいと思うよ。寧々(ねね)が入ってなくてホント良かった......」

 

 宮内(みやうち)くんは小声で呟いて、胸を撫で下ろした。

 少し考えれば当たり前、他の男子に自分の彼女の裸を見られたらイヤに決まっている。時間がなくても、ちゃんと自分で入るようにしないと......。

 

「医学部を受験するって言っていたけど、朱雀大学(うえ)の医学部を受けるの?」

 

 色々と話している間に話題は、また自然と進路の話になった。

 

「そのつもりで、朱雀を選んだんだけどね。玉木(たまき)が、殿大(とのだい)の医学部も受験してくれって。難関大学への進学率がーとかなんとか。内部進学でも医学部は難関なのに、殿大って。ホント無茶なことを要求してくれるよ」

 

 紙コップを口に運び、苦笑いの宮内(みやうち)くん。

 

「それだけ期待されているのよ。それにあなたなら、殿大の医学部だって受かる気がするわ」

「買い被り過ぎだよ」

「そうかしら。私は、そんなことないと思うわ」

 

 去年の秋、絶対勝つと言って、宣言通り勝利を収めた。

 ――ううん、それだけじゃない。いろいろな相談に乗ってくれた一年の時も、山田(やまだ)くんのことを忘れてしまった時も、いつも助けてくれた。

 

「今度の試合も応援に行くわね」

「それは心強いけど、受験勉強大変じゃない?」

「平気よ」

 

 出来ることは、これくらいしかない。それに、参考書を持参すれば十分事足りる。そんなことを考えていると、ふと頭に思い浮かんだ。

 

「そう言えば、猿島(さるしま)さんの占い当たらなかったわね」

「ああー、そうだね」

 

 去年の夏休みの終わり頃、みんなで行ったプールで私と寧々(ねね)ちゃんが、応援スタンドにいないと未来を告げられたことを。だけど、あの占いは当たらなかった。もしかすると、あの時の魔女たちみんなが儀式で能力を失ったから、未来が変わったのかもしれない。

 この時は、ただ単純にそう思っていた。

 でも、本当の理由を後日、私は知ることとなる――。

 

「転校......?」

「ええ。お父さんが急にアメリカの会社に転勤することになったわ。うららも、ちょうど卒業だから向こうの――」

 

 受験本番まであと4ヶ月あまりに迫った秋の中頃、突然母から告げられた衝撃的な話に頭が真っ白になった。次気がついた時、私は真っ暗な自分の部屋のベッドに横になって、天井を見つめていた。

 

「......ゆめ?」

 

 喉がカラカラに乾いていて、上手く声が出ない。それに、酷く頭が痛い。まるで風邪を引いた時のように気ダルい身体で壁伝いに階段を降り、リビングに入る。いつの間にか住み着いた黒猫と自分以外、誰もいない物静かな家。

 夢だったのかもしれない――でも、そんな現実逃避な願いは一瞬で消え去った。ダイニングテーブルに置かれたメモ。母の直筆で「月末に出国するから、荷造りしておきなさい」と書かれていた。やっぱり、夢じゃなかった。

 ――私は、どうすればいいの......? 

 心の中で問いかけても、正解があるテストとは違って答えは導き貸せなかった。誰にも話せないまま、ただただ時間だけが過ぎ去って行く。告げられたあの日からの勉強に身が入らない。引っ越しの準備、海外の大学へ進学するための手続きと想像以上に多忙を極め、成績も必然的に落ちてしまった。

 そして、転校を前日に控えた昼休み。

「俺は、もう一人で大丈夫だからさ......!」と、私の成績が落ちたことを自分の責任と想わせてしまって、寝る間も惜しんで一人で努力した山田(やまだ)くんは、先日の模試で信じられないほど急激に成績を伸ばした。

 

「俺、白石(しらいし)を安心させたかったんだ。だから白石(しらいし)は、もう自分の勉強に専念してくれよ。な?」

山田(やまだ)くん......」

 

 この人には、もう私が居なくても大丈夫。

 きっと......ううん、絶対に殿大に合格する。

 だから私は、別れの言葉じゃなくて、心からの想いを伝えた。

 

 ――大好きよ、と......。

 

 日が暮れ始めた、晩秋が近づく放課後。

 思いを告げた後、部室の私物と教室のロッカーを片付け終えた私は、窓際一番後ろの自分の座って、窓の外に広がるオレンジ色に染まった街をぼんやりと眺めていた。

 別に、今生の別れというわけじゃない。卒業式には卒業証書をもらうために、また朱雀高校(ここ)に戻って来られる。

 でも、その時、私は――。

 

「どうしたの?」

「――えっ!?」

 

 突然かけられた声に驚く。だって、三年生は受験の追い込みで、もうみんな帰っている時間だから。まさか、こんな時間に誰かに声をかけられる何て思いもしなかったから。

 何より、その声の主は――私の、始めての友達だったから......。


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